悟の自室
「はあ~、久し振りの我が家か~。でも…1人にはさせてはくれないのか」
悟は部屋の隅で立ち尽くしているメイドを見る。
「ナーベラル、今晩はもう下がってよい」
「は!それでは失礼致します。」
一礼をして押入れの中に消えるナーベラルを確認し悟はベッドに潜り込んだ。
悟が少し考え事をしていると、押入れから
「ベニコメツキが1匹…プチ、ナメクジが1匹…プチ、ガガンボが1匹…プチ、プラナリアが1匹…プチ」
と声が聞こえてきた。
「え!…何の呪文なんだ?……こ、こわい。これナーベラルの声だよな。ナーベラル居るのか?」
押入れの襖が勢いよく開く。
「御呼びですか?モモンガ様」
「あの~、今の呪文みたいなものは…何ですか?」
悟は恐る恐る質問する。
「は!シャルティア様に教えて頂いたのですが、寝つきが悪い時に数を数えれば直ぐに眠れると聞きましたので代わりに私が数えてみました」
「いや、そもそも間違っているぞ。数えるのは羊だし、それにプチって潰さないぞ」
「確かにそう聞いておりましたが、モモンガ様に相応しく下等生物を思い数えたのですが?」
悟は頭を抱えながら
「うん、いや……か、感謝する。ナーベラル・ガンマ」
「勿体無き御言葉」
プルプル
悟の携帯電話が鳴る。
「はい…え!お久し振りです。はい…元気にしていますよ。ええ…そうですね、はい。了解です。では明日」
悟は携帯を切るとメッセージを発動する。
「セバスか、明日ナーベラルを借りるぞ」
ナーベラルに視線を向けると、メイド服の胸元を少し緩めたナーベラルが四つん這いで迫ってくる。
「な、…何をする」
悟は咄嗟にナーベラルの頭にチョップする。
「むぎゅ!」
目に涙を浮かべ頭を押さえるナーベラル。
「ペロロンチーノ様が、ご寵愛を頂く時にこうすればよいとお教え下さいました」
「ペ…ぺ…ペロロンチーノ~~~~!!!」
頭を抱えながら悟は言葉を続ける。
「いや、借りるというのはそういう事をする為ではないぞ」
「女豹のポーズというものだそうです。」
「ナーベラル、勘違いするな。明日私の共をしてほしいのだ」
「はっ!失礼致しました。私の命をもって謝罪させて頂きます」
「だ、だから。てい」
再度ナーベラルの頭にチョップを落とす。
「ぷぎゅ!」
「明日は頼んだぞ」
翌朝…
悟は固まっていた。
その原因は、現れたナーベラルの姿が
「なぜ?体操服にブルマ姿なのだ…ナーベラル」
「はい。シャルティア様一押しの服装だそうです」
モジモジしながら答えるナーベラル。
[く!その姿で、その仕草…か、可愛い]
一瞬浮かんだ考えに頭を振り意識の外へやり
「ナーベラル、その服装では…」
その時、押入れの襖が勢いよく開けられた。
現れたのはエクレアであった。
一礼をしたエクレアはナーベラルの手を引き押入れに消えていく。
数分後現れたナーベラルの姿は、
淡いピンク色をしたワンピース姿で、髪型はいつものポニーテールではなくサイドテールになっていた。
ナーベラルがじっと悟を見詰めている。
ナーベラルの視線を感じ少し顔を赤らめた悟は、
「よ、良く似合っているぞ。ナーベラル」
横を見れば、押入れの隙間からエクレアが翼をグッと上げている。
[いや、親指を立てての決めポーズなのだろうけど。でもなんでエクレアがあんな服を持っているのだ?]
「では、ナーベラル。行こうか」
悟たちは駅へ向かった。
車内で悟は周りの乗客の視線に晒されていた。
その原因は、現在のナーベラルの姿にあった。
小さな子供が外の景色を見る時によくしている恰好をしているからだ。
【まもなく、新京都、新京都です】
悟たちは下車し改札口をでる。
京都は現在の首都である。
経済活動としての中心地は東京であったが、現在の安藤総裁の祖父にあたる人物が複合企業体の支配に抵抗し政治機能を京都に移転していたのだ。
各企業は政治力を発揮する為に、京都にも形式上の本社を設置していたので、
サラリーマン時代の悟も数度訪れた経験はあった。
「待ち合わせは、ここで間違ってないはずだよな」
「至高なるモモンガ様を待たせるとは、私が殺して連れて来ます」
「いや、待てナーベラルよ。待ち合わせをしている人が分かっているのか?」
ナーベラルの頭にチョップをいれながら悟はナーベラルに問う。
「いえ、存じ上げておりませんが」
「ですよね~」
突然肩を叩かれる悟。
「え!」
「だめですよ、モモンガさん。女の子に暴力を振るうのは」
悟の背後から声がした。
ナーベラルは咄嗟にどこからともなくクナイを取り出すが冷汗をかいていた、
今現れた人物が自身の探知スキルに反応しなかったからだ。
「リアルでも相変わらずですね。お久しぶりです。弐式炎雷さん」
「お久しぶりですね。モモンガさん」
そこには、40代半ばの紳士然とした人物が立っていた。
「に、弐式炎雷様……」
我に返ったナーベラルは跪く。
周囲の視線が悟と弐式炎雷に集中する。
「立ってくれないかな、ナーベラル」
ナーベラルの手を取り立たせる弐式炎雷。
「では、モモンガさん。行ってきます」
「いってらっしゃい、私もゆっくりと観光していますから」
弐式炎雷とナーベラルの後姿を見ながら
[親子みたいだな]
心の中で思い、悟は歩き出す。
この後、起こる事など、今の悟には想像も出来なかった。
朝食を摂ろうと店に入った二人
「ナーベラル、座ってくれないかな?」
弐式炎雷がついたテーブルの横に控えて周囲に殺気を振りまくナーベラル。
「ご一緒のテーブルにつくなど、恐れ多いことです。給仕をするのが私の役目です」
「今日の主役は君だから、座ってくれないと困るんだけどね」
どうにかこうにか席に着いたナーベラルにメニューを渡す弐式炎雷。
渡されたメニューの1点にナーベラルの視線は釘付けになった。
弐式炎雷はウェイトレスを呼び注文する。
「モーニングプレートを。ナーベは?」
「お、お、お…お子様ランチで…」
弐式炎雷は公園のベンチに座り、ホログラムで再生された桜吹雪の中こちらに向かってくるナーベラルの姿を見ていた。
「お茶をお持ちしました。弐式炎雷様」
お茶を受け取りながらナーベラルを見詰め続ける弐式炎雷。
「ど、どうかしましたか?弐式炎雷様」
顔を赤らめるナーベラル。
「いや、すまないね。こうしてリアルで君を…うん、行こうか」
途中で言葉を切った弐式炎雷の態度に小首を傾げるナーベラルだが、歩き出した弐式炎雷に付き従い歩き出す。
「そうだ、ナーベラル。君にお願いがあるんだけど?」
「お願いなど、御命令してくださればなんなりと」
弐式炎雷は苦笑を浮かべながら、1つの包みをナーベラルに渡す。
「これを身に着けてくれるかな」
近くの衣料店の試着室を借りる。
数十分後、試着室から出てきたナーベラルの姿は
淡い青を基調とし柄に桜を模した振袖姿であった。
「よくお似合いですよ」
中年の女性店員は感嘆の声を上げる。
「本当に似合っているよ。ナーベラル」
「あ、ありがとうございます」
少し恥ずかしいのか俯きながら答えるナーベラル。
2人がやって来たのは、音羽山 清水寺 清水の舞台として有名な寺院だ。
この時代宗教というものは有名無実となっていた。
支配階級にとって邪魔な存在として扱われていたが、京都の歴史であろうか細々と守らていた。
「ここから見る景色が好きなのだよ、私は。殆どはホログラムなのだけどね。
ところで、ナーベラルは人間をどう思う?」
「ゴミです」
「ははは、そういう私も人間なのだけど」
「至高の御方々は違います」
「はは、ありがとう。私はねナーベラル、自分も含めて人間は嫌いだよ」
「では、私が掃除してまいります。…ぷきゅ」
そう言うナーベラルの頭に優しく手を置く弐式炎雷。
「まだ続きがある。なぜ私がユグドラシルでハーフゴーレムという種族を選んだか分かるかい?」
「そ、それは、スキル構築などの関係でしょうか」
「いや、純粋なゴーレムだったとしても問題はなかったよ。…」
「ではなぜでございますか?」
「それはね。…難しい質問だね。答えはこの景色かな」
「この景色ですか?難し過ぎて私には理解しかねます」
「この世界そのものが作られた紛い物だからかな。ナザリックでブループラネット君とはよく語り合ったよ。恵まれた家庭で育った私は、四条教授…君には死獣天朱雀さんと言った方がわかるかな…に考古学を教えて頂いて、この街、この国、この世界そのものの歩みを理解したよ。そして人間に失望したし希望も抱いている。これが答えかな」
きょとんとした表情のナーベラル。
「はは、少し難し過ぎたかな。まあ今すぐ理解してほしい訳ではないしね。今日の最大の目的はナーベラルにその着物を着て貰うことだったのだから。」
弐式炎雷はナーベラルの手を取り
「さあ、行こうか。私の御姫様」
「お、お姫様など。恐れ多い御言葉」
「こうでもしないと、横を歩いてくれないから。私がゲーム…いやナザリックから離れてどれくらい経つかな?」
「3年程かと」
「3年か、もうそんなに経っているのか。私にはね、娘が居たんだよ。この世界特有の病気だった。今、着て貰っている着物は娘の成人式の時に着る物だったんだよ。こうしてもう一人の娘である、ナーベラルに着て貰って喜んでいるかな?」
無言で弐式炎雷を見詰めるナーベラル。
「モモンガさん、お待たせしました」
「はぁ!はぁ!ようやく撒けたようだ。あ!弐式炎雷さん」
「モモンガさん、今度はリアルのナザリックを見に行ってもいいですか?」
「何を言っているんですか、いつでも来てくださいよ。ギルメンじゃないですか」
「ありがとう」
ナーベラルは着物の入った紙袋を丁寧に弐式炎雷に差し出す。
「ナーベラル、それは君の物だ。いや、君に持っていて欲しい。そしてまた着てくれるとあれも喜ぶよ」
「では行きます。お待ちしていますから、本当にいつでも来てくださいね」
車両の扉が閉まり動き出す。
ナザリック第9階層 ナーベラルの自室
先程まで、シャルティアとルプスレギナの尋問攻めにあっていた、ナーベラルは溜息をつく。
コンコン
「ナーベラル、入ってもよくて?」
「ユリ姉さん。どうぞ」
テーブルに紅茶を置き自分も座る。
「今日は良い1日だった?」
ナーベラルは立ち上がり飾っている振袖の前で、今日あった事を話す。
普段では考えられない饒舌なナーベラルを微笑み見詰め話を聞くユリ。
途中から涙声になった、ナーベラルを優しく抱き締めるユリ。
「お、お父さんに…また…逢えました」
「良かったわね。ナーベラル」
シャ「モモンガ様になにがあったんでありんすかね?」
ぺぺ「あんな事や、こんな事かな?よし今から再現だシャルティア」
シャ「今からでありんすか。喜んで」