第1話 変わりゆく日常 変わらない日常
視点:皆城乙姫
-皆城家(讃州地方) 乙姫自室-
「Zzz…Zzzz…」
深夜、ほとんどの人が眠りに墜ちているであろう時間。それは乙姫も例外ではなく。彼女はスヤスヤと穏やかな寝息をたてて寝ていた。
――― コンコン!
「う…う~ん」
室内に何かを叩いているような乾いた音が鳴る。それはまどろんでいた乙姫にも聞こえた。乙姫の双眸がゆっくりと開かれると掛け布団をめくりゆっくりと身を起こした。
「……?」
近くにある机の上に何かがいた。……が、寝ぼけているためか視界がぼやけていた。手の甲で目をこすり、目をぱちつかせるとそれははっきりと見えた。
「……!? わっ!」
思わず声が出て完全に目が覚めた。乙姫の目の前には黒の丸っこい体系で2つの赤い眼に嘴、同じ色の羽が背中についており、紫を基調とした山伏装束を羽織っている存在がいた。はたから見れば可愛らしくデフォルメされたどこか愛嬌?があるように見える。
その存在は机を嘴で軽くを2回ほど叩く。どうやら乙姫の聞いた音の原因はその存在によるもののようだ。少し驚いたがすぐに目の前の存在が何であるか理解ができた。
「……精霊? 勇者部のみんなのとは違うようだけど…もしかして、園子ちゃんの?」
『
「ところで何の用で私の所に……あ!」
嘴に何かを銜えているのに気づく。鴉天狗から受け取ると折りたたまれた紙のようで乙姫はそれを開く。
【『つっきー』へ】
「園子ちゃんの手紙?」
内容は乃木園子が乙姫に宛てた手紙のようだった。文面から恐らく誰かに代筆させたのだろう。
【まずはこの前の事、私に会わせたい人がいるって聞いて『みおみお』に連れられてあなた達の施設に勝手に入り込んじゃったけど、考えてみれば無断侵入だったよね。その件に関してはごめんなさい。
それとミノさんの事もいまだに眠り続けて先がまだ見えないようだけど諦めずに末永く見守ってくれたこと……本当にありがとう。
『つっきー』から色んなお話聞いて、帰ってから『みおみお』とも話して色々悩みました。
私が勇者だったときの時代には何も教えられずに、あまりにも多くを失って…私はそれを受け入れるかのようになりかけてた。『みおみお』と出会わなったらもっと諦めていたようになっていたかもしれない。
だから決めたんだ。勇者たちに真実を伝えるよ。……だけど、真実を教えるだけじゃなくて、私は勇者たちに選んでもらいたい。そして、それを神樹様に伝えるために私は出来ることをするよ。
『みおみお』と一緒に過ごしたのもあるんだけど、『ミノさん』が生きてたのを知って……それで治りたいっていう気持ちが強くなったのが要因かな。……神樹様からすればワガママに見えちゃうだろうな…『ミノさん』みたいな犠牲を出さないように私たちから願ったのにね。
しんみりするのもここまで、実は『つっきー』にお願いしたいことがあるんだ。『そーそー』やもう一人の戦士にも関係がある事なんだけど ―――】
「……そっか。あなたも未来のために
文面の後半部分にも目を通した乙姫は小さくうなずくとその手紙に返事をしたためる。
「園子ちゃんの元へお願い」
鴉天狗は頷くとその手紙を銜える。すると、羽を広げ浮き上がると光が弾ける様にその場から消えた。恐らく主の元へと戻ったのであろう。乙姫はそれを見届けると再び布団にくるまり床につく。
(今の園子ちゃんはかつての私と同じ。だけど……)
ふと園子の事に思いを巡らせる。乙姫はかつて瀬戸内海ミールの暴走により『竜宮島の守り神』という過酷な運命を背負わされていた。その事もあり、今の園子が自分の立場に近いように思えたが、この世界の事を知ったこともあってか自分との境遇の違いにもまた気づいていた。
(だけど、手紙の感じだとそれをただ受け入れただけじゃなさそうね。操との邂逅が彼女に新たな選択肢をもたらしたのかな。……それにしても、また総士たちに秘密にすることが増えちゃったかなあ)
その時が来たらちゃんと理由を話そう。そう決めると乙姫は目を閉じた。
――――――――――
視点:真壁一騎
-讃州中学-
6月も後半という事で初夏ともいえる時期となった。讃州中学では衣替えの時期を迎え、女生徒の制服はジャケットとワンピースからセーラー服に、男子学生の上着はワイシャツと移行が完了していた。
そして、一騎の身に起きた事件が解決し無事に家に戻ってから次の日、一騎と総士が所属するクラスがまた騒めいていた。
(前にもこんな事あったよな)
既視感を感じていた一騎であったが、その一方総士の方は澄ました表情で佇んでいた。
「……なんだ?」
「総士、何か知ってないか?」
「……すぐにでもわかるだろう」
視線を送ってみたが総士ははぐらかした。この前とはうって違って平然とし過ぎている様子から何か知っていそうな様子であった。
「みんな、おはよう!」
訊ねようかと思ったタイミングで担任の先生が入ってきた。
「え~、みんなも知っていると思うが、副担任の山田先生が本日をもって産休に入った」
担任の先生からSHRでの連絡事項の他に副担任についての説明が入る。それに教室中がどよめくも以前からこうなるかもと聞いていたためかすぐに治まった。
「それで非常勤講師が代わりに教鞭を勤めることになった。今からその先生を紹介する」
代わりの先生が来たという事でまた教室内はどよめいた。それを合図に教室のドアから赴任してきたという非常勤講師が入ってきた。
「え…?」
まさかの人物が入ってきたため一騎は唖然とし目が点となった。それを余所に副担任の教師が教壇に着くと自己紹介を始める。
「この度、前任であった山田先生に代わりこのクラスの副担任をすることになった『日野道生』だ。よろしくなっ!」
あっという間に放課後の時間となり、一騎と総士は副担任となっていた道生に呼ばれ教室を出た。
「ああいう事件もあったが元々はサポートとしてこの讃州中学に入る予定だったんだ。用務員あたりだったんだが、偶然にも枠があってとの事でこうなった」
移動中に道生から簡単に経緯を説明される。一騎の事件もあったという事でその対策の一環としての派遣との事らしい。
「どうして言ってくれなかったんですか?」
「俺が辞令を受け取ったのも総士がこの事を知ったのも昨日の事だ」
「……そうなのか?」
「帰った後に知った」
総士は長い溜息をつき肩を落とした。
「サポートは道生さんだけなんですか?」
「表向きで動くのは俺だけだ。だが、大赦にも話をつけたし万一な事が起きたらアルヴィス側でもすぐに動ける態勢は整っている。それに俺がここに来たのはお前らの面倒を見るだけじゃないからな。次は勇者部に行くのだが、少しばかりお前らに協力してもらうぞ」
「?」
一騎と総士は道生の意味深な発言に首を傾げるも彼からの頼みを聞いた。
――――――――――
視点:勇者部女子
-讃州中学 家庭科準備室兼勇者部部室-
「えぇ!? 勇者部に新しい顧問が来るんですか!」
「そうなのよ」
場所は変わって勇者部部室には一騎と総士を除いた部員一同が集まっており、これまで顧問として名を連ねていた教師が長い休養に入ってしまったのを風が報告していた。
「山田先生…前々から言ってましたが、それが今日になるなんて」
「こればかりは仕方がないわ。で、その新しい顧問の先生が真壁と総士のクラスの副担任だそうよ。2人はその先生に色々聞かれているのかしらね」
「それでお姉ちゃん…顧問の先生が変わるくらいで何かあるの?」
風の複雑そうな表情に樹が気づく。
「大ありよ。それも勇者部の存続に関わる事だわ」
「犬先輩、その程度で何なのよ? もったいぶらずに言ってほしいわ」
「その程度? 夏凜…アンタは事の重大さを理解していない!」
「……はぁ?」
間抜けた声を出す夏凜。友奈・東郷・樹も訳が分からない様子である。風の演説のような説明は続く。
「我が勇者部はこれまでの活躍もあって顧問だった山田先生を含め多くの人たちから理解を得られていた。だからこそ、私たちの勇者としての活動をやれてた。だけど、新しく来たっていう先生はそれを全く知らない。これは早々に勇者部の活動を理解してもらう必要があるわ!」
「確かにこちらの活動を理解してもらうのは必要な事だと思いますが…」
「そうだよ~お姉ちゃん。一騎先輩と総士先輩がいないけど、こうしてみんな集まってどうする気なの?」
風の動機は理解できたものの東郷と樹がこうして集まった理由を踏み込んで聞いてくる。風は待っていたかのようにプリントをみんなに手渡した。
「印象つけは大事よ~というわけで時間もないし、真壁や総士が来てないようだけど協力してもらうわよ」
「……嫌な予感がするんだけど」
勇者部にある意味で慣れ、部員たちがどういう人と成りかが分かってきた夏凜がぼやいた。
――――――――――
視点:一騎&総士
道生から事情を聞いていたため少し遅くなってしまったが勇者部の部室前へとついた。
「ここが『勇者部』の部室ねえ。そういや、お前らを除けば女子だけだったんだよな」
「そうですが」
「他の男子から観れば女の花園っていったとこか。『このハーレム野郎』って言われてもおかしくはなさそうだな」
「「……からかわないで下さい」」
道生にからかわれながらも部室へと入室する。
「「「「「ようこそ、勇者部へ!」」」」」
「「な!?」」
動揺を隠せない一騎と総士。道生も部室内の風たちの様子に訳の分からなそうな表情をしている。
「山田先生の後任の顧問の先生ですね?」
「そうだ。『日野道生』だ。故あってこの学校に来て後任の顧問となった。よろしくなっ」
想定外の雰囲気に言葉を失っていたものの道生は部員たちの歓迎ムードを甘んじて受け入れた。
「お茶とぼた餅です」
部室内の歓迎ムードが落ち着き互いの自己紹介を終えると東郷が作ったぼた餅を友奈が、お茶を樹が配膳していく。
「うん。美味いな」
一口いただいた道生がそう呟く。話題は勇者部の活動についてになった。
「――― という感じで『みんなのためになることを勇んで実施するクラブ』というのをモットーに活動しております」
「なるほど。ボランティアサークルのような感じか」
「はい。幼稚園での人形劇や折り紙教室、捨て猫の里親探し、海岸のごみ拾いなど内容は多岐に渡ります」
風からアピールを交えたかのような勇者部に関する話に感服しているかのように聞き入っている。
(道生さん、分かっているはずなのになぜ彼女たちからの話を)
道生の様子に総士は疑問に思っている。事前に勇者部に関する事は前情報として習得しているはずだと。一騎も明らかに戸惑っている様子だ。2人を余所に風たちの勇者部に関する説明が終了した。
「山田先生から聞いた通りだな。品行方正、生徒の模範と言っていい程だな」
(上手くいったわね)
道生からの高評価に風は成功を確信した。道生は出されたお茶を口に入れると、彼が決めていた話題に移ることにした。
「勇者部の活動は改めて話しを聞いてみて分かった。それじゃあ、次は『御役目』に関する話をしましょうかね」
「…え?」
『御役目』という言葉に風は明らかに動揺を見せてしまう。無論、友奈・東郷・樹・夏凜もである。
「あ、あの先生『御役目』って勇者部の依頼とかじゃあ」
「誤魔化さなくていいぞ。俺も『知っている』人だからな。神樹様に選ばれた『勇者』たち」
風たちから秘密がばれたのかオドオドとした様子である。ここで平然と物事を見守っていた総士が口を開いた。
「みんな、道生さんは『御役目』の事を知っている。その道の関係者だからな」
『関係者!?』
「総士、一騎。あの話はもう勇者には言ったんだよな」
「はい。勇者になってからの翌日に…道生さんは俺たちと同じ世界にいた人なんだ」
「……一騎君や総士君と同じ世界の人だったなんて」
「ま、そうなるな」
一騎たちと同じ世界にいた人物が自分たちの学校の先生でかつ部活の新たな顧問であることに驚きの連発である。なんとか、その騒ぎも治まってくると風が疑問に思ってきたことを告げた。
「道生先生も真壁たちみたいに戦えるんですか?」
「いや、無理だな」
「それじゃあ、なんで私たちの学校に?」
「バックアップ要員だ。たしかに戦うのは無理だが、君たちが万全に戦えるようにサポートくらいなら俺たちでもできる。それを円滑に行うための処置だ。バーテックスとフェストゥムに対抗できるのは子供たちに頼るしかないんだよ。……特に君たちくらいになると多感でな。誰にでも言えないような悩みとか抱え込んじゃうことがあるんだよ」
(悩み……)
率直に目的を語る道生。その言葉に風はぴくりと反応を見せた。
「そういう訳だ。正式な通達は後で来ると思う。君たちは部活でも人類を守るためによくやってくれていることが話してみてよく分かった。初対面でこういうのはなんなんだが、悩みとかあったら気兼ねなく言ってくれよ」
「あ…は、はい。あの部に関しては」
「特にいう事はないよ。度さえ越えなければ今まで通りでいい。…そろそろ職員会議の時間か。今日はこの辺でお暇するよ」
そう言うと道生は部室を出て行った。残された部員たちだったが東郷が一騎と総士に道生に感じた印象を語った。
「なんだか気さくな感じの人でしたね」
「島では兄貴分みたいな人だったからなあ」
(兄貴…ね)
(悩み…か)
「夏凜ちゃん?」
「お姉ちゃん?」
「なんでもないよ、樹」
「ッ!? なんでもない!」
「そう? 悩んだら相談だよ」
「分かってるわよ…そのくらい」
(『悩んだら相談』か…自分たちで決めた事なのにね)
そんな中、上の空となっていた風と夏凜。夏凜は友奈に対し強がりの言葉で、風は樹を安心させようといつもの感じで返事をした。
次回から『樹海の記憶』本編が開始となります。ストーリーモードの時系列準拠で進行させていただきます。
……実はというと、精霊『鴉天狗』のデザインは鷲尾須美の章3章のプロモ公開で書き直してあったりします。
●勇者部顧問
勇者部の顧問に関しては原作でもいまだに語られていなかったため独自設定で作成。余談ですが、前の顧問の先生や一騎たちのクラス担任のイメージは『某高速学園ラブコメ』のあの御方たちで。
●風のフラグ
これは第4章を終えてからの第5章…原作で言う第4話の樹回に繋がります。