昼頃、日差しの強さは最高潮に達している。
夏の突き刺す様な陽光が砂浜を照らす海岸で、織斑十春と篠ノ之箒はそれぞれISを展開した。
「来い、黒檀」
「……紅椿!」
両者の
お互いに目を合わせるが、その顔は共に無表情だ。
「それじゃあ、頼むぞ箒?」
「ああ……」
織斑十春が篠ノ之箒の肩の辺りを掴むと、紅椿は徐々に浮遊して高度を上げ初めた。
シートベルトも何も無く固定されていなかったが、ISのパワーアシストによって握力も強化されている為、振り落とされる心配は殆ど無いらしい。
「よし……姿勢制御安定、衛星データリンク接続、各部スラスターオールグリーン…………何時でも行けます!」
紅椿の全身に配置されたスラスターに火が灯る。
PICによって空中で浮きながらクラウチング・スタートのように姿勢を低くすると云う器用な事をしたかと思えば、凝縮されていた推進剤が一気に放出された。
噴射が砂浜に叩きつけられ土埃が舞う中、黒檀を乗せた紅椿は飛翔した。
一気に数千mの高高度に到達したかと思えば、その姿を視界で追うことが出来なくなってしまう。
「それじゃ、私達も追い掛けよっか……甲龍!」
「ああ、私が十春さんをお運びしたかったのに…………ブルー・ティアーズ!」
「ラファール、お願い!」
「行くぞ、シュヴァルツェア・レーゲン!」
後続組も続々とISを装着すると、順次飛び立っていく。
その余韻、ジェット気流が砂浜を叩き付け砂埃が舞い上がった。
荒れ狂う砂塵を腕で防ぎながら一夏は視線を蒼い空から碧い海へと移す。
潮の流れは穏やかで、この遙か向こう側では異変が起きているなんて事が信じられなくなりそうな程に綺麗な海が広がっていた。
「ねえ、一夏くん……」
「ん?」
今回の作戦において陸上で待機するのは織斑一夏と更識簪の両名のみだ。
その簪さんが、恐縮したような様子で一夏に話しかけてきた。
「どうして残る事にしたの……?」
「どうしてって……まあ、あのメンツで作戦が失敗する様な事も殆ど無いだろうし、数が多ければ多い程良いって事でも無いしね」
一夏の語った理由は殆ど本心だった。
群れたからと言って勝率が上がるわけでも無く、寧ろ連携が乏しく弊害が発生する可能性さえ考えられた。
それにスペックデータ通りだったならば織斑十春と篠ノ之箒のペアが今回の作戦を失敗に終わらせる様な事は無いだろうという考えもある。
「足手纏いにならないように、ここで待っている事にしただけだよ」
「…………足手纏いは、周りがって事?」
「それは、買い被り過ぎだよ簪さん」
一夏は苦笑しながら再び視線を海辺に戻す。
気象庁に寄れば、今日明日の降水確率は0か10程度で、波が荒れるような事も無かった。
「買い被り? どうして、一夏くんは一年生の中でも────ううん、IS学園の中でもトップかも知れないのに?」
簪の脳裏に一人の女性の姿が浮かんだ。
IS学園でトップクラスと言うことは…………つまり、国家代表に値する強さを持つ事を意味する。
もしも、織斑一夏が更識簪の見立て通りなら……今回の事件を単独で解決できる実力を持っているかもしれない。
「僕は自分をそこまで過大評価出来ないな…………機体の性能に物を言わせているだけだからね」
「例え機体の性能が高くてもそれを活かせるのも実力でしょ?」
「…………じゃあ、そう言う事にしておこうかな」
何となくはぐらかす様な物言い……いや、追求から逃れるような一夏の態度に簪は疑問を抱いた。
「一夏くんは…………いったい何をしようとしているの?」
「学生生活」
「………………え?」
「僕はまともに学校って行ったこと無かったから──ああ、いや。 うん……それも、目的の一つかな?」
零れ落ちたような一言。
そこに嘘や誤魔化しは見当たらない。
「私には……わからないよ」
強さの秘密も、過去にあったことも、その言葉の真意も────
織斑一夏という人間の事が、わからない。
(調べれば、わかるのかな…………うん、やってみよう。 私だって、その気になれば……)
○
ハイパーセンサーの片隅、速度計に表示されている数字は【2687km/h】という信じられないものだった。
だが、そんな数字はこの十数分間で飽きるほど見続けてきた。
「そろそろ会敵予想ポイントだ。 気を引き締めろ、箒」
「わかっている」
「…………そうか」
こんな風に箒の態度はさっきから素っ気ない。
いや、それは今に始まった事では無く、IS学園で再会してこの方、此方から何度か話し掛けても同じ様な態度だった。
「なあ箒、緊張してないか?」
「していない」
けんもほろろ、とはこの事か。
素っ気ない反応に、これ以上は不毛だと思い織斑十春も押し黙る。
そうして暫くしていると、ハイパーセンサーの眼が高速で飛翔する点を見つけ出した。
「いた…………!」
点は一瞬で像に変わる。
人型にして銀色、巨大な羽を持つ存在…………間違い無い、
「加速して接近する。 振り落とされるなよ」
「げ…………」
これ以上速くなるのか……と戦々恐々としている内に速度計は3000km/hを振り切った。
一気に風圧が十春を襲い、首がカマイタチで持って行かれそうな錯覚を味わう。
ISでなければ即死だった…………等と言う当たり前の事を考えながらも視線は
「ぅおお……りゃあああああっ!!」
織斑十春は紅椿によって稼がれた運動エネルギーをそのままに、
腕を前方に突き出し、イメージと構築の動作を一瞬で終わらせると零落白夜を発動させる。
白く鮮やかに輝く刀身が
途端、
【警戒度A・後退】
その攻撃を脅威と感じた
片翼を失ったが、PICによって姿勢制御を行うISはバランスを崩さずスムーズに行動に移していた。
「逃がすかあっ!」
【フレア・散布】
追撃を仕掛けてくる黒檀に対して
本来はミサイルを攪乱する為の装備であるが、接近してくる敵機に対して直接ぶつければ丁度良い目潰しになる。
実際、織斑十春も思わずフレアの火に戸惑い減速してしまう。
「うあっ、とっとお!」
「何をしているっ、この役立たずめ!」
「辛辣過ぎない!?」
動きを止めてしまった黒檀に対して紅椿は直進しながら右手に握る日本刀型の武装『雨月』を突き出す。
その切っ先から幾重もの赤色のレーザーが放たれ、
【警戒度D・回避】
「ちいっ!」
しかし、紅椿の攻撃はあっさりと
それを見た箒は続けざまに左手の『空割』を大振りすると、今度は剣閃に沿った帯状のレーザーが撃ち出される。
【警戒度C・回避】
幾ら形状が異なろうとも砲撃手は同じであり、既にパターンの解析を行っていた
「箒、深追いし過ぎだ!」
「黙れえっ!」
十春はエネルギーの計算も行わずに無闇矢鱈と攻撃を行う箒に対して警告するが、喧しそうに無視をされた。
「あー、もう……援護するから好きなだけやれっ!」
このまま指摘しても不毛であろうし、
【迎撃モード・パターンA・実行】
それまで守勢に回っていた
スラスターだったそれは転じて砲門となり、光の砲弾を大量に吐き出してくる。
視界いっぱいに覆い尽くすような
瞬間、紅椿の装甲の一部が爆発で弾け飛んだ。
「きゃあああっ!?」
「だから言わんこっちゃない!」
第二陣の攻撃を察知した十春は
「んのっ、当たれよっ!」
黒檀の荷電粒子砲は砲撃モードでは
決定打を与えるにはやはり零落白夜による必殺の一撃が必要だと理解していたが、
ならば左翼を破壊して更なるスピードダウンを狙う他に無いが、それにはやはり紅椿を駆る箒に任せるしかなさそうだ。
「うおおおおっ!!」
十春が声を掛けずとも、箒は己の意志で再び
それを見た十春も援護射撃を継続────しようとした時、思わず視線の下にあった物が目についてしまった。
「あれ…………うわ、本当に密漁船が……」
それは小さな漁船だった。
IS学園の教師達によって近隣の海域は封鎖された筈だが、間に合わなかったのか見逃されてしまったのか……
兎も角、危険である事には変わりないので指向性スピーカーで警告しようと試みた。
「え……あの船、まさか────」
しかし、十春はその漁船に違和感を覚えた。
ハイパーセンサーを望遠させ、漁船を凝視するとその違和感の正体に気が付いた。
「セシリア! 鈴! 駄目だ!こっちに来るなっ!!」
『十春さん!?』
『十春! どういうことよソレ?!』
「説明してる暇は無い!良いから──」
次の瞬間、この戦場に刻一刻と近付きつつあるであろう僚機に警告をオープンチャンネルで伝える。
自身も巻き込まれる事に戦々恐々とした十春は理由も告げずに叫び続けた。
「おい箒!お前も退がれ!」
「何を言ってる!ふざけるな!」
もちろん箒にも警告するが無碍にされる。
これは間に合わないと判断した十春は動きを止め、精一杯の悪態をつく。
「本当に見境無しだな! クソっ…………!」
その言葉を最後に、黒檀と紅椿からの通信は途絶えた。
○
『おい、十春! どうした、返事をしろっ!!』
『箒ちゃん! 何があったの! 箒ちゃん?!』
その不穏な通信の内容はオープンチャンネルを介して一夏達の耳にも入ってきていた。
「え……何があったの?」
「…………わからない」
紅椿と黒檀の視覚情報の共有をコールするが、接続が完全に途絶してしまった様で【No signal】と表示されるのみで映像は写らない。
まさか、撃墜された?
いや、それでも通信が切れるなんて事態は起こるはず無いのだ。
例え機体が大破しようともコア・モジュールさえ残存していればコア・ネットワークを介して会話が出来る。
仮にコアが破壊されれば完全に反応がロストしてしまい、そうなればロストの報告が上がってくる筈。
ならば…………いったい?
『こちらセシリア=オルコット!
『今すぐ映像を回せっ!!』
程なくして、後続組達が現場の付近に到着した。
ブルー・ティアーズから提供された視覚情報には、空中で停滞したまま俯く黒檀と紅椿、そして
『何だ……何がどうなっている?』
空中に留まる三機のISはピクリとも動こうとしない。
まるで、何かを待っているかの様に…………
『っ! 織斑先生、ちょうど真下に密漁船が停泊しています!』
『何だと? 馬鹿な、海域は既に封鎖し漁協や海上保安庁にも勧告が…………』
シャルロット=デュノアの報告に、織斑先生は疑念を抱いた。
日本の船は出立する前に漁協や海上保安庁によって制止され、例えそれを振り切っても教師陣のISによって海域は封鎖されている。
これが海外の船ならば不幸な偶然によって密漁船が存在する可能性はあったが、ここは太平洋である。
ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡから持たされた視覚情報から推察するに、漁船は40ft以下の小さな船体で最高速度は20ノットも出せない筈だ。
どう考えても日本国外から訪れた船という可能性は有り得ない。
『ちょっと、何よアレ────』
『これは……きゃあああっ!?』
『オルコットさん、どうし──うわあああっ!!』
三人が何かを叫んだかと思ったその瞬間、ブルー・ティアーズからの映像が途絶えた。
ラファール・リバイヴ・カスタムⅡ、甲龍、シュヴァルツェア・レーゲンからも映像は送られて来ない。
『何っ?! オルコット!ボーデヴィッヒ!デュノア!鳳! 誰か応答しろっ!!』
これは、完全に異常事態だ。
通信障害?
いや、それでは黒檀と紅椿に後続組が近づいた際に通信が行えた説明が出来ない。
『教官! 教官っ!!』
『ボーデヴィッヒかっ! いったい何があったんだ?!』
『わかりませんっ! 突然、気が付いたら────うわあああっ!?』
『ボーデヴィッヒ!?』
どうやら、ラウラとの通信は繋がったままの様だ。
しかし、どうやら向こうでは戦闘が起きているようで会話もままならない。
「織斑先生、現場に急行します」
『ま……待て一夏! 危険だ!』
一夏はどの国にも属さない独立勢力の様な物だが、ある意味篠ノ之束という人物の指揮下にあると言っても過言では無い。
どうせ待っていても何時かは束さんから指示が飛んでくる。
ならば、急ぐに越した事は無い。
「どうしようかな…………うん、もう全部スラスターに回しちゃって」
【了解・形状を変更させます・機動力の特化を優先・・・完了】
空中へ浮上しながら、一夏のISの形状は液体が流れる様な動作でスムーズに変わっていく。
バランス良く配置されていた装甲はその殆どが後方に移動させられると、スラスターの噴射口が生み出された。
結果、前面の装甲は非常に薄く最低限だけが残され、その殆どが背部や脚部、
一見、歪ではあるが、前面だけを見ればシャープで鋭敏なフォルムからは速さを追求した形状である事が伺い知れる。
「よし……」
「い、一夏くん…………?!」
一夏から10mほど下方、砂浜の上で依然と待機している打鉄弐型と戸惑いや困惑の表情を見せる簪さんの姿が見えた。
「簪さん、今の内に航空自衛隊にコンタクトをとっておいて」
「え……?」
「このままだと、確実に領空に接触するだろうから」
既に、ここから
不意にスラスターを吹かして日本側に寄れば、直ぐにでも領空を侵犯する距離だ。
「一夏くんは、どうするの?!」
「うーん……威力偵察、かな?」
可能ならば撃墜する、という注釈も入るが。
「…………一夏くんっ!」
「?」
思わず一夏を呼び止めた簪だったが、後の言葉が続かない。
色んな言葉が浮かび、その度に違うと捨て、結局口からひねり出したのは…………
「……いってらっしゃい!」
「うん、行って来ます」
どこか場違いな気もしたが、それが最適な気がした。
一夏はその言葉を受け取り、返すとそのまま出立する。
「さ、さっきの紅椿より速い……!」
暫く唖然としていた簪だったが、ハッと我に返ると直ぐさま航空自衛隊に連絡を入れた。
難産でした。
しかもリアルも忙しくなったりで中々キーボードに触れられ無かったり。
頭の中にあるものを文章に変換できない事ほど苦痛なものはありません。