では、どうぞ!
ギブソンとの出会いから時が過ぎ、俺は小学一年生になった。親父も時間とともに落ち着き、今では過度な練習をすることは少なくなったと思う。でも、ブルーオーシャンズで試合に出る機会が増えたから、結局忙しいのは変わらず、あまり家には帰って来ない。
それよりも、俺が小学生になったことにより、前よりも自由に行動できるようになったのだ。保育園の時はお爺ちゃんが向かえに来ないと外に出れなかったからな。今や夕飯の買い物も俺がやったりしている。
……さて、そろそろ学校に行くか。
俺は誰もいないアパートの一室を確認して、部屋を出ていった。
先生の話通りなら、今日から授業が始まるらしい。はっきり言って、面倒くさい。前世の記憶がある俺にとっては、いちいち小学生の授業を聞く必要なんてないしな。後、どうやら俺はまたしても小学校生活もボッチになりそうである。やったね、ボッチ最高。
今は昼休みになり、昼飯を食った俺は机にうつ伏せになり、寝ようとしていた。昼飯は親父が作ってくれた弁当だ。お爺ちゃんがあんまり来なくなったことで、親父は朝に弁当と夕飯を作って仕事へ行くようになった。
俺は一番後の窓際の席なので、日差しが眩しい。俺はカーテンを閉めようと、席から立ち上がる。外を見ると、子供達が楽しそうに外で、いろいろなことをして遊んでいた。しかし、意外なことにこの学校で、野球をしている人はあまり見たことがない。てっきり俺は野球がブームなのかと思ったので、少し驚いた。
カーテンを閉めた俺は、再び睡眠に入ろうと席に座り、机にうつ伏せになる。でも、そこで前の席から、大きな話し声が聞こえた。
……ほう。俺の睡眠を妨害するとは、ずいぶん生意気な小学生もいたもんだ。
俺はちょっとイライラした様子で、顔を上げる。話に聞き耳をよく立てると、″お前の父さん人殺しだ″、なんて聞こえた。なに、そのお前の母さんでべそ的なあれは。しかし、人殺しとは物騒な言葉を出すなー。
どうやら三人が一人に対して、集中的に悪口を言っているようだ。もう、誰から見ても分かるように、明らかないじめである。いじめられてる奴は金髪の男子で外人かな。別に、暴力を受けているわけじゃないし、俺は正義の味方でもないのでスルーしようとしたが、その三人が次に出した言葉を聞いて、思わず強く立ち上がった。
″人殺しの野球選手″
俺はこの三人が言っている野球選手というのが、ギブソンだってことが分かった。ということは、いじめを受けている子は、話的にギブソンの息子なんだろう。あの人に息子がいたのか……。
そしてついに、いじめっこの三人が悪口以外の行動に出る。消しかすをギブソンの息子に投げた。ガキか!……ああ、小学生だったな。
思わず、変なことを思ってしまったが、それだけでは終わらなかった。投げた消しかすの何個がギブソンの息子に当たらず、俺の頭に当たったのだ。
この瞬間、俺は大人気なくぶちキレた。
「ちょっと君たち……少しいいかな?」
「ああ?なんだよお前」
「俺たちの邪魔するなよ」
「そうだ、そうだ!」
やばい……見れば見るほど典型的ないじめっこだな。
「いやね、君たちの投げた消しかすが、俺にも当たったんだよね」
「だから何?」
……うぜぇ。
俺のイライラがさらに溜まっていく。
「いや、悪いことしたら、何かやらなくちゃいけない事があると思うんだ?」
「はぁ?」
「そんなの、ないよ」
「どっか行けよ」
この三人のセリフを聞いた瞬間、俺はいじめっこのリーダーであろう男子の耳元にあることを呪詛のように呟いた。それを聞いた男子は顔色が青くなり、他の二人を連れてどこかへ行ってしまった。小学生ちょろ。まぁ、ちょっと悪いことしたらどうなるか、教えて上げただけだ。
俺は放心している金髪の男子に声を掛ける。
「大丈夫?」
「うっ、うん……」
金髪の男子はなにか戸惑いながら、俺の質問に答える。
「あの三人多分、これからも来ないから安心していいよ」
「何で助けてくれたの?」
「別に俺にも消しかすが、とんできたから動いたまでさ。運がよかったな」
「そう……」
俺の一言を聞いた金髪の男子は、暗い表情をする。俺はその表情を気にせず、話を進める。
「後、俺が知ってる選手をバカにされたのが、許せなかっただけだ」
「もしかして、お父さんのこと?」
金髪の男子がその一言を言ってきた時の目は、少なくとも好きという感情を抱いている人の目ではなかった。俺にはその目に憎しみを感じた。
「ああ、ジョーギブソンのことな」
「……」
これは何があったかは知らないが、相当恨んでるな。見た感じ、まだ思ってることを表に出さないから、分かりにくいが。
「そんな怖い顔すんなよ」
「別にしてないよ」
「そうかい。あっ、お前の名前は?」
「……ジョーギブソンジュニア」
「なるほど。じゃあ、ジュニアって呼ぶわ。俺は茂野亮太、気軽に亮太って呼んでくれ」
「……」
おうおう。絶対心の中で、馴れ馴れしい奴だって思ってるよこいつ。
「その様子じゃ、家で家族に構ってもらってないんだろ。俺も親父がプロ野球選手で、家に親父がなかなか帰ってこないから、似たようなもんだな」
「うちには母さんや妹がいない……」
「そうか、なら尚更だな。俺には母親がいない。というか、顔を見たことがない」
「ごめん……」
「なに、謝ってんだよ。別に気にしないよ」
「……」
やばい、これ言わなきゃ良かったかな。この場に何か暗い雰囲気が広がる。
「仕方ながないな。この俺が日本での初めての友達になってやるよ」
「……」
「こらこら。そんな友達要らないなんて目するな」
俺はそんなジュニアのことを無視して、手を差し出す。
「何、その手?」
「握手だよ。知らないのか」
「……」
ジュニアは無言で、俺の手を取って握手をした。
「これから、よろしくな。ジュニア」
「……よろしく」
「さっそく、まだ昼休みもあるし。何かして遊ぼうぜ」
「何するの?」
「うーん、どうするか……」
俺が何をするか考えていると、ふと教室にあるボール入れに入っていた、小さなボールが目にとまる。
……よし、やってみるか野球。
「なぁ、キャッチボールでもやってみないか」
この出来事が俺とジュニアとの出会いであり、俺が野球を始める切っ掛けでもあった。