少女Aの憂鬱   作:王子の犬

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★6 部活紹介

「ぴんぽんぱんぽーん。第三アリーナの使用につきまして化学処理班からお知らせいたします。えー、第三アリーナの使用は本日一二〇〇よりあさってまでの期間一般生徒の使用を禁止いたします。授業での使用並びにアリーナを使用したい生徒は他のアリーナを使用するようにお願いいたします。繰り返し化学処理班からお知らせいたします。第三アリーナの使用は……」

 

 クラス代表決定戦が一段落しカタパルトデッキへの道を急ぐ途中、柔らかい女性の声で場内放送が流れた。アリーナ使用禁止を唱うその放送に、私は一瞬だけ立ち止まって耳を傾けたが事務的な放送だということもあってすぐに興味を失い、道を急いだ。やや遅れてクラスメイトが私の後を追っており、他にもカタパルトデッキへの道を知っている者がいることから、あえて道案内を買って出ることはしなかった。一番乗りしたいという気持ちがあって、興奮冷めやらぬ私の口からねぎらいの言葉が口から飛び出してきそうだった。

 デッキへと続く扉が見えた。普段は電子ロックがかけられている場所は、役目を終えたのか開放されていて中から聞き慣れた人々の声が漏れ聞こえてきた。

 声の響きからして織斑先生であることは間違いなく、少し進むと並んで立っていた山田先生が分厚い参考書を織斑に手渡しているのが見えた。本のタイトルまでは見えなかったけれど、おそらくはISの使用規定か何かだろう。彼の手首には金属と思しき腕輪がはまっていた。そして情けない声を上げて項垂れているのを見て、にやにやとした笑みが止まらなくなるのだけれど、私は彼を好いていると言うよりは気安い男友達程度にとらえていたから、後でからかってやろうという気持ちになった。

 私は織斑を狙おうなどと言う気持ちは全くない。恋だの愛だの理性をうち捨てて、その場の情動に流されてくんずほぐれつ赤玉開店御礼などという、ローティーンにしては(ただ)れた性生活の限りを、異性同性構わず先輩後輩、それに同級生が繰り広げる中で思春期を迎えた私が、清らかな身体のままでいられたのは奇跡に等しいと自画自賛の限りを尽くすのだけれど、単に知り合いだった男たちと友達以上の関係になりたいとは望まなかったに過ぎなかった。

 私がこんなことを言っているのは篠ノ之さんの姿を見つけてしまい、姉崎ら有志一同から与えられたミッションを果たさなければならないという思いが鎌首をもたげたことを自覚したからだった。下衆な考えから篠ノ之さんのお顔を売って広めて愛でようとする邪な考えに同意したなどと、断じて、いやその辺りは全く自信がないのだけれど、とにかく薔薇色の学園生活の一歩を踏み出すために記念写真を撮ってみんなに配布してやろうと自己を正当化した私に怖い物はなかった。

 

「おつかれさまでーす!」

 

 篠ノ之さんが、帰るぞ、と言いかけていたのを遮って大きな声で駆け込んだ。私を見つけるなり、きちんと手入れされた眉を真ん中に寄せていた。

 ちょうどセシリア嬢もISスーツ姿で出てきたので、織斑と一緒にねぎらいの言葉をかけた。

 

「織斑おつかれさまー。セシリアさんもがんばったね」

 

 やや遅れてセシリア嬢の背後から(ケイ)の姿を見つけた。彼女は私を見つけて手を振っている。

 

「まったく殿方にしてはよくやったと褒めて差し上げますわ」

 

 セシリア嬢は腕を組んで強がったけれど、織斑と視線を合わせようとはしなかった。織斑に正面から見直したぞ、と言うのが恥ずかしいのだろう。セシリア嬢なりの照れ隠しだった。(ケイ)がにやついているのが気になったけれど理由は後で自室で聞き出すとしよう。私は足取り軽く織斑の真正面に立った。

 

「がんばったね。見直しちゃった」

「そうだろ。そうだろう」

「こいつはさっき反省したばかりだ。あまり持ち上げるな。すぐ調子に乗る」

 

 すぐさま私がおだてて気を良くさせようとしていることを見抜いた織斑先生は、優しい口調で諭すように言った。織斑先生の顔をよく観察すると、にやついた笑みを浮かべていて、実はものすごく嬉しいと感じているのは先生自身なのでは、と思ったのだけれど、正直にこの場で言う事がはばかられた。弟への威厳というやつだ。

 織斑に至っては試合終盤にくさい科白を吐いていたような気がしたけれど、あいにくよく聞き取れなかった。ちゃんと聞いていたら面白おかしくからかうネタになったはずである。悔やまれてならない。

 

「ちゃんと褒めてくれるの※※ぐらいだ」

 

 織斑が私の名を口にした。布仏さんとは違い、正確な姓名を覚えている様子だった。私の名字は四十七都道府県から自治体を一つ選んで戸籍を調べれば、一人いてもおかしくない名前だから覚えやすかったのだろう。良心的な名前をつけてくれた両親に感謝していた。(ケイ)みたいに訳の分からない姓名よりはよほどマシだと思った。

 さりげなく好感度がアップしているような気がするのだけれど、そもそも織斑と恋愛模様を繰り広げる気のない私にとっては無用の長物だった。篠ノ之さんを応援する立場なのに彼女に敵視されるなんてまっぴらごめんだと私は言いたい。

 

「同じ素人の動きとは思えなかったな。やっぱり武術の心得があると構えが違ってくるんだ。織斑ががんばれたのは篠ノ之さんのおかげだね!」

 

 私は満面の笑みを浮かべながら篠ノ之さんの両手を握りしめて指を絡めた。クラスメイトに織斑をバックアップするという提案をしたのだが、セシリア嬢にかまけて織斑の状況を確かめる暇がなかった。クラスメイトの話を聞く限りでは、篠ノ之さんがISについては自分に任せろ、と頑なに言い張ったので誰も強く言うことができなくなってしまい、織斑の今朝のぼやきにつながっていったらしい。

 褒めては見たものの、視野の裾に映りこむ織斑の瞳に、心の底から悔しいと感じることができない悔しさ、という恥にも似た思いを漂わせていた。

 試合は織斑の完敗だった。雪片弐型(ゆきひらにがた)がシールドエネルギーを吸い上げた事実こそあれ、彼の振るった剣がセシリア嬢に届く前に、インターセプターの刺突が致命打となった。すなわちセシリア嬢の判断力が織斑の踏み込みを上回ったのである。

 篠ノ之さんはまんざらでもない様子だったけれど、すぐにばつが悪そうな顔になった。

 

「鍛え方が足らなかったな……」

「……俺もそう思う」

 

 織斑と篠ノ之さんが辛気くさい雰囲気を醸し出してきたので、二人の意識を少しだけ他所(よそ)に向けようと、私は山田先生に質問をした。

 

「山田先生。質問してもよろしいですか?」

「いいですよ。さっき放送で耳にしたのですけれど、何でアリーナが使えなくなったのですか?」

「今の試合を見てましたよね」

「そりゃあもちろん」

「いっぱい爆発しましたよね」

「織斑なんてミサイルを真っ二つにしましたよ! かっこよかったですよ!」

「生身の人間が触ってはいけないものがまき散らされましたね。破片とかミサイルの燃料とか火薬とかいろいろ……」

「いろいろ落ちてきましたけれど、やっぱりアレ触っちゃいけないんですか」

「特にミサイル燃料は種類によっては毒性が強いものがありまして念のための措置です。納得していただけましたか?」

「はい。ありがとうございました」

 

 私はそう言って山田先生にお辞儀して返した。いつもこの手の質問をいろいろぶつけている気がしてならない。

 

「セシリーがんばったねー」

「当然、と言いたいところでしたけれど肝を冷やしたのも事実ですわ。早急(さっきゅう)に本国のエンジニアに問い合わせしないといけません」

 

 試合中に発生した熱ダレ問題の事を言っていた。放課後、パトリシア先輩に連絡しておかなければならなかった。

 織斑はセシリア嬢を見やって何かを思い出したようだ。

 

「あのさセシリア。途中で俺が二人目みたいなことを言ってたけど、一人目って誰なんだ?」

「先輩ですわ。二年のサラ・ウェルキン。英国の代表候補生ですの」

「専用機持ちなのか?」

「いいえ。彼女が使ったのは量産機でしたわ。わたくしが機体性能に頼り切った戦い方をして完敗しましたの」

「そうか。……俺はその先輩にも負けたんだな」

 

 すると織斑がどこか遠く見るような目つきになった。

 織斑の真正面に立っていた私は、少しだけ背伸びをして物思いにふけっていた彼の頭を両手で覆った。

 

「あ、そうだ。織斑ちょっとおでこかしてー」

 

 そう言って軽い気持ちで織斑の額を自分の額にあてて見せた。繰り返すが、私は気安い気持ちで織斑に接していたので、自分の行動がどのような結果をもたらすか全く意識していなかった。すぐさま篠ノ之さんが声を荒げた。

 

「おい!」

「熱出てないんだね」

 

 熱を測ること以外に他意はなく、織斑も私の意図を正確に理解していたので、この行動に対して特に問題があるとは考えてはいなかった。だから私と織斑は篠ノ之さんが驚いた声を発した理由を理解することができなかった。

 

「ああ。平熱だ」

 

 別に身体の調子が悪くないにもかかわらず、熱を測ろうとしたのはなぜか気になったようだ。

 

「しかしまたどうして」

「試合中にバイタルサインが異常値出てたからちょっと気になっちゃって。大人になってもあるじゃん。知恵熱って」

 

 そして心の中で織斑先生にごめんなさい、と謝っていた。頭に血が上っていてあることないことけなしていたような気がしたからだ。すると、織斑先生の表情が厄介事を目にしたときのように、たとえばセシリア嬢が決闘をしようと言い放った時と同様に口の端がゆるんでいたので、ふと先ほどの行動を篠ノ之さんの気持ちになって考え、そして真っ青になった。

 

「お、お前……」

 

 篠ノ之さんから殺気が放出されているような気もしたけれど、できるだけ気にしないようにした。

 

「えーちゃん、そこは篠ノ之ちゃんの役目だよ。嫉妬されちゃうよ」

 

 珍しく(ケイ)が私を諭したのだけれど、織斑先生と同じく厄介事を傍観する野次馬のように説得力のない表情をしていた。(ケイ)の言うとおり篠ノ之さんから放たれているのは嫉妬の炎だった。山田先生に至っては私と織斑を交互に見比べて、なにやら頬を赤らめている。山田先生に中学時代の私の周囲で繰り広げられた絢爛豪華かつ自堕落で人間失格な修羅場について、一部始終を事細かに説明をしてその反応を(さかな)にガラナ飲料でもあおろうかと思ったけれど、そもそもかの清涼飲料水は北海道から取り寄せなければ手に入らなかった。

 山田先生には大変申し訳なく思うのだけれど、残念ながら織斑も私もその気はさっぱりなかった。

 セシリア嬢がわざとらしく咳払いをしてみせた。

 

「意外と大胆ですのね。あなた」

「セシリアさん。それに山田先生も赤くならないでくださいよー。よくあることですって。ね、織斑先生」

「なぜ私に振る」

 

 私のことを面白がっていたので、少しは織斑先生にもご助力を願わなければと思っからだ。

 

「先生、織斑のお姉さんじゃないですか。小さな一夏君にあんなことやこんなことをよくしていたんでしょう?」

「お前の言い方だと嫌らしく聞こえるな。私にその気はないぞ」

 

 私が暗に言い含めたことをわかっているかのような口ぶりだったので少しだけ意地悪をしたくなり、確認の意味をこめてその一言を口にした。

 

「別に正太郎コンプレックスについて一言も触れてませんけれど」

「な……」

 

 織斑先生は言い淀んだ。その様子から要らぬ想像をしていたのは間違いなく、織斑先生がこの手の話題を理解できる貴重な人材だとを確信した。

 (ケイ)やセシリア嬢が首を傾げていた。当然理解できない人がいてもおかしくはなかった。

 

「えーちゃん。正太郎なんちゃらって何?」

「後で教えてあげる。セシリアさんにも後でね」

「織斑に篠ノ之さん。ふたりの写真取ったげるね。織斑のISデビュー記念ってやつ」

 

 私は本題に入った。篠ノ之さんは突然声を掛けられてびっくりした様子だったが、すぐに言わんとしていることを理解できたようで、急にしおらしい恥じ入るような表情を浮かべていた。

 篠ノ之さんの気質から言って織斑が良いと言えば強く反対することはできないと考えた。

 

「二人のを撮ったらみんなのも撮るからさ。織斑はいいよね」

 

 織斑が断る要素は見あたらなかった。予想道理二つ返事で了承した。

 

「ああ、構わないぜ」

「話が分かってる!」

 

 私は携帯端末を横に傾けて、二人にカメラのフォーカスを合わせた。篠ノ之さんが織斑から距離を置こうとするのを見てすかさず、

 

「もっと寄ってー。そ、腕が当たるぐらい。いーよー。撮るねー」

 

 私は二人の間を詰めさせ、篠ノ之さんが恥じらう姿を写真に残していた。この写真は後で姉崎に送るつもりだったので、心の中で何度も篠ノ之さんに謝っていたが、私の厚い面の皮はそんな心情を微塵(みじん)も表に出すことはなかった。

 

「ありがとう!」

 

 その後、その場にいた先生たちやセシリア嬢も含めて集合写真を撮った。

 

「織斑に篠ノ之さん。後で端末に写真送るね」

 

 いつになく浮かれた様子を演じた私は最後の詰めを怠るつもりはなかった。

 

「ということで織斑。アドレス交換しようか」

「いいぜ」

「ありがとー」

 

 そこで私はふとある視線に気がついて(ケイ)に聞いてみた。

 

「ところでセシリアさんが胸の辺りを押さえながら口惜しそうな顔を私に向けているのだけれど、(ケイ)さんはなぜだか心当たりがありませんか?」

「知らなーい」

 

 そう言って(ケイ)はそっぽを向いてしまった。

 

 

 アリーナから教室棟へ戻ろうとしたとき、黄色い化学防護服を着けたいかめしい連中とすれ違った。バイザー越しには学生らしき十代から五十代までさまざまな年齢層の顔があって、彼らが化学処理班なのだと悟った。

 IS学園は得体の知れないところがあって、実家の近所の高校よりもたくさんの人が働いている、とチラと聞いたことがある。学園島はこれでもかといった具合に広いし、いつ政府が島の土地を買い上げたのかと疑問に思っていたら、磯を走っていて気付いたことだけれど、その昔海軍の潜水艦基地があったらしく廃棄された防空砲台が残っていたり、修繕した掩体壕(えんたいごう)にトラクターが納まっていたり、と戦争遺跡が多く残されていた。

 教室棟までの帰り道にちょうど磯を見下ろせる場所があって、何気なく眺めていると学園支給のオレンジ色のライフジャケットを着た現代文の後藤先生が片手に釣り竿を担ぎ、空いた手には小振りなクーラーボックスを持って学校へ続く坂道を上っていた。いつも世事に無気力で無関心な眠そうな顔をしていて何でIS学園の教師をしているのかさっぱり想像がつかない人だった。一般教養なので息抜きのつもりで授業に出ていたけれど、案外とらえどころがない調子なのに妙に面白い。

 興味深いのは織斑先生が後藤先生に敬意を払っていて、あの昼行灯のどこにそんな風格があるのか疑問に思っていた。

 昼休みの前に一限残っていて、クラス中が試合の後で興奮冷めやらぬ様子だけれども、磯の香りを漂わせた後藤先生の授業は淡々と進んでチャイムを合図に終わった。

 

「織斑、疲れているのは分かってるが堂々と寝るのはよくないなあ……とチャイムだからここまで」

 

 そして食堂での昼食を取り終え、正太郎コンプレックスとは何かいつもの三人に力説したところ、私に対して感心したような呆れたようなまなざしを向けられ、そこに尊敬の念がどこにもないことに首をひねっていた。この手の話に共感できる悪友の類を地元においてきてしまったので、もはや織斑先生の自宅に上がり込んで家事労働を交換条件に華を咲かせるべきではないか、とまで考えていたが、もしかして先生と交際されている男性とばったり出会ってしまったらどうしよう、と下衆な勘ぐりをしていた。

 背中に突き刺さる視線から逃れるように、気分転換に売店を向かおうと考えた私は、目の前を歩く篠ノ之さんに声をかけていた。

 

「篠ノ之さん」

「何だ」

 

 振り向いた篠ノ之さんは、私を目にするなり観念したようなため息を吐いた。苦手意識を持たれるようなことをしたからしょうがないのだけれど、あの時はあれが最善だと思っていた。もちろん今でも必要なら追加で渡す用意があった。

 私は顔の前で両手を合わせた。

 

「さっきはごめん。不用意だった」

 

 額と額をごっつんこした件だ。繰り返すが、私は織斑のことを異性として何とも思っていない。

 

「……わかってる」

 

 篠ノ之さんは口をすぼめて小さな声で答えた。その様子につい舞い上がった私は(ケイ)を見習って過剰なスキンシップを試み、篠ノ之箒の柔肌を堪能しようと画策したのだけれど、掌底が眼球に向かって放たれたので反射的に身体を強ばらせてしまった。当然ながら掌底は寸止めだった。

 

「公衆の面前だ。自重しろ」

 

 やはり(ケイ)のものまねをするなど慣れぬことをすべきでないと思った。この言い方だと公衆の面前でなければ先ほどのようなまねをしてもよい、ということになるのだが、その前に護身術の適用条件を満たしてしまい返り討ちにされるのは明らかだった。

 

「織斑のことだけど」

「一夏のことなんだが」

 

 私と篠ノ之さんの声が被った。言わんとしていることは、どちらが口にしても同じ事だと思ってあえて退いた。

 

「どうぞ。続きを言って」

「……どう思っているんだ?」

 

 紛らわしいまねをやってしまった上、周囲にいる女子は織斑に好意と好奇心を向けているのだから当然そう来るだろう。下手な良いわけをして織斑が巻き起こす、あるいは巻き込まれるであろう騒動の渦を泳ぎ切るには私ではいささか荷が重かった。そのため、言うべきことは決まっていた。

 

「織斑は男友達でそれ以上でもそれ以下でもない」

 

 誤解は小さなうちに解いておくに限る。本音で接すれば彼女も真意を察してくれるに違いない。

 

「そうか」

 

 素っ気ない答えだった。その割には喜色を浮かべていたので、一応は誤解が解けたのだと安心した。

 そのまま二人で売店への曲がり角にさしかかった。ちょうど生徒会室があって、時折布仏さんが出入りしている姿を目にしていた。

 生徒会と言えば、入学式にて壇上で上級生代表としてあいさつしていた女性がいたはずだった。確か更識楯無と名乗っていた。女性にしては古風な武者ぶった名前が印象的だった。私が知る先輩と言えば、入学式から十日も経っていないので姉崎や整備科の雷同(らいどう)白羽(ふわ)、パトリシア先輩をはじめとした弱電メンバーぐらいしか知り合いがいない。篠ノ之さんは早くも剣道部への入部を決めていて、一応仮入部扱いだったから剣道部の部員という知り合いを持っていた。しかも篠ノ之さんは中学時代の実績から次期レギュラーとして期待されていた。昔から疑問だったけれど生徒会が何をやっているのかよくわからない組織だと思っていた。部活動や委員会の管理やイベントの企画が主な仕事だと聞いているが、姉崎曰くIS学園の生徒会メンバーは二人しか存在しないという。

 二人と言えば、目の前で背丈の低い少女を壁際に立たせ、リーダー格と思しき少女が厳しい口調で責めていた。リーダー格のリボンは黄色、相棒役の巨乳眼鏡が赤色だった。彼らがいる場所は少し奥にあって周囲が気付いた様子はない。背丈の低い少女のリボンは青色で、私たちと同じ一年生であることがわかった。髪を水色に染めている時点で実はIS学園(うちの学校)はとてもおおらかな校風なのでは、と思った。私などは当時はやんちゃだった友人の前で髪を染めてみようかな、とつぶやいてみたら激怒された挙げ句、約三十分にわたる説教を食らったことがある。

 

「……篠ノ之さん」

 

 小声でつぶやき、互いに顔を見合わせてうなずきあった。

 一年生はリーダー格の少女に対して大きな恐れを抱いているらしく、膝が震えているのが分かった。巨乳眼鏡の方は無言だったが逃げ道をふさぐようにして立ちはだかっていた。

 私は傍観者の立場で通り過ぎるか、お節介を焼くか迷ったが、篠ノ之さんははっきりとした嫌悪感を表情に出していた。彼女の表情は真剣でそれでいてまっすぐだった。私はわずかでも迷ったことを恥じた。

 二人でまっすぐ彼女らに向かって歩く。私たちに気付いているのかいないのか、リーダー格の少女は厳しい口調を止めない。挙げ句の果てに無理やり腕を取った。当然抵抗したので一年生の少女の身体を強く押さえつけようとするが、なぜか腕を極める気がなかったらしく簡単に振りほどかれ、逃れた少女は篠ノ之さんの姿を認め、勢いづいたまま抱きついていた。

 

「何があった」

 

 動じない様子の篠ノ之さんがまぶしかった。

 

「助けて……ください」

 

 消え入りそうな小さな声。声質が異なるものの、パトリシア先輩みたいな喋り方をした。髪を水色に染めていて、つまるところ高校デビューというやつだろう。緊張と恐怖で落ち着かない様子を見ていたら、意外にも子犬ちゃんとはまた違った意味での美少女だったので、とても庇護欲(ひごよく)をかき立てられたけれど、篠ノ之さんは臨戦体制に入っており、場の空気に飲み込まれた私は脈打っている自分の心臓の音を聞きながら、ほほえみつつ殺気を振りまくのはどんな趣向なのかと考えていた。

 同じ一年生の彼女は篠ノ之さんの背後に回り込むなり、震える手で同じく水色の髪をした二年生を指さした。

 

「……助けて」

 

 ――真剣勝負という言葉がある。意味は本物の剣を用いて勝負すること。本気で勝ち負けを争うこと。また、本気で事に当たることを言う。

 鈍く光る等身大の殺気がぶつかり合った。細やかな一つ一つの行動を見落とさないように、雰囲気にのまれながら突っ立っていた私の視野の裾で、篠ノ之さんにの背後で腰に手を回すようにして抱きついていた少女が、自分を責めていた二年生に向かって下まぶたを引き下げ、 赤い部分を出して侮蔑の意をあらわす身体表現をやってみせていた。すると二年生の方がうろたえたようで殺気が霧散し、合わせて篠ノ之さんも殺気を出すのを止めた。しかし篠ノ之さんは少女の行動に気付いていないようだった。

 

「あの人が……財布を出せ、と」

「簪!」

 

 二年生が明らかにうろたえていた。状況証拠だけなら悪者は彼女らだったが、どこかで彼女を見たような感じがするのだけれどうまく思い出せない。

 

「先輩。本当ですか?」

 

 篠ノ之さんの冷えた声音。巨乳眼鏡を見やると表情を崩しておらず、何を考えているのか分からないのが私の不安を助長した。

 二年生は篠ノ之さんから視線を外して壁を見つめながら、歯切れの悪い調子だった。

 

「財布を出せとは言ったけど、誤解するような事はやってないんだよね。だから喧嘩腰の態度は納めてくれるとありがたいっていうか。それに君たち一年生でしょ? 入学したばかりの子とやり合うのは気分としてちょっとねえ」

 

 彼女は頭をかきながら、投げやりな口調で説明した。

 

「黒……だということは認めるんだな」

「今年の一年は元気だけど、先輩を相手にその言い方は、ねえ? とりあえず、その子を渡してくれるとありがたいんだけど」

「それはできません」

「変なことをするつもりはないの。少しお話をするだけなのよ」

「彼女は……助けを求めました。求められた以上は(こた)えねばなりません」

 

 そう言って篠ノ之さんは再び臨戦態勢を取った。二年生は面倒そうな表情だったが、篠ノ之さんの覚悟を決めた様子に刺激されたのか、急に雰囲気が変わった。

 

「君はやりそうだもんね。いいよ。やろう。学園最強が誰なのか教えてあげる」

 

 二年生は足を一歩踏み出し半身になって拳を固め、弦を引き絞るようにして片腕を折りたたむ。もう片方の腕を前に伸ばし、拳を開き手のひらを天に向けて指先を篠ノ之さんの喉へと向ける。そのまま親指を除く四本指の関節を根本で何度か折り曲げることを繰り返した。その意味は挑発。某映画三部作にて空手着を身につけたスキンヘッドの黒人が主人公に対してやってみせた動きと寸分違わなかった。

 篠ノ之さんの肩の線がほんのわずかに沈んだ。目を見て間合いを計る。篠ノ之さんの構えは自然(あるがまま)にして変幻自在。膝の力を抜くしぐさを見て、本当にやり合うつもりなのだと感じとった。篠ノ之さんは道場の娘ということで間違いなく剣術と体術の両方を学んでいるはずだから、おそらくは対甲冑戦用の体術を使うつもりだろう。全身武装した相手が襲いかかってきたとしても、徒手空拳で相手の息の根を止めるという危険な代物だ。その動きに無駄はなく、流れの行き着くところは生命を絶つことに他ならず、投げ技などは受け身が取れないように関節を極めながら投げる、と聞いたことがある。

 双方呼吸の間を計っている。静かに細く長く息を吐き、同じように吸い上げる。なぜならそこまで意識しなければ土が着くのは自分だと感じ取っていたからだった。

 私はバトル漫画なノリについて行けなくなって、巨乳眼鏡な先輩に助けを求める視線を寄越した。二年生の横で状況を静観していたのだから、面倒事になったら止めに入ってくれるのではないか、と勝手に期待したのだけれど、話したこともない相手が期待通りに動くとは思っていなかった。とにかく廊下でストリートファイトは勘弁して欲しい。

 一触即発の状況に水を差すようにして通りかかったのはわれらが担任の織斑先生だった。

 殺気にびびりまくる一般人の私と違って、ISに乗って数々修羅場をくぐり抜けてきた先生はどうってことない様子で二年生の名を呼んだ。

 

「更識、話がある」

 

 更識といえば生徒会長の名前だった。学園最強とか聞き捨てならない言葉を吐いていた気がするけれど、隣の巨乳眼鏡が否定しないところを見ると本当なのだろう。

 生徒会長はすぐに緊張を解いて、ほっとしたように表情を弛緩(しかん)させた。

 

「わかりました。すぐに行きます」

 

 生徒会長は臨戦態勢を崩して織斑先生の後を追うようにして歩き去った。巨乳眼鏡が私の横を通り過ぎようとしたとき、「ごめんなさいね」とだけ言い残したので、呆けた様子で彼女の顔を見つめることしかできなかった。

 上級生の姿が消えたのを確かめると、残された一年生は篠ノ之さんに向かって深いお辞儀をしていた。

 

「助かりました。……ありがとう。……今度……お礼させてください」

 

 篠ノ之さんは礼を言われるや声がうわずっていた。照れた表情を浮かべていたけれど、

 

「いやいい。見返りが欲しくてした行動じゃないからな」

 

 むしろ場の雰囲気に流されて廊下で喧嘩しようとしていた自分を恥じているように思えた。慌てて否定するように両手を振っていた。しかし礼を言う側も頑固だった。

 

「でも助けを……求めたから……応えたって」

「そこは本当だが、とにかくお礼はいらない」

 

 篠ノ之さんの言葉を聞いて、その子はいきなり目を輝かせたかと思いきや、涙をこらえているかのように目を伏せ、静かにつぶやいた。

 

「……そう……ですか」

 

 そして去り際に一礼した後で顔を上げてぼそっと、ヒーローみたい、とつぶやいたのを耳にした。

 私は彼女の背中を見送って、肝心なことを思い出した。

 

「しまった。あの子の名前を聞きそびれたなあ」

「同じ学年だ。いずれ分かる」

 

 

 さて部活紹介である。昼休みを終えて講堂に集まった私たちは、舞台の前で待機する上級生の姿を見つけた。

 四クラス全員集まったのは入学式以来だろうか。女三人寄れば姦しいというが、私自身も生徒会長が壇上に上がるまでおしゃべりを続けていた。一組に割り当てられた場所にパイプ椅子が並んでいて、席順は自由と聞いていた。誰が織斑の隣を陣取るかでひと騒動が予想されたので、鷹月が勝手に織斑を一番後ろの列に配置してしまった。鷹月に理由を聞くと単に上背があって織斑の真後ろになると見えない、という至極当然の内容だった。

 織斑は私と鷹月を他の女子避けとして自分の前列に配置した。篠ノ之さんは周囲がお互いを牽制しあったわずかな隙をついて当たり前のように隣の席を確保しており、クラスメイトが呆気にとられていた。彼女は己の欲望に正直だった。眉根を中央に寄せた仏頂面でいた彼女は私と鷹月、それに(ケイ)の生暖かい視線に気付いて急に不機嫌な顔つきになって、あさっての方向を向いてしまった。

 席に着いた私がポケットから携帯端末を取り出して学内ネットワークに接続する。お知らせを読む限り、最初に生徒会、委員会、部活動、同好会という順番のプログラムだった。中学の時にも似たようなことをやっていたけれど、真面目にやるか、おふざけに走るかの二択で、今のところはどんな出し物があるのか期待で胸がおどった。

 司会進行は生徒会が行うためか、生徒会長がマイクのテストを行うと講堂に満ちていたざわめきは潮が引くように消えていった。講堂二階の窓が暗幕で覆われ、にわかに座席が薄暗くなった。舞台上方の照明が付いて生徒会長の自信に満ちた表情が明らかになった。昼休みに出くわした人と同一人物とは思えないほど凛とした顔つきで、それでいて柔らかいしぐさをしている。それだけで話慣れしていると推し量ることができ、すぐ側には先ほどの赤いリボンを身につけた巨乳眼鏡が静かに立っていた。

 

「あっ。お姉ちゃんだ」

 

 と布仏さん。巨乳眼鏡、ではなく布仏先輩を指さしていた。

 私はゆるんだ笑顔を浮かべる布仏さんと壇上にいる先輩を見比べて、確かに外見がよく似ていると感じたが、それ以上に雰囲気が異なりすぎていて、二人を姉妹と結びつけるには苦労した。布仏さんは不審がる私を見つけて、

 

「えーちゃんったら信じてないんだね~」

 

 と後ろを向きながら身を乗り出し、長すぎて垂れ下がった袖口で私の顔をはたいてきた。かなり鬱陶(うっとう)しかったけれど、パイプ椅子がきしんで不安定になっていたので、ガタガタと音を立てて揺れる椅子の背を押しとどめながら、私の背後を顧みて後ろの座席にいた織斑に話を振ってみた。

 

「織斑はさ。生徒会長の側に控えているあれと、のほほんとしたこれが姉妹に見えると思う?」

「ええっ? 疑問形はないよ~。おりむーなら信じるよね~」

 

 織斑はいきなり振られて困ったような顔つきをしていたが、あごに手を当てて真剣な表情で壇上を凝視し、続いて布仏さんを表情を変えずに見やった。視線がゆっくり頭からつま先へ動くのが分かった。その最中、背もたれで形が潰れた上半身のある一点で止まり、目蓋の裏側にしっかり複写したであろう布仏先輩の全身を想像し、視線を再び動かした。そして満面の笑みを浮かべ、

 

「もちろん……ア痛ッ! 何すんだよ、箒!」

 

 篠ノ之さんに足を踏み抜かれていた。

 

「一夏、貴様の目つきがいやらしかったからだ」

 

 篠ノ之さんは足を元に戻すと、再び不機嫌そうに視線をもどした。

 ちょうどそのとき、壇上から生徒会長が一年生に呼びかけを行い、生徒会の紹介が始まった。

 今回のような部活紹介や学祭の企画、卒業アルバム作成が主な仕事だと言っていた。生徒会長は生徒会メンバー募集をしきりに強調していた。特に整理が好きで雑用をいとわない人物がもっとも欲しいところだが、われこそはと思う人は生徒会室や二年一組の教室まで来て欲しい、とか何とか。そこに鬼気迫る雰囲気があったのは、本当に人手不足ではないかという思いだった。

 次は委員会だった。

 見知っているのは回収班と化学処理班。各組から一人ずつ強制参加となる委員会については約二分ずつの時間が割り当てられていて、簡単な活動説明にとどまった。逆に志願制の委員会には長めに時間が割り当てられていた。

 志願制の委員会に共通するのは激務ということ。

 化学処理班の紹介を行っている生徒は、それはもう可哀想になるくらいしどろもどろだった。本来説明に立つべき生徒が第三アリーナの処理に回ってしまい、今立っている子は名前を名乗る際に代役だと言っていた。泣きそうな瞳が私たちと台本を行き来していた。

 彼女らの仕事は責任が重い代わりに、どうやら化学処理の実務経験が積めるらしくいくつかの国家資格の試験免除対象になるようなことを言っていた。しかも委員会の活動が単位認定されるという。

 

「これにて説明を、終わりまひゅっ……」

 

 深くお辞儀をするも反応はまばらだった。

 最後に回収班の説明だった。壇上に黄色のリボンをつけた生徒が三人いて、それぞれ霧島、井村、雷同と名乗った。投影モニターを使ってビデオを流しながら説明をしているのだけれど、例のISが出てきて左手に富士山が見えるので、東富士演習場と思しき場所で一〇式戦車を回収していた。しかも回収中に砲弾が直撃していて激しい爆煙が生じている。他にもアリーナでのIS回収の映像が流れたが、機関砲から榴弾(りゅうだん)を撃ち込まれ続けながら仕事する様子が映し出されていた。壇上の霧島や井村は感覚が麻痺しているのか平然としていたけれど、会場は盛り上がるどころ大いに引いていた。特典として毎年富士総合火力演習が観覧でき、しかも一般非公開演習まで見ることができるという。陸上自衛隊とコネがありますと公言しているようなものだが、あんな映像を見せられてはよほどの物好きでない限り志願することはないだろう。ふと男の子の反応が気になって真後ろの様子をうかがってみると、織斑も若干引き気味だった。

 三人がお辞儀をして締めくくった。生徒会長のアナウンスが入り、二〇分間の小休止を行うという。

 私は座ったまま大きく背伸びをしていた。髪の毛が地面に垂れて額を露わにしながら間抜けに口を開けていた。そうするうちに黄色のリボンをした上級生がこちらに近づいてくるのが見て取れた。上級生は日本人には見えなかった。おそらく留学生。天地反転した視界には血の色が透けて見えるような白が映りこむ。セシリア嬢のようなブロンドの髪。いかにも細身でか弱そうな様子だが、ふてぶてしさを感じる存在感。以前にあいさつを交わした英国の留学生、つまりサラ・ウェルキンだ。

 強い足取りでまっすぐセシリア嬢に向かって歩いていく。

 彼女に気付いた(ケイ)がルームメイトとじゃれていたセシリア嬢の肩をたたいて注意を向けさせる。ウェルキン先輩を見たセシリア嬢の顔が強ばり、瞬く間に緊張した。

 

「セシリア・オルコット」

「サラ。お久しぶりですわ」

「姉崎女史から結果を聞きました。午前中の試合おつかれさまです」

 

 ウェルキン先輩の口調は織斑先生と似ていて、まるで教師が不出来な生徒を優しく諭すような雰囲気だった。

 

「前回の指摘事項をきちんと修正していましたね。さすがです。それに慣れぬ地対空戦闘。急造とはいえ支援を行ったスタッフも優秀でしたね」

「……ありがとうございます」

「夕食の前に私の部屋に来てください。簡単なデブリーフィングをしましょう」

「それは反省会という意味でしょうか」

「主に事実確認と歓迎会ですね。私の他にも英国の留学生がいるので顔合わせをするつもりです」

 

 そう聞いて安心したセシリア嬢。

 

「それに指摘事項もいくつかありますから……」

 

 わざとらしく独り言を聞かせたウェルキン先輩に、セシリア嬢の顔が凍り付く。

 漫画的表現で恐縮だけれど、心なしか華やかな笑顔のウェルキン先輩の背後から「ゴゴゴゴゴ」という文字が描けそうな勢いだった。私も含めてみんな目を合わせようとしていなかった。篠ノ之さんの殺気とはまた違った意味で恐ろしかった。ウェルキン先輩は優雅でかっこいいなあと思っていた時期もあったけれど、物腰穏やかなのが余計に怖かった。制服から膝がみえているけれど、鋼のよう、といった表現がお似合いの適度に鍛え上げられて引き締まった脚だった。

 

「それではまた放課後。みなさま、ごきげんよう」

「ごきげんよう……」

 

 この学園に来てごきげんようなる言葉を使う人を初めて見た。お嬢様然とした姿に見惚れているうちに、ウェルキン先輩が通路の前で制服姿の姉崎とあいさつを交わす姿が見え、そして視界から消えた。

 セシリア嬢はうっかり宿題を忘れていた、と言わんばかりの様子で頭を抱えて涙目になっていた。

 そんなに反省会がいやなのだろうか。

 

「ウェルキン先輩相変わらずきれいだったねえ」

 

 と(ケイ)が見当外れな事を言って和ませようとしたのだが空振りに終わった。

 

「面倒見良さそうな人じゃない」

「……あなたがたは、サラのあだ名を知っているかしら」

 

 セシリア嬢は先ほどの化学処理班の説明をしていた子のように顔面蒼白で、しかも声が震えていた。大げさな冗談だととらえた私たちはウェルキン先輩の華奢(きゃしゃ)な体つきから、おとぎ話に登場するあるクリーチャーを思い浮かべた。

 

「さあ妖精とか? イギリスだけに」

 

 妖精(fairy)なら違和感がない。そう思ってセシリア嬢が首を縦に振るかと期待したが、結果はその逆だった。

 

「……鬼、ですわ」

 

 ややあってみんなが沈黙した。そして互いの顔を見つめて笑いあった。

 

「やだなあ。冗談きついって」

 

 セシリア嬢はとても真剣な顔つきで予言者めいた口ぶりでこう言った。

 

「信じる信じないは自由ですわ。みなさんもサラと一度戦ってみればわかりますわ。量産機が専用機を紙のように墜としていく様を見れば……」

 

 

 休憩時間が終わり、これから部活紹介が始まる。IS学園は全校生徒は三〇〇名以上いたが、一般的な高校と比べると人数が少ないので多人数の部活動がどうしても少数精鋭となってしまうきらいがあった。手元の携帯端末の画面を指でスクロールさせると部活動の一覧が出てきて、剣道部、テニス部、ラクロス部、ソフトボール部、ボクシング部、弓道部、新聞部、料理部、茶道部、水泳部……滑空部、航空部という順番になっていた。剣道部は篠ノ之さんが既に仮入部を決めている。今日の部活動紹介を経て正式に部員になる予定だった。各部活名をタップすると概要説明を見ることができ、ふーん、とうなりながら普通の高校生活みたいだと実感する。ただ、下に行くにつれて徐々に雰囲気が怪しくなっていき、特に最後の二つが興味を引いた。

 生徒会長のアナウンスが入って剣道部の紹介が始まった。IS学園に入るだけあって個々の技量が高く、全国レベルの猛者がごろごろいるという感触だった。

 次にテニス部。こちらはどちらかといえばテニスサークルのノリに近い。チームの成績は県大会に出場できる程度だった。テニスウェアを着用して汗を流す姿は美しいものだ。

 ラクロス部。公式戦に出場するためには一二名が必要なため、部員の確保を第一に考えている。

 ソフトボール部。状況はラクロス部と似ている。なぜかバッターボックスに立つ生徒会長の写真があった。

 ボクシング部。女子としては珍しい部活だけれど、去年同好会から昇格したらしい。

 弓道部。団体戦に出るために最低一人は部活に入って欲しいとか。びっくりしたのが部長が高校二年生にして四段を持っていることだ。

 新聞部。とてもテンションが高い様子だった。紹介者は(まゆずみ)と名乗った。

 料理部。作ったことがある料理の一覧、去年の学祭でメイドカフェをやったとのこと。

 茶道部。顧問が織斑先生だとしきりに強調していた。ついでに織斑先生が着物姿でお抹茶を()てる姿が写され、講堂内が黄色い声で沸き返った。

 水泳部のように去年の実績を紹介する部活が続き、残すところ二つとなった。

 あと二つ。滑空部。

 

「グライダー、無人偵察機、ラジコン。このどれかに興味を示した人はいませんか?」

 

 真ん中の無人偵察機は明らかにおかしい、と独りごちた。東海と名乗った二年生はグライダーとラジコンはそっちのけで、無人偵察機とその効用、並びに画像解析技術についてプレゼンを始めた。真面目に内容を理解していたように見えたのはセシリア嬢ぐらいだった。

 

「ご静聴(せいちょう)ありがとうございました」

 

 呆気にとられていた私は気力を振り絞って最後の部活紹介に臨んだ。次を乗り切れば再び二〇分の小休止である。

 航空部。正式名称は航空機とその内燃機関を愛でる部活動。部員数は三名。すべて二年生。岩崎と名乗った部長は背丈こそ一五〇程度で貧相な体型だったが、小さな見た目に反して存在感が非常に大きい。この世のすべての悪を具現化したような邪悪な空気をまとっていて、みんなからちやほやされそうなアイドル顔なのだが、せっかくの素材を台無しにするような陰険な面持ちで嫌みったらしい。そして詐欺師のような慇懃無礼(いんぎんぶれい)な笑顔を見せる怪人だった。投影モニターを使って映像を流しているのだけれど、内容は真面目一点張りで航空機エンジンの燃焼試験の一部始終だった。

 燃焼試験の結果を描いたグラフが映し出されたところで、岩崎が突然片足を前に踏みだし、マイクの柄を持ち上げて水平にした。そして大きく息を吸って叫びだした。

 

「みんなー内燃機関は好きかー! 私は特にターボファンエンジンが大好きだ! 愛しているといっていい! 先日航空部は航空自衛隊が採用しているライトニングⅡ(F-35J)に搭載していたエンジンを四基入手した。現在これらエンジンの燃焼試験を終え、わが部が開発中のうちがねかっこ仮名かっことじるへの搭載を予定している! 双発で超音速飛行を実現する気概があるやつは航空部の門戸をたたけ! 部員になる承諾さえすれば、われわれの頭脳と人脈と設備を自由に使わせてやる。IS開発のハード、ソフト両方のノウハウもくれてやる! 熱意があって悪魔に魂を売る覚悟があるやつは二年一組岩崎の所まで連絡されたし!」

 

 みんな呆気にとられて拍手などなかった。壇上の岩崎は達成感に満ちあふれた顔をしていて、深くお辞儀をしたところで生徒会長のアナウンスが入った。

 

「ありがとうございました。これから二十分の小休止を挟んだのち、同好会の紹介に移ります」

 

 

 

 


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