いつかのそら   作:夕貴

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いつかのそら12

 

 日の光が差し込んで来て目が覚めた。久しぶりに真壁の家で目を覚ませば、鼻をくすぐる良いにおい。また負けたと思いつつベッドから降り、寝巻きから着替える。洗面所で顔を洗い、簡単に髪を纏め台所に向かう。

 

「おはよ一騎」

「はよ。早いな」

「こっちのセリフ。久しぶりの家、ゆっくりすれば良いのに」

「それこそこっちのセリフ。キュウリ洗ってくれ」

「はーい」

 

 並んで台所に立つのもいつ以来だろう。少なくとも一騎が島に帰ってきてからは、初めてかもしれない。どれだけ自分はAlvisに閉じこもっていたのだろう。久しぶりにあれとって、これとってで通じる会話をこそばゆく思いながら朝食の準備を続ける。

 

「2人とも早いな」

「おはよう叔父さん」

「父さんが遅いんだよ」

 

 粗方の準備を終えるもまだ家主がやってこない。起こしに行くか、と一騎と相談しているところに史彦が居間にやってきた。そんなに遅い時間ではないのだが、と思うも久しぶりの団欒に一騎も調子が戻りきっていないのだろう。その証拠に少し頬が赤い。

 

「まぁまぁ一騎。おなかすいた。食べようよ」

 

 何時もの通り不恰好な茶碗で食べる食事。何時も通りの日はこうやってはじまった。

 朝食を済ませ片付けを史彦に任せ、自室でAlvisの制服に着替える。部屋を出たところで一騎と鉢合わせたので、2人で一緒に家を出た。自宅から一番近いAlvisへの入り口は、家の前の階段を下りきった先にある。海風で髪をなびかせながらゆっくりと下りる。

 

「気持ち良いねー一騎」

「そうだな」

「海は青いし、空も青いし。良い日だね」

 

 ぐ、と腕を空に翳し伸びをすれば一騎も真似をしてくる。

 

「なんか久しぶりに景色を見た気がする」

「最近それどころじゃなかったからね」

「ああ。なんか本当に久しぶりに空も海も見たな」

「青くて綺麗だよねー」

 

 2人でゆっくりと階段を下りるも、いずれは終わりがくる。灯華のセキュリティカードを翳せば扉が開き、地下への階段が続く。

 

「今日は一騎はどこに?」

「ドッグに。羽佐間先生に呼ばれてるんだ」

「わかった。バイバーイ」

「ああ」

 

 手を振って一騎と別れ1人メディカルルームへとゆく。そこでは医療ポッドの中で静かに眠る咲良の姿。今日もまだ居てくれている、と安心して奥へゆけば千鶴がもうやってきていた。

 

「先生、お薬ください」

「はいはい。ちょっと待ってね」

 

 棚から取り出された液薬を自動注射器で体内へといれてゆく。あとどれだけこの薬が効いてくれるのだろうか。いや、もう効いていないのかもしれない。十個の赤い指輪の痕を見るも、何故か今心は凪いでいる。

 

「先生。私、あとどれ位ですか」

 

 千鶴が背を向けたのを見計らってそう、声をかけた。

 

「叔父さんの考えてる作戦。私も行けますか?」

 

 千鶴の動きは少しだけ止まり、背を向けたまま答えが返ってくる。

 

「ぎりぎりまでファフナーに乗らずに居て、そこから十時間」

「良かった。行けるんだ」

「島に残る選択肢もあるのよ」

「はい。・・・でも、総士と約束したんです。私が居なくなる時、総士が傍に居てくれるって。だから私も行かないと」

「・・・そう」

「はい」

 

 笑顔でメディカルルームを出れば鳴り出すアラート。敵が来たらしい。急いで着替えクリエムヒルドに乗り込めば、もう総士はジークフリードに乗り込んでいた。

 

「早いね総士」

「まぁな。邂敵まであと十五分。――今日はどんな敵が来るのやら」

「大丈夫だよ。総士も一騎も皆も居る。だから大丈夫」

 

 

 今日もいつもと変わらない日である。そう思っていた。

 

 

 

 

 スカラベR型種。そう人類が名付けたフェストゥムは竜宮島内で暴れた。空間を捻じ曲げる戦法を取る未知の戦い方に皆、苦戦を強いられていた。決して多くないファフナーが次々と無力化され、残っていたのは一騎と衛の2体だけだった。フュンフのイージス装備により動きを止められたフェストゥムをザインで押しつぶす。力技による攻撃は効果をみせはじめていた時だった。

 

「っぐぁぁぁああ」

 

 一騎が雄たけびをあげて動きを止めた。

 痛みの波にあわせて呻く一騎の眼は、金色に変色していた。

 

「同化、現象」

「なんで、一騎の方が早いの!」

 

 ザインの動きが止まった事を契機に、目前のフェストゥムが動き出した。表面を割ってでてきた根が蠢きながら島内を飲み込んでゆく。胎内をかき回される痛みに泣く乙姫、動けない一騎、Alvis内まで到達したフェストゥム。一体どこから対処するべきなのか。悩む間もなく、フェストゥムの触手がジークフリードシステムに絡みついた。それは向かい合わせのクリエムヒルドも同様で一本、また一本とシステムを覆ってゆく。その度に総士と灯華それぞれがフェストゥムに侵されてゆくもまだ同化されていない。

 

「まだ!まだよ!一騎動ける!?」

 

 衛の要請に一騎がなんとか腕を動かし、剣を構える。そこに衛が抱えあげたフェストゥムを突き刺した。

 そこで灯華の意識は暗転した。

 

 

 夢を見ていた。まだ、灯華が岩戸の中でコアとして生きていた頃のときの夢だ。

 自我も目覚めきらぬ時、島内に自分と同じ存在を見つけた。それが嬉しくてその子供と何度も遊んだ。その行為はクロッシングと呼ばれるものであるが幼い2人には分かるはずもなく、何度も何度も遊んでいた。それはただただ優しいだけの時間であった。

 

 

 目を覚ませば、自分の周りにはフェストゥムの根と思わしきもので全てが覆われていた。意識をすれば呼びかける乙姫の声が聞こえた。それに返事をすれば安心したようなため息が聞こえた。

 

――灯華、できる?

 

「うん。できるよ」

 

――居なくならないで

 

「まだ。大丈夫」

 

 ニーベルング接続から右手を離し、手近なフェストゥムの根を触れば緑の結晶で右腕全体が覆われてゆく。体が変異するという痛みに呻くも、乙姫の導きにより灯華とフェストゥムの根が同化され消えてゆく。時間をかければかける程、フェストゥムに触れる時間が長いほど、灯華自身の体の同化現象が進んでしまう。体力的にも限界が近い事を感じつつ、一気にその動きを早めた。粗方の工程を終える頃には、うめき声をあげる体力すら惜しい程になっていた。

 

「き、ん急脱出」

 

 生きていた音声機能を使い、強制的にクリエムヒルドから降ろされた。自分とは反対側を見れば天井を突き破った根が、ジークフリードシステムに絡み付いている。

これも剥がさないと。

 総士は灯華のように乙姫と一緒になりフェストゥムを同化する事はできない。早く助けないと、それだけが灯華の頭にあった。

 

「総、士」

「だめっ!」

 

 ふらり、ふらりと怪しい動きで足を薦めた灯華を、その場に居た乙姫が腕を掴んで止めた。

 

「これ以上無理をしちゃだめ」

「でも、総士が・・・総士が」

「一騎が助けてくれる」

「でも、一騎ももう」

「それでも灯華よりは大丈夫。――気付いてるでしょ?」

 

 人としての境界線を、今の同化で、踏み越えてしまった。

多分もう、眼の色は金色に染まっているだろう。それでも総士を助けたかった。

灯華よりも脆い総士がフェストゥムの中に居続ければ、確実に同化が進行してしまう。

 

「でも、やだ、やだ・・・」

「灯華、お願い。外に出て」

「総士、いやだ。総士が居なくなるのいやだ・・・」

 

 灯華の方が先に居なくなると思っていたのだ。まさかこんな風に総士の方が先に居なくなるなんて事、考えた事もなかった。

 防護服を着た大人たちに連れられて、灯華はメディカルルームに戻されていた。最後の戦闘から既に10時間以上が経過した事、そして気を失っている間に衛が居なくなった事を知らされた。

 

「先生、総士はどうなりました?」

「まだよ・・・だから今は眠りなさい」

「・・・はい」

 

 鎮静剤や睡眠薬を投与し眠りに落ちても、すぐに目を覚まして総士を心配する灯華。何度も何度も繰り返されるそれに、千鶴はもう灯華の体が限界である事を悟っていた。これ以上検査をしてそれを目の当たりにするのも辛い事だが、決まりだからと自分に言い聞かせて眠る灯華の体をスキャニングしていく。そこに示される数値は、やはり諸々の上限を振り切っており何時、何が起こってもおかしくない。それこそ、今目の前でという数値であった。液薬を投与しても何ら役には立たないだろう。そう思いながら、次のデータを表示し千鶴は息を呑んだ。

 

「そんな。・・・そんな、はずは」

 

 そのデータは、千鶴にとってあり得ないものであった。この世代には起こりえない現象であり、また灯華の年代で常識として考えにくいものであった。他の方法で、と千鶴は眠る灯華の腕から血液を抜き取り検査する。

 

「いたっ」

「・・・ごめんね、目が覚めちゃった?」

「はい」

「もう少し、横になっててね」

 

 本人には何も告げずにした検査でも、同じ結果を示していた。

 これは希望か、絶望か。

千鶴はその結果を告げるか告げまいか悩んだが、灯華には言う事にした。彼女の時間はもう余り残されていない。だが、本当ならこの事は――慶事なのだ。

 

「本当ですか…?」

「本当よ。私も信じられないけれど……心あたりはある」

「……あります。でも、私は!」

「ええ。でも、現実に居るわ」

「そんな……」

 

 灯華が取り乱したせいか、医者としての千鶴は反対に内心の落ち着きを取り戻すことができたいた。あれだけの戦闘をこなせども、灯華はまだまだ子供だ。しかも灯華の親はもう亡い。誰かが肩を抱いてやらなければ。

――最後ぐらい、誰かが守ってあげなければ。

 ベッドの上で青い顔をする灯華を、千鶴は抱きしめた。ゆっくりと背を撫でると、腕の中からくぐもった泣き声が聞こえてきた。自分の身すら明日を知れぬというのに、一人で抱えるには限界だったのだろう。何故子供達ばかり、と嘆くのは後でいい。今は、目の前で泣く子供をあやしてあげなければ。

 

「怖い?」

「……怖いです」

「いやだった?」

「……わかりません」

「じゃあどう思った?」

「私、もうすぐ居なくなるのに。居なくなっちゃうのに」

 

 灯華が身じろぎをしたので、腕を緩め今度は肩を抱くようにする。千鶴から離れようとする素振りがないので、灯華の頭を自分の肩に凭れさせてあげると素直にされるがままになった。

少しだけ沈黙があり、灯華は自分の腹部に掌を当てた。

 

「あかちゃん、かわいそう」

 

 行った2つの検査は、共に灯華がその身に子を宿していると結果が出た。

 千鶴達の世代は受胎能力を失ったが、その子供、弓子は自然受胎を果たした。その事からそれ以下の世代、主に人工子宮で生まれた子供達は受胎能力を失っていないと千鶴は考えていた。だが、灯華については別だ。灯華はイレギュラーな存在。元コアという存在は、人とフェストゥムの狭間の存在だった。だから千鶴も灯華本人も受胎能力については無いものとしていた。

 一体何故、どうして、どうやって。

 研究者としての性が口から出てきそうになるが、それをなんとか堪え灯華の頭を撫でる。其の間も灯華の掌が腹から離れる事はなく、こんな状況でなければもろ手を挙げて祝福ができるというのに。多分、灯華自身もそうなのだろう。事実、彼女から否定を意味する言葉は出てきていない。

 

「とりあえず今は眠りなさい?体が落ち着かなければ、何も考える事ができないわ」

 

 首を縦に振った灯華は、今度は睡眠導入薬もなく眠ってしまった。眠る事で現実を直視する事を先送りにするかのように。

 

「ごめんね灯華ちゃん。私では貴方達をどうする事もできない」

 

 乙姫も灯華も、そして灯華の子も。

 

 灯華が目を覚ましたときには、また、事が終わっていた。

 弓子の慟哭がメディカルルームに響き渡った。愛する人を亡くした人は、こうやって嘆くのかと他人事にように灯華は認識していた。ベッドサイドに置かれていた通信端末を手に取りデータをさかのぼれば、灯華が見たかった映像が映し出された。

 

――ジークフリードシステムが、消えた。皆城総士が居なくなった。

 

 傍に、居てくれるって言ったのに。

 端末を置きなおし、シーツに潜り込み灯華は再び目を閉じた。

もういっそ、このまま目が覚めなければ良いのに。ベッドの中で小さく縮こまり、灯華はそう呟いた。

 

 

 

 目を覚ました灯華は、メディカルルームを勝手に出てAlvis内の自室へと戻っていた。今までも千鶴が急がしい時は、勝手に検査をして勝手に戻っていたので、その様に動いたまでだ。千鶴は今、弓子から目が離せないだろう。彼女は妊娠していると聞いていた。自分たちとは違い、未来が約束された存在だ。妬みは確かにあるが、けれど弓子達を優先すべき事実も分かっている。

 だが、顔を見ればその妬みが形になりかねないと逃げてきたのだ。

 

――灯華、部屋?

「いるよ。来る?」

 

 乙姫が部屋に入ってきても、灯華は寝そべっていたベットから起き上がる気力が無かった。それを気にした様子もなく、乙姫は床の上に座りベッドの上の灯華と視線を合わせてくれた。

 

「あかちゃん」

「乙姫ちゃん知ってた?」

「ミールが何かをしてたのは知ってた。弓子の事だと思ってたのに、灯華とは思わなかった」

「そっか」

 

 乙姫は床に座ったまま灯華の頭を撫でてきた。今日はよく撫でられる日だ。

 

「怖いよ乙姫ちゃん」

「――うん」

 

 乙姫もまた怖がっている事を知っているのに、自分より年下の女の子なのに、こんな風に零してしまうのは情けない。けれど、灯華にはもう乙姫しか居ないのだ。

 

「分かってたはずなのに怖い。こんなにも――1人で居なくなる事が怖いなんて、思わなかった」

 

 ずっと総士が最後まで居てくれると思っていたから。

 そして、

 

「あかちゃんも、一緒に居なくなっちゃうかと思うと、本当に怖い」

 

 それは、灯華がはじめてみせた母としての言葉だった。腹部の服を握り締めているのも、その表れなのだろう。

 

「大丈夫だよ。総士はまだ、居なくなってない」

「え?」

「フェストゥムが連れ去っただけ」

「でも。どこに居るかなんて」

「紅音が教えてくれる」

「一騎のお母さん?」

「そう。だから、まだ希望はある」

 

 乙姫の強い言葉は、まさに灯華にとっての希望と成り得た。絶望のなかの小さな小さな希望は、灯華にとってはとても輝いていた。その言葉は、島を完全に雪が覆った日に現実となった。

 真壁紅音だったものを模しているミョルニアという存在は、島にフェストゥムというものを言葉にし表し、そして灯華が欲していた情報を置いて去っていった。それは紅音の願いを叶えるために付随したものでしかなかったが、欲しかった情報を得られ灯華は安堵の息を吐いた。

 

 

「まだ、総士は生きてる。まだ、居なくなってない」

 

 

 


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