それでも織斑一夏は怒らない   作:あるすとろめりあ改

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5話 誤り謝れ誤れ

 ほぼ同一の遺伝子を有する双子という生き物は、得てして似通った容姿を持つ者達が多い。

 織斑兄弟達もその類に漏れることなく、両者とも同じ理髪店でほぼ同時期に散髪する事も手伝って、その見た目はどうしても似通ってしまう。

 故に、兄弟の判別は性格や声・能力の差と言った眼で見えない相違点によって判断されるのが常なのだが、どうしてもそれだけでは偶に勘違いが起こってしまうのだった。

 

 

「おーい!十春ぅ~」

 

 

 背後から兄を呼ぶ女の子の声が聞こえてきたとき、一夏は何となく根拠の無い確信をしていた。

 故に、振り返るべきかどうか迷いながらもその歩みを止めてしまう。

 

 そして、その判断が間違っていたのに十秒と待たずに気付かされる事になってしまった。

 

 

「えいっ!」

「うわ…………っ!?」

 

 

 女の子は有無を言わせずに突然飛びつき、腕は顔に脚は胸に巻きつき、所謂おんぶを強要するような形で抱きついてきたのだ。

 此方に非は無い筈なのだが、仮にも女の子を落として怪我をさせてはなるまいとふらつく足元を何とか抑えつけてバランスを取る。

 

 

「えへへ、ねえねえビックリした?」

「いや、あの…………」

 

 

 ビックリした、何てものでは無い。

 前から来るのならまだ身構える猶予も有ろうが、背後からの奇襲では何の対処のしようも有ったものでなく、為されるがままになっていた。

 

 

「何よ十春、今日は何かノリ悪いじゃない?」

「あの、僕、十春兄ぃじゃ無いんだけど……」

「………………え?」

「一夏です。織斑一夏、織斑違いです」

 

 

 流石に抱きつかれた経験は無かったが、一夏が十春と間違えられることは週に一度くらいの頻度であった。

 逆に、十春が一夏と間違えられる事は非常に稀な事である。

 そもそもの立ち振る舞いが兄弟で大きく異なる上に、一夏に用のある者自体が数少ないのがその理由だ。

 

 

「えっ……嘘?」

「…………」

「キャアアアッ!?ちょっと、アンタ!離れなさいよっ!!」

「えっ、ちょっ、うわあっ!?」

 

 

 事実を伝えられた衝撃からか、それとも人違いによる羞恥の照れ隠しなのか、女の子はそのままの状態で暴れ出した。

 頭は腕で殴るようにぶつし、脚はバタバタと蹴り上げるように振り回すのだから、その子を支えて持ち上げている一夏からしたらたまったものじゃない。

 

 何とか渾身の力を振り絞って膝を曲げ、腰を下ろす。

 

 それに気付いて女の子は逃げ出すように背中から降りると、一夏から距離を取った。

 

 

「信じらんない!何て事すんのよアンタっ!!」

「えー…………」

 

 

 弁解するようだが、一夏は少女に対して何もしていない。

 間違えたのは女の子の方だし、突然抱きついてきたのも彼女だ。

 一夏は客観的に見て巻き込まれただけの被害者と言える筈なのだが、どういう訳か少女からはありったけの罵声を浴びせられ責められているでは無いか。

 

 

「ふざけるんじゃ無いわよ!紛らわしいじゃないのこの馬鹿っ!!」

「いや、そんな事言われても…………」

 

 

 一夏としても望んで十春と同じ顔で産まれ主張てきた訳で無いし、今も進んで十春と間違われた訳ではない。

 理不尽な事であると思うのだが、女の子は女の子で正義は我にありと言わんばかりに主張して憚らない。

 反論したり逃げ出すと言う手段を取るのに遅れた一夏は少女が拗ねを蹴り続けるのを甘んじて受け入れていた。

 

 

「十春はどこ?!」

「いや、僕は知らな…………」

「鈴っ!」

 

 

 い──と完全に言い切る前に本人が駆け寄ってきた。

 噂をすれば何とやら……とは違うが、これで厄介な事にならずに済むなとほっと一息入れる間もなく

 

 

「一夏!てめぇ鈴に何をしたっ!!」

「えっ」

 

 

 何をしたかと問われれば、何もしてないとしか一夏には答えようが無かった。

 例えるならば交差点で信号待ちをしていたら、ヤの付く人達が乗ってる車に誰かと間違えられて後ろからぶつけられたと思ったら、まるでコチラが全面的に悪いかと決め付けられた上で警察に問い詰められている様なものである。

 

 

「僕は何も……」

「ふざけるなっ!鈴はな、今泣いてるんだよ!!」

 

 

 今泣いているから何だと言うのだろうか?

 何が言いたいのかまったく解らなかった。

 限りなく理不尽だった。

 弁解の余地なんて微塵もありはしない。

 

 

「鈴に謝れ……一夏あっ!!」

「待っ──」

 

 

 制止の言葉が口から発せられる前に、十春の重い拳が一夏の顔に突き刺さった。

 躱す暇を与えずに打ち据えられたその一撃に一夏は抗えず、慣性に従って吹き飛ばされることになってしまう。

 

 

「そこで反省でもしてろ」

「…………」

 

 

 反省しろとは言うが、客観的にふまえて考えてみてもどこにも一夏の非は自身で見つけられなかった。

 では、もしや十春と酷似した容姿を持って産まれた事が罪だとでも言うのだろうか?

 間違え、過ちを犯したのは鈴と呼ばれる少女だろうに、織斑一夏という存在であるだけでそれが問題だと言うならば一夏にはどうしようも無い。

 

 

「あれ……?」

 

 

 ふと、地面を見下ろせば血溜まりが出来ているのに気が付いた。

 顔を手で触ると、鼻と口からそれぞれ血が漏れ出しているようだ。

 

 

「んー……ちょっと切っちゃったみたいだなぁ」

 

 

 ポケットティッシュを鼻に詰め、口に突っ込むと一夏は何事も無かったように歩き出す。

 出血に対しては驚きも痛みも感じなかった。

 故意、事故に限らずこのように血を流すことは月に何度かある事なので一々気にしていたらそっちの方が身に持たないと一夏は学習していたから。

 

 

「えーっと柔軟剤とトイレットペーパー、それに牛乳も切らしてたんだっけ?」

 

 

 まるで先ほどまでの出来事が無かったかのように買い物の内容を思い出そうと思考を巡らせる。

 

 ……それ故に気付けなかった。

 

 一夏の背後に影が忍び寄っていることに

 

 

 

 

 

 

「そろそろ起きてくれると助かるかなぁ?」

「んぅ……?」

 

 

 身体を起こそうとすると、目の前がチカチカとして吐き気が襲った。

 何が起こったのかと思考を巡らせるが、どうも記憶に欠落がある。

 確か、不幸な事故があった後に最寄りのドラッグストアへ向かっていた筈なのだが…………

 

 

「目は覚めたかな?」

 

 

 その声によって、朧気だった意識が完全に覚醒する。

 聞こえてきた声は、男性の物だった。

 少なくとも大人の声で……未だに視界は暗闇の中だったので年格好や容姿は解らない。

 

 

「SSP5G-1……いや、敬意を持って織斑十春くんと呼んだ方がいいかな?」

「えすえすぴー……?」

 

 

 家電製品の型式番みたいな言葉が耳を素通りする。

 そんな名称に心当たりは無かったし、まるで物の名前が判別したように僕にその名称を当てはめられた事に疑問を抱く。

 

 いや、今はそれよりも

 

 

「あの、どうも行き違いがあるみたいなんですけど…………」

「ん?」

「僕、一夏です。織斑一夏。

たぶん、あなたが言ってるのは兄の織斑十春の事だと思うんですけど?」

「…………本当かい?」

「はい」

「……………………」

「……………………」

 

 

 双子は、得てして間違われやすい存在である。

 織斑兄弟達もその類に漏れることなく、両者とも同じ理髪店でほぼ同時期に散髪する事も手伝って、その見た目はどうしても似通ってしまう。

 故に、兄弟の判別は性格や声・能力の差と言った眼で見えない相違点によって判断されるのが常なのだが、どうしてもそれだけでは偶に勘違いが起こってしまうのだった。

 

 本日、間違われるのは二回目の出来事であった。

 

 

「まあ、いいや……つまり、君はSSP5G-2って事か」

「何なんですか?その、えすえすぴーって言うのは?」

「極めて求められた完璧に近い──いや、今となっては余り意味の無い呼称だね、君の事は一夏くんと呼ばせてもらう事にするよ」

「はぁ……」

「僕の事はアルバート、とでも呼んでくれたまえ」

「アルバートさん、ですか」

「見ての通り僕は純粋な日本人なんだけどね、残念ながら本名を名乗ることができなくてね。仇名だとでも思ってよ」

 

 

 未だに状況は掴めないが、一夏は特に抗うような事はしなかった。

 それから、少し話をして落ち着いたのか視界は晴れ、周りを見る余裕が生まれたので辺りを見渡す。

 一夏達の居る場所は学校……いや、病院のような真っ白な部屋だった。

 

 アルバートと名乗る男は白衣を身に纏い、大凡2,30代ぐらいの男性で、特徴としては肩まで伸びる長い髪と黒ぶちの大き目な眼鏡が目につく。

 如何にも研究者然としていて、彼の座る事務イスとその前に置かれた巨大な机は妙にこの場にマッチしていた。

 

 

「話をしようか……

と、思ったんだけど実は僕達、一夏くんの事については余り詳しくないんだよねぇ……」

「そうですか」

「だから、少しテストを受けてもらいたいと思う」

「テスト……?」

 

 

 言葉をオウム返ししてしまう。

 テストとは、いったい何をさせるつもりなのだろうか?

 

 

「なぁに、簡単な体力テストさ……」

 

 

 それから、アルバートはこちらの興味を失ったように視界を机の上に置かれた書類に移し、言葉を続けた。

 

 

「精々頑張ってくれたまえ……僕としても廃棄処分だなんて残念な結果にはなって欲しくは無いからねぇ」

 

 

 




始めるからには毎日更新をしたかったのだけどちょっとリアルが忙しかったので。
出来る事なら明日も更新したいです。

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