いつかのそら   作:夕貴

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いつかのそら05

 クラスメイト2名が居なくなった重苦しい教室内では皆が言葉少なかった。戦時中でしかもメモリージングを開放された子供たちが勉強する意義とは一体何なのかと1人ノートに取り留めもなく落書きをしながら授業を聞き流す。一騎も気がそぞろなようですぐ横にいる灯華が彼の方を幾度向いても気付いた様子はない。普段ならすぐに気がついてくれるのにと少し寂しく思いながら、気の入らない授業を聞き流すため机の上に突っ伏した。

 

「総士、話がある」

「……分かった」

 

 放課後、皆が帰宅準備をしているとこで一騎が意を決したように総士に話しかけていた。2人はその場で会話をする事を選ばずどこかへと向かうようだ。2人の後ろ姿を少しだけ見つめその後ろをついてゆく事にした。

 2人は戦場の痕が生々しい海岸を会話の場所へと選んだ。灯華が後ろをついてきている事を総士と一騎の2人が気づいているかは分からないため、入り組んだ護岸の片隅で2人の話を聞くことにした。

 

「どうしても聞いておきたいんだ。ファフナーと俺達、お前にとってどっちが大切なんだ?」

 

 翔子が甲洋がいなくなり一騎が何かしら考え込んでいる最中に出くわすことが多々あった。どうしたの?と問いかけてみてもなんでもないとはぐらかされる。灯華には言えない事、彼がそう口を閉ざすのは総士の事だけだった。だからこそ灯華はそれ以上口を挟まずに一騎の心のままに任せていた。だが、それで良かったのだろうか。まさか一騎の口から己の存在意義を問いかける事が起ころうとは思いもよらなかった。

 

「……どんな返事を期待しているんだ?」

 

 総士は総士の立場、考え、想いがあり一騎のその問いに心のままに応える事ができないと灯華には分かってしまう。その場を取り繕うための言葉を紡ぐだけの小器用が無い事も知っている。

 だから、

 

「ファフナーだ」

 

 そう答える総士の言葉に深く深くため息をついてしまうのは呆れからか諦めからか、憐憫からか。そう思えるのは灯華が一騎以上に総士の立場もこの島のあり方も、世界についても明るいからだと彼女自身で思い至れなかったのは、やはりまだ彼女も子供だということなのだろう。

 

「僕に必要なのは、この左目の代わりと成るものだけだ」

 

 そのため灯華は一騎を慰める適切な言葉を思い浮かべられず一騎が走り去る姿を見送り、1人まだ埠頭に佇む総士の隣に静かに立った。何も言わないところをみると灯華が近くにいる事にきづいていたようだ。

 

「総――「僕は本当の事を言ったまでだ」

 

 灯華の言葉に覆いかぶさるように総士は一息で言い切った。その言葉に灯華は何もいう事はなく小さく頷いた。そう彼にとっても彼女にとっての存在意義はファフナーでありこの島である。それが分かるのはこの島では互いに互いだけ。それはとても寂しくて悲しくて、少しだけ甘美なものだった。

 家に帰り一騎の顔をまともに見ることができると思えなかったので総士と共にAlvisへと戻り、そのまま部屋を共にした。珍しく夜中目を覚まし、総士のベッドから起きAlvis最下部へと進んだ。そこではいつものように乙姫が静かに眠る。

 

「乙姫ちゃん。ねぇ、私……いいのかな?」

 

 真夜中でも日中でも静寂を保つ場では灯華の声だけが響く。それは乙姫に問いかけながらも、言葉は己にも響き自ずと自らにも問いかける形になる。

 

「私は卑怯だ。一騎に嫌われたくないから総士に全てを言わせながら、一騎を慰める言葉も見つけられない。絶対一騎、傷ついてるのに私は総士に縋り付いて……」

 

 本当に嫌になる程自己保身が強い、と呟くも乙姫は何も伝えて来ない。それが答えのような気がして早々に場を去った。

 総士の部屋に戻るか、それとも自分の部屋に戻るか。分岐点となる通路で灯華は自分の部屋を選び左に折れた。そして寒々しい自分の部屋に一歩足を踏み入れた途端足から崩れ落ちた。

 

「―――いたい」

 

 呼吸もままならなくなる程の痛みが全身を襲う。フラッシュバックだ。戦闘時、クリエムヒルドに乗ることによりファフナー搭乗者の痛みを共有する。それは実際には負っていない傷の痛みを感じるという脳にとって矛盾する出来事は、それを解消するかのように戦闘後も痛みを再発させる。まるで本当の傷が痛むかのように。床に激突した衝撃も体を駆け巡る痛みの前には霞んでしまう。意識を失えたほうが楽になるのだが、この時は異常に脳が活性化しているらしくそれは望むことができない。できるのは対処法としての投薬だけだ。痛みの波が緩んだところで必死で体を動かしポケットの中に常備しているタブレットを無理やり飲み込んだ。一番効果が出やすいのは注射形による液薬の摂取なのだが、痛みを抱えた腕で己に針をうまくうてないことからそれは禁止されている。タブレットは飲むだけで楽なのだが効果がでるまでに時間がかかる。

 

 痛いなぁ

 

 痛みにより声を出すことすら億劫なため脳裏でそう呟きなんとか痛みをやり過ごす。一体どれだけの時間が経ったのかはわからないが、やっと薬が効きだしのろのろとベッドの上に這い上がった。びっしょりと冷や汗をかいているがもう一度シャワーを浴びる元気もないため、そのまま目を閉じた。

 明日の朝、シャワーを浴びたら一騎に会いに行こう。何のためにという目的は思い浮かべられなかったが、それでも一騎に会おうとまどろむ頭でそう考えた。

そのせいか灯華は朝早く目が覚めた。フラッシュバックの影響で体を動かすのも億劫だったので気ばかりが急く。シャワーを浴び終わりベッドの上で髪を乾かしていると外をバタバタと走る音がした。外は通路なのだから別に足音がしてもおかしくはないのだが、それにしても何人もの慌てたような足音が響く。戦闘なら何よりも誰よりも先に総士と灯華に通信が入るはずなのだが。それともシステム上で何かあったのかなとのん気にドライヤーで髪を乾かしていると警報が部屋中に鳴り響いた。戦闘時とも違う、聞きなれぬ警報音。

 

「島を出て行く者に、興味はありませんよ」

 

 飛び込んだ司令室に響いた総士の言葉。メインモニターに写るにはリンドブルムとマークエルフ。一騎のファフナーだ。ソロモンの応答を示す表示は出ていないのになぜファフナーが出撃しているのだ。

 

「なんでリンドブルムが出てるの!?あれを動かしてるのは誰?」

 

 誰かなど私たちが分からずして、誰がわかるのか。不安から総士に掴み掛かるも総士は視線を合わそうとはしない。

 

「落ち着け灯華」

「叔父さん」

 

見かねて史彦が間に入り灯華の腕を総士から引き離した。灯華は離された手を握り締め踵を返し司令室を後にした。

 手近な通路から地上に出てわき目も振らず早朝の島内を走る。まだひんやりとする空気が生乾きの髪を冷やしてゆく。時折住人に呼び止められそうになるもそれをすべて振り切りただひたすら走る。

 

「あ、灯華。おは…灯華?」

 

 それはすれ違った咲良にも変わらず灯華はその傍を走り抜けた。その妙な様子にランニング途中だった咲良は後をついていった。すると灯華は真壁家へと入っていった。

 

「一騎!!一騎!!」

 

 開け放たれた玄関から聞こえるのは灯華が一騎を呼ぶ声。泣きそうな声音に早く返事を返してやれよと咲良が思うもなかなか返事が聞こえてこない。その間にいろいろと扉を開け閉めしながら一騎を呼ぶ灯華の声がするもふ、とそれが途切れた。以降物音がしなくなったため恐る恐る幼い頃の記憶を頼りに2階にある一騎の部屋の前までゆくと、その前でペタンと座り込む灯華の姿。

 

「灯華どうした?一騎……?いないのか?」

 

 襖が開け放たれた一騎の部屋には誰もいなかった。Alvisにでもいるのかと咲良はとっさに思ったが、灯華の表情にぎょっとした。呆然と、涙を流しているのだ。

 

「一騎……どこ……一騎……」

「一騎がどうしたんだい灯華」

 

 そこで灯華はようやく咲良が傍に来ている事に気づいたらしい。そこでくしゃっと顔を歪めて泣き叫んだ。

 

「一騎一騎一騎一騎!なんでなんで!」

「ちょっと、灯華?」

「なんでどうして!」

 

 あわてて咲良が灯華の横に膝をつくと、腕を伸ばしてすがり付いてきた。それに咲良は必死になだめようとするも一向に涙と嗚咽がとまる気配はない。

 

「言ったのにっ……」

 

――『大丈夫。俺は霜華と一緒に居るよ』

 

「一緒に居てくれるって……言ったのにっ……」

 

それは幼い頃の約束だった。

それは他愛のない約束だった。

泣いている女の子に男の子がかけた優しい約束だった。

 

 

 

――『ぼくが、ずっといっしょにいてあげるから。だから、なかないで』

 

 

 

 

「一騎の奴、全然見かけないなぁ。Alvisで缶詰にでもなってんのかぁ?」

「え、知らないの?」

 

 今日は珍しく全く会わない一騎に剣司は不思議に思っていた。普段なら登学日には必ず来ていた一騎だったが、今日はまったく姿を現さずに放課後にまでなってしまった。しかも今日は総士も灯華も姿を現さない。彼らは戦いを強いられているため剣司たちとは少し違った生活を余儀なくされていると母親から聞いていたので、そのせいなのだろうと剣司は単純に思っていたがそうではないと衛が耳打ちした。

 

「それが噂なんだけどさ、一騎と狩谷先生が……」

「っえ!?……うっそーーそんな関係だったの?あの2人」

そんな2人を鉄棒の上から眺めていた咲良は顔を顰めた

「許されぬ恋。年の離れた2人の選択した道は、か・け・お・ち!!すげーすげーすげー!」

「うっさい」

「いってぇぇ」

 

 一騎と由紀恵の噂に興奮して身振り手振りを交えて大騒ぎする剣司に咲良は一発後ろから拳を振るった。鉄棒にぶら下がってしたものだから何時もよりも力がはいらなかったのが残念である。

 

「そんな洒落たもんじゃないわよ。あいつは怖くなって逃げただけ。敵前逃亡よ」

 

 敵、咲良の言葉に一騎の出奔はただそれだけ以上の意味を彼らに齎す事に2人は漸く気づかされた。今までフェストゥムと主に戦ってきていたのは一騎だ。主力がいなくなるという事は誰かにその負担がかかるという事だ。翔子も甲洋もいなくなった今、辛うじて咲良だけが使い物になるレベルの戦闘力で剣司と衛は未だサポートから抜け出せていない。だがこれからもそうは言っていられない。

 

「敵前逃亡したらどうなるのかな?」

「・・・さぁな」

 

 衛の疑問に軽く返事をして剣司は空を見上げた。一騎はリンドブルムに乗り島を出たという。何もかもを捨て、由紀恵の言葉のままに。

 

「でもさ、意外だよな」

「何が?」

 

 咲良が鉄棒の上から剣司を見下げた。

 

「一騎が灯華を置いてった事。だって、あいつ一騎いないとすぐ泣いてたじゃんかよ」

「泣いてたのずーっと昔の事だよ」

「でも一騎が居なかったら見つかるまでずーっと泣いてたぞ。俺、一騎が見つかるまで泣いてる灯華みてよーくそんなに涙でるなーって感心したし」

「そこは感心するより慰めようよ」

 

 幼い頃からの付き合いのある者たちにとって灯華の中心にいるのは一騎だと認識していた。段々と成長すると彼らの世界が広がると共に灯華の一騎への執着が薄まってきていると感じてきていたが、それでも一騎が灯華の手を離し放っておくとはどうしても思えなかった。考えた事もなかった。あんなに一心に慕ってくれ、そして大事にしていた灯華を一騎がこんな裏切りともいえる格好で。

 

「そんで灯華は?」

「さあ…それこそAlvisなんじゃない?」

「あたしの家だよ」

「へ?」

「え!?」

 

 一騎の噂が流れても総士はいつもの通りに登校していた。だが、その隣に灯華の姿はみえなかった。フェストゥムとの戦いがはじまって以来総士の隣に灯華がいる事が自然となっていたの総士が1人で行動しているのが不思議に映った。一騎がいなくなった事で灯華はAlvisで泣いているのかと剣司と衛は勝手に思っていたので咲良の言葉に驚いた。

 

「な、なんで」

「一騎が居なくなった日に偶然会ったの。そのあと熱出したからウチで看病してるの。Alvisには今居たくないって」

 

 咲良はそう言い、一回転して鉄棒から飛び降りた。

 

「灯華、熱に浮かれながらずっと一騎呼んでるんだよ。泣きながら」

 

 一騎の罪は敵前逃亡よりもっと酷いものだと咲良は告げた。

 

 

 


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