少女Aの憂鬱   作:王子の犬

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13K字です。いつもと比べて少なめです。


★18 アレは重機です

 人生が終わったと思う瞬間がある。日頃の行いがよくなかったのか、周囲がセシリア嬢や篠ノ之さんに向けているような好奇の目を私にも向けてくる。特に先輩方からの視線が気になって仕方がない。噂が広まっているならもっとやってしまえ、と言わんばかりにダリルさんが過剰なスキンシップを求めてくる。邪険にすると、すねるので仕方なく体を触らせていたら案の定変な目で見られていたような気がする。私の被害妄想であって欲しい、と切に願っていた。

 

「やっぱり子犬ちゃんの乳枕は最高ですな~」

 

 私は教室にて、子犬ちゃんの乳房の上に、ちょうど頭が当たるようにして寝転がっていた。机上で横になっているから行儀が悪いと言えばそれまでだけれど、ブラでしっかり固定された大きなバストは低反発枕のような心地よさがある。これを毎日セシリア嬢が味わっているのかと思うと、うらやましくてたまらない。

 

「えーちゃん。ずるいって、変わってよー」

 

 隣で(ケイ)が声を上げた。私や(ケイ)ではこの感触が味わえない。そんなに胸がないからだ。

 

「だから、およしなさいと言っているのです!」

 

 セシリア嬢がご立腹だけれど、気にしないことにしていた。子犬ちゃんが怒るならすぐにやめるつもりでいた。日頃の行いが良かったのか、彼女はやましいことをされなければそれで良いらしい。さすがに布仏さんが来ると警戒して胸どころから手も触れさせないかった。布仏さんも最近は自重しているように見えるけれど、いつ何時奔放な血が騒ぐのか分からなかった。

 彼女の乳枕は織斑を除く一年一組の全クラスメイトが経験済みである。あの篠ノ之さんですら、好奇心に負けてやってみた程だった。篠ノ之さんも大変大きな物をお持ちなので私が「やらせてくれ」と頼み込んでみたら、冗談だと受け取ってもらえず、篠ノ之さんとの距離が開いてしまった。

 

「彼女のこれはわたくし専用。いいですか? 専用ですの」

「セシリー……所有欲が旺盛なのは分かるけど。言い切っちゃっていいのかなあ」

(ケイ)。わたくしの物をわたくしの物だと言わない理由がどこにありますの」

 

 とりつく島もない。私の位置からだと子犬ちゃんの顔が見えない。どんな顔をしているのか眺めてみたいがそれは叶わない願いというものだった。

 ふと鷹月が近寄って来るのが見えた。彼女はすまし顔で何を考えているのか分からない。クラス一の腹黒さんだと私は勝手に思っている。そのことを本人に言うと後が怖いので、私は決して思ったことは口にしなかった。

 

「え? 何?」

 

 鷹月が自分のスカートに人差し指を立てている。何かのジェスチャーだろうか。

 

「スカート。気にした方がいいよ」

「なんで?」

 

 私は鷹月を怪訝(けげん)な目で見返し、顎を引いて首を曲げ、周囲の様子を確かめる。すると、織斑が後ろの席の岸原と談笑していたけれど、私に気付くなりなぜか顔を赤らめていた。言いにくそうにして、視線を泳がせている。

 

「見えてるよ」

 

 鷹月がため息混じりに言った。何が見えているのだろうか。私は首を曲げて、鷹月が注意した自分のスカートを見やった。

 その瞬間、私の羞恥(しゅうち)心が沸点に達した。

 

「うわわわっ」

 

 慌ててめくれたスカートを押し下げる。顔を真っ赤にして体を起こし、鷹月を泣きそうな顔で見上げた。

 

「見られてた?」

「ばっちり。結構かわいい下着を着けてるのね」

 

 私は織斑に向かって刺々しい視線を投げかけた。すると彼は顔を逸らし、岸原やかなりんとの話に集中する素振りを見せた。明らかにすっとぼけようとしていた。

 鷹月は私の肩に手を置く。私は涙混じりの上目遣いで彼女にすがりついた。

 

「最近忘れがちだけど、男子の目があるってこと、意識しないとね」

「た……鷹月い……」

 

 

 昼食を終えた私たちは授業が始まるまでの間、織斑を囲んで話に華を咲かせていた。

 隣に立つ布仏さんが腕を振り回す度に垂れ下がった(そで)が私の体に当たる。別に痛くはないのだけれど、一度気にしたら止まらなかった。

 

「今度の連休に生徒会でプールを借りることになったんだよ~」

「うちのって屋内だっけ」

「そうだよ~」

 

 谷本の答えに布仏さんが間延びした調子で答える。また袖が当たった。わざと当てているのでは、と疑いたくなった。しかし、布仏さんは気付いていないようにも見える。

 織斑がプールと聞いて、ぼんやりとした顔つきになった。プールと言えば水着である。一五歳の女になりかけた少女たちの肢体を眺めるまたとない機会に思えたけれど、織斑はずっと平静を装っていた。

 谷本が軽く手を打って疑問を口にした。

 

「生徒会だけだと少ないんじゃないかな? 今だって三人しかいないんでしょ」

「かいちょーやお姉ちゃんが先輩たちにも声をかけているから知り合いになる良い機会だよ~。連休中に帰省の予定がない人はよかったら来てよ~」

「なるほど。交流会ね。そういうことかー」

 

 谷本が納得する。布仏さんの話しぶりからして結構人が来るようだ。連休中は課題以外にやることがないので、基本的に暇だった。その課題も姉崎や雷同にわからないところは教授してもらうつもりだったので、回収班や弱電に入り浸ることになりそうだった。

 谷本は喉を鳴らして息を呑み込む。大事な話のような雰囲気を醸し出して、布仏さんの名を呼んだ。

 

「本音。あのさ。プールって学校指定以外の水着もいいの?」

「もちろん大丈夫だよ。休日だし授業じゃないから~」

「……やった」

 

 谷本がこっそり拳を握りしめる。

 

「飛び入りもおっけーなんだけど、ある程度人数を把握したいから先に申請してくれるとうれしいな~」

 

 布仏さんが制服のポケットから携帯端末を取り出す。袖の上から端末を操作しようとするが何度も空振りしていた。

 携帯端末のタッチパネルは静電式になっていて、指先と画面の間に流れる微弱な電流を感知して画面の操作を行うようになっている。IS学園の冬服の袖は厚手の生地を使っているため、電流の感知が難しくなっていた。

 

「布仏さんったら。手を出した方が……」

 

 私は見かねて声をかけた。布仏さんはいかにも悔しそうな風情で軽く舌打ちしてから、袖をまくって携帯端末を操作した。新聞部のページから生徒会主催イベントのお知らせを開く。

 そこには連休中のイベントの日程と参加者用のボタンが表示されていた。布仏さんは学園が支給した端末から「参加」ボタンを押せばよい、と話した。最初は参加予定だが、都合が悪くなったら「キャンセル」ボタンを押すように言い、私たちの前で実演して見せた。

 

「そういえば何で人数を取る必要が?」

 

 私の質問に、布仏さんが間髪(かんぱつ)入れずに答えた。

 

「今回の監督者が教師じゃないからだよ」

「ふうん。ちなみに誰なの」

「五郎丸さん」

「うげっ……」

 

 思わず私はうめき声を上げていた。布仏さんはしれっとした様子で首をかしげたので、私は愛想笑いを浮かべてその場を切り抜けようとした。五郎丸と言えば姉崎の従姉で、山田先生によると根腐れを起こしているらしい。システム部の才女などと言われているけれど、中身は下衆(げす)な考えに浸るのを良しとした変態だ。

 

「連休だから休暇を取ったり帰省する先生がいっぱいいてね~。五郎丸さんは昔からの知り合いだし、学園の職員なら監督できるから頼んだんだよ~」

「む、昔から……」

 

 私はいぶかしんだ。布仏さんは五郎丸女史の趣味を知っているのだろうか。

 

「ぜ、全然関係ないけど五郎丸さんの趣味とか知ってたりするの?」

「じゅね系から最近のまで全部いけるとか言ってたよ~。何のことだかさっぱりなんだよね」

「う……うん」

 

 私は(やぶ)をつついて蛇を出しかねない状況にあると知り、これ以上の追求は止めた。

 ちなみに「じゅね系」とは男性の同性愛を主題にしたオリジナル作品を指す。今ではメジャーとなった作家の中にもここからデビューした者がいる。創始者とは世代が違うとはいえ、騎士白嘉市もこの系統の作家である。

 私は挙動不審な様子を隠し通せなかった。しかたなく辺りを見回すと、「じゅね」に反応したらしい四十院が私に熱い視線を向けていた。おそらく彼女は意味を知っているのだろう。危険な香りがしたので私は目を逸らした。

 布仏さんは私に興味を失ったのか、胸を強調するようなしぐさで織斑を見上げていた。

 

「ねねっ。おりむーも来ない?」

「俺か?」

 

 織斑は思わず自分を指さしていた。最近はISスーツ姿に慣れてきたのだから、水着姿でもどうってことないはずだ。しかし、一五歳の青少年には非常に楽しくも厳しい展開が待っていると考えて、私は根気強く織斑の様子を観察した。

 織斑は頭の中の予定を確認していたようだ。そして布仏さんの端末に書かれていた日付を確認する。

 

「すまん。先約がある」

 

 谷本と布仏さんが同時に不満そうな声を出した。性根が曲がった私は「逃げたか」と察した。

 

「家の様子を見て来なきゃいけないし、地元の友人と会う約束をしたんだよ。こっちに来る前にさ」

 

 織斑は入学前から約束を取り付けていた。よほど親しい友人なのだろう。それとも女の園でストレスがたまっているので、休日くらいは男同士の気兼ねない一日を過ごしたいのだろうか。

 

「わかったよ~」

「むー残念」

 

 布仏さんと谷本は大人しく引き下がった。

 一瞬だけ誰も言葉を発しない間があった。ここですかさず私は小さく手を挙げながら口を開いた。

 

「織斑。クラス対抗戦の件でさ。ちょっと提案してもいいかなあ」

「いいぜ。言ってくれ」

「先輩とISで模擬戦してみない?」

「模擬戦? どんな」

 

 携帯端末をしまった布仏さんや谷本に鏡の視線が私に集まった。

 

「回収班にリカバリーってISがあるんだけど。アレと一戦やってみない?」

「……あの戦車みたいなやつだろ。いいよなアレ。ロボっぽくて」

 

 織斑の反応は普通と違った。私は「かっこわるいの」と言われるものとばかり考えていたけれど、どうやら織斑の美意識は男の子だったらしい。

 機体のデザインを手がけた岩崎が聞いたら無い胸を張ってさぞかし調子に乗ることだろう。憎たらしくなってきたので想像するのを止めた。

 私はせき払いした。

 

「……アレって試合ができたのか」

「演習モード限定なんだけどね。たまには変わったのとやってみて何かつかめたらいいかな、と思って」

「なるほど。俺は構わないぜ」

「わかった。早ければ明日の放課後とかになると思うけど、日程を調整するね」

「おう」

 

 私は早速話の輪から外れ、携帯端末を取り出して姉崎に電話をかけていた。

 

 

「……というわけで織斑がアレと模擬戦したいって言質が取れました」

「わかった。すぐに場所を確保しよう」

 

 私は姉崎に一部始終を話した。白式対リカバリーの異色対決が成立したわけなのだけれど、正直なところリカバリーに模擬戦が可能かどうか(はなは)だ疑問だった。

 

「操縦者は霧島が担当する」

 

 私は思わず聞き返していた。

 

「姉崎先輩が乗るんじゃないですか?」

「こういうことは次期班長がやるべきだろう」

「あの人、結構上の立場だったんですね」

「うちは人数が少ないからな」

「そんなもんですか」

 

 私はふと気になったことを質問した。

 

「ところで回収班に誰か入りましたか」

「……全員逃げた」

「それって大丈夫なんですか」

 

 回収班伝統の下半身チェックが悪い方に功を奏したのだろう。予想通りの答えに納得しつつも、少し心配になった。

 

「心配してくれるのはありがたい。だが、心配は無用だ。毎年三人ぐらい入ってくるから」

「どうして分かるんですか」

「ISってのはコア数が限定されている。いずれ君も分かるだろうが、考査前になると訓練機の予約がいっぱいになる。確か、学園の保有台数はせいぜい約三〇機程度だったな。パイロット養成コースが約三〇〇人だから一〇人に一機の計算になる。とても回らんよ」

「それで、いつでもIS乗り放題の専用機持ちの方が有利なんだ」

「搭乗時間に大幅な差が出る。たくさん乗ればそれだけうまくなる。一学期の考査が終われば現状が見えた生徒がうちの門戸を叩くようになっている。霧島はその口だ。去年は最初に雷同が入って、総火演(そうかえん)の前に霧島と井村が入った」

「そういえば、霧島先輩って総搭乗時間五〇〇時間オーバーですよね」

「すごいだろう」

「もしかして成績上位とか」

「いや……下から数えた方が早い。あ……このこと、わたしが知っていると本人に言うなよ」

「もちろんですよ」

「あいつは従来のイメージ・インターフェイスとの相性が悪くて成績が伸び悩んでいる。IS適性は悪くないのだが……」

「……いくつなんですか?」

 

 IS適性といえばしのぎんとセシリア嬢がAで織斑がBである。篠ノ之さんはCである。

 姉崎が続きを言うのを待った。

 

「Bだ」

「嘘!」

 

 Bといえば織斑と同じ値ではないか。

 つい大きな声を出してしまい、何事かと周囲のクラスメイトが私の方を向いた。私は申し訳なさそうに頭を下げつつ、肩をすくめて電話口を手で覆った。

 

「本当だ。ブラのカップもな」

 

 姉崎は声を弾ませて関係ない情報まで告げた。

 子犬ちゃんやセシリア嬢、巨乳眼鏡や生徒会長のブラサイズならまだ知りたいと思うのだが、良好な関係を構築している先輩のブラサイズを本人以外の口から知りたいとは思わなかった。大体、なぜ姉崎が知っているのだろうか。

 私は姉崎から情報を押し売られるような状況を避けたいと思い、はっきりと告げた。

 

「そんな情報いらないですよ」

「君はビアンなんだろ?」

 

 姉崎の切り返しに私の顔が凍り付く。今、何と言ったのだろうか。頭を高速回転させると先日の岩崎の言葉がよみがえる。

 私の動揺を知ってか知らでか、姉崎は続けた。

 

「霧島は良い子だぞ。華やかさはないが細やかな気配りが出来る女だ。しかも努力家だ。一度好きになった相手には尽くすタイプだ。大事にしてやれ」

「うわわあああ! ななな何を言ってるんですかっ!」

 

 周囲の目を気にすることもせず、慌てて叫び声を上げていた。

 邪悪にほくそ笑んでいた岩崎を呪った。先ほどから電話越しに姉崎が笑い声を上げていた。

 私は必死になって弁解を試みたけれど、口のうまさでは彼女の方が上だった。

 

 

 四月末日の放課後。私たちは第四アリーナを訪れていた。

 監督用のモニタールームに通された私たちは、数学担当教諭のエドワース・フランシィ先生と岩崎がモニターを見ながら話をする姿を見つけ、自動ドアが開いた音に気付いてこちらに視線を向けた。

 岩崎が慇懃(いんぎん)な笑みを浮かべて私の後ろにいた織斑に近寄っていく。

 

「やあ。君が織斑一夏君だね。初めまして。二年の岩崎だ。今回の模擬戦のアドバイザーを勤めることになった。よろしく」

 

 上背の差が二〇センチはあるはずなのだけれど、岩崎の存在感がやけに強いため織斑よりも大きく感じた。

 岩崎の本性を知らない織斑は、先輩に握手を求められてさわやかな笑顔でその手を握り返す。岩崎には事前に、織斑がリカバリーのことを褒めていたと伝えていたためか、妙に上機嫌だった。邪悪な笑みを浮かべなければ美少女なので、灰汁(あく)の強さが薄まって良いのではないだろうか。

 岩崎がフランシィ先生の紹介をする。回収班のISは学園では重機に相当する。ISと模擬戦を含む戦闘行為を行うためにはIS学園の教員のうち、最低でも一名が監督しなければならなかった。今回はフランシィ先生が手隙だった。昨日のうちに姉崎が根回しをしていた。

 岩崎は織斑の関係者が集まったことを確認して、後ろ手に手を組みながら室内を歩き回った。

 その姿が威風堂々としているものだから、みんな息を呑んで彼女の姿を見つめていた。

 

「最初に言っておく。回収班のアレは重機だ」

 

 織斑や篠ノ之さんなど、事情を知らない者はみんなぽかんと口を開けた。

 

「学園に重機として登録してあるため、火器類を使用した戦闘は緊急時を除いて禁止されている。既に授業で演習モードについては教わっていると思う。火気類に関してはこの機能を使う規則になっている」

 

 岩崎はフランシィ先生の方を振り返った。

 織斑が手を挙げた。

 

「アレってどんな武器を使うんだ?」

「一二〇ミリ滑腔砲(かっこうほう)と旋回砲座を有した一二.七ミリ重機関銃。今回に限り近接武器としてIS用シャベルを使う。近接武器は土木工具を振り回すだけだから、禁じられていない」

 

 織斑が毒気を抜かれたような返事をした。

 

「あの機体は陸自の一〇式戦車に出来ることはすべて出来ると考えてくれ。書類上は重機だがISだ。防御を集中的に強化したISだから思い切って攻撃してもらいたい」

「あの」

 

 織斑が言いにくそうに口を開いた。

 

「白式の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)を人には向けられない」

「それも問題ない。零落白夜はシールドエネルギーに直接作用するものだ。むしろ、あの機体に使用してどこまでエネルギーを削り取れるか見せて欲しい。防盾なら予備があるから一発ざっくりやってくれ」

 

 防御性能によほど自信があるのか、妙に「ざっくり」を強調している。

 

「模擬戦は一試合一〇分、インターバルを五分設ける。模擬戦終了後、回収班所属の整備科生徒や航空部やロケット研、弱電などを交えて意見交換を行うから、終わったからといって直帰しないように。私からは以上だ」

 

 岩崎がそう締めくくる。彼女の背後でフランシィ先生が満足そうに繰り返しうなずいていた。

 

 

 観覧席に移動した私は左隣に岩崎、右隣に(ケイ)という配置だった。(ケイ)が私を防波堤のように扱っている気がしたのだけれど、腐れ縁が元で航空部に出入りしている私は都合の良い存在なのだろう。私としても(ケイ)が岩崎に毒される姿を見たくなかったので、Win-Winの関係だと思っている。

 岩崎の横には神島先輩ではなく兜鉢が座り、その隣に更識さんがいた。

 岩崎としては後進育成のつもりなのか、ずっと毒牙を隠し続けているように思えた。

 アリーナ中央にリカバリーがいる。今回は転輪付きデッキではなく尻尾を装着している。尻尾の接地面はソリになっており、抵抗を軽減した形状になっていた。今回は破損したISや乗員を回収する目的ではないため、バランサーの役目を担った部品に取り替えられていた。

 

「大人と子供みたい」

 

 アリーナの中央で二機のISが対峙(たいじ)する。一方は三面六臂(さんめんろっぴ)の異形、もう一方は半露出型装甲を採用し、両肩の浮遊装甲を兼ねるスラスターを羽のように広げた白式である。菱井インダストリー対倉持技研という構図だった。

 (ケイ)が指摘したようにリカバリーは白式と比べて二回りは巨大だった。浮遊装甲の代わりに背面から伸びたロボットアームが巨大な防盾を()している。

 織斑は無機質な三面カメラを見上げる形になっていた。

 リカバリーが全身装甲を採用しているため、コックピットの様子を中継できるようになっていた。モニターの一部には霧島先輩の顔が映っている。コックピット内が非常に明るい。すべての投影モニターを灯しており、特筆すべきは霧島先輩がフットペダルやスイッチ類を操作している点にあるだろう。セシリア嬢や篠ノ之さんは目を丸くしていた。

 

「IS……?」

「あのコックピットは何だ?」

 

 それを聞いた岩崎が誇らしげに鼻を鳴らした。おどろく姿を見つけて楽しくて仕方ないのがよくわかる。

 見慣れた私は特におどろきを感じなかったけれど、慣れない人には奇異に映った。ロボットアニメのようにスイッチ類を操作する姿は、ISの常識と掛け離れていた。

 

「重機用の操作らしいですよ」

 

 私はフォローを入れたつもりだけれど説得力がなかった。二系統の操縦が可能なISは世界を探してもこの機体以外にない。航空部で聞いた話だと、玉座の王は普通のISと同じ操縦系を使うので、私の認識は間違っていないはずである。

 先ほどから岩崎がククク、と不気味に喉を鳴らしている。しきりに肩を揺らす姿は「説明しよう!」と言いたくてたまらないように感じた。

 

「よろしくお願いします」

「……こちらこそお願いします」

 

 霧島先輩と織斑が挨拶を交わしている。織斑は霧島先輩と話をするのは初めてだけれど、普段と様子が変わらない。訓練ではないためか、リラックスしているように見えた。

 対して織斑の方が緊張している。重装甲の異形のISを前にして、どう攻めるか考えているようだ。

 

「では試合開始してください」

 

 フランシィ先生の声がスピーカーから響いた。模擬戦開始の合図だった。

 

 

 白式は雪片弐型以外に武装を持たないことから、どうしても接近戦に限られてしまう。

 しかも単一使用能力を使用すると、自身のシールドエネルギーを対価とするため、自然と使用回数が限られる。

 白式はスラスターが羽を広げたような形状から分かるとおり、瞬発力にすぐれた機体に仕上がっていた。織斑もそのことを理解しているのか、一度距離をとり、きめ細かい動きで霧島先輩を幻惑するかのように動いた。

 リカバリーは時速八〇キロまでならば加速できる。しかしそれ以上が難しい。他の一般的なISと比べても機動力を犠牲にしていることが分かる。ISとしてではなく、戦車回収車としての用途を意識していることから過剰とも言える防御力を備えるに至っており、最高速度を出すことよりもむしろ、ロボットアームを含めた合計六本の腕を使った作業性を重視していた。

 霧島先輩が三面カメラとハイパーセンサーを両方を使い、白式の追尾を行う様子がモニターに映し出されていた。

 霧島先輩は白式が接近しなければ脅威になり得ないことを知っている。同時に懐に潜り込まれる危険性を承知しているのか八の字走行をしながら一二〇ミリ滑腔砲を実体化させた。

 

「行進間射撃だ……」

 

 (ケイ)が霧島先輩の意図を察してつぶやく。

 行進間射撃とは戦車などが運動中に射撃することを指す言葉で、命中には高度な射撃管制装置や照準装置、兵員の練度が要求されることで知られている。富士総合火力演習の際に発射音をサンプリングしたと思われる轟音(ごうおん)がスピーカーから響き渡った。

 

「うわっ」

 

 私は驚いて耳を塞いだ。霧島先輩は回収班で最も練度が高いパイロットらしく、織斑が突っ込むような気配を見せたところに一二〇ミリ弾が放って見せた。もちろん演習モードなので実際の弾丸は撃ち出されていない。しかしハイパーセンサーは砲弾が実在するものとして動作していた。

 画面に激しいエフェクトがかかる。織斑が慌てて進路を変えたものの驀進(ばくしん)する砲弾がスラスターを(かす)ったと判定された。

 

「嘘だろ……」

 

 開放回線を通して織斑のつぶやきが漏れた。

 判定では右スラスター小破である。白式のシールドエネルギーが五%減少となっていた。

 リカバリーに違和感があり、私は遠近感が狂ったのかと思って目をこすった。

 

「あれ? 普段見るのより砲身が長い」

「やっと気付いたのか」

 

 岩崎がしたり顔で言った。四四口径ならば約五.三メートルだが、今持っている滑腔砲の砲身は六メートルを()えていた。

 

「今回は五五口径砲を使っている。どうせ演習モードなら普段は使わないものを使え、と回収班に言ってある」

「岩崎先輩の差し金ですか。でも、あれ? 普段使っていないなら、霧島先輩も使えないんじゃ?」

「井村や雷同ならそうだろうが、霧島の総搭乗時間を知っているだろう」

「とっくに訓練済みなんですか」

「霧島の訓練好きは菱井でも有名だからな。いろいろ教えてある」

 

 モニターに目を戻す。自動化されているとはいえ、一二〇ミリ滑腔砲の弾丸装填時間の間隔が長い。織斑はすぐさま距離をつめ、リカバリーの側面につく。

 リカバリーの方向転換が間に合わない。白式の進路を防盾が阻む。白式が零落白夜(れいらくびゃくや)を振り抜く。

 

「来たか!」

 

 岩崎が身を乗り出した。目を輝かせて威力を確かめる。防盾の表面に引き裂かれた傷跡がくっきりと残されていた。

 間に特殊繊維を織り込んだ厚さ一〇〇ミリの鋼板は雪片弐型の攻撃を受け止めきれなかった。鋼板が端から中央付近まで切り裂かれ断面が赤熱している。特殊繊維がまとわりつく蜘蛛の糸のように雪片弐型の刃の先に絡みついていた。が、剛性の限界に達して次々にちぎれていった。

 織斑の表情から突っ込みが中途半端だったことがわかる。が、刃を振りなおすだけの間がなかった。砲座が円弧を描いて横を向いたため、白式が再び距離を取る。その進路上に一二.七ミリ機銃の弾丸が放たれる。

 空砲を撃っているだけなので見た目は心許ないが、当事者の臨場感は異なる。ISコアを介してCG映像が提供されており、その映像がモニターに映し出されていた。

 一二〇ミリ滑腔砲の射撃準備が完了する。リカバリーが増速し、尻尾を激しく振りながら横滑りするように土煙を立てた。

 白式がジグザグに飛ぶ。リカバリーが砲を構える。

 コックピットの映像を見ると、霧島先輩がモニターを指で白式の軌道をなぞる。蛇行しながらの砲撃。再び轟音が響く。

 

 

「接近戦しかできないって、ものすごく不利じゃないか」

 

 私は改めて実感したことを口にする。岩崎は「何を今さら」と言った風情で、兜鉢から受け取ったノート型端末のキーボードをたたいていた。

 白式がIS用シャベルで殴り飛ばされる光景を目にする。篠ノ之さんが思わず顔を背けた。

 

「まあ、予想通りだな」

 

 岩崎が淡々と応じる。

 

「飛んで突っ込むだけだから読まれやすい。突撃に慣れていない相手ならあれでも大丈夫だが、代表候補生や霧島たちは鉄火場に慣れている。あいつらから見たら単調な直線攻撃だよ」

「だったら変化をつければいいじゃないですか。セシリアさんが教えてる技とかがあるじゃないですか」

「もしかして無反動旋回(ゼロ・リアクトターン)三次元躍動旋回(クロス・グリッドターン)か? あれは空中格闘戦で使ってこそ意味がある。砲台の前では無意味だ」

 

 岩崎は零落白夜の直撃を受けた防盾に埋め込んだ素子の反応を確認していた。指先だけ別の生き物のように動かす岩崎に質問した。

 

「どうやったら解決するんですか」

「最低でも瞬時加速を覚えよう。この前、甲龍(シェンロン)とタイマン張った……やけに筋が良い奴がいただろう」

「しのぎん……小柄鎬ですか」

「その小柄だ。緊急回避と奇襲用に瞬時加速を使っていたから。せめてあれぐらいにならないと部室棟の掃除だな」

「……部室棟ってそんなに汚いんですか」

「私は運動部じゃないから詳しい状況までは知らん。ろくなものではない、とだけ聞いている」

 

 私はがっくりと肩を落とした。三組の兜鉢は心配そうな顔つきをして見せた。だが、他人事なので目が笑っている。

 

「整備科に申し送り事項を伝えておく。旋回時の不安定性が少しは軽減されるはずだ」

「……重ねがさね申し訳ないです」

「いいよ。データを取らせてもらってるから。零落白夜を見ることができたから私的には満足している」

 

 岩崎は手を止めて私を見つめる。私がチラとノート型端末に目を落とす。書きかけのレポートがあり、箇条書きで白式の問題点と解決方法と思しき記述が見て取れた。横から兜鉢が岩崎の手元をのぞき込んでいる。岩崎が気付いて解説を加えていた。

 

「ぼんやり見ててもいいが、いずれカバチもこれぐらい書けるようになってもらう」

「ええっ!」

 

 兜鉢だから略してカバチである。兜鉢は顔面を真っ青にして悲痛な叫びを上げた。航空部の上級生はことごとく性格が破綻しているとはいえ頭と外見だけは良い。雑用や機材の使い方ばかり覚えさせられている兜鉢だけれど、意外と期待されているのかも知れなかった。

 岩崎は思い出したように手を打った。

 

「そうだ。織斑君には銃の扱い方を覚えてもらおう。縁日でおっちゃんを泣かせるぐらいになれば上出来だ。サバ研が電動ガンを複数所持していたはず。連絡してみるといい」

「……適当なことを言ってませんか」

 

 私の言葉に憤慨したのか、岩崎の口調が強くなった。

 

「馬鹿なことを言ってもらっては困るね。白式に覚えさせるためだ。専用機には自己進化プログラムが組み込まれていることについて、概要くらいは習っただろう」

「確かに先日の授業で教わりました」

「うまくいけば飛び道具が使えるようになる。織斑君が望めば、だがな」

「……そんなんでうまくいきますか」

「専用機は搭乗者の願いを(かな)えるロマンがあるんだよ」

 

 岩崎が目を輝かせる。

 

「じゃあ玉座の王は専用機にしないんですか?」

 

 この呼び方は私が勝手に使っているもので、航空部全員がてんでばらばらな名前を使っているため統一感がなかった。

 しかし、ちゃんと通じるのが怖いところである。

 

「うちがねかっこかりかっことじるだ」

 

 そして全員が持論を譲らない。兜鉢が私の顔をのぞき込んで口を開いた。

 

「先輩。あれって獅子王じゃないの? てっきり太刀の名前をつけたとばかり」

「呼び方はどうでもいいです」

「……あれは専用機にはしない」

 

 多用途炸裂弾頭ミサイル(MPBM)という殲滅(せんめつ)兵器を搭載していれば慎重にもなるはずだ。実際岩崎の表情は先ほどまでのにやついた嫌らしさが消えていた。先日の説明からすると、ISは攻撃に耐えきってもその周囲が吹き飛ぶようなニュアンスを漂わせていたので、専用機どころか複数人で稼働させるのもダメではないだろうか。

 よくロボットアニメで定番の強奪イベントが発生したら真っ先に盗られそうな場所に置いている。学園の地理からすれば航空部部室が一番わかりにくい場所なのは事実だけれど、特殊部隊が突入したら危険なのでは、と私は妄想していた。

 

「航空部のISの機能試験だが、連休明けにやることにした。テスターはそれぞれISスーツを持参してくれ」

 

 兜鉢が緊張した面持ちになった。

 

「……先輩。素人がさわっちゃってもいいのかなあ」

「カバチ。何度も説明したが、素人だからいいんじゃないか。更識なんて本来の手順を省略して動かしているから、操縦手順の確認にならない」

 

 岩崎がノート型端末を閉じて両腕を組む。

 私が手を挙げた。

 

「あの……今のって、私たちが授業で習っている手順と更識さんが使ってる手順が違うってことですか?」

「違うね。更識は動作にしても倉持技研が用意したプリセットデータを使用せず、独自に最適化したものを使っている」

 

 兜鉢と私はそろって首をかしげた。「なになにー」と(ケイ)も首を突っ込んできた。

 

「また何でそんな面倒くさいことやってるんですか」

 

 私が素直に疑問を口にする。(ケイ)も気になったのか、覆い被さるように体を密着させてきた。

 

「もちろん打鉄の反応が更識の想像するものとずれているからだ。ギャップの是正だよ」

「あのー。それって専用機だとそういうことは起こらないのでは?」

 

 (ケイ)が横から舌足らずな声で口を挟む。岩崎が(ケイ)を見てにやりと笑ったので、私は思わずひるんでしまった。

 

「専用機ならISコアが独自に最適化を進めるから、ギャップがあっても是正される。だが、量産機は人間の手で是正してやらなければならない」

「へえー。パイロットの成長に合わせてISも成長するんだねえ」

「君の言うとおりだ。……ええっと名前は?」

(ケイ)と呼んでくださいよー」

 

 (ケイ)がだらしない笑みを浮かべた。

 

「で、更識が何でそんな面倒なことをやっているかと言えば、打鉄では処理が追いつかないからだ」

「処理が……追いつかない? 量産機ならではの問題ですか」 

「そうだ」

 

 私の答えに岩崎が同意した。

 

「更識が打鉄を使うと、性能の限界まで酷使するから部品の摩耗が激しいんだよ。自己修復機能があるから、そこまで気にしなくていいけど、やはり負担がかかっている事実は変わらない」

「打鉄弐式のテストが終われば晴れて専用機持ちに昇格するのかー。いいなあ。私も専用機が欲しいですよ」

 

 私はIS学園の者なら一度は口にする文句を言いはなった。専用機を持つことがIS学園のステータスみたいなものだから、これと言った深い意味はない。せいぜい在学中の実技試験も搭乗時間が不足して困るような事態にはならない程度に軽く考えていた。

 

 

 岩崎やロケット研を始めとする先輩方から解放されたとき、既に一八時を回っていた。

 岩崎による情け容赦ない突っ込みを受けて、みんな疲れた様子である。織斑には連休明けに整備科に行くように口酸っぱく言われ、首を縦に振らされていた。連絡先メールのアドレス欄にサバ研が含まれていたことから、織斑が射的を覚えるのは確定らしかった。

 

「……課題が増えた」

 

 織斑が携帯端末に指を滑らせて箇条書きとなった課題表を表示させた。先輩方は織斑を支援する私たちにもアドバイスや改善点を提示している。

 連絡通路をかたまって歩いていたら前方から山田先生が小走りに近付いてくるのが見えた。

 私たちたちは挨拶をするべく口を開いたけれど、それよりも早く山田先生が声を上げた。

 

「篠ノ之さん! よかった……こっちにいたんですね……」

「先生?」

 

 篠ノ之さんが怪訝な顔つきになった。山田先生は息づかいが荒く少し走ったと思われた。

 彼女は篠ノ之さんの手を取ってこう言った。

 

「倉持技研から篠ノ之さんに電話が来ています。篝火(かがりび)ヒカルノさんという方からですっ!」

 

 

 


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