コードギアス 反逆のルルーシュ LOST COLORS R2~蒼失の騎士~   作:宙孫 左千夫

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①巻 1話『R2 前夜 A』

 行政特区式典会場。

 鈍器で殴られ続けているような頭痛が、思考を阻害する。

 歯を食いしばって堪えながら、ライは気だるい体を起こす。

 霞む視界に抵抗しながら必死に視線を巡らし、状況を確認。周りにはC.C.とスザク。そして床に倒れている数人のSPが見えた。

「一体、何が……?」

 痛みを訴え続ける頭を強引に働かせて記憶を探ってみる。

 だんだんと思い出してきた。

 ゼロとユーフェミアが二人で話をすると言ってG1ベースに消えてからすぐ、まず一緒に来ていたC.C.が急に倒れた。

 それを助けようとしたスザクも倒れ、傍に駆けつけたライと、ユーフェミアのSP達も倒れた。まるで電気ショックを浴びせられたかのような衝撃だった。

「そうだ、ユーフェミア様とゼロは!?」

 ハッとして、体に鞭を打って立ち上がる。頭痛が収まる気配は無く、その過程で何度もの吐き気に思わず喉を手で押さえる。

 なんとか立ち上がると、向かい側のブリタニアの陸上戦艦――G1ベースから、一人の少女が白いドレスを揺らしながら駆けてきたのが見えた。

 弱肉強食を絶対とするブリタニアの皇女でありながら、平等を謳った心優しき女性。

「ユーフェミア様!」

 その女性は、微笑を絶やさないままライの前まで駆けてきて踵を鳴らして止まった。

 ユーフェミアが一人でG1ベースから出てきた事に、ライは疑問を持った。

「ユーフェミア様。ゼロは?」

 彼女は、顔色を変えずに答えた。

「ゼロ? ああ、ルルーシュですね。いいんです、彼はブリタニア人ですから」

「!?」

 ライは目を見開いた。

 いま、ユーフェミアはゼロのことをルルーシュだと言った。

それはつまり、ユーフェミアが黒の騎士団の中でもライとC.C.しか知らないゼロ=ルルーシュという真実を知ったということに他ならない。

(どういうことだ……?)

 ライはユーフェミアの発言を考察した。

 あの、ルルーシュが無意味に敵に正体を晒すとは考えにくい。また、スザクならともかく、このユーフェミアが腕力に訴えてゼロの仮面を剥ぎ取ったとは到底思えない。

 ならば、なぜユーフェミアはゼロの正体がルルーシュだと知っているのか。

 ルルーシュのミスでもなく、ユーフェミアの暴力ではない可能性。

 例えば、そう。ゼロが自分の正体を隠す必要が無くなったと考えるならば、それが意味するものは……。

「それでは、話し合いは上手くいったのですか?」

 ライの問いかけに、慈愛を体現したような少女は上品に頷いた。

「ええ。とても有意義なお話になりました」

 この瞬間、ライは喜びと、言い様のない虚脱感を同時に味わった。

 ユーフェミアのこの言葉は、強靭な戦士であるはずのライの力という力を奪うのに充分なものだった。

 なにせ戦争が終わる、終わるのだ。

 ただ、と喜びに打ち震える反面、ライは黒の騎士団の一員として敗北感も感じずにはいられない。

(いや……)

 その感情を些細なこととして心から振り払う。

 ライの頭の中で一人の女性の姿が浮かぶ。

 紅月カレン。ライが今一番大切に思える女性。

行政特区日本の成立は、彼女が目指した日本解放とは違う。しかし、それは、日本解放への新たな一歩であることには間違いない。

 黒の騎士団は今まで武力による解放を目指してきた。

 それが途絶えたというのは、黒の騎士団の一員として確かに完全に大手を振って喜べるかと言えば、そうではない。

 しかし、変わる。

 黒の騎士団の戦いが誰も死なない、誰も殺さない戦いへと変わる。

 戦争から政治の戦いに変わる。

 それは、ライがカレンと共に長い時間を生きていける可能性が大きく広がったことを意味している。

 戦いの無い世界で彼女と共に過ごす。それこそライにとっての幸せに他ならない。

 もっとも、そんなことをカレンに言ったら怒られるかもしれないが、ゼロが決めたことならば彼女も渋々ながらも納得するだろう。

 それに日本解放への道は途絶えたわけではない。ただ、その日本解放への道のりがほんの少し変わるだけ。

「おめでとうございますユーフェミア様。私も微力ながら貴方に協力いたします」

「ほんとうですか。では、早速手伝っていただきたい事があります」

「喜んで」

 彼女の問いかけにイエス・ユア・ハイネスはもう必要ない。しかし、ライは目の前の女性に最大の敬意を払いながら、付き従う騎士のように恭しく頭を垂れた。

 ライはユーフェミアの言葉を待った。彼女の頼みごとはなんでも最大限やろうと思った。

 目の前の女性は、困難だが価値があることを成し遂げようとしている。しかも、それは自分にとっても意義のあること、もちろんカレンにとっても……。

 ならば協力は惜しむものか。惜しむ理由などあるものか。

「日本人を殺して下さい」

「……………………………………………………はっ?」

 ユーフェミアが変わらぬ微笑を浮かべたまま出した言葉に、ライは純粋に戸惑った。

 まず自分の耳を疑った。当然と言えば当然で、それは、目の前の潔白で純粋な女性からはあまりに似つかわしくない言葉だった。

「なるべく早くお願いしますね。私も日本人は皆殺しにしなければいけないので。では」

 優雅に一礼してライの脇を通り過ぎようとするユーフェミア。

 ほとんど反射的に、ライはユーフェミアの進路を塞ぐような形で立ちはだかった。

「ちょ、ちょっと待ってください。あなたは一体何を言ってるんですか?」

 すると、ユーフェミアは楽しい遊びを邪魔された子供のように顔をムッと歪ませた。

「日本人は虐殺です。殺します。そうしなきゃいけないの。だからどいてください」

「どきませんよ。一体全体どういう――」

 乾いた音と、一拍遅れる火薬臭。

 次の瞬間、ライの腹部に気が狂いそうになるような激痛が湧き上がる。

「ユ、ユーフェミア……様?」

 撃たれた。ユーフェミアに撃たれた。目に映るのは細い手の先に握られた小さな銃。

 実を言えば。ライはユーフェミアが銃を照準し、発砲する動作が全て見えていた。

 通常なら、ライは撃たれる前にその優れた身体能力を駆使し、彼女の銃を叩き落として、その相手の腕を捻り上げることぐらいは難無くやってのけただろう。

 しかし、誰が思うだろうか。

 虐げられてきた日本人を救うために立ち上がった心優しき皇女。

 微笑みは柔らかく、物腰は優雅。その姿を見れば誰もが希望の光を見た。

 そんな少女が自分に銃を向けてきたからといって、引き金を引くと誰が思えるだろう。

 膝から下の力が急速に抜ける。意思には無断で膝が折れた。そしてそのまま、ライは天を見上げるように地面に倒れた。

「な……ぜ?」

 自由の利かなくなり、赤く生暖かいものがこぼれる唇からライは弱々しく問う。

 返ってきたのは、優しい少女の激しい怒声だった。

「日本人は皆殺しにしなきゃいけないのっ!」

 そしてライは見た。自分に罵倒し続ける少女の目に光る怪しい光を。

 ギアス。

 ライは確信した。ライもギアスを持つ者。そういうことは直感で理解できた。ユーフェミアはギアスにかかっている。では一体誰がギアスをかけたのか。

 遠のく意識のなかで、ライは一つの可能性に突き当たった。

 いまのいままで、ユーフェミアが共にいた人物は誰だったか?

 ゼロ=ルルーシュだ。自分と同じ絶対遵守のギアスを持つ無二の友。

「日本人は皆殺しにします!」

 そう言って、ユーフェミアが会場の方へ駆けていく。

「な、ぜだ……」

 誰もいない空間に、もう一度問いかける。その問いには誰も答えない。ただ、

「やめろユフィィィ!」

 ゼロの叫び声だけが響いた。

「ゼ、ロ……?」

 首だけを動かしてG1ベースの方を見ると、見慣れた黒い仮面にマントをなびかせる人物がこちらに走ってくる。

 黒の騎士団のリーダー。ゼロ。

 ゼロはユフィを追うようにして走り、ライの近くまで来ると足を止め、その状況を見て愕然とした。

「ライ!?」

 ゼロは、腹部から血を流して倒れているライを見つけると、息を飲んで後ずさった。

「ゼロ……これは、一体……」

 ライは、ゼロに震える手を伸ばした。その手には真っ赤な液体がこびりついていた。

「すまないライ……すまない!」

 しかし、ゼロはそう何度も謝りながら、ライの手から逃れるようにユフィを追って会場に駆けて行ってしまった。

「ルル、ーシュ……」

 ライは、自分の身体を無理やり起こそうと、体の下に腕を持っていく、まるで何十キロもの重りをつけているかのような苦労があった。

「ぐっ、う……」

 腹部に刃物を突き立てられ続けるような激痛。足に力が入らない。それでもライはなんとか体を動かし、うつ伏せになって起き上がる。

 寝ている場合ではない。なにかがおかしいのだ。

 全身に雷を受けているような痛みが駆け巡った。額から大量の油汗が浮かび、腹部からは血が滴りおちて、床に小さな池を点々と作っていく。

「い、一体、なにが……」

 ライは、痛みを堪えて通路の壁まで這うように歩く。

 とにかく、ゼロとユーフェミアを追わなければならないと考えた。

 ライは、壁にたどり着くと背を預けて息を整える。

 その時。またあの乾いた銃声が聞こえた。そのせいか腹部がまた再び痛み出した。

『虐殺です!』

 あの少女の優しい声が大音量で会場に響き渡ると、次には少女の声を遥かに上回るおびただしいまでの銃声が会場を支配した。

「なんなんだ、何だって言うんだよ」

 ライは再び歩きだす。そして、息も絶え絶えで会場に出た。

「!?」

 場の惨状に、ライは思考を止められた。

 それはかつて自分が作り出したあの光景と似ていた。

 青い大空が見上げられる開放的な空間であるにも関わらず、血の匂いが沈澱し、充満していた。

 記憶と重なる。

 人の内蔵という内臓が辺り一面に飛び散りひどく臭い。その匂いは風によって運ばれて鼻腔を通り抜け、舐めてもいないのに鉄の味を舌に含ませる。

 耳には天をつんざくような絶叫、断末魔。至る所から沸きあがる。

 男。女。若いのも、子供も、お年よりも赤ちゃんまでも、みな差別無く平等に死んでいた、死んでいく、死にかけている。

 地獄絵図。二度と見ることはないと思っていた景色。それが無遠慮に広がっていた。

「なんだ……、なんなんだこれ、うっ……」

 その場でライは嘔吐した。

 気持ち悪い。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。人間とは人間という形で無くなった瞬間、こんなにも人に不快感を与えるものなのか。

 ライは腹の全てを出し切り、虚ろな瞳で再び顔を上げ、

「ちく、しょう……」

 その場で気を失って倒れた。

 

   ○

 

 紅蓮弐式の操縦席。待機していた紅月カレンは、式典会場内での異常に気が付いた。

「なに!? 会場で何が起こってるのっ? ゼロは? ライは?」

『いま確認している!』

 扇の声の後、程なく、カレンの横のモニターにその映像が表示された。

 それは、至る所に赤い不気味な文様が飛び散っていた。いや、違う。それが全部人の血だと気付くと、カレンは瞳を見開き、怯えた。

「な、なにっ、なによっ、これ……どうなってるの!? ゼロは!? ライは!? ライ!」

 カレンはライの通信機に呼びかける。しかし、返事は無い。そこに強制通信が割り込んできた。

『黒の騎士団総員に告げる!』

「ゼロ!」

 カレンは己のリーダーの無事を喜ぶ。

 良かった。ライはゼロと一緒にいた。だからゼロが無事ならライも無事なはず。だが、その喜びは瞬時に打ち消された。

『ユーフェミアは敵となった! 行政特区日本は反体制者を誘い出すための卑劣な罠だったのだ! そして――』

 次の言葉に、カレンは肺の空気が一気に奪われた。

『そして、作戦補佐はその凶弾にかかり倒れた! 現在も会場内にいる!』

「!?」

 撃たれた? ライが? なぜ? 行政特区日本は戦争を無くすための政策じゃなかったの?

 カレンの思考が錯乱する。それを元に戻したのはリーダーたるゼロの命令だった。

『黒の騎士団のナイトメア部隊は式典会場に突入せよ! ブリタニア軍を殲滅し、日本人を、作戦補佐を救い出すのだ! 急げ!』

 その言葉がカレンを動かした。

部下に指示を出すのも忘れ、カレンは一目散に紅蓮を走らせる。その後ろからは慌てて零番隊の無頼が続いた。

(ライ、ライ、ライ!)

 カレンの頭の中ではその名前が、祈るように何度も呟かれていた。

 なぜ彼が撃たれなければいけない? 特区日本に協力的だったというのに、なぜ……。

<正直に言えばねカレン。僕は日本解放より、それより、平和な世界で君と過ごせるなら、それで――>

 先日、行政特区について二人で話し合った時の、ライの言葉を思い出す。

 その言葉は黒の騎士団零番隊紅月カレンとしては決して許容できる発言ではなかった。

 黒の騎士団としてなにより大切なことは日本解放。その黒の騎士団の幹部である作戦補佐が日本解放より大切なものなどあってはいけない。

 だから、そう言ったライに、カレンは少しだけ怒った。

 でも、その言葉はただのカレンとしてはとても嬉しい言葉だった。本当に嬉しいと感じられる言葉だった。だから、その時気付いた。

 私はこの人が好きだ、と。

 だからもし、カレンが信じ抜くと決めたゼロがこのまま黒の騎士団として活動するより、ユーフェミアの行政特区日本に協力したほうが、真に日本のためになると判断し、そして自分が黒の騎士団零番隊隊長紅月カレンではなく、ただのカレンとして彼の前に立てる時が来るならば、

 その時は……。

「ライ……」

 頭をよぎるのは、いつも優しく微笑む彼。

 何度も願った。死なないで、死なないで、と……。せめて気持ちだけでも彼の下に少しでも早く届けばいいと願わんばかりに。

「お願いライ。無事でいて……」

『そして、ブリタニア帝国第三皇女ユーフェミアを――殺せ!』

 私、まだ、あなたに自分の気持ちを伝えてない……。

 

   ○

 

 ライが式典会場の冷たい床で目を覚ますと、目の前の光景は地獄のままだった。

 死体。死体。死体。死体。転がっていた。いたる所に転がっていた。

 ライはこの光景を見たことがあった。死体が自然になる現場。異質なはずの死体が景色となる現場。

 吐き気が止まらない。過去の光景がフラッシュバックする。

 かつて自分が生み出した惨状。惨劇。ギアスが生み出す悲劇。

(これが、ギアスを持つものが起こす必然的な未来だと言うのか……)

 かつて、自分の力も同じ結末を生み出した。

 ならば自分とはなんなのだろうか。自分は、死神以外の何者でもないのか。

「ライ!」

 ライの暗い思考は愛おしい声によって遮られた。

「カ……レ、ン?」

 上を見ると、そこにはカレンの泣き顔があった。

 どうやら、カレンは床に倒れている自分を抱きかかえながら泣いているらしい。

 困った。

 カレンの泣き顔なんて見たくない。けど、その泣き顔が可愛いと思えるる。いつまでも見ていたいと自分の中の小さな悪魔が囁く。

 本当に困ったものだ。

「お願い! 死なないで! お願い!」

 でも、愛しの女性をいつまでも泣かせておくわけにはいかない。

 女性の泣き顔。確かに美しくはあっても、それを見る機会が多い男など最悪な男だ。

「ライ! 死なないでよぉ! ライ!」

 ライの頬に、カレンの数滴の涙がこぼれた。

「カレン……僕は、大丈夫だ」

 言葉が思うように出ない。でも、言わなければいけない。

 自分なんかのために涙を流すより、カレンにはその力を惨劇の拡大を防ぐために使ってほしかった。

「カレ、ン。ユーフェミアを。とめ、ろ……」

「ユーフェミア? ユーフェミアがあなたを撃ったのね!?」

「そう、だけど、ちが、う……あれ、はギア」

「分かった! 分かったからもう喋らないで!」

「とめ……とめるんだ、カレ――」

 ライの言葉は、自分の口から塊となって溢れた血に遮られた。

 カレンの瞳が、大きく見開かれる。

「分かった! 分かったからお願い! もう喋らないで! 本当に死んじゃう!」

 ライはかすれゆく視界の中、傍にたたずむ紅蓮の姿を見た。

 深紅の装甲は所々はがれ落ちていて、何箇所かは機関部がむき出しになっている。

 おそらくブリタニア軍のKMFからの銃撃をかいくぐりながら、他に見向きもせずに直進して自分を探しにきてくれたのだろう。

 その証拠に、回りにはまだ銃弾が飛び交っている。

 そして無頼、おそらく零番隊の無頼は自分達を守るように円陣を組みながら、サザーランドやグロースターと交戦を続けている。

「紅月隊長! 担架です!」

 その時、カレンの後ろに白い担架を持った黒の騎士団の団員が現れた。

 カレンは、それを聞いて名残惜しそうにライの手を少し強めに握った後、

「彼を、頼む」

 と言って、ゆっくりライを寝かし、離れた。

「カレ、ン……」

 最後に見たカレンの顔。瞳は猛禽類の鋭さを帯び、その口元はギリッと軋む歯に連動して小刻みに震えていた。

 怒り。耐え難い怒り。怒りはその捌け口を要求する。

「よくもライを……ユーフェミアぁぁぁぁぁ!」

 そう言って、カレンは紅蓮弐式に向かって歩いていく。

「だめだ、カ、レン……」

 君に怒りの顔は似合わない。それに、恐らくユーフェミアにはなんの罪も無いんだ……。

 ライは担架に乗せられて、その振動でまた意識を失った。


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