少女Aの憂鬱   作:王子の犬

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★25 やっぱり着るんですか?

● 8

 

 学園島巡回バスを待っていると、子犬ちゃんが小走りになって駆けてきた。理由を聞けば、織斑先生に請われて病院へ向かう途中だそうだ。

 アリーナから数発の爆発音が聞こえた。子犬ちゃんが呼び出された理由を勝手に想像してみる。

 

「……何も思い浮かばない」

 

 愛くるしい外見の割に努力家だけれど、それだけでわざわざ病院へ向かわせる根拠にはならない。

 様々な可能性を考えてみてから、私はフー、と大げさに嘆息してみた。

 病院には自称侵略者がいる。織斑先生と彼女は幼なじみ、らしい。生徒を連れてお見舞いへ赴く。あるいはお礼参りへ行くのだろうか。

 

「何か思い当たる節は?」

 

 彼女はぼそぼそと告げて、首を弱々しく振った。不安げな上目遣いを眺めるうちに妙な気持になってきたのだけれど、魔性に魅入られた先人たちの惨状を思い浮かべて平静を保った。

 巡回バスが学園と近場のアリーナとを繋いでくれたら便利なのにね、と子犬ちゃんと雑談を交わした。第六アリーナ前に到着したので、彼女に礼を言って降車する。

 バスと共に去りゆく子犬ちゃん。視界から消えるまで手を振りつづけた。

 

「あっ」

 

 第六アリーナの入り口まで来たとき、織斑先生の意図にたどり着けたような気がした。

 子犬ちゃんをダシに使い、自称侵略者から何らかの譲歩を引き出すつもりに違いない。山田先生の巨乳に顔を埋めたときの幸せいっぱいな表情を思い浮かべるや、私は確信めいた思いにとらわれた。子犬ちゃんの魔性は本物だ。セシリア嬢や布仏さんはもちろん、生徒会長ですら独占欲と庇護欲に狂ってしまった。

 四組の生徒と鉢合わせないよう気を遣いながら鉄扉の中へ入る。リカバリーの周囲に整備科の少女が群がり、その中のひとりが陣頭指揮をとっている。

 私の姿に気付いた生徒が「きりしまー」と声をかけた。姉崎ではないのか。邪魔にならないよう異形のISを眺める内に、制服姿の霧島先輩が銘菓の紙袋を持って歩み寄ってきた。黄色いリボンを揺らし、紙袋を差しだす。

 

「先輩から君にってさ」

 

 おそらく男子の制服が入っているに違いない。その下にDunoisが隠れているはずだ。悪巧みのハードルを上げるとか宣っていたけれど、いざ眼前にしてみてゴクリと喉を鳴らした。

 恐る恐る手に取ってみると案の定であった。

 

「私のです」

「ご苦労様。今年は君がホスト役?」

 

 私は何のことかわからぬまま首を振った。

 

「そうらしいです。よくわかんないけど」

 

 あはは、と軽く笑う。霧島先輩は自分の携帯端末を取りだして指で画面と遷移させて一枚の写真を映しだす。のぞき見るや、私は素っ頓狂な声をあげ、あわてて口を塞いでいた。霧島先輩は気に留めなかったようだ。

 

「これ、生徒会長。去年も一組が仮装したんだ。よく撮れてると思わない?」

 

 水色の髪をした美少年が立ち話に興じる場面だ。

 大学生とおぼしき女性と親しげな顔つきで、どこか小生意気な雰囲気を醸し出している。

 霧島先輩はパンスクリップを外して黒髪をふりほどき、手櫛をいれ、

 

「ちなみにだけど。手前に映ってるお姉さんが現在の日本代表。うちの卒業生で、今大学生。生徒会長とは強化選手時代からの腐れ縁なんだって」

「へえ……」

 

 私は再び写真へと視線を落とした。

 ボヘミアン調のダウンヘアに大きく綺麗な瞳に凜々しい眉……ISファンやIS・Wingなる専門誌に特集されていたような気がする。携帯端末で調べたところ、織斑先生が抜けて弱体化した日本チームを牽引する人物のようだ。現役時代の織斑先生と比較されるので、実力が伴わないように評されているけれど、現ロシア代表から一目置かれているとある。

 ネットにはモンド・グロッソ後のゴタゴタにまつわるまとめサイトが数多く存在していた。日本代表の凋落。流し読みしたかぎりでは、織斑先生が強すぎたってこともあり、現在の日本代表に格別の奮起を求めるのは無理な相談である、という空気だった。公式戦の結果から推測するに更識先輩よりもちょっと強くて、織斑先生よりもちょっと弱い、といったところか。

 

「っていうかさ。()()渡されたってことはやっぱり着るの?」

「……着ろってことなんじゃないですか?」

 

 私の投げやりな口調に、霧島先輩が苦笑した。同情と諦念、かすかな好奇心が入り混ざっている。

 霧島先輩が踵を返して二、三歩進んでから振り返った。

 

「じゃあ、私は行くけど、もし部長に無理強いされてるんだったら、相談に乗ってあげる」

「お気遣いありがとうございます。でも、大丈夫です。私、やれます」

 

 いったい何をやるんだ——と自分に問いかけながら。

 霧島先輩はそれ以上何も言わなかった。回収班を辞すと、手提げ袋を持ったまま更衣室へ向かった。

 姉崎ならどんな洒落を思いつくのだろう。「女子更衣室」の看板を見上げた。

 

「やっぱり着るか」

 

 バレたらバレたで姉崎の名前を出せばよい。そもそも私が嫌がる姿を見て愉しんでいるのだから、素っ気ないしぐさを見せつければ諦めるに違いない。体の良い玩具を手に入れて遊んでいるだけなのだ。そう自分に言い聞かせて更衣室へ踏みこんだ。

 

「だぁーれもいないよね」

 

 独り言を零しながら奥へと進む。

 

「おっと……」

 

 誰かがシャワーを使っているようだ。私はすかさず一番遠いロッカーを選んだ。

 紙袋の底からラップタオルを取りだして羽織る。手早く脱いでDunoisを身に着ける。扉の裏側に据え付けられたミラーを確認して外見が変わっているかどうか確かめていた。

 

「……女と言い張っても通じるね」

 

 ボーイッシュで押し通せるのではないか?

 と、シャワーの音が止んだ。端から覗いてみたら首にタオルをかけた女の子だ。後ろ姿からして違和感のない金髪。たぶん留学生だ。

 こちらに気付く前に退散しようと、脱いだ制服を畳んでロッカーに置いた。

 スラックスに足を通したとき、気になって二度三度振り返った。杞憂だとわかって嘆息する。鷹月やM子なら音もなく忍び寄って背中に指を這わせるくらいやってのける。けれども彼女たちはこの場にいない。四組の連中や先輩方とかち合って騒ぎ、それに引きずられて他の連中が寄ってくる程度だ。

 ——いける。いける。

 何度見ても不思議だ。自己主張の薄い胸板を叩けば、平坦な感覚があった。はじめの頃こそ身体の中心に違和感があったけれど、もう慣れた。身近に織斑という見本がいるし、中学時代は男友達もいたから手本には事欠かない。あとは適当に証拠を残して、Dunoisを封印してしまおう。お盆か文化祭のあとか、それくらいになったらおじさんに処分してもらうのだ。

 期間限定だと思えば、僅かながら心が軽くなる。観覧席へ向かい、四組の連中を遠巻きに眺めて目撃証言を残す。流言(うわさ)が姉崎たちの耳に入る、という段取りだ。

 忌まわしい記憶も年月が経てば美しい思い出に変わる。そのはずだ。

 ロッカーに鍵をかけて、踵を返した。

 

「あー……」

 

 そのとき何が起こったのかわからなくて、ただ、強ばった空気が流れゆく。瞬きを忘れてしまうほどびっくりしてしまった。

 

「君、も、……」

 

 第一アリーナにいた美少女だ。ほっそりしたふくらはぎには見覚えがある。

 

()?」

 

 言葉の断片が気になって、いつもの癖で問い返してしまった。

 

()?」

 

 時間の流れがゆっくりだったのが、急に元へ戻った。半裸の彼女の上半身は真っ平らだったのだ。あったはずの緩やかな稜線が消えてゴツゴツした——まるで大人とも子供とも言えない華奢な胸板に変わっていた。

 

「えええ……」

 

 美少女も自分の姿に気付いたようだ。あからさまに顔色が変わっている。

 

 ——どうする? どうする? 声を上げる? そうだ。声を上げなくちゃ!

 

 先日、自称侵略者に服を剥かれそうになった。そのときにも実践できたのだから今もできるはずだ。私は大きく息を吸った。

 美少女はその場の雰囲気をごまかそうと必死になって思案している。

 今だ。今なら助けが——。

 

「変質しゃ——ンガググ」「シーッ」

 

 掌で口を塞がれ、私は唸るしかなかった。

 

「静かに。私は変態じゃない」

 

 言葉は柔らかいが、まったく説得力がない。

 

「私の名はシャルロット・デュノア。君の名は……」

 

 などと問いかけながら、後ろポケットから携帯端末を取り出す。

 無断で写メを撮って、何かしらのアプリで照合する。Dunoisを身に着けているせいか「該当無し」という文字が現れた。口を塞いだまま三度同じ事を続けたけれど、ついに諦めたらしい。

 シャルロット・デュノアと名乗った美少女は、

 

「失礼」

 

 と断ってあろうことか制服に手をかけた。身を強ばらせていると大胆にも胸ポケットに指を差しいれ、生徒手帳を抜き取った。

 姉崎特製のレプリカである。

 

「学園は他にも男性搭乗者を隠していた……?」

 

 美少女は聞き捨てならぬつぶやきを漏らした。

 ——二人目の男性搭乗者なんているわけないですよ!!

 美少女の腕を引きはがそうとしたけれど、先ほどからびくともしない。

 次に起こった出来事によって、私はうなり声を中断せざるを得なかった。

 美少女が私の携帯端末を勝手に抜き取る。新しい端末を受けとったばかりなのでロックをかけていなかった。落としても良いようにわざとロック画面を表示させないようにしていたのが裏目に出てしまった。

 美少女は個人情報を見て、安心して、次に落胆(がっかり)した。

 力が抜けたので、掌を剥がして美少女に詰め寄ってみせた。

 

「こんなことして」

 

 強ばった空気をあざ笑うように、美少女は飄然(ひょうぜん)と携帯端末を差し出す。

 

「ごめんね。つい、びっくりしちゃって」

「……そんなこと言っても信じない」

 

 後ずさる。私は開けた空間を求めて身体の向きを変えた。

 

「驚くに決まってる。だって、だって、……」

 

 美少女と距離をあけるにつれて、自然と私の視線が下がっていく。どこを見ているのか気付いて、美少女が声を立てた。

 

「私が迂闊だった。つい、ね。謝るからさ」

 

 私の心が警鐘を鳴らし始めた。見てはならぬ文字とあってはならぬ股間の膨らみをも目にしたのだ。

 

「でゅ……()()()()()()

「見ちゃったか。あっちゃー……」

 

 美少女は弾かれたように声をあげた。

 

「も、も、もしかして。あの、あなたはシャ・ル・ル」

「言わないって約束してよ、ね? ね?」

 

 私はすぐさま出口へと駆けだした。

 ——いやあああ助けて! 変質者がいます!

 

 

 




やっぱりここが一番切りやすかった。

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