いつかのそら   作:夕貴

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いつかのそら09

 新国連のフェンリル事件より3日、カノンと乙姫は同日中学校へと編入される事になった。乙姫は嬉しそうに、カノンは困惑の表情で。相対する顔で指示を受けていたのが印象的だった。島の子供達には昨晩乙姫に関する情報公開が成された。知らぬ子がどこから現れたのか納得のできる説明が思いつけず、何より乙姫自身が隠す意思を見せなかったためだ。コアというモノを知識の上では知りながらもそれが何なのか分からない同級生達に頬をつつかれている乙姫を見かけて灯華は安堵した。

 

 島の季節は盛夏を迎えるところだった。乙姫そしてカノンという新しいメンバーを受け入れるにあたって親睦会を開こうと言い出したのは咲良だった。海へ行こうと誘ってくれた咲良に涙を呑んで断りの返事をしてAlvisの下位層へと向かう。半日前、時間を考えない新国連からの通信が入ってきた。相手はミツヒロ・バートランド。元島民であり、真矢の父親だった人だ。彼は苦手だった。誰よりも一途にフェストゥムに力を注ぎ誰よりもフェストゥムを憎んでいた。人間でもない、フェストゥムに近しい灯華は彼にとって実験動物以下の存在だと、当時の彼の目が物語っていた。なるべく顔を合わさないようにとAlvisで避ける事はもちろん遠見家にもほとんど近づくことはなかった。ともかくその彼が島を訪れるという事が決定し、その前に隠さなければならない物を徹底的に隠すことになった。物質的なものは仕方が無いにしろ、データであればいくらでも隠すことができると灯華が呼び出されたのだ。

 

「おじさーん早い早い。ちょっと待って!」

「まだまだあるぞ。灯華ちゃんがんばれ!」

「ひー!ほんっと人事!」

 

 ファフナーブルクの前で小楯保と灯華は軽口を叩きながらデータの受け私を行っている。見られてはまずい、マークザインやクリエムヒルドの情報を乙姫に許可を貰いデータの最下層、ウルドの泉やコアの情報といって一部の権限を持つものだけがアクセスできる所に移動していき元データは破棄。いまのところこの部分にアクセスできるのは史彦、保、総士、灯華そして西尾博士だけという厳重なものだ。

 

「あと何分ですかー?」

「2時間ってとこだな」

「ぎゃー間に合うかなぁ」

「間に合わせてくれよ!」

「えーん!私も海に行きたかったのにぃ!」

「この前の戦闘途中抜けたんだから穴埋めと思ってがんばれよ」

「小楯さんひどい!あれは総士が無理やり抜けさせたんですよ!」

 

 前回の戦闘時、様子がおかしくなった灯華は強制的に排除され戦闘を抜けさせられた。その判断は間違っていなかったとは思うがこんな風に穴埋めをさせられるのは辛いものだ。

 

「そうそう。ミツヒロが帰ったらその検証も行うからな」

「えっ、いつですか?」

「帰り次第」

「明日ですか?」

「明日だな」

「・・・明日、学校ですよ」

「あきらめろ。あ、一騎君も呼んでおいてくれよ」

「・・・はーい。」

 

 2時間後、這這の体で終わらせる頃新国連の艦が近づいていることがアナウンスされた。保に共に出迎えるかと問われたが、灯華は疲労を理由に固辞し自室へと戻った。真壁の家に戻ろうかとも思ったが迂闊に出歩いて偶然、というのも避けたいためAlvis内に篭城する事を決めた。どうせ明日も朝からマークザインとのクロッシングの検証が行われるのだ。不貞寝でもしようとベッドの上に飛び乗った。

 しばらく情報端末で島内の新国連の動向を読んでいたのだがいつの間にか寝ていたらしい。

ふ、と乙姫から呼ばれた気がして目を覚ました。

 

「乙姫ちゃん?」

 

 一時の恒常的なクロッシング状態は乙姫により解除されたはずなので乙姫の声も灯華の声も直接互いに届くはずがないのだが、声をかけてみた。返事はなくそれが当たり前なのだが、その代わりに壁面パネルが通信を告げるアラームを鳴らした。

 

「はい」

『僕だ』

「どうしたの?」

『面倒なことになった。出られるか?』

「いいけど。どこに行けば良い?」

『ウルドの泉へ。・・・礼服を着てきてくれ』

 

 礼服とは名ばかりで、最近は専ら葬儀服としてのみ活用していた白い制服を?と疑問に思ったが言われた通り着替えてウルドの泉へと向かった。もしかして誰かが亡くなったのだろうかと思ったがそれならばすぐに葬儀場へと向かうように言われるはずだ。エレベーターは灯華の権限で対地理禁止区画、キールブロックへ進み扉を開けた。そこには既に白の礼服を着た皆城兄弟が待っていた。

 

「一体何事?」

「話はまだ聞いてないのか?」

「何も。礼服なんて、誰かが亡くなったの?」

「査問委員会が開かれる。僕達もそれに出る」

「査問委員会に?」

 

 子供達にはおおっぴらにできない事象を判断するための査問委員会。今までも幾度と行われ引越しという名の島外追放になった大人たちもいるが、今までそれに灯華や総士も関わった事はなく、後日詳細を知らされるのみ。出席したいと思ったことは一度もなかったのだが、一体何があったのか。

 

「時間がないから。灯華、手出して」

「ん?」

 

 乙姫が差し出した手に右手を差し出すと指を絡め掌を合わせた。左手も、と言われたので差し出すと同じようになった。

 

「ちょっとかがんでくれる?」

 

 身長差があるためか少し膝を曲げると額を合わせてきた。するとざっ、と音が鳴るように情報が脳に駆け巡った。乙姫が灯華のために知りうる情報を与えてくれたのだ。簡単な同化現象を応用したものだと教えてもらった。

 

「これ、他の人でもできるのかな?」

「無理だよ。私と灯華だからできるの」

「へぇ、でも便利だね」

「・・・あらかたは知ったか?」

「あ、うん。遠見先生たちが査問委員会にかけられて・・・皆はそれを助けたいのよね」

「ああ」

「それに乙姫ちゃんと私の名前を使いたい、と」

 

 弓子のやった真矢の情報改竄は服務規程違反であり、重大な反逆行為とみなされ一過揃って島外追放という選択肢を選んでもなんら可笑しくないレベルのものである。それを弓子は知っていたか知らなかったかは分からないが、それほどのものを覆すにはコアである乙姫そして元コアであった灯華の名を出さねばならないものであった。この島そのものであり、時代によっては神にも等しい存在である乙姫が是といえば全てが是となる。最終手段どころか禁じ手にも近しいカードを灯華も含め2枚も切るという。

 

「真矢を守りたい?」

「彼女は貴重な戦力になりうる存在だ」

「分かった。じゃあ出る」

 

 総士の返答は曖昧なものであったが灯華としても真矢を島外になど出させたくない。ましてやその思惑にミツヒロが関わっているなら尚更。苦汁を舐めさせられたこともある彼に一矢報いるのもまた一興と思うのは性格が悪いだろうか。とかく、遠見母娘に分の悪い査問委員会は乙姫と灯華というジョーカーの出番により無事その身が竜宮島に留め置かれる事に決まり、そして真矢は竜宮島の戦力として数えられることになった。

 弓子の隠していた真矢の能力は一騎には劣るものの、それは即戦力として申し分ないものであった。総士や乙姫、史彦といった上層部の前ではじめての訓練でその能力を開花させた。今まで居なかった遠距離による狙撃手の組み込みは戦いに大きな変革を齎すのだが、総士はまだ実戦に投入するのは早いと零し乙姫に呆れられていた。

 そんな真矢の訓練の様子を見たいと灯華は進言していたのだが、それよりもこっちが優先だと保と容子にクリエムヒルドに叩き込まれた。灯華と一騎、クリエムヒルドシステムとマークザインのクロッシングの調子をみるためだ。先日の不調が一体何だったのか。灯華の体感的には不調ではなかったのだが、傍から見れば不調以外何ものでもなかったため渋々言に従いニーベルングに指を通した。

 

「マークザイン認識。クロッシング」

 

 ジークフリードシステムなしの単独クロッシングは初なので今までとなにか違うかもしれない、そう保に言われていたのだがシステム的には何も代わり映えはしない。はずなのだが。

 

「灯華・・・近い」

「やっぱり近い、ね」

 

 前回の戦闘時と同じく一騎と“近い”のだ。数値もグラフも何も変わらない。だが、一騎の全てが体感的に“近い”のだ。それは声にも現れ、灯華の聞く一騎の声は今までと同じシステムを介しているはずなのに、肉声のそれと変わらない。だが、それは決して――不快ではない。

 

「ね、一騎慣れるまで話そうよ」

「いいのか?」

「真矢の訓練終わるまで時間かかるだろうし。終わったら小楯さんが教えてくれるよ」

「そっか」

「ねぇ。新国連の基地ってどんなところだった?」

 

 今までと違うことが戦闘中に起こったためにあんな恐慌状態になってしまっただけで、灯華の提案による会話を続けるうちに段々と“近い”状態にも慣れていった。不快なものでもなく、ましてや悪影響を及ぼすものでもないと結論づけ保と容子に伝えると、2人のほうでもデータを見ながらその結論に同意したため2人だけのクロッシングは一騎の報告会と化したのだった。

 

「溝口さんがいっぱいいてぐるぐるまわってる~」

 

 ヴァーンツベックで本島に戻ってきたところでなにやら真矢の楽しげな声が聞こえてきた。溝口の前で真矢が笑いながら絡んでいるらしいが、その姿は見事なまでに酔っ払い。今まで初訓練をしていたはずじゃなかったのかと一騎と一緒に近くによると、溝口から丁度良かったと手招きされた。

 

「どうしたんですか?」

「シナジェティックコードの影響で酔っ払ってな」

 

 一騎の問いに溝口が答えると、真矢があはははは~酔ってないよぉと陽気な笑い声で合いの手を入れてきた。こんな風に酔っ払い化する人ははじめてみたので灯華は真矢の前に膝をついた。

 

「真矢~大丈夫?分かる?」

「あ~灯華だぁ。大丈夫大丈夫へーきだよぉ~」

「なんか酔っ払ったときの溝口さんみたいになってるよ真矢」

「え~それはやーだー。それよりもどこいってたの~?」

「一騎と特別訓練」

「え、いいなあ。私も灯華と一緒が良かったよぉ」

 

 真っ赤な顔のまま真矢が肩に腕を回し体重をかけてきたので尻餅をつきつつ抱きとめてやった。酔っているせいか全体重を上半身にかけられずるずると体が押し倒されてゆく。だというのに溝口は戦友になるんだから送っていってやれと言葉を残しどこかに去ってしまった。大人のくせに薄情だぁと言うとそうだねそうだねと同意しつつ真矢はそれまで以上に体重をかけてきた。

 

「あ、無理限界。一騎ヘルプ」

 

 パタン、と廊下の上で真矢に押し倒されてしまった。

 

「えへへ灯華ふかふかー」

「じゃなーい!ここは廊下。お風呂じゃない。OK?」

「えーケチー」

「一騎早くヘルプ!」

 

 真矢が灯華の上で不埒な動きを見せているせいか、健全な少年は真っ赤な顔をして後ずさっている。廊下のど真ん中での事に灯華は若干焦っているというのに、一騎はヘルプの言葉を無視して尚も後ずさる。こんな所誰かに見られたら泣ける、と思っていたところに足音が。終わった――そう思っていたが、聞きなれた声に安堵した。

 

「何をしているんだ」

「総士君と乙姫ちゃん元気~?」

「元気元気―!」

「よーしいい子だ」

 

 灯華と真矢の格好を見ても通常営業の皆城兄妹に少しは突っ込んでくれないと居たたまれないと思いながら総士に助けを求めることにした。

 

「総士ヘルプ!一騎使えない!」

「・・・本当に何をやっているんだ」

 

 総士は深いため息を吐きながら灯華の上でなにやら満足げな真矢を引き剥がし一騎に押し付けてくれた。女の子とはいえ同年代の子の体重は結構な加重で助かったぁと深呼吸をしなが起き上がると一騎が先ほど以上に真っ赤な顔をして慌てている。

 

「お前が責任を持って遠見を送り届けろ。戦闘指揮官としての命令だ」

「ええ!」

「灯華、今から時間はあるか?遠見の事で話がある」

「あ、うん。あるある。という事で一騎、真矢をお願いね」

 

 立ち上がり制服についた埃を払い総士と乙姫の後ろを付いてゆく。なにやら一騎と真矢が叫んでいるがばいばい、と手を振って2人と分かれた。

 

「乙姫ちゃんは今日はどこに行ってたの?」

「私は総士と一緒に真矢の訓練の見学」

「乙姫ちゃんも行ってたんだ」

「うん。真矢はとても頑張ってたよ」

「乙姫」

「はいはーい。あ、私は芹ちゃんの所に遊びに行ってくるね」

「了解。今日は遅くならないように気をつけてね」

「うん。行ってきます」

 

 近場にあった外部用通路を小走りでゆく乙姫の後姿は普通の少女と何も変わらないな、と思いながら見ていると無意識に足が止まっていたらしい。いくぞ、と総士に声をかけられそのことに気付き足を動かした。

 

「どこ行く?」

「僕の部屋で良いか」

「うん」

 

 近場の総士の部屋に入り、いつものように備え付けの椅子に座ると画面が表示されているタブレット型情報端末を渡された。そこには今日の訓練時のものと思われる真矢の戦闘情報が載せられている。シナジェティックコード形成数値は既存の乗り手の中では下位であるが、狙撃の腕は優れているらしく溝口からの太鼓判を押すコメントも添えられている。

 

「総士の感想は?」

「・・・使える、とは思う」

「近接戦闘に特化した機体ばかりだったから、遠距離攻撃機体があるだけで凄く助かる面は多いよね」

 

 総士は灯華にドリンクを渡し、向かい合うようにベッドに座った。

 

「狙撃の腕は確かに驚くべき程だ。だが彼女はまだ一度も戦場に立った事がない」

「けど、戦場に行った事はあるよ」

「・・・そうだな」

 

 気乗りしない様子の総士に灯華は肩を竦めた。

 

「大事な友達だもん。ファフナーに乗せたくないよね。コード形成数値が低いとはいえ、一度乗ってしまえば同化の一途。甲洋君みたいになる可能性だってある」

「ああ」

「でも、戦力は戦力として数えなきゃいけない。――多分私達がどうこう言おうと、大人は真矢を戦力して数えるよ」

 

 子供は守るものとしながらも、子供でなければファフナーに乗れない背反は大人達を苦しめる事象であれど彼らはその決断をするのだ。1年前に行われたL計画が実行されたことからもそれは見て取れるし、だからこそ灯華はこの島の大人は信頼に値すると思えるのだ。すべき事をきちんと成し、かといって自分たちの心も素直に見せる。島を守るためには仕方の無い事なのだと頭を下げる大人だからこそ、子供も素直に従えるのだ。

 

「少しでも長くこの島を守るために。少しでも島民を生き永らえさせるために。それは私達の願いでもあるしね」

「灯華は優しいな」

「そうじゃないよ」

 

 灯華は端末をテーブルの上に置き自分の指を眺める。この前より少し濃くなった赤い痕を指でなぞるのは最近の癖になっている。

 

「多分、次に居なくなるのは私だよ。私の次にクリエムヒルドに乗る人は見つかってない。・・・だから少しでも戦力を上げておきたい」

 

 指輪の痕が日々濃くなっているように思うと千鶴に言えばそんな事は無いと言っていた。ただの錯覚なのだろうが、身体の刻限が迫っている事を持ち主に教えるためにそう見えるのだろうと灯華は思っている。その思いを考え出すと指が微かに震えてくる。

 

「やだな」

「・・・」

「まだ、ここにいたいな」

 

 小さく呟いてしまった居なくなる事への恐怖。生きていたいという望み。

 総士も同じ立場だというのに自分1人が弱音を吐いてどうするのだ、と顔をあげてごめんねと告げようとするとその前に腕を引っ張られ総士の腕の中に収められた。温もりと香りに反射的に総士の背に腕を回し制服を握ってしまう。

 

「乙姫ちゃんだって、総士だって同じなのにごめん」

「誰だって居なくなるのは怖い。僕だって・・・」

 

 最後まで言葉が続かなかったのは男の子としての矜持なのだろう。灯華が腕に力を込めると総士も応えるように力を込めた。暫くして力を緩め総士を見上げると、目が揺れていた。見ない方が良いと判断し目を閉じると総士がキスをしてきた。背に回していた腕を総士の首に回すと、今度はぶつける様にキスをしてきたのを受け止めた。

 

「居なくなる時は傍にいる」

「・・・うん」

 

 2人縋り付きながら、守れない守られない約束をして居なくなる事への恐怖を少しでも薄めるのだ。

 

 

 

 

 次の日真矢は戦場に立ち、見事な戦果をあげた。

 

 

 

 

 

 

 


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