アメリカはハワイ沖の海上、太平洋の大海原の真ん中にはジェラルド・R・フォード級航空母艦の最新鋭艦であるエンタープライズが悠々と航行していた。
そんな海風が吹き付ける空母の甲板で、眉目麗しい女性が両腕を天空に掲げながら風を浴びている。
「ぅーん……! 気っ持ちぃー!!」
彼女の長い髪は風に巻き上げられ、その容姿の美しさも相まってさながら映画のワンシーンのようであった。
「あーっ! ファイルス大尉、こんな処にいたんですね!」
ファイルスと呼ばれた女性が振り返ると、彼女と同年代か、それよりも少し若いくらいの女の子が駆け寄ってくるのが視界に映った。
機械油塗れになったツナギとキャップを被ったその姿から、女の子が技術系の職に従事していることが伺える。
そう、彼女はISの整備士なのだ。
「あら、どうしたの曹長?」
「どうした、じゃありませんよ! 明日の事前カンファレンスの時間になっても全然来ないから探しに来たんですよ!」
「え゛──あれって四時からじゃなかったけ?」
「どんな聞き間違いですか!? 14時からですよ!」
慌てて袖を捲って腕時計を見ると、時刻は既に14時を20分も過ぎていた。
「うわ……いっけない!」
「もうっ、早く行きますよ!」
○
猛ダッシュでキャビンに駆け込み、会議室に駆け込むとお冠の艦長が腕を組みながら待っていた。
「よぉ、
「い、いやだなぁ艦長…………そんなに怒ると皺が増えますよ?」
「あぁんっ!?」
「ごっ、ごめんなさい!」
ホームでなら笑って許されるジョークも、ここでは通用せず、逆に怒りを買ってしまう。
ナターシャ=ファイルス、彼女はこの場では少し肩身の狭い想いをしていた。
彼女の所属は空軍であり、海軍のお膝元であるこのエンタープライズにおいては外様になるからだ。
何故、空軍所属の彼女が空母にいるのかと言えば、彼女達に与えられた任務が関係する。
「ったく……では、遅れたが明日の打ち合わせを始めるぞ!」
彼女達の任務は、アメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型ISの『
『
なお、その運用目的は名目上、本土防衛である。
「『
作戦空域に入るまでは振り切って逃げないでくれよ、
「は、ははは…………」
ISの登場によって、世界の軍事事情も様変わりをした。
アメリカ海軍も、当初はキャンセルをしたF-22Nを再発注することになり、現在は
何故F-22Nが再び計画浮上する事になったのかと言えば、簡単な話で
第二世代の軍用ISでも巡航速度はマッハ2に達し、
よって、ISと共に運用する為に最高速度がマッハ2.4に達するF-22Nが求められたと言うわけだ。
それでも、航空力学を無視できる『
「それでは以上で解散する。
「はっ…………失礼します」
結局、カンファレンスの間は終始皮肉られ続ける事になり、ナターシャはいたたまれない気持ちになりながら会議室を後にした。
○
「あーっ! ちくしょー! ムカつくーっ!!」
「それ、艦長に聴かれたらまたどやされますよ? 第一、悪いのは遅刻した大尉なんですからね?」
「分かってるけどさー、それはそれ、これはこれ! ムカつくもんはムカつくのよ!」
再び甲板に上がったナターシャ=ファイルスは大海原に向かって悪態をついた。
自分に非があるのを認めつつも、それでも言わずには居られない様子だ。
「あー…………このまま
「駄目ですよ、そんな事したら軍法会議ですよ?」
「勿論やんないわよ。 でも、言うだけならタダでしょ?」
彼女の視界は無限に広がる青空を捉えていた。
何処までも広がる、幼い頃の彼女が憧れた蒼穹が…………
「この子ね、ISなのに空を飛んだことが無いのよ」
「ああ……元々、研究用でしたものね」
「そっ、基地の中の狭いアリーナの低い天井しか知らない…………
そう言いながら、『
ナターシャ=ファイルスには、否、人間にはISのAIの気持ちは分からないが、自分と同じ様に空へ想いを馳せていてくれたら幸いだな……と、思いながら。
「ん…………?」
気のせいだろうか、タリスマンが発光した気がする。
しかし、もう暫く眺めてから日光か何かが反射したのだろうと思い直した。
「まるで、友達か妹みたいに話すんですね」
整備士の女の子は、微笑みながらその光景を眺めていた。
「何よ、可笑しい?」
「いいえ、大尉らしいって言うか、優しくてとっても良いと思います」
「そう……」
何となく、その言葉に気を良くしたナターシャは視線を整備士の女の子に移してみる。
その子の純粋な笑顔が見えて、嘘一つ無い素直な感想だったのがわかった。
「よぉし、今日のディナーは私が奢ってあげよっか!」
「えっ、本当ですか?!」
「勿論よ」
「そ、その、ケーキ付けても良いですか?」
「ケーキでもパフェでも好きなの食べて良いわよー?」
「やったー! 一生大尉に付いていきます!」
「もぉー、現金なんだから……」
明日もこんな風に気分良く試験を終えられたらな…………と思いながら艦内の食堂を目指した。
○
「おぉー……」
一夏の視界は青で埋め尽くされていた。
蒼く澄みきった空に、どこまでも水平線の広がる碧い海…………
太陽が眩しく白い砂浜を熱く照らしていたが、ISを部分展開して保護機能をオンにしている為、熱中症の心配も無く身体を曝すことが出来ていた。
これも、どこかの生徒会長のお陰だろう。
「あっ、一夏くん!」
「ん……簪さん?」
早速声を掛けてきたのは、ルームメイトの簪さんだった。
簪さんの水着は水色に花柄の、所謂タンキニと呼ばれる種類の物で、爽やかな色合いで露出も少なく、簪さんのイメージにピッタリな気がする。
「一夏くんは泳がないの?」
「うーん、どうしようかな……折角だから少しぐらいは泳ごうかなとも思うんだけどね」
一応、海水に入る事を前提にパーカー型のラッシュガードを着てきている。
日焼け対策、という側面が無いでもないが、どちらかと言うと怪我に備えてだ。
海には色んな物が漂っていて、気がついたら出血していた……なんて事も有り得る。
痛みを感じないと言うのも考え物だ。
「更識さんと織斑弟くんだ!」
「おーい、一夏くーん!」
「二人ともビーチバレーやらなーい?」
お次は複数人から2人に声が掛かった。
ざっと見る限り、4組から5組や6組と言った後半クラスで固まっている。
「折角だから、やらない?」
「うん、良いよ」
よく見てみると、至る所で同じ様にビーチボールが宙に浮かんでいるのが見えた。
確かに、海に来て複数人でやる物と言えばビーチバレーが定番だろう。
「それじゃあ、いくよーっ!!」
足で引いた簡易的なラインの中に入ると、準備する間も無く鋭いジャンピングサーブが飛んできた。
「ぅおっと!?」
辛うじて返すが、ボールは軽く飛んでしまい綺麗な放物線を描いていく。
つまり、相手からすれば恰好の餌となるナイスボールだ。
「貰ったあっ!!」
案の定、スパイクで再び返ってきたボールは超スピードで一夏を襲う。
今度は対応が間に合わず、腕に直撃したボールは明後日の方向に飛んでいってしまった。
「ハッハッハー、どうだ見たかっ! 私はこれでも中学の時はバレーで全国に行ったからね!」
「何でそんな人がIS学園に来たんですか…………」
進学は個人の自由だと思うが、今ばかりは簪さんの指摘に賛同してしまいそうだ。
「ん? いや、バレーは内定の為だけにやってたからね~」
「私も内定の為に陸上で全国行ったよー!」
やはり、IS学園ともなれば、学力なり運動なりで優秀な人材を優先的に合格させるのだろうか?
考えてみれば倍率は一千倍だか一万倍にまで及ぶと言うのだから、それくらいの実績が無ければ入学は叶わないのかもしれない。
国家代表候補も、言い替えればISにおける全国区なのだから。
「ちょっとボール取って来まーす」
「あ、お願ーい」
兎も角、海の上でプカプカと浮いているビーチボールを回収する事にした。
幸いなことに潮の流れが穏やかな場所に落ちたようで、ボールは直ぐ近くに浮いている。
「ん……?」
ボールを手に取ると、丁度その真下辺りに何かが沈んでいるのが見えた。
紺色の塊で、割と大きい。
何だろうかと暫く見ていると、塊は浮上してきた。
「ぷはあっ!」
「ラウラ……?」
浮いてきたのは、IS学園指定のスクール水着を着たラウラだった。
成る程、だから紺色の塊に見えたのか。
「何やってたの」
「ああ、ご主人様……いや、折角海に来たのだから潜水をしていたんだ」
「だから、そのご主人様っていうのは……」
気がつけばラウラからは『ご主人様』と呼ばれるようになってしまっていた。
その事について、何故か簪さんがしきりに謝っていたが……はて?
「ラウラもさ、一人で潜ってないで皆とビーチバレーやらない?」
「ほう、私をビーチバレーに誘うとは良い度胸だな? これでも我が隊は戯れではあったが代表選手と対戦して良い所までいったことがあるのだぞ?」
「へぇーそうなんだ」
何て軽い気持ちでラウラを誘ったのだが、これが意外や意外、あのバレーで全国大会に行った彼女と互角の戦いを見せたのだった。
後で聞いた話だが、ドイツはビーチバレーの強豪国でオリンピックで金メダルを獲得したこともあるとか。
そりゃあ、そんな選手と肉迫した事があるくらいなら強いのも当たり前だよなぁ…………
○
一頻り遊び、一夏は部屋に戻る。
当初、男子は二人とも教員の部屋に泊まる予定だったのだが、何と生徒会長の配慮で一夏は別館に個室を宛がって貰うことになった。
その際、何か言っていた気がするがそれは全力で無視をしよう。
そして、部屋の戸を開くと────
「おかえりなさい! ご飯にする? お風呂にする? それともわ──」
「束さん、残念ながらそのネタはもう被ってるよ」
「な、なんだってー!?」
さも、その状態が当然と言わんばかりの自然さで束さんが部屋の中でお茶請けを食べながら待っていた。
もう流石と言う他に言葉が見つからない。
「良く入って来られましたね?」
「ははは、束さんに限ればこんな所の警備なんてザルもどうぜ──余りにも手薄過ぎたから少しだけ補強してきちゃった位だよ…………」
「束さんにかかればどんなセキュリティでも同じでしょ?」
「いや、それにしてもロビーにしか監視カメラ無いってどうなのかなー?
しかもADSLだし、PCは古いし、ソフトは更新してないし…………」
それでも束さんの手で補強されたのなら大丈夫だろう。
きっと、監視カメラには顔認証システムぐらいは追加されている筈だ。
「ここには何か用があって?」
「んとねー、箒ちゃんのISを届けに来たのと、久し振りにいっくんの顔を見に来たのだー!」
「そうですね、もう3ヶ月も会ってなかったんですよね……」
余りにも色々な事があり過ぎた怒涛の3ヶ月だったので、忘れがちだったが、一回も帰っていなかったのだ。
寧ろ、今の今まで痺れを切らさなかったのが凄いとも言える。
「あっ、くーちゃんも来てるんだけどね、さっきまで海で泳いで遊んでたから今はシャワー浴びてるよ」
「え、いたんですか?」
「沖の方でだけどねー。 流石にちーちゃんのいる側じゃ遊べないよ」
沖の方で泳いで、水深や波は大丈夫だったのだろうか…………
いや、束さんの事だからその辺りの抜かりは無いか。
「私ねー、旅館って初めてなんだよねー!
あ、そう言えばここって部屋に露天風呂が付いてるんだね! 後で一緒に入ろ?」
「別に良いですけど、ご飯はどうするんですか?」
「此処のセキュリティは私が掌握しちゃったからねー、十人前や二十人前ぐらいならチョロまかせちゃえるよ!」
「程々にしてあげて下さいよ……?」
何だかんだ行って、本当に束さんは旅館に泊まるのを楽しみにしていたようだ。
ちゃっかりと浴衣を着ている事からもそれが伺える。
「久々に3人で過ごせるね!」
「ええ、そうですね」
どうやら今日から数日は、楽しく過ごせそうだ。
明日もこうやって何事もなくご飯を食べたり、おふろに入れたらな……と未来に馳せる一夏だった。
Q.ジェラルド・R・フォード級のエンタープライズ?F-22N?
A.細かくは決めてませんが、時代設定は2020年代頃を想定しています。
F-22Nは全くの架空では無いのですが、本当はスーパーホーネットを改良した方が早いですよねー