いつかのそら   作:夕貴

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いつかのそら06

 一騎が島を出ていった。疑惑のあった由紀恵との逃亡は一部では聞くに耐えない醜聞となっているようだが今の総士にはそれを打ち消すための行動を起こすことはあまりにも億劫だった。一騎なら、言葉にする事が苦手な自分の気持ちいつか汲み取ってくれるはずだと独りよがりな期待を胸に抱き、それが叶えられなかったからと1人落ち込み。なんて自分勝手なのだと分かっていたが、それでも沈み込む心を押し上げることは困難だった。せめて、といつも傍らにあった存在を期待して目で探すもそれも今は無い事に握った拳に今以上に力を込めた。

 

 ∽

 

 一騎と由紀恵が出ていった後の真壁家の一室で溝口と史彦2人が顔を合わせ出来事の原因をこれからについて話し合いを行なっていた。だが、なぜ一騎が島を出ていったのか直接的な要因は憶測でしか測れず、また主力のパイロットと機体がいなくなる緊急事態にも関わらずそれを補う他パイロットの育成が間に合っていない。先の見えない話題を少しでも変えようと溝口は最近見ていない灯華について話を向けた。

 

「そいや、灯華は?俺、何処に居るのか知らねぇんだけど」

「灯華は、要さんの家に居る。熱を出してるらしいが…」

「まぁ看病なんかは女の人にやってもらうほうが良いもんな。お前じゃお粥つくるのもハードル高いじゃねぇの」

 

 溝口の言葉に流石にむっとした史彦だが、お粥などここ十数年食べたことはあれど作った事がない事を思い出し言い返す言葉が見つからなかった。

 

「まぁ男親じゃぁ中々手出しできない部分もあるよなぁ。一騎と違って」

「まぁ、な」

「その辺りは要センセに任せるしかないか」

「――なぁ、溝口」

 

 それまで回していた電動ろくろと土に触れていた土まみれな自分の手をじっと見つめ脳裏に昔を思い出した。

 

「俺はちゃんと親をやれているか?」

「は?」

「一騎と灯華の親を、ちゃんとやれているのか?」

 

 灯華は産まれる前に、一騎はまだ彼の記憶も定かでない幼い頃に母親を失っている。その2人の保護は史彦に一任されがむしゃらにやってきたが、その結果が一騎は出奔。昔から何かと一騎にひっついていた灯華は家には帰ってこない。

 

「まぁ、なんだ…俺に聞かれても分からん。俺は子供がいねーからな」

「…そうだな」

「とりあえずわかるのはこれだ。俺に聞くな、2人に聞け」

 

 ちらり、と溝口の方を見ると良い事を言ったとばかりに胸を張っている姿に苛立ちを憶えて口を開いた。

 

「聞けないから聞いてるんだろう!」

「あ、それもそうか」

 

 ∽

 

 咲良の家はいつも穏やかな空気を感じると、部屋から庭先をぼぅっと眺める。昔から何度も通った家だったが、こんな風に客間に泊まるのは初めてだった。泊まる時はいつも咲良のベッドで一緒に寝ていたが背も伸び、しかも今回は病人のため澄美が開けてくれたのだ。今日は澄美はAlvisで、咲良は学校に行っているため1人でずっと要家にこもっている。なんとなく本を眺めたり、部屋の縁側から庭に出てみたりするも結局は縁側に座り込み何も考えずにぼぅっとしているのだ。もう何も考えずにいられたら、どんなに楽だろう。

 

「お帰り、咲良」

 

 砂利が踏まれる音がしたため、最近のように咲良が庭先から帰ってきたのかと姿を見る前に声をかけたがいつものように返事が帰ってこない。視線をずらせばそこには。

 

「灯華」

「…総士」

 

 少しだけ気まずい空気が流れた。それを打ち消したくて、灯華は自分の隣をぽんぽんと叩きそこに座るように促すと総士は素直に従い座った。そこから2人、要家の庭をそしてその向こうにある――

 

「海を見ているのか」

 

 総士の言葉に小さく頷いた。高台にある要家からは庭先から綺麗に海が見える。

 

「体調はどうだ?」

「もう、大丈夫」

 

 熱を出しただけだったので、次の日には殆ど回復していたが動きたくなくて、現実を見たくなくてずるずると咲良の傍に居た。ここ数日澄美も何も言わなかった事から目こぼしをしてくれていたのだろうが、総士が来た。それはこんなモラトリアムはもう過ごせないという事なのだろう。

 

「次のパイロットを選出する」

 

 それは、Alvisの判断なのだろう。

 

「もう僕達には時間が無い。司令部もそう判断し、選定作業に入ろうとしている。だから、灯華戻ってくれ」

 

 ああ

 

「もう、一騎は居ないものとするしかないんだ」

 

 一騎が居ない。帰って来ない。灯華の傍から居なくなってしまった。

 ぽたり、ぽたり。音を立てて止まらない涙が頬をつたい膝上で組む手に落ちる。それに驚いたらしい総士が目に見えてうろたえているのが、少しおかしい。

 

「一騎は、帰ってこないの?」

「司令部も、僕も、そう判断した」

「悲しいな。寂しいな」

 

 でも嘆いても彼は帰って来ない。昔、泣いている灯華を宥めるのは総士や咲良だったが涙を止めるのはいつもいつも一騎だった。傍に居ない一騎を求めて泣く灯華を笑顔にするのはいつも一騎の役目だった。灯華にとって一騎は誰よりも特別な存在であることは誰にも明らかで、一騎も灯華を何より大切に扱っていた。だからこそ灯華は一騎を戦いに狩り出す事を心苦しく思い、一騎は灯華がいるからとファフナーに乗り続けた。それは総士も同じだった。同化をしたいと思う程大切に思っていた友人が、島を自分をそして灯華を捨て出ていった事に落胆し激怒し、そして諦念を思った。だからもう、早く灯華にも諦めて欲しかった。一騎という存在を。

 

「僕が、」

 

 未だ海か目をそらさない灯華の邪魔をするように目の前に立つ。すると灯華が総士を見上げ、それに総士は少し充足した。

 

「僕らは、ずっとここにいる。この島に居る」

「そう、し」

「僕らは、絶対にどこにも――いかないんだ」

 

 僕が、そう言いかけたのは心の奥底に押し込めている言葉が漏れたのだろうが寸前で留める事ができた。だが、言葉は止められても伸ばした腕は言う事を聞かず座る灯華から海が見えないように負いかぶさるように抱きしめた。ゆっくりと自分の背に伸ばされた腕が総士の服を握っている。

 

「僕らは竜宮島に居るんだ」

 

 その2人の様子を伺っていた咲良は声をかけずに静かに後にした。総士を案内した手前少し離れた場所で伺っていたが、立ち入れない2人の間に離れる事しかできなかった。

 

 

 咲良に続き、剣司と衛もファフナーに乗る事が正式に決定した。シナジェティックコードの形成値は他の訓練生徒に比べ良かったのだが、彼らもまた咲良と同様に変性意識の影響が非常に良く出ていた。剣司は臆病に、衛は正義漢に。特に衛に至ってはゴウバインという彼のためだけのヒーロー仮面を装着してファフナーに搭乗するものだから総士が何度も苦い顔をしている。だがそれで衛が心の安定を図っているものだから反対しようにも反対できない。確かに非常に、やかましいものだがそれがどこかコミカルで一騎がいない暗さを薄めてくれるようだ。戦いながらもどこか平穏な日は2日と持たなかった。ある一機の有人機が竜宮島上空を通ったのだ。それはこれまでも幾度かあった事で、何もなければどのまま通りすぎる存在だった。だが、今回は違った。その機体からある電波が発せられていた。

 

【この映像は人類軍の勇敢なる広報担当者により全世界に配信されている】

 

 史彦の命令で受信した電波の映像は初老の女性、ヘスター・ギャロップの力強い演説からはじまった。彼らは人類軍を鼓舞するためにこの行動をしているらしいが、そこで流される映像は人類軍ではなく、竜宮島のファフナー部隊がフェストゥムをなぎ倒してゆくものだった。

 

「人のもの勝手に使って、何やってんだか」

 

 映像を見た総ての人の言葉を代弁した溝口の言葉に皆が頷いた。

 

「でも、あれを見たら大勢の人がフェストゥムに勝てる気になるのは確かですね」

 

 弓子の危機感を持った言葉にもうなずけた。まだ一機しか奪取していないファフナーをこのように大々的に報じているのはマークエルフを解析し彼らなりの類似機体を作れるという自信の表れか、それとも更に機体を奪いにゆくという竜宮島への警告なのか。

 どちらにせよ、

 

「これではっきりしたな。一騎は人類軍に居る。案外素直に協力しているのかもしれん」

「世界の救世主になるつもりだったりしてなぁ」

 

 史彦に対する溝口なりの軽口だった。だが、友人の1人として彼女は黙っていなかった。

 

「違いますっ!!」

「ん・・・?」

 

 メイモニターの下、CDCから急に声があがった。覗き込むと真矢が泣きそうな声で必死に叫んでいた。

 

「一騎君はあんな風に見られるのが嫌だから島を出てったんです!!ファフナーに乗る前の自分を誰かに覚えてて欲しくて!!・・・なのに、誰も一騎君の気持ちを聞かなかったくせに!!なんで、皆そんな勝手な事ばっかり言うんですか?」

 

 誰にも口を挟ませない勢いで真矢は一気に叫んだ。誰も聞いてあげなかった一騎の思いを。それを聞いていた誰もが返す言葉を見つけられなかった。それは総士も灯華も同じだった。

 

「――でいいか?」

「っ……あ、ごめん聞いてなかった」

「……またか。少し休憩しよう」

 

 Alvisにある総士の部屋で今後の戦闘について灯華と総士2人で顔を付き合わせて話し合っていた。

 最後の戦闘から2日。パイロット達には久しぶりの休息となったが、戦闘時に司令部を勤める2人にはこの間に作戦指揮の確認をしておこうと思っていたが、数時間前の真矢の言葉のせいか灯華は何度も意識を飛ばし上の空になっている。

 

「ほら」

「あ、ありがと」

 

 部屋に置いてあったドリンクボトルを灯華に渡すと素直にそれに口をつけた。

 

「さっきの遠見の言葉を気にしているのか?」

「気にならないって言ったら嘘になるよ。なんか、もうぐさっと」

 

 座っていた椅子の背に思い切り体重をかけてよりかかる。

 

「私、一騎が出ていった事だけが悲しかった。それだけだったの。悲しくて寂しくて、ちっとも一騎の事考えてなかった」

「それは、」

「なんで一騎がこの島から出ていったのか。何を思っていたのか。全然考えようとしてなかった。あれだけ傍に居たのに……ああ、悔しいなぁ。真矢にはわかったのに」

「遠見の能力だろうな」

「うん。でも悔しい。一騎の事、分かってたつもり、だったんだねぇ」

 

 灯華の一騎に対する言葉はそのまま総士を傷付けると分かっていても止める事はできなかった。一騎がどれだけ必要としていても大切にしてなかったのだと、真矢に言葉で突きつけられた。

 

「それは、僕もだ」

「ごめん。ちょっと意地悪な事言いすぎた」

「いや。僕たちは確かに傲慢だったんだろうな」

 

 家族だ、友人だと口では言い、そのくせシステムという機械的なモノで繋がっているから大丈夫だと無意識な部分で思っていたのだ。ジークフリードシステムというモノでつながっていたとしてもそれは戦闘中のこと。普段は何を感じ、何を思い、どう行動するのかなど――顔を合わせなければ、話さなければ、分かりあわなければ、分かり合おうとしなければ分からないものだと漸く子供たちは気づけたのだ。

 

「会いたいなぁ一騎に会いたいよ」

 

 素直な灯華の言葉に総士は自分のボトルをぎゅっと握り締めた。こんなに彼女が無防備に素直な言葉を紡ぐのははじめて見るものだった。それだけ一騎の出奔が堪えているのだろう。それは自分も同じだと、自嘲しここは彼女に倣って素直な言葉を吐き出した。

 

「……そうだな」

 

 そんな2人の素直な言葉が聞いたのか、次の日事態がまた大きく動いた。もう使用不可能だと思われていた衛星回線から出処不明な映像が全世界に配信されてきたのだ。それは前日とは違い、苦戦を強いられている新国連のモルドバ基地の姿だった。

 

「かつて無い事だが。・・・奴等なりの情報戦かもしれん」

 

 奴等がフェストゥムをさしているのだと瞬時にわかった者が一体どれだけいただろうか。フェストゥムとはケイ素生命体、乱暴にいえば土からできた泥人形なのだ。はじめは海中での戦闘すらできなかった存在が情報というものを理解し、それを利用するまでになったとは理解し難い。しかもそれを何故行うのか、ということを突き詰めてみれば、

 

「ばかな、奴等が俺達の感情を理解しているっていうのか?」

 

 溝口の言葉通りという事となる。

 その間も映像は尚も大量のフェストゥムに襲われる新国連の基地を流し続ける。それに混じってフェストゥム達と交戦する新国連のファフナーも映し出されるも、すぐに破壊されてしまっている。だが、一機動きが異なるものがあった。しばらくその映像を見ているうちに灯華は自分の目がおかしくなったのかと思ってしまった。脳裏に浮かぶ動きと重なるのだ。

 

「「か、ずき?」」

 

 期せず、総士と言葉が重なった。

 

「間違いありません。あの動きは一騎です!!」

「二人がそう言うなら間違いねぇなぁ」

「だったら助けに行かなきゃ!!」

 

 下部にあるCDCから今日もまた真矢の声が響いてくる。なんだか毎日真矢に怒られているなぁと思ってしまった。

 

「あれが一騎だという保障はない」

「灯華、皆城君!!あそこに一騎君が居るんでしょう?助けに行こうよ」

 

 真矢の叫びに冷静に返す史彦。しかし真矢はそんな史彦を気にせず灯華と総士に向かって叫ぶ。慌てて弓子が真矢を宥めようとするが、それでも真矢は叫び続ける。

 

「何か出来るんでしょう?2人なら何か出来るんでしょう!?」

 

 弓子が後ろから肩を揺すり真矢を止めようとするが一向に真矢は口を閉じようとはしない。それどころか一層声を荒げて灯華と総士に問いかける。

 

「無理だ」

「あんな場所にファフナーを出撃させるなんてできない。モルドバは……遠すぎる」

 

 そんな真矢に灯華と総士は力なく“できない”としか答える事しかできない。

 

「誰も行かないんだったら、あたしが行く!!ここで何もしなかったら翔子に悪いもの」

 

 真矢は体を揺すり弓子の腕から逃れ、そう宣言するように一際声を大きくして叫ぶ。それだけ強い意志が真矢にはあった。

 

「翔子は行ったよ、戦ったよ。一騎君のために。皆の為に。……何であたしが行っちゃ行けないの!?」

「真矢・・・一騎1人の為に、島を危険には晒せないの!!」

 

 灯華はそんな真矢の叫びを聞いて思わず叫んだ。目の前にある機械に手を付き、身を乗り出し真矢の方を向きながら。

 

「そんな…どうして……」

 

 真矢は落胆した様子を全身で表しながら灯華を見るとその目から涙をあふれされていたがそれを気にすることなく灯華は叫んだ。

 

「行きたい。私たちも行きたい。でも、今ファフナーを出してしまったら島を守れない。皆を、守れないの」

 

 灯華はそんな自分の様子に気付いていないかのように更に身を乗り出して真矢に叫ぶ

 あまりにも身を乗り出し落ちそうになっているので、総士は後ろからその身を引っ張り立たせた。しばらく沈黙が続いたが、それを破ったのはこのような空気を苦手とする、溝口だった。

 

「あーそういやぁここんとこずっと働き詰めで休暇が大分残ってたなぁ。今からしばらく第3待機にさせてもらうぜ」

「待て。何処へ行く?」

 

 史彦の問に溝口は簡潔にモルドバだ、と答えた。それを皆が反対するも溝口は我関せずにひょうひょうと部屋からでる素振りをさせ、あまつ真矢に一緒に行くかと問いかけた。それに間髪いれず真矢は頷いた。

 

「私、行きます」

 

 気が変わらぬうちにと、溝口と真矢は数時間のうちに竜宮島から飛び立ってしまった。モルドバまで高速機を使って半日強の距離だが、それは軍人の溝口だけの時で真矢が同乗するとなればもう少しかかるだろうという目算だ。小さくなる機体を見送りながら隣に立つ総士に灯華は話しかけた。

 

「また、真矢に先を越されちゃった」

「だが、僕たちはこの島を離れられない」

「うん」

「だから溝口さんと遠見と、一騎を待とう」

「うん」

 

 彼らが帰ってくる場所で、待とう。

 


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