その後、
三沢基地は航空自衛隊の基地としてだけで無く在日米軍である第35戦闘航空団の拠点としての側面もある事から、身柄と機体はそちらに引き渡された事だろう。
一夏を初めとしたIS学園の生徒達は、旅館へと真っ直ぐ引き返すことになった。
ただし、暴走という事態を引き起こした為に各々の製造メーカーから派遣された技術者の検査が入るまでは展開禁止──一夏の場合は束さんが「念の為」と速攻でチェックが終わったので例外だが──という処置が織斑先生の裁量の元に下された。
そう言う訳で、一夏も別館に割り当てられた客室へと戻ってきている。
「ふぅぅぅ……」
疲労の蓄積をなんとかしたくて、だけれども夕方の頃合いに寝てしまうのも早過ぎる……そんな訳で、客室露天風呂に浸かる事にした。
全身を湯に委ねるつもりで脱力すると、身体の芯から何かが漏れ出す様な心地よさに包まれる。
日本人という人種が温泉に何故拘るのか……感覚と言うか、DNAで理解できた様な気がした。
「ぉいーす、私達も入れてよいっくーん!」
ボーッと海を眺めていると、客室の方から既に服を脱いでタオルを身体に巻いた束さんとクロエが出てきた。
「た、束さま……さ、流石に一夏さまと一緒に風呂に入るというのは……」
「えー? 別にいーでしょ、いっくん?」
「別に良いですよーぉ……?」
幸い露天風呂は2人や3人入っても充分な程の広さがあり、湯量もたっぷりあるので束さんとクロエが入ってきても問題無いだろう。
寧ろ、疲れていてあんまり考えたくないと言うのが正直な処だ。
「アハハ、なんだかお疲れさんだねぇー?」
「そりゃあ疲れましたよ」
大凡3時間、闘いという比較的に苦手な部類に入る環境の中でずっと神経を張り巡らせ続けていた。
体力的な疲労はもちろんの事、何となく気疲れしてしまっている。
「白熾、だっけ」
「え……ああ、はい」
左手の薬指にはまっている白い指輪を掲げながら同意する。
嘗て白騎士と呼ばれ、久しく“無銘”だった彼女は晴れて今日、白熾と呼ばれるようになった。
「良い名前だね……きっと、この子も嬉しいと思うよ?」
「そうだと良いんですけどね」
そう言えば、白熾から名前についての感想を聞きそびれてしまっていた。
出来れば気に入って貰えていれば良いのだけれども……
「あれ? いっくんってあの子と直接お話し出来るんだよね?」
「展開してるときは出来ますけど、今みたいに待機状態の時は出来ないみたいで────」
そう言えばと、今は束さんとじっくり話すことの出来る貴重な機会だった。
ならば思い切って…………疑問をぶつけてしまおうか?
「ん、どしたの?」
「束さん…………ISって、何なんですか?」
「んー……それはどういう意味で、なのかな?」
「ISの、
「んふぅ、やっぱりいっくんは察しが良いなぁ……優秀な生徒は束さんは大好きなのですよ?」
反応が、あった。
つまりそれは、一夏の突拍子の無い憶測も強ち間違いだらけでも無いと言うことか────
「なんか保険みたいになっちゃうけどさ、前提として束さんも全部が全部わかってる訳じゃないからね?」
束さんは一夏の両肩に肘の乗せ、更に両手の平を頭に敷いた上に自分の顎をのっけた。
今日の昼頃、作戦開始前のブリーフィングの時にもやっていた……どうも束さん曰く落ち着く体勢らしい……そんな格好の状態で話を続ける。
久しく懐かしいが、束さんが講釈を始める時は何時もこういう形になるのだ。
「ISとは機械ではありません。
いや、ISその物は機械って認識で合ってるんだけど……いっくんの聴きたい部分の話ね?」
「はい」
講釈は何時もヒントだけだ。
回答は絶対に教えてくれず、一夏自身が答えを導き出す事を望んでいる。
ただ、思いついた仮定を問えば、それが正解か否か若しくは惜しいのか程度までは教えてもらえる。
これも、お馴染みのスタイル。
「だからつまり、人類がISって呼んでる物は飽くまでも外枠に過ぎない」
「…………」
「そうだねぇ、いっくんの付けた名前は有る意味その本質を突いてるかも?」
抽象的な言葉だが、そこには必ず真実しか存在しない。
となれば、ISの機械の部分を切り離して考えた方が良いだろうか?
それと、白熾の名前がISの本質に近い…………
これらの情報を踏まえれば──
「ISは、降りてきた?」
「はーい正解です! 正解者には拍手、ほらクーちゃんも!」
「えっ、あ、はい!」
水気の混じった、弾ける様な拍手が聞こえてくる。
総ての答えでは無いのだろうが、ひとまず正解ではあったようだ。
つまり、ISは地球外由来のもの…………
「って言うかクーちゃん、何で端っこの方で縮こまってるの?」
「いえ、その………さ、流石に混浴と言うのは……」
「むはーっ! 全くクーちゃんは可愛いぜえっ!」
「わっ?! た、束さまっ!?」
ギューッと力強く抱き締める束さんに対して、苦しそうに悶えるクロエ。
ここは風呂だから、やり過ぎて溺れなければ良いけれど。
「ほら、いっくんもおいでー」
「ぅわ……っ」
その勢いのまま、一夏も片手で抱きかかえられる。
細身に見えて案外と束さんは力持ちで、尚且つ強引な節がある。
「あ、それともう一つ……」
でもそんな所行にも慣れている一夏は流すように質問を続けた。
「んー? なになに?」
「ヴィルドラームって、何ですか?」
白熾との会合の場で耳に掠めた言葉。
考えたり自分なりに調べてみたりしたが、結局その意味はわからず仕舞いだった。
「ヴィルドラームは………………謂わば天敵、だね」
○
「貴方が、織斑一夏くん?」
「はい、そうですがどなたですか?」
3日目、校外特別実習こと臨海学校は無事…………とは口が裂けても言えないが、終わりを迎えIS学園の生徒は撤収する運びとなった。
まだ片付けが終わっていない為、一夏もそれに参加していると見慣れない女性から声を掛けられた。
20代前半、カジュアルなスーツを着た白人の女性…………やはり心当たりがなかった。
「ナターシャ=ファイルス大尉、
「ああ……」
それはまた意外な人物だった。
渦中の当事者であり、今頃は三沢米軍基地にいる筈なのだが……
「貴方には直接お礼を言いたいと思ってね」
「お礼ですか?」
「ええ、
彼女が言うには、
だが、原因がハッキリしている事もあってオーバーホールを実施し、再発防止に全力で努めると言う事で決まったそうだ。
「貴方のお陰であの子は生き延びる事が出来た」
「でもそれは、僕は関係無いでしょう?」
「いいえ、貴方が止めてくれたからよ。 そう、貴方でなければ止められなかった」
さて、それはまた見解の分かれそうな意見ではあるが。
しかし、あの場で短時間かつ単騎で事に当たれたのは……確かに、第七世代型ISを保有する織斑一夏だけだったかもしれない。
「まあ……次に飛ぶことが出来るとしたら人のいないアラスカの寒い空かも知れないけど、それはそれで乙なものよね」
そう言って、ナターシャ=ファイルスは上空を見上げた。
まるで青空に焦がれるように。
「あの子がね、励ましてくれたの」
「…………え?」
「大丈夫、きっと止めてくれる、きっと助けてくれるからって…………もしかしたら、ただの錯覚だったのかも知れないけど」
「…………」
それが真実か否かは誰にもわからない。
一夏と白熾の様に会話が出来たのかも知れないし、若しくは彼女の言うようにただの錯覚だったのかも知れない。
でも全部が嘘だとは、一夏は思いたく無かった。
「今度は──」
「え?」
「今度は、誰にも邪魔されずに飛べると良いですね……」
「ええ…………そうね、ありがとう」
日本人である一夏は神を信じた事は無いが、誰となしに祈りを捧げる。
次に奏でられる福音が、警鐘ではないことを。
「それでは、僕はまだ作業が残っているので、これで失礼します」
「ええ、呼び止めちゃってごめんなさいね」
「いえ」
空は今日も、蒼く澄み切っていた。
○
臨海学校からIS学園へと帰校すると直ぐに夏休みへ向けての準備で周囲は慌ただしくなっていた。
長期休みと言うことで、多くは自国へ帰還して様々な報告の必要があったり何かと忙しくなるのがIS学園の生徒の常なのだ。
かく言う更識簪も日本国代表候補生として防衛省へ先日の銀の福音事件に関する報告書をあげなければならず、カタカタと忙しなくキーボードを叩いている。
そんな時、机の片隅に充電しながら放置していたスマートフォンから10数年前の特撮ソングを奏でながらブルブルと震えだした。
「はい、もしもし?」
『もしもし、石澤です』
「あっ……!」
その電話の主は、簪が心待ちにしていた人物だった。
一夏がまだ部屋に戻ってくる様子が無いことを確認し、念の為にとトイレに駆け込む。
「はい、更識簪です」
『先日頼まれた件、調査が終わりました』
「えっ、もうですか?!」
石澤は、DISA──防衛省情報局の局員である。
その名の通り防衛省の防諜機関であり、言わば日本版DIAとも言える組織だ。
『ええ、我々としても“彼”の素性の調査は急務と考えておりまして……』
「…………」
『それではデータを端末に送ります』
「あ、はい」
簪は端末に送られてきたデータを閲覧する為、メガネ型のHMDグラスを端末と同期させる。
可能ならば利便性の高い空中投影型ディスプレイを使いたい処だが、費用面の都合でそれは叶わない。
視力が寧ろ良い部類である簪が眼鏡を掛けているのはそう云った理由があるのだ。
「あ、来ました…………えーっと、200X年9月27日生まれ、本籍は××市で同市の小学校に──」
そこで、簪の視線が止まった。
いや、正確にはそのページにそれ以降の記載が無く、読む部分が無かったのだ。
「えっ、あれ?」
小学校に入学した。
それは何も可笑しく無い、日本人には義務教育が課せられているのだから。
しかし、日本の義務教育は9年間である。
「あの、小学校への入学以降について何も書かれていないんですけど……?」
『それに関しましては次のページを……』
その言葉に従い、ページをスクロールさせる。
「特記事項……201X年10月14日水曜日、失踪、行方不明…………え?」
『はい』
衝撃的な単語が飛び込んできた。
失踪と行方不明。
当時小学五年生で10歳だった少年は、消えていた。
「行方不明って……でも、現に!」
『本年度の入学日をもって失踪届が取り消された様です』
「…………その約5年間、彼はどこに?」
「それが、わからないのです……」
「わからない?」
『ありとあらゆるデータを可能な限り調べたのですが、この五年間に
「そんな…………?」
それは一体どういう意味なのか?
もしやその間、誘拐されたり、監禁されていた?
しかし、それにしては彼の知識や教育の水準は些か高いものだ。
どこかで教育を受けていた?
いや、それなら名前や形跡が残るはずだ。
ならば海外にいた?
寧ろ渡航歴が残るし、密出入国を見逃すほど日本も杜撰では無い筈だ。
『実を言いますと……改竄されているのですよ』
「改竄?」
『ええ、彼は電子上では××市立中学校を卒業した事に……しかし、紙ベースで残されたデータのコピーに彼の名前は無い』
「つまり、IS学園に入学する為に?」
『でしょうねぇ、IS学園の入学資格は中等学校教育以上を修了している必要がありますから』
そんな改竄を行った人物は?
IS学園に入り込む為にそんな事をしたのなら、その理由は…………?
〝一夏くんは…………いったい何をしようとしているの?〟
〝学生生活〟
〝………………え?〟
〝僕はまともに学校って行ったこと無かったから──ああ、いや。 うん……それも、目的の一つかな?〟
先日、あの事件の日、海岸でそんな会話があったのを思い出した。
(学校に行ったこと無いって、本当に? でも、どうして?)
掘り下げは掘り下げる程に謎は深まる。
『いやはや、ここまで怪しいのに何も出てこないのも驚きですよ。
入学の際の検査で提供されたDNAから織斑一夏本人である事は確認済みなのですが…………』
「…………何かわかりましたら、また教えて頂けますか?」
『ええ、もちろん。 寧ろ、出来れば同居人である貴方が何か気付いた事があれば教えて頂きたいのですが?』
「…………すみません、思い当たりません」
『わかりました。 それでは、引き続きお互いに何かわかりましたら連絡をしましょう』
その言葉を皮切りに、通信は途絶えた。
「どういう事なの、一夏くん…………?」
簪は、ただベットに飛び込んで頭を枕で包み込む事しか出来なかった。
フハハ、伏線しか置いていかないのぜ。
ところで、正直4巻の内容って蛇足感が……ゲフンゲフン。
4巻に該当する部分を挟むかは検討中ですが、次章5巻以降の辺りから原作の流れをガッツリ無視して逸脱していきますのでお楽しみ(?)