それでも織斑一夏は怒らない   作:あるすとろめりあ改

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36話 96A

 遺伝子強化試験体A-0096。

 それが私の嘗ての名前…………否、型番だった。

 人造兵士の研究はナチスの時代からドイツの裏で脈々と続けられている。

 それは東西に分裂したり再び統合されてからも途絶える事は無く、ナチスの頃には技術不足で叶わなかったそれも半世紀を跨ぎ21世紀に到達すると漸く()()()()()実用的なレベルまで漕ぎ着けた。

 

 …………そう、2000年代初頭に研究開発された私達Aシリーズはそれぞれ少なからず欠陥を抱えていたのだ。

 私の場合、視力強化の為に投与された試作型ナノマシンの影響で失明した。

 明らかな障害が見られた私はすぐさま【欠陥】の烙印を押される。

 “処分”を覚悟した私だったが、思いの外に暫く生かされる事になった。

 当初の目的である兵士としての利用価値は0の私だったが、Aシリーズにしては珍しく生命機能に支障の無い個体だった為、生体維持の研究の為に処分を免れたのだ。

 

 私の出来損ないの身体による研究の結果、生命機能や四肢、五感に異常の少ない安定型のBシリーズが開発され、数年後には遂に完全戦闘特化のCシリーズが完成する。

 

 

「つまり、おまえはもう用済みと云う訳だ」

「…………」

 

 

 ハッキリと、そう言われた。

 頭に占めたのは、恐怖と諦めの感情。

 本来ならば既に土へと還っている筈の自分に対して数年の猶予が与えられて、何処かに期待が募っていたのも否定できない。

 しかし【欠陥】は【欠陥】でしか無かった。

 使えなくなったら棄てられる……人の手によって生まれた私は、所詮道具に過ぎなかったのだ。

 

 それからは最低限の食料と水も与えられず、このまま朽ちるのが先か、それとも人の手によって命を絶たれるのが先か……ただそれだけを待つ日々が続いた。

 既に総てを諦めた頃…………“ソレ”は来た。

 

 

「…………?」

 

 

 視覚以外の感覚が生きている私には、目の前に何かが近付いてきたのは察知出来た。

 しかし、何時もの研究員や時々やって来る将校とは異なり、何も言葉を投げかけてこない。

 不思議に思ったが、最期はそんな物かと勝手に納得して考えることを放棄した。

 と言うよりも、数日に亘って水分さえ摂取していなかった私は意識も朦朧としていて、思考する事さえままならなかったのだ。

 

 

「…………助け……の……さん?」

 

 暫くしてから、漸く声が聞こえた。

 年若い少年の様な声…………それは、自分では無い誰かに話しかけているかのようだった。

 

 

「……痛いよ?」

 

 

 それだけ言われて、本当に首に僅かな痛みが走った。

 後からして気が付いたが、どうやら注射を打たれたようだ。

 

 

「う、あ……?」

 

 

 状況が把握できないまま、重量感のある音が徐々に近づいてくる。

 パワードスーツの類だろうか、ドイツ軍もその類の物を制式採用してからガラっと様々なものが変わったと何処かで聞いた。

 そして“ソレ”はゆっくり近づくと、私に優しく触れてきた。

 

 

「行くよ」

「どこ、へ?」

 

 

 思わず、訊いてしまう。

 今更、自分の身がどう転ぼうとどうしようも無いのは理解していたが、それでもその短い言葉の意味を訊かずにいられなかった。

 自分が何処へ連れて行かれるのか、と。

 

 

「…………空の、向こう」

 

 

 冷静な思考ならば、何かの譬えかと勘ぐる事も出来たかもしれない。

 例えば、海外の事を言っているのか、とか。

 だけどその時に脳裏に過ぎったのは…………遂にお迎えが来たか、と云ったものだった。

 

 

「Der Tod……?」

 

 

 姿の見えない来訪者に、私は死神を連想した。

 しかし、優しくも冷たい声がそれを僅かに否定する。

 

 

「…………もう少し、マシかな」

 

 

 私の意識は、そこで一度途絶えた。

 

 

 

 

 

 

「あ…………」

 

 

 懐かしい夢を見た。

 まだ私に名前が無い、恐怖で彩られたあの暗い暗い日々とその終わりの日の事…… 

 そんな夢を見たのは、もしかしたら──

 

 ベーコンの匂いがした。

 

 

「おはよう、クロエ」

「一夏様……」

 

 

 今年からIS学園に通われる事になった一夏様だったが、夏季休暇と言う事で今は帰省している。

 

 

「朝ご飯が出来てるから一緒に食べない?」

「え……あっ!すみません、寝坊してしまって!」

 

 

 朝食を作るのは本来私の役目だ。

 初めは炭や黒いゲル状の何かしか作れなかった私だったが、一夏様に料理を習う事である程度はマシな物が作れるようになった。

 “役目”が欲しかった私は自分から願い出て朝食を作ると決めたのに…………

 

 

「ごめんごめん、僕が偶々早く起き過ぎちゃったのと久々に朝食を作りたくなっちゃってさ」

「…………」

「明日からはクロエにちゃんと任せるから、ね?」

 

 

 私は申し訳ない気持ちに苛まれながらも、一夏様に促される儘に食卓へとついた。

 そして再び、香ばしいベーコンの匂いが鼻孔を擽る。

 

 

「これは…………」

「うん、折角だからクロエの好きな組み合わせにしてみたんだ」

 

 

 カリカリに焼いたベーコンとトロトロのスクランブルエッグ、そしてフワフワのフレンチトースト…………

 忘れもしない。私が、あの日に食べた物と同じだ。

 

 

 

 ○

 

 

「初めましてだねー、私の名前は篠ノ之束だよ!」

 

 

 それがISを発明した開発者の名前であることは施設に隔離されていた自分でさえ知っていた。

 しかし、そう名乗る彼女が本物だとは限らない。

 寧ろ偽りだと疑う方が正常な思考だとさえ思う。

 故に私は、私を連れ去った者達に警戒しながら話半分に聞いていた。

 

 

「…………」

「あれあれー?何だか警戒されちゃってる?」 

 

 

 視覚情報を得られない私は──比較しようが無いが──健常者よりも警戒心が強いかもしれない。

 “見えない”と言うことはそれだけで恐怖であり、害される危険性も高いのだから。

 

 

「何故…………」

「んん?」

「何故、私を……?」

「連れてきた理由?ぶっちゃければ気まぐれかなー」

 

 

 あっけらかんと、彼女はそう言った。

 その言葉に、思わず私は暫く呆けてしまう。

 

 

「いやさ、色々とあるよ?哀れみだとか君のいたとこの元請けにイラってしてるとかさ」

「…………」

「でも直接的な理由じゃないし、別に放置して見殺しにしても良かったし…………やっぱり気まぐれかな?」

 

 

 喜ぶべき事なのか、正直解らなかった。

 話しぶりからして適当な事を言っているようにも思えず、やはり本当に気まぐれで命を拾われたのだろう。

 だからと言ってそれが私にとって良いことかどうかは、また別の話だ。

 

 

「そんな事よりさ、お腹空いてない?」

「へ──?」

「いっくんが栄養剤を打っといてくれたみたいだけどさ、何も食べてないのは流石にまずいんじゃないかな」

 

 

 先ほどの注射の正体は栄養剤だったようで、そう言われてみればあの気怠さも大分マシになった気がする。

 だがしかし、それは同時に生殺与奪も向こうに握られている訳であり、恐怖も感じた。

 

 

「束さん、できたよ」

「おっ、グッドタイミーング!」

  

 

 まさかタイミングを図ったとは思えないが、そんな会話を見計らったようにもう一人が近づいてきた。

 聞き覚えのある声は、幽閉されていた私を此処まで連れて来た者のようだ。

 

 

「今日のご飯は何かなー」

「もってくるね」

 

 

 そして、運び込まれた料理の香りが私の鼻孔にまで届く。

 特に強く鼻を刺激するのは、ベーコン。

 香ばしく塩で彩られたシンプルな匂いが非常に魅力的に感じられた。

 

 

「…………」

 

 

 私の前にも料理が並べられたのはわかったが、それに手を伸ばす気にはなれなかった。

 今更になって毒を盛るつもりも無いであろうし、そうであっても死ぬタイミングがズレこむだけである。

 わかっていても……何故だか、躊躇いが拭いきれない。

 

 

「はい」

「え……?」

 

 

 ベーコンの匂いが、間近までやってきた。

 暫くして、少年が口の近くまで運んでくれた事に気づく。

 

 

「手伝ってあげる」

「あ……いや、でも……」

「もう、大丈夫だから」

 

 

 その言葉を聴いて、私の身体が僅かに震えたような気がした。

 

 

「もう決められた事をしなくても良い、もう命令を守る必要も無い」

「……ほん、とう?」

 

 

 意識せず、ポロっと落ちるように言葉が零れた。

 きっと、それは私の本心。

 身体に残っていた緊張が、少しだけ解れた気がする。

 

 

「うん……だから、食べて」

 

 

 口に運ばれたベーコンの味は……少し、塩味が強かった。

 

 

 

 

 

 

 目は見えずとも、どこに食器があるのかは解る。

 覚えたと言うよりも慣れたに近いこの感覚、目当てのベーコンを見つけて口に運んだ。

 

 

「どうかな?」

「…………凄く、美味しいです」

 

 

 こうして何かを食べるとき、私はとても温かい気持ちに包まれているような気がする。

 それはきっと、眼に光があっても見えない物…………

 でもそれをハッキリと感じられる。

 

 

「私……ここにいても、良いんでしょうか?」

「え?」

 

 

 だけれど、同時に不安になる。

 私はとても無力な存在で、とても一夏様や束様の役にたっているのは思えない。

 一度は棄てられたにも関わらず気まぐれで与えられた居場所……だからこそ、棄てられる事への恐怖は計り知れない。

 

 

「…………僕は、嫌だな」

「え、何がですか?」

 

 

 一見、脈絡の無い一夏様の言葉に聞き返してしまう。

 

 

「帰ってきても、クロエのいない家なんて……」

「それは……」

「クロエは、もう家族なんだよ。束さんがいて、クロエがいて…………血が繋がっていなくても三人は家族だ」

 

 

 

 そう言いながら一夏様は優しく私の頭を撫でてくる。

 少しくすぐったく感じたけれど、それを甘んじて受け入れた。

 

 

「ここにいてもいいのかじゃなくて、ここにいなくちゃいけないんだ。だって、家族だから」

「一夏様……」

 

 一夏様は嘘をつかない。

 少なくとも、繕うための都合の良い嘘は絶対に。

 それを知っているから、その言葉が偽りでは無いと解る。

 

 

「ふぁぁ……おはよぉー」

「あ、おはよう束さん」

 

 

 そして、束様も起きてきて家族3人が揃う。

 また夜更かしをしたのだろうか、束様は眠そうな声をあげながら食卓に着いた。

 

 

「おろ?くーちゃん、どうしたの?」

「いえ……とても幸せなんだなって思って」

 

 

 この頬を伝う雫は、矛盾するように僅かな熱を帯びていた。




待たせたな!

いえ、本当にすみません。
資格試験やら卒業やら就職やらで中々時間を確保できなくて……
5月になって漸く時間が出来たので少しずつ投稿していきたいかな、なんて思ってます。

どうか見捨てずに見守って頂けたら幸いです。

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