スターダストテイル   作:米俵一俵

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3.占星術師と転校生

 買い物からの帰り道で、ホリィの笑顔から充電した、勇気という勇気。

 全部を振り絞り、千時は、廊下で見つけたジョセフの背中に声をかけた。

「ジョセフさん。アヴドゥルさんがこっちへ来る予定、ありませんか」

 ジョセフはこの上なく不機嫌そうに振り返ったが、まだ何も言わない。また一人でまくしたてなきゃいけないのか、とため息をついてから、千時は言った。

「最初に襲撃されるのは承太郎さんだから、タイミング計って教えといてあげないと。私と口をききたくないのはいいから、予定だけ教えてください。お願い。お孫さんのことなんだし」

「…ゴメン」

 突然、ボソッとジョセフがこぼした。日本語で。

 千時が呆気に取られていると、ジョセフは不服そうな顔のままだったが、握手のように手を差し出した。

 やった! 千時は勢い込んで目を輝かせ、両手でジョセフの手を握った。

「無神経なこと言ってごめんなさい! 言い方悪かったです! 本当にすいませんでしたッ!!」

 ぴょこーん! とコメツキバッタよろしく直角おじぎ。口から出るのは英語だが、イメージ的には日本式スライディング土下座の気持ちだ。

 くたびれたようなジョセフの声が、下げた頭に降ってきた。

「いや、あそこまで言わせたわしが悪い。すまなかった。パスポートはもう手配している」

「あっ…」

 ありがとう、言って顔を上げる。ジョセフは一度ニコッとしてから、すぐに義手の人差し指を立てた。

「全面的に信用したわけじゃないぞ。お前さんが怪しいことには変わりない。だが、ディオを倒すために、利用できるものは利用しよう」

「うん。そうして」

「アヴドゥルの事だが」

 ジョセフは廊下を歩くよう促し、手を繋いだまま、居間へと入った。

 座布団を二つ、寄せて座る。

「明日にはこっちへ到着する。で、承太郎が襲撃されるってのは、どういう事だ」

「すでに物語の冒頭とズレてるし、正確かどうか分からないけど」

 千時はポケットからメモを出して語った。

 本当なら留置場に、確か四日間。その翌日か、休日を挟んだかもしれないが、承太郎が登校途中に襲われる事。

「だから、一週間以内、程度しか分からないけど。スタンドは知ってるから…」

 突然、スンッ、と襖が開いた。

 目を丸くしているホリィと、それを見上げる、手を繋いだ二人。

 あっ。ヤバい。

「英語を教わってました!!」

 千時が絶叫した。

 

「ちょっと聞いてよ承太郎! パパったらねーえ!」

 帰宅したばかりの息子を捕まえて、ホリィはぴゃーぴゃー騒いでいる。

 あーあー…。千時は頭を抱えたくなった。

 承太郎には後で波紋の事を説明すればいいが、ホリィはどうだろう。万が一、浮気の前科がある事を察していたりしたら…うわあ想像したくない。

「ちゃんと取り繕っといてくださいよ…」

「うむ…」

 隣に立ったジョセフも、さっきからブツクサ頭をひねっている。曰く、英語の授業で押し通すしかないけど無理があるな、コミュニケーションの問題だからボディランゲージも重要とか言うか、いや余計に怪しいかな、どうしよ、いっそ波紋で記憶をどうにかできないだろうか…みたいな物騒な独り言まで呟いていた。英語だったので、千時には分からなかったが。

 ジョセフは、ウム、と頷くと、ホリィから見えないように千時の手へ触れ、大事の前の小事ってやつだ、なんてウインクしてみせた。なんだよ、放置かい。

「承太郎!」

 祖父が大声で孫を呼ぶ隣、千時がちょいちょいと手招きしたのを見た承太郎は、例のやれやれという動作で、帽子の鍔を引き下げた。

 まとわりつくホリィを押し戻し、鞄も持ったままで廊下を来る。

「何だ」

 良かった。聞く気はあるらしい。

 ジョセフがホリィをちょっとまた仕事の話だからと誤魔化して、三人、居間を占拠した。

「お茶の用意だけ置いてくわね」

「わあ、すいません、ありがとうございます」

 ホリィの気遣いを受け取って、千時がお茶を煎れる。それくらいは喜んでしますとも。

 承太郎の前に湯呑みを置いたところで、二人が英語を話しだした。孫はもの凄い口調で吐き捨てるように。祖父は泡を食ったように。

 …どしたん? 

 ちょっと心配になった千時が待っていると、ジョセフが隣へやってきて、手を取った。

「ほら! これで英語が喋れるんじゃ!」

「もうちっとマシな言い訳をしろ。このエロジジイ」

「空条承太郎の口からまさかのエロジジイ発言ッ!!」

 最後のは千時。

 英語で叫んだのを聞いて、承太郎が一瞬、黙る。

「ははは。何でモメてたのか分かった」

 思春期むずかスィ、とは言ったらヘソを曲げられてしまうだろう。思春期むずかスィ。さて、どうする。

「ジョセフさんてイタリア語できる? 承太郎さんは?」

「ん!? ああ、でき…おおッ!! そうかッ!! よし、承太郎!」

 語学力の高い人で良かった。

 千時がお茶を飲んでまったりしている内に、ジョセフが承太郎の鞄からハンカチを出してポットのお湯で濡らし、フーフーやって手を繋いだ。で、二人が英語でもない謎の言語をベラベラとやりだす。うまくいって良かったね。ベネ! ってやつ? 合ってる? 

 承太郎は、それで納得したのか、千時の方を見て頷いた。

 ジョセフは、フーやれやれとばかりに冷や汗を拭い、千時の隣へ戻ってくる。…うん、自分のじいさんが親戚でもない女の子と手を繋ぐなんて微妙だよね、わかるよ、だけどそんな殺してやろうかって顔しないで! 

 ニヘラと笑い返して空気を逃がし、ごめんね、また手を繋いだ。

「えっと、明日。ジョセフさんの友達のアヴドゥルさんて人が来てくれる予定で」

 本題を切り出すと、承太郎は殺気を引っ込めた。聞く気だけはあってくれて良かったと胸をなで下ろす。

「ということはです。明後日から一週間あたりの内にあなたが襲われる、予定」

「アヴドゥルってヤツにか」

「違う違う。言ったじゃん、アヴさんは味方だってば」

 ただ、向こうがOKをくれたら、承太郎にスタンドの操作練習を兼ねて、戦闘のノウハウを教えてあげてほしいと頼んでみるつもりではいるが。

「相手は、ディオに操られた男の子よ。承太郎さんと同い年の」

 二人が同時に眉を顰める。

 引き延ばしても仕方がないので、千時は、散々考えて出すと決めた、情報の断片を吐いた。

「細かいこと言えないんだけど、転校生に気をつけて」

 あっ、今思い出しちゃったよ、保健室で女医の先生とズキュウゥゥゥン! なシーンあったね! ファーストキスじゃないことを祈っとくぜ少年!! 

 とか言ってる場合じゃないです、コホン。咳払いを一つ。

「相手のスタンドは、見た目、光るメロン」

「ハァ?」

 ジョセフが間抜けた声を上げるが、ええ、見た人も読んだ人も、全員そう思ったでしょうよと笑いそうになる。これ発言したの、アンタの孫ですよ。

「強いからね。彼は生まれつきソレを発現してたから、現時点じゃ使い方は承太郎さんより上手いんだと思う。ハイエロファントグリーン…か、もしくは、ハイエロファントエメラルドって言うかも。名前はどっちでもいいか。体を伸ばしてヒモみたいにできる。これで結界を張って、間合いへの侵入者を察知できたり、自動的に攻撃もできるらしいから気をつけて。拘束も上手いからね。捕まったら厄介だよ。あと、エネルギーをエメラルド色の石みたいにして…、あれは連射なのかな…、散弾銃みたいに攻撃してくる。ダメージレベルがどんなだか知らないけど、最低でもそこらの石と同じくらい、当たったら超痛いはず」

 承太郎が、口元だけでニヤリとした。

「やけに詳しいな」

 初めて見た貴重な笑みだが、不審と敵意から来ている。マジ怖い。

「うん。味方になる人だから」

 口に出した瞬間、承太郎も、ジョセフも、鋭い視線を突き刺してきた。ビリッと音がしそうなほどだ。それでも話す。

「殺しちゃダメ。再起不能にもしちゃダメ。ボコってでも何でもいいから、家まで連れてきてね」

「やはりテメェ、誰かの回し者なんじゃあねえのか」

 承太郎が低く唸る。ライオンだとか虎だとかの猫科ではない、狼。犬科。そんな事をぼんやり思う。恐怖で体が震えた。

 だが、怯んではいられない。

「彼は、ちょっと前の家族旅行でディオに会っちゃって、操られてる。たしか、生まれつきスタンドが見えていた彼は孤独で、ディオはそこに付け込んだんだろうって話だった。

 でもね、だから正気を取り戻したら、承太郎さんの良い友人になる。スタンドを持つ仲間として、皆のことを助けてくれる。彼はこれまで、スタンドが見えない人とは本当には分かりあえないって決めつけて、ひとりぼっちで生きてきて、やっとあなた達に出会うんだよ。理解できる人達に。

 …つまりまあ、ほら、同じなんだよ。承太郎さんもけっこー悩んだでしょ? 〝悪霊〟に取りつかれてさ」

 千時は承太郎を見据え、返事を待った。

 彼は大きなため息をついたが、特にどうとも言わず、ひょいと立ち上がった。

「待って」

 これまでなら、見送っておしまいなのだが。

「それでちょっと考えたんだけど」

 千時は少しばかり話を続けてから二人と別れ、ホリィのもとへと走った。

 

 三十分後、空条邸の庭にて。

「承太郎さん、よろしいかね」

 ホリィから借りてきた庭掃除用の竹箒を手に、承太郎から少し離れる。

「ああ」

 短く言って、合図に片手を上げる承太郎。

 屋根の上から見ていたジョセフが、レリー? とか何とか。

 ゴーと同時に、バサバサバサッと音がして、大量の枯れ葉が降ってきた。

 物語では、留置場から強制的に引っ張り出される際、承太郎はアヴドゥルと模擬戦のような事をやって、スタンドというものを把握している。その上で花京院と戦った。ということは今、アヴドゥルと戦っていない分、花京院に対して不利である。

 それをできるだけ埋めたい。ゲームで言うところの経験値ってやつだ。RPGしないから詳しくないけど。

 で、公園の枯れ葉をゴミ袋いっぱいに集めてきてジョセフに持たせ、ハーミットパープルを使って屋根へ登ってもらい、撒いてもらったのだ。

「…はっはァー…。すごい」

 千時は目を丸くした。

 彼女の目にはスタンドが映らない。

 地面へ落ちる前にスタープラチナが粉砕していく枯れ葉は、ただ単に爆発し、消滅しているように見える。

「まるで映画のCGだなァ」

 制作スタッフが泣いちゃいそうな光景だ。いろんな意味で。

 ふと見えた承太郎の表情は、ひどく険しい。眉間の皺が深くて、とても十七とは思えない。

 かわいそうに。

 少しだけそう思う。

 すべて落ちたところで、千時は承太郎のそばへ寄った。

 足下を見て回ると、これが結構、そのまま落ちているではないか。うーん、やっぱり、なんてちょっとニヤついてしまうような。修行つったらコレ系統が真っ先に出てくる程度にはヲタです。

 ジョセフと承太郎が英語でやりとりしている間に、形そのままで落ちた枯れ葉を集めなおす。あらかた拾って、小さいレジ袋に詰め終わったら、粉になった分をシャッシャと適当に掃いて、次の一袋。

「いいよー。拾った」

 ただし今度は、ルールが違う。

「じゃあ次、さっき言ったとおりね」

 ジョセフが二袋目を撒くと、宙の枯れ葉はパッパと消え始めた。代わりに、どんどん承太郎の足下を埋めていく。

そう、二度目は、枯れ葉を摘んで集めているのだ。

とは言え、一般人の目には先程のCG状態と変わらない。千時は、落ちる枯れ葉を見るのを止め、レジ袋を屋根の上に放り投げた。失敗。二度目。失敗。もうちょっと。三度目、乗った! 

「おい」

「ふぁい!?」

「次は俺が投げる」

 終わったからか、はたまたヘタクソさを見かねたのか、承太郎が言う。

「お、おう、はい、それは、ありがとう。…二度目どうよ?」

 辺りを見回すと、枯れ葉の大半は承太郎の足下にあった。が、拾いきれなかった分が、また結構な量、散らばっている。

 残りを拾っている内に、千時は、何枚か並べて目を丸くした。

「承太郎さん、ちょっとコレ」

 大柄な学生は返事こそしないが、しゃがんだ千時の後ろから、枯れ葉を覗いた。

「指の形にちぎれてる。速すぎるんじゃない?」

 摘むまでは良いが、手前へ引き寄せる力とスピードに葉の強度がついていかず、そこだけが持っていかれている。承太郎が集めた山を見に行くと、やはり小さな切れ端がたくさんあった。

「摘んだ後、持ってくるのをちょっとゆっくりにしてみたら?」

「スピードを落とすと、数が間に合わねえ」

 珍しく素直なお答え。

「もう一度だ」

 つまり、力加減とコントロールで、スピードによる影響をカバーするつもりなのだろう。

「ジョセフさぁーん! 場所ちょっと左行って次ィー! コレふくろ詰めとくからァー」

 屋根の上の老人に言うと、空のゴミ袋がフワフワと降ってきた。

 さあ、箒と塵取りの出番だ。

 

 

 部屋へ戻るなり、千時はぐったりと畳へ倒れ込んだ。

「二時間も掃きっぱなしとは思わなんだ…」

 へとへとだ。明日は両腕とも筋肉痛かもしれない…というのは言い過ぎだが、ええ、へなちょこ一般人ですとも。あんなに枯れ葉を掃いたのは多分、小学校以来。

 承太郎は、先程ようやく枯れ葉集めを止めてくれた。ジョセフの方は、孫に頼まれるのが嬉しいのか飽きもせずに手伝っていたが、もう暗いからやめよーよー、という千時の悲鳴に、笑って屋根を降りてきた。

 止めた頃には汗だくだった承太郎は風呂に、ジョセフは居間へ休みに行ったようだ。

 この後、承太郎と夕飯を作ることになっている。メニューは、コールスローサラダと、トンカツと、…なんか適当に鶏肉あたりと炒めるか。オリーブオイルとスパイスあるかな。無けりゃ和風でもいいけど。千切りキャベツの料理って何がある? 頭がギュウギュウ。

 そこらへんで、ふと一瞬、思考が暗転した。

 次の瞬間、おい、という低い声が、ちょっと離れた場所から襖越しに聞こえた気がして、バッと身を起こす。

「おおう…。寝落ち乙…」

 精々、二十分そこらだが。

「おい。居ねえのか」

「居る。ごめん。寝てた。今行く」

 バサバサになった髪を軽く梳かし、頬についた畳の跡を撫でながら廊下に出たが、承太郎はもう居なかった。

 台所へたどり着くと、キャベツが二玉、テーブルに乗っかっている。

 シャツにジーパンの承太郎が、真剣な顔でこれを準備し、神妙に待っていた…なんて思うと噴き出しそうになったが、怒らせても困るので必死にこらえる。

 テーブルの方にまな板と包丁を持っていき、キャベツはどちらも半分に割った。

「千切り分かる?」

「細く切る」

「うん」

 こうだよ、と一応、猫の手に包丁を構えて見せ、手渡す。

 承太郎はこの上なく険しい目つきで…キャベツを。あの承太郎がキャベツを。やばい笑う。

 あわてて目を逸らしたが、すぐに笑いは引っ込んだ。

 包丁が宙に浮く。承太郎は両手を軽くテーブルに置いている。

「…スタンド見えないと、まるで手品だね」

 千時は後ろへ下がってシンクに寄りかかり、自動千切り機にかかったようなキャベツを眺めた。

 

 ちなみに、言うまでもなく食卓はキャベツ尽くしだったし、飽き足らず納得のいかなかった承太郎のせいで、冷蔵庫には機械にかかったような薄切り細切りの人参ピーマン玉葱じゃがいもなんかが詰め込まれた。どうも、マイクロ単位で徹底的に同じ幅、と拘っちゃったらしい。

 千時は頭を抱えてホリィに謝ったが、当の本人は、まさか息子が料理してくれるなんて! と感激至極、躍り上がって喜んでいたから、まあ結果オーライ、良しとしよう。

 それから、さすがにやりすぎたと思った…のかどうか知らないが、承太郎は、トンカツの付け合わせに出した味も付いていない千切りを、結局、ボウル一杯分くらい腹に詰め込んだと書き添えておく。

 

 

 車の止まる音を聞いて、ホリィが洗い物の手を止めた。

「パパ、戻ってきたわね」

 隣で皿を拭いていた千時も、布巾をおいて、一緒に玄関へ向かう。

 朝から所用と言って出かけたジョセフは、友人を連れて昼過ぎに戻ると予告して行った。午後三時。良い時間だ。

 玄関に出たところでちょうど戸が開いて、二人が入ってくる。

「おわ」

 千時はポカンとして動きを止め、占い師に見入ってしまった。

 普通に対応してるホリィさんスゴい。インパクトが。ちょっと無いレベルなのに。奇抜な髪型。あの装束。いや、アニメ通りではなく、例の海苔巻きを並べたような頭は一つ一つ軽く束ねて根本で結ってあるんだなと解る髪型だし、ボトムは普通の…普通の? 中東にありそうなズボン…ズボンなの? わからないが、とにかくアニメで見た鉄製…パンツ…ガード的な…アレ、何て名前か分からないアレがあったりはしない。実写版用ナチュラル系デザイン変更と言った感じになっている。

 が、承太郎やジョセフと同じほど大きい、褐色の肌の外人さんが、マキシ丈のローブみたいなの着ててみろ。でかい。すごいでかい。何となくこう、布の余ってるところで子供くらいならハンモックできそうー…とか考えてしまうような、…質量というより、面積。

 肌の色のせいでやたら白のくっきりした目が、合うと、ニコッと笑う。

 誰だブ男とか言ったの。

 千時はちょっとげんなりした。なんでこう、結局イケメンばっかなのか。フツメンは居ちゃいかんのか。クソゥ。そうですよ、こちとらモブですよ。自分が女で心底良かった。女でも過酷ゥッて気分なのに、同じ男だったら、こんなのに囲まれて長旅なんて目も当てられない。

 白人親子とエジプト人は、にこやかに英語で会話をしながら、客間のほうへと向かった。ジョセフが小さく手招きをしたので、千時も後ろをついていく。

 逆ガリバー旅行記…、いや、センターオブジアースにこんなん無かったっけ? …あっ! ホビット!! ホビットこんな気持ち!? 

 ジョセフのジェスチャーに従って座ったが、英語が分からないので、所在無く待つしかない。ホリィが出ていくまでが、十分ほど。まーぁ長かった。旅に出る前に辞書を買ってもらおうと心に決める。

 ジョセフに手を握られて顔を上げた途端、正面に座っていたアヴドゥルが言った。

「死ぬのは私じゃあないかな? お嬢さん」

 千時は、息を詰まらせた。

 アヴドゥルは、特に何ということもなさそうに微笑んだ。

「私は占い師だ。旅の結果を占って、死の暗示を受けた。ディオを倒すのに失敗するかと心配したが、ジョースターさんの孫が無事、倒してくれるそうだね。なら、私が途中で死ぬのだろう」

 即答できない時点で、肯定したのと同じだ。千時は唇を噛み、しばらく目を逸らして考え込んだ。

「他人の死を予言するのは、本職の者でも躊躇うことだよ。気にしなくて良い」

 アヴドゥルは子供を諭すような、優しい口調だった。

「それに私は、死を覚悟してディオに挑むのだ。君まで危険に晒されることは無い」

「いえ、あなただけじゃないから」

 咄嗟に言って顔を上げ、占い師を睨み据える。

「ていうか、勝手な覚悟しないでよ。一人で行って一人で死ぬなら御勝手にどうぞ、止めないよ。でも皆と行くんでしょ。あなたが死んだら、それを抱えて生きてかなきゃならなくなる人が残るのよ。だから私が助けようっつってんじゃない! それを、死んでも良いやみたいな! もー! クッソ! フザケんじゃねーよバーカ!!」

 言っている内に感情がコントロールを失って、ヒステリックな悲鳴になっていった。ゼェハァと少し肩で息をつき、机を叩いた手を引っ込める。いつの間にか、繋いだジョセフの手が、ぎゅうぎゅうにキツくなっていた。

「…とにかく、その事は私が考えるから、おいといてください。バカとか言っちゃってごめん」

「ああ、いや。私こそ軽率だった」

 アヴドゥルは呆気に取られていたが、すぐにそう謝り、目を瞬かせた。

「驚くべき協力者ですね」

「そうじゃろ」

 応じたのはジョセフ。え、と顔を見れば、お得意のウインクが出た。

 協力者ね。少しばかりは安心して、先へ進めそうだ。

「…で、アヴドゥルさんにお願いしたいことがありまして」

「何だね」

「エジプトが生息域のハエを調べておいてください。あっ、ていうかジョセフさん、念写どう? 写真、承太郎さんに見せてます?」

 …気持ちを切り替えて、と思ったのに、なぜか外人二人が顔を見合わせて笑い出すから、千時はブーたれて黙った。

 

 台所に床続きのダイニングのテーブルと、客間のものより大きいローテーブルを出してくるの、どっちが良いだろう、という問題で、主婦と二人、首を捻る。

 ホリィが言うには、納戸に、天板を足せる仕組みの大きなローテーブルがあるという。親戚が集まるような時に使うそうで、確かに、これだけ旧家然とした家屋だから、さもありなんといった雰囲気だ。

「居間のも客間のも、小さいわよねえ。…あのサイズだもの」

 男三人が、とはあえて言わない。

「そうだ。エジプトの食事が椅子と畳のどっちに近いスタイルか、で決めたらどうでしょう」

「ちときちゃん、知ってる?」

「…存じません…」

「…私も知らなァい…」

 出すのも大変だし、テーブルでいっか。二人とも肩をすくめた。テーブルの椅子なら六脚ある。天板の広さはぎりぎりだが。

 いや何しろ、乗せるのが承太郎の食べる量×3以上の計算で作られた料理である。案の定、準備した食卓は皿で隙間がないほどびっしりだった。しかも山盛り。とにかく山盛り。びっくりするほど山盛り。エンゲル係数100%と言われたら信じちゃう。

 …言っとくけど、私はそんなに食べないからね。このおなかはチョコレートでできてるんだからね。

 誰にともなく心の中で言い訳しながら、千時は箸とスプーンとナイフとフォークの総動員を並べた。

「他に持ってくるものありますか」

「これで全部よー」

 ホリィはドレッシングの瓶を、どうにかこうにか割り込ませている。

「おなべにおかわりあるけど」

「おかわりあるのか…」

 すごいな。

 で、このタイミングに戻ってくる男性陣も凄い。千時は玄関の物音に感心した。なんだろ、いい匂いしたら帰ってくる仕様なんだろうか。

 ドカドカと足音が廊下を来て、ジョセフがひょいと顔を出す。英語は相変わらず分からないが、洋食だったからか、わーおいしそう! という意味は分かった。

 ホリィが冷蔵庫へ向かって、こちらに背を向けた隙、ジョセフは千時の手を握った。

「大成功だったぞ。お前さんにも見せたかったくらいだ」

「それは良かった」

 早口に交わし、手を離す。

 ジョセフはすぐ椅子に座り、何食わぬ顔でホリィからビールを受け取った。

 アヴドゥルと承太郎の、修行というか、対戦というか、練習というか。生まれつきスタンドと付き合ってきたアヴドゥルに、一度、承太郎を指導してほしいと頼んだのだ。ジョセフも大いに賛成で、自分のハーミットパープルの動作についても試してこよう、なんて言っていた。この上機嫌を見るに、本当に上手くいったのだろう。

 …と思っていたら、あらまあ。

 遅れて入ってきた二人が、どうもピリピリしている。よく見ていると、どっかと座る承太郎が一方的に不機嫌で、アヴドゥルの方は涼しい顔だ。

 千時はコップを手渡すフリで承太郎の隣へ行き、小声で訊いた。

「どーした? ケンカでも…」

「承太郎!」

 横からホリィが手を伸ばしてきて、あわてて退く。

「お行儀悪いって何度も言ってるでしょ!」

 トレードマーク没収。チッ、とこれも行儀の悪い舌打ち。…それで現れた目元を見て、千時は黙った。小さな火傷があったからだ。

 まあアレだ、要するに、負けたのだろう。いくらジョースターの誇る戦闘の天才でも、限度はある。悪霊だと思って持て余していたものを、昨日今日、いきなり使って戦えというんだから、大変に決まっている。ましてや、アヴドゥルが相手だ。

 すねたって仕方無かろうに…と思うのは、大人の思考か。

 承太郎は千時の視線に気付いたのか、傷を指の腹で拭った。

 

 

 翌日、承太郎は学校をサボった。

 早朝からバサバサ音がすると思ったら、庭で例の枯れ葉をやっている。千時はあわてて手伝いに出たが、それを延々、昼食の直前まで繰り返しやっていた。

 で、食事を挟んで、アヴドゥルを呼び止める。

 わー負けず嫌い…。

 いや完璧主義なのかもしれない。どこへ行ってやり合うのか知らないが、千時はホリィと共に玄関までお見送りして、手を振ってやった。

 さて。この日はジョセフとの約束があった。一度、財団との会合に連れていってくれるよう頼んでいたのだが、今日なら話が聞けると、例の枯れ葉をやっている時に誘われたのだ。急な話で悪いがなんて言われたが、こっちはぼっち極まっていて、ホリィの手伝い以外には予定も何も発生しない。喜んで同行した。

 長い作戦会議を終え、夕飯前に戻ってきた時、またも承太郎がブスくれていたのにはちょっと笑った。

 

 

 事が起きたのは、翌日の午後だった。

「おい! 救急箱をもってこい!!」

 承太郎の怒声に、聞いた全員が廊下へ顔を出し、青くなった。

 ホリィが慌てて居間の方へ駆けていく。

 どっちに行こうか一瞬迷って、千時は、承太郎の方へと走った。

「ま、まさか死んで」

「ねえよ」

「ですよね良かった」

ボタボタと、廊下が血に汚れていく。承太郎もひどかったが、彼が肩に背負ってきた人物の方がよほど酷い。記憶にあるアニメより悪化している気がするのは、何か違いがあっての事だろうか。

空きの一室に花京院典明を放り込むと、承太郎もその場にへたり込んだ。ホリィが入ってきて悲鳴を上げている。

 千時は少し狼狽えたが、そうだ、と気付いて、洗面所へ向かった。どうにか雑巾とバケツを捜し当てて戻ると、アニメで見たような見なかったような、必死の手当が行われていた。

 手伝えることと言ったら、廊下の血溜まりを拭いて回ることくらいでしょ。

 向こうの騒動をBGMに、千時は、玄関までを掃除をしていった。

 

「いやー、血って取れないね。まいったまいった」

 部屋へ入ると、全員が一斉に振り返った。その向こうには、気絶したままの花京院が寝かされている。

 千時の手の雑巾に気付いて、ホリィが目を丸くした。

「あらやだ! 廊下拭いてくれてたの!?」

「お気になさらず…ていうか、みなさん靴下脱いだ方がいいですよ」

「あっ」

 廊下の血痕、かなりニジってあって殺人事件のドラマみたいだったー…なんて軽口は叩けない雰囲気なので、やめておく。

 男性陣の肩越しに花京院の顔を覗くと、例の、ちょっと変わった前髪が割と忠実に再現されていて、あらまあ、と感心する。これだと、アヴドゥルが髪をおろすほうが普通っぽいかもしれない。

 ただ、顔立ちは驚くほど端整で、ピクシブの中では王子様キャラ扱いだったなあ、なんて事を思い出す。ああーツラい。こんなメンツと旅行とか一体何の罰ゲーム。お笑い担当ポルナレフ早く助けて! そんな事を思う。いや物語だとこっちが助ける側だけれども。

 ホリィが額の濡れたタオルを取り替えている隙に、男三人の背中をツツく。

 彼らは難しい顔をしたまま、無言で廊下へ出た。

「ホリィさん、少し看病お任せしてもいいですか」

 千時はそう頼んでから、三人を追って二つ先の空き部屋へ入った。

 全員立ったままで、ジョセフが手を掴んでくる。

「承太郎、ヤツのスタンドは」

 質問の矛先は孫。

 承太郎は帽子の鍔を引き下げたが、その下の視線は、千時にだけ隠されなかった。

「確かにコイツの言う通りだったぜ」

「じゃ次」

 千時がパッと声を出すと、全員の、殺気立った視線が注がれた。怖い怖い、勘弁してよ。思わず肩をすくめるが、だいぶ慣れてきた。

「花京院さんは、額に肉の芽が刺さってるから、スタープラチナで抜いたげて」

「肉の芽だと?」

「ディオの遠隔コントローラー。従うやつにはつけてない。ディオの誘惑に乗らない心の持ち主を、むりやり従わせるために使ってる」

「ディオめ…」

 アヴドゥルの低い声。

「そっか。アヴさん一度やられかけて、逃げたんでしたっけね」

「アヴさん!?」

「あっごめん、アヴドゥルさんて純日本人には呼びにくくて」

「い、いや、好きに呼べばいいが…。そんな事まで知っているのか」

「知ってます…というか見てた。この先も思い出すの間に合えばいいんだけど」

 言いながら、ジョセフを見上げる。

「次ね、怒らないで聞いてください」

「どうした」

「ホリィさんが倒れます」

「何イッ!?」

 ジョセフの驚愕の後ろで、アヴドゥルの喉がぐっと詰まる音と、承太郎が肩を揺らした衣擦れがした。

「ま、まさか…危惧していた事が…!?」

 おやこの人気付いていたんだっけ? そこらへんは覚えていない。

「ホリィさんのスタンドの事?」

「そうじゃ。やはりか…!」

 ジョセフは歯ぎしりをした。手が握りつぶされそうに痛い。

「ジョースターさん。しっかりして」

 わざとジョースターを強調すると、老人は苦しそうに頷いた。

「それと、手をちょっと緩めてもらえませんかね」

「お! すまん!」

「いってて…。えっと、倒れるのは明日か明後日あたりだと思うから、お医者さん手配しておいた方が良いと思います」

「分かった。すぐに」

「おいキサマ!」

 低い承太郎の声と同時、唐突に視界がブレた。

 ゴホッと咳き込んでから、首元で吊り上げられていることに気付く。ああ、胸ぐらを捕まれる、というやつだ。

「承太郎!」

 止めに入ったジョセフの手で、余計に体が浮く。おかしいな、ぷよぷよの腹で残念ながら体重軽くないんだけど、どうしてこんな簡単に。

 息が詰まって何もできない。顎の下にある大きな拳を掴もうとして、その大きさに感心した。自分の手がとても小さいなんて、あまり思う瞬間は無い。どういう事だとか何とか、聞こえていた気もしたのだが、耳がツンとしてよく理解できなかった。手を離された重力そのままポーンと下へ落っこちて、見事に尻を打つ。

 戻ってきた呼吸が、ゲホゲホッと肺を行き来する。

 落ち着け、ウルセェ、この子はおそらく無関係だ、そんな事をガーガーやっている頭上を見上げ、ため息ひとつ。

「もしもーし。しゃべってよろしいかね」

 ゲホッ。人を射殺せそうな目の承太郎に視線を合わせ、千時は言った。

「ジョースターの血筋を考えてごらんよ。なんでホリィさんだけスタンドが出ないと思うのさ」

 千時の方からも、視線に嫌悪を込めて。

 

 ディオの影響で発現するスタンドを制御できずに、ホリィは体に異常を来す。タイムリミットは約五十日。

 ジョセフからそれを聞かされた承太郎は、どうにか納得したようだった。殺気立ったままだが、千時を追い出せとは言わなかった。

 さて。すねた老人じゃないが、今日は千時が、承太郎に口をきかない事にした。だから、花京院が無事に助かったのかどうかも、聞きそびれた。

 

 

 翌朝、まだ夜も明け切らぬ内に、千時は飛び起きた。実のところ、ほとんど眠れていない。隣の部屋が気懸かりで寝付けなかった。

 一度廊下に出、また上がった小さなうめき声を確かめてから、千時は静かに声をかけた。

「ホリィさん、大丈夫ですか。ホリィさん」

 ちときちゃん? と問い返す声が弱々しくて、たまらず襖を開ける。

 布団から上半身を起こしたホリィは、吐き気に見舞われていたらしかった。

 あわてて床の間の花瓶をよけ、下の盆を取る。値段なんぞ知ったことか、後で洗えばいいじゃない。吐きそうならここへ、とホリィに手渡す。

「お水持ってきます」

「ごめんなさいね」

 千時は小走りに台所へ行き、とりあえず目に付いた急須に水を入れ、コップを一つ、それから風呂へ寄って洗面器を取り、洗面台の新しいタオルも掴んで戻った。

 水を飲ませ、洗面器を渡して盆を戻し、タオルで冷や汗を拭う。陽が昇るまで背中をさすって、結局、ホリィは吐かなかった。

 異常がだんだんと収まっていく様子を見ていて、ふと気付く。

(…そうか。精神力の問題だからだ)

 そもそも、起きて意識を保っている状態でも倒れてしまうまでに至るのだから、眠っている間は余計にスタンドが暴走するのかもしれない。…といって、寝るなとも言えない。眠らずに体力が落ちれば、それも暴走を加速させるだろう。八方手詰まり、ジョセフが慌てるわけだ。

「だいぶ良くなったわ。ありがとうね」

 ホリィは、かぜでも引いたのかしら、などと笑った。だが、千時の方は笑えない。これから起こることの、長く短い旅路の出発点が今、目の前に迫っている。

「ホリィさん。息子さんのそばに、人影を見たことはありましたか。手が二重に見えたり、物が宙に浮くことは?」

 少し荒い息遣いだけが、静かに流れていった。小鳥のさえずりが今日を告げ始める。

 返事の無いまま、千時は強い口調で言った。

「これから何が起きても、気をしっかり持って、お父さんと息子さんを信じていてください。あまり勝手にお話しできないんですけど、この一連の事態には、体より心の強さが重要なんです。あなたは必ず助かるし、二人とも無事に帰ってきます。私が保証するから、絶対、弱気にならないで」

 ホリィは何とも言えない表情を見せて曖昧に頷き、やがて、千時の手を柔らかい両手でそっと、包み込んだ。

「ええ。分かったわ。…分かっていますとも。私だって、ジョースターの人間だもの」

 …この母親が、どこまで事態を察しているのかは分からない。けれど彼女が、それを受け入れようと必死に戦っている事は、分かる。

 もうかける言葉が見つからず、千時はただ、ホリィの手を握り返した。

 

「承太郎。ホリィさんが具合悪い」

 洗面所で顔を洗っているところを捕まえられた男は、のそりと胡乱げに振り返った。だが不機嫌はこっちも同じだ。

「いきなり暴力振るう相手、さん付けなんかしないよ」

 言われる前に先回り。

「大体、そっちの方が年下だし。でかくて怖かったから呼び捨てにしなかったけど、ジョセフさんが助けてくれるんなら、もう怖くないもんね」

 大人らしからぬべーッとやって、背を向ける。

 舌打ちが聞こえるとやっぱり怖い。大急ぎでホリィの寝室へ避難、しようとして今度は昨日と反対側、首の後ろで捕まった。

「昨日は悪かった」

「いいよ」

 あまりに殊勝で驚いたが、千時はおくびにも出さず、努めてあっさり頷いた。

「状況がめまぐるしくて、ついてけないよね。それはわかってる。だから昨日のはもういい」

 手の離れた首を撫で、あっ今自分イケメンを前にしてイケメンは首が痛いのポーズだ、なんて素っ頓狂な事を思い出す。

「それよりホリィさんに付いててあげなよ。…あちょっと待って、花京院さんどうなった?」

「無事だ」

 短い返事だが、それなら、アニメの通り肉の芽は駆除されたに違いない。お疲れさまと声をかけると、承太郎は片手を軽く振って、洗面所を出ていった。

 

 学校行きなさい、行かねえ寝てろ、の押し問答が小さく聞こえてくる。

 花京院の居る部屋を覗くと、ジョセフが傷を波紋で治療していた。

「もしもーし」

 オウ、と答えて手元はそのまま、顔だけで振り返る。

 あらこれ手が繋げないな、なんて思っていると、不思議そうな花京院と目が合ってしまって、仕方ないので作り笑い。

「どーも。えっと、ジョセフさん、ハエ見つかった?」

「Yes、今、アヴドゥルが本さがシてる」

「花京院さんの具合は?」

 ノープロブレム! を大袈裟に言ったのは、どちらにも分かりやすくだろうか。そっち二人はスタンドで会話できるはずだけれども。

 千時はジョセフの隣に座って、花京院を見上げた。

「はじめまして、池上千時です。よろしくどうぞ、花京院典明さん」

「君が未来を見ていたという人か」

「そう言われると超能力みたいだけど、テレビね。テレビ見てただけ」

 承太郎に担がれていた時も、ジョセフ達と居た時も、少し線が細く見えたが、本人だけを見れば彼も小柄とは言い難い。というか、けっこーでかい。そりゃそうだ、3部までのジョジョの味方側で小さいキャラなど、子供以外に居ない。4部以降は知らないが。

「目的地聞いた? エジプト。遠いよ。本当に行ける?」

 本人すら知る由は無いが、彼には死が待ちかまえている。もしここで行かないと言うなら、それはそれで、尊重してしまえば死ななくて済む。

 ジョセフが隣で目を丸くしたが、千時はそっと膝に触って黙らせ、花京院の返事を促した。

 花京院も少しばかり驚いたようだったが、すぐ穏やかに微笑んで頷いた。わー王子様キャラの意味が分かる。

「行くよ。むしろ、きみの方が大丈夫かい?」

 前言撤回、子供扱いしたろ今。まあいいや、それはあとだ。

「私の事は気にしないで、と言いたいんだけど、ヤバくなったらよろしくね。ストーリーは知ってるけど実際のスタンドは見えないし、私、ただのモブだから」

「モブ?」

「群衆。一般市民。巻き添えくったら死んじゃう役」

「なのに来るの?」

「まあね。だからよろしく」

 花京院はくすくす笑った。承太郎よりはよほど取っつきやすそうで、千時は安心した。まあ、スタンドの見えない相手に対するただの外面かもしれないが、その外面を取り繕う気すらない承太郎よりは! そう! 承太郎よりはッ!! 

 少しして、ジョセフをアヴドゥルが呼びに来ると、入れ替わりにホリィが包帯を換えに入った。

 千時はホリィに断ると、財布一つで買い物に出かけた。花京院には、優しいホリィへたっぷり憧れてもらわねば。たしかそんなエピソードあったよね? 

 留置所の時点でズレているから、やはり日時に差が出たのか。

 その日、ホリィは倒れなかった。

 目的地の件はエジプトと確定したそうで、明日の飛行機がすでに手配されているという。アヴドゥルはわざわざ、素晴らしい予言だ、なんて千時を褒めに来た。どうもこう、同業者と勘違いされている気がして仕方ないのだがどうなのか。

 

 

 そしてやはり翌日に、ホリィは倒れた。

 


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