それでも織斑一夏は怒らない   作:あるすとろめりあ改

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11話 現在、過去、未来進行形

 一夏と更識簪は色んな事を話し合った。

 共同生活を行う上で必要なこと、シャワーの使い方や着替え中の時の合図、他にも細かいことを幾つか。

 

 それから、個人的な事について少し話をした。

 

 

「へぇ……更識さんは日本の代表候補生なんだ!」

「うん………」

「じゃあ、出来る事なら色々と教えて貰えたら嬉しいなぁ」

 

 

 更識簪は、積極的に会話をするようなタイプの子では無かったが、一夏が話し掛ければ嫌がらずに応えてくれたし、国家代表候補生である事も教えてくれた。

 少し緊張が見えるので、まだ打ち解けられていないだけなのかもしれない。

 

 

「あの…………さ」

「うん?」

 

 

 ここで、初めて更識簪の方から話を振ってきてくれた。

 信頼関係の構築は小さな事から一歩ずつ、初日から進展が見えたのは僥倖だ。

 

 

「織斑くんは…………」

「一夏で良いよ」

「え?」

「ほら、織斑だと二人いるからね?」

「あ……うん」

「だから、下の名前で呼んで貰えた方が嬉しいかなって」

「えっと……一夏、くん?」

「うん、改めて宜しくね、更識さん」

「………………うん」

 

 

 話の腰を折ってしまったが、少しずつ警戒が解れていくのが見て取れた。

 

 

「それで、何かな?」

「えっと……一夏くんは…………」

 

 

 しかし、更識簪はそこで言い淀んでしまい、そのつづきが中々でてこない。

 

 

「ん?」

「…………ごめんなさい、やっぱりなんでも無い」

「……そっか」

 

 

 気が変わってしまったのなら仕方がない。

 無理をして聞くことでも無いし、話はそこで打ち切りにした。

 

 

「じゃあ、僕はちょっと飲み物を買ってきます。

簪さんは何か飲みたい物ってある?」

「え……と、ヒーローサイダーで……」

 

 

 そう言えばと部屋の奥側、更識簪のエリアを見ると、特撮やアニメのグッズが所々に配置されていた。

 

 

「好きなんだね、ヒーローが」

「う、うん……」

「オッケー、ちょっと待っててね」

 

 

 自分の荷物の中から財布と端末を取り出し、部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 部屋を出てから少しだけ歩いた頃、IS学園の生徒では無い女性とバッタリ出くわした。

 とは言え、生徒では無いだけで不法侵入者ではない。

 彼女は、この学園の教師で、しかも寮長だった。

 

 

「一、夏…………」

「こんばんは、織斑先生」

「っ……!」

 

 

 教師の名前を呼ぶと、何故かその顔から動揺が伺えた。

 何か、挨拶を間違えただろうか?

 

 

「…………今はプライベートの時間だ。敬語を使う必要も無いだろう」

「そうですか」

「…………」

「久し振りだね、千冬姉ぇ」

「ああ……久し振りだ、一夏」

 

 

 彼女の名前は織斑千冬。

 つまり、この学園の教師で、元ブリュンヒルデにして僕の姉だ。

 

 

「…………この4年間、お前の事を探し続けた」

「そうなんだ」

「だが、終ぞ見つける事が出来なかった…………今日、この日まで。

いったい、お前はどこに行っていたんだ?」

「色んな所に行ってたよ」

 

 

 僕はただ、事実だけを伝えた。

 

 

「一カ所に留まっていた訳では無いから……ああ、ドイツに居たこともあったよ」

「何……!?」

「その頃、千冬姉ぇはドイツ軍で教官をやってたよね。遠目で見たけど、格好良かったよ」

「そんな……………だったらどうして声を掛けてくれなかったんだ!」

「だって、僕は別に千冬姉ぇを探してなかったし…………」

「え…………」

 

 

 その言葉を聞いてか、千冬姉ぇの顔はピシッと凍り付いた気がした。

 

 

「あの頃と同じだよ、僕はただ家事をしてただけだから、僕がいなくても織斑家は成り立ってた。

実際、僕がいなくなっても、何も困らなかったでしょ?」

「何で、そんな…………っ!」

「十兄ぃは、面倒くさがり屋だけどやる気になれば料理は出来たし。

結局、料理も掃除も洗濯も、2人がお情けであたえてくれた役目に過ぎなかったんだよね」

「そんな事は、無いっ!」

 

 

 織斑千冬は酷く激昂している様子だった。

 興奮気味と言い直しても良い。

 だから、今は何を説明しても冷静に聞くことは出来ないだろう。

 そう思い、話はここで打ち切る事にした。

 

 

「じゃあ千冬姉ぇ、もう行くか──」

「…………怨んで、いるのか?」

「え?」

「お前を4年間見つける事ができなかった私を……っ!見捨てたと思って、怨んでいるのか?」

「嫌だなぁ、千冬姉ぇ……」

 

 

 本当に、何の冗談だろうか。

 そう言えば、偶に千冬姉ぇはこうやって笑わしてくれたことを思いだした。

 

 

「僕が千冬姉ぇを怨んだり何か思ってる訳無いじゃない」

「一夏…………」

「じゃあ、僕は用事があるから、これで」

「ああ、解った。またいずれ、話そう」

 

 

 そうして、千冬姉ぇは見送ってくれた。

 

 

 

 

 

 

「よっ、と」

 

 

 適当な窓から乗り出し、壁を伝いながら登ると寮の屋上へと辿り着いた。

 ここは立ち入り禁止の場所だったが、今からやることを考えれば、その方が都合が良かった。

 

 私物である端末を取り出し、とある人物の端末へコールをする。

 そして殆どラグもなく、その通信に応えがあった。

 

 

『もしもし、カモシカ~!やあやあいっくん!愛しの束さんだよ!』

「こんばんは束さん、昨日ぶりだね」

『そうだねぇ、もう一日も経っちゃったのかぁ…………』

 

 

 通信の先は、篠ノ之束さん。

 あのISの開発者にして、僕の保護者のような人。

 この2年半は束さんの庇護下にいたのだから、その表現もあながち間違いでは無い筈だ。

 

 どうして一夏がIS学園に入学する事になったのか、その原因の大分を束さんが占めていた。

 何気なく《いっくんって小学校中退だよね》という会話から始まり、それを肯定すると《一度、学校にきちんと通っておいた方が良いよ》という鶴の一声で、入学が決定した。 

 わざわざ戸籍や学歴を改竄してまで。

 

 

『学校生活は楽しいかい?』

「んー、まだ初日だからねぇ……」

 

 

 それから、今日あった事を話す。

 クラス代表に選ばれた事や、女子と同室になったこと…………

 

 

『むっ、大丈夫いっくん?襲われたりしてない?』

「普通、逆なんじゃないかな?」

『そんな事無いよ、女の園のメスは獣だからねぇ』

 

 

 IS学園のOGである束さんが言うと、何だか信憑性がある。

 まあ、無防備になりすぎない様に気をつけておこう。

 

 

「ああ、それと……面白い事でも無いけど、織斑先生と今さっき会ったよ」

『あー、ちーちゃんどうだった?』

「普通だったよ、4年間どこに行ってたんだとか聞いてきたけど」

『そっかそっかー』

 

 

 軽く流す辺り、束さんもその辺はどうでもよさそうだ。

 確かに、毒にも薬にもならない話題だった。

 

 

『あっ、クーちゃんがいっくんとお話ししたいって!替わるねー』

『もしもし、一夏様……』

「ああ、もしもしクロエ。そっちはどう?」

『ええ…………一夏様が一通り家事を仕込んでくださいまして助かりました。そうでなければ、今頃……』

「まあまあ」

 

 

 クロエ=クロニクル。束さんの拾ってきたドイツ人の少女だ。

 実行犯は一夏だが、そこは問題では無い。

 

 クロエは当初、軟禁生活が長かったら為か、家事どころか日常生活にも支障を来す程だったが、最近では一夏も料理や基本的ながら家事を教え、まともに生活出来るようになっていた。

 だから、今夜の束さん達の夕食もカップ麺や黒炭では無い筈だ。

 

 

「時々抜け出して顔を出しに行くから、心配しないでよ」

『はい、解りました』

「帰るときには何かお土産を買っていくよ、何が良い?」

『私は……一夏様と束様がいるだけで充分です!』

「…………そっか」

 

 

 取りあえず、何か美味しい物でも買っていく事を胸の内で勝手に決めた。

 三人で食べられるようなお総菜か、ケーキが良いだろうか?

 

 

『それじゃあいっくん、何か困った事があったら直ぐに連絡してね~

あっ、毎日掛けてきても良いんだよ?』

「なるべく細かく連絡を入れるようにするよ」

『オッケー!じゃあ、おやすみなさい』

『おやすみなさいませ』

「うん、おやすみ」

 

 

 通信が切れるが、余韻に浸るように暫く端末を耳元に付けたままにした。

 見上げて、満天の星空と月を眺めてから、屋上から元の窓へと降りたった。

 

 

「さて……ヒーローサイダーを買ってから帰らないとね」


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