機材搬送用通路を使い一騎と総士はファフナーが保管してある慶樹島へと向かい灯華は別行動を取り地下へ、ウルドの泉へと向かった。灯華の行動を予測してか自動的に隔壁や扉が開き難なく目的地へと到達した。普段であればもう一つのルートを使いスーツを着こんでシステムに乗り込むのだが緊急事態のため普段着のまま乗り込む。はじめて、ではないが実戦でははじめて乗り込むクリエムヒルトシステム。亡き肉親が作り出したというこのシステムは灯華にとって遺産ともいうべきものだった。何の因果か灯華が乗り込むと決まった時には戸惑いよりも嬉しさが残った。記憶に残っていない親の愛情の形を受け取ったような気がしたからだ。
「おかあさん・・・乙姫ちゃん・・・一騎を守って」
小さく呟き灯華はシステムの中へと足を進めた。自動的に降りてきていた椅子に座ると接続器具が両肩両脚に取り付き“感覚”を強制的に同化させる。その痛みには未だになれないながらなんとかニーベルングの指輪に指を差し込む。
「・・・“クリエムヒルドシステム”起動」
灯華の声紋がパスワードとなりシステムは起動し、椅子は上昇し所定の位置についた。
「ニーベルング動作確認、クリエムヒルドシステム動作確認・・・」
あとは総士のジークフリードを待つだけになり心を落ち着けてその時をまつ。ヴゥン、と独特な音を立てて感覚が共有された。
「“ジークフリードシステム”接続」
総士の声が聞こえ、その姿が視える。
「総士」
「待たせた。ジークフリード、クリエムヒルド接続完了。ファフナー・マークエルフ発進スタンバイ」
嗚呼、戦闘がはじまる。
「一騎」
「一騎。!起きて一騎」
微かに聞こえる声を頼りに一騎は目を覚ました。すると右隣には総士が、左隣には灯華が視えた。
「なんでここに・・・」
今、自分が乗っているのはファフナーの中だと頭が覚醒してきて何故自分かここにいるのかも思い出した。あんな狭い場所に3人も入るわけない。なのにどうして2人は居る。
「脳の視聴覚野に直接クロスリンクした」
「ファフナーの中の一騎と、ジークフリード内の総士、そしてクリエムヒルド内の私は、直接脳の神経細胞が繋がっている状態なの・・・最も、シナジティックスーツを着てないから完全とは言えないんだけどね」
言われた言葉の単語単語は難しいはずなのに一騎の頭はすんなりとその事を理解した。それを問おうかと思ったがとりあえず今はやめておこうと何となく思った。
「一騎、いまからはファフナーと一体化することを最優先に考えるんだ。まずは目を開けろ」
「目を?」
「そうよ。ファフナーの目は貴方の目。ファフナーは貴方なのよ」
総士と灯華の言葉に素直に従って一騎は目を閉じ、“目を開いた”。するとこの機体に乗る前にみた無機質な格納庫が見えてきた。
「見えた!」
「行こう!奴が近づいている」
そして、巨人は目覚めた。
「一騎、射出までにかいつまんで説明するからしっかり頭に入れてね」
「なんだ」
射出までの短い時間でさえ総士は忙しくキーを叩く。本来であれば果林が乗るために調整されてきた機体だ。いそいで一騎用に設定を変えているのだろう。その辺りの事は灯華がサポートする事はできないので一騎に簡単に説明をすることにした。
「敵の名前は通称フェストゥム。私達が戦う相手。そのために命令を下すのが総士の“ジークフリード”システム。その命令を実行しやすいようにサポートするのが私の”クリエムヒルド”システム」
「要するに総士が総隊長で灯華が分隊長みたいなものか?」
「・・・ええ。そう考えてもらったら早いわ。そしてもう一つ。“クリエムヒルド”は戦った女の名前。戦闘をサポートする為に私は居るの」
本当に簡単な説明を終えると共に全プログラムを書き換え掌握も終えた総士から声が掛かった。もう腹を決めていた一騎だったが未知の状態に微かに手を振るわせた。それに総士は気付いたが何も言わず、灯華は触れられないと分かっていてもその手を重ねた。
「よし・・・。第11ナイトヘーレ開門!ファフナー・マークエルフ発進!」
途端すさまじい重力が一騎の体を襲った。堪えきれない声が一騎の口から洩れ目が細まる。アルヴィス内のドッグを抜けると海の中へと続き、それを抜けると青空が広がっていた。
今まで見てきたものと違う、直感的にそう思った。
「一騎、そのまま地上へ!」
「分かった」
マークエルフは灯華の言った通り一騎の体となって動き、コンクリートで覆われた岸壁へと降り立った。その衝撃からコノクリートがガラスのようにヒビを入れ割れた。
「割れた・・・」
「コンクリートぐらい割れちゃうわ。総士が状況報告をしてる間にこっちも説明するね。今居る場所は慶樹島、ファフナー関連の格納庫になってるわ」
見回した島は軍事施設として作られたかのように様相を変えていた。竜宮本島からは遠く肉眼では確認しにくいが一度も降り立ったことの無い島ではない。その時にはただ普通の島であったはずだ。それが今はどうだ。一端の軍事施設になっているではないか。
「来るぞ!気をつけろ!」
一騎はファフナー内の警告音と総士の警告により直ぐ目の前に敵が迫っていることを知った。けれど、一騎の目に映ったのは黄金色に輝く美しいもの。
「あれが・・・あれが・・・敵?」
「そう、あれが敵なの。美しい敵。あれがフェストゥム」
その姿にしばし見とれる。
――――あなたは そこにいますか?―――
「言葉・・・?」
雑音と共に聞こえてきたのは声。確か校舎裏のスピーカーから聞こえてきたのもこの言葉だったようなと記憶を刺激される声に無意識に声を出そうとした所を総士の声に止められた。
「答えるな!思考を侵食されるぞ!!」
―――あなたは そこにいますか?―――
一騎から応答が無いからか再び声が掛けられる。それにも返事がない事にしびれをきらしたのか、フェストゥムの指が触手化してマークエルフへと向かう。
「よけて一騎!」
灯華の警告も一瞬遅く、マークエルフは触手に絡みつかれて身動きが取れなくなってしまい機体はいいように遊ばれてしまう。攻撃を受ける事により焦りそれが機体の動きを鈍らせまた攻撃を受けるという悪循環を総士の言葉が断ち切った。
「一騎・・・ファフナーそのものを感じろ。一体化するんだ」
その言葉に灯華の言った言葉も思い出し己がファフナーだという感覚を取り戻せ、腕を動かし一撃を与えようと考えた。
「・・・え・・・?・・・」
「読まれてる!」
そのまま機体の肩をつかまれ、フェストゥムに引っ張られ地面へと叩きつけられる。何度か地面の上で回転した後ようやくマークエルフは止まった
「・・・っぁ・・・」
「くっ・・・奴は?」
「直ぐ後ろだ!」
丁度空を背にする形で倒れていたのが、フェストゥムにより反転させられ固定された。逃れようともがくも中々逃げられず、フェストゥムは頭と思わしき場所から顔を剥がし内側から緑に輝く結晶を発生させた。
「なんだ!?」
「いかん!!奴は同化するつもりだ引き剥がせ!!」
同化が何を意味するのかは分からないが本能的に危機感を感じ何とか動く左手でフェストゥムの腕をつかもうとした。だが、それは致命的だった。
「一騎!だめっ」
「だあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「・・・・あぁぁっ!!」
フェストゥムを触ろうとした先からマークエルフの左手は消えていく。その痛みは神経をも接合しファフナーと一体化している一騎にとって己の左手を失ってゆくのと同等の痛みを与える。クリエムヒルドにより搭乗者と密に繋がっている灯華にもその痛みは同じように伝わるも少々の耐性があるため思考を鈍らせることなく判断を下す。
「っペインブロック作動、左腕切断します!」
一騎とマークエルフの左腕の接続を外し痛めた部分を強制排出すると今までの痛みが嘘のように無くなり一騎は思わず自分の腕を見てしまった。
「一騎!早く逃げて。また同化される!!」
「え・・・!!
「あの水晶が同化の始まりなの!」
緑に輝く水晶が灯華が説明していく間も段々とマークエルフの中へと消えていき、マークエルフのコックピット周辺から実体化して出て行く。不思議と痛みを感じる事はないが、緊急を示すアラートが鳴り止まず焦りだけが募ってゆく。
「くそ・・・動かない!!どうなっちまってるんだ総士!!」
「分からない!そっちのモニターが突然遮断された!・・・脱出させろ灯華!」
脱出はイコール機体を失うことに繋がるため最終手段とされているが、ためらわずに総士は灯華に命令を下した。こんなにも早く脱出機能を使うようになるとは思わなかったが、灯華が隙を伺っているとひとつの通信が割り込んできた。
「一騎君レールガンを使え!!」
「皆城の、おじさん」
それは司令部にいるはずの公蔵からの通信だった。司令部に常駐しているはずの主は海中に鎮めてある空中輸送機リンドブルムのカタパルトの中から通信をしているらしい。まだあそこは未完成のはずなのに何をするのだと公蔵からのデータを見ると、レールガンをミサイル状にして一騎へとまわずという。
「まだファフナーからの電力供給が出来ない!!一発で仕留めるんだ!!」
「父さん!!」
少しの沈黙の後、海中からせり出した射出口と思わしきものから一発のミサイルが発射され見事フェストゥムに着弾。直後、カタパルトは消失し通信も途切れた。それが何を意味するのか誰もが分かったが、総士はとりわけ冷静に一騎へと声をかけた。
「・・っ一騎!!レールガンを!!」
「一騎、落ちついて・・・動かせる範囲で一杯に動かしてレールガンを受け取って」
ミサイルからはじき出されたレールガンをなれぬ動きで、だがしっかりと受け取った。一騎も公蔵との通信が途絶えた事は分かっていたのでしっかりと其れを握り、その時を待った。
「今よ一騎!レールガンをあの赤い部分に差し込んで!!」
一騎は何を考えるでもなく、反射的に機体を動かしレールガンの先をフェストゥムの頭の部分、核へと捻りこんだ。その衝撃で自然に指に力が入り、レールガンは撃たれた。
一騎が安堵の息をついた次の瞬間コックピット内は真っ白な光で包まれ、気がつけば今度は真っ暗になっていた。視界と感覚が全て閉じられてしまったため、コックピットが強制射出された事もフェストゥムが黒い球体に飲み込まれて跡形も無くなった事も分からなかった。
「目標完全に消滅」
「パイロット生存を確認」
「コックピット回収を急げ・・・各施設の被害は?」
「要君?」
「・・・ぁ・・・はい。恵寿島の上空施設60%が破損、武島は滑走路の一部を含む第二次装備が壊滅」
「大分やられたな・・・竜宮は?」
戦闘後の報告、主に被害報告が淡々と続けられている。竜宮島での初の戦闘は幾人もの死者、行方不明者を出した。戦闘に耐えうるとは思って居なかったが予想以上の島への損害に史彦はため息を我慢しながら続けられる報告を聴いてゆく。これまでは公蔵の役目だったがこれからは・・・自分がしなくてはならない。史彦は握りこぶしを強く強く握った。
アルヴィスのシェルターから出てきた島民は島のあまりの変貌に愕然となるしかなかった。島そのものが様変わりしていればまだよかったのかもしれない。ここは自分達の場所ではないと言い張ることができたかもしれない。
「これが・・・俺達の島かよ」
「嘘だろ・・・そんな・・・」
だが見慣れた風景が多く残り、これが変わり果てた自分達の居場所であると受け入れるしかなかった。
平和だった楽園は終わったのだ。