少女Aの憂鬱   作:王子の犬

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良いサブタイトルが思いつきませんでした。


★17 キワモノ

 翌日の朝。ランニングの直後だった。肩で息をしながら柔軟のため自室に戻る途中、廊下で凰さんとばったり出くわした。私は努めて平静を装った。

 

「……あっ」

 

 凰さんが私を見るなり瞳に警戒の色を浮かべた。

 

「おはよう」

 

 そう言って目礼をすると、昨日渡した箱の事を思い出したのか凰さんの顔が真っ赤になった。彼女は両肩を小刻みに揺らして、何か伝えようと唇の形を変えたまでは良かったけれど、うまく言葉に表すことができなかった。

 

「昨日はよく眠れた?」

 

 私は当たり障りのないことを聞いた。隣で(ケイ)が顔を背け、口に手をあてながら体を揺らしているのが気になったけれど、あえて無視を決め込んだ。

 しばらくこのネタでいじられるのは避けられない予感がした。セシリア嬢から小言を言われることは間違いないから、子犬ちゃんとウェルキン先輩から取りなしてもらうことにしよう。ウェルキン先輩は意外とはっきり物を言うから寝取れ、などと無茶な指示(アドバイス)を出してはいないだろうか。ダリルさんのような非処女ならともかく、大多数の処女には無理な話である。

 私はそんなことを考えながら目を逸らす凰さんの様子を観察した。初心な姿に、彼女は男性経験がないんだろうな、と勝手に想像してみた。

 

「も、もちろん眠れたわよ……」

 

 真っ赤になったままぼそぼそとしゃべる姿が意外とかわいらしいことに気がついた。多少目尻がきつい印象を与えるものの、同年代の女子としては破格の美貌である。もう少し背丈が伸びれば胸囲など気にする必要がないくらい、いろいろな服の着こなしが様になるはずだ。私は彼女の胸部を穴が空くのではと思うくらい強く見つめた。

 その視線に気付いた凰さんが、自分の胸を守るように手をあて、目を丸くしながら一歩後ずさった。

 

「わ……わたしの胸を見てたわね」

「いやー。私もそんなにないからさ。仲間だと思ったんだよ」

 

 何度も繰り返すけれど、私としのぎんの胸囲はカップやアンダーなどまったく同サイズである。風呂場で私の裸体を凰さんも見たはずだった。そのためどんな体形か把握したはずだ。一言付け加えるなら、凰さんよりはわずかに大きいのは事実だった。

 私が手を伸ばすと警戒したように後ずさった。少し涙目になっているのが妙に気になった。凰さんは言った。

 

「あ、アンタ……あのオーストラリアの代表候補生と……その、えっと、あんたんとこの()と金髪みたいな……関係なのよね。……あ、あたしはその気はないからねっ!」

「は?」

 

 今、彼女は何と言っただろうか。

 

「あの、何とおっしゃったのか理解できませんでした。もう一度お願いします」

 

 ()が子犬ちゃんで、金髪がセシリア嬢のことだとわかった。その前がよく分からなかった。まるで脳が理解を拒んでいるかのようだった。

 

「ダ、ダリル・ケイシーとそういう関係なんでしょ。あたし聞いたんだからねっ! 談話室でアンタがお姉様って言ってるの」

 

 彼女が何を言っているのか理解したくなかった。まさに斜め上の最悪の展開である。こんなことになるとは予想もつかなかった。セシリア嬢と子犬ちゃんへの誤解を解かなかったことへの罰だろうか。

 

「確かにお姉様とは言ったけど……凰さんが思っているような理由じゃないです。本当に、神仏に誓って」

「心にやましいところがある人って、必ず言い訳するんだけど」

 

 あの場で洒落(しゃれ)っ気を出してお姉様方なんて言わなければよかった、と後悔していた。

 

「胸を揉まれてもその場で抗議してなかったじゃない」

 

 脱衣場で抗議したけれど、あの場に凰さんはいなかった。凰さんが知りうる情報を総括すると私がダリルさんと良い仲だという発想の飛躍が可能だった。

 

「あれはタイミングを逃したからで、あとでちゃんと抗議しましたよ」

「あたしは見てないわ」

「……そりゃあ凰さんはいなかったですけど」

「じゃあ、あたしは部屋に戻るから。先輩とお幸せに」

 

 公衆の面前で箱を渡したことに加え、みんなの前で「織斑とやりたいんだよねっ!」と言ったのが特にまずかったらしい。互いに好き合う男女ならエッチくらいするのが当たり前だし、その場の雰囲気に流されて産婦人科に行くようなことだけは避けて欲しい、というささやかな願いを込めていた。

 それ故、私は叫ばずにはいられなかった。

 

「誤解ですって! やめっ……行かないで! 凰さん、いやあああ!」

 

 私はこの世の絶望を一身に背負ったかのような表情で凰さんの背中に訴えかける。彼女は聞く耳を持たなかった。隣で(ケイ)がずっと笑いっぱなしだった。

 

 

 私が失意のまま登校すると、生徒玄関前に大きな張り紙が掲示されていた。表題はクラス対抗戦(リーグマッチ)日程表である。

 

「えーちゃん。えーちゃん。クラス対抗戦の日程表が出てるよ」

「知ってる。今見てる」

 

 (ケイ)が手招きをしていた。目に止まりやすい場所に達筆で巨大な文字が書かれていれば誰だってすぐに気がつく。

 私は素直にはしゃぐ気分になれなかった。結局レズだという誤解を解くには至らなかった。挙げ句の果てに(ケイ)などは「付き合っちゃえばいいんだよ」とその場のノリで適当なことをのたまったので、私への疑惑が増しただけだった。

 

「へえ。一組が最初なんだ」

 

 日程表では一組は第一試合、第四試合、第五試合を戦うことになっていた。全部で六試合の総当たり戦。一組は二組、三組、四組の順番に試合を執り行う。一組以外は代表候補生というある意味鉄板の布陣だったので、下馬評では「一組最下位確定なるか!?」という見出しが掲載されていた。

 二組のクラス代表が凰さんに交代した今、一組が優勝する可能性は限りなくゼロに近かった。一組と二組が専用機を保有している。しかし専用機だから試合に勝てると楽観できる状況ではなく、量産機に食われる可能性が大いにあり得た。更識さんが築いた過去の実績は打鉄によるもので、一年生の中では最も総稼働時間が長く、しかも打鉄に乗っている時間も長い。更識さんが新型の専用機を受領していた方が勝ち目があるとささやかれる程だった。それほどに隔絶した技量の差が存在した。

 一組は織斑で行くと決めていた。当日までに彼の実力を少しでも伸ばしてやることが部室棟の掃除から逃れるための必須課題となっていた。

 

「アリーナは一つだけなんだね」

 

 今回はすべての試合で第三アリーナを使用することになっていた。試合間の休憩時間を考慮すると化学処理班がアリーナを封鎖するのではなく、回収班が地面の穴を埋め戻すだけの時間しか確保されていなかった。

 私の顔をのぞき込んできた(ケイ)が舌足らずな調子で話しかけてきた。

 

「ねえねえ。えーちゃんの知り合いでIS使うのがうまい人っていないかな」

「いるけど。これまたどうして」

 

 (ケイ)は深刻な顔つきになる。

 

「このまま行くとわたしたち部室棟の掃除だよね」

「そうなるだろうね」

 

 今の状況で優勝できるよね、とのたまったら頭の中がお花畑だと言ってやりたい。半年間デザートフリーパスどころの騒ぎではなくなっていた。

 (ケイ)は眉根をひそめた。

 

「織斑くんに経験値をつませてやりたいんだよ」

(ケイ)も一応経験者だよね」

 

 私は彼女が代表候補生の候補であることを踏まえて発言した。

 

「うん。わたしが教えてやれるのは近距離から中距離での戦闘かな。リヴァイヴを借りればなんとか。本当はメイルシュトロームかテンペスタがあるとよかったんだけど」

 

 (ケイ)の戦闘機動がどんなものか少し興味がわいたけれど、ひとまず知り合いの顔を片っ端から思い浮かべていた。

 

「弱電の先輩はみんなISの操縦がうまくないって自己申告してたからなあ」

 

 最初にパトリシア先輩たちの顔が浮かんだ。しかし本人が操縦関係の成績が下から数えた方が速いと言っていた。気を取り直して、話を持って行きやすい人たちを思い浮かべる。

 

「……キワモノでよかったら伝手(つて)があるよ」

 

 (ケイ)が不思議そうに聞き返してきたので、私は「キワモノ」だと強調した。

 心当たりは二つあった。回収班と航空部だ。好奇心から回収班のISが戦闘機動を見てみたかった。そして航空部のISが本当に動くのかを知りたかった。

 

 

 私は先に登校していたセシリア嬢に声をかけた。

 

「おはよーセシリアさん」

「おはよう。あら、今日は少し遅かったのですね」

「玄関前にクラス対抗戦の張り紙あったでしょ。あそこで少し(ケイ)と雑談してたんだよ」

 

 ねー、と言って横を見やると、(ケイ)が笑顔でうなずいた。

 

「セシリア嬢もアレ、見た?」

「見ましたわ。日程が公開されただけですから、少し立ち止まって眺めただけですわ」

 

 私が聞くと、気のない素振りで金髪をかきあげた。私はにやにや笑いながら腰を折って、セシリア嬢に顔を近づけた。

 

「見たならさ。織斑の強化に一枚噛んでみない?」

「また……変なことを(たくら)んでいませんこと」

 

 セシリア嬢は胡乱(うろん)な瞳を向けた。私としては、変なことの企画力は鷹月の方が上だと勝手に認識している。私の方が企画の失敗率が高いので目立つだけだった。

 

「単にこのまま行くと部室棟の掃除になっちゃいそうで、心配しているんだよ」 

 

 私は慌てて手を振りながら答える。セシリア嬢も思うところがあったのか、顔をしかめた。

 

「テニス部は綺麗(きれい)にしてますから。恐れるようなことはありませんわ」

「そうだと信じたいけれど」

 

 今度は私がセシリア嬢に向かって胡乱な瞳を向けた。彼女の部屋を見る限り散らかっていることはありえなかったけれど、テニス部の部室以外を掃除することになってもおかしくはないので、警戒を厳にした方が後で精神的外傷が浅く済む。

 セシリア嬢はため息をついた。

 

「聞きましょうか」

「とりあえず織斑に試合経験を積ませたいんだよね。本人の意思を尊重するつもりだけど、総稼働時間の差を簡単に埋められるとは思っていないんだ」

「当然ですわね」

「そこで実力がある人と模擬戦を組んでみようかなと思いました。ウェルキン先輩あたりなんかどうでしょうか」

「おすすめできせんわね。むしろトラウマになりかねないですわ」

 

 セシリア嬢が即答した。強い瞳を向けて口を開いた。

 

「彼女は強すぎますの。単純な格闘能力だけで言えば各国の代表候補生の中でもトップクラスです。今の一夏さんでは瞬殺されて経験を積むどころではありませんわね」

 

 接近戦無双のあだ名は伊達(だて)ではなかった。織斑のIS操縦の訓練に一番付き合っているのはセシリア嬢だから、彼の実力をよく知っていた。その上でウェルキン先輩の実力と照らし合わせていた。

 

「つまりもう少しレベルを下げろ、と」

「そういうことですわ。自分の立ち位置を確かめたいのなら挑むのは構いません。ですが、それを決めるのはあなたではなく一夏さんですわ」

 

 私は肩を落とした。今は根回しを進める段階で、今晩にも織斑に提案してみるつもりでいた。

 セシリア嬢が(ケイ)を見つめて言った。

 

(ケイ)にも手伝わせなさいな。彼女なら仮想敵の役目をこなせますわ。それ相応の実力がありますから」

 

 その一言に感激したのか(ケイ)の目がきらきらと輝いた。後ろからセシリア嬢に抱きついた。

 

(ケイ)、およしなさい!」

 

 愛情表現なのか頬をすりつける(ケイ)鬱陶(うっとう)しそうに振り払おうとするセシリア嬢を、私は冷静に見下ろしていた。そして素直に感心していた。

 

「セシリアさんがそこまで言うんだ」

「国籍の関係で(ケイ)もイギリス代表になる権利を持ってますから。競争相手になるかもしれない相手の情報を集めるのは当然ですわ」

 

 実は(ケイ)のことを高く買っているのではないだろうか。私は身をよじって逃れようとするセシリア嬢の姿をにやけた表情で見守っていた。

 

 

 昼食前に姉崎に一通メールを送った。内容はリカバリーの模擬戦についてで、少し興味があった。すぐに返信がきた。

 

「再設計者がデータを取らせてくれ、と言ってきた。構わないか……ね」

 

 私は少し考えた。回収班が企業とつながりがあるにしては話が早すぎるのではないだろうか。メールを送ってから五分も経過していなかった。

 私は文面に「構いません」と書いたら、ほどなくして今度は携帯端末が振動した。電話着信のアイコンが表示されている。

 

「ありゃ。姉崎先輩だ」

 

 私が携帯端末を耳にあてた。姉崎の声が聞こえてきた。

 

「やあ。今は大丈夫かな」

「もう少しで食堂に向かいますが、大丈夫ですよ」

「そうか。よかった。さっきのメールの件について話したい」

「何か問題でもありますか?」

「こちらとしては演習モードでよければ問題はない。ちょうどリカバリーの再設計者が居合わせていてね。白式(びゃくしき)との対戦データが取りたいと申し出てきた」

「菱井の技術者が学校訪問してるんですか?」

 

 時々企業の営業や技術者が訪問すると聞いたことがあった。それにしては姉崎の様子がおかしかった。

 

「いや、そうではない。そうではないのだ」

 

 姉崎の声が震えている。もしかして調子が悪いのだろうか。私は気遣うつもりで受話器に語りかけた。

 

「声が震えてませんか? 大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。今、電話を替わる」

 

 そう言ってゴソゴソと音がして、姉崎と誰かの話し声が聞こえてきた。

 

「……ん。誰だろ」

 

 私はまだ聞こえないだろう、と思ってつぶやいた。菱井の技術者ではないと言っていた。それでは誰なのだろうか。

 

「もしもーし」

 

 やはりゴソゴソという雑音が聞こえてくる。しばらくて相手の息づかいが聞こえてきた。

 

「よう……。私だ」

「うげっ」

 

 聞きたくない声を聞いてしまった。思わず受話器を耳から外して番号が姉崎のものであることを確かめた。無視をしたら、後でどんなことをされるのか分からなかったので、恐る恐る携帯端末を耳にあて直した。

 

「……驚きましたよ。岩崎先輩」

「その割には嫌そうな声が出ていたな」

「まさか先輩に代わるとは思っても見なかっただけです。他意はありません。……というか先輩の設計なんですか。アレ」

「ああ。手短に話そうか。リカバリーを使った白式との模擬戦だが、私としてはデータ収集がしたい。白式は現状において近接格闘しかできないピーキーな機体だが、一応第四世代機という触れ込みだからどのようなものか興味が湧いてね」

 

 岩崎は機嫌がよいのか声が弾んでいた。

 

「第四世代とかなんかすごそうですね。あ……でも、模擬戦やるの確定じゃないですよ。先に根回ししているところです」

「なあに。乗るさ。織斑はクラスメイトの申し出を断るような柔な男ではあるまい」

 

 岩崎の確信めいた口調に気のない返事をした。もちろん断るつもりはなかった。データを取る代わりに何かしらアドバイスがもらえると踏んでいた。

 

「機材と一緒に航空部全員で出向く用意がある。日取りが決まったら教えてくれ」

「あ、ありがとうございます」

「それと放課後になったらうちの部室に来なさい。いろいろ話がある」

「えー。私がですか」

 

 私はあからさまに嫌そうな声を出した。岩崎の口調は明るいままだったけれど、

 

「いやいや君には悪くない話だと思うんだ。ぜひ来なさい。反論は認めない」

 

 最初から有無を言わせるつもりはなかった。

 

「……いきますよ。いけばいいんですよね」

 

 断ると後が怖いので、いかにも不服そうに答えていた。

 

 

 放課後になってセシリア嬢や篠ノ之さん、そして織斑が第三アリーナへ入っていくのを見送った私は第六アリーナまでの道程を急いでいた。

 途中で更識さんが自転車で追い越していったり、上級生と思しき生徒が側道を原動機付

自転車で走り抜けていくのが見えた。

 

「いいなあ」

 

 私は風を切っていく姿に嫉妬を覚えた。校舎から第六アリーナまでの距離は長いため、行き来が大変だった。グラウンドを使用する運動部や水泳部などは校舎から近く交通の便が優れていた。しかし、航空部や滑空部をはじめとする文化系の部活はすべからく部室が遠かった。エンジンの燃焼実験を行う航空部やロケット研は特に遠い。別格として海洋調査研究会が海辺に部室を持っているが、産学協同の研究施設の一部を部室として間借りしていることもあってか航空部以上に遠かった。

 あまりの遠さに一年生の中でも移動手段に工夫を凝らす者が出ていた。更識さんや兜鉢はロケット研や滑空研に使いっ走りに出ることが多いせいか、航空部の自転車よく借りている。他にもティナがスケートボードを持ち込んで、時々ゴロゴロと音を立てて連絡通路を通り抜けていくのを目撃していた。

 

「やっぱり遠いんだよ。ティナを見習おうかな」

 

 私は一人でぼやきながら航空部の部室の扉を開けた。

 さすがに何度も顔を出していると玉座の王を見ても恐怖を感じなかった。慣れたというよりは、単にフェイスマスクが装備されて骸骨のような顔を拝まなくても良くなったのが大きかった。

 五式戦の側に展開された投影モニターの前で、変なスーツを着た兜鉢が妙なポーズを取らされていた。名前を知らない三人目の先輩が隣でしきりにうなずいているので何かしらのデータを取っていることには間違いなかった。余計な首を突っ込んだばかりに、とばっちりを受けたくなかったので、すぐに興味を失ったかのような素振りで目をそらした。

 奥で岩崎が手を振っていた。

 

「よう。来たな」

「来ましたよ。仕方なくですが」

 

 私はいかにも不服そうに唇をとがらせた。そのまま兜鉢を見ながら言った。

 

「彼女、何やってるんですか」

「操縦手段の新方式のテストをやってもらっている」

 

 よく見れば兜鉢の顔が真っ赤だ。恥ずかしいポーズを取らされている自覚があったらしい。

 岩崎は人の不幸を見ながら楽しそうに話した。

 

「操縦者のモーションをトレースして、その通りに機体を動かす画期的なシステムだよ。開発元によれば夢の巨大ロボットに搭載するつもりだとさ」

「テストなら、あんなポーズはさせなくともいいじゃないですか」

 

 兜鉢が両膝に手をついて、胸元を強調するような姿勢になった。残念ながら彼女にそれほど胸はなかったので寄せた意味はなかった。

 

「いやいや、あれでバランサーのテストになるんだよ。通常考えもしない動きをさせることで、人工筋肉の強度を図るらしい」

「そもそも巨大ロボットはどこですか」

 

 私は周囲を見渡した。

 

「さすがに持ち込めなかったので開発元の研究所にある。ただし四分の一サイズだが」

 

 岩崎が割と真剣な表情で言った。不満そうにため息をついていたので、本当に持ち込むつもりだったのではと思った。私は本題に移った。

 

「それでお話とは何ですか」

「君と兜鉢にこいつのテストをしてもらいたくってね」

 

 岩崎が顎で示した先には玉座の王が腰掛けていた。以前と形状が変わっており、脚部の装甲が増えていた。

 

「二年生がいるじゃないですか」

 

 私の指摘に対して、すぐさま岩崎が声を上げて反論した。

 

「試験監督という仕事があってだな。それにISの操縦に変な癖を持たない方が何かと都合がよい」

 

 岩崎が椅子に腰掛けて、足で地面を蹴って椅子を回転させた。

 

「癖ですか」

「そうだ。今のこいつは何も知らない赤子のような存在でね。打鉄やリヴァイヴのつもりで操縦されると非常に困る。それに出力が高すぎて制御できなくなる危険性もある」

 

 まじめな声音で答えながらも、回転の勢いが弱くなると再び地面を蹴った。

 

「ということは、今の状態で白式との模擬戦は無理ですよね」

 

 私は思いつきを口にすると、岩崎が即答した。

 

「無理だな。機能試験が終わっていない。パイロットも決まっていない。搭載武器の特性上、対戦者どころか周囲の人間までまきこんで殺しかねない」

 

 何やら物騒な話題が出てきた。しかし私は好奇心に抗うことができなかった。

 

「そんなに威力が高い武器を積んでるんですか?」

 

 椅子の回転を止めた岩崎が頭を振った。

 

「まあな。部員には話してあるからことだが、主兵装としてTLS(Tactical Laser System)と呼ばれるメガワット級化学レーザー砲ユニットと多用途炸裂弾頭ミサイル(Multi-Purpose Burst Missile)を採用した。さすがにこれだと危険極まりないから、副兵装として二五ミリチェーンガンを採用している」

 

 聞き慣れない単語を耳にしたためか、私は岩崎の説明をよく理解できなかった。

 

「そのTLSっていったい……セシリアさんが持っているような武器ですか」

「簡単に言えばレーザーソードだ。われわれはエクスキャリバー(Excalibur)と呼んでいる。照射回数に制限があってB.T.型みたいにバカスカ使えないのが欠点だな」

 

 岩崎がニヒルな顔つきになって嘆息した。私は率直な感想を伝えた。

 

「なんかキワモノ臭さがありますよね」

「キワモノ言うな」

 

 岩崎も自覚があったのか、眉根をひそめながら言い返してきた。岩崎のいかにも困ったような顔つきをしたのが新鮮だったので、面白がってさらなるキワモノを適当に口にしていた。

 

「そのノリだと支援車両と称して列車砲を作ってないですよね」

 

 すると突然岩崎が目を丸くした。そしていぶかしむように私をねめ回すと、急に人を殺しそうな冷徹な目つきになった。

 

「……その話をどこから聞いた」

 

 岩崎の様子がおかしかったけれど、私は地雷でも踏んだのかと思って軽く考えていた。

 

「思いつきですよ。昔、叔父がそんな感じのゲームをやってたんです」

 

 すると岩崎の雰囲気が元に戻った。気さくな調子で言った。

 

「列車砲なんて古くさい兵器は作ってないよ」

「ですよねー」

 

 アハハ、と二人して笑い合った。急に岩崎が咳払いをして、

 

「一応キワモノつながりなんだが」

 

 自分が開発しているISがキワモノであることを認めるような話し方で、私の肩に短い腕を回す。平べったい胸を押しつけた。

 

「実はもう一機、われわれから見れば真っ当な、ISしか知らない世代から見ればキワモノの機体が存在する」

 

 悪だくみをして悦にいるような雰囲気だった。私は聞かないとだめなんだろうな、と思いつつ岩崎の期待に応えることにした。

 

「いいんですか。そんな話を私にしちゃって」

「大丈夫だ。言ってもどうせ信じないだろう? キワモノだけに」

「なるほど。一理ありますね。で、どんな機体なんですか」

 

 私は玉座に座る王を一瞥(いちべつ)した。航空部でISを開発していること自体が生徒から眉唾(まゆつば)扱いされており、巨額の金銭が動いている割に生徒会が何も言ってこない現実からして、岩崎が誇張して話をしているものと考えていた。

 

「うちで作ってる先進技術実証機(ATD-X)というのがあってだな」

「うち?」

 

 岩崎の実家が四菱創業者一族だと知っていたけれど、このタイミングで聞き返さないと疑われるのであえて反応した。

 

「そういえば言ってなかったか。実家が四菱や菱井インダストリーの創業者一族で、四菱のIS関連企業には顔が利くんだ。こいつのエンジンもその伝手で入手した」

「思いっきり身内のコネじゃないですか。でも入手経路とか聞くと面倒そうなのでパスします」

 

 私は少し考え込んだ。記憶の引き出しから先進技術実証機についての情報を取り出した。

 

「待てよ。それって変な名前のやつですよね。ゲームに出てきそうな」

「その派生機に対してISコアを乗せて実験しているんだよ。しかも、こいつにはちょっとしたギミックがついているんだが……おっと。私が言えるのはここまでだな」

「まさか変形とか……いえ、そこまで言っておいてお預けですか。ずるいなあ」

 

 岩崎は列車砲の時とは違い、変形と聞いてうれしそうな表情を浮かべていた。

 

「ずるい言うな。公式発表を待てよ。そのうちお披露目があるから」

 

 その口ぶりから、私が知らないだけで公式発表された分の情報しか与えるつもりがないとわかった。せっかく航空部に来たので四組の状況も少し探ってみようと考えた。

 

「わかりましたよ。ところで、更識さんのISって開発どこまで進んでいるんですか?」

「クラス対抗戦には間に合わない。テストが済んでないからな……なんでそんなことを聞く?」

「いやあ……部室棟の掃除が嫌なんですよ」

 

 私が頬をかきながら苦笑すると、岩崎もつられて苦笑いした。

 

「……納得した。一応、機体の運動機能については試験がほぼ終わっている。倉持技研に依頼して打鉄改のデータを提出してもらったから随分とはかどったよ。ついでにミステリアス・レイディのデータも欲しかったんだが、私から刀奈(かたな)に頼んだらけんもほろろに断られたよ。整備科には見せるくせに私には一切情報を与えてくれないんだ」

「刀奈って誰です」

「生徒会長の旧名。家のごたごたで楯無なんて古風な名前を名乗っちゃいるが、似合わないだろ」

「そうですか? 刀奈でも十分古風ですよ」

 

 更識さんの名前に至っては「簪」である。旧家は古風な名前をつけたがるのだろうか。岩崎は再び地面を蹴って椅子を一回転させた。そして私をにらみつけてから口を開いた。

 

「お前がそれを言うか」

「……いや、そうなんですけどね。名字も昔からあるんだよって言われてるけど」

 

 岩崎が私の名前を連呼したので、さすがに恥ずかしくなって止めた。

 

「名前の件はいい。兜鉢に比べたら読めるだけマシだ」

 

 (しころ)なんて読めませんよね、と続けると岩崎も同意したようにうなずいた。

 

「ミステリアス・レイディに見られてまずい技術が使われているのか、あるいは部で作っているISに技術転用されるとでも考えたんだろうな」

「打鉄弐式に使うと言わなかったんですか」

「言うわけないだろ。技術を盗んだら国産機だと胸を張って言えなくなるじゃないか」

 

 岩崎の口ぶりからして国産にこだわっているように思えた。

 それに生徒会長とは仲が悪い彼女のことだから、と思ってあえて口にした。

 

「あの……もしかして生徒会長のISのことを嫌ってますか?」

「その言い方だと、私が既存のISのほとんどを嫌っていることになってしまうな。だいたいミステリアス・レイディは露出が多すぎる。私や四菱の設計思想に従えば既存の兵器の延長になってしかるべきだ。リカバリーなどは特にそうだ。半露出型装甲なんて私の趣味じゃない」

「今、趣味って言いましたね」

「そうだ。機体デザインも手がけているからな」

 

 岩崎がない胸を張った。私はユーザーの声を届けようと思ってあえて厳しい声音を作った。

 

「この場だから、はっきりいいますよ」

「言え」

「はっきり言ってセンスないです。最悪ですよ。リカバリーってめちゃくちゃ格好悪いじゃないですか」

 

 岩崎は自覚していたのか、顔を伏せて沈黙した。そして息を整えてから私を見返した。

 

「……機能美と言って欲しいな」

 

 私は携帯端末を取り出して画面を操作する。代表並びに代表候補生一覧から生徒会長の紹介を経由してISの欄を表示させた。

 

「ミステリアス・レイディって装甲が洗練されてていいじゃないですか」

「体が露出しているとかありえないだろ。全身装甲の方が格好いいじゃないか。それにシールドエネルギーがなくとも弾丸が防げるんだぞ。乗員保護への配慮が充実していると言ってくれ」

 

 開き直った物言いだった。私はある懸念を口にした。

 

「……まさか更識さんのISの外見をいじったりしてないですよね」

「それはない。信用して欲しい。私が触ったのは武装周りだけだ」

「え?」

 

 意外な答えに私は間抜けな声を出していた。岩崎が続けた。

 

「神島が大好きな五式戦を復元した一人なんだが、航空部の先輩に全方位多目的ミサイルシステム(All Direction Multi-purpose Missile)を打鉄に実装した人がいるんだ。その人が残したデータを使って、山嵐の制御が完成するまでのつなぎができるんじゃないかと思ってね。更識本人がミサイルが余っているから使えないか、と提案してきたんだ。だからレビューして実装の協力をしただけだよ。外見に変化はない」

 

 岩崎が投影モニターにメッセージがポップしたので、キーボードをたたいた。その姿を眺めていた私はあることに気がついた。

 

「あれ? 誰一人そんなミサイルを使ってるところを見たことがありませんよ」

 

 岩崎は起動したメーラーに向かってかしこまった文面を入力し、返信ボタンを押していた。そして学園の訓練機一覧から打鉄を表示し、選択武器一覧から誘導兵器の目録を表示させ、最下部までスクロールした。ボールペンを指揮棒代わりに持ち、椅子を回転させて私の顔を見上げた。ボールペンの背で投影モニターの一画面を指示した。

 

「この全方位多目的ミサイルの売りは最大一二目標に向けて同時発射可能な長射程の超小型多目的ミサイルを複数回発射できる、という点だ」

 

 全方位とはつまり甲龍の龍咆のように死角が存在しないという意味だろうか。私が話についてきていることを確認した岩崎が咳払いをした。

 

「これだけ聞けばとても便利に聞こえるんだが、まあ、洒落にならない欠点があってだな。至近距離の目標に対しての使用、また低空飛行や閉鎖空間内など機体の周囲に障害物がある場合だとミサイルの一部、または全てがロストしてしまう。この欠点のために誰も使いたがらなかったらしい。在校生でADMM(コレ)の存在を知っているやつは限られていると思う」

 

 何となくオチが読めてきたので、あえて質問した。

 

「もしかして対IS戦は、その至近距離の目標に該当するんですか」

「ご名答。最短有効距離が対IS戦に不向きな弾頭を使っているせいなんだが、比較的高速で推移するキャノンボールファストでもまったく役に立たない。障害物が多いのでミサイルが到達する頃には全弾ロストしたことが確認されている。当時の記録を読むと先輩本人がロマン武器だと言い切っている」

「うわー。いいんですか。そんなシステムを流用しちゃって」

 

 岩崎はボールペンを引っ込めて、胸の前で両腕を組んだ。背もたれに身を預けてやる気ない顔つきになった。

 

「どうせ繋ぎだし、いいんじゃないかな。対IS戦でミサイルを使うような場面なんてめったにないから」

「それって暗に山嵐は使えない、と言っていませんか」

「使えるならこいつにも実装してるよ」

 

 岩崎は振り返ることなく親指で玉座の王を指した。彼女の口ぶりから使えないと認めていた。

 

「その割に多用途何ちゃらミサイルなんて物騒なものを採用していますよね」

「多用途炸裂弾頭ミサイルだ。覚えにくいならMPBMでいい。こいつは威力が桁違いなんだ。IS単体を相手にするのではなく、ISを運用するプラットフォームごと殲滅(せんめつ)するのが目的だから多少使い勝手が悪くとも問題ないんだよ」

 

 MPBMがろくでもない武器だと何となく察しがついた。殲滅用だと言い切っているあたり深く突っ込むのはよそうとも思った。岩崎は再び画面に向かってキーボードをたたき、目前のISの実装済み装備一覧を表示させた。

 

「あ、これ言うのを忘れていたな。固定燃料を使った気化爆弾も実装してみたんだ」

 

 私は思わず噴きだした。彼女のあまりにも軽い言い方に面食らってしまった。

 気化爆弾は液体の急激な沸騰などによる膨張によって引き起こされた爆発現象を利用した爆弾で、加害半径は、一般的には数百メートルと推定され、広範囲に衝撃波を発生させ、特に人体に多大な影響を与えることで知られている。

 私はあわてて突っ込まずにはいられなかった。

 

「思いっきり殺す気満々じゃないですか。国際法的にまずくないんですか」

「実験機だし。学生のやることだし。()()()()だし。そもそも弾頭に燃料が入っていないから」

 

 岩崎はいかにも、ばれなければよい、といった顔つきをしていた。

 

「一応、手軽な近接用装備としてIS用シャベルとスリングを入れてある。現実問題としてMPBMを使うことはありえないから、代わりに何となくすごい武器らしきものを実装したかったんだ。TLSと二五ミリチェーンガンがあれば十分戦えるからね。ま、エクスキャリバーにしたってレーザー兵器は英国が先行しているし、レールガンはドイツが先行開発している。それに織斑先生が使っていた暮桜(くれざくら)には零落白夜(れいらくびゃくや)なんて反則能力があるんだから、もう何が来たって誰もおどろかないよ」

「……軽いなあ」

 

 岩崎は気にするだけ損だと言った。織斑みたいな男性搭乗者もいるわけだから、ありのままを受け入れるべきかもしれなかった。しかし変な物を見て変だと言える感覚は重要だった。

 岩崎はまじめな顔つきで言った。

 

「打鉄弐式は早ければ臨海学校あたり、遅くとも夏休み前までに引き渡せればいいと思っている。試験期間を長目に取っているからね」

「ちゃんと仕事してたんですね」

 

 私の物言いにむっとしたのか、岩崎が反撃を試みた。

 

「君はいちいち突っかかるな。そんなんだからレズ疑惑が晴れないんだぞ」

「え? なんで? 先輩が知ってるんですかっ!」

 

 私はうわずった声を出し、混乱の極みに陥った。

 

「今朝、寮の廊下で中国の代表候補生と話をしていただろ。ちょっとした有名人だから気になって、こっそり立ち聞きしたんだ」

「うわあああ……」

 

 終わった。いろいろな意味で終わった。私のバラ色の学園生活が百合色に染まっていく、そんな絶望だった。

 私は昼食前、彼女が姉崎と一緒にいたことを思い出した。

 

「まさか、姉崎先輩に私がレズに見えるか、とか聞いていないですよね」

「あれ、まずかった? 両刀使い(バイ)の意見が聞きたくて面白半分に教えた」

 

 岩崎は平然とした顔つきで言った。面白半分とか言っていたので、確信犯的なところがあったけれど、普段の怪人めいた表情ではなく、美少女然とした様子で首をかしげたにすぎなかった。

 私は狼狽(ろうばい)するあまり、両肩を大きく震わせた。目が泳いだ。(ケイ)の冗談めいた「付き合っちゃえばいいんだよ」という声を思い出す。

 有り体に言えば、今、人生の危機に(ひん)していた。

 

「私ってレズに見えますか」

「性癖ってものは人それぞれだからね。私はレズだろうが、ストレートだろうが、ありのままの君だと思ってるよ」

 

 椅子から立ち上がり、私の肩に手を置きながら話した。彼女は肯定も否定もしなかった。

 私は平常心を取り戻すべく深呼吸を繰り返した。

 

「先人は人の噂も七五日と言った。そのうちにみんな飽きてくるから。……ひと夏の過ちを犯してしまわないことを切に願うよ」

 

 岩崎が喉を鳴らしてククク、と悪人面で笑った。

 私は目の前が真っ暗になって、頭を抱えながら近くにあったテーブルに向かって突っ伏していた。

 

 

 




連絡通路の「遠い」という感覚は東京駅での京葉線乗り換えを思い浮かべて書きました。

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