コードギアス 反逆のルルーシュ LOST COLORS R2~蒼失の騎士~ 作:宙孫 左千夫
「おおっ! ここがアッシュフォード学園か!?」
学園の入口で、ジノが子供みたいに嬉しそうな声をあげる。
それに伴って、傍の学生達から失笑を交えた視線が三人に注がれた。
ロイ、ジノ、アーニャである。
三人は白い軍服を脱ぎ捨てて身分を隠し、このアッシュフォード学園で行われる“枢木スザク歓迎会”にお忍びで遊びに来ていた。
アーニャはゴスロリチックなフリフリピンクのワンピースにリボン。ジノは黒いジャケットに青を基調とした半袖の上着を羽織り。そしてロイはジーパンに大きめな黒いTシャツというラフな出で立ちだった。
「ジノ」
重たい眼鏡を掛け直しながら、ロイははしゃぐ長身の友人を肘でつつく。
「少し控えてくれ。僕はともかく、君とアーニャは有名人なんだ。学生に正体がバレたら騒ぎになりかねない」
「何言ってるんだよロイ! そうなったらそうなったら楽しいじゃないか!」
大いに瞳をキラキラさせる帝国最強の騎士の一人、ナイトオブスリー、ジノ・ヴァインベルグ。
「……」
制止は不可能だ、とロイは悟った。こうなったジノは、親にねだってねだって、生まれて初めて遊園地に連れて来てもらった子供と同じだった。
「あっ」
唐突にアーニャが声をあげた。男二人はその声に従って顔を向ける。
晴天の下、トコトコトコと大きな着ぐるみが前を通り過ぎて行った。
三人は顔を合わせる。
「モグラかな?」
「ビーバーだろ?」
「ラッコ」
男二人が疑問符を浮かべる中、アーニャだけが携帯で写真を撮りながらきっぱりと言い切った。
「そうかぁ?」
納得いかない様子のジノに、アーニャは疑問の瞳を向ける。
「なんで? そうとしか見えないのに」
首をかしげるジノに合わせて、これまた首をかしげるアーニャ。その姿は鏡合わせみたいで面白かった。
「こういう事は女の子の方が理解が早いものなのかもね。さて」
ロイは辺りをグルリと見渡す。生徒達が趣向を凝らした露店が数多く並んでおり、その中のいくつかに好奇心をそそられるが、
「とりあえずスザクを探そう。見学はそれから――って、あれ?」
「うぉ~珍し! なぁなぁ、見てみろよ二人とも」
「記録」
「とりあえずやる事も無いみたいだし、庶民の学校を見学するか?」
「賛成」
「ってかまずは何か腹に詰めようぜ。昼飯を食べてないからお腹空いた」
「大賛成」
いつの間にか、二人はロイから離れ、はるか彼方で露店巡りを開始していた。
「おいロイ。何やってるんだ、置いていくぞ!」
「ロイ、早く」
ずいぶんと先に進んだ二人が、大きな声でロイを呼ぶ。
「二人共。だから目立つ事をするなと……」
言い掛けて、ため息一つ。
まぁ、いいか、と頭をポリポリと掻きつつ、ロイはそう思った。
ジノとアーニャの自由奔放な行動を受けて、自分だけが色々と心配しているのがロイは無性に馬鹿馬鹿しくなった。
「二人とも、ちょっと待ってくれ」
ロイは小走りで駆け出す。
正体がバレて騒ぎになった時の事は、そうなった時に考える事にした。
○
看板やら呼び込みの人達で溢れ返っている廊下は、学校にしては広々とした造りのはずだったが、今だけはひどく手狭に感じられた。
活気もすごい、人の往来も激しい、そして熱い、しかも生徒達はその熱気をさらに高めるかのように声を張り上げる。
「ホラーハウスです! そこの銀髪のお兄さんとピンクの髪の子。ご兄妹でいかがですか!?」
「映画。機動戦士トリスタンSEED上映中で~す!」
「占いいかがですか? 恋愛金運仕事運なんでも占います!」
「すごいな」
学生が持つエネルギーに面食らいながらも、ロイは楽しげな声を上げた。
「しかし、人が多い。私とロイはともかく、これじゃあアーニャははぐれちゃうかもな」
と、物珍しそうにジノはキョロキョロと辺りを見渡す。そんな彼に対してアーニャは、刺を含んだ口調で。
「ジノ。私はそこまで子供じゃ――」
「そうだね。じゃあ手を繋ごうかアーニャ」
「……へっ?」
突然とも言えるロイの言葉に、アーニャはキョトンとして立ち尽くした。
ロイは、そのままアーニャの横を通り過ぎ、数歩先行してから振り返る。
「あっ、いや、はぐれないように、と思ったんだけど……」
しばらく、アーニャは電池切れのロボットのように反応しなかったが、
「嫌かい?」
とロイが再度尋ねると、彼女は即答した。
「嫌じゃない。全然」
「そうか。じゃあ……」
ロイが手を差し出す。彼女は恐る恐るその手を取った。ロイは強く握り返す。
「行こうか」
ロイが歩きだすと、少し遅れて、アーニャはどことなく嬉しそうな表情を浮かべながら引っ張られるようにして後に続いた。
そんなアーニャに、ジノが耳打ちする。
「おいおい、アーニャ。それじゃあまるで子供のようだぞ」
「ジノ、うるさい」
アーニャに睨まれ「おお、怖っ」と、ジノは大きな体を身軽に翻し、そのまま二人の後に続く。
「おっ」
しばらくして、ジノが足を止めて、ロイの肩を叩いた。
「見ろよ二人とも。コスプレ喫茶だって」
ロイが視線を向けると、そこには確かに“コスプレ喫茶”という看板が掲げられたお店があった。
「コスプレ……」
隣のアーニャがなぜか感慨深げに呟く。
「? ジノ。寄りたいのか?」
ロイが尋ねると、ジノはまたキラキラした瞳で、
「だってコスプレだぞ! こんな面白いのをスルーする手は無いだろ!?」
「いや、『無いだろ!?』って言われても困るよ。ね、アーニャ」
ロイが同意を求めてアーニャの方に顔を向けると。
「ロイ、入ろう」
帝国最強の騎士ナイトオブシックス様はえらく体がウズウズしているご様子だった。彼女の瞳もキラキラと輝いているように見えるのは、多分見間違いでは無いだろう。
「……もしかしてアーニャ。こういうの好きなのかい?」
「うん」
即答だった。よくよく考えてみればアーニャの好むゴスロリ系の服も近い要素を持っているわけであり、その彼女がコスプレに強い感心を抱いていても不思議ではない。
多数決で言えばニ対一。 いつもなら、ロイはしぶしぶこの数の暴力に従うところだが、
(……なんだ。この悪寒は)
理由は分からないが、なぜか体が『この店に入るな! 時計の針を戻す愚を犯すな!』と警鐘を大音量で鳴らしまくっている。
ふと気付けば背中は冷や汗で濡れていた。
少々考え込んで…………ロイは本能に従う事にした。
「二人とも。悪いけどここは猛烈に嫌な予感がするんだ。急いで通り過ぎよ――」
「三人」
「三名ね~」
しかし、ジノとアーニャは、すでにこのお店の生徒らしき人物に来店を告げて、中に入る所だった。
「二人共! 駄目だよここは! なぜだか分からないがとにかく駄目――ってうわ!?」
アーニャと手を繋いでいるロイは、彼女のその小さな体からは想像できない腕力に負けて、ドンドン教室に引っ張られていく。
「ちょっと、アーニャ? 待った! 待って! お願いだから!」
「……何?」
アーニャはようやく足を止めてくれた。ロイは咳払い一つして告げる。
「アーニャ。僕はここに入りたくないんだ」
「なぜ?」
「なぜ、って聞かれても困るんだけど……とにかく僕は嫌なんだ。悪いけどここはジノと二人で――」
その時、何者かに背中を押された。
「!」
振り返ると、そこには、
「そんな事言わずに、寄っていって下さいよ」
と、満面の笑みを浮かべた女子生徒が三人いた。
「妹さんも入りたがっていますし」
「金髪のお連れさんはすでに着替え始めてますよ」
「はい、三名様ご案内~♪」
「あっ、いや、僕は……」
「行こうロイ。きっと楽しい」
アーニャは、今度は両手でロイの腕を強く引っ張った。そして、後ろからも女子生徒達がグイグイと押してくる。怪我をさせる可能性もあるので、無理やり振り払うわけにもいかない。
『楽しくお着替え~♪ ちなみに、着替えた服装のまま校内も回れま~す♪』
「やめろ! 放して! 駄目! ダメだってば!」
結局。ロイは計四人の女の子の力に逆らえず、入店を果たしてしまった。
○
五分後。ロイは鏡に映る自分の姿を見て目を覆いたくなった。
「良くお似合いですよ。そのチャイナ服♪」
「うわ、見た目と違って、結構筋肉質~♪」
「しかも、メガネ取るとイケメンだし♪」
「イケメンチャイナ萌え~♪」
「……」
ロイは、チャイナドレスを着ていた。いや、着させられていた。もちろん女の子用のスリットが大きく入ったお色気タップリのあれだ。もう泣きたくなる。
肌にフィットしたドレスは鍛え上げた筋肉の凹凸を如実に表し、正直化け物。しかも腹筋は六つに割れているのでさらに収集がつかない。そして、そんな固い筋肉に対比するように胸に詰め込まれた柔らかい物体。
そりゃあもう、動くたんびにプリンのような弾力を表現しつつプルンプルン震えた。
「……」
ロイは、中華料理屋に入店して自分みたいな店員が出てきたら間違いなく注文もせず一目散で逃げる自信があった。
「……ぐすっ」
言い様の無い虚しさと、悲しさと、切なさに包まれる。
自分は一体何をしているのか? こんな格好をして……。
そう考えると目頭が緩んだ。滲む目頭を隠すように、ロイは着替える時に強制的に外された、自分のトレードマークとも言える分厚い眼鏡をかける。
先ほどからカメラのフラッシュを浴びせていた女性陣から、すかさず抗議の声があがった。
「え~眼鏡かけないで下さいよ~」
「嫌です! というか僕の元の服はどこですか!? すぐに着替えま――」
「待ってみんな!」
一人の女子生徒がロイの言葉を遮った。その場の人間はロイを含めて全員その子に注目する。
「いや、私は眼鏡をかけてもこれはこれで良いと思う……」
少女が言うと、女性陣は雷を受けたかのように身を一瞬だけ震わし、一斉にこっちを見て、
『確かに~』
と頷くと、これまた一斉に黄色い声をあげた。
「そう言われれば~♪」
「眼鏡で男のチャイナガール~♪」
「奥に秘める美形を、分厚い眼鏡で覆い隠すっていうのもマニアックな気がするけどー♪」
「眼鏡取ったら美形なのは王道よね~♪」
「王道は皆に愛されるからこそ王道~♪」
(ああ、もう何でもありなんだな……)
と、ロイは若干十代後半の年齢ながら、所詮男なんて女の玩具なんだなと悟った。
その時、このクラスの女子生徒が、女性専用の試着室の前で皆に告げた。
「お連れさんの着替えが終わりましたよ」
ロイは、顔を向ける。
「ご対~面~」
開かれる布。中から現れたのは、
「アーニャ!?」
ロイは驚きで息を大きく飲んだ。
アーニャが着ていたのはウェイトレスの衣装だった。頭には布の髪留め。左胸には『あーにゃ』と書き込まれたプレート。その姿は、確かに喫茶店にでもいそうなウェイトレスだった。
(いや、違う……間違っているぞ僕!)
あれは、ウェイトレスではない、とロイはすぐに自分の考えを否定した。
短い、短いのだスカートが。あれではウェイトレスではなくて、いかがわしいお店の店員だ。
「アーニャ! 一体何て格好を――」
兄貴分としての自覚と責任を抱いて、ロイが注意をしようとアーニャに詰め寄ると、彼女は、
「ロイ」
「何?」
するとアーニャは右手を右目の前に持っていき。
「アーニャビーム」
それを淡々と言った。淡々とお言いになられましたこのアールストレイム卿は。
呆然と、ロイは立ち尽くした。
帝国最強の騎士、ナイトオブシックスとナイトオブゼロの間に長い長い長い沈黙が訪れる。
「……」
「……」
「…………」
「…………アーニャビーム」
しかし、ロイが何か喋らないと、アーニャはその発言とポーズを一生止めそうになかったので、
「……アーニャサン。ナンデスカソレハ」
ロイが片言で訊くと、ようやくアーニャはポーズを止めて、腕を下げた。
「これを着たら、こう言うのが決まり。それにこれを言うと男が喜ぶ。この服をくれた、学生のお姉さんにそう言われた」
「……」
「違うの?」
と彼女は小鳥のように首を傾げた。その表情は相変わらず変化に乏しいが、少しだけ頬が薄い朱色に染まっている。多分……本人も少し恥ずかしいのだろう。
ロイは頭痛がしてきた。限りなく強く指で眉間を押さえる。そして、普段の彼からは想像できない程暗く、醜悪で、それでいて全てを見下すような狂った王のような笑顔を浮かべた
「オッケー。とりあえず、僕の妹分を弄んでくれたその生徒にはお礼をしよう。今すぐにね。むしろ、その生徒にはお願いしよう、死んでいただけますか? と、もちろん笑顔でね」
「ロイ。怖い……」
「……冗談だ」
首を振りながら、ロイは昂ぶる気分を落ち着かせた。
「着替えが終わりましたよ」
今度は男子用更衣室の前の、男子店員が声をあげた。
「ご対面~」
男性店員が告げるとなぜか教室の証明が消え、その更衣室にはどこからともなくスポットライトが浴びせられた。
続けて断続的なドラムの音。更衣室の下からモクモクと上がるドライアイスの煙。
(無意味に豪華すぎる演出だなぁ……)。
やがてドラムの音が一度強く鳴って、それを最後に止まった。
ロイは、アーニャの時とは違った意味で猛烈に嫌な予感に襲われた。
カーテンが軽快な風切り音と共に開かれる。
更衣室の中なら出てきたのは、
「は~い♪」
ヒラヒラの服装――女装したジノだった。
「……」
吐き気をもよおす何とやら、しかも、微妙に手の込んだ服を着ている所が、無性に腹立たしい。
「ジノ。キモイ」
アーニャが完全にドン引きながら言うと、ジノはのしのしと大股で彼女に接近し、不自然な程に化粧タップリのその顔を満面の笑顔にした後。
「どうかしらアーニャさん♪」
ウィンク混じりに、媚びるような声で言った。
「うっ……」
アーニャは顔を青くし、嗚咽を漏らして口を塞ぎながら後ずさりした。そのまま、急いでロイの背中に隠れる。
「あら~? なぜお逃げになるの!?」
「何が『お逃げになるの!?』だよ……」
自然と間に立つ事となったロイは、昨日のワインの飲みすぎが原因とは違う吐き気を感じながら、ゲンナリした様子で言った。
「君には羞恥心というものが無いのか」
ジノは声を元に戻して、「ははは」と笑った。
「何言ってるんだよロイ。今日は祭りだろ? だったら、楽しまなきゃ損じゃないか。と、それより」
ジノはクルリと一回転した。それに伴って、可愛らしく長いスカートがフワリと広がる。
しかし、その仕草は女性がやってこそ本領を発揮するものであり、ジノがやったら癪に障るもの以外の何物でもなかった。
「どうだ二人とも。この服装凄く愛らしくないか? 我ながら良く似合ってると思うんだが」
「君は僕にどんな答えを期待しているんだ……」
「変態……」
アーニャが、ロイの背中から顔を出してポツリと呟く。
ジノはチッチッチと舌を鳴らしながら指を振った。
「分かってないなアーニャ。男は大なり小なり皆変態なのさ。バーイ、ロイド伯爵」
すると、アーニャは少し考え込んでから、ロイの背中の服をグッと握り「……そうなの?」と、ロイを見上げて尋ねた。
即答せず、ロイは眼鏡を中指でかけなおして、
「男の一人として。まことに遺憾だ」
と、どこかの政治家のように淡々と答えた。
「じゃあ、ロイは変態じゃないの?」
「アーニャには僕が変態に見えるのかい?」
アーニャは首を振った。
「見えない。ロイは誠実。でもジノは変態」
「そうだねジノは変態だ」
「変態ジノ」
「ああ、変態ナイトオブスリーだ」
すると、ジノは苦笑いを浮かべながら、
「お前、自分も似たような格好してて、よく私にだけそんな事言えるな」
「……」
ロイには、返す言葉が無かった。