いつかのそら   作:夕貴

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いつかのそら01

あなたは そこにいますか?

 

 そう人類に問いかける主は、一体何と表したらいいのだろう。彼ら、否、それにとってひとつは全部であり全部はひとつとの一見禅問答のような存在であるが故に、同じ遺伝子を内包しながらも個により全てが異なる人類というものに興味を持った。否、そのような感情を伴うものかすら怪しいものだったが、ともかくそれは人類に接触した。同化し理解してゆくとともに知ることは、それにとって人類とはあまりに脆くあまりに愚かだった。よってそれは人類を同じにする事でそれと同じ、更なる高次元の存在へと変化させる事を決めた。しかしそれにとって同じにする行動は即ち同化。今までもそうやって色々なもの同化してきたが、しかし如何せん人類はあまりに脆すぎた。同化しようにもそれまでに全てが壊れてしまう。何度も何度も何度も同化を繰り返すも全てが壊れてしまう。ひとつしかないそれは何故、どうして、どうやったらというものを持たないため人類を知るためにいつも、いつも、いつも同じように同化するしかなかった。しばらくして、人類のなかに少し変わったものが出てきた。だが、それにとってそれは些細な差でしかなく今日も今日とて、人類のように記すなら、極東で人々を同化してゆく。

 それはそのうち、人類によってフェストゥムと呼称されるようになりその中心となるものは北極ミールと名付けられた。だがフェストゥムにとってそれも只の事象であるだけで、その目的は徹頭徹尾人類を同化することだった。

 

 

 

 モーターボートのエンジン音と波の音が煩く、今はそれだけしか聞こえない船上から総士と灯華は近付く“島”を見据えた。仮初の平和だと知っていながらそれを失いたくないと思うのはそれを知る島民皆の願いだろう。永遠の安寧などこないことは分かっていても、それを望みながら去っていった先人達のためにもこうして2人は島、竜宮島の外へと出た。その安寧とひと時でも長くするために。

 

「あ、そうそう。コレ。頼んだよ」

 

 そういいながら船の運転手をしていた保は一つの茶色い紙袋を差し出した表面に冲方書房と書かれた、一見ただの紙袋だ

 

「大切な本だからね」

「・・・わかりました」

 

 その本が重要な小道具であることを知っているからこそ灯華はしっかりと受け取り総士と共に島に一つしかない学校へと足を進めた。

 

「違うよ、そーじゃないって・・・あっ・・・」

「あ、きゃ」

「お、っと」

 

 チャイムと同時に教室に入った途端、灯華は誰かにぶつかり咄嗟に抱えた本を守ろうとしたため体のバランスを崩しそのまま後ろに倒れそうになった。それを寸での所で総士が助け事なきを得た。

 

「ごめん。よく見てなかった・・・果林」

「灯華!?・・・皆城君。帰ってたんだ」

「ああ、さっき」

 

 果林はお帰りなさいと笑うと、後ろから大きな声がかかりそちらに目を向けると

 

「総士、真壁お帰り!」

「おお!それは麗しの最新号!!」

 

 級友である甲洋と衛が二人の存在に気付いたのか声をかけたもっとも衛は二人よりも灯華が持っている紙袋が気になるようで視線がそれを物語っている

 

「待ってたぜ~!!」

 

 衛は灯華から本を受けとると礼もそこそこに紙袋を破らん勢いで開き教卓の上で早速読み出した。その回りに数人の男子も集まり一緒に読み出した。“たった一人”のためにはじめられた本だったがこうやって何人もの子供に楽しみにされていたら“作者”も冥利に尽きるに違いない。それを眺めていると少し遠い所から声がかかった。

 

「ねー灯華、皆城君。東京どうだった?」

 

 灯華が目線を向けるとクラスの中でも昔から仲の良い真矢が手をひらひらと此方に向けていた。

 

「東京・・・」

 

 総士はほんの数瞬、逡巡したらしいがすぐに思い出したらしくそれらしく言葉を重ねた。

 

「結構・・・普通のとこだった」

「えー芸能人とか会わなかった?」

「全然」

「なーんだ」

 

 いかにも不満ですという顔をして剥れる真矢を見る総士の視線が何時もより柔らかい事に気付いてしまい、苦いものが胸の内を苛むがそれを表面上はみせないようにして。そういった時は従兄に縋るのが常だったので無意識のうちにその姿を探そうとしたが教室内には居ない。チャイムが鳴ってすぐに教室内に入ったのにどこに行ったのだろうか。

 

「真矢・・・一騎知らない?」

「授業が終わった途端、近藤君と出て行ったわ」

「そっか、じゃ探してくるね。またねー」

 

 ひらりと手を振って教室から居るであろう場所、――大抵は屋上か中庭、校舎裏にいる、を思い描きどこから回ろうかと算段しながら廊下を歩いた。

 

「ほんと仲いいよな一騎と真壁」

「従兄妹同士だからな」

 

 甲洋が総士に話かけながら灯華の後姿を見送っていた。

 灯華には両親が居ない。物心付く前に事故で亡くなり母方の従兄の家族、真壁家に引き取られた。ちょうど一騎と灯華は同い年そして共に親を亡くした者同士という連帯感もあってか兄妹のように、時には姉弟のように確かな絆を持って育ってきた。そのためか2人の正確な関係を知らない後輩などは双子と思っている人もいるらしい。

 

「あんなもんなのかな?従兄って。ほとんど兄妹みたいじゃんあの2人」

「さぁ?…僕にはよく分からないな」

 

 総士には甲洋の問いに答える術はもっておらずはぐらかし、同じように教室から外に出て行った。そのような存在が総士の傍には居ないのだから。

 屋上にはいなかった。中庭にもいなかった。残るは校舎裏だけだと灯華は意気込んで下駄箱へと向かっていた。ここまで探してもう帰っていたら泣くぞと思いながら下駄箱の中にある靴を手に取るとすぐ上のスピーカーから妙な雑音が洩れてきた。機械の調整でもしてるのかと取り立てて気にせず上靴から履き替え校舎口から1歩足を進めた途端聞こえてきた声。

 

あなたは そこにいますか?

 

 天啓。空から降るようにして聞こえてきた声。下駄箱の、運動場の、緊急用のスピーカーから。波のように聞こえてくる唄。

 本能的に土足のまま校舎内に戻り最短ルートを計算し、職員室前までたどり着くと何人かの教師と合流した。皆が向かう先には年季の入った校舎に不釣合いな光沢をもったエレベーターが待機しており、灯華がそれに飛び乗るとすぐさま扉は閉められ下層へ―Alvis、アルヴィスへと運ばれた。

 島中に警報が流れ、役目が無い人は防護シェルターの中へ、役目のある人はそれぞれの位置へと就く。そんな中、真矢は幼馴染が心配で自転車に乗って家路へと急いでいた。

 

「おい!そっちにシェルター入り口はないぞ!」

「うん。ありがとう!」

 

 近くに居たおじさんの親切な言葉に返事を返しながらも聞き入れず、それよりも、おそらくまだ自宅へいるであろう翔子の事が気になるって仕方が無い。体も弱く、気も弱い翔子だから、恐らく一人では外を歩くことさえ満足にできないだろう、そう思うと自然にペダルをこぐ足に力が込められた。ふと、前を見ると街灯の影が動いている。見間違えかと思い自転車を止め、タイヤの影を見てみるがやはり影が動いていた。まさかという思いで後ろを向くと、空の色が変わっていく。そして、

 

「太陽が・・・」―――消えていく―――

 

 ありえない言葉を続ける事はできず、恐怖感から空から目を逸らし真矢はまたペダルを漕ぎ出した。

 

「翔子!」

「真矢っ・・・真矢・・・」

 

 真矢が心配したとおり翔子は家の前で心細そうにして立っていた。思わず安心して真矢は駆け寄り翔子に抱きつき翔子も安心したように体の力を抜くのが分かった。

 

「一体何があったの?クーも逃げちゃって・・・」

「クーはきっと安全なところに逃げてるわ。私達も避難しましょう!」

 

 翔子を支えなくてはと真矢が決意している所に聞きなれぬ爆発音がし、あたりが微かに揺れる。恐怖にしがみ付く翔子を抱きしめながら見上げると、奥の山の頂上付近が少し赤く染まっている。

 

―――本当に、一体何があったの?―――

 

 疑問ばかりが浮かぶが今は逃げる事が先決であると思い翔子を支えながら羽佐間邸を後にした。

 メインモニターに映し出された映像は想像だにしていなかったものが映った。

 

「うずまき・・・?」

「これが、フェストゥム」

 

 その姿を知らない者はこれこそが“敵”の姿かと声をあげたが、それらを知る者から否定の声があがる。

 

「いや、こんなものではない!」

「単体密度2.33、原子量28.0855、因制度1.88、質量固定。フェストゥム実体化します!」

 

 報告と共に雲の渦は霧散し、変わりに光り輝く物体が出てきた。人型、とも言えなくも無いがある意味人とはかけ離れた姿をしていた

 

 しかしそれは金色に輝きき、あまりにも美しかった

 

「綺麗・・・」

「本当に」

 

 せわしなく動いていたのが嘘のように皆モニターに釘付けになる。その場にいた多くの者達は肉眼で把握するはじめての敵の姿にしばし見とれていた。

 

「美しいものだが、人類の味方とは限らないものだ」

 

 司令官である公蔵の言葉を裏付けるように島の防衛最外にある重力波バリア、通称ヴェルシールドへの攻撃がはじまりすぐに突破された。それを見越して配置されていた守備隊が散開し飛散型ミサイルを同時に発射するも、それはすべて当たらず海上へと落ちた。圧倒的な戦力差を見せ付けられながらも戦闘機部隊は果敢にもフェストゥムに向かっていく、が戦力差はどうにもならず全機破壊された。その直前、全パイロットの精神状態を表すグラフがゼロを示していたのがせめてもの救いか。

 

「これが、フェストゥム・・・」

 

 今まで資料でしか見たことの無かった敵の力に灯華は自分の体が底冷えしていくのを感じた。たった1体でこれほどの戦力というのは資料上、データ上でわかっていても、それは分かったつもりでしかなかったのだ。

 

「難しいな」

「我々にはもう、巨人を覚醒させるしか生きる術はないのか・・・」

 

 公蔵の少しの沈黙と共に一つの決定が下された

 

「ファフナー起動フェイズスタンバイ!!パイロットは?」

「現在ヴァーンツベックでブルックへ向かっています」

 

 唯1人訓練されたパイロットは既に戦闘を見越してか慶樹島へと向かっていた。登場者は果林。これまで竜宮島の秘密を守っていた仲間の1人が島へと向かっていた。慶樹島までまだもう少しあるから通信をいれてみようと灯華が通信スイッチを押すと共にもたらされる悲報。

 

「竜宮南方250メートル付近で信号消滅!パイロット及びスタッフ1名生死不明!」

「何だと!?」

 

 フェストゥムからしたら無差別に攻撃を繰り出しているだけにすぎなかったのだろうが、それが偶然か運悪くヴァーンツベックを直撃してしまったらしい。唯一の正規パイロットと共に苦楽を共にした友人が亡くなったとは信じられず灯華は咄嗟に何度もスイッチを押すが、反応はない。

 

「嘘でしょ、果林」

 

 友人の死に意識が向きそうになるのを飛び交う報告が許さない。流したい涙を飲み込みまたメインモニターに目を向けた。

 

 フェストゥムは剛瑠島からの攻撃により動きを止められていた。

 

「目標捕獲!」

 

 時を待たずして総士が叫んだ。

 

「父さん!僕が代わりにファフナーで出ます!」

 

 だが公蔵は首を振り許さない。

 

「総士、お前達にはお前達にしかできない事があるだろう」

 

 その言葉に総士は上を、灯華は自分の足元を見つめ共に小さく呟いた。

 

「ジークフリードシステム」

「・・・クリエムヒルドシステム」

「できるな?総士、灯華君」

 

 そのために自分達は今まで訓練を重ねてきたのだ。

 

「はい」

「わかりました」

 

 問いかけの言葉に対する返事は一つだった

 

「総士」

「なんだ?」

 

 二人は現段階でのファフナー搭乗者の最適任者である人物を迎えに行くため最短ルートで開かれている通路を歩いていた。この通路は全シェルターに通じており今は指示に従ってその人物の居るシェルターへと向かっている。

 

「私・・・怖い」

「フェストゥムが?システムが?」

「両方が。でもそれ以上に…」

 

 彼を失うかもしれないという事実に。

独特の音がして二重になっていたシェルターのドアが開き、気圧の変化からか空気が舞い総士と灯華の髪をなびかせた。風圧に閉じていた目を開けると、放送でもあったのか一騎はドアの前に立ち総士と灯華を待っていた。後ろでは級友が遠巻きに三人を見ている。

 

「総士、灯華。俺達は何処へ行くんだ?」

 

 確実に何かが起こっているのに詳細を知らされないまま無為に過ぎる時間。その間に何かを感じ取ったのか一騎はそう2人に問いかけてきた。何かが起こっている、けれどそれが何なのか分からない。けれど何かを成さねばならないと何処からか何かが訴えてくる。漠然とした考えの先に何が待つのか分からず2人に問いかけた。すると総士が当たり前のように応えた。

 

「楽園だよ」

 

 

 

 そう、楽園だったあの安寧の時間を取り戻すために戦うのだ。

 

 

 


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