いつかのそら   作:夕貴

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いつかのそら10

 U計画となにやら物々しい名前のついた弓子発案のイベントは職員会議の様相を呈したAlvis会議で了承された。黒板に書かれたその計画の中身を知るものが見ればすぐにその内容が日本の夏の風物詩、夏祭りだとすぐに予測が立つだろう。竜宮島の中で夏祭りを知るものは西尾家の長老のみで全てアーカイブのデータから復元するのみだが、久々の“楽しい”だけのイベントに子供のみならず大人も張り切って準備をすすめるのだ。

 

「灯華、咲良しらね?」

「咲良ならさっき出て行ったよ」

「ふーん。じゃ探すか」

「そだね。あ、真壁も後で体育館行こうよ。一緒に燈篭作ろう」

 

 黒板の淵を雑巾で拭いているところに剣司と衛が咲良を探してやってきた。灯華を誘ったように燈篭作りを咲良にも提案するようだ。丁度灯華も燈篭作りをするつもりだったので首を縦にふると後でねーと衛と剣司は件の咲良を探しに行ってしまった。

 

「燈篭を、作るのか?」

「うん。果林の、作りたくて」

 

 最初の犠牲になった蔵前果林の家族は既に亡い。書類上では皆城家の養女であるが最期まで蔵前姓を名乗っていたため本人もましてや灯華も総士もその感覚はあまりない。ただ友人のために燈篭を作るのだ。

 

「総士も作るでしょ?皆城のおじさんの分」

「・・・そうだな。乙姫も呼ぶか」

「それが良いと思うよ」

 

 教室の掃除が終わり灯華と総士は共に連れ立って下級クラスを覗いた。教室の後ろの方で友達と笑いあっている乙姫を見つけ名前を呼ぶとあ、と言ってこちらにやってくる。その様子はただの人と、ただの子供と変わらない。

 

「乙姫ちゃん、燈篭作らない?」

「燈篭。総士は?」

「作る。父さんの分を。乙姫も一緒に作るか?」

 

 総士の申し出は乙姫にとって意外なものだったらしく驚いた様子だった。だがすぐに頷き3人で体育館に向かった。体育館では既に十数人の生徒が集まり燈篭作りを大人に教わりながらはじめていた。いきなりの乙姫の登場に大人たちはぎょっとしていたが、他の子と同じように和紙片手に説明を聞く姿は先ほどまで相手をしていた普通の子供と変わらないためか段々と落ち着いていった。あらかた聞き終え端のほうでいざ製作を開始しようとするところで剣司たち3人とカノンが一緒にやってきた。珍しい組み合わせだと思いながらこっちこっち!と手を振り合図をすると4人は近くにやってきた。

 

「やっほー」

 

 乙姫が軽い挨拶をすれば4人のパイロットは身体を固くしていた。乙姫の存在は知らされ垣間見てはいたがコミュニケーションをとるまでは至っていなかったためどう反応すれば良いのか戸惑っている様子だった。

 

「あれー?どうしたの皆。あ、乙姫ちゃんも来てたんだ」

「やっほー真矢。真矢はどうしたの?」

「私も燈篭作ろうと思って。・・・翔子の」

 

 その後ろから真矢が顔を出した事で雰囲気を一変する事ができた。真矢と乙姫は面識があったため普通に話しかけたのだが、どのような反応をすればよいのか決めかねていた剣司たちにとっては良い手本になってくれ真矢のそれを真似るようにした。

 

「なぁなぁ、総士の妹なんだよな」

「そうだよ。総士が私のお兄さん」

「なんか意外」

「もっと固いかと思ってた」

「えー私固くないよ。ぷにぷにだよ」

「あはは。近藤君が言いたいのはその固いじゃないよ。性格がって事」

「総士はほんっと真面目だからねぇ」

 

 いつぞやの様に乙姫は咲良と真矢に両頬をつつかれていた。

 

 皆城公蔵、蔵前果林、羽佐間翔子、要誠一郎。大切な名前を書いた燈篭を作り皆一度家に帰ると言う。

 

「乙姫ちゃんはお祭りどうするの?」

「芹ちゃんと里奈ちゃんと一緒に行くよ」

「そっか。浴衣着たいよね」

「うん。着たい」

 

 皆と別れてAlvis内の灯華の部屋で時間を潰していたのだが、お祭りといえば浴衣という伝統衣装をどうやって着ようかと悩んでいるとふ、と乙姫が遠い目をしていた。

 

「凍結されたよ。甲洋が」

 

 差し出された手を繋げば視界が変わり、医療エリアを俯瞰していた。各部屋の監視モニターの映像かと思ったがどうもそれらしい角度ではない。乙姫に意識を向けると彼女が頷いたのでおそらくこれは、空気中のミールを介しての映像なのだろう。本当に何でも見えるのだと思いながら甲洋の入ったカプセルを見れば、顔が見えていた強化ガラスの表面は冷気で凍結しもう見えなくなっていた。これからゆっくりと彼の身体は凍らされてゆくのだろう。

 

「明日、皆に言っても良い、よね」

「うん」

 

 甲洋への術は手を尽くしたがもうどうしようもないらしい。彼は今人間とフェストゥムの狭間のものとなり、どちらでも無い存在のままであればよいのだが先の戦闘はフェストゥムに近しい存在となった甲洋を迎えに来たものだと判断された。

 

「死んだわけじゃない」

「うん」

「・・・春日井君も死にたいわけじゃないよね」

「うん」

 

 彼女達ではどうしようもできない事に手を繋いだまま互いに寄り添った。

 

「お世話になります」

「いらっしゃーい乙姫ちゃん灯華」

 

 結局浴衣問題は遠見家に頼る事となった。灯華の浴衣は真壁家にあったのだが乙姫はどうしようかと相談すれば真矢の幼い頃のがまだあるからとそれを乙姫に貸してもらう事となった。はじめての浴衣にじっとしていられない乙姫を宥めながら灯華は弓子に着付けてもらった。

 

「タオルでも入れようかしら」

「暑くなりますよね」

「そーねぇ。暑いわ」

「無しでお願いします」

「じゃあ乱れた時の直し方も教えておくわね」

 

 弓子は手際よく灯華に浴衣を着付けてくれているが真矢はどうするのだろうかと隅の方をみれば自分で着付けをしている。

 

「真矢自分で着れるの!?」

「うん。お母さんに教えてもらったの」

「でも着れるだけよ。最後は私か母さんに直してもらわないとね」

「でもすごーい。私も覚えたいなぁ」

「浴衣なら慣れれば簡単よ。今度教えてあげるわ」

「弓子先生ありがとうございます!嬉しい!」

 

 着付けの終わった3人は共に連れ立って祭りの会場に向かおうと思っていたのだが、乙姫はなにやら忘れ物があると手近な入り口から再びAlvisに戻ってしまった。急に地面から現れた入り口にひぃっと真矢が驚いたのが面白く笑いながら会場に向かうと真矢が少しすねてしまった。

 

「もー灯華笑いすぎ!」

「おーい真矢!灯華!」

 

 同じく浴衣に着替えた咲良とカノンと合流し男の子組みとの待ち合わせ場所へとむかった。

 

「カノンも浴衣着たんだね。うん、すごく似合う」

「そ、そうか?」

「うん。なんかエキゾチック。いいなぁ」

 

 大人っぽい柄の浴衣は日本人とは違う顔つきのカノンには非常に似合っていたのだが、隣を歩くとなると自分の濃いピンク色の浴衣がとても子供っぽく思えてしまう。灯華は新しい浴衣をおねだりしようと決めた。

 

「あ、あそこにいるの近藤君たちじゃない」

「本当だ」

 

 屋台の一角の前で待つ男の子組と合流しいろいろな店を冷やかす事にした。パイロット組という事で目を引いたがその分屋台では大量におまけをしてもらえるので空腹は非常に満たされ、射的で真矢が流石の技を見せ付け、ヨーヨー釣りではカノンが無双をしていた。前回とは違う面々での祭りだったが日頃の辛さ苦しさを忘れられる貴重な時間となったのだった。そして祭りのラストの燈篭流し。

 

「綺麗ね」

 

 風に揺らめく水面に反射する仄かな灯はとても綺麗でとても物悲しいものだった。

 

 

 

「甲洋が居なくなった」

 

 凍結処理が施されたはずの甲洋の身が消えたと朝からAlvisの一角は慌しく動いていた。本島内から何件か甲洋を見かけたとの連絡が入り、溝口は喫茶店で邂逅したとの報告があがってきている。一体誰が何のために。甲洋の封を解くことによる利は何も思いつかないのだがふと祭りの日の乙姫との会話が思い出された。

 

「…乙姫ちゃんを探してくる」

「分かった」

 

 総士もまた乙姫の関与を疑っていたらしく素直に灯華を送り出してくれた。一体何故彼女がこんな行動をとったのか。同級生で同じ戦場を生きてきた戦友で、数少ないフェストゥムと同化した同胞。凍結処理は仕方ない事ではあったが、だが甲洋が灯華や乙姫のような選択をするかもしれないという希望もまだあったことも事実。乙姫はその希望を捨てていなかったのだろうか。総士も灯華も最早諦めていた事をまだ諦めなくて良いというのだろうか。

 

「乙姫ちゃん!」

「早かったね灯華」

「そう、でもないけどね」

 

 乙姫の居場所は分かれどその場所までは自分の足で進むしかなく、日が陰ってきた頃ようやく到着する事ができた。何を思ってか乙姫とその友人達は一騎たちが甲洋と共に篭城している空き家に近いところで立ち話をしていた。

 

「乙姫ちゃん。春日井君を連れ出したのは貴方?」

「うん。甲洋を封印する事は誰も望んでいなかった。甲洋も望んでいなかった。だから私は蓋を開けたの」

「春日井君に選ばせるため?私達と同じように」

「そう。彼の中で鬩ぎあっている今ならまだ選べる」

「でももし、」

「それも彼の選択。けれど、大丈夫だよ」

 

 大きな音を立ててメガセリオンが場を離れた。完全なフェストゥムへと向かった場合の保険で出撃していたはずの機体がその場を離れたという事は。

 

「甲洋は誰も同化しない事を選んだよ。まだ彼は彼として存在する事を選んだの」

「乙姫ちゃん、ありがとう」

 

 灯華はおざなりな感謝の言葉を放ちその場を離れ走り出した。乙姫はそれに気を害した様子はまったくなく笑顔で灯華に手を振って見送っていた。

 乙姫の意識の中で甲洋の選択は限りなく予見できた事であった。フェストゥムに同化され取り込まれなかった人間は数は少ないながらもまったく居ないわけではない。その先が何になるかは同化された人間に依るものであるとは思っていなかった。全てはミールに依るものである、と乙姫は知っていた。フェストゥムに同化され個を失わずに済むのもミールによる気まぐれ、もしくは気にも留まらない些細な事。だがその気まぐれや気にも留めない事はフェストゥムという種族ではありえない事であったのだが彼らにとってはそれすら些細な事で認識すらしていなかった。それを知る乙姫は竜宮島のミールならば、島民や乙姫によって齎される情報を取り込んでいる竜宮島でなら更なる変化が起こりうると確信し蓋を開けたのだ。そして甲洋は選んだ。そしてこの事実から乙姫は自分のすべき事が着々と成されてゆく事を実感できたのだ。

 

「もうちょっとなの。もうちょっとで島のミールが分かってくれるの」

 

 乙姫が島のミールに教えられることは膨大だ。岩戸の中ではできなかった直接的なやり取りによって島のミールが急速に様々な事を学んでいるのだが、乙姫が最もミールに教えたいものはひとつだった。いや、ミールは乙姫から与えられるままに情報を蓄積するだけでミールに学んでいるという認識はない。全てを受け止めるからこそ乙姫は最も分かって欲しいものを小さく注意深く教えてゆくのだった。

 

 

 瀬戸内海ミールと呼ばれるものは生と死をそれまでに知っていた。如何にして人間が生まれ、如何にして人間が死んでゆくか。人間の終わりは死でありそこに付随する“悲しみ”は人間にとって最も強い感情のひとつであるも、無くして良いものだと決めたため死を齎す生を止める事にした。それは彼らの最も強い感情のひとつ幸福を齎すはずだったのだが、人間は生を齎さないと分かっていてもその行動を止めなかった。無駄だと分かっていても繰り返されるその行動に意義を見出せないミールはそれを眺め続けた。そのうち人間は自らの胎内ではなく他の物によって擬似的な生を生み出すことをはじめた。生き物ではなく機械によって齎される生にミールは影響を与える事ができなかった。彼らは擬似的な生による死にも悲しみを感じているにも関わらずそれを止めようとはしない。それを眺め続けてきていたところ、ある時皆城乙姫と呼ばれるコア型が大量の情報を齎してきた。この島について、人間について、人の感情について、そして生と死の更なる情報をも彼女は齎した。それは命。生と死に付随する命と呼ばれるものをミールに与えたのだ。それがどういったものかを完全に理解したのではないが、ミールはある事をはじめてみた。するとその人間は最も強い感情のひとつ、“喜び”を持った。死を齎す生を与えると何故人間は喜びを持つのか。ミールは分からなかったので、人間とその行動を起こしている同胞に擬似的なそれを与えてみた。同胞は未だそれに気付いていないが、彼女がそれによって何の感情を持つのか。ミールはそれを“楽しみ”に待っているのだった。

 


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