コードギアス 反逆のルルーシュ LOST COLORS R2~蒼失の騎士~ 作:宙孫 左千夫
教室の前に人だかりが出来ている。少し気になった。
「何の騒ぎ?」
早足で近寄りながら、誕生日プレゼントを渡すために水泳部顧問のヴィレッタを探していたシャーリー・フェネットは、人の隙間を縫うように教室の中を覗き込む。
この教室の出し物は、コスプレ喫茶となっていた。室内には看護婦、パイロット、チアガール、婦警、軍人、スチュワーデスと多種多様な制服を着込んだ学生たちで溢れている。
しかし、教室の外から中を伺っている学生達――特に女性が多い――はそういった制服を珍しがっている訳では無いようだ。
視線の先は、明らかにとある一角にいる男女三人のグループに注がれていた。
長身の男と、銀髪の男、そしてピンク色の服を着た少女の組み合わせ。
「あれ? あの人達、どこかで……」
そのトリオを見て、シャーリーは眉を寄せて首を傾げた。見覚えのある人たちのような気がしたのだ。
「ナイトオブラウンズ様よ♪」
考え込んでいるシャーリーの隣で、女子生徒の二人組が小声で興奮気味に会話をしていた。
(そっか、ナイトオブラウンズだ!)
シャーリーの頭の中で欠けたものが塞がった。同時に小さく手を叩く。
見覚えがあるはずである。同じ生徒会のスザクの同僚だ。帝国最強の騎士ナイトオブラウンズ、その席次の三番、六番そして、ゼロ番の……
「……えっと名前は何だっけ?」
すぐに思い出せなかった自分が言うのもなんだが、ジノ・ヴァインベルグやアーニャ・アールストレイムは、雑誌などの露出が少なからずあるので顔は知られている。しかし、ゼロの名を持つ男はメディア露出が極端に少なく、どうしても印象が薄い。
「さっきキャンベル様がメガネを外されていたのを見たけど、カッコよかったわぁ」
傍を見ると、違うグループの女子学生が頬を染めながらしみじみと呟いていた。
「でも、スラム街出身なんでしょ」
「関係無いわよそんなの。皇帝陛下直属よ」
「あんた、枢木卿の時も同じ事言ってなかった?」
(そうだ、ロイ・キャンベル卿だ。本物は初めて見たかも)
シャーリーはまたも手を叩いた。
銀の長い長髪、一八0センチ近い長身、ピチピチのチャイナ服から伺える鍛え上げられた体、残念ながら分厚い牛乳瓶底眼鏡に覆われていて実は美形であると噂される顔は見えなかった。
もっとも、顔が整っているか整っていないかは、シャーリーにとっての興味の対象ランク上下に影響は無いが。
「そっかー、あれが噂のブリタニアのゼロ様か……って、こうしちゃいられない!」
シャーリーはそのまま教室を後にした。生徒会の仕事や水泳部のイベントはまだまだ控えている。早くヴィレッタを探してプレゼントを渡さなければいけない。
――シャーリー。
「って、あれ?」
振り返る。急いでいるのだが、脳の中に唐突に過ぎる言葉があって、足を止めてしまった。
「今の、なに?」
親しみが感じられるが、聞き覚えは無い。だが、さざ波の海岸を連想される穏やかな声には懐かしさがあった。
シャーリーはしばらくそのまま違和感の原因を探ろうと考え込んでいたが、
「……急がないと」
結局、考えがまとまらず、時間に追われているのもあって教室から離れていった。
○
「そうだね、その通りだ……」
コスプレ喫茶の教室の中、ジノに強烈な言葉の一撃を受けたロイは、ガクッとうなだれた。
「ロ、ロイは大丈夫。その服。よく似合ってる」
珍しく慌てた様子でアーニャがフォローを入れた。しかし、それはロイにとって全く救いになってはいなかった。
だが、その自分を励まそうという気持ちはありがたいので、ロイは一応礼は言っておく。
「ありがとうアーニャ……」
「お礼はいらない。その格好、本当に女の子みたいだから」
バッサリ、と切れ味抜群に、アーニャはロイの介錯を立派に務めた。
更に落ち込む前に、ロイの背中をジノがバシンと叩いた。
「おいおい、落ち込む暇は無いぞロイ。さぁ、この服のまま次行ってみよぉ!」
「へ?」
暗い気分も一瞬で忘れて、ロイは奇天烈な声を上げた。
「ま、待ってくれジノ。この格好でか? この格好で学内を回ろうって言うのか君は!?」
大げさに腕を広げて反論する。仕草の過程で、胸の詰め物がブルンブルン震えた。
ジノも胸の詰め物を盛大に震わせながらロイに向き直り、何言ってるんだコイツ? とでも言いたげな顔をした。
「当たり前だろ。みんな似たような格好でうろついてるじゃないか」
確かに、周りを見ると仮装している学生は沢山いる。しかし、そんな中でも自分達は明らかに“濃い”。
「さっき映画もやってたみたいだし。他にも色んな出し物やってたからなぁ。全部回れるかなー」
「しかもこの格好で全部の場所を回るつもりなのか!?」
「さっ、行くぞ二人とも――お姉さん。この服借りてくね~」
ジノはこのクラスの女子学生にヒラヒラと手を振りながら、チャイナ服のロイを引っ張って教室から出ようとした。
「ジノ、待って」
そんなジノを、アーニャが呼び止めた。
「なんだよアーニャ。まさか、その服で出歩くのが恥ずかしいのか?」
「ちがう」
アーニャは否定して首を振った後、迷うように間を置き、
「まだロイに聞いてない」
「何を?」
「感想」
その言葉で何かを察したようで、ジノは化粧の濃い顔にニヤ~とした笑みを浮かべた。
「ああ、なるほど。気が回らなくて悪かったなアーニャ」
ジノは、ロイの手を離し、
「ほれ、出番だぞ色男」
と、背中を押した。ロイはよろめきながら、アーニャの前で止まる。
「もう! 何するんだよジノ!」
「ロイ」
ジノを睨んだ所で、アーニャが声を掛けてきた。ロイは目元を緩めて、
「ん? なんだい。アーニャ」
「感想聞きたい……」
「感想? 感想って……何の?」
ロイは首を捻った。感想と言われても、何のことかさっぱり分からなかった。
「それは……」
アーニャは何も答えずに俯いてしまった。どことなくその顔は少し――いや、かなりがっかりしているようにも見えた。
「どうしたのアーニャ?」
「おいおいロイ。何の? って事は無いだろ……」
呆れた顔のジノが、ロイに詰め寄った。
「感想って言ったら一つしかないじゃないか」
「だから何さ」
「アーニャのこの格好だよ」
ジノが、アーニャを指で示した。
そこでロイはハッとし、自分がアーニャに掛けるべき言葉を思い出した。
「あっ、そうだよアーニャ! 今すぐそんな服は脱いで――」
ゴツン!
そして着替えるんだ! と言おうとしたらロイはジノに頭を殴られた。しかもグーで。結構、本気で。
「いっ、たぁ……何するんだジノ!」
涙目になりながらロイは振り返った。
「ロイ。お前ちょっとこっちに来い!」
反論の余地を許さず、ジノはロイの腕を掴むと、教室の隅まで引っ張っていった。
「何するんだよジノ! ちょっといい加減に――」
「うるさい黙れ」
小声でピシャリと言われてロイは口をつぐんでしまった。ジノはヒソヒソ声で、
「いいかロイ。今日は祭りだ。祭りでそんな無粋な事は言うな」
「だってジノ。あの格好はどう見ても、スカートがみじかい――」
「馬鹿!」
またゴツンとロイは頭を殴られた。ロイは再び涙目になってうずくまり、ジノを睨む。
「殴った! 二度も殴ったね! ノネットさんにも二回連続で殴られた事無いのに!」
「それは、お前がいつも一回で気絶するからだろ!」
ツッコミを入れてジノは、その化粧が濃い顔をグッとロイに近づけた。
「いいかロイ。お前は過剰に反応しすぎなんだよ。この変態め」
「変態、僕が?」
「ああ、そうだよ。もっと素直に見るんだ。そして一人の男としてアーニャを見ろ。そして誉めろ。いいから誉めてやれ。それが男の責務だ、納税と同じぐらい大切な義務だ」
「納税ってそれが無いと国が成り立たない規模の問題じゃないか……女性を誉める事の重要度はそれと同レベルなの?」
「馬鹿! 国家が転覆しても、女性のご機嫌を取っておけば人類は繁栄するんだよ!」
国の中枢を担うべき貴族である上に、ラウンズである人間にしては最悪な発言だったが、ジノの言葉には本質を捉えているような妙な説得力があった。
「いや、でもジノ。あれはさすがに――」
「返 事 は ! ?」
「イ、イエス、マイロード……」
変に圧力のある顔で詰め寄られて、ロイは思わず頷いてしまった。
「よし、分かればよろしい。では行ってきたまえ“青い聖騎士”君」
背中をまた叩かれた。ロイは納得できないものを感じつつ、よろめきながら再びアーニャの前に立つ。
「……」
アーニャは、自信を失っているように見えた。彼女は、無言で小さく腕を広げる。その仕草は服装を強調するためのもの、というのはなんとなく分かる。
服装に対する感想を自分に求めている、というのも理解した。
それでもロイは困った。感想と言われてもその内容が思い当たらない。ただ不謹慎な服を着ているな~、としか感じられない。
――一人の男としてアーニャを見ろ。
ジノの言葉を思い出す。
(一人の男として。か……)
そういえば不思議なものだな、とロイは思った。
アーニャは、自分がラウンズに入ったばかりの頃、その世話係に任命された少女であり、いわば面倒を見てくれた先輩である。
それが今では、自分はアーニャを妹のように見て、できる限り彼女の面倒を見たい、守りたいと願っている。
もちろん、実際に自分がアーニャの面倒を見ているという事は無い。いや、その立場は昔のままで、いまだに自分はアーニャに面倒を見続けてもらっている、と言っても過言ではない。守りたいという点に関しても、実際は守られる事も多い。
でも、そこに仕事とか余分な要素を取り除き、ただ純粋にロイとアーニャの今の関係と言えばやはり先輩と後輩と言うよりは、兄と妹の関係の方がしっくりとくる気がする。更に言えば、お互いそれを受け入れているふしがある。
ロイは兄として、アーニャは妹として……二人はこの約一年でそれを当たり前の関係にしてしまったとも言える。そしてもちろん。今まで一度もその関係が男と女になどなった事はなかった。
ロイにとってアーニャは先輩であり、そしてその次は妹だった。
しかし、ジノは、今回それを捨ててアーニャを見ろと言った。ジノは何だかんだでロイが最も信頼している友の一人だ。友がそう言うからには、今この場でだけでも、その兄と妹という観念を捨て去る事が正解なのだろう。
(アーニャは一人の女。僕は一人の男。か……)
アーニャを見る。男として純粋に。
幼いながらに鍛えられた体、引き締まって、スラリと長い脚が短いスカートから伸びている。
表情はいつも通り淡々としているが、瞳だけは不安そうに揺れている。
肌を故意的にさらけ出し、扇情的な感情を強制的に男の本能に叩きつける服装は誘惑感タップリだが、それと同時にお客様に奉仕するというウェイトレス独特の清楚感さがあり、それが誘惑感と上手く相殺されて、新たな極致を生み出している。
胸元にはひらがなで「あーにゃ」と書かれたプレート。それを強調するかのように、しかし控えめにそびえる胸元。そして、そのすぐ下にある細くもゴムのような強い弾力を感じさせる腰のくびれ。
(そうだな。答えは一つしか無いのに、馬鹿だな僕は……)
正直に、ロイは感想を述べた。
「とても可愛いよアーニャ。良く似合ってる」
○
(驚いたな。アーニャがあんな顔で笑うなんて)
コスプレ喫茶の入口。そのドアに身を隠しながら中の様子を覗いていたスザクは、教室の中の様子に驚くと同時にクスリと笑った。
(相変わらずだなロイは……さて)
スザクはすぐに表情を笑顔から険しいものに戻し、教室の中にいる同僚達を改めて冷めた視線で見つめた。
(特に問題は無いみたいだな……)
同僚三人が来ていると機情から連絡を受けて、急いで飛んできたスザクはそう判断した。
この学園は、“彼”にとって思い出深い場所であり、もしかしたら何かしらの変化やアクションが起きるかもしれない、と思ったが……どうやら杞憂だったようだ。もちろん、だからと言って油断はしないが。
“彼”の存在は機情にも秘密にされているから、ジノ達の正体が生徒にバレて騒ぎになった時の保安のため、という名目でヴィレッタ隊長に三人の監視を頼んである。何か怪しい素振りがあれば連絡が来るはずだった。
なんなら後で自分が地下の機情に出向いて何か不審な所は無かったか映像を調べたり、ジノ達に聞けばいい。
どちらにしろ、自分一人だけで同時に二人を、というのは無理がある。ならば今回、自分はもう一人の監視に集中した方が良いだろう。
もっとも、本当なら“アイツ”のいるこの学園内に“彼”はいて欲しく無いというのがスザクの本心だが。だからと言って、来てしまった三人を帰らせる理由も見つからないので、まぁ、これは仕方が無い。
スザクは同僚達に何も告げず、ドアからゆっくりと離れて、来た道を戻ろうとした。すると、
『きゃあ!』
「うわっ」
ちょうどこちらに歩いてきていた誰かとぶつかった。スザクはその衝撃によろめいただけだったが、相手は地面に転んでジタバタ、と陸に打ち揚げられた魚のように藻掻いていた。
ラッコの着ぐるみだった。どうやら、自力では立てないらしい。
「すみません。大丈夫ですか!」
スザクは急いで駆け寄る。すると、背後から、
「何やってるんだスザク?」
と声がかかった。ジノだった。どうやら騒ぎを聞きつけてやってきたらしい。その隣にはロイと、そのロイの腕に細い腕を絡ませたアーニャがいた。
「三人とも。とりあえず今は手伝ってくれ」
「よしきた」
「分かった」
スザクが頼むと、ロイとジノ――というか、改めてみると二人とも凄い格好――が、着ぐるみの両側に立ち。『せーの!』という掛け声と共に三人で助け起こした。
着ぐるみは制動を取り戻し、なんとか立つ事ができた。
「大丈夫ですか?」
ラッコについた汚れを手で払いながらスザクが心配して訊く。
「!!」
着ぐるみは、なぜかスザクを見て全体をビクッと震わせた。
「すみませんでした。どこか怪我は?」
スザクが更に聞くと、ラッコは大きな頭をブンブンと横に振った後、助け起こしてくれたお礼なのか頭を何度か下げて、そのままドタドタと廊下を走り去っていった。
「……何だあれ?」
ジノが呟く。それに「さぁ?」と答えてスザクは改めて三人に向き直った。
「来てたんだ。三人とも」
スザクは、あくまで“たった今、三人を見つけたばかり”という態度を心がけた。
ジノは、走り去る着ぐるみを見ながら答えた。
「ああ、挨拶に行くのが遅れて悪かったなスザク。どうしてもロイがコスプレしたいって言うから」
ジノに指を向けられたロイが、「なっ!」と息を飲んだ。
「それは、君だろジノ!」
チャイナ服のロイが、ジノに詰め寄った。
「良く似合ってるよロイ」
スザクが誉めると、ロイは肩をガクッと落とした。
「それ以上は言わないでくれスザク……あっ、そうだ。良かったら僕達と一緒に回らないか?」
ロイの誘いを、スザクはやんわりと断った。
「ごめん。これから僕は、生徒会の手伝いをしなきゃいけないから」
「そうか、残念だ……」
ロイは、本当に残念そうにしていた。スザクの中で、小さな針が心をチクリと刺した気がした。
「ああ、本当にすまない」
「いや、気にしないでくれ」
少しがっかりした様子のロイに、ジノがもたれかかった。
「まぁ仕方ないさロイ。このお祭りはスザクが主役なんだし、やることも多いだろうさ」
「そうだね」
「ごめん。せめて君たちも楽しんでいってくれ。帰りは一緒に帰ろう」
そしてスザクは、今度はアーニャに向き直った。
「アーニャ。その格好良く似合ってるよ」
「ありがとう。スザク」
「じゃあ、僕はこれで」
喜ぶ少女に微笑みを向けた後、スザクはきびすを返した。
「よっしゃあ、じゃあ次は昼飯を食べに行くか」
「さっき、激辛カレー完食無料の屋台を見た」
「激辛? 無料? 面白そうだな、よし、じゃあそうしよう!」
「私はしないけど」
「いや、そんな奇をてらうようなものにしなくても、普通のものを、って聞いてないね君たちは……」
背後から同僚達の談笑が聞こえてくる中、スザクだけがすでに表情から笑みを消していた。