絶望を超えし蒼穹と勇気ある花たち   作:黑羽焔

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夏凜編の最終章。長くなったので前後編の2話構成。


第8話 皐月-かりん-(前編)

――― 夏凜の誕生日から数日後

-讃州中学 家庭科準備室兼勇者部部室-

 

「―――ということで、今週末の活動はこのようになります」

 

平常授業の放課後、風・樹・友奈・東郷というメンバーで依頼に関するミーティングが行われていた。風が受けた依頼だったが友奈のアイデアで少し手を加えることになったがまとまったようだ。

 

「今度こそ夏凜ちゃんが参加にできますね」

 

「来てあげたわよ」

 

そこにクラスの仕事で遅れてきた夏凜が入室してきた。依頼を決めたタイミングだったため友奈が少し慌てふためいた様子を見せたがすぐに平静を取り戻す。

 

「今日も来てくれたんだね」

 

「まぁね……。それよりもあたしに用って何?」

 

そっけない態度をみせる夏凜。友奈たちはさっそく本題に入ることにした。

 

「あのね夏凜ちゃん。この前の勇者部の活動に参加できなかったからまた新たに依頼を用意したの」

 

「……小麦倉庫の整理?」

 

「夏凜さんのトレーニングもできて一石二鳥です」

 

東郷が概要の書いたプリントを手渡す。内容は小麦倉庫の整理で倉庫の管理人は老夫婦だが主人であるお爺さんが腰を悪くしたためのお手伝いがほしいとの事らしい。

 

「だからね。一緒にやろ?」

 

夏凜はそのプリントを一瞥しながら聞いていたが、

 

「……いい」

 

「今回もだめなの?」

 

夏凜は勇者部の提案を断った。どうしても夏凜にも一緒に来てほしい友奈は首を傾げ子犬のように見つめ何度も夏凜を引き留めたが、

 

「……御役目に関することじゃないようなら…帰る」

 

踵を返し部室から出て行ってしまった。

 

「また断られたか……」

「夏凜ちゃん、軟化したかと思いましたが、なんというかあれよりも意固地になっているような…」

 

風が出て行った夏凜にふと息を吐くようにして言う。前回の戦闘から夏凜は勇者部には顔を出すが勇者部の活動の誘いに対しては断ってすぐに帰ってしまうのである。その態度は他人に対してさらに無関心になっているような感じとなっていた。

 

「勇者部の活動も断ってますし、それに何か悩んでいるような感じもしました」

 

樹の言い分にうんうんと頷く風と東郷、ツンとした態度の裏に見え隠れしているのが今の夏凜に出ているのである。それに対し困っている誰かをほおっておけない友奈にとって彼女の力になれない事に少し悲しげな表情をしていた。

 

 

 

視点:三好夏凜

 

「……またやっちゃったかな」

 

一方部室を出て行ってしまった夏凜がぼそっと呟く。その言葉はどこか悪いことをしてしまったという罪悪感が顔に出ていた。部室のドアを背に身を置くと静かに目をつぶる。

 

(あの戦い…あたしは役に立てなかったから…)

 

バーテックスとは違う異質な敵フェストゥムに対抗できなかった事により、なぜか『自分は何もできなかった』という後ろめたさを感じていた。

 

そして、ここ最近の夏凜は勇者部に顔を出すだけで、友奈たちの誘いも断りすぐに帰ることが多くなっていた。

 

(帰ろう……)

 

今更戻るわけにもいかず夏凜はその場から去った。

 

「ん?」

「…三好?」

 

その寂しげな後姿を通りすがった2人に見られながら。

 

 

 

視点:勇者部

 

「三好の事ですか?」

 

要件を済ませ勇者部へと訪れた一騎と総士は風から夏凜とあった事を打ち明け、さらに最近の夏凜の心境について尋ねていた。

 

「勇者部五箇条、『悩んだら相談!』。人生経験が豊富そうだと思って…ね」

「思ってる事だけでいいから」

 

友奈は五箇条を提示し、東郷は率直に2人に建前をぶつける。一応は前の世界の年齢と合わせれば30は超えている一騎と総士である。2人は悩みながらもここ最近の夏凜に感じたことを語る。

 

「この前から何かおかしかったようなのは確かです。さっきも帰る姿を見たときに何か考え込んでいたように見えました」

 

「一騎先輩もそう思ってましたか」

 

「影響しているとすればこの前の戦闘では……三好は言動から自分に自信を持っているようでした。ですが、フェストゥムに遭遇し何も出来ずに同化されて窮地に陥った…その事で彼女の自身が揺らいでしまった。状況証拠しかないですが僕が感じたことはそれです」

 

「あー……」

「なんだかわかるかもです」

 

勇者一同は2人の意見に頷く。

 

「だったら、なおさら放っておけないよ。夏凜ちゃんも勇者部員だもん」

 

人一倍仲間思いの友奈の様子に一同は賛同する。

 

「そうね。あの子はなんだかそういう弱みを見せたくないような感じだしね。……依頼の日までまだ数日あるし、夏凜のフォローをみんなやっていきましょ」

 

下校にはもう遅い時間となったため風の一声によりその日は締めることになった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

-皆城家(讃州地方)-

 

「夏凜の事?」

 

その日の夜、一騎は皆城家へと訪れていた。乙姫が夏凜と会った時に彼女を知っているような素振を見せていたのを思い出したためである。

 

「う~ん。私も春信から聞いたことだけだからそれでいいかな?」

 

「あぁ」

「その前に乙姫、夏凜と春信さんの事なんだが」

 

「……春信と夏凜は兄妹だよ」

 

「「はぁ!!!」」

 

乙姫の突拍子もない発言に素っ頓狂な声をあげる一騎と総士。

 

「――― って総士お前も知ってなかったのか!」

「総士にも話すのははじめてだよ。……大赦で一緒にいることが多くて色々聞いてたの」

 

春信は見た目は若いが誠実な性格をしており、総士は苗字が同じ事などから春信と夏凜が血縁関係がある事を見抜いていたが兄妹だったという予想までは至ってなかったようだ。

一騎と総士はここ数日の夏凜の事を乙姫に話す。

 

「そっか。…春信の思った通りになちゃったか」

 

「春信さんが?」

「春信は妹の事をよく話してくれてね。本当に大事に思ってたみたいだよ」

 

乙姫は続けて夏凜に関することを春信から聞いた限りの範囲で語る。

 

「総士や一騎が話した通りなら夏凜はみんなの事をそう悪くないと思うけどね」

 

夏凜に関することを聞いた上で一騎が口を開いた。

 

「俺…三好と話してみようと思う」

 

「考えがあっての事か」

 

「いや……そういうつもりじゃないけど」

 

一騎として今の夏凜を放っておくことに一抹の不安を感じており、総士と乙姫に自分の考えを告げる。総士はその理由をさらに踏み込んで聞こうとも思ったが、

 

「……なら一騎、三好の事を任せるぞ」

「ああ」

 

一騎との長い付き合いからそれを読み取り任せてみることにし一騎は頷いて返した。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

視点:三好夏凜

 

翌日の放課後、勇者部への顔出しから直帰した夏凜はいつものように鍛錬へと入っていた。精を出す彼女だったがその表情はどこか浮かない。

 

(――― だめ…こうじゃない!)

 

夏凜の舞う剣の型ははたから見れば十分に出来ている。しかし、ストイックな彼女はそれに満足が出来なかった。

 

「あぁ~もう!」

 

どこか満足できない夏凜は木刀を放り投げるとその場に寝転んだ。あの出来事があってからどことなくうまくいかない。

 

大赦にて勇者の候補生として特訓してきた夏凜としても『バーテックス』という人知を超えた敵と戦う以上その恐ろしさを知っている。だが、大赦での血のにじむような訓練を乗り越えたことでやれるという確固とした自身があった。……が、この世界に襲来したもうひとつの敵『フェストゥム』に夏凜の技は全く通じなかった。

 

(あいつらには余計に心配されたし……どう顔向けしたらいいのかしら)

 

あの戦闘後、勇者部のメンバーから落ち込んでいると思われ慰められた。直前の誕生日の事もあって夏凜は勇者部との接し方にそれ以上悩んでいた。夏凜は表面はツンとしているが人付き合いが少なく感情表現が苦手なだけでその本質はいい子なのである。そのためかあんなに啖呵を切ったにも関わらずこの低だらくだったことで夏凜は自分が少し惨めなように感じていた。

 

「……荒れてるな」

 

悩んでいると不意に声がかかった。夏凜はその声の主を確認しようと上半身を起こし振り向いた。

 

 

 

視点:真壁一騎

 

一騎は風たちに事情を話し勇者部を休んだ。総士のフォローもあってかすぐに許可は下り、夏凜が訓練しているであろう浜辺へと足を向けることにした。

 

『……夏凜ちゃんの事、お願いね一騎君』

 

友奈も行きたがっていたようだが依頼に行かなくてはならないためしょんぼりとしながら一騎を見送った。その際に夏凜の事を頼まれ、咄嗟に、なるべく頼りになりそうに頷き返した。

 

(さて…と)

 

案の定、夏凜は前に出会った時と同じ浜辺にいた。鍛錬中のようだったが途中で演舞をやめその場で寝そべってしまった。

 

「……荒れてるな」

 

その様子がつい口に出てしまう。夏凜はこちらに気が付いたのか起き上がり振り向いた。

 

「……ッ! …何の用?」

 

強く言われ思わず身がすくんだ。前もタイミングが悪かったからなと自分に言い聞かせると

 

「いや…、少し話をしに来た」

 

「部活はどうしたのよ」

 

「休んできた。…隣、いいか?」

 

そう夏凜に返事をする。すると彼女はどこか困惑した表情だったが、

 

「勝手にすれば」

 

と小声でぼそっと呟くと一騎は隣に腰かけた。

 

(さて、どうしたものかな)

 

一騎はこういう話を切り出すことは少ない。それに相手も自分から話題を出したりせず、どういう返事をしたらわからなくなるタイプのようだ。さてどう切り出したらいいものかと考えていると、

 

「あのお人よし集団の差し金?」

 

夏凜が先に話してきた。…が明らかに警戒しているような素振りだ。

 

「まあ…多少なりともあるかもしれないけど、俺はそういうつもりで来たわけじゃないから……」

 

「…あっそ。そういうことにしとくわ。で?」

 

包み隠さず言ったのもあってか少し警戒が解けたようだが少し荒れているような口調である。

 

「……思い詰めているようだけど。なにかあったのか?」

 

「別に…思い詰めてなんか」

 

「怖くはなかったのか?」

 

一騎の質問に夏凜は困惑した表情となるもののすぐに平静を装うとする。しかし、すぐに出た一騎のすべてを見透かしたような一言に夏凜は

 

「怖くなんかない!!!」

 

「……怖かったんだな」

 

声を荒げ強い口調で返す。が、夏凜はすぐにハッした表情となり気づいてしまう。かえって強く否定してしまったためか一騎は確信に至ってしまっていた。

 

「心に侵入されるっていうのは…な」

 

フェストゥムの読心により心に侵入された経験もある一騎も夏凜の気持ちが理解できた。夏凜は核心を突かれ暗い表情となる。夏凜は観念し語り始めた。

 

「……嫌な事を思い出されたわ。大赦から金色の…フェストゥムの事を聞いてたけど敵としての力を見誤ってた。…正直、怖かった。……少しでも忘れようとこうして鍛錬したの」

 

「じゃあ、どうして1人で」

 

「あたしは正式な勇者として大赦から御役目を受けて…世界を背負わされているのを期待されていた。……選ばれた私ならできるって思ってた」

 

「そんなになのか」

 

「そうよ。選ばれた勇者だから!……『普通』じゃなくていいんだ。あんなお気楽な連中と違っても…いいんだ」

 

一騎は夏凜が語ることに耳を傾け聞き入る。その声は少し震えているようだった。どこか自分に言い聞かせようとしているように感じた。

 

(そうか、……お前も)

 

一騎は夏凜に抱いていた疑念が確信へと変わった。今の夏凜が島にいたころの()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に似通っていることから一騎が感情を込めて告げる。

 

「お前、それでいいのか?」

 

「なっ!」

 

「お前、さっきから自分をなくしてまで言い聞かせようとする?」

 

「そ…それは」

 

「世界を背負える? 人はそこまで背負えるほど大きくはないと思う。俺としては……小さな自分を守るだけでも精一杯だ。……目の前にある小さなものなんて捨てるのは簡単だ。だが、全てが終わったらお前には何が残るんだ?」

 

「あんたに何がわかるって言うのよ。…何が言いたいのよ!?」

 

感情的になる夏凜に一騎は言葉を続ける。

 

「三好、おまえの事はたしかにまだわからない事の方が多い。だけど、三好…『御役目』が終わった時のお前はどこにいるんだ?」

 

「……」

 

夏凜は何も答えられない。勇者になるための訓練に青春を費やした彼女の世界はとても小さなものであった。そして、御役目がなくなった後の夏凜の日常が思い浮かばなかった。

 

「この前の誕生日会どう思った?」

 

夏凜が祝われた誕生日会の事を思い出す。最初は余計なお世話だと思っていた。

 

「悪くは……なかった」

 

あの時の自分は楽しかったと夏凜は正直に答えた。

 

「そこに自分がいたんだろ?」

 

「うん」

 

小さくうなずき答える夏凜。だが、これ以上戦うこと以外の先の事が分からない。

 

「だから三好、今度の勇者部の活動、だまされたと思って参加してみろ」

 

「ふぇ…」

 

「そうしたら俺の言っていることも分かってくるはずだ」

 

「………そこまで言うなら」

 

夏凜は俯きつつも小さな声で返事をする。一騎の一押しはどうやら成功したようだ。




後編は『結城友奈は勇者部所属』のイベントを交え、夏凜が勇者部の一員となる経緯を描きます。

蛇足:いつの間にか連載し始めて1年経ったなあ……劇場版先行公開『結城友奈は勇者である -鷲尾須美の章-』までにどこまで進められるのやら。

追記(2016/12/4):同じゆゆゆSS書きの『りりなの』氏が満開祭り2の時に私と会った事を挙げているのを発見。こちらこそその筋はお世話になりました。

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