スターダストテイル   作:米俵一俵

25 / 31
25.図書館にて

 夜の帳が落ちるまで、あと一時間も無い。

 明日にしようか散々迷った。ジョセフが自身の感覚を信じ、館はこの付近だと請け負って、もう一晩はこのホテルを拠点にするつもりらしいからだった。

 だが、もし途中で方針転換されて地区を移られると、用のある場所が遠くなる。それに、どうせ危険は同じ。

 千時は結局、やはり早い方が良いと腹を括って、出かける支度をした。

「ジョセフさん、イギーちゃんの散歩してくる」

 何気ない調子で声をかければ、ベッドに転がって目を閉じていたジョセフは、それでも寝てはいなかったようで、むくりと頭を上げた。

「まだ歩くのォ…。夕飯の後じゃだめかね」

「ああ、ポルナレフ誘うから。ジョセフさんはごゆっくり」

「そうか。約束通り、ホテル周りだけにしろよ。気を付けてな」

「うん。じゃちょっと行ってきます」

 斜めがけのショルダーバッグに、財布と、地図と、イギーのエチケット袋。

 自他とも認める方向音痴ではあるが、絶対辿り着かねばならぬ場所なら多少、話は違う。地図を事前に頭へ叩き込み、確かめながら歩けばどうにかなる。今日はそうしたから、きっと大丈夫。

 自分の中で覚悟を確かめ、千時は階下へ降りた。

 ドアをノックし、いざ。

「ポルナレフぅー。イギーちゃんの散歩行こー」

 中からはゴソゴソと音がして、明らかに寝とぼけていた顔のポルナレフが顔を出した。

「散歩ォ? あんだけ歩いたのに?」

「うんこしたの見た?」

「…見てないがどっかでしてるだろってのより、女の子がうんこ言うなと言いたいぜ俺は」

「ハハハ。犬飼ってると気にしなくなるもんよ」

「お前なあ」

「それよりダメ? ジョセフさんは疲れてるし、あっちは学生二人でしょ…イギーはアヴさんより、ポルナレフになついてるから」

 なついてる、を強調すると、案の定ポルナレフは仕方ねえなと言いながらも、上着を引っかけてきてくれた。本当に面倒見の良い人で助かる。

「ほらよ」

「おお。イギたん偉い」

 ポルナレフは、ちゃんとお散歩装備のイギーを連れて出てきた。渡されたリードを固く握り、階下へ降りる。

 ホテルを出るなり、千時は早足に通りをまっすぐ歩き始めた。ポルナレフが慌てて追いつき、腕を掴んでくる。

「おいおい、どこ行く気だ」

 散歩…という名のわんわんトイレ確認タイムは、イギー自身がスタンド使いであるため、千時と他一名でも良いという事になっている。が、どこで何に襲われるかは、普段同様、分からない。ホテルの周りだけという約束もしていた。さっきジョセフに念押しされたのもそれだ。

 が、千時は、逆にポルナレフの手を掴んで引っ張った。

「こっちこっち。いいから」

「はア?」

 何やかんや言いながらも、彼なら少しはついて来てくれると踏んでの行動だった。案の定ビンゴで、彼は、少し先の路地までは大人しく歩いてくれた。

「千時、もうここまでにしろ。ホテルが見えなくなっちまう」

 ピタッと止まられてしまえば、勿論、千時には振り切れない。

「ポルナレフ」

 彼女は青い目を覗き込み、用意してきた台詞を吐いた。

「協力してほしい事があるんだ」

「協力?」

「ちょっとだけ私を見失って。本当はハンハリーリではぐれようと思ったんだけど、ジョセフさんが迷子にしてくれなかったの」

 露とも思わぬ申し出だったろう。

 ポルナレフは数秒、千時を見据え、それから長い吐息をこぼした。何でだのと軽い疑問を差し挟まなかったのは、千時の表情が只事でないのを読みとったからだ。

 少し怖いほどの目で、ポルナレフは訊ねた。

「それは、何のためだ?」

「できるだけの対策」

「そうじゃねえよ、具体的な行動の話」

「幾つかの建物に用がある。ギリギリまで皆に知られたくない」

「それなら俺も一緒に行けばいいだろ」

「ダメ」

「なんで」

「今だから。説明は後で、全員一気にしたい」

「俺がこの事をあいつらに話さないと思うか?」

「思う」

「相棒が俺でバレねえって?」

「思う。ポルナレフは本気で隠し事したら他の誰より上手い」

 一息に斬り結ぶようなやり取りをし、二人は黙った。

 イギーがカシカシと軽い音をたて、後ろ足で耳を掻いている。ふわあ、と気抜けたあくびを挟んだところで、千時は言った。

「ガードマンにイギーちゃんは連れてく。サンド覚えてくれたから」

 このためのコマンドではないし、今思いついただけの戦力だったが、心証としてはマシになるだろう。ポルナレフはイギーを見おろし、うーむと唸った。

「言葉は」

「予習してきた。大丈夫、行くの公共機関だから英語通じる。決まった用だけで、先に話もついてるし、危ないこと無い」

「…ちぇっ」

 自慢の電柱をガシガシかき回してから、ポルナレフは、両手を腰においた。

「やめろったって聞かねえんだろ。俺はどうすりゃいいんだ」

「ありがと! まずはこの道まっすぐ!」

 破顔一笑、千時はポルナレフの手を引き、イギーを促して、また道を歩きだした。

 昼間に歩いたオールドカイロも、古き良き美しさと、埃っぽく茶色い汚さがハンハリーリのバザールがごとく詰め込まれて、さながら映画の舞台のようだった。それがこの時間になると、オレンジ色の電灯にライトアップされ始め、街のファンタジックな佇まいは、どこからランプの精が出てきても納得してしまいそうだ。

 …まあ、似たようなもんをランプ無しで装備してる一行なわけだけれども。なんかそう考えると、一気に殺伐としちゃうなあ。

 地図を片手に確かめ、千時は立ち止まった。

「まずはここで待ってて」

 少し細い路地の一角、曲がれば大通りに入る明るい場所だ。できるだけ心配されないよう、場所は選んだつもりだった。

「十分くらいだけ迷子してくる。ダッシュで行って、ダッシュで帰ってくるから」

 ポルナレフは渋い顔だが、腕を組んで壁に寄りかかった。

「じゃ、十分経ったら探すぜ。この辺の公共機関をよ」

「あー…二十分」

「…十五分」

「お願い!」

「だぁーッもう!」

「ありがと! イギーちゃん、おいで!」

 千時は全力で、大通りへと駆けだした。

 目指したのは消防署だ。観光名所の地区だというのに建物が小さく、一度は通り過ぎてしまった。とにかく見つけて職員を捕まえ、英語で英語が出来る人をと頼む。やり合っている内に、奥から出てきたもう一人がスピードワゴンかと訊いてくれたため、用はすぐに済んだ。

 渡された封筒の中から必要な一枚を探し出し、通りを飛んで戻って十五分ジャスト。

「ただいま。次!」

「ええっ!? まだ行くのかよ!?」

「何カ所かって言ったじゃん、ほら、遅くなるから速く速く!」

 千時は競歩…だがまあ、コンパス違うからね。腹立つことにね。とにかく、片手の紙の示すとおり、だいぶ歩いて次のポイントへ辿り着く。

「なんか住宅地っぽいぞ。どこ行く気?」

「あ、そうだごめん。ここで寄るのは会社」

「会社だア!? …ホント意味分からんな、お前」

「ここらで待ってて。さっきより少し時間食うかも」

 言いながら走り出す。

 地図の通り、角を一つ曲がって、煉瓦造りの壁を回り込んだ先のドアを開ける。外観はひどく古いのに、中は蛍光灯で明るく、きちんと近代的な設備が整えられていた。中に居た工員達に繋ぎを頼み、出てきた職員と確認事項を話し合って、この場は終了。

 時間を食うかもと言った割に、十分過ぎで戻れてしまった。

「ポルナレフ!」

「あれ? 早くねえか」

「ハイ次!」

「まだ行くのオ!?」

 足も止めずに男の手を拾って、また早足競歩。

 元来た大通りに出て、今度はホテルの方角へ戻る。とっとことっとこ、ハンハリーリバザールの近くを通り過ぎ、また路地へ差し掛かり、角を曲がってすぐのところで千時は止まった。

「今度はここで待っててね」

「さっさと戻ってこいよ」

 ポルナレフはため息一つで手を振ってくれた。

 さて、ダッシュで大通りへ戻り、さらに少し先まで走る。目的のモスク入り口で呼び止められ、注意されてしまい、慌てて元来た方へ。

「何だ? もう済んだのか?」

 きょとんとするポルナレフに、千時は、息を切らしながらイギーのリードを押しつけた。

「犬、入れないでって、言われちゃった…。持ってて」

「ガードマン代わりだろ。そういう約束だぜ」

「ああー…じゃあ、今回は場所教えるから。こっち」

 千時はポルナレフを連れ、角を曲がってモスクへと向かった。

「そこのモスクなの。中の大学に用があって」

「だ、大学…」

「そんなに心配じゃないでしょ?」

「…おまえホント、何者なワケ?」

「んんー忍者とかかもしれない?」

「オーウ今そういうのノる気分じゃねえ」

「ごめん。でもほら、ここで待っててくれればいいから。まだ学生だらけだし、何かあればすぐ分かるでしょ」

 ポルナレフを通りで待たせ、千時は一人、モスクへと戻った。あらためて露出のチェックを受け、パーカーのジップを一番上まできちんと引き上げて留める。

 受付の女性は留学生の相手で慣れているのだろう。こちらのたどたどしい英語を根気よく聞き取り、書類を確かめてくれた。手渡されたのは目的の物でなく、女性の手書きメモで、部屋の名前が記されていた。

 千時は奥の廊下へ向かい、途中、二人の学生を捕まえてメモを見せ、帰り道が分からなくなったあたりで、どうにかドアのプレートを見つけた。

 ノックしてドアを開けば、教員らしき初老の男性が振り返り、さっき内線で聞いたよとにこやかに出迎えてくれた。緊張でガチガチの千時に彼は椅子を勧め、お茶まで出して、財団に世話になり感謝しているというエピソードを流暢な英語で語った。それからやっと大きな茶封筒を出してきて、千時へ手渡し、今度は窓辺へ手招きした。おっかなびっくり従って、もう暗くなってきた窓の外、指さす方を見ると、校舎の裏手だったらしく駐車場がある。千時は意味を理解し、センキューを連発して、どうにか部屋を引き上げた。

 親切なおじいさんだったが、あまり時間がかけられない。

 さて。

 もう大学での用は済んだ。廊下を、元来た方向へ戻るわけだ、が。

「……どっちだっけ?」

 T字の突き当たり、左右が分からない。ここへきて方向音痴が出た。また学生を捕まえて受け付けどっち? を訊きたいのだが、誰もいない。

 意を決して左へ曲がってみたものの、突き当たりの部屋を覗くと、

「あれ? 図書館か?」

 通った覚えがない。いったいどこへ来ちゃったもんだか。

「間違えた…」

 呟き、慌てて出ようとした時だった。

「きみは心に穴があいているんだね」

 不意にはっきりとした言葉を聞いて、千時は振り返った。

 すれ違いざまに図書館の中へ入った大柄な男は、横顔だけでこちらを見た。

 ぶっちゃけよう。千時は、その瞬間には気付きもしなかった。言葉が理解できたため反射的に振り返りはしたものの、学生サイズじゃないと判断した瞬間にロリコンのナンパか誘拐だと思いこんで、陰になった腹のあたりしか見ていなかったからだ。

 千時は、あっさり言い返した。

「あいてない人なんて居る?」

 吸血鬼は、ふふ、と笑うだけだった。

 それと理解し、その理解を受容し、情報として判断を下すのに要する時間というのが、これほど長くかかるとは知らなかった。千時は自分の鈍さに驚くと同時、どうしようもなくただの群衆の一人であることに感謝した。体こそ動かなかったが、意識の中に恐怖は無い。

「…ほう」

 それを見透かした男は、おもむろに体を半分まで横へ向けた。承太郎やジョセフと同じだけある体躯は、見覚えのあるような無いような、奇抜な服に包まれている。

「私を恐れていないな」

「ミジンコがクジラ見たって、相手が何なんだか分かんないもの」

「自分をそんなふうに例えるのは良くないことだ…」

 声音はひどく優しい。耳に心地よく響く。

 千時は床に視線を落とした。

 …もしかして、太陽を懐かしんでいるのじゃあ、ないだろうか。服の色にそんな事を思う。明るい黄白色は、薄暗がりの中で見ても、陽光の色に似ている。

「きみは運命を信じるか?」

 男は、ゆっくりとこちらに、向き直りつつあった。

「私は以前から、きみに会いたいと考えていた。そして偶然にも、出会った…。これは運命に違いない。私と友達になろう。話をしようじゃあないか。…きみなら、きっと私のことを理解できる」

「知ってる」

 千時は即答した。

「私だって世界にはウンザリ。でも、誰だってそう。だから私は、あなたが同じようにウンザリしている事が嬉しい。あなたの傲慢さを喜ばしく思う。あなたが今も結局人に過ぎないということだから」

 その瞬間、男が僅かに動いた…ように見えた。実際にはよく分からない。

 千時が視界の端に認めたのは、薄ピンク色の片手が大きく広がり、ハーミットパープルと似た蔦のようなものを弾いた事と、弾かれたそれが勢いよくうねり、男の逞しい腕を折り畳んで拘束した事。

 転げるようにその場を飛び出し、元の廊下を見つけるまで、どこをどれだけを走ったのかも分からず闇雲にただ駆けた。受付の誰かに声をかけられた気もしたが、それどころではない。校舎を飛び出し、前庭を抜けて道路を戻る。見慣れた銀髪が視界に入った時は、あまりの安堵に足がもつれた。派手に転んで、それでも痛みを感じる間すら惜しく立ち上がり、また走る。向こうも駆けてきてくれて、千時は、そのままポルナレフの腰に抱きついた。

「どうした!? 敵か!?」

 頭上から降る緊迫した声に、返事をしようとしたが、声が出ない。さっきまでどうという事も無かったのに。どうにか首を左右に振って、抱きつく腕に力を込めると、大きな手が後頭部と背中に押し当てられた。

「本当にどうした? 大丈夫か?」

「なんでもない…、うん、ちょっと、へ、変なおっさんに声かけられて、パニックになった…」

 おっさんだって。笑っちゃう。少し震える喉を叱咤し、どうにかこうにか唇の両端を吊り上げて、それでも手を離せない。心臓は破れそうなほどの鼓動を刻んでいるのに、四肢から血の気が引いている。

「お、おっさんても、もしかしたら学生だったかも…私、こっちの人の年齢分かんないから…、いや、もう、びっくりしちゃって、ハハ、T・Tが助けてくれた…」

 抱きついていた体がわっと下へさがったと思ったら、千時は、ひょいと抱え上げられていた。

「足ガクガクじゃねえか。ったくもう、こっちの肝が冷えるぜ。おら、イギー! 帰ンぞ!」

 ポルナレフはそのまま踵を返し、どこかへ怒鳴った。遙か下から、チャッチャッと地面を蹴る軽い音がする。

 肩は固くて居心地が悪いし、首から匂う香水も近くて強すぎたのだが、千時は、そこに顔を押しつけたまま、もう動く事ができなかった。

 

「おい。下ろすからな、立てるか」

 ポルナレフが止まり、千時を立たせたのは、どこかのベンチの前だった。

「え、どこ」

「ホテルの近くだ。そのまま持って帰ったら、またアヴドゥルに怒られちまうだろーが。どうせもう遅いってのは怒られるだろうけどよ。とにかく、いっぺん座って落ち着け」

 言われるままベンチに腰を下ろし、ぼんやり周囲を見回すと、そこは昼間に通った覚えのある路地の一角だった。小さな広場で、いくつか置かれた他のベンチは空。普段なら治安を警戒するところだ。が、まあ、人間相手の治安が云々を遙か彼方へフッ飛ばす危険に遭遇してきたのだから、今更。

「だから一人になるなって言うんだよ」

 ポルナレフは隣に座って、煙草を吹かし始めた。

 …いや、だが、もし一緒に居合わせていたら彼は死んだだろうし、千時は連れて行かれただろう。それは容易に想像がつく。正面切って対峙して、間に合う相手ではない。

 紫煙が流れていくのを何気なく目で追っていると、千時は、不意に頭がクリアになっていくのを感じた。

「…そう。そうだ。今だ」

 正面切っては危険すぎる、なら、正面は避けるべきだとそもそもそれを伝えに来たのだから、

「今が一番良い、居ないんだアイツ、多分まだ…、ディオが館に居ないなら…」

「おい! 何の話だっつってんだろ、聞こえてねえのか?」

 ポルナレフに肩を掴まれた瞬間、今度こそ思考をはっきり取り戻し、千時はパッと彼を見た。

「ディオの館の候補が二ヶ所ある、上手くすれば確認できるかもしれない、今ディオ大学に居たから」

 男の指から煙草が落っこちた。千時は気付きもせずベンチを立ち、ショルダーバッグを座っていたところに下ろして、中からA4の茶封筒を取り出した。

「地図は…えっと、これと…これか、近くだから行こう、今行っちゃおう、そんで確かめて来よう、外観は違うかもしれないけど手掛かりくらいはきっと」

「おい待て!!」

 もの凄い剣幕で怒鳴りつけたポルナレフは、勢い込んで叫んだ。

「今のはどういう事だ!? テメエ何をしてきやがったッ!?」

「校舎で迷って図書館でディオに遭ったッ!!」

 思わず千時も怒鳴り返したが、すぐにハッとして周囲を見回し、声を潜める。

「だから今たぶんアイツ館に居ないから! 行こう!」

 ポルナレフは弾かれたように立ち上がり、千時の頭を、ぐわしッと思い切りつかんだ。

「あだだだだだポルナレフぃぃいたいたいたいイッ」

 大きな手で千時の髪を…特に前髪あたりをぐっちゃぐちゃにした男の顔は、これ以上無いほど青褪めていた。

「何もされてねえだろうな!?」

「ないないない痛いから! 無いから! T・Tが助けてくれたんだって!」

「どういう事かちゃんと説明しろこの大バカ野郎ッッ!!」

「いだだだだだこれじゃ喋れないイィィーッ!」

 頭蓋骨がッ! 万力に締めあげられたような頭蓋骨がッ!! 死ぬう!! 

「ディオよりポルナレフにヒドい目にあわされるなんて!」

 どうにか解放されたこめかみを撫でながら、片手は端を握りつぶしてしまった二枚の紙を渡す。コピー用紙にプリントされた、この周辺の地図である。それぞれ、黒塗りになっているのが疑惑の場所だ。

「何だこれ…」

 愕然としてポルナレフが呟く。

「歩きながら話すから、とにかく行こう」

 バッグを整え、肩にかけなおして、千時は歩きだした。

「どっちも美術館方面だから…えっと、こっちのはず」

「いや、おい、ダメだ行くな、こんな勝手な」

「いいから早く! 話すから!! ディオが帰って来ちゃったら危ないでしょうが!」

 イギーのリードを引ったくり、渋るポルナレフを追い立て、大通りへ出る。今日はもう三度目の往復か。

「簡単に言うと、日本出る前から財団の人に頼んでおいた物が色々あって、今日はそれを確認に行ったの。その地図もそう。私が私なりに探した結果の怪しい場所で」

「手掛かりを知ってたのか!? 何でもっと早く言わねえんだよ!」

「段取りが狂っちゃうからッ!! 何度も言ってるけど全員助けたいんだってば!!」

「それは分かってるが、しかしな!」

「だから後でホテルで説明すっから!!」

「分かった、違う! 後をつけられていた可能性は!?」

 えっ。

 千時は思わず足を止めかけたが、慌てて踏み出し、歩調を戻した。ポルナレフは落ち着いてきたらしく、正面を睨み据えて考え込んでいる。

「仕方ねえから事情はおいといてやるが、そういう事だと、さっき俺達が…お前が立ち寄ってきた場所が心配だ。ブツは全部受け取ってきたんだろうな」

「う」

「ええ!? この期に及んで回収しきれてねえのかよ!?」

「もッ…もしここまで後をつけられてたんなら! …戻っても無意味だし…、今から確認しに行ってそれこそ後をつけられたら意味無い。大丈夫、もしバレてたら分かる。消防署が派手に爆発炎上すると思う」

「爆発?」

「せ、セムテックスだっけ?」

「は!?」

「導火線式、信管? 雷管? …と、C4っていうの用意してもらってて」

 ああー隣の人がものすごい顔してるううぅぅ…! これだからギリギリまで言いたくなかったんだ。千時は、足もとでくたびれきった様子のイギーに目を泳がせた。

「おッま…!! そんなもん、なんッ…! どっから!?」

「どっからなんて知らないよ! 財団の人が手配してんだもん! 私はさ、細くてしっぽついてるやつとかって言ったんだけど」

「ダイナマイト!?」

「そうそれ、けど、中東だから流通路のあるC4の方がバレにくいとかで、粘土みたいのがこんくらいの箱に詰まってるの貰った。貰ったって言ってもまだ、消防署に置いてもらってるけど…、あ。あとなんか、ハンバーグ? をおまけしてあげるって言われたのは何を聞き間違えたんだと思う?」

「ハンバーガーでC2だろ、ドア開けるのに使う」

「…ふうん」

「ふーんじゃねえよ!! 爆弾だよ!! C4の親戚ッ!」

「へー」

「何なのお前!? ホントに知りもしないで手配してきたの!?」

「うん、いやだから私は頼んだだけなんだって」

 ダイナマイトやC4は、名前だけなら洋画やニュースで耳にするが、C2なんてのは聞いたこともない。ましてハンバーガー? なんで? いやむしろ何でポルナレフはそんな事知ってんの? 

 おまけに対する疑問はさておき。

「私の世界で読んだ何かに書いてあったんだけど、エジプトじゃ建物が石だから燃えにくいだろうって。アヴさんの火力なら溶かせるレベルの温度らしいんだけど、館全部を一人でカバーさせるのは無理でしょ。だからそういうわけで、…あーもうッ!! 詳しい事は後でまとめて説明するから! とりあえず今は写真の場所を確かめるのが先決ッ!」

「くそッ! この旅で一番ワケが分かんねえ! テメー覚えてろよ今夜は寝かさねえからなッ!!」

「分かった分かった後で好きなだけ聞いてやるッ!!」

 セリフの割に色気の欠片もなく喧嘩腰でやりあいながら、二人はカイロの雑踏を、掻き分けていった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。