コードギアス 反逆のルルーシュ LOST COLORS R2~蒼失の騎士~   作:宙孫 左千夫

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②巻 1話『月 の 光』

 エリア11政庁にあるナイトオブセブン、枢木卿専用の執務室。

 帝国最強の騎士団の一員であるジノとアーニャ。この二人をトイレ掃除送りにしたスザクとロイは、久々の再会を祝っていた。スザクは学生服のまま、ロイはすでにラウンズの軍服に着替え、青紫のマントを羽織っていた。

 二人は向かい合って湯呑に注がれた熱い緑茶を音を立てて飲む。間に置かれたテーブルにはスザクが揃えた各種煎餅が完備されており、お茶のお供は完璧だ。

「本当に驚いたよ。三人同時に来るんだから」

 熱い息を吐きだしながら、スザクが言う。ロイは苦笑した。

「ジノの奴。まさかスザクには僕達が来ることすら伝えてなかったなんて……びっくりしただろ?」

「そりゃあそうさ。政庁に帰ってきたら君達は本気で戦ってるし、アーニャは一心不乱にトイレ掃除をしてるし……全く、人が悪いよジノも」

 同意して、ロイは再び湯呑を傾けた。

 日本のお茶は初めて飲む。紅茶と違って独特の強い渋みがあるが、不味くはない。むしろロイの味覚には合っているようだった。

「ところでロイ。僕の“ランスロット”は?」

「あれはもう少し調整がいるらしくてね。ロイドさんが直に持ってくるよ。来週って言ってた」

「そうか。調整の時間がかかってるのは、やっぱりあれが原因かな……」

「セシルさんから聞いたよ。模擬戦で無茶したんだろ?」

「エニアグラム卿が相手だったんだ。手なんか抜けないよ」

 つい、ロイは苦笑してしまう。

「そうだね。僕もあの人に模擬戦でエライ目に合わされたのは一回や二回じゃないし」

 同意の笑みを浮かべつつ、スザクは指をロイに向けた。

「でも、良い事もしてもらったんだろ?」

「え?」

「そのマント。エニアグラム卿と同じものだから」

 青紫のラウンズマントを指されて、ロイは少し頬を染めた。思わずその手で、感触を確認する。

「ああ。僕のために作ってくれたみたいで……」

 照れた顔を隠すように俯いて、太い眼鏡を指でかけなおした。

 それからしばらく二人の雑談は続いた。久々に再会したという事もあり、話す内容には事欠かなかった。

「ところでさ、ロイ」

 会話の途中で、スザクが違う話を切り出してきた。本日三杯目のお茶をすすりながらロイは意識を向ける。

「なぜ来たんだい。このエリア11に」

「ああ、それは……」

 何気なく答えかけて、ロイはふと言葉を止めてしまった。

 一瞬。本当に一瞬だったが、スザクの目が鋭く尖った。

 彼はすぐに表情を戻したが、その一瞬だけ、日本人独特の黒い瞳には軽い怒りのような感情が込められていたような気がした。

 ロイは首を傾げた。しかし、隠す事など何も無いので、正直に言う。

「ゼロに興味があってね」

「ゼロに?」

「あの放送。ゼロ復活の放送だけど君も一緒に見てたよね? あれを見て面白そうな男だと思ったんだ。だから、直に会ってみたいと思って」

「…………へぇ」

 スザクは、今度は一瞬ではなく、ハッキリとこちらに敵意にも似た鋭い眼差しを送ってきた。

「なぜ、ゼロに興味を持ったんだい?」

 尋問する警察官のようなやや暗く、重い圧力を感じさせる問いかけだった。

「なぜって……」

 ロイは怪訝に思いながらも、答えた。

「理由なんて無いよ。ただ、このブリタニアに反旗を翻した男だから、ナイトオブラウンズとして関心を抱いただけさ」

「……」

 スザクは、指を顎に持っていき、何やら思考を始めた。こちらの言葉を値踏みしているようでもあった。

 ロイは、スザクが何を考えているか読めなかった。だが、一つだけ漠然とした予想が浮かんだ。

「……スザク。もしかしたら、僕に来て欲しく無かったのか?」

 思い切って尋ねてみた。今まで、スザクは一緒に任務をすると決まればとても喜んでくれたが、今回は……。

 答えずに、スザクは視線を下に向けてなにやら考え込む。

 ロイは、その様子を黙って見ていた。やっぱり意味が分からなかった。自分は何かスザクの気に触る事をしただろうか? と考えを巡らしてしまう。

 やがて、スザクはゆっくりと顔を上げた。表情は、元に戻っていた。

「いや、すまない。何でもないんだロイ。こっちの勘違いだったみたいだ」

 スザクは、その細いながらも鍛え上げられた右腕を差し出してきた。

「君の優秀さは良く知ってる。これからよろしく頼むよ」

 少なくとも、今この時のスザクの笑顔は本物だった。

 ロイは顔を輝かせた。スザクが自分の事を歓迎していないなんて考えすぎだった。

「ああ、こちらこそ。また君と仕事ができて嬉しいよ」

 差し出された手に、自分の手を重ねる。

 一拍置いて、ロイは安堵感をかみ締めながら手を離し、再びソファに背を預ける。

 同じようにスザクも体をソファに預けたのを見計らって、ロイは口を開いた。

「それにしてもスザク。ジノも言っていたけど、それ変わった服だね?」

 さっきまでの暗い思考と空気を振り払うかのように、ロイはあえて明るい口調を心がけた。

 別に、この言葉自体に意味は無い。ただ、さっきまでの嫌な話題から流れが変われば良い、そう思って何気なく放った言葉だった。しかし、スザクはその何気ない言葉に対して心底意外そうな顔をした後、

「あ、ああ……」

 曖昧に答えて、制服を指で撫でた。

「学生だからね、制服」

「アッシュフォード学園の?」

「君にとっても懐かしいんじゃないかい?」

「はぁ?」

 笑顔で言うスザクの言葉に、ロイは眉をひそめた。

「何を言ってるんだスザク。僕はそんな制服を見たのは初めてだよ」

「……そうだったね」

 含みのある言葉遣い。

 眼鏡の奥でロイは疑惑の眼差しを向けた。まただ、またスザクが一瞬だけ怪訝そうに瞳を細めた。

(何なんだ、一体)

 ロイは一瞬迷ったが、ここは今後のためにハッキリと言う事にした。

 これからスザクとは、このエリアで共に背を預けあってやっていく事になる。それなのに初日からその仲間に、胸がモヤモヤとするような感情は持ちたく無い。

(あの時のような結果は、もう二度とごめんだ……)

「スザク、いい加減にしてくれ。一体どうしたというんだ。今日の君はなんかおかしいよ? 僕に気に入らない所があるのなら――」

「いや、なんでもないんだロイ。もう態度は直す。……ごめん。ここ最近色々あってさ」

 すまなそうな顔。そんな顔をされたら、ロイはもう何も言えなくなってしまう。

 やはり、元ナンバーズであるスザクがラウンズをやっていく過程では、自分とはまた違った強い風当たりがあったりするのかもしれない。

 ロイはいまだに、スザクの態度に釈然としないものを感じているが、とりあえずそう勝手に理由を作って自分を納得させておく事にした。そうしておきたかった。

「分かったよ。色々あるんだね……」

「ああ、本当にすまない……って、ん?」

 スザクは突如、少し困ったような顔をして、

(あ~ロイ。あのさ)

 小声で話しかけてくる。思わず、ロイも控えめに返答した。

(何?)

(えっと、君は気付いてないと思うんだけど……。一応言っておいた方がいいかな、と思って)

 スザクの言いたい事が、ロイにはすぐに分かった。まず悠々とお茶を一口含む。

(ああ、もしかして気付いたのかいスザク?)

(へっ? って事はロイ。君は気付いてたの?)

(とっくに)

 ロイの言葉を聞いて、スザクは更に驚いた顔をした。

 実を言えば。先ほどからドアの隙間からアーニャ・アールストレイムが入り口のドアの隙間から顔を少し出して、こちらを、おそるおそる覗いている。

(許してあげなよ)

 そう説得するスザクに、ロイは、

(意外だなスザク。君がそんな事を言うなんて)

 ロイは、テーブルに置いてあった固焼き煎餅を手にとって、乱暴にバリバリとかじる。それをお茶で流し込んでから、

(政庁の守備力に問題点があったのは認めよう。でも、それならそれで、ちゃんとした正しいやり方で主張するべきだ。アーニャは間違った。簡単に許していいものじゃない)

 正論である。しかし、いつもはその正論を頑なに養護するスザクは、今回それをしなかった。

(それは分かるよロイ。でもさ……)

(スザク。間違ったやり方に意味は無いんじゃなかったのか?)

(それはそうだけど……)

 でも、とまた呟いてスザクは一旦言葉を置いた。少し考え込んでから、またこちらを説得するような口調で喋り出す。

(完全に悪意からきてやったわけじゃない。少なくともアーニャは純粋にナナリーのためにやってくれたんだろ? だから、僕は君にアーニャを許してあげてほしいんだよ……。あっ、もちろんジノは話が別だけど)

 いつもそうだな、とロイは数ヶ月ぶりに再会した友の顔を見つめ、そんな事を思った。

 頑なに規律を重んじるくせに、それ以上にどうも情に流されやすい。あやふやででたらめ。

 冷たい男にはなれるが、自分やジノと違って冷徹になろうとしてもなりきれない男。それがスザクだ。

 でも、まぁ、ロイはそんな人間味溢れる甘いスザクが大好きなので、その事について文句を言う気はサラサラないわけだが……。

 ロイは、少し考え込んでから自分の頭をかく。そして、また深くため息をついて、

「アーニャ。掃除は終わったのか」

 顔を向けずに、あえて怒気を含んだ声で言った。

 背後のアーニャは体を震わせる。そして扉に隠れたまま、戸惑いながらも答えた。

「うん。セシルに聞いたり、掃除のおばちゃんに手伝ってもらったり……」

「そうか」

 ロイは体を捻り、ソファ越しにアーニャに顔を向ける。その顔は、男ながら悪戯をした子供を許す母親のような顔だった。

「じゃあ疲れただろ。こっちにきてお茶を飲みなよ」

「でも……」

 不安そうな顔で、動かないアーニャ。

 スザクは見かねたのか、助け舟を出した。

「ロイもこう言ってるし、罰は受けたんだろ? ならこっちにきて一緒にお茶を飲もうよアーニャ」

 それでもアーニャはその場から動かず、視線を下に向けたまま尋ねた。

「……ロイ。怒ってない?」

 いつも通りの淡々としたアーニャの口調だったが、仲間であるロイとスザクには分かった。その悲しげで微細に震える口調を。

(少しやりすぎたかな……)

 と、ロイは自嘲気味にため息。今度は温和な年上の顔で微笑んだ。

「もう怒ってないよ」

 そう言ってしまって、ロイは、ふと自分も何だかんだで情に流される人間だな、と実感した。

「本当?」

「ああ、本当さ」

「だってさ、良かったねアーニャ。今、紅茶を淹れるから。あっ、確かケーキもあったかな」

 スザクは席を立ち、ロイ達に背を向けて部屋の隅にある棚まで歩いていく。多分、そこに紅茶を淹れる器具があるのだろう。

「……」

 アーニャはトボトボとした足取りでソファの前まで来ると、スザクが座っていた方か、ロイの座っている方か、どちらに座るか少し迷って、結局はロイの隣に腰掛けた。

 トイレ掃除の後だからか、それともKMFに騎乗して汗をかいたからか、アーニャはシャワーを浴びてきたようだった。

 彼女が腰掛けたと同時に、ミルクのような甘いシャンプーの匂いがロイの鼻腔をくすぐって、ロイはなんか気恥ずかしくなった。

 

   ○

 

(考えすぎだったか?)

 スザクは、棚の前で紅茶を淹れる準備をしながら、険しい表情で考えを巡らせていた。

 なぜロイがこのエリアに来たのか。ある事情から、スザクにはその理由をハッキリさせる必要があり、義務があった。

(話を聞いた所によれば、ロイはジノに誘われてこのエリアに来たらしいけど……)

 この点だけ見るならば、不思議な所は無い。

 ロイは優秀な上に、アーニャ、ジノと並んでブリタニアでは珍しくナナリーの思想に共感してくれる数少ない貴族だ。

 このエリアへの派遣が決まっていたジノが気を利かせて、ナナリーの政策が上手くいくように、友人のロイをこのエリアへ誘うことに関して不思議な所は何も無い。

(けど、もし彼がそうなる事が当然という背景を盾に、意図的にこのエリアに来たとすれば)

 例えば、ロイがそうして欲しいというジノの思考を逆手にとって、意図的にジノにこのエリア11の地に自分を“誘わせた”としたら? 

 彼の話術の巧みさを考えればありえない話でもないだろう。

 だから、スザクは今回色々カマをかけてみた。

 ゼロの事。

 制服の事。

 しかし、スザクはロイの一挙一動全てを見逃すまいと、その態度を凝視していたが、特に不審な点は見当たらなかった。

 もっとも、賢い彼にとってこの程度のカマかけに引っかかる事などまず無いだろうが、少なくとも今回だけで判断するならばシロと言うしかない。

(それとも、疑う事自体が不毛なのだろうか?)

 “あの方”の“あの力”は完璧なはずだった。

 それは慈愛に溢れていた“彼女”のあのような行動を間の当たりにしたスザクが一番良く知っている。

(いや……)

 スザクは、後ろで談笑するロイとアーニャには分からないぐらい小さく首を振った。

(本心を隠すのは、アイツと一緒で上手かった)

 スザクは一度欺かれている。

(油断は禁物だ。常に疑い続けるぐらいで丁度いいんだ。“二人”とも僕より演技力や読みあいにかけては何枚も上手なんだ)

 どちらにしろ、ロイについてはこのゼロが復活した地――エリア11に来てしまった以上“奴”共々、自分が目を光らせる必要があるだろう。

「スザク。お茶はまだ?」

 そんな思考を遮るように、アーニャの急かす声がした。

 スザクは急いで顔つきを緩める。そしてゆっくりと振り返った。

「はいはい。今淹れるよアーニャ」

「遅い」

 眉をひそめるアーニャ。

 その時、アーニャの隣のロイが、分厚い眼鏡をキラリと光らせた。

「アーニャ。淹れてもらっているのに、その言い草は無いだろ」

「……ごめんなさい」

 あのアーニャがシュンとした。その光景を見て、スザクは思わず吹き出してしまった。

 風が吹く。外の日はもう沈み、夜になろうとしていた。

 

   ○

 

 エリア11の政庁でのラウンズ襲撃事件から二日後。

 ブリタニアのベリアル宮では、ナナリー・ヴィ・ブリタニアが明日のエリア11への出立にあたり、その準備を始めていた。

 準備と言っても実質的な事は侍女達がやってくれる。ここでいう準備とは、つまりナナリーの心の整理の事だった。

 部屋の窓から、夜空を見上げる。

 丸い月が浮かんでいた。しかし、それは視覚に障害のあるナナリーには見ることができない。

 それでも、雰囲気で感じ取る事はできる。丸い月が自分に届ける優しい光と、その暖かさを。

 ここ一年で身に付いた感覚だった。一年前まで、ナナリーは満月である事を感じる事は出来なかった。そんな感覚は必要無かった。なぜなら、傍にはいつも満月である事を教えてくれる人がいたから。

 ――ナナリー。今日は満月だよ。

 そう言って優しく手を擦ってくれた兄。ルルーシュ・ランペルージ。

 今現在、生死不明の大切な家族。

(お兄様……)

 ナナリーは月に呼びかける。きっと、生きて同じ月を見ているであろう兄に想いが届く事を願って。

(お兄様。私は日本で私が正しいと思う事を目指してみます。どうか、見ていて下さい。見守っていて下さい。そして出来れば……)

 目頭が潤む。しかし、ナナリーはエリア11へ行くと決めた時、同時にもう泣かないと決めた。だから、ナナリーは今にも嗚咽を響かせそうな、いけない唇をギュっとして耐える。

(私の傍で支えて下さい。お兄様……) 

 気付くと、ナナリーは自分のドレスを力強く握っていた。

『ナナリー様』

 唐突にドア越しに呼びかけられて、ナナリーは顔を上げた。

 聞き覚えのある声だった。自分の身の回りの世話をしてくれている侍女の一人だ。

 ナナリーは、自分の声が少し震えていないか心配になりながらおそるおそる返答した。

「あ、はい。何ですか?」

『お客様がお見えになっております』

「お客様? どなたですか?」

『カリーヌ様です』

 ナナリーは怯えの表情では無く、心からの笑顔を浮かべた。

「あ、では私の部屋にお通しして下さい。それと、お茶の用意をお願いします」

『かしこまりました』

 侍女は部屋に入る事も無く一礼して去っていった。

(……そういえば、もう半年になるのですね。カリーヌ姉さまがここに足を運んで下さるようになってから) 

 感慨深い気分に浸りながら、ナナリーはふと、半年前の出来事を思い返していた。

 半年前。このベリアル宮に初めてカリーヌ自らやってきた日の事を。


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