それでも織斑一夏は怒らない   作:あるすとろめりあ改

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25話 ロスト・アウト

『世界各国、この青い地球に住まう全てのISファンの皆さん、こんにちは!

今、この世界で最も注目されていると言っても過言では無い、学年別トーナメント一年生の部・決勝戦!

その戦いの火蓋が、今この瞬間にも切って落とされようとしております!』

 

 

 まるでプロレスの実況中継のような叫び声がスピーカーから鳴り響いた。

 観客席から見える超大型ディスプレイにも金髪の欧州人の姿が映し出されており、その者が発した声であることは一目瞭然だ。

 

 

『実況は私、IS学園三年生、放送委員のタニア=ダラッペがお送りします。

そして……なんと!解説として今日のゲストには初代ブリュンヒルデである織斑千冬先生にお越し頂きましたっ!!』

 

 

 この映像は報道機関や動画配信サイトにも要請があれば提供されているため、会場だけでなく世界中の画面の前で歓声が轟く事となった。

 

 織斑千冬の登場を宣言したタニア=ダラッペの眼が尊敬の念で輝いているのが判る。

 それだけ、初代ブリュンヒルデの名前は偉大で、影響力を与えるものなのだ。

 

『何故、私がこんな……』

『何を言ってるんですか!今回の決勝戦に連ねている名前を見てくださいよ!

織斑十春と織斑一夏!織斑先生の弟達の決戦でもあるんです!

これを解説するべき人物は、広大な地球における70億の人類の中でも織斑先生をおいて他にいないじゃありませんか!!』

『はぁ……』

 

 

 対して、当の初代ブリュンヒルデ・織斑千冬は打って変わって気落ち気味に応えた。

 ところが、あまりこう言った華やかで喧しい雰囲気の場を好まないという事は現役時代からの常識だったので、誰もその事について指摘はしない。

 と言うよりも、そんな事は視聴者達にとっては些細どころか、どうでも良いことなのだ。

 織斑千冬の姿が画面に映り、その声が電波を通して自分の耳に届く……その事実だけで十分だったから。

 

 過度の興奮から半ば混乱していると言っても良い状況だが、これも織斑千冬の姿があるのなら常識の範囲内に過ぎない。

 

 

『さて、それでは今回の出場選手についてお伝えしていきたいと思います。

まずはAブロック側、織斑一夏選手とラウラ=ボーデヴィッヒ選手のペア!

私たち委員会が調べました情報によりますと、ラウラ=ボーデヴィッヒ選手はドイツの代表候補生であると同時にドイツ軍のIS特殊部隊である黒兎隊(シュヴァルツェ・ハーゼ)の隊長さんで……なんと、かつて織斑先生が教官を務めていたとかっ!』

『ああ、そうだが……』

『と、言うことはBブロックのシャルル=デュノア選手以外は全員、織斑先生の関係者という事ですねっ!

いえ……1組のクラスメイトと言うことは、拡大解釈すれば全員が織斑先生に関わりがあるとも言えますか?』

『まあ……そういう事になるのか?』

『そう考えますとこの試合、色々な角度から見ることが出来ます!

シャルル=デュノア選手もフランスの代表候補生でありますので、ドイツ対フランスの欧州対決に!また、織斑兄弟での兄弟対決も見物です!

更に更に!なんと、この戦場には3人の男性が名を連ねるという、IS史上初!もっと言えば今世紀最大の奇跡的瞬間と言える状況になっています!

私はこの場に立ち会えた事を母と父、そして先祖代々に感謝の念を禁じ得ません!』

『よくもまぁ、そこまで言葉がペラペラと出てくるものだな……お前はふるた──』

 

 

 どこぞの誰かしらに影響されている事が見え見えな実況に対して織斑千冬がツッコミを入れる前に、観客席からの歓声によってかき消されてしまった。

 まるで狙ったかのようなタイミングの良さに、織斑千冬も一度軽く開口してから歯噛みしてしまう。

 

 

『さあて!現場のスタッフによれば、たった今選手達の準備も整い、カタパルトに足を着け何時でも発進の体勢が出来ているとの事です!』

『…………』

『おおっと!そうこうしている内にピットからISが続々と飛び出して参りました!』

 

 

 4機のISは所定の位置にまで辿り着くと空中静止した。

 

 実況の影響で気を当てられてしまった観客達は、それだけで空間を揺るがすような大歓声をあげる。

 会場のボルテージは天元突破し天井を突き破り、IS学園から程近い本州にある街の通りにまでその黄色い声が耳に届く程であった。

 

 

『この戦いを見ずして、ISは語れないっ!学年別トーナメント一年生の部・決勝戦……始まりまぁす!!』

『机を土足で踏むな、行儀が悪い……』

 

 

 何とも、締まらない実況であった。

 

 

 

 

 

 

 カウントダウンが刻まれる中、空中で静止する4人はそれぞれ異なった表情を見せている。

 堅く警戒した顔をする者、眉間に皺を寄せて憎悪を露わにする者、視線を這わせながら表情を殺した者、不敵に笑みを浮かべる者……

 その中で唯一口を開いたのは、笑みを浮かべる男だった。

 

 

「まさかお前らがペアを組んで、尚且つ決勝戦(ここ)まで来ちまうとは、正直思っても見なかったぜ」

 

 

 見得を切るように威勢の良い声で語り出す。

 しかし、それに対して返答する者はいなかった。

 

 …………痺れを切らしたのか、自分から二の句を続ける。

 

 

「素直に凄ぇって思うぜ?生半可じゃ無理だろうからな。

だけど、戦うからには俺も負けてら──」

「ご託は、いい」

 

 

 超大型モニターに表示された数字が0を表すと共に、耳障りなブザーが鳴り響く。

 それとほぼ同時に轟音がスターターピストルの如く試合の開始を告げる。

 

 その音の正体はラウラの、シュヴァルツェア・レーゲンの右肩に装備された大型レールカノンの発射音であった。

 観客が音に気が付いた時には織斑十春の黒檀に直撃し、開始早々から僅かに高度を落としてしまう。

 

 

「私はお前を倒す、そこに問答は必要ない」

「お、お前なぁ……人が話してる時は待つぐらいの気概を見──」

 

 

 今度は細かい銃弾の波が黒檀に押し寄せ、更にその頭上を白いナニかが通過していく。

 

 

「ごごぐぉぉぉおっ?!」

 

 

 ダメージはさほど大きな物では無かったが、不意打ち様の追い討ちに奇声が漏れてしまう。

 過剰に膨らませた風船と同じ様に、大きいだけの気勢は萎んでしまっていた。

 

 黒檀の頭上を過ぎ去ったのは一夏のISで、視線と意識が完全にラウラへと向いていたのを良いことに、銃弾のお土産を渡しながらスルーしていったのだ。 

 

 その行動に意図は無い。

 ただ、ダメージを与えられる機会だったので、ついでにとアサルトライフルのトリガーを引きながら移動したに過ぎない。

 

 

「…………余所見をしていた、貴様が悪い」

 

 

 哀れむような眼をしながら、正論をぶつける。

 

 

「てめぇらぁ………もー怒った!絶対ぶっ倒ぉーすっ!!」

 

 

 この一撃と二撃に対して怒りを抱き、右手に鋭い金属色の刀身を持つ雪片・改二を顕現させると、瞬時加速(イグニッション・ブースト)で接近を試みてきた。

 

 

『…………さて、ここまでの流れを見てどう思われますか?』

『油断しおって、馬鹿者め……!』

『はい、辛辣な言葉が入る最中にも試合は動きを見せております!

織斑一夏選手はまず手始めに、シャルル=デュノア選手への牽制を行う模様ですね』

『初手としては悪くない。

デュノアは豊富な武装の種類と多彩な戦術を駆使し、ここまでの戦いでも相手を苦しめてきたからな。

織斑十春は一撃必殺の手段を持っている反面、不器用で機体の特性もピーキーだ。

このペアにおいてはサポーターとアタッカーを分断するのが有効であるのは準決勝の戦いを見ても判るだろう?』

『確かに、織斑十春選手はシャルル=デュノア選手の援護が途絶えた際、一時的に窮地に立たされていましたね……』

 

 

 一夏は着弾させるつもりも無くアサルトライフルを発射。

 そのまま左手にも同様のアサルトライフルを量子展開させてラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡへと接近を試みた。

 

 

「ボクを見くびって貰っちゃ、困るよ……!」

「とんでもない、僕は嫌いな物から先に平らげる主義なんだ」

 

 

 一夏はそのまま右手でラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡを狙いつつ、左手でシャルル=デュノアが移動するであろう未来予測地点に向けて発砲を続ける。

 

 

「カニバリズムかい?それは随分と野蛮だ、なあっ!」

 

 

 シャルル=デュノアも負けじとアサルトライフルを同時展開し、一夏と同様の行動に打って出る。

 どちらも明確な着弾は見られなかったが、両者共にお互いの動きを制限させる事には成功していた。

 特に、一夏にとっては当初の目論見通りの足止めと分断が成功した形だ。

 

 

『まるでアニメや特撮を観ているかのような錯覚を覚える、見事な空中における銃撃の応酬!

互いに闘志を弾丸に籠め、必殺の一撃を与えたまえと言わんばかりに雷神の如く銃弾の雨をさめざめと降らせ続けている!

ジェットの余韻は白いコントレイルを刻み込み、さながら空のキャンバスに絵を描いているようではありませんか!』

『お互いの行動原理が似通っている為に対称的な動きを見せているな。

私は芸術には疎いが、人間はシンメトリー(左右対称)なものに対して“美しさ”を感じ取るらしい。

故に、今のこの光景がアートのように見えるのだろう。つまり、戦闘機による曲芸飛行と同じだ』

『なるほど、確かに私が幼い頃に見たフレッチェに通じるものがあるように思えます!』

 

 

 一夏とシャルルが一進一退の膠着状態を作り出している一方で、十春もラウラを攻め倦ねていた。

 

 

「くそっ、厄介な!」

 

 

 黒檀の左手に装備された荷電粒子砲から極太のビーム弾が発射されるが、その悉くを翳した手で逸らしてしまう。

 それは、シュヴァルツェア・レーゲンの専用武装であるAICによるものだった。

 

 

「無駄だ、それでは私のAICは突破できない」

「ん、にゃろぉ…………!」

 

 

『織斑先生、AICに弱点は無いんでしょうか?』

『そんな事は無い、黒檀とは相性が悪いだけでAIC自体に弱点は沢山ある』

『例えば……?』

『実弾や、今みたいな荷電粒子砲のように質量を持った動きの慣性を停止する事は出来るが、反対に質量の無い物を止めることは出来ない。

例えば、レーザー兵器だな』

『うーん……でも、シャルル=デュノア&織斑十春ペアのどちらもレーザー兵器は携行していませんね』

『何、AICを攻略するのに何も正面から突破する必要は無い。

AICを発動する為には集中が必要で、更に発動範囲にも限りがある。

前方で囮になりながら後方から挟み撃ちにするというのがスタンダードな対処方法だ』

『あー、だから織斑一夏選手はシャルル=デュノア選手を切り離したんですね!』

 

 

 その解説の通り、織斑十春はジリ貧に陥っていた。

 荷電粒子砲はAICに阻まれ、そのAICに動きその物を停止される事を怖れ接近も出来ない。

 背後を狙おうにもラウラ=ボーデヴィッヒに隙は無く、不可能。

 

 

「どうする……どうすれば良い、考えろ、考えろ…………!」

 

 

 現在、シャルル=デュノアは足止めされてしまっており、援護は期待出来ない。

 ならば自分で囮と攻撃の両役を務めねばならないが…………

 

 

「一瞬でも意表を突ければ…………だったら!」

 

 

 織斑十春は右手の雪片・改二を収納すると、替わりに小さな黒い塊を展開する。

 それは、バススロットの容量の余りが勿体ないと御守り代わりに入れておいた手榴弾(ハンドグレネード)だった。

 

 

「いっ……けえっ!」

「む……?」

 

 

 ラウラは手榴弾を視界の隅に捉えると、直ぐにAICを発動できる用意の為、手のひらを前方に突き出した。

 

 

「とぉころがあっ!」

 

 

 十春は手榴弾がAICの圏内に入る前に……荷電粒子砲で撃ち抜いた。

 

 

「なっ……!?」

 

 

 火薬の詰まった手榴弾に高エネルギーが着弾し、引火と共に大きな爆発を発生させる。

 その爆発自体に威力は殆ど無かったが、ラウラの視界を遮る事には成功し、AICも爆風を遮る為に展開されたままだった。

 

 そして───

 

 

「これで決まりだあああっ!!」

「しまっ──!?」

 

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)でシュヴァルツェア・レーゲンの後方まで移動すると、再び雪片・改二を展開し、ついでにとばかりに零落白夜を発動させた。

 更には、距離を離されないようにと、アンロック・ユニットの左側にあるハードポイントを左手で掴み、距離を固定してしまう。

 そこに、零落白夜を発動させた雪片・改二を、突き刺す。

 

 

『こ、これは手痛い一撃だあっ!

まるでアサシンのように背後に回った織斑十春選手は、必殺の刃をシュヴァルツェア・レーゲンの背中に突き刺した!!

シールド・エネルギーも加速度的に減少しております!』

 

 

 振り払おうにも、レールカノン等の増設用に設けられていたハードポイントをISの強化された握力でガッチリと掴まれてしまっている。

 

 

「まだまだあっ!」

 

 

 雪片・改二を抜く、刺す、抜く、刺す───

 その単純な動作の繰り返しが、シュヴァルツェア・レーゲンのシールド・エネルギーを削っていった。

 

 

「ぐっ、あああああ!?」

 

 

 鋭い切っ先で突かれるため、その攻撃を貫通させまいと絶対防御は一点に集中していた。

 本来ならここにシールドが付与され防御力を増すのだが、零落白夜の効果によりシールドは発動する前に破られてしまう。

 更に、AICで止めようにも、やはり零落白夜によってキャンセルされてしまっている。

 

 

 

 

 

 

「あ……これはヤバいかな?」

 

 

 ラウラの危機に気が付いた一夏は、ひとまずその場から離れる事にした。

 簡素で何の装備も付与されていなさそうな一夏のISのアンロック・ユニット……突然、何の前触れも無しに装甲が、ズレる。

 ガシャンと、装甲が展開するように。

 

 

「え……?」

 

 

 シャルル=デュノアは思わず呆けて、一瞬動きを止めてしまう。

 アンロック・ユニットの装甲が展開した事にでは無い。

 その装甲の向こうに、ミサイルがギッシリと詰まっていたからだ。

 

 

「マルチロックオン……追尾は任せたよ?」

【了解・目標を補足・ADMM(全方位多目的ミサイル)・射出します】

 

 

 発射されたのは、48機の中型ミサイル。

 そう、それはまるで昨日のリプレイを見ているようで…………

 

 

「嘘おおおっ!?うわっ、危なっ!!」

 

 

 あの第三世代兵器である“山嵐”と同じ誘導性能を持ったミサイルに、シャルル=デュノアは戦々恐々とする。

 しかも数は昨日の2倍なのだから、たまったものでは無い。

 たまらず、回避と迎撃に専念する羽目になった。

 

 

「さて、と…………」

 

 

 急いでラウラ=ボーデヴィッヒの方へ姿勢を向けるとそのまま加速する。

 ハイパーセンサーで望遠すると、紫電が迸り、機能停止寸前であることが見て取れる。

 

 

【敵機・ミサイルを振り切りました】

「え、早い…………まあ、昨日の今日だし対策してるか」

 

 

 視界の外では、まだ十数秒程度しか経過していないにも関わらず、シャルル=デュノアはあのミサイル包囲網を突破してしまったらしい。

 チャフか、フレアか、それとも他の迎撃兵器か……

 昨日の山嵐(ミサイル)対策として、何か手を講じていたようだ。

 

 

「兎に角、突っ込まな────って、あれ?」

 

 

 その時、一夏はシュヴァルツェア・レーゲンの異変に気が付く。

 黒い装甲の隙間から、泥状の膿のような何かが溢れ出てきていた。

 

 

「何…………あれ?」

【解析・開始・・・完了・ナノマシンの一種です】

「ナノマシン?」

 

 

 そのナノマシンは、シュヴァルツェア・レーゲンを蝕むように全身へと這っていく。

 そんな異変に対して、誰もが言葉を失う。

 観客も選手も実況・解説も、唖然としながらその光景を眺めていた。

 

 

「…………ん?」

 

 

 しかし、織斑一夏はもう一つの異変に気が付いていた。

 

 

「笑ってる……?どうして?」

 

 

 織斑十春だけが、静かにその状況に対して笑みを浮かべている事に────

 




難産だった…………


Q.フレッチェ……?
A.イタリアの航空ショーチームのこと。
 日本(航空自衛隊)で言うブルーインパルスです。

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