こじつけ…
くじけそう…
ナザリック地表部
コキュートスが先導し、タブラが一歩踏み出し、シズが続く。
タブラはナザリック攻略時を思い出していた。
【あ~、懐かしいな。】
領域に身体が入った瞬間、タブラは倦怠感に襲われる。
自身の頭の中に直接何かが流れ込んで来た感覚がしたのだ。
膨大な量の何かは直ぐに理解できた。
そうユグドラシルにログインする度に感じていたものと同じ感覚。
自身がユグドラシルでビルドした魔法、スキル、MP,HP、そしてアバターであった。
「ふえっ!」
シズが惚けた声を聞いたコキュートスが振り返る。
「オ~!」
続けてコキュートスもシズと同じような声を出す。
2人の目の前でタブラと呼ばれた人間が淡い光に包まれ明滅を繰り返す度に、
人間の姿、ブレインイーターの姿と変化する。
数分後、完全にユグドラシルのアバター姿になったタブラは歩を進める。
「流石ハ、至高ノ御方…素晴ラシイ御力ヲ感ジル」
第5階層 氷結牢獄
「コキュートス、シズ有難う」
「勿体ナキ御言葉」
「コキュートスは、モモンガさんに頼まれていることを続けてくれ。シズはここで待っていてくれるかな?」
「畏マリマシタ、何カ御座イマシタラ御呼ビ下さサイ。」
タブラは、氷結牢獄へと入って行った。
「渡すの…忘れた…。」
シズの手には腐肉赤子があった。
氷結牢獄の中をタブラは歩を進める。
「ね~ん…ねん♪」
タブラが一歩一歩近づくにつれ、子守唄を歌っている女性の雰囲気が変わっていく。
「ち…違う…ちがう…私のじゃない…わ~たし…の子供…子供はどこ~。お、お前か~お前が~」
女性は自分の身長と同じくらいの片刃の鋏を持ち、タブラに向かって走り出す。
そしてタブラの目の前で手に持った鋏を横薙ぎにはらう。
しかしタブラの首筋の数ミリ手前で止まる。
「これは、タブラ様お久しぶりです。何時も、何時もあなた様は…」
「久しぶりだな。ニグレド。」
ニグレドと呼ばれた女性は、スカートの両側を軽く摘み膝を折り優雅な礼をする。
「こうしないと、お前の美しい顔がよく見えないからな。」
斜に構え1本の触手で自身の顔半分を隠す仕草をするタブラ。
「もう、タブラ様はいつもそのようなお言葉で女性を…フフフ」
「おいおい、ニグレドにだけさ。」
ニグレドにもし表情があれば、頬を染めはにかんだ笑顔をしていたことだろう。
「それで、本日はどのような御用で?」
「久しぶりにここに帰ってきたし、君とナザリック観光をしたくてね。」
「あらそれは、大変嬉しいご提案なのですが、私はここを離れられませんわ。タブラ様にそうあれと創造されておりますが?」
「あ~確かにそうだったな、いままではな。モモンガさんから話も聞いているから、今なら君はナザリック内だけだが自由に動ける筈だよ。」
「まあ!そうだったのですか?」
「何処か行きたい所はあるかな?」
「そうですわね。可愛い方の妹とスパというものに入ってみたいですね。」
「おいおい、それじゃあ俺行けないじゃないか。」
「うそですよ、タブラ様。少しからかってみただけす。ふふふ」
「ふっ、ニグレドは賢いな。」
【あの時の、タブラ様のお姿は…茹蛸を頭に装着した水死体の様であった】
と、その時の様子を見ていた。雪女郎は後に報告書を奏上していた。
アルベドは自身の執務室の更に奥のプライベートルームで自身の憤怒と向かい合っていた。
【なぜ?なぜ?なぜ?】
自分が持つ知識を紐解いても答えが出ない・
【なぜ?あの時、私の手は止まってしまったの?モモンガ様を捨て、悲しませ、あまつさえ、今は我がもの顔でナザリックを闊歩しているであろうあの男を…あの男が私の創造主、父だから?】
アルベドは、徐に衣服を脱ぎ全裸になる。
そして壁面上部に飾られていたモモンガの紋章を織り込んだサインフラッグを取り自身の身体に巻き付ける。
【あ~、モモンガ様…モモンガ様…私の全て…】
(力を解き放て、絶望を…与えよ…)
「誰?」
我に返ったアルベドは聞いた声の主を探す。
【あの時の声…】
そうアルベドが先日の戦闘で敵の隊長であった者が放った龍雷に似たものが、自身のスキルを貫通した時に聞いた声であった。
アルベドの金色の瞳が輝きを増す。
【そうね。あの時に、あの男の首を飛ばしていたら目の前に居たモモンガ様が悲しまれる。だから私は手を止めた。そうどこかで傷つけてもモモンガ様の耳に入れば悲しまれる。だったらモモンガ様と同じ苦しみ、哀しみを与えればいいのよ。あの者たちがモモンガ様を苦しめ、哀しませて手に入れた夢を…希望を…私が壊してあげる。】
「あら、姉さんなにかしら?分かったわ。え~、直ぐに。」
ニグレドからの伝言に答え、アルベドは名残惜しそうにモモンガのサインフラッグを飾り付け、身だしなみを整え大食堂へ向かった。
タブラとニグレドが現れた大食堂は一瞬動きを止める。
至高の41人が1柱であるタブラが現れたのもそうだが、エスコートしている女性が
守護者統括のアルベドの姉であるニグレドであったからだ。
偶々休憩時間でお茶をしていた、プレアデスのユリが、給仕をしようと一斉に動いた
一般メイドを制止し2人を中庭のテラス席へ案内する。
ユリが一礼し去った後、エントマが一礼し2人の前によく冷えた水を置く。
続けてシズが2人にメニューを渡す、そしてエントマとシズが一礼し去って行った。
「ふふ、確か普段ならセルフサービスの筈なのに。」
「え!そうなのか?じゃ何か適当に取りに行くか」
タブラが席を立とうとした瞬間、ナーベラルがオーダーを取りに来た。
プレアデスのチームプレイにタブラは驚嘆する。
タブラとニグレドはナーベラルに注文する。
「やはり仲の良い姉妹はいつ見てもいいものですね。」
「そういうものなのか?俺は一人っ子だったからな。」
「まあ、そうだったのですね。え~仲良き姉妹はかわいいですわ。ところでタブラ様、昔とお変わりがありせんね。」
「うん?どういうことだい?」
「ふふ、いつも私のところで練習なされていたでしょう。色々なポーズとかセリフなどを、懐かしく思い出します。」
ニグレドの言葉を聞き、タブラが人間の姿に戻りテーブルに突っ伏す。
「お、覚えているのか!」
タブラは、普段からギルメンの誰も来ない氷結牢獄で、格好いいと自分が考えるポーズ、セリフを練習していたのだ。
【あの時の、タブラ様は、赤と青に明滅を繰り返す壊れた蛸型の歩行者信号機を頭に乗せた水死体の様であったと】
その場にいた、すべてのメイドが報告書を奏上していた。
数分後、ルプスレギナがカートを押し2人のテーブルの横で止め配膳していく。
もっとも、2人のテーブルに着く前に中庭へ出る時の段差で足を引っかけ転びそうになったのは、この時大食堂に居た全ての者の胸の中にしまわれたのは秘密である。
そして、ルプスレギナが転倒しかけた時、ユリの頭が床に落ちたのも秘密である。
そんな事件が発生した数分後、アルベドが到着し3人でお茶をたのしむのだった
数時間後、氷結牢獄へニグレドを送ったタブラはナザリックから悟の執務室へ向かっていた。
【やはり、モモンガさんには話しておくべきか?ルベドの事も含めて】
アルベドの私室…
【我慢をした甲斐があったわ。】
アルベドはタブラに触られた手を拭いながら考えていた。
【基本私たちはあいつらに直接手を出せない。いえ手は出せるけど止めが刺せない。でも下位の僕を使えばその問題も解決できる。でもエイトエッジ・アサシンやシャドウデーモンを使うのは愚策ね、かれらは知能が高いから報告を上げてしまうかもしれない。】
「忙しくなるわね。」
アルベドは呟き視線をモモンガのサインフラッグに固定する。
悟の執務室…
「タブラさん、どうでしたか?」
悟は土下座しながら話しかける。
「いや、モモンガさんもういいですって。でもゲームで見るのと、リアルで見るのとでは大違いでしたね。」
「モモンガさん、少し込み入った話をしてもいいですか?まあ俺の独り言だと思ってもらっていいので。」
「何でしょうか?」
「何から話せばいいかな?モモンガさんには俺の仕事の話を少ししていましたよね?」
「え~、確か複合企業体の中核をなす製薬化学会社でしたよね。」
「まあ、俺が就職した時は三流会社でしたけどね。その会社が1人の女の子の能力で今の地位にあるんですから、笑い話ですよ。」
タブラは少し遠くを見つめるようなしぐさをして話を続けていく。
「今、うちの会社の稼ぎ頭のサプリは不老となるものです。」
「ちょっと、待って下さいよ、タブラさん。そんなサプリなんて俺聞いた事もないですよ。」
「表に出すサプリじゃないですからね。複合企業体、アーコロジーの支配者層だけのサプリですから。」
「その女の子はどう関係するのですか?」
「少し酷い話になりますが、その子の遺伝子が少し特殊で各細胞組織の老化の進行を遅らせることが出来る。」
悟は普通のサプリの製造方法を想像してどこが酷いのか理解できなかった。
そんな悟の雰囲気を察したのかタブラは核心部を話し出す。
「確かに最初は遺伝子操作で製造していましたが、徐々に効能が落ちてきたんですよ。そこで様々な実験が繰り返されて最適解を導きだしんです。」
「それは?」
タブラの表情が少し歪んだが話を続ける。
「その子の卵子を取り出し被験者の精子と人工授精し試験管にて培養して精子提供者専用のサプリを製造すること。」
【あ~、始まったよ。タブラさんの悪い癖が…】
様々なポーズを取りながら熱く語るタブラを見て悟は自身の気持ちを誤魔化す。
「それがどうルベド、ニグレド、アルベドに繋がるのですか?」
「すいません。少し熱くなってしまいました。その子が連れてこられたのが丁度ルベドくらいの年齢でした。初めてその子を見たときに私は心を掴まれたのでしょうね。私は管理という名の下で彼女の成長を見守りました。数年後成長した彼女に似せてニグレド、アルベドを創造したのです。ですが私は彼女の顔を作れなかったんです。」
「どうしてなのですか?」
「美しく成長し大人になった彼女を見た支配者たちは彼女自身を試験管としたのさ。自身の不老という欲求と快楽をもとめて。そして堕胎させサプリを製造させた。この子の精神が壊れたのは至極当然のことだったさ。」
「…そ」
悟は絶句してしまう。
「絶望と希望、悲哀と喜怒、全てを含んだ表情を実際に見てきた俺は…作れなかった。」
タブラは顔を両手で覆い絶句する。
「タブラさん…」
「すいません、モモンガさん。ニグレドとアルベドの設定は99%同じです。違う点は、ニグレドは他者の子供でも愛する、その愛するものを守る事。アルベドは愛する者を一途に想い、守る事。その少女が普通に成長し恋をしたり、失恋したりして、愛する人と一つになる。そんな普通の人の生活を送らせてあげたかったゲームの中であったとしても。俺の我儘ですよ。」
【だから、アルベドは…】
悟は今までのアルベドの行動を思い返していた。
「でもちょっと、サキュバス性質を強めていますがね。はは。モモンガさんにやっと嫁認定してもらえて、お父さんは…ちょっと寂しくて嬉しいですよ。」
「ちょお、タブラさん」
「でも少し不味いかな?」
「どういうことですか?」
「うん、アルベドの設定の中に、(愛する者を悲哀の沼へ沈める者は、如何に崇高な尊敬の念を持つ者であってもその命をもってして償わせる。)ってのがあるのですが、2重3重のリミッターは掛けてあるのですが、現実化した今…モモンガさんの書き換えで希薄になってるかもしれないのです。気を付けてくださいね。」
「いや、その設定って…」
「大丈夫じゃないですか?今は、旦那様のモモンガさんが楽しんでいるのですから。」
「はあ~」
「ルベドの事なのですが、ルベドはナザリックそのものです。」
「え?どういう事ですか?」
「確かモモンガさんはナザリック攻略の時は不在でしたね。我々はヘルヘイム実装直後に弐式炎雷さんが発見して探索して、偶々ログインしていた24人で攻略しましたが、完全攻略が出来なかったのです。」
「え?でもギルド拠点に出来ていますよね。本来ボスエネミーを倒して初めて拠点化出来たはずですが?」
「え~そうです。今ルベドの姿をしているのがワールドエネミーですから。」
「それってどういう仕組みになっているのですか?」
「簡単なことですよ、敵の機能を停止させる。これで終わりです。」
「はい?」
「手にしていた真なる無を貰うだけでした。やまいこさん流石本職でしたね、あの時の教鞭使い、今思い出してもゾクゾクものですよ。」
「姿が小学生位の子供で堕天使だったので、外装を弄って作りました。」
「いや!作りましたって固有モンスターですよね?」
「後日、運営からクリア報酬として好きにしてくださいって、メールが来たから弄っただけですよ。」
「運営!!!!何考えてんだよ~~~!?」
悟の絶叫が響いた。
都内某所
全身を漆黒の鎧で身を固めた3人の騎士らしき者が闇の中で行動を開始する。
深夜ではあるが街中であるにも関わらず、周囲にいる人々は気付いていない様だ。
ある建物の前に並び一体の騎士が巻物を空中に投げる。
巻物が燃え尽きた瞬間、3人の騎士たちは建物に侵入しそれぞれが指定された場所で
自身の首を掻き切った瞬間一体に炎が上がる。
「くふ…」
遠隔視の鏡でその状況を見つめる金色の瞳があった。
悟は久しぶりに4畳半の自室で目覚める。
スイッチを入れたホロテレビは朝のニュースを流している。
『昨夜深夜に東京都千代田区秋葉原の雑居ビルで不審火がありました。3階、4階の株式会社ぺろろん堂が全焼しました。その他の階や周辺は無事でしたが、原因は現在、警察、消防が調査中とのことです。』
テレビの画面には燃えた雑居ビルが映りレポーターが状況をリポートしていた。
デミ…動かない…タダノシカバネノヨウダ
ルべ「やまいこ…コワイ…」
やま「教育は愛なの」
運営「上手くバグを誤魔化せたな」