朝、食堂。
寮の1階にあるその場所に、朝食を摂りに来たのだ。
「一夏くん、おはよー!」
「はい、おはようございます」
一夏のIS学園における学生生活は、良好と言えた。
交友関係も順調に築けていたし、学習も充分に付いていけた(そもそも、ISの開発者から直接英才教育を受けてきたので、その辺りは入試からして余裕だった)
他の生徒と仲良くするのは、とても良いことだ。
何よりも、女子だけあって情報の伝達が早い。
例えば──
「ねえねえ一夏くん、1組で決闘があるって知ってた?」
「決闘?」
随分と、時代錯誤な単語が耳に届いた。
因みに彼女は鈴木さん。
日本人で、クラスでは隣の席になる。
席が近所であるため、彼女経由で噂や情報がはいってくる機会が多い。
「何でもね、1組の男子の織斑十春くんとイギリスの代表候補生がクラス代表の座を賭けて戦うんだって」
「へぇ…………」
一夏の兄にあたる人物は、一体何をしているのだろうか。
数百時間をISでの訓練に費やした代表候補生とタイマンで勝つのは、至難の業だ。
勝てる自信でもあるのか…………寧ろ自信満々なんだろうなぁ、と昔の姿を思い浮かべた。
「しかもね、両方とも専用機持ちで、専用機同士で戦うんだって!」
「ああ、なるほど。それは話題になりそうですね」
ISは、その構成にあたってコアモジュールの搭載が必要不可欠になる。
寧ろ、コアがISそのもので、その他の装甲や武装は拡張に過ぎないと言っても過言ではない。
そしてそのコアモジュールは、開発者である束さんが467個までしか世界に出さなかったので、絶対数的に制限がある。
IS学園では、学習・訓練で用いるISは量産機で、数十個あるコアを3学年全員で使い回している。
つまり、専用機持ちと言うのは、エリートの中のエリートの、更にそこから選ばれた砂漠の一粒の砂だ。
「それが今日の放課後にあるんだけど、一緒に見に行かない?」
「そうですね……」
専用機同士の戦闘と言うのは貴重な物だ。
観戦すれば、幾らか参考になるかもしれない。
「分かりました、では見に行きましょう」
「やりぃー!」
○
放課後、一夏達は訓練用アリーナの観客席にいた。
一見、スポーツ競技場のように見えるが、観客席の前には防護用の強化ガラスが張られており、更にその前方にはISと同質のシールドが展開されている。
つまり、銃弾や衝撃が来ても観客にまで届くことは無いように出来ているのだ。
「えーっと、代表候補生のISがブルー・ティアーズ、織斑十春くんのISが黒檀って言うんだって」
確かに、ディスプレイのステータスには蒼と黒のISが映っていた。
余談だが、ISにはその名前に色を意味する言葉があてられる事が多い。
理由として、世界初のISである白騎士が挙げられる。
白騎士が、色と名詞を組み合わせた名称だった為にそれを踏襲し…………つまりは、肖っているのだ。
「コクタン、って何?」
一夏と鈴木さんの他にも、5組のクラスメイトが一緒に集まっていた。
今質問したのはアメリカ人のオリヴィエさん。
日本的で和風な名前に、その意味が気になったのだろう。
「え、えーっと…………一夏くんは知ってる?」
「黒檀とは柿の木の一種で、とても堅い木材なので木刀や家具に使用されます。
英語で言えばエボニーです」
「へぇー、そうなんだ!」
「一夏くんすごーい!」
雑学を披露していると、アリーナの両脇からISが出てきた。
右側は蒼いIS、中距離射撃戦をメインとするブルー・ティアーズ。
イギリスの第三世代ISで、特性としてはBT兵器と呼ばれる思考制御によって空中を浮遊しながら攻撃をするビット兵器と高火力のレーザーライフルが特徴的だ。
反面、懐に飛び込まれた場合は苦戦するだろう。
対面の左側は黒いIS、黒檀と言う名前から近接戦仕様のような気がするが、データが無いので何とも言えない。
武装も不明だが、外観はとてもシャープで、高機動戦を念頭に置いた設計と言うことは解った。
つまりこの戦闘は、接近を許し切り刻まれるか、それとも距離を離し蜂の巣にされるか、大雑把に言ってしまえばそう言う駆け引きになるだろう。
「どっちが勝つかなー?」
「私は一夏くんのお兄さんが勝つ方に賭けたっ!」
「うーん、でもオルコットさんも、代表候補生だしなぁ」
そうこうしている内に、戦闘は開始した。
○
開幕、黒檀が近接ブレードを展開すると、ブルー・ティアーズはライフル《スターライトmk3》を黒檀に向けて発射した。
突き刺す様な鋭い銃撃だったが、黒檀はそれをヒョイと避けてしまう。
それに苛立ちを覚えたか、ブルー・ティアーズのライフル射撃の密度が更に濃くなり、BT兵器も飛び出した。
「おおぉ、何か青くて凄く綺麗だねっ!」
「それを避けてる一夏くんのお兄さんも凄いよ……」
「解説の一夏さん、此処まで序盤の展開はどう思われますか?」
じっと観戦していると、急にオリヴィエさんがそんな風に話を振ってきた。
これは…………ちゃんと返した方が良いかな?
「え……あー、そうですね。オルコット選手が先制攻撃しかけたのに対して、織斑選手は様子見をしているようですね」
「ほう、それはどうして?」
「はい、ブルー・ティアーズは中距離射撃を得意とする反面、懐に飛び込まれるとナイフ型の武装であるインターセプター以外に近接戦の手段がありません。
そうなると近付かれたく無いオルコット選手は必然的に開幕から攻撃を仕掛けて有利な距離を稼ぎたい物と思われます。
対して織斑選手は未知の武装であるBT兵器を警戒し、接近するための糸口を探していると思われます。
先ほど述べた通り、近接戦に持ち込めれば織斑選手は大分有利ですからね」
何だか、途中から随分と饒舌になってしまった。
あれ…………僕ってそんなにノリ良かったけ?
と、考えてからこれまでの人生で束さんとクロエ以外にマトモな交友関係を持っていなかった事に気が付き、思考を放棄する事にした。
因みに、解説に関しては概ね好評だったようで────
「はえー……一夏くん、本当に先月初めてISを動かしたの?まるで本物の解説者みたいだよ」
「自分で振っておいてなんだが、私も正直驚いている」
「遅れている分、勉強しましたからね」
「おー、良いね!日本人は勤勉なんだねー」
「あんたも日本人でしょうが……」
何だか…………これはこれで、賑やかでたのしい気がする。
とても新鮮な体験で、少なくとも悪くないって感じるのは確かだ。
「あれ、一夏くんのお兄さん、何だかクルクル回ってるね」
鈴木さんの表現は抽象的だったが、表現として間違っている訳では無い。
確かに、黒檀はブルー・ティアーズの周りを周回するように移動していた。
「ねえねえ一夏くん、アレは何でクルクル回ってるの?」
「あなたは本来教える立場でしょうに………私も分からないけど」
「すまない、私も分からないんだ。織斑はどうだ?」
鈴木さん、その友人の鏑木さん、オリヴィエさんの三人は降参を宣言してきた。
「あれはヨー・ヨーの一種ですね」
「ヨーヨー?ビヨーンって伸びる、あれ?」
「おもちゃの事では無く、元々は戦闘機のマニューバの名称です。
水平に内側へ舵をきる事で周回しながら距離を詰めたり背後を取る技術です」
「うーん……」
「そうですね…………では、空に向かって指を伸ばして、丸を書いてみてください」
握り拳から人差し指だけを突き出し、空を指す。
他の皆も真似してクルクルと丸を描き始めた。
「そのまま中心を目指してドンドン丸を小さくして行ってください。
すると、最後には目指していた中心点で止まることになると思います。
これが、今の織斑選手がやろうとしている動きです」
「真ん中に向かって、どうするの?」
「オルコット選手を見てみてください、織斑選手を狙って射撃をし続けていますが、あまり位置が動いてないのが分かるかと思います」
「あっ!!」
「つまり、中心点があまり動いていないので、あんな風に回避しながらクルクル廻っていると…………」
説明をしている途中で、黒檀がブルー・ティアーズと5m程度までの距離まで肉薄していた。
「あんな風に近付く事が出来れば、近接ブレードの攻撃圏内まではもう目前です」
そして、接近した黒檀が近接ブレードを構えると…………何と、刀身が青白い光を帯び始めた。
「わああっ、光った!?」
「ライトセイバーか?!」
「いや、ビームサーベルっしょ!」
「寧ろレーザーブレードじゃないかな?」
光り輝く刃がブルー・ティアーズの装甲を叩くと、ディスプレイに表示されているシールドエネルギーの残量が加速度的に減少する。
良く見ると、何故か黒檀のシールドエネルギーまでもが消費されている。
「もしかして…………零落白夜?」
ブルー・ティアーズも負けじとミサイルを発射するが、その輝くブレードで両断してしまう。
それから再び接近し…………ブルー・ティアーズに追撃をする。
そして、暫くすると……ブルー・ティアーズのシールドエネルギーの値は0になった。
「嘘……代表候補生に勝っちゃった?!」
「おー、一夏くんのお兄さん大金星だねっ!」
「何というか、凄い戦いだったな…………解説の一夏さん、勝因は何でしょうか?」
「そうですね……比較的早く接近戦に持ち込んだ事が功を奏したと言えるでしょう。
対してオルコット選手はビットが破壊されることを恐れて動きが制限されてしまっていたのが響きました。
もう少し臨機応変な動きを取り、ビットとライフルで集中砲火をする態勢を作れていれば、勝敗は解らなかったですね」
「成る程…………」
「結構難しいんだねー」
戦術はあまり参考にならなかったが、最後に変わった芸当を見ることが出来た。
まあ、それに…………こうやってクラスメイトの皆と仲良く出来たのも良い経験になったと思う。