————ああ、安心した。
■
現実界に戻った直後、イリヤとクロ、士郎兄がいないことに気付いた私たちはただ祈る事しかできなかった。
すぐ戻らないと!と焦る心とは別に、あそこに戻ってもただ無力だ、と認識している私もいる。
美遊も、ルヴィアさんも、凛姉も、みんながどうしようもない無気力感と戦いながらどうするか話し合っている。
「…やっぱり、一瞬
「でも、それだと向こうでどんな危険が待ち構えているか…最悪、ジャンプの完了と同時にやられるかもしれませんわ!」
「だったらイリヤたちを見捨てるっていうの!?」
「誰もそうとは言っていないでしょう!?私たちが倒れたら元も子もないですわ!!」
言い争うこと数分、突如地面に魔法陣が展開された。
「これは———ッ!?」
突然のことに身構えているうちに魔法陣の輝きは増し———そこから士郎兄たちが、誰一人欠けることなく帰って来た。
「ッッ!!」
「よかった…っ!!」
「脱出…できたの…?」
『いやはやー、間一髪でしたね』
「なんだったのアレ…」
「この馬鹿!!!」
凛姉が叫ぶ。
「なんであんな見るからに死地ってわかる場所に残ろうとするのよ!衛宮くんもクロも残るし…無事だったからよかったものの…」
「無事…とは言い切れないようですね」
ルヴィアさんの視線はバゼットさんに向いている。
「いったい何があったんですの?」
「———地獄…いえ。神話を見ました」
重苦しくバゼットさんが告げる。
「…わかったことは二つ。あの英霊の正体は不明ですが…クラスはアーチャーです」
「「!?!?」」
そのカードの英霊はあの無銘の正義の味方で、バゼットさんが私たちがカード回収任務をする前に単身撃破したはずの英霊。
だからこそ。
「二枚目…」
同じクラスのカードがあるという事実。これは、他のカードにも言えることじゃないかって思えてくる。
「もはやあの英霊は私たちの手には負えない。カードの回収ではなく別の解決案を模索するべきだ」
「私も同感ね。正直2度も戦うのはごめんだわ。とにかく一度協会に指示を仰いで…」
凛姉の言葉が不意に途切れる。
原因は単純。
ビシッ!!と音が響く。
「なに!?何の音!?」
「これはいったい…」
「亀裂が広がって…割れていきます!!」
「ラルド!」
『全員、不測の事態に気を付けて———』
異音は止まず、取り返しのつかない悪寒が駆け巡る。
そして。
世界が割れた。
亀裂は大きく広がり、その奥の闇は深く見通しが利かない。
なのに。
根源的な恐怖を纏ったナニカは確かにそこに存在する。
斑模様に渦巻くような闇は、その裂け目から泥を垂れ流し、
「ア”、オ”オ”オ”■■■———!!!!!」
想定の外側の事態に遭って、誰一人動けない中真っ先に行動したのは———
「
「
ルヴィアさんと士郎兄だった。
ルヴィアさんが起動した術式に反応し、地下空間の壁が崩落していく。
「爆発!?」
「まさか最終手段を
「崩れる!」
「———
天井の崩落に合わせて士郎兄が放った矢は紅く、敵へと噛み付く。でも、すぐさま泥から飛び出した鏃に阻まれてしまう。
爆発の有効圏内で
「この間に!生き埋めになるのは敵一人で十分だ!!」
イリヤと美遊と私で、士郎兄、凛姉、ルヴィアさんを飛んで引き上げる。
クロとバゼットさんは自力で階段の手すりを駆け上がっているけど、その速さは私たちに引けを取らない。
「想定外のことが起こりすぎている———‼!敵がこっちの世界に出てくるなんて!」
『いったい
『…いいえ。恐らく…』
「多分、敵が最後に出した奇妙な形の宝具。あれが
「お兄ちゃん…?」
「士郎兄…?」
「どんな宝具を持っていようと…160万トンのコンクリートと720万トンの地層に押しつぶされれば———!!」
「いや…ダメ…かもね…」
下を見ていた凛姉が言うや否や、地層を砕きながら黒いナニカが飛翔した。
それは崩落する地下空間よりも、脱出しようとする私たちよりも速く岩盤を砕き、外へと飛び出した。
「なんてこと…」
「敵が…
「いくつ宝具を持っているのよアイツ?後出しで秘密道具を出されちゃかないっこないわ!」
ゆっくりと黒い船は市街地の上空を旋回する。
「市街地からなるべく離したいところだけど、空中にいる限り手出しはできないわね…」
「カレイドライナーの三人なら飛べます!」
「美遊、落ち着いて。確かに私たち三人は飛べるけど…近づいたところで勝算がなさすぎる。あの無数の宝具のうち一つでも市街地に落ちたら…」
「白野…。なら海側に誘導して地面に叩き付けるしか…」
「…こっちの全力は通用しなかった。だから…」
そう。
あの王に対抗するには同じように無限の武具を用いるか、それらを上回る究極の一を用意するしかない。
「————豚の鳴き声がするわ」
凛、としたこの場に似つかわしくない声が響く。
全員がその声に反応し———それ以上に告げられた言葉に驚愕し、振り向いた先に彼女はいた。
「全く。名家の魔術師二人に執行者が雁首並べてピイピイと…。白野、貴女も私の妹ならもっとしゃんとしなさい。
———貴女なら
「な…な…なんで、なんでここにカレン姉が!?!?」
というか何そのカッコ!?!?
「無様な女ね」
「妹…?白野、この女は?」
「えっと…」
「あら、貴女が留守の間、貴女の家の鍵を預かっていた教会のシスターのことを忘れているのかしら?」
「私は白野に預け———って、まさかあんた…」
「察しの通りよ。———初めまして。そこにいる岸波白野の義理の姉のカレン・オルテンシアと申します。先日は父がお世話になりました」
「え…白野の姉ってことは…まさか言峰の———!?」
士郎兄がまるで信じられないものを見たかのように絶句している。
「誠に遺憾ながら。あんな人格破綻者でも父です」
「なんでさ…」
「カレン・オルテンシア。聖堂教会所属。此度のカード回収任務のバックアップ兼、監視者です」
そんな士郎兄を尻目に、よどみなくバゼットさんが答える。
「保健の先生っていうのは嘘だったの!?」
「ウソというか…趣味?けがをした子供を間近で見るのが楽しくて」
「そうだ…カレン姉はこんな人だった…」
「私としてはいつの間にか
「!?」
「白野。それに貴方たち。表立って動くつもりはなかったのですけど、迷える子羊たちがあんまりに無様でかわいそうだったものだから助言を差し上げます」
ピシッ!と指を空に掲げ、月夜に浮かぶ船を指すカレン姉。
「道を見つけるプロセスなんて決まっています。——————観察し、思考し、行動なさい。貴女方にできることなんて、たったそれだけでしょう?」
「———”祈りなさい”じゃないの?教会の人間とは思えない言葉ね」
「信仰のない者に教えを説くほど疲れることはないわ。それに、これは教会の人間として以外に
————。
「白野。なにを悩んでいるのか知らないけど、貴女がここまで信頼する人よ。多少は気を抜いて、頼ってもいいと思うわ?」
「カレン姉…?」
「姉は何でも知っている。この世の真理ね」
「……街に明かりがありません」
妙に心に響くカレン姉の言葉の真意を謀る前に、美遊が気付く。
「正解。周囲一キロ四方に人避けと誘眠の結界を張ってあるわ。…それが私の仕事の一つだから。———さあ、これで人目を気にする必要は無くなったわ。では次は?はい、そこの日焼け少女」
「日焼け違う!あからさまな誘導が癪に障るわね。まあ、簡単に言うとアイツをどうするかよ。何故かさっきから浮いているだけで結局何もしていないわよね」
「意思がある、とでも?」
現象に過ぎないはずの黒化英霊にそんなものが…?と慄く魔術師二人を置いて、士郎兄が口を開く。
「聖杯、白野」
「?それがどうし———まさか!?」
「ああ。アイツが鏡面界で最後に発した言葉だ」
バッ!と全員が私を振り返る。
その中でも特に、カレン姉の目はまるで私を試しているようで。
ーーーああ、そうか。
唐突に理解した。
カレン姉の視線には、糾弾するような意思はなかった。そこにあるのは気遣いと好奇心。
私が、みんなに打ち明けられるかどうか試していたんだ。
この友人たちが、困難な状況下において
私を通して確かめようとしている。
”姉は何でも知っている”
その言葉の通り、いつからか気付いていたんだろう。
私が少なからず魔術を知っていると。
魔は魔を喚ぶ。
真っ当な光の中で生活していようと、それは素質を持つというだけで周囲に影響を与えているらしい。
だからこそ、逆境を乗り越える友人が出来るか気を揉んでいたのか。
まったく、私の姉は二人とも不器用すぎる。
「———私は、あの敵を———王様を止めるわ」
「王…様…?」
「みんな、今まで黙っていてごめん。私ね…もともとこの世界の出身じゃないんだ」
全員の目が驚愕に染まる。だけどまだ半信半疑みたい。
中でも、美遊は様子がおかしい。それでも話はやめない。
「転生っていうのかな。ばらばらのパズルみたいに、覚えていることは限られているけど…私には前世の記憶がある。それも…ここより未来の」
だんだんと、疑いの目線が薄れていく。
「私は…4人の岸波白野の人生の欠片の結晶。異なる世界で、転生を果たすためにその魂のデータを統合された岸波白野。吹っ切れたと思っていたけど…話してみたらまだわだかまりがあったんだね」
空中で旋回する船の音だけがやけに響く。
「それでも、今は関係ない。私は
ラルドから
王に対抗するには———王しかない。
『
「月の聖杯ムーンセルに、月の勝者岸波白野が告げる!」
轟ッ!と風が轟く。
「我が手に力を!彼の王の一端を!黄金の、王を!!」
夜空に浮かぶ月が、より一層輝きを増す。
私の魔力に反応したのか、はるか上空の王がこちらを見下ろす。
「月より来たりて、我が身に宿れ———!!」
こんな命令口調で怒られないだろうか。
…というか殺されそう。
「
◆
魔力の繭が白野を包み、その姿を覆いつくす。
そして―――。
「サーヴァント、ギルガメッシュ。
黄金の繭が解けると、そこには人類最古の英雄王の力の一端が顕現していた。
「———これが、私の
誰も、声を発せない。
「———行くわ。王様を止める」
グググ、と力を溜める白野を俺たちはただ見送る事しか―――。
「ああもうッ!!!」
吹っ切れたかのように遠坂が叫ぶ。
「白野!!!後でたっぷり説明してもらうわよ!!」
「もちろん私にもですわ!!」
「「だから!」」
「ぶっ飛ばしてきなさい!」「絶対負けるんじゃないわよ!」
そして二人に続くように。
「ハクノ…かっこいいね!」
「私も戦う…!」
強い意志を見せる
「全く…ハクノも超級の爆弾じゃない」
仕方ないとばかりに剣をクルクルさせるクロが言う。
俺も、どこかで怖がっていた。
この世界からしたら異端者だということは自覚している。だから、みんなに受け入れてもらえないんじゃないかって。
でも、勇気を振り絞った白野を見て改める。
———この程度で揺らぐような信頼関係じゃない。
この世界は―――きっと、もっと確かなモノだって。
「行きなさい!交戦はできるだけ避けて、白野をメインで!」
遠坂の声に後押しされるように三人が飛び出す。
飛べない白野はイリヤに抱えられている。
そして、黒く染まった王は———。
白野を一瞥し、飛んでくるのを目視したのか円蔵山へと進路を向けた。
話が進まぬ…。
納得できない方もいるかと思いますが、作者的に白野が事情を話す、ということは物語において大きなポイントと捉えています。もちろんあんな説明で凛たちは納得していません。それでも受け入れ、送り出すのは信用しているから。
転生してからの積み重ねがあるからこそ自分の知っている岸波白野を信じ、多少の無茶を聞く感じです。心の贅肉ともいう。
ツヴァイは主人公が一歩踏み出す話のつもりです。
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「
「そんな…どうしてここにあるの…!?」
「敵を———押し出す!!」
「あははは、こんなことってあるんだね。泥の僕とこの僕。ほとんどがあっち持ちってのが辛いね」
「王…さま…?」
「がはッ……。術式が起動しました———聖杯戦争が、始まります」
「全く。ここはどうしてこうも…いや。ここだからこそ、なのかな」
『8枚目のカード…その英霊です!!』
次回、31話 黄金の幼王。
泥が蠢く山の麓で、王と従者は邂逅する。
*内容は変更する恐れがあります。期待しすぎないでお待ちください。
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