いつかのそら   作:夕貴

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いつかのそら03

 検査と着替えが終わりリクライニングルームで何かを飲もうと向かっていると狩野由紀恵とすれ違った。アルヴィス内では同僚の立場ながら1歩外に出てしまえば教師と生徒の関係のため灯華は軽く頭を下げて通り過ぎた。これが真矢の姉の弓子であれば立ち止まって世間話でもするのだが由紀恵の事は昔から苦手だったので万が一にでも話しかけられると面倒なため早足で通り過ぎた。何を飲もうかなと部屋に入るとぱしゃと水音がしたのでそちらの方を向くと紙コップが水溜りに落ちていた。

 

「誰かいますか?」

「灯華か」

「あ、総士。零したの?」

 

 姿は良く見えなかったけれど声で判断し、隅の道具入れからモップを取り出して総士が零したコーヒーをぬぐってゆく。めずらしいな、と思いながら紙コップをゴミ箱に投げ入れモップを元にもどし、総士用のコーヒーと自分用のジュースを手に椅子へと座った。

 

「はい」

「ありがとう」

 

 何時にもまして口数が少ないのは戦闘後の疲労と、公蔵が亡くなった事に対するものだろう。灯華もはじめての戦闘による疲労と、幼い頃からこの島の秘密を共有してきた数少ない友人を亡くし口を開く事はあまりできなかった。二人が死んだという実感があまりにも少ないのだ。フェストゥムによる戦闘では何も残らないのが普通なのだ。フェストゥムの攻撃を受けるとその存在を霧散させられ、自分達の“先輩”によれば同化現象が完全に進むと体組織総結晶化の後に砕け散り何も残らなかったという。そしてその先輩も最後には居なくなった。

 

「結果はどうだった?」

「予想通り。多分ずっと進行していくって」

「そうか」

「うん。しょうがないよ」

 

 戦闘後の検査結果でやはり、常のデータより灯華の体は同化現象が進行している事を告げられた。それはクリエムヒルドシステムだけでなく島を制御するシステムに総てに取り付けられているミールによるものだがこれの代用となるものは見つかっていない。

 

「私達が大人になるのが早いか、それとも」

「灯華!」

「ごめん」

 

―それとも、完全に同化してしまうのが早いかー

 

 常なら言いそうにない言葉を総士が遮った。自分でも思った以上に今日の事が堪えているらしく一気にジュースを飲み干した。どちらが早いかなど、考えなくても分かるというのに。

 

「家、帰るね」

「僕も一緒に行こう」

「え?」

「もう一騎も家に帰ってる頃だ。話がある」

 

 総士もコーヒーを飲み干し用済みになったコップをゴミ箱に捨てた。

 

「ちっくしょ・・・」

 

 一騎はいつもの家路を悪態をつきながら進んだ。自宅までの道のりをこんなに遠く、そして自分の体がこんなに重く感じることがあっただろうか。石段一段一段上るのも一苦労。ようやく自宅の玄関までたどりついたがそれを開く力が出てこず寄りかかり息を整える。荒い自分の呼吸音の合間を縫って石段から足音が聞こえる。なんとなく予想がつき、振り返ってみると自分と同じようにアルヴィスの制服を着込んだ総士と灯華が立っていた。

 

「総士・・・灯華・・・」

 

 二人共妙に制服が似合ってるのが、感に障る。

 

「一騎、話がある」

「ああ」

 

 一騎を気遣ってか総士はゆっくりと石段を降りてゆき、その後を一騎が追ってゆく。海にでもゆくのだろう。灯華は少し考えたがスカートのポケットから鍵を取り出して家に帰る事を選んだ。総士は一騎に全て話すのだろう。今の島の状況そして自分達がおかれている現状。竜宮島の本来の姿、日本が壊滅した事、ファフナーという巨人、フェストゥムという敵の存在。それらを話すのは総士一人で事足りると灯華は判断し帰ってくる一騎と史彦のために夕食を作ろうと台所の前に立った。

 

「ただいま」

「おかえりなさい、叔父さん」

 

 先に帰ってきたのは史彦だった。家の中にまだ一騎が居ない事を確認すると少し安心したように息を吐いた。恐らくまず何を言えば良いのか帰宅までにおもいつかないまま帰ってきて少し困っていたのだろう。その様子が可笑しくて笑って居間に戻るように促した。食事が出来上がるまでの繋ぎに、とお酒と沢庵を卓袱台の上において調理を再開するとタイミングよく一騎が帰ってきた。史彦と何かを話しているようだが此方までははっきりと聞こえない。だが、二人はすれ違うことなくきちんと会話をしている。これなら大丈夫だ、と出来上がった料理をお盆にのせ居間へと運んだ。

 いつも通りの食事を終え、お風呂にも入った所で灯華はなんとなく玄関から外に出て石段に座って島を眺めていた。一日で色々と変貌してしまった島だが暗闇に覆われると何も無かったかのような普段と変わらない夜景を見せてくれていた。まだ変わらないものもあるとどこか安心してしばらくそれを長めていた。カラカラ、と玄関の開く音がしてちらりと視線を向けると一騎が玄関前に立っておりゆっくりと灯華の横に座った。

 

「灯華も総士も知ってたんだな。色々」

「うん。知ってた」

「隠してたのか?」

「んーそうね隠してた。知って欲しくなかった、からね」

 

 今目の前にあるものが作られた現実だという事を知らずに居れば、それは本物と変わらない。それを態々言う必要性はどこにもないと大人達は頑なに口を噤み子供達に教えなかった。時折どうしようもなく口をついて出そうになる言葉を無理矢理飲み込みながら総士、灯華、そして果林も何も言わなかった。

 

「知らない方が幸せなんてありきたりだけど、それでもぎりぎりまで守りたかったの。この平和な島を」

「そっか」

 

 頭を一騎の肩に預けるとゆっくりと頭を撫でてくれた。心地よい感触を堪能しながら変わらない夜景をしばらく見つめた。

 灯華にとって一騎は従兄で家族で兄だった。幼い頃に親を亡くした灯華をひきとってくれたのは母方の親類の真壁父子だった。父と息子の組み合わせの家庭に女児を引き取らせる事に難色を示す者もいたが、べったりと一騎から離れない灯華に皆一様に様子を見守る事にしたのだ。当の灯華と一騎はそんな事は露知らず2人離れず毎日を過ごしていた。起きる時もご飯を食べる時もお風呂の時も寝る時も。そんな風に過ごしていたせいか、事情を良く把握していない者からは実の兄弟、時には双子だと誤認される事もしばしばありその度に史彦は苦笑しながら訂正をするのだ。年齢と共に少しずつ世界が広がると共に双子のように息を合わせるのは難しくなるが、変わらず一騎は灯華にとってかけがえのない存在であり失えない存在だった。そんな彼を戦いに送り出さなければならないという苦しみと、あの総士と灯華と一騎だけの3人だけでいられる空間はどこか甘美なものだと感じてしまう後ろめたさ。その2つの感情が口をついて出た言葉は謝罪だった。

 

「ごめんね」

「なにが?」

「全部が。隠してた、戦いに出した、危険なのにかばえない、同じ場所に立てない」

 

 灯華の謝罪の言葉に一騎は変わらず頭を撫でながら何も言わなかった。何も言葉では伝えられなかったが、それでも灯華はきちんと一騎からの許しを受け取り甘えるように一騎の肩に擦り付けた。

 次の日、島の唯一の葬儀場では戦闘での犠牲者の合同葬儀が行われた。島の殆どの住民は訪れ、犠牲者のために参列した。

 

「知ってた?蔵前って・・・ロボットのパイロットだったんだって」

「だから一緒に避難しなかったのか」

「蔵前はさ・・・戦ったのか?」

「さぁ。それは、父ちゃん教えてくれなかったけど」

 

 犠牲者の名簿の中にクラスメイトの名前を見つけ子供達は動揺を隠せなかった。死の詳細は子供達には伏されていたが巨大ロボットのパイロットであったことは人伝で皆聞いている。あの大人しそうな果林が巨大ロボットの操縦者と中々繋がりにくく、また敵による攻撃の結果死ぬというあまりに現実からかけ離れている事に実感も持てなかった。ロボットだけでなく未知の敵との戦いなど、漫画の中の世界でしかありえなかったのにそれが現実などと、たちの悪いドラマをみているような気分になる。

 

「そのロボットって私にも乗れるかな?」

 

 だが、咲良は少年達とは逆の想いを持っていた。敵に父を殺され、あまつ遺体すら見つかっていないという。大きかった父の身長にあわせて作った棺桶には生前使っていた小さな日記帳が代わりに収まるだけだ。それが一層咲良の憤りを大きくさせ父さんの敵を討ちたい、その願いは強くなる一方となる。

 

「え・・・」

「マジすか?死ぬかもしれないんだよ」

「でも、一騎は乗ったんだろ」

「そう・・・らしいけど」

「ならあたしも絶対に乗ってやる」

 

 咲良の強い願いが叶ったのか、後日ファフナーに新しいパイロットが配属される事となる。羽佐間翔子、春日井甲洋、要咲良、近藤剣司、小楯衛。皮肉にも選ばれたのは灯華達と同じ年の子供達だった。

 

「新しいパイロット・・・ですか?」

「ああ、まだファフナーには空番があるからな。今日もうここに来る手筈になっている」

 

 史彦に呼び出された一騎、総士、霜華の3人は新しい仲間が増えることをそこで告げられた。昨日今日の戦闘で1人でこなすには非常に難しい事は実感していたので仲間が増える事はそれが楽になるので有難い事だったが、新しい仲間の名を聞いて眉を潜めた。皆、同じクラスの友人なのだ。戦争時だとわかっていてもどこか遣る瀬無かった。

アルヴィス内に到着した友人達を軽く案内した後、当人達は訓練に、総士と灯華はパイロットが増える事に対するそれぞれのシステムの再構築、一騎もマークエルフの調整へブルクへと移動した。今日はそれだけで終ると思われていた頃、敵襲来を示すアラートが全島に流れた。皆一旦作業を中断し、それぞれの持ち場へ―ー総士はジークフリードシステムへ、灯華も着替えた後クリエムヒルドシステムへと搭乗し、パイロットの一騎を待つ。

 

「灯華、リンドブルムを使用する」

「了解」

 

 総士から送られてきたリンドブルムのデータにさっと目を通し、送られてくる敵のデータそして招かれざる客のデータも頭に叩き込む。それが全て終わった時点で一騎がマークエルフに搭乗してきて2人とクロッシング状態へとなり灯華、総士の持っている情報が自動的に一騎にも流れ込んだ。

 

「空を飛ぶのか?」

「そうよ。だーいじょうぶ」

「俺は飛んだことないからな」

「飛べるさ、僕達は1人じゃない」

 

 巨人のうえに更に空を飛ぶ事に一騎は思わず躊躇したが、何時もの様子の灯華と総士に逆に力が抜けて一騎も少し笑うことができた。

 リンドブルムで島の上空を飛んでいると招かれざる客、新国連の偵察機と少し離れた所にいるフェストゥム。新国連は、味方ではなくむしろ三つ巴の敵といっても過言ではない。だが同じ人類という陣営だというところが完全な敵としてみる事ができず総士と一騎の間で意見の相違を生んでしまう。偵察機を囮とし打ち落とされた後なんの後顧の憂いもなくフェストゥムとの戦闘を開始しようという総士の考えを一騎は納得できず灯華の静止もむなしく動いてしまった。慣れぬ空中戦を総士の指揮の下どうにかしていたが、リンドブルムからマークエルフを切り離し攻撃を仕掛けた後、落下するマークエルフのフェストゥムの追撃がかかった。

 

「一騎!」

 

 総士がリンドブルムを必死に操縦し救い出そうとし、灯華はコックピット射出の準備をするも一瞬の差で間に合わない。

 

 

――その時だった、唄が聞こえてきたのは。

 

 

 歌詞のない唄が島に、アルヴィスに、マークエルフに響いた。聞き覚えがないものの、心地よい唄に一騎の尖っていた気持ちはそれが抜け周囲を広く見渡すとマークエルフの周りに小型の飛行機が飛びシールドを展開し、自分を守ってくれている。

 

「これは・・・シールド?なんで」

「無事か!一騎!」

「ああ。でも、なんで、あれは何」

「大丈夫、ノルンよ」

 

 総士の心配そうな言葉に返事をし言葉を重ねると灯華の呟きが聞こえた。その直後灯華の気配が霧散しクリエムヒルドとのクロッシングが解かれた事を示す表示が現れた。

 

「「灯華!?」」

 

 名を何度も呼びかけるも、すでにクロッシングが解かれているため彼女に届くはずもなく。仕方なく総士は1人一騎に寄り添い戦いを続行する。

 下層へ、更なる下層へ。戦闘中にもかかわらず全てを投げ出し求める場所へと一刻も早く到着するために最下層についたエレベーターから飛び出した。ひとつ、またひとつ地下という場所に相応しくない巨大で荘厳な扉が迎え入れるように自動で開く。まるで灯華を迎え入れるように音もなく、静かに。最後の一枚が開くと同時に灯華は叫んだ。

 

「乙姫ちゃん」

 

 だが、彼女の声色の期待とは裏腹に件の乙姫はまだ目を閉じていた。彼女を守る柩の中で安寧の眠りに付いていた。だが、かつて乙姫と同じだった灯華には分かっていた。彼女が先程、一時、眠りを途切れさせていた事を。そして今までの深い深い眠りとは違う、ごく浅い微睡みへと変わった事を。

 

「乙姫ちゃん、乙姫ちゃん、乙姫ちゃん」

 

 灯華は乙姫の眠る柩に縋り付くようにして幾度も名前を呼ぶ。傍から見れば、それは聖女に許しを請う罪女の様相だった。

 

 


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