いつかのそら   作:夕貴

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いつかのそら11

 まだ今月は半月も過ぎていないというのに5度目の戦闘が先ほど終わった。回数を重ねる度に皆の錬度が増してゆき、段々と戦闘の手順が固まると共にその時間も格段に縮まってきた。ひと世代前の型では棺桶、とまで称されていたファフナーに乗る時間が減れば減るだけ搭乗者への負担が減るため皆の技術向上は素直に喜ばしい。その反面で戦闘の頻度が上がってきている事からは、目を逸らした。

 

「つっかれたー。咲良、真矢お腹すかない?」

「すいたすいた」

「私も。どっか行こうよ」

「御門さんのところのケーキ食べたい女の子チームだけで!」

「いいねぇいいねぇ。溝口さんに楽園開けてもらってそこで食べようよ」

 

 更衣室で灯華は咲良と真矢に帰宅前の買い食いを具申するとその提案はカノン以外に受け入れられた。カノンは今日は容子と一緒に食事の準備をすると約束をしているらしく、それが楽しみな彼女を無理に引き止めるわけにもいかなかった。そのため、次は一緒に行こうねと指きりをして約束をした。その後溝口に連絡を取り喫茶店の店主として働くよう可愛らしくお願いをすれば深い深いため息とともにりょーかいと間延びした返事が返ってきた。

 

「俺は帰るから適当に戸締り頼むわ」

「えー」

「おじさんも戦闘の後は休みたいの!カップはシンクに入れておいてくれれば良いから」

「鍵は?」

「お嬢ちゃんが持っててくれや」

「えー」

「じゃーな」

 

 持込のケーキとそれぞれの飲み物を配膳した後、溝口は扉にcloseの札を下げてどこかに行ってしまうという暴挙をやらかした。店主としてそれは良いのかと思うが、3人だけの貸し切りなのだから文句も言えない。

 

「あ、この新作うまっ!」

「灯華ちょうだい」

「いよいよ。真矢も食べるー?」

「食べる食べるー」

 

 互いのケーキを味見をしながら御門家による新作の批評をし、そのケーキを食べ終わったところで話題は次のものへと移り変わった。女3人寄れば姦しいとの古人の格言は現代でも通ずるためか、彼女達の話題は途切れる事無く次へ、次へと変遷していった。戦闘が終わったのは丁度おやつ時の3時、少し日が傾いてきたなと時間を確認すれば既に5時近くになっていた。

 

「あ、弓子先生と道生さんだ」

「ほんとだ」

「らぶらぶだねー」

「あー・・・うん」

 

 楽園の前の道を手を繋いで歩く2人をガラス越しに見る真矢の視線は居心地の悪そうなものだった。肉親のそういった部分をみるのは気恥ずかしいとの言葉を添えて視線を逸らして空になったカップを弄っていた。

 

「でも良いなぁ弓子先生。幸せそう」

「咲良だって近藤君居るじゃない」

「ばっ!アイツとはそんなんじゃないって」

「はいはい。じゃあ早くそうなってください」

「そうそう。早く付き合ってくれたほうがこっちもすっきりするし」

 

 灯華と真矢の2人掛かりで剣司との関係を言い募られたせいか咲良は真っ赤な顔をしている。が、ここでやられっぱなしの咲良ではない。

 

「じゃあ反対に聞くわよ。真矢は一騎とどうなのよ。灯華は総士と!」

「か、一騎君とは何もないよ!」

「流石咲良さん。やられても只では起きない」

「じゃあ灯華はどうなのよ皆城くんと」

「おっとやぶ蛇」

「そうそう。一騎が居ないときだって総士がわざわざうちに着たし」

「えーそうなの」

「そうそう」

 

 にやーと真矢と咲良に見つめられ逃げたい、と思うも2人が許してくれるはずもなさそうでぽり、と頬をかいて目を逸らした。

 

「まぁ嫌われてはないと思いたい」

「どうしてそんな消極的なの」

「むしろコレに積極的な人がいたら教えてよ」

「まぁ、それもそうか」

「真矢だって一騎に積極的に好き好き言える?」

「それは、そうだけど」

「私は無理!恥ずかしい!」

「どーかん!」

「ええ。それだけー?もっと何かないの皆城君との話」

「じゃあ真矢が一騎との話を提供してくれたら話す」

「そんなのないよぉ」

 

 真矢がテーブルに頭を突っ伏した所で会話が途切れた。ああ、只々普通の会話のなんと楽しい事か。だが窓から見える景色は夕焼けの茜色を薄墨が覆い始める黄昏時。そろそろ帰宅しないとね、と灯華が言えば2人も無言で頷いてくれた。翔子が居なくなり、甲洋も居なくなった。明日はわが身かもしれないという恐怖は、この“普通の生活”を過ごせる時間だけが覆い隠してくれる。

 

「咲良、真矢。また、話そうね」

「そうねー今度はカノンも一緒に。あ、そうすると真矢とのバトルになっちゃうか」

「ならないよ!」

 

 普通で楽しい時間。それは、“また”得られるものだと思っていた。

 

 

 

 

――ピッ、ピッ、ピッ

 

 皆と合宿をし、今まで以上に士気が高まっていた。戦闘も今まで以上に楽に、そして経過時間も短くなる一方だった。パイロットたちへの負担が軽くなる。何もかもが順調だと、皆錯覚していたのかもしれない。

 

――ピッ、ピッ、ピッ

 

 その一報が齎されたのは戦闘の始まるすぐ前のことだった。考えられていたことだったが、灯華はおろか総士ですらそれを予想はしておらず動揺が走った。目の前の戦闘を捨てて彼女の元へ走り寄るか?否、そんな事をすれば彼女は激怒するだろう。掌を強く握り総士と共に戦闘の準備をはじめる。やもすれば震えそうになる体を気取らせないように目の前の敵を強く睨んだ。

 

――ピッ、ピッ、ピッ

 

 着替え総士の隣で共にメディカルルームの前でパイロット達を待つ。まだ彼女には会っていない。1人でメディカルルームの中に入る勇気がないのだ。会いたい、けれど会いたくない。いや、見たくないのだろう。剣司と一騎の声が聞こえてくる。ぞろぞろと続く足音でパイロット全員がメディカルルームにやって来たようだ。多分皆チェックを受けさせられるとでも思っているのだろう。「総士、何があったんだ?」

 

「剣司。中に入っても取り乱すんじゃないぞ」

 

 怖がりでお調子者ではあるが、生徒会長を務める度量と頭の回転の速さはある。すぐに総士を押しのけて剣司はメディカルルームへと駆け込み、他のパイロットも他に続いた。灯華もそれに倣おうと思うも、足が竦んで動かない。

 

「――入るぞ」

 

 灯華の様子に総士が背を押すようにして促してくれた。ゆっくりと入れば規則的な音が続く。それが彼女――咲良の心音で、まだ彼女がここに居る事の証だった。だが、メディカルルームの隅で横たわる彼女の目は見開かれ、眼は赤く染まっている。それが意味する事はここにいる者たちは誰もが重々知っていることだった。

 

『なぁにそんな顔して!しゃきっとしな!』

 

 不意に元気な咲良の声が脳裏に蘇った。だが、その声音と目の前の咲良の姿があまりにも乖離し光景を体が拒む。

 

「っ、ぐっ・・・」

 

 こみ上げてくる気分の悪さに千鶴がいち早く気が付き灯華の体を支えてくれた。

 

「灯華ちゃんこっちにおいで」

 

 カーテンの奥になる洗面台の前にたどり着き体を屈めれば、体内をものが逆流してくる。慣れぬ行為に涙が溢れ、体がどっと重くなる。ああ、なんだこれは。今まで戦闘後でもこんな事なった事ないのに。

 

「気持ち悪い・・・せんせ、気持ち悪い・・・」

「大丈夫。大丈夫だからね」

 

 千鶴に寄りかかりながら処置をしてもらい、ようやく落ち着いため千鶴の椅子に座らせてもらった。今日はこれ以上ここには居ない方が良いと言葉を貰い、メディカルルームを出ようと思ったところで澄美が息を切らせてやってきた。娘の状態を知らされ些か錯乱している彼女は娘を家に連れ帰ると叫んでいる。動かしてはダメだという千鶴との攻防をただぼぅっと眺めていた。咲良は十分戦った。もう咲良を頑張らせたくない。澄美の言外での諦念をただただ聞き流していたがそれを聞いて1人動いた者がいた。剣司だ。

 

「咲良・・・」

 

 泣きながら咲良の顔に触れる手とは反対側、それを咲良が握ったのだ。もう意識はなく、指一本、瞬きひとつできないはずの咲良が手を動かし剣司の手を握った。

 

「うそ・・・咲良・・・」

「要はまだ、諦めてない」

 

 勝負がついてない、その一騎の言葉の通りなのだろう。あの咲良だ。同化現象ぐらいで諦めるような子ではない。隣に立っている総士を見上げれば目があった。その視線は自身の発した言葉に一片の疑いを持っていないようだ。

 

「咲良だもん。そうだよね」

「ああ。あの要だ」

「その言い方、絶対後で怒られるよ」

「・・・それは怖いな」

 

 小さく笑いを漏らせばやっと体に力が入る事に気が付いた。こんな体たらく、見られたらまた咲良に心配をかけてしまう。ぐ、と力を入れれば素直に体が動き立ち上がれる。

 

「・・・私もまだ諦めないよ。咲良」

 

 

 

 

「こうやって話すの、久しぶりだね」

「乙姫ちゃんはここが好き?」

「うん。お母さんが居るから」

 

 Alvis最下部、キールブロックのジークフリードシステムの前で2人は揃って床に座り込み見上げていた。此処はAlvis内でも本当に限られた者達しか入れず、灯華と乙姫が気兼ねなく話せる数少ない場所だ。耳をそばだてられる事もなく、小言を言われることもなく。気が付けば2人床に寝そべるようにして、ウルドの泉で手遊びをしていた。

 こうやって2人が直接会話をする事は久しぶりだった。夏祭り以降色々な出来事が起こり2人秘密の会話はよく行っていたが、顔を合わせる事は少なかった。秘密の会話でも意思の疎通はできるが、それでもこうやって他愛無い話をするのは楽しい事だった。

 

「乙姫ちゃんはあとどれ位?」

「私はあとちょっと。史彦達の考えてる事に間に合うか、わかんないな」

「そっか・・・私は、島に帰って来られるかな」

「大丈夫だよ。皆帰って来られる」

「乙姫ちゃんがそう言うなら大丈夫かな」

「うん。大丈夫大丈夫」

 

 2人で顔を見合わせて笑いあっていると音がして扉が開いた。

 

「・・・2人とも何て格好だ」

「あは。怒られちゃった」

 

 やって来たのは総士だった。灯華と乙姫のらしくない格好に柳眉を吊り上げたが、乙姫はにこにこと笑いながら立ち上がった。総士は立ち上がった乙姫の服の埃を払ってやっている。

 

「乙姫ちゃん、私出ておくね」

「どうして?」

「総士を呼んだんでしょう?たまには兄妹で語らうのも良いものよ」

「・・・すまない」

「いーのいーの。じゃあね」

 

 彼ら兄妹の関係性を歪めた責は一体誰が担うべきか。ただその一端を持つ自分はあの2人の語らいの傍に居てはいけないと思い、灯華は傍を離れた。

 

 灯華が部屋で寛いでいると、総士が話があると訪れてきた。

 

「乙姫ちゃんとは話せた?」

「ああ」

「そう、良かった」

 

 薦められるがまま総士は椅子に座り、端末を操作し灯華に渡した。それは史彦達が進めている新国連との合同作戦への参加プランであった。そこには既存のファフナーにジークフリード、そしてクリエムヒルドを搭載した機体を参加させるとあった。

 

「事後承諾になるがどうだ」

「大丈夫。出るよ、私も」

 

 何も聞かされてはいなかった。だが、この島での出来事は全て乙姫へ筒抜け、更にそれは灯華にもすぐに伝わる事は総士も知っていた。だが、この事を総士は灯華に告げる事も相談する事もできなかった。ただでさえ人一倍同化の進んでいる2人だ。戦闘に直接関わるとなると、その結果は。

 

「総士はどれだけ居られるの?」

「十八時間は共に居られる」

「そっか。・・・私はどれだけ一緒に居られるかなぁ」

 

 癖になっている指輪の痕を弄れば、総士にそれを止められた。

 総士が十八時間居られるのであれば灯華は一体どれだけ体を保っていられるのだろう。総士よりももっと早い事はわかっていた事で、もしかしたら戦いの最中、という事も考えられる。生き永らえるためならば島に残る事が推奨されるだろう。

 

「残るか?」

「嫌よ」

「・・・そうだな」

 

 もう指輪の痕は、灯華には紅く濃く色づいて見えている。千鶴も一騎も皆がそんな事はないと言うが、灯華にはもうくっきりと死線が見えているのだ。多分、ここで島に残ってももう体を保つのは難しいと自身でしっかりと分かっている。

 

「私は、自分の生き方を決めたの。島のために生きるって決めている」

「ああ」

「だから、最後まで一緒に居てね」

「約束しただろう。居なくなる時は、傍にいると」

「・・・うん。ごめんね、1人にしちゃうね」

「いや、僕もすぐに、」

 

 それ以降総士は言葉を続けなかった。

 居なくなる事への怖さ。誰もが持つそれを、2人は約束をする事で目を逸らしていた。互いを互いで支えるしかない脆さ。それにも気付きながら、未来が見えている2人にはどうでも良いことだと思っていた。


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