コードギアス 反逆のルルーシュ LOST COLORS R2~蒼失の騎士~ 作:宙孫 左千夫
ほかでも小説を書いているため、隔週レベルでやっていきたいと思います。
KMFから降りて合流してきたジノを小突き、ミレイの所まで引っ張り、詫びを入れさせたころには、もう日は沈みかけていた。
現在、ロイはアッシュフォード学園のクラブハウスに足を踏み入れている。
隣には私服に戻ったアーニャもいた。
いまは、二人だけだった。
ミレイに詫びを入れた後、ジノはなぜか彼女と意気投合して校庭で一緒にダンスを踊っていた。
スザクは、ピザの一騒動の後、かまどの近くでアーサーを抱えていたのは見かけたが、すぐにどこかに消えてしまっていた。携帯にかけてもつながらない。
ちなみに、ロイとアーニャも、ミレイにダンスに誘われたのだがアーニャが乗り気ではなかったので、ロイも「柄ではない」と断り、「それなら。ウチの学校を見てってください」というミレイ勧めもあって、通常は足を踏み入れない場所の見学をする事にした。
二人は、人気のない校舎を回り、裏庭を回り、雑木林を探索し、
「へぇ、ここ“も”クラブハウスか」
と、呟きながらロイたちはクラブハウスの廊下を歩いていた。
外からは、校庭で行われているダンスに合わせたゆったりとした音楽が聞こえてくる。
アーニャは、携帯で写真を撮りながら言った。
「ここはとても静か。別館と違って……」
ロイは、苦い笑みで応じた。
「何度も死にかけたね……」
ここに来る前に立ち寄ったクラブハウスの別館は、部屋に入った瞬間にサイレンが鳴り、落とし穴が開き、いきなり水撃銃が飛び出してきたりと、なぜか悪意のこもったトラップが満載で、何度も殺されかけた。
しかし、あとから聞いたのだが、それでも昔にとある生徒会役員が別館の大掃除をしてからだいぶマシになったらしく、ロイ達が遭遇したトラップはその掃除の取りこぼしだったらしい。
あの量で取りこぼしだと言うのなら、その掃除をしたという生徒会役員は無事にすまなかったのではないだろうか?
その生徒会役員が今も五体満足でどこかで元気に暮らしている事を祈りつつ、ロイは廊下を進んだ。
「それにしても、クラブハウスっていう割には何のクラブも入ってないんだな」
先ほど回ってきた別館は、トラップという異常なものを除けば、建物内はさまざまなクラブの私物にあふれていた。その場所で行われている、または行われていた活動内容が良くうかがえた。
対して、ここはほとんど空き部屋であり、しかも私物がほとんど見当たらない。これではクラブハウスというよりは一風変わったホテルや空室の多い寮と言った方がしっくりとくる。
「一階は大きなホールだった」
「そうだね。もしかしたら、共同の多目的ルームならぬ多目的施設なのかも。寝泊りとかできるのはオマケみたいな感じで」
「ホールでは飲んで騒いでドンちゃん騒ぎ。そして酔っ払った人たちはベッドのある空き部屋に放り込む。そんな感じ?」
「あ~アーニャ。一応ここは未成年者が通う神聖な学校だから」
どことなく眠たげにも見える瞳を、アーニャは、携帯からロイに移した。
「それをロイが言う? 今朝、ロイとジノは全然起きてこないで」
今日の朝、ロイとジノは部屋で酔いつぶれて床で重なるようにして寝ていた。アーニャと、このスザク歓迎会に遊びに行くと約束していたのにも関わらず。
あの時シミュレーションルームで見た光景――シミュレーション上とはいえ、自分の愛機がアーニャに爆散し続けられる光景――が、ロイの中で思い起こされる。
「……」
冷や汗を流し、ロイは口をつぐんだ。
アーニャは、さらに言った。
「謝罪」
「はい、申し訳ありませんでした……」
ロイは歩きながら素直に頭を下げた。しかし、アーニャは納得がいかないらしく、小さく唇をとがらせた。
「謝れば済むと思ってる」
「いえ、思ってません。以後気をつけます……」
「前から言いたかった。ジノもロイもお酒飲みすぎ。体に良くない」
「ごもっともです」
「本当に分かってる?」
「イエス・マイ・ロード。いつもご迷惑をおかけしております」
珍しく二人の攻守が入れ替わった瞬間だった。ロイは、困った顔で頭を下げ続けた。
ロイはお酒、特にワインが大好きだった。
一年ぐらい前、ジノと一緒に食事をした時、彼に食後のワインを勧められて、そのまま二人で飲み明かしたのがいけなかった、と思う。
あれからすっかりワインの味にはまり、暇な夜はジノと飲み明かすのが習慣になってしまった。
それをアーニャは快く思ってない。
ちなみに、本当にアーニャが快く思っていない理由は、体の健康というのもあるが、ロイが暇な夜というのはとても珍しいのに、それを全部ジノに奪われて面白くないからである。
ただ、悲しいかな。ナイトオブセロはそんな乙女心を微塵も感じる事はできず、ただペコペコと頭を下げ続けた。
その態度が、さらにアーニャをイライラさせるのも無理はなかった。
「いっその事、お酒飲むのやめたら?」
「いえ、もう二日酔いになるまで飲みません。次から気をつけますからそれだけは――ん?」
その時、ロイはふと足を止めた。隣にいたアーニャもそれに習う。
「どうかした?」
アーニャが聞くと、ロイは「あっ、いや」と曖昧な返事をした後、視線と体を横に向けた。
そこには木製の扉があった。何の変哲もない。本当にただの扉。
「ここがどうかしたの?」
アーニャがさらに尋ねた。しかし、ロイは黙り込んで何も答えない。
「ロイ?」
もう一度問いかけられて、ロイは自分が呼ばれている事に気付いた。
「何かな?」
「ここがどうかしたの? って訊いた」
「いや、どうかしたって訳じゃないんだけど……」
足を前に踏み出して、ロイは扉を開けた。
軋んだ音とともに、あらわになる部屋。
室内には机とベッド、そして一つのタンスが置いてあるだけだった。私物らしきものはない。
どうやらここも空き部屋らしい。
「この部屋がどうかしたの?」
「いや、何でもない。というか、なんで僕はこの扉を開けたんだろう?」
眉間に皺をつくりながらも、ロイはゆっくりとした足取りで部屋の中に入っていった。アーニャはロイのその行動を不思議がりながらも、後に続いて扉をくぐった。
「? 意味もなく扉を開けたの?」
アーニャが部屋の中にあったベッドに空気の音を立てて腰掛ける。ロイは、部屋の机を指でなぞりながら、
「うん。というか体が勝手に動いた」
部屋全体を眺める。
「?」
アーニャは首をかしげた。しかし、ロイも首をかしげたい気分だった。
部屋に入ったのは本当に何も考えずに取った行動だった。なぜか、この扉の前に立つと、この部屋の中に入るのが当たり前な気がして仕方がなかったのだ。
「本当に、なんで僕はこんな部屋に入ったんだろう……?」
ロイは頬をかきながら、部屋の中を何度も見回す。何気ない内装が目に入り、その度に言いようのない不思議な感覚がこみ上げてきて、困惑した。
(この部屋……見覚えがある?)
そんな気がした。しかし、ロイはすぐにそれを否定した。
自分がエリア11に来たのはつい最近であり、この学園には今日初めて足を踏み入れたのだ。
見覚えなど、あるはずがない。
しかし、どうもこの部屋にいると、
「なんかこう、モヤモヤしてくるな……」
「ムラムラ?」
「……違います」
ロイは心の中に湧き上がっていた何とも言えない感情を一時引っ込めて、アーニャの聞き間違いを即座に訂正した。
「間違っているよアーニャ。モ・ヤ・モ・ヤ。モヤモヤって言ったの、僕は」
「そう」
納得したあと、アーニャは携帯を操作し始めながら、
「じゃあ、前から一度聞いてみたかったんだけど……ロイは私といてムラムラする?」
訳の分からない事を、本当に唐突に訊いてきた。
長い沈黙の後、ロイは、
「ごめんアーニャ。よく聞こえなかった。今、なんて言った?」
幻聴だと思って――いや、幻聴だと願って聞き返す。しかし、アーニャの小さな口から出てきたのは残念ながらそれが幻聴でないという事を証明しただけだった。
「だから、ロイは私といてムラムラする? って訊いた」
どうやら、聞き間違いではなかったようだ。ロイは、頭痛がしてきた。
(どういう意味だ? というか僕にどう答えろと……)
考えても分からない。分かるわけがない。なのでとりあえず、
「しません! っていうかいきなり何言いだすんだよアーニャ……」
アーニャは携帯から顔を上げて、不愉快そうに瞳を歪めた。
「それは、私に対する侮辱?」
「……なんでさ」
「“ジノが言ってた”。女が男にムラムラしないって言われるのは侮辱されているのと一緒だって」
(また君か! 厄介なやつだよ君は!!)
心の奥底で嘆き、うなだれるロイ。それを尻目に、アーニャは違うの? と言いたげな視線を送る。
ロイは、余計な事しか言わない友人に対して、奥底から静かな怒りがふつふつと沸いてくるのを感じた。
とりあえずロイは、今度ジノに会ったら出会いがしらにボディーブローを見舞う事にして、改めてアーニャと向き直った。
「というか、アーニャ。そもそもムラムラの意味分かってる?」
「実を言えば分からない。でもジノはロイに聞けって言ってた。きっと事細かく手取り足取り詳しく教えてくれるからって……」
ボディじゃなくて顔を殴ろう。
そう、ロイは固く心に誓った。
「で、ロイ。良い機会だから教えて。ムラムラって、何?」
ベッドの上から、二つの無垢な瞳がこちらを覗き込む。
しばらく黙考しながらも、ロイはの脳は高速で回転していた。
このまま何も言わないのはまずいと判断した。そもそも、教えなかったらアーニャの事だからその手に持った携帯を駆使しインターネットで探るだろう。そうなったら終わりだ。
最終的に、ロイは答えを導き出した、
「……複数の村をまとめて示す事だよアーニャ。“村々”っていう言葉が旧日本にはあるんだ」
ロイが身を屈め、アーニャと視線を合わせて非常に苦しい事を言うと、彼女は納得していない様子で、
「? なんでそれが、女性への侮辱につながるの?」
「さぁ? アーニャもあんまりジノのいう事は気にしなくていいんじゃないかな。だってあのジノの言う事だし」
「……」
あんまりな言い草だったが、今ここにナイトオブスリーを擁護する人間は誰もいない。というか、多分ブリタニア全土を見ても彼を擁護する人間はいないだろう。
「“村々”をどうやって手取り足取り教わる事になるの?」
「はは、馬鹿なジノと違ってアーニャは賢いから、別に口で言うだけで教えられるんだよ」
「ジノは馬鹿なの?」
「軍人、同僚、仲間としては優秀だけど。友達としては非常に残念ながら……」
「お楽しみの所。失礼いたします!」
会話をするロイとアーニャの側面から声がかかった。二人はとっさの事に驚きながらも動揺はせず、声の方に素早く振り返る。
いつの間にか、部屋の入口には、一人の人物が立っていた。
(僕が気を取られているとはいえ、人の気配に気付かなかった!?)
表情は変えないまでも、ロイは内心で驚いていた。自分が気配を感じずにここまで人の接近を許すなど、ラウンズのメンバー以外では始めての事だった。
やがて、人影が数歩前に出る。その姿が窓からの月明かりに照らされて明らかになった。
扉の前にいたのは女性だった。
褐色の肌、アスリートのようにしなやかな肉体、それを強調するスウェットスーツ、半そでの上着。彼女は油断のない足取りで近寄ってくると、やがてロイ達と適した間合いでその歩みを止めた。
「……あなたは?」
今までの少々間の抜けていた感情を捨て去り、ロイはレンズ越しに淡々とした強い視線を浴びせながら尋ねると、女性は背筋を伸ばしてブリタニア式の敬礼をしてから名乗った。
「ブリタニア軍機密情報局所属、ヴィレッタ・ヌゥであります。ナイトオブシックス様とナイトオブゼロ様ですね?」
いかにも軍人らしい話し方から出た言葉を聞いて、ロイは首を捻った。
(機密情報局?)
機密情報局といえば、通常の軍情報部とは別系統の独立した皇帝直轄の諜報部局である。その存在は別に秘匿もされておらず、空港の職員でも知っているある程度にオープンな組織だ。
だが、決してどこにでもいて良い組織ではない。それなのになぜこんな場所にその諜報部員がいるのか?
相手の意図を掴めず、ロイがナイトオブゼロである事を肯定するか否定するかを迷っている内に、アーニャが「そう」と肯定してしまった。
仕方なく、ロイは「何か?」とそのヴィレッタと名乗った女性に尋ねた。
ただ、まだ本当にブリタニアの機情の人間と決まったわけではないので。ロイは相手の一挙一動に対応できるように、足幅を相手に気付かれないように広げ、どんな動きにも対応できるように身構える。
それに並列して、目の前の女性がどんな行動をとっても対処ができるように脳の中で何十通りのシミュレーションを一瞬で済ませた。こうしておけば例え目の前の女性が急にナイフや銃を取り出して襲い掛かってきても、とりあえず、頭だけは取り乱さない。
一方、アーニャも、どうやら完全に信用はしていないらしく、ベッドから腰を上げて立ち上がり、手に持っていた携帯を懐にしまうと、両手を自由にさせて、相手を見据えた。
当のヴィレッタと名乗った女性は、二人の警戒に気付いてか気付かないふりをしているのか分からないが、姿勢を崩さずに言った。
「ここは機情の作戦区域であります。そして、このクラブハウスは一般人の立ち入りを禁止しております。よって、恐れながら今すぐに退館をお願いいたします」
(……作戦区域?)
そのただ事ではない言葉に、ロイは他人に気付かれない程度に眉を上げた。
今日、ロイはこの学園を隅々まで回ったが、生徒のイベントに対する熱意がすさまじすぎる点を除いては、至って普通の学園だった。
少なくとも、普通の情報局ならともかく、わざわざ皇帝陛下直属の諜報機関が作戦行動を行うような場所には思えなかった。
ロイは、ヴィレッタと名乗った女性を値踏みするように見た。
(なぜだ? テロリストでもこの学校に通っているのか? それとも、皇族クラスの親族でも学校に通ってて、護衛をしているのか? それとも……)
ここで、ロイは自分がさまざまな思考を巡らせている事に気付いて、
(……っと、悪い癖だな)と、かぶりをふった。
何か分からない事があると、すぐにその答えと、そのさらに裏まで理解しようとする、自分の癖。
確かに、その姿勢は軍人として必要なものだが、度を超すのはやはりよくない。
この目の前の機情の軍人が、完全に軍人としてこちらに声をかけているならばともかく、自分たちが言われていることは、“ここは一般人は立ち入り禁止なので、出て行ってください”。という学園の警備員にも言われそうな些細な内容である。
それに、女性の服装を見るに、どうやらここの教師“役”をしている人のようだ。なら、ただ単にその教師という立場から、一般人として遊びに来ている自分たちに注意を促しているだけという可能性も高い。
つまり……この学園でどんな作戦が行われているのかというのは気になるが、気にしたところで仕方が無いとも言える。
ブリタニア程大きな国家ともなると、このように隠密でしかも一見して不可解に見える作戦の数は格段に多い。ロイはラウンズという立場上その作戦を知る機会も多く、それらを一つ一つ気にしていたらキリがない。
「そうですか、すみません。この場所が立ち入り禁止だとは知らなかったものですから」
ロイは、続けて言った。
「すぐに出て行きます」
「お願いします」
ヴィレッタは、スッと横に移動し、部屋の入口の前を開けた。
「ほら、行こうアーニャ」
「分かった」
そして、二人はヴィレッタの横を警戒しながら通り過ぎ、廊下に出た。ヴィレッタはその様子をずっと眺めていたが二人が退出するのを黙って確認すると、最後に扉を閉めて廊下に出てきた。
「ご迷惑をおかけしました。ヴィレッタさん」
「ごめんなさい」
「任務ですから」
そう言って、ヴィレッタは背筋を伸ばして敬礼した。
ロイとアーニャは、きびすを返して元来た道を戻る。
ちなみに、後になって知ったことだが。ここはあのテロリスト――“ゼロの左腕”ライが生活していた場所であり、ロイが入った部屋も、そのライが生活していた部屋だった。