コードギアス 反逆のルルーシュ LOST COLORS R2~蒼失の騎士~   作:宙孫 左千夫

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①巻 11話『政庁 攻防戦 C』

 “トリスタン”の死神の鎌にも似たその槍が、大きく振り上げられて、こちら――“クラブ”に迫る。

 “クラブ”は二刀のMVSを十字に重ねて、槍を受け止めようとした。

 しかし、それはフェイントだった。

槍は、途中で軌道を変えて、ロイが剣を構えたのとは違う方向から襲い掛かってきた。

 “トリスタン”の槍が唸って迫る。

 そのフェイントを、ロイは読んでいた。迫る穂先に反応し、一本のMVSの軌道を変えて受ける。

 重量級に分類できるトリスタンの槍を片手で受けるのは流石に無理があったらしく、衝撃で“クラブ”がよろめいた。

 だが、ロイは慌てない。一本で受け止めるという無理をしたお陰で、もう一本のMVSは空いている。

 そのMVSを“トリスタン”の頭部を狙って鋭く突き出す。しかし、“トリスタン”はそれを悠々とかわした。

『そう上手くいくかよ!』

 トリスタンはかわした際の勢いを利用し、回転しながら両刃の特性を生かして、重みのある一撃を繰り出してくる。

 ロイは巧みにその連続攻撃を受け流すが、受ける度に“クラブ”の腕が鈍い軋みの音を上げた。

「くっ!」

 一撃がコックピットを何度も揺らし、そのたびに重い振動がロイの体を打つ。

 ロイはラウンズの名に恥じないレベルの訓練をしている。だから並みの騎士に比べて体は頑丈だと自負している。

 だが、そんなロイでもジノの一撃を受けるたび、その重い振動によって内臓という内臓から全てが吐き出されそうになる。

(……強いな)

 分厚い眼鏡の奥の瞳が鋭く尖る。

 専用機の特性上、ジノはヒットアンドアウェイの戦法を最も得意としていると思われがちだが、実はそうではない。

 ジノの最も得意とする分野は“トリスタン”の機敏さと大型の槍による重量級の一撃を生かした接近戦での高機動戦闘だ。

 この“クラブ”とて、他の量産機の“グロースター”等と比べれば相当機敏ではあるが、“トリスタン”と騎士であるジノの技量はそれを上回る。

 ロイは隙を見て、ショートソードを一旦引き、即座に二本同時に鋭い突きを繰り出す。

 その攻撃を崩せないと見るや、ジノは機体を一旦跳躍させ距離を取った。

 それぞれの得物を、手馴れた動作で構え直し、再び睨み合う二騎。

『……いいねぇ』

 ジノの楽しそうに呟く声が、スピーカー越しに響く。

『ロイ。私とお前のいままでの模擬戦の戦績を覚えてるか?』

「……僕の34勝105敗5引き分け」

 ロイは淡々と答えた。

『数だけ見れば、私はお前より圧倒的に強い事になる。だが、今の戦いはどうだ?』

「……」

『お前の事だから、自分よりジノの方が強い~とか思ってるんだろうが、それは違う。互角だよ、いや、それ以上かもしれない。お前は強いし、なにより怖い奴だよホント。油断はしない。相手を過小評価しない。常に沈着冷静。でも、それは実戦の時だけなんだよな。お前はいつだって無意識に人に遠慮していた。謙遜してた。友人の私にでさえ』

「買いかぶりすぎだよ」

『いや、お前は優秀だよロイ。それを私は良く知ってる。でも、私はそんなお前と模擬戦をしても、良い訓練にはなるが、熱い気持ちにはなれなかった。だから――』

「まさか、それが理由かジノ。こんな馬鹿げた事をした」

 ロイの口調に更なる怒気が加わる。

『いや違う。本当にナナリー総督のためさ……と言いたい所だが。まぁ、今思えば少しこうなる事を望んでたのかもな』

 “トリスタン”が改めて槍を構え直す。ロイも“クラブ”の操縦桿を強く握り直した。

『お前の真の実力が知りたい。いや、知ってはいるから、きっと確かめたいんだろうな。私自身で』

「……そこに意味はあるのか」

『意味? おいおい野暮な事を聞くなよ!』

 “トリスタン”のランドスピナーが唸って煙をあげる。ロイも一拍遅れて、前に出た。

『好きな子の事をもっと知りたいって思うのは!』

 振り下ろされる槍。それを両剣でクロスして受ける。

『当然の!』

 “トリスタン”は止まらず、更に下から薙ぐ。

 “クラブ”は半身になってそれを避ける。完全には間に合わず、青い装甲が削られて火花が飛ぶ。

『事だろ!』

 数度回転されて勢いの付いた槍が更に上段から振り下ろさせる。

「ッ!」

 歯を食いしばって、ロイはショートソードで受け止めた。

 

   ○

 

「おい、いいのかあれ……」

 “サザーランド”に騎乗する騎士の一人がポツリと言った。

 加速していくラウンズ同士の剣戟の応酬に見惚れ半分、呆然半分として見守っていた十人以上の騎士達も、その一言で我に返る。

『いいのかって?』

「止めないと不味いんじゃないか?」

『じゃ、じゃあお前止めろよ……』

 モニター越しに言われて“サザーランド”に乗る騎士はブルブルと首を横に振った。

「馬鹿いうなよ。あんなの草刈り機の中に手を突っ込むようなもんだぞ……止められるのは同じラウンズ様ぐらいだって」

「そうだ、アーニャ様は?」

「すでに自騎を政庁地下の格納庫に預け、居住ブロックに向かってしまわれた。こられるにしても二十分はかかるだろう」

「グラストンナイツの方々は機体を失っていらっしゃるし……」

「ギルフォード卿や、グラストンナイツでもせめてあの方がいらっしゃれば話も違うのだろうが……」

 騎士達は、ほとほと困り果てた、その時、どこからともなく一騎の“サザーランド”が現れて、“クラブ”と“トリスタン”の方に向かっていった。

 騎士は親切心で、その“サザーランド”に声を掛けた。

「おいおい、そこの“サザーランド”! どいつか知らないがあの戦いを止めるつもりなら止めておけ。怪我じゃ済まないぞ」

 その“サザーランド”は歩みを止めない。

「おいっ! 聞いているのか!?」

 すると、その“サザーランド”はピタッと止まった。そして、外部スピーカーで一言。

『大丈夫、私もラウンズだ』

「へ?」

 “サザーランド”は再び、激戦を繰り広げる二騎のKMFに向かっていった。

 

   ○

 

 何十合目か分からない“トリスタン”の槍による攻撃を、“クラブ”はシュートソードで弾き、二騎は再び距離を取った。 

「……」

 ロイはコックピットの中で、モニターに映る“トリスタン”を睨み続けながら、荒くなった息を整えた。

『ふぅ。ここまで続いたのは初めてだなロイ』

 ジノの軽薄な声が響く。しかし、その息はロイと同じく上がっており、通常よりやや深めの呼吸音が断続的に響いていた。

 ロイは次の攻撃パターンを瞬時に頭に浮かべ、“クラブ”を身構えさせる。

 “トリスタン”はその場で槍を振り回し、どっしり構えた。 

『湧き上がってるんだろ? 昂ぶってるんだろ? いいぜ、私が全部受け止めてやる!』

 ロイは鋭い瞳で“トリスタン”の一挙一動に集中した。動作にいつでも対応できるようグリップを握る指に力を込める。

 同時に考えた。

 心の湧き上がり、昂ぶり。

 確かにある。強い騎士と戦っていると、何か、ワクワクとしたものがこみ上げてくる。

 それは麻薬のように心地よく心を包み込む。しかし、それはロイにとって嫌悪、とまでいかなくても、好ましいと捉えられる感情ではなかった。

 怖いのだ。それらを自分が受け入れると、最終的には全てを壊してしまうような、漠然とした予感がある。

 だから、いつもなら、ロイはそれに抵抗するのだが……。

(いいだろう)

 今回はその麻薬をあえて受け入れた。

 どっちにしろ、こんな微妙な情勢の時期だというのに、大それた事をしたジノを簡単に許すつもりは無い。当然殺しはしない。極力怪我もさせない。しかし、お仕置きする必要はある。だから……。

(殺す“つもり”で、いくぞ)

 心で布告する。

 呼応して、青い装甲に包まれた、脚部の機関がバッタの跳躍前にも似た動作で力をためる。

 刹那、“クラブ”は身を低くして弾丸の如く飛び出していた。

 迎え撃つ“トリスタン”。唸る“クラブ”のショートソード。得物同士がぶつかり合って飛び散る光のしぶき。

『ッ!』

 “トリスタン”はよろめきながらも、剣戟を受け止めると、すぐに制御を取り戻し、軽いステップを踏みながら、槍をまるで軽い鞭のようにしなやかに繰り出す。何度も。

 “クラブ”は再び受けに回った。その“トリスタン”の攻撃を受け止めるたびに“クラブ”の足が半歩づつ下がる。

(受けでは負ける……なら攻める)

 意を決して、ロイはその重い一撃の渦の中に飛び込む事にした。

 そもそも、槍と剣では、距離が離れれば離れるほど剣の方が不利だ。それならば、いっそ内へ。という思い切った行動だった。

 その前進を嫌がり、防ごうと繰り出される“トリスタン”の槍。

 受け、かわし、時に装甲を削られながら潜り抜けつつ、“クラブ”は“トリスタン”に肉薄する。

 そして、“クラブ“はついに自分の攻撃エリアに足を踏み入れた。

『!!』

 ジノが息を飲む。

 機体同士が接触するまで接近した所で、ロイは渾身の力を込めて二つの刃を繰り出した。

 半端な防御や回避は命取りだと悟ったのか、ジノはそれを防御ではなく、攻撃によって防ごうと会心の一撃を繰り出す。

「うおおおお!」

『だああああ!』

 三つの刃がそれぞれの敵を切り刻もうと空間を切り裂き、風の唸りを上げた。その時。

「!」『!』

 帝国最強の騎士二人の渾身の一撃は、二騎の間に介入した何者かによって止められた。

 二騎の専用騎の間に立つのは、量産騎の“サザーランド”。

(ス、スタントンファーで、“クラブ”と“トリスタン”のMVSを避けて腕を止めた!?)

 ロイはその光景に唖然とした。少なくとも“サザーランド”の騎士は自分とジノの閃光のような攻防が“見えていた”という事になる。

 そうでなければこんな芸当はできない。いや、例え見えていたとしてもだ、ラウンズである自分でも性能の劣る“サザーランド”でこんな芸当ができるかどうか……。

 ジノも同様に驚いているのだろう。攻撃を受け止められた後、“トリスタン”の動きは無く、止まったままだ。

 そんな二人を尻目に、“サザーランド”のコックピットが開き、内部が外へとスライドする。

 中から現れたのは、黒い衣装――アッシュフォード学園の制服に身を包んだ男だった、その男は静かに立ち、二騎を見渡して言った。

「止めるんだ二人とも」

 それは、試合終了の合図だった。

 言葉に反応するように“トリスタン”のコックピットハッチが開き、中から白いパイロットスーツに身を包んだジノがスッと立つ。

 彼は、端正な顔で苦笑して言った。

「ちぇ、良い所取りだなスザク」

 ロイも、コックピットをスライドさせ“クラブ”の外に出て学生服の少年に呼びかける。

「スザク!」

 スザクは、ゆっくりとこちらを見て軽く笑った。

 ナイトオブセブン、枢木スザク。ジノ、アーニャと同様ロイの同僚で友達。

 栗色の癖毛、童顔とも言える柔らかな顔立ち。一見すれば育ちの良いお坊ちゃんのような風貌だが、見た目とは裏腹に、敵からは「白き死神」と呼ばれ、すさまじい戦闘力で恐れられている男である。

「久しぶりだねロイ。けど、再会を喜ぶより先に、今は君の名を貸して欲しい」

「僕の名を?」

「ああ」

 と言って、スザクは少々険しい顔でジノに向き直った。

「ジノ」

「久しぶりだなスザク。元気だったか? で、何だいその格好?」

 “トリスタン”の装甲に肘を付き、笑顔で、片手をヒラヒラと振る。

「……」

 スザクはその様子を少し呆れ気味に見つめ。言った。

「ナイトオブゼロとナイトオブセブンが命ずる。政庁守備隊はナイトオブスリー。ジノ・ヴァインベルグ卿を拘束せよ」

「へ?」

 ジノがそれを聞いて素っ頓狂な声を上げる。

 周りにいた“サザーランド”は少し戸惑っていたが、躊躇は一瞬だった。ラウンズ二人の名に勝る命令を出せる人間は今この場にはいないからだ。

 そして、特に抵抗もしなかった“トリスタン”はあっという間に“サザーランド”に取り押さえられた。

「お、おいスザク!?」

 ジノの慌てた声。スザクはそれを無視してチラリとこちらを見た。

 ロイはコクリと頷き、

「ナイトオブスリーを連行しろ! “男子トイレ”まで」

 もちろん、全部の掃除を終えるまで、許すつもりは毛頭無かった。


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