A・O・G財団本部
セバスはある場所へ向かっていた。
たっち・みーは既に自宅近くの病院へ転院している。
コンコン
「はい」
「失礼します。体調の方はもうよろしいですか?」
「はい、セバスさんにはご迷惑を掛けてしまい。ごめんなさい」
「その様な事はありませんよ、亜美さん」
既に傷も癒えた亜美であったが、自宅には戻らずここで生活していた。
関係者ではない亜美が長期に渡りこの場にいることで、
セバスは、デミウルゴスからのプレッシャーに晒されていた。
「なぜ亜美さんはお戻りにならないのですか?」
何度目になるか分からない問いかけをするセバス。
亜美はこの話題が出るといつも黙り俯いてしまう。
「無理にお聞きはしません、話したくなった時に話して頂けたら結構ですよ」
亜美は顔を上げセバスを見詰める。
「私は、あの世界には戻りたくないんです。あの店表向きは高級レストランですが、裏では私自身が商品でした。もう戻りたくないんです」
亜美は涙ながらに話す。
「私をここで!セバスさんの傍で働かせてくれませんか?お願いします。」
セバスは亜美を優しく抱き締め
「分かりました、貴女は何も心配しなくても大丈夫です。私から御方にお願いしてみます。」
バー・ナザリック
第9階層に存在する、紳士、淑女が酒を愉しむ場所。
私、このバーのマスターを務めている、ナザリック副料理長のキノコ人間です。
少し前までは、このバーも開店休業状態で暇だったのですが、最近ではこのナザリックが【りある】と言われる世界に転移し、各階層守護者の皆様をはじめ僕の方々も忙しく働いております。
そんな皆様の息抜きの為に、この大人の空間を切り盛りしております。
本日は、至高の御方々の御1人であるペロロンチーノ様がシャルティア様を連れて御来店されております。
「マスター、ペロロンチーノ様にはビール、私にはブラッティー・マリーをお願いするでありんす。」
「畏まりました。少々お待ちください。」
こうして再度、至高の御方にご来店頂けるのは名誉なことなのですが…
今の御2人の姿に、私はこめかみを押える。
[どうすれば気持ちを害する事なく退店して頂けるだろうか?]
私は考える。
この紳士、淑女の大人の社交場としての崇高な雰囲気を守る為に。
ペロロンチーノ様が奥のボックス席に座り、下着姿のシャルティア様がペロロンチーノ様の膝上に跨り座りフルーツを口移しで食されています。
[店の種類を間違っているとしか思えない。]
他のお客様もいらっしゃるのですが、至高の御方に苦情を言える存在は、このナザリックには居ない。
私は、諦め御二方を視界に入れないよう努め溜息をつく。
その時、入口の扉が静かに開けられる。
そのお客様を見て、私は救世主が現れたと思った。
女性のお客様が奥のボックス席を一瞥すると、
女性の背後にいた、ピンクの肉ぼ…いやスライムがペロロンチーノ様とシャルティア様を飲み込む。
「な、なんだ!ぎゃー!体が焼ける様に痛い。」
「愚弟!あんた何しているの、ここはお酒と雰囲気を愉しむ所なのよ。行くわよパンドラ、マスターごめんね~。」
いつもの静謐な雰囲気に戻った店内。
私は安堵の息を吐く。
再び扉が開かれる。
常連であられるデミウルゴス様が来店された。
いつもの様にコキュートス様と御2人だと思ったのは、私の早とちりでした。
デミウルゴス様とアルベド様の御2人だった。
デミウルゴス様は優雅にアルベド様をエスコートしカウンター席に座る。
周りからは感嘆の吐息が漏れる。
「ありがとう、デミウルゴス。」
「どういたしまして。」
「今日は、何故私を誘ってくれたの?」
「貴女と話がしたくてね。貴女は【りある】の世界には出ないのですか?」
「今は、出る気はないわ。」
「単刀直入に聞きますが。貴方は何故、貴女の創造主であるタブラ・スマラグディナ様と会おうとされないのですか?」
「私には、モモンガ様だけが居れば幸せなのよ。」
「それは…」
「え~そうよ。デミウルゴス。私は、モモンガ様が望めばこのナザリックさえも捨てるわ。
でもモモンガ様の事だからそんな事は万が一、億が一もないでしょうけど。」
「他の至高の御方々に不敬ではないのですか!」
デミウルゴスは語気を荒げ立ち上がる。
店内は緊張感を含んだ沈黙の静寂さに包まれる。
「落ち着きなさい、デミウルゴス。」
アルベドは慈愛に満ちた微笑みをデミウルゴスに向ける。
「失礼しました。アルベド。マスター。」
「優先順位の違いよ。」
「確かに、モモンガ様は至高の御方々の頂点に座す方。その意見には同意はしますが…」
デミウルゴスは少し言葉に詰まる。
「デミウルゴス、貴方の言いたい事は分かるわ。同時にモモンガ様と創造主である
御方から命令を受けた時どちらを優先するのかでしょ?」
「そうですね、私達守護者の優先度としての第1位は創造主、2位はモモンガ様、そして3位は他の至高の御方々。」
「それは、私もそうよ。」
「ではなぜ?」
「お会いする必要がないからよ。では失礼するわ。」
アルベドの自室
今回の転移に伴ってゲーム時代アルベドには自室が与えられていなかった。
それを気にした悟から、悟の自室の一部を使用することを許されている。
執務室兼寝室として改装された部屋で、アルベドは机の上に置かれた報告書を
手に取り読みサインをしていく。
サインを終えた書類の束を執務室の隅に控えていたメイドに渡し下がらせる。
アルベドは自身のスキルを使用し執務室の奥の寝室に結界を張る。
室内は女性らしい装飾物が飾られているが、そのすべてはモモンガの姿を模したぬいぐるみや写真であった。ナザリックが悟の部屋と繋がった初期の頃はオーバーロードとしての悟のアバターを模していたが、最近は人間としての悟を模している。
全ての物はアルベドの御手製である。
等身大ももぐるみ(アルベド命名)を抱き締め
「あ~、愛しのモモンガ様。」
アルベドは掲げられた旗を見詰める。
「なぜ私だけを見て頂けないのですか?」
その掲げられた旗はモモンガのサインを模したものだった。床には2つの物体が打ち捨てられていた。
「モモンガ様を、私達を捨てた、アインズ・ウール・ゴウン、タブラ・スマラグディナ---不快な!」
その打ち捨てられた物は、アインズ・ウール・ゴウンのギルドサインを模した旗と、タブラ・スマラグディナのサインを模した旗だった。
アルベドは、その2枚の旗に持ち上げた足を降ろす。
「糞!糞が!お前達はモモンガ様の苦しみ、憎しみを理解しているの。御1人で数年間ナザリックを維持する為だけにおいでになり、資金を収めるモモンガ様から日々笑顔が消えていくさまを!」
アルベドの瞳は澱みを湛えた狂気に染まる。
罵声を吐き、踏み躙る。
抱き締めたももぐるみに視線を移すと、
「モモンガ様はお優し過ぎるのです。今もこのナザリックを捨てた者達の為に働いてらっしゃる。」
そこには慈悲深き聖女の瞳があった。
「モモンガ様だけのナザリックを…真の支配者たる貴方様の邪魔をする者が存在するならば。至高の御方であろうが。守護者であろうが。私が殺して差し上げます。」
悟の自室
悟の前にはデミウルゴスとソリュシャンが臣下の礼を取っている。
「今日はどうした?」
「はい、モモンガ様。本日は先日捕まえたゼロについての報告と、セバスについて御相談が御座います。ゼロという男は、流石は裏社会に生きてきた男ですね。
通常のナザリック流拷問では口を割らなった為に、回復魔法を掛けながらニューロニストのブレイン・イーターで記憶を吸い取り情報を纏めさせていただきました。」
デミウルゴスの説明では、複合企業体はユグドラシルのトレードシステムをマネーロンダリングに使用していたとの事だった。
「ただ今回のユグドラシルとこの世界との結合という事象に対する、複合企業体の動きには注意が必要だと思われます。」
「ふむ、その話は皆がそろった時にもう1度聞かせてくれるか?ところでセバスがどうした?」
悟は難しい話になりそうだったので話題を変える。
「セバス様はナザリックを裏切っております。」
デミウルゴスに促され、ソリュシャンが述べる。
「はいっ?セバスがナザリックを裏切っている?」
「あの人間ですが、未だにA・O・G財団本部に滞在しております。」
「え!まだ居たの?」
「セバス様に理由を御聞きしても答えて頂けません。」
「今回の件も御座いますので、あの人間がスパイとも考えられます。」
デミウルゴス、ソリュシャンの2人は懸念を口にする。
[あのたっちさんが創造したセバスが裏切る訳はないよな?何か理由があるのか?]
悟は顎に手を当て思案する。
「デミウルゴス、ソリュシャン、分かった。私が箱根におもむき、セバスに合って真相を聞こう。」
「「何故御自らが!セバスを、こちらに呼び出せば宜しいのでは?」」
「デミウルゴス、ソリュシャン、上に立つ者が自ら動く事に意義があるのだよ。」
[確か、出来る上司の100ヶ条って本に載っていたよな?部下の立場を理解出来る上司って尊敬されるんだっけ?]
「流石は、モモンガ様!」」
[お!尊敬の眼差しがビンビンと感じるぞ]
「世辞は良いのだ。これも上に立つ者の仕事だ。では明日の夜にでも行くとしようか?」
悟は心の中でサムズアップする。
「ではモモンガ様、明日の夜にお迎えの車を御準備致します。」
「デミウルゴス、宜しく頼むぞ。」
A・O・G財団本部
悟はデミウルゴスが買収した、旅館の1室でセバスが来るのを待っていた。
「失礼致します。」
セバスが入室する。
「久し振りだな、セバス。元気だったか?」
「はい、お気遣い有難う御座います。」
セバスは内心冷汗をかいていた。
[モモンガ様は既にご存知なのか?]
「失礼いたします。」
ユリ・アルファが入室する。
「ユリ。彼女は?」
「はい。外で待機させております。モモンガ様。」
「うむ。では彼女もここへ。」
「モモンガ様。なぜ彼女まで。」
「セバス。何か問題でもあるのか?」
「いえ。ございませんが、彼女の体調はまだ…」
「セバス!」
悟は語気を強める。
「彼女の体調に問題はない。そうだなユリよ。」
「はい。問題は御座いません。モモンガ様」
悟は、赤い嫉妬マスクを被る。
モモンガの行動を見てから、ユリは亜美を部屋に入れる。
「し、失礼いたします。」
「津田亜美さんだったかな?素顔を見られる訳にいかないので、このような姿で申し訳ない。」
「い、いえセバスさんより説明は受けていますので。」
「では話をしましょうか」
悟の亜美に対する態度にユリは驚き、セバスは少し安堵する。
「貴女はなぜここで働きたいと言われるのですか?」
「わ、私には帰る場所も無ければ、家族も居ません。ですから…」
「ここは、貴女の居た世界と違うんですよ。それでもここに居たいと?」
「は、はい、セバスさんから聞いています。私は…」
亜美が言葉に詰まる。
「無理をしなくてもいいのですよ。亜美さん。」
セバスが亜美の肩に優しくそっと手を置く。
[こ、このさり気無い優しい行為がモテル男の行動なのか?]
悟はセバスの行動に内心感心する。
亜美は決心したかの様に悟を見る。
「わ、私はセバスさんの事が愛しています。だから一緒に居させて下さい。」
亜美の告白にその場にいた全員が固まる。
「そ、そうなんで…そうなのか。セバスはどうなのだ?」
「はい。モモンガ様。私も愛しいと考えております。」
「ははは、そうなのかセバス。分かったその願い許そう。先の件の褒美としよう。」
「慈悲深きご配慮、このセバスいくら感謝しても足りません。」
「良い、良いのだセバス。褒美を与えるのも上に立つ者の仕事だからな。ではユリ、彼女の教育を頼めるか?」
「畏まりました。モモンガ様。ぼ…私ユリ・アルファ全霊を掛けまして教育致します。」
「うむ、宜しく頼むぞ。セバス下がって良い。」
「は!それでは失礼致します。」
一礼するセバスの目には涙があった。
セバスに肩を抱かれ退室する亜美に続きユリも退室する。
[これで良かったんだなよ]
悟は大きく息を吐く。
次の日、悟はたっち・みーの見舞いに来ていた。
「たっちさん、お加減はどうですか?」
「モモンガさん、何時でも退院出来るんですけど…」
「まあゆっくり休めとの事ですよ。」
「セバスは元気にやっていますか?」
「え~、ナザリックの皆は元気ですよ。そうそうセバスですが、彼女が出来たんですよ。」
「え!?セバスに彼女ですか?」
「はい、たっちさんが撃たれた時、怪我をした女性なんですが。」
「へ~彼女か!これでセバスも卒業出来るかな。」
「え!何から卒業するんですか?」
「いや~少し恥ずかしいんですが、セバスはああ見えて、ど、童貞なんですよ。」
「え~~~~!ど、童貞って!!!」
「まあ、設定上の話ですよ。でもこれでウルベルドに馬鹿にされなくて済むかな…ははは」
[ちょ、ちょっと待てよ、セバスは仲間だったのか?でも今回の件で卒業なんてしたら…だけどセバスって見た目俺より年上だから、先輩の卒業は祝福しないと…でも仲間が減るのはなんとも言えない寂しさがあるな~]
「モモンガさん!どうしたんですか?大丈夫ですか?」
「あ、すいません少し考え事を…でウルベルドさんがどうしたんですか?」
「はい、ウルベルトの創造したデミウルゴスって千人斬りの達人って設定だったんですよ。
これで私も自慢できますよ。」
「え~~~~~~!!」
病室に悟の叫び声が響いた。
モモンガ「邪魔しようかな」
アルベド「私がいつでも」
デミウルゴス「やはり、そのマスクが一番似合うのはモモンガ様だけ。流石で御座います。」