それでも織斑一夏は怒らない   作:あるすとろめりあ改

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26話 こころ

 黒い泥はラウラの全身を包み込むと、人の型をしたナニかを形成し始める。

 まるでシュヴァルツェア・レーゲンの上から別のISが上塗りするかのように、胸部や腕部には黒色の新たな装甲が形成され、頭部はフルフェイス型のバイザーに覆われていく。本来ならば装甲の無い部分にもダイビングスーツの如く薄いスキンで被膜されていった。

 

 その様相はさながら、日本の第二世代ISである暮桜を模倣したようでもあった。

 

 

「へえ……」

 

 

 織斑十春は、その光景を感慨深そうに見つめていた。

 暫くそうして眺めていた後、再び雪片・改二を握り直して攻撃を──

 

 

『だから、後ろっ!!』

「あん……?」

 

 

 シャルル=デュノアの慌てた声がプライペート・チャンネルを通して聞こえ、その内容に沿って振り返ると……数十機もの中型ミサイルが十春を目掛けて接近していた。

 

 

「ぬぅあああっ!?」

 

 

 慌てて回避機動を取ろうとするが、殆ど静止していた状態から急加速する事も叶わず、その内の何発かが黒檀に直撃してしまう。

 救いがあるとすれば、ミサイルの大半はシャルル=デュノアが撃ち落としてくれた事か。

 

 

「っ痛う……い、一夏あああっ!!」

 

 

 鈍い痛みを怒りに変換し、力の限り叫んだ。

 しかし、名を呼ばれた本人はケロッとした顔をして意に介さない。

 

 

「てめぇ……この緊急事態に何のつもりだよ?!」

「何って、試合中だよ?」

「試合!?こんな状況でかっ?何を考えて──」

 

 

 そんな抗議も何のその、一夏は黒檀に接近すると装備をサブマシンガンに切り替え、斉射した。

 

 

「とぉ、わぁ!たたっ!?お、お前なあっ!今がどんな時だかわかってねぇだろ!!」

「……?」

 

 

 一夏は十春の発言や制止を完全に無視し、攻撃を続ける。

 背後からはシャルル=デュノアが援護の為に射撃を行ってくるが、ハイパーセンサーで後方を確認しながらその銃撃も回避してしまう。

 

 

「お前……巫山戯んなよおっ!!」

 

 

 十春は、再び零落白夜を発動させながら雪片・改二を構えた。

 今度は一夏に狙いを定めて。

 

 しかし……前方に視線も意識も集中させ過ぎてしまった結果、後方から脅威が接近するのに気が付かなかった。

 

 

「あっ」

「あん?」

 

 

 思わず、一夏は十春の後方を指さす。

 そこに見えたのは先ほどの劇的な変化を終え、黒い泥を全身に纏ったラウラが近接ブレードを構えて、振り下ろすその瞬間だった。

 

 

「やっ、べ……ぅあああああっ!?」

 

 

 無防備な十春の背中に向けて、上段から大振りに切り裂く。

 その動きはまるで、鍛え上げられた歴戦の武士の如く洗練されたものだった。

 

 これまで蓄積してきたダメージがここで堪えたのか、黒檀は紫電を帯びながら黒煙を至る処から吐き出し、そのまま装甲は強制解除されてしまう。

 衝撃を殺しきれなかった十春はISが解除された事で落下し、転げ回る。

 

 

「うっそ、だろ、お、い……」

 

 

 散々転がった後、遺言のような怨嗟の声をあげてから、織斑十春は突っ伏して倒れた。

 ハイパーセンサーでバイタルを見てみれば、どうやら気絶してしまった様子である。

 ISが解除されたと言うことはシールドエネルギーの残量も0になり、搭乗者保護機能の影響で意識を消失させられたのであろう。

 

 

「ナイスファイト。これで2対1、だね」

「…………」

「あれ?」

「…………!」

「うあっ!?」

 

 

 ラウラに向けて声を掛けるが、返事は無い。

 かと思えば、返事の代わりに返ってきたのは近接ブレードによる振り下ろしの一撃だった。

 すんでの所でその攻撃の回避に成功し、距離を置いた一夏だったが、流石にこれは拙いのでは無いかと判断し、自身のISにラウラのバイタルやフィジカルを測定させる。

 

 

【警告・僚機・搭乗者・精神汚濁を感知・危険・緊急】

「精神汚濁って……ISにそんな危険な機能をドイツ軍は仕込んでたの?」

 

 

 結果は、思っていたよりも深刻そうであった。

 精神汚濁の進行度や状態がわからないので何とも言えないが。その後遺症が小さなもので終わらないであろう事はわかる。

 

 

「それで……何か助ける手立てはあるの?」

【・・・接近・接触をしてください】

「えー、何か近づくのさえ大変そうだけど……そう言うなら、ね!」

 

 

 AIの指示を聞き取った一夏は、サブマシンガンを量子変換して収納すると、近接ブレードを展開した。

 そしてそのまま、一気に瞬時加速(イグニッション・ブースト)で加速を試みる。

 

 接近する中で、さきほど黒檀を撃墜した剣を振り下ろしてきた。

 その斬撃を近接ブレードで受け止めると、空いている左手の方を前に突きだし、接触する。

 

 

「触れたよ!ここからどうするの?」

 

 

【コアネットワーク・接続開始・管理者権限・認証・・・精神感応接続・リンク】

 

 

 

 

 

 

 脳、と言うよりも精神や感情を円心分離機に入れられて溶けるまでシャッフルされた様な気分だった。

 

 それが過ぎ去って感覚が安定してくると、意識も確立してきた。

 

 やがて、その不安定で浮ついた感覚は消えたが、それでもまだ何だかフワフワしている。

 感覚と運動にラグがあると言うか、自分の身体なのに自分の身体では無いような、矛盾した感触。

 その違和感を払拭しようと、無理やり身体を動かして周囲を観察する。

 

 

「ここは……?」

 

 

 声を出してみるが、まるで電話越しに自分の声を聞き返したみたいな、違和感とこそばゆさを感じた。

 その違和感の正体を探る為に、一歩、足を踏み出してみる。

 足の沈まない水の上を歩いているような、現実的でない感覚が足の裏に響く。

 

 

「…………」

 

 周りを見渡すと、無色であるような、水色や灰色に染められた有色であるような…………そんな色が広がっていた。

 光の加減によって変わるのか、それとも気のせいか、はたまたそういう色なのかも分からない。

 もし、敢えて表現するとすれば、移ろいやすい心象風景の色とでも言えば的を射ているだろうか?

 

「あ…………」

 

 

 暫く、そうやって歩いていると人の姿が見えた。

 

 つば広の白い帽子に白いサマードレス、随分と夏らしいその服装にも負けない絹のような長い髪と透き通った白磁のような肌……

 全身を白色で埋め尽くした少女が一夏を待ちかまえていた。

 

 

「お待ちしていました」

「!」

 

 

 その少女の顔を、一夏は知らなかった。

 でも、彼女が誰なのかは知っている気がする。

 ずっと…………側にいて、包み込んでくれた存在。

 彼女は──

 

 

「君は……白騎士?」

「いいえ」

「あれっ…………」

 

 

 見当が外れた。

 

 

「私に名前はありません。今は」

「あっ、ああ…………」

 

 

 どうやら、全くの的外れと言う訳でも無かったようだ。

 

 

「そうか……まだ、名前をあげて無いから」

「はい」

 

 

 無銘。

 何とも称されず、未だに名前を持たぬ者。

 

 彼女は、一夏のISの人格(AI)だ。

 

 

「それで…………ここはどこなの?」

「ここは、現在シュヴァルツェア・レーゲンと呼ばれる者を介して可視化された、彼女の隣人の意識です」

「……意識って、場所の事じゃ無かったと思うけど?」

「私達の相互送受信機能を用いて、アクセスしました」

 

 

 ISは、戦闘能力以外にもコア・ネットワークと電脳ダイブという機能を持っている。

 前者は、ISのコアモジュール同士がお互いにパスを繋げて情報などをやり取りする機能で、これを使えば太陽系の外から地球まで離れていてもタイムラグ無しで会話が行える。

 また、後者は操縦者の精神をISの操縦者保護機能の一つである神経バイパスを通じて電脳世界へと仮想可視化して侵入させる機能だ。

 この両者の機能を併用して、恐らくはシュヴァルツェア・レーゲンへ意識が転送された……と言う事なのだろう。

 

 

「…………僕は何をすれば?」

 

「私の隣人を助けて貰いたい」

 

 

 今度は、向こう側から黒を基調とした……所謂、ゴスロリと呼ばれる服装の少女が現れた。

 その容姿は、どこかラウラの顔に似ている気がする。

 衣装とは対照的な銀髪と、左目を覆う眼帯がその印象を助長しているのかもしれない。

 

 

「……シュヴァルツェア・レーゲン?」

「ああ、そうだ」

「助けて欲しい、って言うのは?」

 

 

 尋ねると、シュヴァルツェア・レーゲンはあのラウラを包み込んだ黒い膿の様な物を指差した。

 

 

「隣人はアレに取り込まれてしまったのだ」

「アレは、何なの?」

「“Valkyrie Trace System”……暮桜とその隣人の戦闘記録を再現するモノです」

 

 

 代わりに説明してくれたのは、無銘だった。

 

 

「なんでそんなモノが?」

 

「私の依り代を造った者が組み込んでいたのだ。

依り代が崩壊寸前まで陥った時に発動し、戦闘行動を継続する……更に、その動きはかつて世界最強と称された隣人の物を模すことで凄まじい力を得られる」

 

「但し、それには代償を伴います。

その行動は全てシステムが主導で行い、隣人の意識と生体機能を仮死状態にする事で十全に“Valkyrie Trace System”は暮桜の動きを模倣するのです。

そして稼働時間が長期化すれば、やがて隣人の脳は死に、生体パーツとして取り込まれます」

 

「…………」

 

 

 それではまるでロボットだ。

 もしも仮に、このシステムを搭載した者がそれを前提で組み込んだのだとすれば……ラウラ=ボーデヴィッヒは元から道具として扱われていたと言う事なのだろうか?

 

 

「私達は“Valkyrie Trace System”に干渉する事はできますが、隣人の……人間の心に触れる事はできません」

「だから、改めてお前に頼みたい……私の隣人を救ってくれ」

「まあ、ここまで連れて来られて今更引き返すのもね……」

 

 

 一夏も、“Valkyrie Trace System”と呼ばれる黒い膿を見つめた。

 縦横無尽に蠢くスライムの様なその物質の中にラウラ=ボーデヴィッヒがいるらしい。

 手を差し出して掴めるのなら……その価値はあるかもしれない。

 

 

「私達が道を切り開きます」

「お前は、隣人を頼む」

 

 

 二人が塊に向けて手を翳すと、まるでモーゼの海割りのように穴が出現した。

 塊の内部は闇に染まっていて、そこにラウラ=ボーデヴィッヒの姿は確認できない。

 

 

「あそこに、飛び込めば良いんだね?」

 

 

 応えは無い。

 でも、それが正しいのは直感的に理解できた。

 一夏は駆け出すと、そのまま穴の中に身を投げ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 ラウラ=ボーデヴィッヒにとって強さとは全てだった。

 遺伝子強化試験体C-0037として、産まれる前から戦う存在として作られたのだ。

 だからラウラは物心が付いた頃から兵士だったし、それが常識だった。

 

 大人から教えて貰ったことと言えば、如何にして敵に有効なダメージを与えるかといった戦う術だけ。

 そして、遺伝子強化試験体C-0037ことラウラ=ボーデヴィッヒは優秀だった。

 格闘、射撃、操縦技能…………全てに於いて他の者を圧倒し、やがて隊のトップに躍り出た。

 

 

 しかし……ISの登場を機に、部隊にも近代化の波が押し寄せる。

 “境界の瞳(ヴォーダン・オージェ)”と呼ばれる、肉眼にナノマシンを投与する事で視神経や反射神経の強化を目論んだ処置がラウラの隊の全員に行われた。

 この処置の結果、ラウラの左目は“境界の瞳(ヴォーダン・オージェ)”に拒否反応を示した。

 “境界の瞳(ヴォーダン・オージェ)”の不適合により、常に稼働状態のままでカットできず、制御不能に陥ったラウラはトップから転落してしまう。 

 そして……ラウラに向けられたのは侮蔑と嘲笑だった。

 

 トップからの転落、強者から弱者への転換はラウラにとってトラウマになった。

 そのトラウマは、トップに返り咲いた事で益々大きくなってしまう。

 

 

 ある時、ラウラ=ボーデヴィッヒは絶対的な強者に出会った。 

 織斑千冬…………彼女は武力や腕力の強さだけでなく、何よりも心が強かだった。

 何事にも動じない、不屈の精神……

 脆い心を持っていたラウラは、自然と織斑千冬という人間に惹かれた。

 

 だからこそ、織斑十春の発言は度し難いものだったのだ。

 織斑千冬の強さと心の否定……それは、ラウラ=ボーデヴィッヒの拠り所を否定するのと同義だった。

 

 

 そんな時に出会った織斑一夏という人間…………

 抱いた印象は奇妙な奴、というのが正直な所だった。

 掴み所の無い人間で、何を考えているのか全く分からない。

 

 でも、彼もまた強い人間だった。

 肉体的には兎も角、何事にも動じない……不屈と言うよりも不動の精神を持っている。

 

 

──お前は……何故そこまで強いんだ?

 

『さあ、考えた事もなかったけど…………もしも僕が強いんだとしたら、それは代償なのかもしれない』

 

──代償……?何を喪ったんだ?

 

『自分自身。織斑一夏という人間を』

 

──だが、お前は、織斑一夏は現に此処に…………

 

『喪ったけど、亡くしたけど……貰ったんだ。

新しい“織斑一夏”を、自分を、大切な人達から』

 

──新しい、自分…………

 

 

 今のラウラ=ボーデヴィッヒは自我さえも曖昧だった。

 “Valkyrie Trace System”に取り込まれて、織斑千冬を模すだけのマシーンに仕立て上げられた。

 自分が本当にラウラ=ボーデヴィッヒであるのかさえ、定かでは無い。

 

 

──羨ましいな……私は、自分自身が、分からない…………

 

『だったら、君はラウラ=ボーデヴィッヒになれば良い』

 

──え……?

 

『誰かに与えられた役目を全うするだけの存在ではない、自分がしたいと思える事を貫ける者に』

 

──…………

 

『君はラウラ=ボーデヴィッヒだ。

織斑千冬でも、遺伝子強化試験体C-0037でも無い。

君は、君自身だ』

 

──……なれる、のか?私も……新しい自分に?

 

『なれるさ。君が望めば』

 

 

 そして、手が差し伸べられた。

 暖かくて、大きな手を。

 

 

『そろそろ帰ろう?』

「ああ、そうだな…………」

 

 

 この声、言葉なら……信じられるかもしれない。

 この手を握り返せば、新しい自分を見つけられる…………そう思えた。

 

 

「帰ろう」

 

 

 織斑一夏の手を取ると、闇のようにくすぶっていた汚泥は弾けるように吹き飛んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 一夏の意識が戻ると、後頭部に銃口が向けられていた。

 いや、ハイパーセンサーで良く確認してみれば、シャルル=デュノアの照準はラウラの方を向けている。

 

 

「何のつもり?」

「それはこっちの台詞だよ!いきなり接近したかと思えば、急に眠ったように止まって……!」

「ああ、そうか試合中だったんだっけ…………」

 

 

 一夏は近接ブレードを量子分解すると、替わりにサブマシンガンとショットガンを片手ずつ展開した。

 

 

「君、正気!?」

「そのつもりだけど……?」

「試合は中止!状況レベルDが発令されて、今は教師部隊がコッチに……!」

「なんだ……中止になったのか」

 

 

 それを聴いて、力を失ったように両手の銃器を量子分解して収納する。

 そしてそのまま、ISも解除してしまった。

 

 

「あ、危ないじゃないか!何やってんの!?」

「危なくないよ、全部終わったから」

 

 

 一夏の声と共に、その背後にいるラウラのISに変化が訪れる。

 粘土細工で構成された暮桜の模倣から一転、元のシュヴァルツェア・レーゲンの形態へと…………

 いや、しかしその変化を終えた姿はシュヴァルツェア・レーゲンとも異なっていた。

 装甲が僅かに増設され、特徴的なレールカノンは両肩に、しかもその形はよりシャープで洗練され取り回しの良さそうな姿に。

 

 

「せ、第二形態移行(セカンド、シフト!?)

 

 

 その姿を見せた後、シュヴァルツェア・レーゲンも解除され、ラウラは着地した。

 

 

「…………迷惑を、掛けたな」

「構わないよ」

 

 

 ラウラはばつの悪そうな顔をして詫びる。

 しかし、やはりと言うか、一夏は意に介さずに手を差し伸べた。

 

 

「大会も中止らしいし、お腹も減ったしさ、ご飯食べに行かない?」

「…………ああ、それは名案だ」

 

 

 苦笑しながら、ラウラは一夏の手を取った。

 

 

 そうして、去っていく二人の姿を、シャルルは呆然としながら見つめていた。

 

 

「う、ぐっ…………?!」

 

 

 ギシギシと軋む音を立てながら、織斑十春は立ち上がった。

 

 

「何が……どうなって……?」

「……負けたんだよ」

「あん……?」

 

 

 十春の声に、シャルルは淡々とことばを漏らすように返す。

 

 

「負けだよ、負け。僕達の負け…………」

 

 

 明後日の方向を見つめていたシャルルは、改めて十春の立ち尽くす姿を視界に納めてから、続けた。

 

 

「いや…………君の負けかな?」




うぉぉぉ……何だか凄く説明が足りてない気がする……いや(気のせいでは無い)

いい加減名前を付けてやれよ、と自分でも思います。
いえね?名前は決まってるんですよ?
ただね、ラウラの世界的な描写に専念しすぎた結果、力尽きちゃって………無念です。

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