コードギアス 反逆のルルーシュ LOST COLORS R2~蒼失の騎士~ 作:宙孫 左千夫
ルルーシュがC,C,と相談していた頃。
エリア11の政庁にあるナイトオブスリー、ジノ・ヴァインベルグの執務室件自室。ここでは、部屋の主であるジノと、同僚のロイがテーブルに座り、向かい合っていた。
時刻は、夜の九時過ぎ。ラウンズとしての仕事は終わり、プライベートの時間であった。
「さぁ、まずは一杯」
掲げられた赤ワインの瓶を見つめて、ロイは首を横に振る。
「それは本題が終わってからにしよう」
「真面目なやつだな。相変わらず」
「酒を交えながら仕事の話、というわけにもいかないだろ」
「了解。じゃあ、これは後で」
別段残念そうでも無く、ジノはワインの瓶をテーブルの隅に置いやった。
その様子を眺めて、ロイはしかめ面で言った。
「で、“例の件”とやらは?」
「なんだよロイ。お前もしかして不機嫌か?」
「当たり前だ……僕はねジノ、君のやった事については、今も納得してないよ」
「でも、ちゃんと成果はあがったんだぞ?」
「政庁襲撃なんて大それた事をやっておいて、それで何も無く「はい、終わり」だったら僕は君と絶交してる。ローマイヤさんから連絡が無かったら、いまだに君とは口すらきいてないところだ」
「こいつは手厳しい。じゃあ、これは俺達の友情が続くための手土産ってことで」
ジノは、どこからともなく取り出した分厚い書類をテーブルに置く。その表紙は何も書いておらず真っ白だった。
ロイは、その書類を迷わず手に取る。片手で持つには少し重い書類の束。ロイはページを素早くめくりながら目を通していく。他人から見ると、本当に内容を読んでるのか? と疑問に思うようなスピードだったが、ロイはちゃんとしっかり読んでいるし、内容もキチンと把握していく。
速読。それも、かなり高レベルな。こういう能力を自然に身に付けている点も、ロイがシュナイゼルに気に入られている理由の一つだったりする。
書類の束を一通り読み終わると、ロイはポツリと呟いた。
「……ひどいな」
眼鏡の奥の表情を険しくしてしまう。
書類の束に記載されていたもの、それは今回ジノとアーニャが起こした政庁襲撃事件によって発生した損害、つまりナイトメアや、政庁の設備を修復・修繕するために関わったブリタニアの民間業者の一覧と、その業者が政庁やナイトメアの修理・修繕に関わる事になった“経緯”だった。
「汚職、賄賂、秘密会合……」
膨大な数に、ロイは辟易した。
「すでにエリア11に来ているローマイヤの部下が、今回の事を機に調べ上げた。一年前までコーネリア殿下が推し進めたていた内部粛清のお陰で、このエリアの膿は相当取り除かれたはずなんだが……残念ながら今では完全に、とまでは言わないが所々で復活している」
ジノは、滅多に見せない真面目な表情を浮かべながら、淡々と話す。
ロイは、改めて友人を見る。
このジノ・ヴァインベルグ、二日前に気まぐれで政庁襲撃なんていうとんでもない事を起こし、このエリア11の政庁に大きな被害を与えた。それは表向きでは、ただの悪ふざけという事になっているが――というかロイもそう思っていたが――事実はそうではなく、ジノがローマイヤと示し合わせて、カラレス総督という内政に無関心な総督が着任している間にはびこった膿を一斉に焙り出す為にうった芝居だったと言うのだ。
効果は絶大で、政庁の損害も大きかった分、企業の裏の動きも活発だったらしく調査もしやすかった。と、このローマイヤの部下がまとめた報告書には記載されていた。
つまり、ロイも見事にジノに騙されたという事だ。
その点に釈然としないを何かを感じつつ、でも、それを顔に出さないように、ロイは話を続けた。
「カラレス総督。武官寄りとは聞いてはいたけど、こうも無頓着だったとは……」
ロイは報告書に視線を戻し、把握した知識を深めるように、今度は最初からゆっくりとページをめくっていく。
これには汚職や賄賂をおこなった企業・軍人の他に、カラレス総督の内政方針と銘打って、その体制のずさんさもまとめられていた。
カラレス総督本人は現場でイレブンの粛清、逮捕に躍起になり執務は部下に丸投げ。
確かにカラレス総督は、イレブンの矯正を期待されてこの地に送り込まれた総督だが。それのみに全身全霊を傾けられてもブリタニアとしては困るという事に気付いていなかったようだ。
現場でしか力を注がない上官というのも、部下に舐められて規律が緩む原因である。
その上、カラレス自身は武官にありがちな典型的な文官嫌いだったようで、その文官にほとんど発言権を与えていなかった。つまり、実質軍部がこの一年間エリア11の全てを決めてきた、と言っても過言では無い。
しかし、武官の本分はあくまで戦であり、そして、武官が実権を握り政(まつりごと)にまで手を出すと、大抵賢い商人に振り回されて、こういう膿を生み出す結果になる。
ブリタニア軍人として、全てを肯定するつもりは無いが、こういう事例を見せ付けられるたびに、文民の政治家が軍隊を統制する文民統制等のその適正さは認めざるを得ない気分にさせられる。
「この事、スザクには?」
聞くと、ジノは「いや」と首を振った。
「伝えてない。というか、アイツはまだこういうのを適切に対応するにはまだ早い」
「……うん。その方がいいだろうね」
ロイは頷いた。
ちなみに、ロイは決してスザクにリーダーや司令官、そして文官または執務を行うの素質が無いと思っているわけではない。
むしろ逆だ。
スザクは、そのKMFでの戦いぶりや、与えられる任務の種類から、いかにも猪突猛進で頭はからっきし駄目。みたいなイメージがあるが、ああ見えて頭は悪くない。いや、むしろ賢い部類に入るだろう。それに、何よりスザクは努力を欠かさない人間だ。
最近、スザクは艦隊戦の戦術を学んでいるようで、その事についてもここ数日二人で議論を重ねたりもした。議論の中で、スザクの意見や戦術に対する推察等は、シュナイゼルから『戦術はコーネリア、戦略は私に匹敵する』と言わしめたロイから見ても、実に的を得ている内容であり。そのスザクの努力の結果が如実に伺えた。
ロイの見立てでは、そう遠くない未来には、スザクは立派に文武を兼ね備えた騎士になれると思っている。
ただ、それはあくまで未来の話であり、今ではない。どれだけ努力をする人間でも時期尚早というのは必ず存在する。
それに、現在スザクはナナリー新総督をこのエリア11に迎い入れる際の警備の総責任者であり、その準備や仕事で手一杯だった。
また、ロイの見立てではナナリー新総督就任後は“アレ”の件でスザクは執務に忙殺される予定である。
“アレ”についての大変さは事前に相談を受け、助言をしてきたロイにはよく分かっていた。だから、スザクにはこんな小事まで気を回す余裕は無くなるだろうし、ロイ個人としても、スザクにはナナリー新総督の意思実現のために全身全霊を傾けてもらいたかった。
ロイは自分がナナリー皇女殿下の傍にいるより、スザクがナナリー皇女殿下を補佐した方が彼女も喜ぶと思っていた。それは彼女がスザクに接する時の態度を見れば良く分かる。
自分とて木の股の間から生まれてきたわけではないのだ、と、アーニャやカリーヌあたりが聞けば思わず苦笑いしそうな事をロイは思ったりした。
「しっかし……見事にコーネリア殿下の努力を水の泡にしているよな。まったく、ギルフォード卿が付いていながら……」
名高いコーネリア殿下の専任騎士である男の名を聞いて、ロイは首を横に振った。
「いや、ギルフォード卿の事だ。きっとこの事については何度もカラレス総督に進言をしていたと思う。でも、いくらあの人が言っても総督がこういう事に無関心だったら、指をくわえてみているしかなかった、というのが本当だろうね」
言いつつ、ロイは書類をテーブルに置いた後、眼鏡を外し、そこに息を吐いて曇ったレンズを布でふいた。
同時に、滅多に見せないロイの端正な顔があらわになった。通った鼻筋、細く繊細な顔立ち。思わず同姓でも見惚れそうなその顔が、大きくため息をつく。
「でもさジノ。こういう不正を暴くためにローマイヤさんと政庁襲撃を考えていたなら、事前に相談してくれても良かったんじゃないか?」
「いや~、お前だったら絶対に反対すると思ったし。ローマイヤにも『キャンベル卿は絶対に反対なさると思うので、目的を明かすのは、事が済んでからにしてください。そしてその後、協力をお願いするのが得策です』って言われてたしな」
「ああ、そう……」と、拭き終わって綺麗になった眼鏡をロイは改めて顔に戻した。
ローマイヤさんも策士だなぁ、とロイはある意味感心した。政庁襲撃前なら断固たる姿勢で反対できるが、終わった後ならロイは嫌々でも協力せざるを得ない。
「まぁ、何かおかしいとは思ってたけど……。そういえば。この事はアーニャは?」
「いや、知らない。アーニャを誘ったのはそれこそ気まぐれだった。あとなロイ。何かおかしいと思ったんなら、少しは手加減してくれても良かったんじゃないか? 俺なんかまだ、お前との戦闘のせいで体の節々が痛いんだけど」
「挑発してきた上に、本気で切りかかってきた人が良く言うよ……」
と、ここでロイはある事に気付いた。
「んっ、ちょっと待ってよジノ。政庁襲撃がこれを調べるためだけのものだったのなら、僕が最初に君の前に現れた時点で、降参して“トリスタン”から降りてもいいはずだよね?」
「だってお前が本気になることなんてそうはないからさ。このチャンスを逃すと次がいつになるかわかんないし」
矛盾したことを言いながら笑うジノ。ロイは、またため息をついた。
「……挑発に乗った僕も同罪ということか。まぁ、それはこの際いいよ。でも、もっと他にやり方があったんじゃないのかい?」
「そう言うと思ったからローマイヤは俺に話を持ってきたんだろうな。ナナリー総督就任までの時間も無い事だし、グズグズしてたら、内部の腐敗を取り除く前に、この東京租界が戦場になる」
ムッとして、ロイは唇を尖らせた。
「悪かったね。どうせ僕のやり方は回りくどいですよ」
「拗ねるなよ。お前のやり方は決して間違ってはいないし、非効率でもない。まぁ、ちょっと正道過ぎるだけさ」
「正道すぎる?」
「う~ん、なんていうか、皆が納得する方法で勝利を収める手段を探している、とでも言えばいいのかな。なるべく敵、味方から反発が少ないように勝とうとする節がある」
「そうかな?」
「そうさ、だからお前は敵からも“青い聖騎士”なんて尊敬を込めて呼ばれるんだろうな。負けたほうも正道でやられれば気持ちがいいもんさ。その点スザクや、あのいけ好かないブラッドリー卿とかを見てみろよ。スザクは力任せ、ブラッドリー卿はその卑劣さから死神とか吸血鬼とか酷い言われ様だ」
ジノは肩をすくめて見せた。
「まぁ、とにかく。これで、このエリア11を食い物にしてきたやつらも直に捕まるだろう。ローマイヤはお前にも色々動いてもらいたいそうだ」
「直接ローマイヤさんから頼まれたよ。ところで、この報告書にある逮捕者を直接捕まえる役だけど。これは僕とジノにお任せしたいって言われたんだ。どうする?」
「そうだな。結構大きなテロリストグループと繋がってる企業もあるみたいだから。いざ捕まえる時は、一人がKMF部隊、もう一人が実働部隊を指揮しよう」
「了解。じゃあ早速明日から準備を始めよう。それにしても……」
と、ロイは考え込むように、アゴと指でなぞった。
「ん? どうしたロイ。何か思う事でもあるのか?」
「あ、いや。総督就任前じゃなくて、就任後に動くんだな、と思ってさ……ローマイヤさん、ナナリー総督の威光を示すつもりかな?」
ジノと自分がこのエリア11に先行して在籍している以上、総督就任前に膿の排除を始めようと思えば始められる。しかし、それをしないという事は、ローマイヤはこれをナナリー総督の手柄にしたいと考えているのだろう。それなら確かに就任後に動いた方が都合が良い。
すると、ジノは苦笑した。
「いや、この場合ナナリー総督の威光というより、総督補佐団の威光だろうな。“いいか野郎共、確かにナナリー総督はお優しい所はあるが、その代わり、私たちがきっちりとお前らを監視をしているぞ!”という事を示したいんだろ。そもそも、こう言っては何だが、まだナナリー総督が威光をお持ちになるのはまだお早い」
ジノの言葉には、ロイも同意だった。
「そうだね。ナナリー総督はまだお若い。今は知識を学ぶ時期であって、威光をお持ちになられるべき時期ではない」
「この威光と知識。身につける順番を間違えると大変な事になるからな」
「知識が無くて威光だけあるトップの事を、歴史は暴君と呼ぶからね」
「だからと言って、補佐団に100%自由にさせる気も無いけどな」
二人は、似たように口元を歪めた。
「ああ、そのために僕達がいる」
「お前に、期待していいよなロイ?」
「期待に値すると判断したから僕を誘ったんだろ?」
「そうだな」
そして、二人は吹き出して小さく笑い合った。
その後、捕まえる軍人や企業の役員の情報、捕らえる順番、その方法等、細かい打ち合わせを続けた。
「さて」
一段落つき。ふと、ジノは壁にかかった時計を見る。時刻は夜十時を越えていた。
ジノは、その顔を仕事からプライベートに戻した。
「話も一区切り付いた所で、改めて一杯どうだ?」
隅に置いてあった、赤ワインの瓶が掲げられる。
「しかたないな、君は……」
乗り気のない様子を出しつつも、ロイは積極的に二つのグラスを傍に引き寄せた。
何だかんだで、ロイも良い酒には弱かった。特に、ジノの秘蔵物となれば尚更だ。
「いいけど、あまり長くは付き合わないよ。明日は朝早いから」
「それでもいいさ」とジノは嬉しそうに立ち上がると、備え付けの冷蔵庫からチーズを取り出す。
「そういえば、明日はアーニャにスザクの歓迎会に行こうって誘われてるんだろ?」
ジノはグラスにワインを注ぎながら言った。ロイは礼を言ってから、
「ああ、場所はアッシュフォード学園だ。ジノも行くんだろ?」
「もちろんだ。でも、一緒に行くって言ったらアーニャにはメチャクチャ睨まれそうだな」
チン、と小気味良い音が鳴った後、二人は香りを楽しんだ後、グラスをグイッと傾ける。
はじめは緩く、徐々に水平に傾ける。
喉の鳴る音と、二つの気持ちよさそうに息を吐く音がした。
「美味いな」
と、ロイは改めてワインを見つめる。
「ああ、これはだな……」
ジノのワインに関するウンチクをBGM代わりに、グラスはどんどん傾けられていった。
○
『ただいま電話に出ることができません。そのままお待ちいただくか、ピーと鳴りましたらお名前とご用件をお願いします』
自室件執務室。聞きなれた声での三回目の案内を聞いて、アーニャ・アールストレイムは苛立たしげに、電話を切った。
「飲んでる。絶対飲んでる……」
思わず、携帯を握る手に力が入る。
明日のスザク歓迎会の待ち合わせ時間を決めていなかったのを思い出したのが夜の十時半頃。それから何度も電話をしているのに、ロイは一向に出ない。
こういう時は、ジノの部屋で飲んでいると相場は決まっている。
「あんな物の、一体どこがいいのか……」
これでまた一つ、ロイと時間が共有できる機会を失った。それだけではない、きっと明日のスザクの歓迎会を一緒に回る約束だって、おそらくは体調不良のままで来る。そんな状態では、最大限に歓迎会を楽しめない。下手したら泥酔して昼過ぎにしか起きてこないのではないか。明日は非番だ。過去の実績から見ても十分にありえる。
いつもそうだ。普段はそんな事は無いのに、お酒を飲む時に限り、ロイは自分を疎かにする。いや、本人にそのつもりは無いのだろうが、結果的に疎かにされる。
(……気に入らない)
アルコールに耐性が無いというのもあるが、こうやって大事な人との時間すらも奪うものだから、アーニャはどうもお酒というものに対して好感を持てないでいた。
「お酒は嫌い」
『同感だわ』
アーニャの思わず漏れた呟きに同調する声があった。アーニャは、その眠たげとも形容できる瞳を更に狭めて、その相手を見る。
『ロイ様、時に私とのお誘いよりお兄様達との飲み会を優先なさるもの。お兄様達の秘蔵酒を振舞われる時なんて特によ。ありえないわ』
部屋に取り付けられた通信モニター、そこには、
「ところで、もう用も済んだでしょ。そろそろ寝たら? カリーヌ様」
『何よ。生意気言うじゃない』
ムスっとした表情の、神聖ブリタニア帝国第五皇女がいた。ちなみに、すでに休む前なのだろう。寝巻きに、常時は書き上げられている髪は降ろされた形になっている。こういう姿を見ると、やはりナナリーの面影と重なる所は多い。二人が姉妹なのだと改めて感じさせられる。
なぜ、カリーヌとモニターで繋がっているのかと言えば、別にアーニャから望んだ訳ではない。カリーヌもロイとお話がしたくて電話をかけたのだが、アーニャと同じくいくらかけても通じなかったので、もしやアーニャといるのではないかと疑って通信してきただけだ。
「失礼。でも、これが私の普通」
と、苛立たしげに告げるアーニャも、いつものラウンズの軍服ではなく寝巻き姿だ。お風呂も入ってあとは寝るだけなので、髪もおろしている。だからこそ、気の緩みもあったかもしれない。
カリーヌは、横たわっていた豪勢なソファから体を起こした。その顔は笑ってはいなかった。
『あんた、とうとう私には気すら使わなくなったわけね』
「……?」
カリーヌの言う意味がすぐには理解できず、アーニャは首を傾げた。
『さっき、それが私の普通って言ったわよね。ってことは、私にはもはや遠慮や、皇族に対する気すら使ってなかったって事でしょ。それってさ、流石にラウンズとしてどうなのよ』
胸の中に刺さるものがあった。アーニャは、正直な話、騎士としてブリタニアや皇族に対して絶大な忠誠心を持っている訳ではない。しかし、自身の立場とその重さと、示さなければいけない最低限の範は心得ている、つもりだった。
同じ皇女であるナナリーを守るためでもなく、その他の大した理由も無く、ただロイが自分の電話に出てくれないという個人的に好ましく無い感情を、皇女にそのままぶつける。
ナイト・オブ・ラウンズとして、正しい姿であるわけが無い。
ブリタニア皇帝に仕える者として、皇族に対する行動として正しい姿のはずは無い。
少なくとも、こういう事をロイは良く思わないだろう。
少し、自分が恥ずかしかった。あまりにも稚拙すぎた。
アーニャは、一度背筋を伸ばした後に、恭しく頭を垂れる。
「カリーヌ様。数々のご無礼、誠に申し訳なく――」
『うわっ、やめなさいよナイトオブシックス。気持ち悪っ!』
「気持ち悪……」
その言葉に再度イラっとして顔を上げる。カリーヌの表情は、なんと言うか別に怒っておらず、丸かった。本当に気持ち悪がって引いてはいたが。
『あんたの本性、っていうか本心? 知っちゃった限りは、そんな態度を取られても素直に受け取れないわよ』
「では、どうしろと」
踵を揃えながら尋ねる。カリーヌは視線を上に向けて考え込み。
『まあいいや。許す』
「…………は?」
『はっ、じゃないわよ。許すって言ったの。いつも通りに振る舞いなさい』
と、カリーヌはどうでもよさげに手をヒラヒラと振った。
アーニャは信じられないようなものを見るように、疑いの眼差しを向けた。それを居心地悪そうに受け止めて、カリーヌは、
『何よ』
少し迷って、アーニャは、
「いいの?」
『聞いておきながら速攻で敬語抜きのいつも通りじゃないの! ってか良いって言ってんでしょ。その代わり、二人きりの時だけよ。大勢人がいる前で同じ態度取ったらそれは流石に怒るかんね!』
「……」
『な、何睨んでるのよ』
「別に、睨んでない。私は常時こんな目」
そして、アーニャはモニターから顔を背け、ベッドに腰を降ろす。一度大きく欠伸。
「ねぇ、カリーヌ様」
『何よ』
「変わったね」
カリーヌは意味が分からないといった様子で眉をひそめながら、
『はっ、何? どこが? 化粧水なら変えたけど……』
その疑問にアーニャは答えられない。自分で発言したものの、アーニャも明確なものを感じた訳では無かったのだ。
ただ自然と、そう言葉が零れてしまった。アーニャは唇を指でなぞり、誤魔化すように、
「化粧水は知らないけど、少なくとも髪型は変えたほうが良い」
『あんたにだけは言われたくないわね、それ』
その後は、別にたわいもない話が続いただけで、特に楽しいわけでは無かったが、少なくともアーニャはにとってはつまらない時間では無かった。