コードギアス 反逆のルルーシュ LOST COLORS R2~蒼失の騎士~ 作:宙孫 左千夫
この場所――クラブハウスは、ルルーシュが生活している関係上、いろいろと秘密が多い。一般人ならともかく、ラウンズにうろつかれると困る。
「あれがナイトオブゼロとナイトオブシックスですか」
ヴィレッタがラウンズの二人を引き返させ、その姿が見えなると同時に、廊下の影から一人の少年が現れた。
「ロロか」
ヴィレッタは、視線だけをその少年に向けた。
栗色の髪、童顔とも言える顔立ち、しかしその瞳は大人以上に据わっている。
彼はその瞳で、ラウンズの二人が去っていった廊下を眺めて、
「それにしても。なぜ、わざわざ逃がすようなまねを? 僕なら二人同時に殺せたのに。ここなら人もめったに来ないから死体の処理も楽だというのに」
無垢そうな外見に似合わず、淡々と物騒な事を言うヴィレッタの部下――ロロ・ランペルージ。
その言葉にうそは無い。
それは上司であるヴィレッタが一番良く分かっていた。
このロロは、あどけない少年のような外見とは裏腹に、中身はただの殺人鬼だ。事実、ヴィレッタの部下が何人もこのロロによって無意味に殺害されている。
実は、ナイトオブセブンの依頼でナイトオブゼロとシックスを監視していたロロとヴィレッタが、クラブハウスに入っていった二人を連れ戻すために脚を速めた際、このロロはあろうことか懐からナイフを取り出して、
「これは、兄さんの敵を減らすチャンスか……」と二人を殺そうとした。それを制止したのがヴィレッタだった。
「馬鹿を言うな」
ヴィレッタは、腕を組みながら勢い良くロロに向き直る。
「こんな場所で皇帝陛下直轄のラウンズを二人も“失踪”させるつもりか」
怒気を交えた視線を送るヴィレッタとは対照的に、ロロは変わらぬ冷めた視線を返した。
「陛下――いや、皇帝程度への報告は何とでもなります。そうでしょう?」
ロロは皇帝陛下直轄である機密情報局の一員でありながら、その皇帝を卑下するようなニュアンスを漂わせた。
いや、そもそももう彼はブリタニアの皇帝を敬意を込めて呼ぶ必要は無かった。なぜなら、彼――ロロはすでにブリタニアの敵となっていた。
つまりは裏切ったのだ。世界の三分の一をすべる大国を。それも自らから進んで。
ロロの主人はもはやシャルル・ジ・ブリタニアではなく、ブリタニアの敵であり彼の最愛の兄、ルルーシュ・ランペルージだった。
ヴィレッタはかぶりを振った。
「お前は分かっていない。あの二人がこんな場所でいなくなれば――特にナイトオブゼロがいなくなれば、彼と親交の深いシュナイゼル殿下やオデゥッセウス殿下を初め、同僚のヴァインベルグ卿、エニアグラム卿、クルシェフスキー卿あたりも必ず動く。そうなれば私たちなど一瞬で終わりだ」
そう説明するヴィレッタを、ロロはまたもや冷めた瞳で見据え、そして、次にその視線をナイトオブゼロたちが去っていった方向に戻して、薄い笑みを浮かべた。
「……へぇ、愛されてるんですね。あの、ロイって人」
ヴィレッタは、そのロロの何も理解してなさそうな顔にたまらなく腹が立った。
「笑い事じゃない。情報部の大部分の馬鹿共はナイトオブゼロの性格自体がおとなしいから、情報部の信用を失墜させた“あの事件”での事を恨んで堂々とキャンベル卿を中傷するが、私から言わせればその行動は愚かな事この上ない。考えてもみろ。一人を敵に回す事によって、その国の皇帝陛下と宰相閣下と第一皇子殿下が敵になる人間が他にいるか?」
考えたようだが、結果としてロロは無言で応じた。
「いないだろう。ナイトオブゼロの恐ろしさはその戦闘技術でも、その頭の良さでもない。人望だ。確かにキャンベル卿の支援を表明している人物は少ない。しかし、それはあくまで、実利的な付き合いではないからそう見えるだけであって、実際の奴の親交範囲は少ないながらもその質は並じゃない。並じゃないからこそ。ナンバーゼロがいなくなればブリタニアの多くの大人物が、その原因を熱意を持って解明に走る。……これは言い換えれば、奴を敵に回す事は、ブリタニアの怒りを買うといっても大げさじゃない」
「あの事件?」
一瞬後には思い出したのか、ロロは「ああ」と納得した。
「東ロシア戦線でナイトオブゼロが情報部が提出した報告を真っ向から否定して、しかもその否定内容が正しかったから、情報部の長ドクトリン将軍含め上層メンバーの面目が丸つぶれになったあの事件ですか……」
ドクトリン将軍と言えば、ブリタニア内で“泣く子も黙る”と言われている猛者であり。情報部だけでなく軍部全体に強い影響力を持っている人物だ。このドクトリン将軍の意見はあのシュナイゼル殿下もむげにできないと言われている。
しかし、そのドクトリン将軍が提出した情報を、ロイは多くの皇族が参加する会議で根本から、真っ向から否定した。しかも、ロイの発言は後に正しかった事が証明され、もし、最初にドクトリン将軍を初めとする情報部が提出した情報を鵜呑みにし、軍を進めていたら、司令官であったシュナイゼル殿下の身も危なかったと言われている。
これにより、シュナイゼルのロイに対する信頼は確固たるものになり、逆にドクトリン将軍の面目は丸つぶれになった。
そのせいで、ロイはドクトリン将軍に逆恨みされており、いろいろと不遇な扱いを受けている。
それは、主に戦果の天引きや、能力の過小評価等の情報操作だった。おかげで、ロイは戦場でいくら武功を立てようともそれが軍全体に伝わらないし、評価も上がらない。一般人にもその実力が知らされることもない。
ロイはいつまでたってもうだつのあがらないラウンズ、としてブリタニア全体に認知されたままなのである。
しかし、当のロイはそんな事をされていると知っていても文句など一つも言わない。
なので、それが原因で、本当ならロイを擁護したいと考える一部でありながらも大きな力を持った皇族や、貴族、そして軍人はなにもできないでいた。
こういう問題は第三者が騒げばよいというものではないのだ。
「僕は、あの将軍は好きじゃありません」
そこだけは、ロロは歳相応の表情を浮かべてボヤいた。
「そこは私も同感だ」
ヴィレッタも同意した。そもそもあの将軍は好意を抱けるような人物ではない。上司にもなって欲しくない、というのがヴィレッタの意見だった。
同じ情報を扱う部署でも、ドクトリン将軍の息のかかっていないこの機密情報局に配属になったのを素直に感謝したいぐらいだった。
「それにしてもヴィレッタ隊長。あなたのキャンベル卿に対する評価は実に的を得ていますね。騎士として戦場を駆けるより、こちらの方が向いているんじゃないですか?」
ヴィレッタは、ロロを睨んだ。
「裏切り者から誉められてもうれしくない」
「これからもその明晰な頭脳で僕たち兄弟の支援をお願いします」
「っ……」
ヴィレッタは口をつぐんだ。
目の前のロロはブリタニアの敵である。しかし、すでにヴィレッタにとってロロは敵ではなかった。
そう、ヴィレッタももうブリタニアから見れば裏切り者なのだ。もっとも、それはロロと違い、自ら望んでではなく、脅されてそうなったのだが……。
「それにしても。まるで王様みたいですね。あのナイトオブゼロは」
ロロが唐突に言った言葉に、ヴィレッタは眉を寄せる。
「なに?」
「一人を敵に回すと。国が敵になる」
ロロが自嘲気味に笑った。それは暗く、でも少し悲しげとも取れる笑みだった。
「……そうだ。そういう事だ。ナイトオブシックスはまだ良い。この場で失踪したとしてもどうにでもなる。だが、ナイトオブゼロだけはだめだ。皇族や、有力貴族の怒りに触れることだけは――」
「なら、今から追いかけてナイトオブシックスだけでも殺しておきましょう」
そう言いながら、心の殺意を表したかのように目を鋭くするロロ。
ヴィレッタは即座に反対した。
「それもだめだ。ナイトオブゼロを敵に回す事になる。ナイトオブゼロが支援を頼めば手を貸す大物は一人や二人じゃないと言っただろう」
「つまり、少なくともこの学園では殺せない。今は二人を見逃すしかない。そういう事ですか?」
「そういう事だ」
「そうですか……」
そして、ロロはまた無表情とも言える顔になって、
「でも、いずれ二人共殺します。兄さんのために」
まるで家の掃除を宣言するような、あたりまえの行為を告げるような口調。
「……」
ヴィレッタは、そのロロの言葉を聞いて改めて背筋に寒気を感じていた。
その時、ピピピという小さな電子音。
『んっ?』
ロロと、ヴィレッタの小型通信機が同時に鳴ったのだ。二人は、それを慣れた動作で耳に当てる。
ヴィレッタの相手は、ギアスによってルルーシュの制御下に入っている部下の一人だった。
「どうした?」
ヴィレッタが聞くと、
『校舎屋上にいるゼロの所に枢木卿が向かっています』
「そうか。分かった」
ヴィレッタは通信を切る。そしてロロも同じ動作で通信機を切った。
彼のその顔は先ほどまでと違って、殺人鬼のものではなく、兄の危機を純粋に心配する弟のそれであった。
「僕は、兄さんの所に行きます」
「ああ、その方がいいだろう」
そうヴィレッタが言うと、ロロはきびすを返し、早足で最愛の兄の下へ向かって言った。
やがて、ロロが廊下の端に消える。そしてこの場所はヴィレッタ一人だけになった。
「その方がいいだろう。か……」
ヴィレッタは誰もいない空間に声を投げかける。当然、返事は無い。
そして、力なく近くの壁にもたれかかった。
「私にとって、本当にいい事とは、何だ……?」
ルルーシュの死か? それともルルーシュの生存か? いや、どちらにしろ自分にはもう輝く未来はないだろう……。
(全く、あんな男に助けられたせいで、私は……)
ヴィレッタは、ゴールの無い迷宮にはまってしまったような気分になった。
そのままどれだけの時間、ヴィレッタはそこにそうしていたのだろう。
気付けば、外から聞こえていた音楽はいつの間にか止まっていた。
いろいろあった一日は、今まさに終わろうとしていた。