コードギアス 反逆のルルーシュ LOST COLORS R2~蒼失の騎士~ 作:宙孫 左千夫
月下先行試作機、蒼色に塗装されたそれは“蒼月”と呼ばれていた。正式名称ではなく総称である。
かつて黒の騎士団に所属していたエースパイロットの機体だ。
調整された強化ランドスピナーが唸りを上げて、蒼い影は荒野を疾走する。
指定されたコースを目標より早く走り抜ける。操縦桿を握る手は、油断無く正確だ。
アラート。赤い光が操縦者の白い肌を染め上げる。
敵と接触した。
目視にて確認。右正面四十度、一キロ先、立ちはだかったのは青い騎士――“ランスロット・クラブ”、中華連邦、EUでは憎悪と尊敬を込めて“パラディン”と呼ばれる機体だ。
「……」
“蒼月”は即座に戦闘態勢。しかし、選択は“クラブ”の方が速かった。
“クラブ”は手にした可変ライフル通常モードを手早く発砲。“蒼月”はフェイントを交えた機動で、射線を事前に外しておいたのもあって、難無く回避。
スピードを落とさずに間を詰める“蒼月”。遠距離から近接攻撃を狙っていたおかげで、“クラブ”がライフルからショートソードに持ち変える動作分、速い。
それに気付いて“クラブ”は時間稼ぎの為に、スラッシュハーケンを射出した。
(温い)
“蒼月”の操縦者はそれを読んでいた。姿勢制御を一杯まで使い、スピードを落とすことなくスラッシュハーケンを機体を逸らすようにして避ける。更に掻い潜って、必殺の左腕を繰り出す。
オリジナルに比べて貧相とはいえ、猛禽の爪にも似た輻射波動機構は青い騎士の胴部を側面から鷲掴むように捕らえた。
暴れるように、その爪から逃れようとする“クラブ”。機体のパワーは“クラブ”の方が上だ。だが、
(スイッチ)
逃げる暇を与えず、操縦者は輻射波動を起動。出力を示すメーターが急上昇、レッドゾーン、続いて朱色を帯びた破壊の衝撃が断続的に青い騎士に叩きつけられる。白い装甲から沸騰した熱湯のような泡が盛り上がり、機体は成す術なく四散した。
昇る炎をバックに“蒼月”は爪を構え直した。まだ、敵はいる。
操縦者は油断無く辺りを見渡す。
再度のアラート。別方向より。今度はナイトオブラウンズの機体“トリスタン”だ。
“人型に限定されている”“トリスタン”から打ち出されるスラッシュハーケンを、“蒼月”は最小限のジグザグ機動で躱す。ついでに、そのスラッシュハーケンのロープを“蒼月”の右腕で握り締め、引き寄せる。
高速で射出されたスラッシュハーケンを、ロープとは言えナイトメアフレームの指で掴み取ったのだ。並みの芸当ではない。
咄嗟の事でバランスを崩した“トリスタン”は、迎撃しようと構えていた槍を使うことができず、必殺の左腕に捕まり、その身を青騎士と同じく、爆散させられた。
YOU WIN
モニターに浮かぶ文字を見つめ、
(ノルマの三十戦終了。いくらロイとジノとはいえ、データ上のならこんなものか……)
シミュレーターを終了したアーニャは、心の中で嘆息した。
画面端の時計を確認すると、時刻は一三時。昼過ぎだ。今日はアシュフォード学園にて執り行われる枢木スザク歓迎会にロイと出かける予定で、朝から政庁前で待っていたのだが、いつまで経ってもやってこない上に、電話は繋がらないわ、ジノの自室に行けば鍵はかかってるわチャイムを鳴らしても出ないわで、溜まったストレスを発散させるためにここに来ていた。
最初は“モルドレッド”で訓練していたのだが、途中から敵――黒の騎士団側のナイトメアを操縦し始める事にした。今日に限った話ではなく、敵のナイトメアの特徴や癖を知っておくことは実戦で色々と有利に働くので、たまにやっていた。
しかし、今日は気が向いて黒の騎士団の中でも旧型に分類されるため、いままでスルーしていた“蒼月”でやってみた。
本国での会議で話題にのぼった、というのも選択理由の一つではある。
エリア11に来る前に“紅蓮弐式”では何度か訓練した事があり、ピーキーな暴れ馬だったもののそこそこ扱いやすかった。似た機体である“蒼月”の操作も特に難しいことは無いだろうと思っていたが、この“蒼月”――と言っても、機体は鹵獲できていないので、過去の戦闘データによる想像上のもの――は特徴的だった。
まず“紅蓮弐式”に比べて総合バランスが極端に悪い。悪いなんてもんじゃない、極悪とも言える。主たる原因は、“紅蓮弐式”と比べて出力が低いのに、重い腕部など取り付けているからだ。
しかも、その原因となっている輻射波動は威力はあるものの、発動できる最大回数は多くない、燃費も良くないので連射も出来ない。チャージ中は持てる武装も限られているため決定打と手数が少ないというのに関連して防御力にも欠ける。輻射波動の腕部で、しかもこの腕を付けるために同型である“月下”と比べて刀などの武装も選択できず汎用性も低い。
一撃必殺の輻射波動のために、非常に隙の多い仕様になっているのだ。特攻兵器みたいだ。こんなもの、一般の兵士が乗り込めばいの一番の撃墜候補である。当の操縦者も文句を言わなかったのだろうか。
そういえば、とアーニャは思い当たるものがあった。
身近に似た機体がある。“ランスロット・クラブ”だ。
可変ハドロンブラスターを装備したあの機体は、隙の多い仕様になってしまっており、まさに乗り手を選ぶものになっている。
だが、決められた状況にさえなれば鬼神の如き強さを発揮できる。
つまり、搭乗者に求められるのは、決められた状況に合わせるのではなく、決められた状況を作り出す能力。
この“蒼月”のパイロットは知らないが、少なくともロイ・キャンベルとはそれができる人間だ。
(“蒼月”のパイロットは自身のその特性を理解し、そしてこの機体の開発を行った人間も、パイロットは状況を作り出せる能力に秀でていると見抜き、そのまま改造や修正することなくこの機体を使用し続けさせる判断をした、という事か)
その判断が正しかったというのは、かつて見た本物の“蒼月”の戦闘中の映像を見れば一目瞭然だ。状況を作り出せるという点では、周りが見える目を持っているという事と同義なので、指揮能力も高かった。
以上から“蒼月”と“クラブ”、外観はかなり違うが、パイロットの特性と、開発者の判断方針や性格は非常に良く似ているのが分かる。
(やはり、かなり厄介な人間だったという事か、ライという人物は……)
敵にロイのような人間がいたらと思うと、ワクワクもするが正直ゲンナリとした気分にもなる。
なにせ、ロイとの模擬戦はアーニャが勝ち越してるとはいえ、部隊運用の戦略シミュレーションでは一勝も出来ていないのだ。一人の達人より、有機的に稼働する集団の方が何倍も恐ろしいという事は、数々の戦場を生き抜いているアーニャは肌で感じ取っていた。
アーニャは思考を続けながら、シミュレーターを中止し、座席をスライドさせ外に出た。
すると、視界に見慣れた二つの顔が入ってきた。ちなみに、二人共見慣れた私服姿だ。
「や、やぁ」
銀髪の見慣れた眼鏡の男――ロイは、ぎこちなく手を上げて挨拶をした。
思考を中止し、アーニャは眉間に溝を作った。
「……いたの? 声をかけてくれればいいのに」
ロイの隣に立つジノは、あのなぁ、と呟いた後、
「私達の機体を容赦なく爆散し続ける人間に、なんて声をかけろって言うんだよ……」
「すまなかったアーニャ、遅くなって……まだ怒ってるかい?」
控えめなその問いかけに、アーニャは素直に顔を左右に振った。
体も動かして苛々はすでに吹き飛んでいるし、ここでゴネてもスザク歓迎会で過ごせる楽しい時間が減るだけという考えもある。
「もう怒ってない。別に正式に約束したわけじゃなかったし」
「そう言ってもらえると私たちも助かる、なぁ」
「そうだね」
友人の言に同意するロイ。それを見つめながら、アーニャは、
(“蒼月”のパイロットも、ロイと同じ種類の人間……)
ふと、そんな事を思い、ロイの顔に視線を向け続けた。
気付いたロイは、
「どうしたの?」
「何でも無い。少し、気になった事があっただけ」
「気になった事?」
疑問の声には答えず、アーニャは操縦席から身を降ろした。同時に冷たい風を感じて肌が震えた。自分が汗まみれになっている事に気付いて、彼女は二人から早足で距離を取った。
「シャワーを浴びて着替えてくる、待ってて」
「分かった」
「了解了解。いくら待たされても文句は言いませんよ。しっかりオシャレしてこい」
アーニャは、再度怪訝そうに眉間を寄せた。
「ところで、なんでジノも出かける準備してるの?」
「私も行くからだよ」
「……」
「うわっ、すっげー不満そう」
アーニャは、少し考えて、ポンと手を叩く。
「待たせるのは申し訳ないから、ジノは先に行ってていい」
「予想はしていたが、実際に言われるとお前の優しさには涙が出そうだよ……」
邪険に扱われたジノは、その整った眉をヒクつかせていた。
○
「機嫌が直ってて助かったよ」
少女が去った後、男二人は安堵のため息をついた。シミュレーションで自分達の機体を派手に撃墜しまくっているのを見たときは流石に血の気が引いたものだ。
「終わった後に話しかけた方がいい、君の言う通りだったね」
金髪の友人はピッ、と親指を立てた。
「アーニャとの付き合いに関しては、私の方が一日の長があるからな」
ロイは、複雑な表情を浮かべた。
「それにしても、アーニャは変わったことをしていたね」
「敵国ナイトメアフレームのシミュレーションマシンだろ。私もやったことがある。そんなに珍しい事ではないだろう」
ジノは当たり前のように言ったが、ロイはレンズの奥の瞳を曇らせた。親友のその違和感を、ジノは見逃さなかった。
「まさか、やった事が無いのか?」
敵国ナイトメアのシミュレーションは、士官学校等で必須科目に加えられている訳ではない。しかし、ある程度の腕前を持つナイトメアフレームのパイロットであれば誰もが自然と興味を持ち、訓練する、そんな類のものだ。
「あるけど、どうもね」
呟いて、ロイはシミュレーションマシンに体を寄せて、内部の液晶パネルを操作した。
しばらくすると、過去の訓練者のスコアが表示された。先程まで訓練していたアーニャの名前もある。
それをロイは、かなり長い間、下へとスクロールした。
やがて出てきたのはR・Cという騎士のスコアだった。
「R・C? スコアは……まぁ、可もなく不可も無く……いや、まぁ一般的には優秀なのかなってレベルだな」
「どうも」
軽く恥ずかしげに笑うロイに気付いて、ジノは瞳を大きくした。
「まさか、お前なのか?」
ロイは肯定した。まさしく、ジノが微妙な評価を下したスコアはR・C――ロイ・キャンベルのスコアだったのである
「そうなのか、にしては低いな……。片手でやってたとか?」
メガネを指でかけ直し、ロイは首を横に振った。
「黒の騎士団式は合わないのか、乗り込んでも体が思う通りに動かなくてね。操縦をしようとすると、体も震えだすし」
「体が震えだす?」
証明するように、ロイは操縦席にまたがる。バイクを操縦するような姿勢になって、数十秒後、
「ほらね」
「本当だ」
指の一つ一つが、何かに怯えるように震え始めていた。
「お前、過去にバイク事故とかの経験が?」
「バイク事故? いや、無いよ。今でも所持はしていないし、スラムに住んでた頃はそんな金銭的な余裕も無かったから」
「過去の恐怖からくるフラッシュバックって訳じゃないのな……」
考え込んだ後、ジノは取り繕うような笑顔を浮かべた。
「まぁそれでもこれだけ戦えるのなら十分だろ。黒の騎士団のナイトメアなんてそんなに乗る事も無いだろうし。誰にだって得意不得意はあるし」
親友の気遣いに、ロイは感謝した。
「と言っても、理由の分からない事があるのは気持ち悪くてね。性分でさ」
「あ~……」
返答に困った様子でしばし沈黙した後、ジノは明るい口調で、
「一戦どうだ。モヤモヤするときは体を動かしてスッキリしようぜ」
と、ジノは指で対戦用のシミュレーションを示した。ロイは手を横に振った。
「止めておこう。気分的にはその話に乗りたいが、今から遊びに行くんだ、汗をかくのはさ」
「じゃあ、こっちにするか」
次に、友人は違う方を示した。それを見て、ロイは思わず不敵な笑みを浮かべた。
「へぇ」
戦略シミュレーション。それは、体を動かさなくとも頭をフル回転させるもの。お互いに同等の軍を与えられたと仮定して指揮官として采配を振るい、競い合うものだ。
ちなみに、ロイがもっとも得意とするものでもある。
ラウンズの中で、このシミュレーションでロイに勝ち越している者はいない。
「いいのかい?」
「その余裕な表情、少しムカつくねぇ。まぁ、今ままでの勝敗を考えれば分からんでも無いが、私だって成長しているんだぞ」
「分かったよ。なら受けて立とう。断る理由も無いしね」
ロイは、暗い気持ちを払拭させてくれる機会を与えてくれた友人に再度感謝した。
一時間後、訓練室に戻ったアーニャが見たのは、騎士達にねだられてシミュレーション結果の経緯を説明するロイと、傍で真っ白になって項垂れているナイトオブスリーの姿だった。
○
最低限の家具だけが置かれている。手入れは行き届いているが生活の臭いが微塵も感じられない部屋だ。
(戻った形跡は無しか……)
内心で呟きながら、当然だなと結論付ける。懐かしさに流されて、彼がこんな所に立ち寄るわけも無い。
自分は何を期待したのだろうか、とスザクは改めて考えてしまった。彼がここに立ち寄った事があるにしても、痕跡など残しているわけ無いではないか。
「何をしてるんだ。こんなところで」
背後から声をかけられて、スザクは慌てることなく振り返る。すでに誰かがこちらに近付いている事には気付いていた。ただでさえ人通りの少ない場所でもあり、人の気配は掴みやすい。
アッシュフォード学園、クラブハウスのとある一室。
「主賓があまりうろつくなよ」
「ごめんよルルーシュ」
スザクは声をかけてきた人物――ルルーシュ・ランペルージにすまなそうな顔を向けた。
今日は、枢木スザクの復学歓迎会なのだ。実行主体は生徒会であり、その役員である彼は、本日の主役であるスザクを探しに来たのだろう。
ルルーシュは、気持ち早足で近寄ってきた。
「会長も探してたぞ」
「そうなんだ。悪いことをしたな」
「別にいいんじゃないか? 探すという名目で、学園のイベントを見て回ってたからな。どう考えても、お前の事はついでだ」
悪戯っぽく言うルルーシュに、スザクは苦笑で返した。
「ところで、こんなところで何をしていたんだ?」
唐突に、ルルーシュの表情が真面目なものに戻る。スザクも、笑みを消して、
「まだ彼が住んでいた痕跡が残っているかと思ってね……」
言葉を受けて、ルルーシュは驚いた後、少し悲しそうに瞳を歪ませた。冷静な彼にしては珍しく感情というものを感じさせる顔だ。スザクはその一挙一動きを油断無く見つめていた。
「ああ、そうだな。痕跡は無いさ。俺が片付けたんだから」
「片付けた? 君が?」
「ほら、ロロがさ。アイツには懐いてただろ。一緒に散歩したり、折鶴を作ったり……残ってるとさ、色々辛いかなって。いや、違うな、何より、俺も辛いから」
視線を下に向けて語るルルーシュに不審な所は見受けられなかった。
一年前、このクラブハウスの一室に住んでいた少年――ライは紛れもなくルルーシュと友達と言える間柄だった。
(いや、違う。おそらくは友達以上の……)
ゼロの正体がルルーシュである、とライは知っていた。黒の騎士団内ではあのカレンや藤堂すら知らなかったのに。おそらく親友と呼べる関係だったはずだ。
だから、その親友という記憶だけが残っているルルーシュのこの反応に不審な所は無い。
「……そういえばスザク。お前は、知ってるんだよな? ライがどうなったのか」
思い切って訪ねてみた様子も、やはり不自然は無い。友の身を心底案じている顔だ。
「知らないのかいルルーシュ。彼は……」
「黒の騎士団にいたんだろ。それは知ってる。残念だよ。俺も、彼とは仲良くしてたから。気付いていれば、そんな道に入る前に止められていれたんじゃないかって、何度も思って……」
後悔の念に苛まれるように、拳を強く握るルルーシュ。瞳には涙が滲んでいた。
その様子を、スザクは冷めた気分でしか見られなかった。
「君が気にする事じゃないよ。捕まえたのは、僕なんだから」
「そうだったな。悪い、お前も辛い思いをしたのにな……」
「僕は、別に……」
細い指で目元を拭ったあと、ルルーシュは無理やり作ったかのような笑顔を浮かべた。
「さぁ、そろそろ戻ろう。いい加減に会長も痺れを切らしてるかもしれない」
「わかった」
細い背中の後に続いて、スザクは部屋を出る。
ふと、告げてみようと思った。考える前に言葉が漏れていた。
「ルルーシュ」
「んっ?」
「機密事項なんだけど、やっぱり君には教えておこう」
「教えておこう、って。何をだ?」
スザクは、改めてルルーシュを見る。ルルーシュは、首をかしげてこちらの様子を伺っていた。
やがて静かに、重い口調でスザクは告げた。
「ライは死んだよ。もう、ここには戻らない」
ルルーシュの瞳がこれ以上なく開かれた。同時に、大きく息を吸い込む。その後、口は真一文字に結ばれて、彼は顔をこちらから逸らした。
「そうか……ありがとう、教えてくれて」
「残念だよ、本当に」
「ああ、けど、仕方ないんだよな……悪いけどスザク、ロロにはもうしばらく内緒にしていてくれ。俺が、折を見て話すから。あいつも、ショックが大きいだろうし」
「分かった」
ルルーシュの声が震えていた。
そのまま、彼はクラブハウスを出るまで振り返りもしなければ、一言も話す事は無かった。