地上の砂浜を飛び立ってから数十分ほどが経過していた。
音を置き去りにしながら突き進み、一夏は先程まで戦闘が行われていた場所を一心不乱に目指す。
総勢7機のISが一カ所に集っている筈だが、レーダーに反応は無い。
まさかその全てが一瞬で撃墜してしまったとは考え辛く、一夏はステルスモードで身を隠していると予測した。
「見つけた……」
【障壁破壊用近接ブレード・展開】
一夏はスピードを緩めずに近接ブレードを右手に顕現させる。
そのまま零落白夜を発動させると、
接近を許した
一気に推進力を失った
その衝撃に対して姿勢制御する事もままならず、下方へと力を押し込まれた
「任務完了。
搭乗者は生存しているだろうし、もし仮に再び浮上してきたとしても機動力と攻撃力の要を失っているので大した反撃は出来ない筈だ。
『なっ……速過ぎる──』
「これより僚機の捜索と救助を行います。 宜しいですね?」
『あ、ああ……』
ステルスモードでレーダーが役に立たないのなら目視で捜す他に無い。
ハイパーセンサーで拡張された360度の視界を見渡すが、この広大な太平洋のど真ん中で2,3mのISを捜すのは中々に大変だ。
「密漁船……とか言ってたっけ?」
後続組の最後の会話の方に、そんな単語があったのを思い出した。
真下に不審な密漁船が停泊してるとか、何とか。
ならばその船を見つけられれば付近にいるのでは無いだろうか?
そう思い至った一夏は急降下を始める。
ほぼ無限の空間でISを探すよりも海という平面で船を探す方が容易い。
さほど時間も掛けずに見つけられる筈────
【警告・11時上方向・レーザーによる砲撃】
「っ!」
コアからの警告と同時に、一夏の身に青いレーザーの雨が降り注いだ。
一カ所に留まるのは拙いと判断し、レーザーをかいくぐる様に縦横無尽な機動で、今度は高度を上昇させる。
「これ、は……BT兵器?」
攻撃の正体に気付いた頃、レーザーは何時の間にか上下左右の全方向から狙うような軌道に変化していた。
一夏はその攻撃を回避しながら砲撃主の姿を捜し出す。
「ブルー・ティアーズ、セシリア=オルコット…………何故?」
「…………」
一夏に攻撃を仕掛けてきたのは、イギリスの代表候補生であるセシリア=オルコットであった。
その虚ろ眼から敵意は感じられず、まるで寝ぼけているかの様である。
しかしそれでいて攻撃は正確に狙ってくるのだから始末におけない。
「何かあったの?」
「────」
何度か声を掛けるが、それに対する反応は無く尚も砲撃で返してくる。
「一度無力化して話を聞いた方が早いか…………」
【了解・データログを参照・・・再構築・・・・完了・荷電粒子ライフル・展開】
確実に決める為に威力の高い荷電粒子砲を選択、されど弾数と照準の正確性を求める為にキャノン型からライフル型へと形状を換えて展開させる。
センサーリンクをブルー・ティアーズにエイミングし、トリガーを引いた。
「…………!」
「ラファール、シャルロット=デュノア……」
荷電粒子の弾丸がブルー・ティアーズに着弾する前に、その間に割って入るようにラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡが現れた。
ラファールは『ガーデン・カーテン』と呼ばれる防御型パッケージによって装備された大型のシールドを前面に構え、ビームを防いでしまう。
【警告・空間の圧縮を検知・6時方向】
「っ!」
背後から無数の火の玉が接近し、回避を試みたが幾らか被弾してしまう。
炎の正体は圧縮された空気の塊。
つまり、甲龍の衝撃砲だった。
「何が──?」
【警告・3時上方向・9時下方向】
「挟み撃ち……っ!」
上空からは紅いレーザーの連弾が、下からは極太の荷電粒子砲が互いに一夏を抑え込む様に迫る。
「危っ!」
【警告・対象機の浮上を検知】
「ああ、もう…………」
何度目となるかわからない警告に、一夏は頭が痛くなってきた。
確かに、足下の方向から何かが音速で近付いて来るのが見える。
【対象機・
「うわぁ、更に面倒臭いことに……」
そして、失った筈の翼の部分には、替わりに光の翼が形成されていた。
【エネルギーの塊・放出する事で攻撃と推進力の確保が可能】
「そう言うことね……!」
次の瞬間、
もしも、それが先程まで存在していた機械翼から射出されていた物と同じならば……被弾した瞬間、機雷の如く爆発を起こす。
「あっ……ちょっとヤバいかも?」
気が付けば、空を覆い尽くすように羽根が周辺を舞っていた。
それと同時に、この機を逃すまいと言う勢いで紅と青のレーザーと火の玉、無数の銃弾と荷電粒子の塊も同時に襲ってくる。
6機同時の一斉砲撃、直撃すれば一溜まりも無い。
「装甲を……」
【了解・装甲の形状を変更させます・・・・・】
今の一夏のISは機動力を重視する為に防御力は蔑ろにしたフォルムになっていた。
逃げる隙間のないオールレンジからの攻撃に防御に特化した形態への変化を試みる。
しかし──
「…………え?」
【・・・耐久性・・・・・・構成・・・・・】
「反応が、遅い……っ!?」
本来ならば、180度異なる機体構成に変更させても一分と掛からない変形が完了しない。
まるで、何かの妨害を受けているような────
「しまった、これが……!」
被弾し、海面に叩きつけられる直前に一夏の視界には何の変哲も無い漁船の姿が映った。
○
「一夏っ!!」
混乱の連続だった。
黒檀と紅椿からの通信のロスト、後続組からも接続が途絶えた。
その場に急行した一夏が驚くべき早さで
「何が、起きていると言うんだ……!」
叶うことならば、誰かに答えを教えて貰いたかった。
縋るような想いで、織斑千冬は自分の隣に陣取った人物の姿を見る。
「どうして……そんなに平気な顔をしてられる?」
そこには、平然とした表情の篠ノ之束の姿があった。
ついさっき、自分の妹である篠ノ之箒からの通信が途絶えた時は狼狽えていたにも関わらず、まるでその事実を忘却の彼方に置き去りにしてしまったかのようにケロリとしている。
「いっくんが近付いてくれたお陰でアレの絡繰りも解ったし、この程度じゃいっくんは倒せないしね」
「は……?」
その言葉に沸々と疑問が沸き起こる。
「アレ、と言うのはなんだ?」
「ジャミング……いや、サイコクラックって言った方が正しいのかな?
ISにとって苦手なデータを流し込んで、コアのAIが混乱したところでコントロール権を奪う電子戦兵器…………まさか、今の人類にそんな物が作れるとは思って無かったけどね」
「では……十春達の行動は?」
「操られてた、ってところかな」
俄には信じがたい話だったが、腐ってもISの開発者である篠ノ之束が言うのであればソレが真実なのだろう。
最悪な話だ。
核兵器でさえ無力化できる電子戦兵器……そんな物が存在すると言うことは、世界の軍事バランスが崩されかねない。
いや、現状でさえ6機のISを同時にコントロールして見せているのだから、まずもってそれを止める手段が現状では存在しないのが問題だ。
何せ、向こうにはアメリカとイスラエルによって開発された世界トップクラスのISと、名実共に最新鋭の第五世代型ISがいるのだから。
「どうすれば…………」
「大丈夫ダイジョーブ、いっくんがいるしね」
「何を言ってる……一夏は既に撃墜されて──」
「ないよ」
喰い気味に、断言された。
「そもそも、あのサイコ・クラックは一定の条件を満たしたISに対してはちょっかいを出された程度にしか効かない。
それでもまだコア・ネットワークにも流れてない種類の攻撃だったから戸惑ったみたいだけど……少しの間動きを止められただけに過ぎないんだよね」
「だが、たった独りで6機のISを相手にするのは……」
「余裕だね。 だって周りが
一瞬戸惑ったが、束が戦闘機を喩えに出してきたのはわかった。
「いや、その例えはどうなんだ……?
F-104とF-22では開発に36年、運用には47年、世代で言えば三世代もの差があるんだぞ。
流石に歴史が10年と無いISでそれ程の差は…………」
かつてはドイツ軍で教官を勤めていた経緯もある織斑千冬は軍事面に関しては一定の知識があった。
故に、ベトナム戦争の頃に産まれたF-104と現代でも世界最強と名高いF-22に喩えられるのには違和感を禁じ得ない。
「あるんだよ、それが」
「何…………?」
「そもそもいっくんのISが第何世代かって話なんだけどさ」
現代、世界で主流なのは開発がほぼ終了した第二世代機と、目下研究開発が進められている第三世代だ。
そして今回、紅椿は第五世代として紹介された。
この流れを見ると、欠番があるのがわかる。
「まさか、一夏のISは第四世代?」
「ブッブー! 残念はっずれぇ!」
「…………ならば、第六世代だとでも言うのか?」
「うーん……半分正解?」
「はぁ?」
まさか、そんな曖昧な答え合わせが返ってくるとは思いもしなかった。
「んーとねぇ、実を言うと一番最初の答えもあながち間違いじゃ無いって言うか……」
「どういう意味だ?」
「元々、いっくんのISは第四世代型ISの理論実証機で、いっくんが最初に装着した時もまだ第四世代型だったんだ。
その後、
妙に歯切れが悪い。
と言うか、本当に世界を置き去りにして第六世代まで開発してしまったと言うのか、この天災……もとい天才は。
「ISが世代交代する度に最も進化したのは汎用性……言い換えれば
「さっきから、まるではぐらかす様な物言いだが…………」
「第六世代はね、ナノマシン装甲と物質再構築機能を要とする現場即応機…………装甲の配置を変更させるだけじゃなくて、その場での最適解である武器をその場で創り出す機能を与えたって訳」
「………………は?」
「ISの記憶容量に保存されたデータを元にその都度装備を生成して、その時の戦況や環境に適した物を作ってくれる。
即応性にまだ不安があったからバススロットは残しといたけどね」
何だか、恐ろしい話を聞いている気がする。
武器を作り出す? その場で?
最早、それはISとは別物の何かなのでは無いだろうか…………
「問題はその物質再構築機能が装甲材やソフトウェアとかにも影響を及ぼすように進化しちゃってさぁ……」
「そうか」
もう、何だかどうにでもなれという気分になってきた。
「何時の間にか装甲も元々の肉体を再現した様な構成になって自己修復機能を持たせてたり、AIも代替じゃなくて思考パターンを反映させた別物にすげ替えられてるし…………
ぶっちゃけ私が本来作った第六世代型とは全くの別物────第七世代型と言っても不都合の無い代物になっちゃってるんだよね」
「遂には七世代まで行ってしまったか…………」
「ああ、そうそう原型のナノマシン装甲の説明をしてなかったけ?」
「もう大方想像がつくから良い。 どうせ、変形装甲の発展型なんだろう?」
「まっ、そう言う事だね」
変形装甲のモジュールが十数センチ角のブロックで区切られていたのに対して、ナノマシン装甲はその名の通りナノサイズのナノマシンの一つ一つが単体として構成されている。
つまり、そのナノマシンの配列を換えれば組み合わせは殆ど無限に等しい…………
「他にも色んな要素があるけど…………現存するISでは、いっくんには絶対に勝てないよ」
例え暮桜でも────と、言外に潜めて。
サブタイトルは七夕のことだけじゃないよ。世代の事もだよ。はい。
第六世代は完全に犠牲となったのだ…………
以前、2話前のあとがきで第五世代の喩えは考え抜いた末にリボーンズガンダムとか言ってみましたが、第七世代は割とポンと例えが思い付きました。
ELSクアンタです。
うん、自画自賛してしまう位にこれ以上無い程の的を得た喩えだこと。
いや、別に喩えをガンダム縛りしてる訳じゃないんですけど。
他に挙げるならメタモンとか、ワーム(仮面ライダーカブト)とか、若しくはT1000型とかアルギュラスとかミーモス(ウルトラマンガイア)とか…………
何故か特撮ばっかりが浮かぶ。
まあ、何というか文字通り変身しちゃう装甲だと思って頂ければ宜しいかと。
しかし────第七世代はちょっとやり過ぎたなぁ。