少女Aの憂鬱   作:王子の犬

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回収班のオリISのお話。好き放題書いたのでほとんどネタです。
2013/4/3 指摘事項反映並びに文言修正


★11 菱井インダストリー製特車

 昨日送信したISスーツの意見書について早速返信が来ていた。休日にも関わらずご苦労なことだった。文面を読んでいると、近日中に感度を調整した新スーツを送って寄越すと書いてあり、フィットネス水着モドキの送付は不要とあった。一応デザインの改善も意見書に申し添えておいたので、できることなら学校指定のISスーツと同等のデザインに作り直してほしかった。臀部(でんぶ)と太股を露出して同級生からの微妙な視線から開放されたいと切に願った。

 姉崎から回収班のIS試乗会に誘われており、彼女からの転送メールには「〇九三〇、第三アリーナIS格納庫前に集合」と書いてあった。

 黒いフレアスカートを履いて髪に(くし)を入れる私を見つけたのか、(ケイ)の声が聞こえてきた。

 

「あれれ、今日はお出かけ?」

 

 当日の服装は自由とも書いてあったので、せっかくなら女の子らしく着飾ろうと考えた。もちろん姉崎にジャージ姿を見られたくないというのも理由の一つだった。

 

「街には行かないよー。回収班のIS試乗会に参加するだけー」

 

 それを聞いて(ケイ)は歯ブラシを加えたまま顔を出して、

 

「ああ。あのかっこわるいの」

 

 と口の端に白い泡をつけたまま言った。

 

「そ。かっこわるいやつ」

「ふーん」

 

 私も含めてだけれど、回収班のIS(リカバリー)について格好悪いだの、不細工だの散々な評価を与えていた。慣れてくると可愛く見えてくるとかそんなことはなく、不快感を催さなくなるだけで三面六臂(さんめんろっぴ)を採用した開発陣の美的センスへの疑念は晴れなかった。

 

(ケイ)も来ない? ISに乗れるチャンスなんてなかなかないよ」

 

 姉崎のメールに「飛び入り歓迎!」と書かれていたので、せっかくだから彼女を誘ってみた。

 

「ちょっと待ってね……予定どうなってたっけ」

 

 (ケイ)は少し考える素振りを見せてから携帯端末を取り出してメールを確認すると、厄介ごとを思い出したかのように顔をしかめた。

 

「ごめん! 今日、本国のIS委員会とビデオ会議だった……」

 

 両手を合わせて拝むように頭を下げた。

 

「そっかー。なら仕方ないか」

「本当にごめん。どこかで埋め合わせするからっ」

「いいよ。いいよ。突然無理言ったんだし」

 

 私は土下座しそうな勢いの(ケイ)に向かって、顔を上げるように言った。

 

 

 デイパック片手に回収班IS試乗会の集合場所に到着すると、しのぎんがいた。

 

押忍(おす)。おめかししてるねえ」

「おはよー。しのぎんこそ、昨日と格好違うし」

 

 今日のしのぎんは白いブラウスにネクタイを締め、太股の布地にたっぷり余裕を持たせ、膝下から細くなったパイレーツパンツと黒いニーソックスとの組み合わせだった。メッセンジャーバッグを肩に掛けていて、普通に可愛かったのでそこはかとなく負けた気分になった。

 

「やだなあ。えーちゃん。失礼なこと考えてる?」

 

 しのぎんが眉根をひそめたので、私はあわてて首を振っていた。

 

「めっそうもない。今日のしのぎんはかわいいなあ、とだけ」

 

 しのぎんは胸の前で両腕を組むと、首をややかたむけて少し怒ったように頬をふくらませた。

 

「その言葉、えーちゃんには言われたくない」

「どうして?」

「自分よりきれいな子から可愛いねって、お世辞に聞こえる」

「いやいやいや。私可愛くないって。よく印象が薄い顔立ちって言われるくらいだし」

 

 しのぎんの機嫌を損ねまいと小学生の頃から言われていたことを引き合いに出すと、彼女は顎に手を当てながら食い入るように見つめてきたので、私は反応に困って目を泳がせた。

 

「……確かに」

 

 何度も一人でうなずいていた彼女は、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でつぶやき、

 

「特徴がない。究極の普通だね」

 

 とさりげなくひどいことを言った。確かによくそう言われるけれど、これはこれで傷ついた。

 

「割と端正な顔立ち、か。最初に言った人は的を得てるわ」

「追い打ちとかひどいよ」

 

 私はしのぎんの胸を演技がかった素振りで軽く拳でたたいた。よく締まった体つきで、わずかに女の子らしい柔らかさがあった。

 ふと周りを見渡せば、参加希望者は私としのぎんを含めて一〇名もいた。茶道部の体験入部で見た顔がほとんどだったので、十中八九姉崎目当ての子ばかりなのだろう。私は姉崎の化けの皮がはがれる様を思い浮かべ、しめしめと黒い笑みを浮かべていた。

 私の邪念に満ちた顔つきを見て、しのぎんが安心したように鼻で笑ったのが妙に気になった。

 

「あの回収班に二桁も人が来るとかありえないんですけど」

 

 私は率直な感想を漏らすと、突然誰かに頭をたたかれた。前のめりになったので、半歩足を出して踏みとどまり、頭をさすりながら背後を顧みた。

 

「びっくりした。もう、誰です……」

 

 細い足首。紺色のソックス。制服と黄色のリボン。黒髪ロング。割と可愛い部類だけれど化粧をすればより映えそうな顔立ち。つまりどこにでもいそうな女の子。

 

「ああ。霧島先輩」

 

 霧島先輩が片手を腰に当て不機嫌そうな顔で、

 

「結構な物言いじゃないか。ええ?」

 

 とすごんできたので、私は恐縮して軽く頭を下げ、顔を上げてからお礼を言った。

 

「先日はありがとうございました。なんだかんだ言って送ってもらっちゃって」

 

 すると両腕を組んでそっぽを向きながら、照れたような声音に変わった。

 

「あれは先輩に頼まれたの。人望ゼロの変態どもの巣窟に飛び込んだ勇者一行が、ラスボスダンジョンに迷って餓死しないようにって」

「その報酬がケーキですか」

 

 私は手を揉みしだきながら、それはもう下衆な顔つきで言った。隣にいたしのぎんが二、三歩たじろぐほどの豹変(ひょうへん)振りだった。

 霧島先輩は少しの間沈黙してからばつの悪そうな表情になって、少しだけ声が上ずっていた。

 

「……何でそれを知ってるの」

「いえ、姉崎先輩本人がぽろっと言ってましたよ」

「あの人は……」

 

 霧島先輩は頬をふくらませた後、険しい目つきで親指の爪をかんだ。霧島先輩の中で姉崎の化けの皮がとっくの昔にはがれ落ちている様を垣間(かいま)見て、私はささやかな満足感にひたった。姉崎の人物像について人望があるのかないのかよく分からない印象を持っていたためだ。

 

「霧島先輩には感謝してますよ。あんな魔窟、心細くて入れませんよ」

 

 私は心の底から感謝していたので自然と笑顔になった。

 

「それなら」

「なんです?」

 

 霧島先輩が何か言いかけたので、私は次の言葉を待った。

 

「もしまひるんに会ったら、感謝の言葉を言っておきなよ」

 

 まひるんとは誰か。霧島先輩の友だちなのだろうか。

 

真宵(まよい)さん……航空部副部長の義妹(いもうと)が同じクラスだから。彼女から真宵さんに話をしてもらったの」

「へえ……神島先輩の妹さんかあ。そんな先輩がいるんですね」

 

 神島先輩の無表情を思い浮かべながら、その先輩の顔を想像してみた。やはり機械じみているのだろうか。

 突然、沈黙を守っていたしのぎんが話に割って入った。目を丸くしながらも興味津々な様子が見て取れた。

 

「先輩。それって神島(かみしま)真昼(まひる)先輩のことですか?」

 

 霧島先輩は愛想良くしのぎんに話しかけた。

 

「よく知ってるね」

「そりゃあもう! 有名人ですから!」

「しのぎん。その人ってそんなに有名?」

「専用機持ちの二年生を除いたら、ウェルキン先輩の次に強いって有名だよ? えーちゃん、知らない?」

「……いや、全然」

 

 私にはしのぎんが食いつく理由が理解できず小首をかしげた。霧島先輩は私としのぎんの反応の違いを見比べるように左右に視線を動かして、私に向かってヒントを出した。

 

「アリーナでよくサラと()ってるけど、見たことないかな」

 

 記憶の引き出しをひっくり返してみると、どこかで見たことがあるような気がした。ウェルキン先輩に接近戦を仕掛けるとはつまり、近づいたが最後、引きずり倒されて喉首をかき切られる覚悟を持ったタフガールに違いない。

 

「打鉄で実体盾を使う子って珍しいんだけど」

 

 私は実体盾と聞いて、山田先生に連れられて初めてアリーナを訪れたときに見た模擬戦を思い出していた。すると他の記憶もつながっていき、その先輩の顔を思い浮かべるにいたった。

 

「あの人か」

 

 今時珍しいポニーテールだから印象に残っていた。食堂でパトリシア先輩に話しかけては振られている人だった。

 

「時々パトリシア先輩と一緒にいるのを見かけますよ」

「パトリシア? ああ、パティのこと。そっかー……あの子と知り合いだったんだ」

 

 霧島先輩は感心したようにしきりにうなずいて、私に向ける視線が少しだけ優しいものに変わった。

 私がパトリシア先輩と知り合った理由について一言添えるべく口を開こうとしたけれど、ちょうどしのぎんが廊下の奥から近づいてくる足音に気付いて姿勢を正した。

 

「あっ、先輩方が来たみたい」

 

 その声に立ち話を一旦中断し、足音がする方向へと体を向けた。そこには制服の上にいつもの白衣を羽織った嫉妬したくなるほど粋な美人が立っていた。

 

 

 回収班に所属する生徒は総勢七名。内訳は三年生が四名、二年生が三名だった。

 IS格納庫に通された私たちは鼻を突くオイルの臭いに顔をしかめながら、パイプ椅子に腰掛けて異形のISを前に回収班の仕事を簡単におさらいした。姉崎は以前私に語ったように、模擬戦や試合でシールドエネルギーを失ったISとその搭乗者を回収し無事に安全圏へ待避することだと告げた。

 

「回収班は基本的にアリーナ内の仕事がほとんどだ。だが、訓練メニューの中には実戦を想定したものが含まれている」

「実戦……」

 

 実戦とは何か。実践とは何が違うのだろうか。姉崎が真剣な表情で説明したけれどしっくりと来なかった。

 一年生の一人が手を挙げた。

 

「すみません。実戦とはどのような状況を想定して話をされているのでしょうか」

「弾丸が飛び交う状況だ。陸地限定だが対IS戦闘、ならびに銃火器が使用されるような状況も含んでいる」

 

 以前軍事用ISがどうのと言っていたので、つまり戦争状態も想定にいれている。そうでなければ富士総合火力演習場で戦車砲や機関銃を撃ち込まれるような展開にはならない。

 

「なぜなら、この()()()()()()()()()()()()、リカバリーは」

「あのー。このISって倉持製じゃないんですか?」

 

 先ほど質問をした生徒が姉崎の言葉をさえぎった。姉崎は沈黙するなり指の腹で片眼鏡の位置を直すと、その生徒の質問の意図が理解できなかったのか苦笑する霧島先輩と井村先輩たちに顔を向けて、何事か視線で会話をしてから再び前を向いて咳払いをした。

 

「違う」

「いや、でも、……え?」

 

 倉持製ではないと断言されてほとんどの生徒が動揺した。特に姉崎に熱い視線を送っていた子のうろたえ振りがひどかった。そんなことじゃないかな、と思っていた私はすました顔で、隣で説明を聞いていたしのぎんを見た。

 

「……知ってた?」

 

 しのぎんは私と目を合わせるなり、

 

「当然」

 

 と気持ちいい笑顔で断言してみせたけれど、程なくしてにやけ面を浮かべた。

 

「倉持のウェブサイトには当然掲載されていないし、菱井インダストリーには戦車回収車の欄にこっそり載ってるよ」

「調べたの?」

「いや……調べたっていうか。好事家には有名っていうか」

 

 私の問いにどことなく歯切れの悪い様子を見せるしのぎんを不思議に思っていると、視野の裾で井村先輩が姉崎に耳打ちしていた。

 しのぎんはぼんやり眺めていた私の肩をたたき、小声でささやいた。

 

「手早く説明するけど、いい?」

「おーけい」

「んじゃ。五年前の国内次期主力IS選定コンペっていうのがあって、出品されたものの中で勝利確実と言われたISがあったの」

「どうせ打鉄じゃないの?」

 

 しのぎんは首を振った。

 

「菱井インダストリーのハンニバルと言って、あれの元になったIS。メタルカラーのフルスキン装甲で結構かっこよかった。操作性も打鉄ほどじゃないけどまずまずだったとか。何と言っても菱井インダストリーは四菱系列だから装備納入実績があって信頼されていた。下馬評ではずっとハンニバル優位だったよ。打鉄も評判が良かったんだけど、まあ、倉持は生産基盤が弱くて、どんなに性能が良くても製品供給能力まで信頼されてなかったのよ」

 

 ここ数年倉持技研は生産基盤の拡充を図っているけれど、倉持技研と言えば少数精鋭のため、一つの大規模プロジェクトが走るとかかりっきりになってしまう欠点を抱えていた。その点菱井インダストリーは技術者の層が厚かった。

 

「結果は倉持技研の圧勝。菱井インダストリーの惨敗。四菱陣営謎の惨敗って一部では有名な話だよ」

「何かあったの?」

「さあ……」

 

 五年前と言えばちょうど岩崎が生徒会長にやらかした時期だったけれど、そんな偶然はない、と思って心の中で一笑に伏した。

 

「何が起こったか真相は闇の中。コンペ敗退で株価は下落。当時の社長は責任を取って辞職。すぐ持ち直したけど一時期危なかったんだよ。結局当たり障りのない発表がされてそれっきり報道もなくなっちゃった」

 

 しのぎんは小首をかしげながらつぶやいた。

 

「その後雑誌にハンニバル復活って小さな記事が載ってたんだけど、再設計されたって話。菱井って一応研究開発を続けているみたいなのにウェブサイトにはISの項目がないんだよね」

 

 姉崎はみんなの声が静まるタイミングを見計らって声を出した。

 

「このISは菱井インダストリー製のため、実習で用いる打鉄やリヴァイヴとは使用感が異なる。しかし基本は一緒だから安心して欲しい。ただし、ここが最大の特徴であり、異形たる所以なのだが……本機の操作系は二系統存在する。IS従来の操作系とは別にスイッチ類やタッチパネルといったレガシーな操作系も保有している」

 

 スイッチ類が使われているということはつまり、昔ながらのロボットのコックピットと考えてよいのだろう。ロマンがあるけれど中途半端な印象を受けた。

 

「ただし、注意して欲しいのは本機は軍用機ためシールドエネルギーのリミッターが存在しない。そのため訓練機と比べて出力が顕著に高く、稼働時間が非常に長い。訓練機と同じ感覚で乗ると力を出しすぎてしまう」

「ぐ、軍用……」

 

 会場がにわかに騒がしくなった。軍用機という響きが重くのしかかった。

 

「普通はリミッターをかけるんだが、乗員保護を目的とすることから絶対に壊れてはならない役目を担うため、制限自体がオミットされた。馬力と信頼性だけなら学園に存在する全ISの中でも飛び抜けている」

 

 姉崎が周囲を見回すと別の生徒が挙手をして言葉を続けた。

 

「このISは第二世代ですか?」

「そうだ」

「では、なぜ過剰な装甲が施されているんですか?」

「良い質問だ。本機はISコアとは別に補助動力源を装備している。ISコアが極端に機能低下した場合に備えた運用を想定しているためだ。例えばシールドバリアを維持できなくなったり、絶対防御が失われるといった非常時だな。この装甲は本機の主装備である四四口径または五五口径一二〇ミリ滑腔砲の攻撃に対して防御することが可能だ。ISコア非稼働時において、着弾時の衝撃で搭乗者が内臓破裂で死亡しないように衝撃の分散吸収に重点をおいて設計されている」

 

 姉崎が指さした先には数メートルにおよぶ長大な砲塔が厳重に固定した上で安置されていた。IS競技用の武器というよりも、どうしても兵器として意識してしまい並々ならぬ存在感に息を呑んだ。

 

「なお、一二〇ミリ滑腔砲は陸上自衛隊の一〇式戦車から取り外した物をIS用に改造した。ISは四肢を持つことから不整地踏破能力に優れている。つまり不整地で一〇式戦車の追撃を受けながら自陣まで逃走を図ることが可能だ」

「先輩。このISで試合は可能ですか?」

「本機は原則戦闘行動を行わない。IS競技の規定から逸脱した機体のため、非常時をのぞいて実弾を用いた試合(戦闘)は許可されていない。例外として演習モードを利用した場合のみ許可されている」

 

 みんなは顔を見合わせた。

 

「先輩、質問」

「どうぞ」

「あのー現在のIS運用では絶対防御が失われるというのはそもそもありえない前提ですよ」

「ISの試合でもごくまれに救命領域対応が必要な状態に陥ることがある。相手が錯乱して殺すつもりで向かってきたらどうする」

「そのために監督者が存在するわけですし」

「もしISコアが破損したらどうする」

「いやしかし、そんなケースは万に一つの」

「その万に一つに備えるのがわたしたちの仕事だ」

 

 うへえ、と声が漏れた。私は講堂で見たビデオにあった重機関銃から弾丸を撃ち込まれ続けながら仕事する姿を思い出して、そのままじゃないかと思った。

 ちょっとした疑問があったので、今度は私が手をあげた。

 

「あ、いいですか」

「どうぞ」

「変なこと聞くんですが、背面のロボットアームを含めると腕が六本ありますよね。打鉄やラファール・リヴァイヴだと手足に装甲を着用するイメージなのですが、この機体だと二本の腕だけでも幅がありすぎて手が通せません。さらに四本の腕を動かすなんて……いまいち操縦と言われてもイメージができないのですが」

「ふむ。当然の疑問だな」

「ですよね……」

「ISコアを介した従来の操作ならハイパーセンサーとアイボールセンサーを介することで、脳内でイメージ処理を行う。動作手順を細かく分解し具体的に想像し、ISコアが実際の動作として再現してくれる。もちろんタッチパネルやスイッチ類を使っても操作可能だ。回収班では主に後者を使用している。回答はこれでいいかな」

「ありがとうございます」

 

 確かにスイッチ類を使った方が直感的だと思えた。背面のロボットアームは普段防盾を吊しているだけだからそれほど細かい動作は必要とされないのだろう。私はふと気付いたことがあって、もう一度手をあげた。

 

「たびたびすみません」

「質問かな?」

「はい。先輩。二つ疑問点があります。もしISコアを介さない操縦を行ったとき、ハイパーセンサーの恩恵は受けられるんですか? あと仮にISコアの恩恵が受けられないとしたら、動きにくさや視界の悪さが作業に支障を来すのでは?」

「一つ目についてはISコアが正常に機能している限り、両方の操作系で恩恵が受けられる。二つ目はISコア非稼働時の場合、当然ハイパーセンサーは使用不能となる。しかし頭部三面カメラや各部センサー類が生きていれば、操縦に関する機能はISコア稼働時とそれほど変わらない。ハイパーセンサーは索敵機能を有しているため非稼働時に失われるが、これに関しては日本国内に限って言えば自衛隊のC4Iシステムとデータリンクすることで索敵機能を代替することができる。とはいえ、残念ながらわれわれにはC4Iシステムへの接続権限がない。その辺の詳細が知りたかったら航空部の岩崎に聞いてくれ」

「回答ありがとうございます」

 

 このタイミングでどうしてあの怪人の名が出るのか。チラと周りを見回すと航空部と聞いてみんな顔が引きつっていた。

 

「それから言っておかなければならないことがある」

 

 姉崎は霧島先輩に交代しようと後ろに下がろうとしたけれど、ふと思い出したようにこちらを顧みた。

 

「回収班に所属した場合、諸君にはいずれ大型特殊免許を取得してもらうことになる」

「なぜですか?」

「一つはクレーン操作を覚えなければならないこと。もう一つはこのISが学園に特殊車両として登録されているからだ」

 

 つなぎ姿の雷同が慣れた動作でISの背中によじ登ると、首の付け根の後ろの小型ハッチから白色の細長い金属板を取り出した。

 車両を示すナンバープレートだった。

 

「このISは、学園内に存在するISの中で唯一公道を走ることができる。もちろん現行の道交法に従って、大型特殊免許取得者に限られ、実際に走行する場合は道路管理者の特殊車両通行許可が必要となる」

 

 姉崎は懐から財布を取り出すと、一枚のカードを引き抜いて私たちの眼前に突きつけて見せた。

 

「わたしは十八の誕生日に取得した。生まれ月が遅いといろいろ忙しいが、IS操縦者の特例で認定試験を先に受けて合格すれば一八歳の誕生日が来た時点で免許証が発行されるようになっている」

 

 立ち上がって姉崎の手元をのぞきこむと確かに運転免許証だった。

 

「補足すると学園内は私有地に当たるので、無免許で車両の運転をしてもいいことになっている。……他に質問は?」

 

 霧島先輩がすっ、と手を挙げた。

 

「……先輩。茶道部の方が」

「おお来たか」

 

 心なしか霧島先輩の顔がひきつっているのはなぜだろうか。そして姉崎以外の三年生が邪悪な笑みを浮かべているのが気になった。

 

「諸君。例年と比べて試乗会の希望者が多いこともあり、試乗のサポートとして茶道部の有志に応援に来ていただいた」

 

 軽く会釈した三年生は茶道部の部長だった。

 姉崎はラビリンスのように曲がった性根を押し隠しながら、二年生に向かって真っ黒にくすんだ笑顔を見せた。

 

「これから試乗前にISスーツに着替えたりいろいろ準備を行うのだが、これについては二年生に任せている」

「お前たち、指揮は任せたよ」

 

 他の三年生も腹黒い笑みを貼り付けていた。姉崎の性根が乗り移ったかのようでめまいを覚えた。

 二年生はお互いの顔を見合わせ、霧島先輩が代表として恐る恐る三年生に向かって意見した。

 

「アレ……今年もやるんですか」

「当たり前だろう。IS搭乗者のマナーだぞ」

 

 霧島先輩はあからさまに嫌そうな態度を示したけれど、姉崎には通じなかった。

 

「いや……アレってISが体調正常化してくれるからいらないかなって、ずっと思ってたんですが」

「君ほどの者がまだそんな初心なことを言うのかね」

「去年アレでみんな逃げちゃったじゃないですか」

「雷同がいただろう」

「あの子火力演習目当てですよ」

「欲望に正直な子は好きだ。大体、体調正常化とか言っているが、中身は薬剤投与や医療用ナノマシン投与に脳と神経間に割り込みをかけて感覚カットしているだけなんだぞ」

「それくらい知ってますよ」

「だから安易に慣れると良くないんだ。ISは保つことしかしない。治療しないんだよ。だからアレをやらないとあの日に無理して乗ったとき、ISから降りてからが困る。どうせIS実習が始まったらやる羽目になるんだから、早いか遅いかの違いにすぎないよ」

「霧島っ。覚悟決めようよ」

「しょうがないんだ。せめて一緒に汚れよう」

 

 井村先輩と雷同が瞳を輝かせながら、決断を渋る霧島先輩の両手を握りしめた。

 

音々(ねね)さん……白羽(ふわ)りん……わかった」

 

 霧島先輩は意を決して、大きく息を吸ってから格納庫に声を響き渡らせるようにして言い放った。

 

「一年生! 私は二年代表の霧島です。これから更衣室でISスーツに着替えます。後についてきてください」

 

 

 半露出型装甲を採用した打鉄やラファール・リヴァイヴがいかに画期的なのかを思い知った私は、フィットネス水着もどきのISスーツに身を包みながら、しのぎんの薄い胸の中で泣きまねをしていた。

 しのぎんは片腕を軽く背中に添えて、頭をなであやかしながら棒読みのセリフを吐いた。

 

「おーよしよし」

「うええ……もうお嫁にいけないよう」

 

 他の一年生も大いに引いていたらしく、羞恥で瞳に涙をためていたり恥じらったり、また気力を削がれてがっかりした様子だった。

 

「伝統って怖いわ」

 

 しのぎんもISスーツ姿だったけれど、顔を見上げると口の端が引きつっていた。

 

「そりゃあ長時間IS運用しようものなら、そういうことも考慮しなきゃいけないけど……あれはひどい」

「でしょう? 私なんて茶道部の部長と姉崎先輩のペアが相手だったんだよ」

 

 更衣室ではISスーツにただ着替えるだけではなく、ちょっとした確認が行われた。

 

「よかったじゃん。美女ペアが相手で」

「よくなんてないよう。姉崎先輩なんて」

 

 その確認というのが女性特有の生理に関することだった。回収班は訓練機と同じく一機を複数の操縦者が共有する形をとるため、時として劣悪な環境で作業しなければならないことがある。その対策として食事メニューの管理などが行われる。今回は下の管理であり生理用品の種類に関することだった。シートかタンポンを常用するかで命運を分け、シート派は先ほど悪夢を見た。

 姉崎は下の毛を見ながら真顔でこっちも端正なんだな、と平気で下ネタを言い放った。これを聞いたときは恥ずかしさのあまり蹴ってやろうかと思った。

 

「股から血を垂れ流すよりはいいじゃん」

 

 しのぎんは元から体育会系のためか、この手の話題にはざっくばらんだった。

 

「股間の異物感が何かいやなんだよう。それにこのISスーツのせいで……」

 

 昨日の件でうすうす気付いていたが、異物感まで増幅されるとか思わなかった。気分が悪くなるほどでもなかったので幸か不幸か慣れるまで耐えることになってしまった。

 

「五分もしたら慣れるって」

「しのぎんのそういう明るいところが好きだよ」

「えーちゃんに好きって言われるとうれしいね」

 

 ようやく異物感に慣れてきたころ、最後の一年生が出てきてやはり顔を真っ赤にしていた。

 

「あ、霧島先輩。終わったんですか」

 

 灰色のISスーツ姿に着替えた霧島先輩と井村先輩が出てきて、二人とも汗だくになっていた。霧島先輩にいたっては平手打ちを食らったのか、頬がやや赤く腫れている。

 

「……やっと終わった」

「苦労したよー」

 

 姉崎ら三年生は何事もなかったように平然としていたのに対して、二年生はどこかやつれたような面持ちだった。更衣室の出入り口を確保して退路をふさぎ、「重要だから」と前置きして生理用品チェックをしたのだから当然だった。

 茶道部部長に羽交い締めにされた私などは、

 

「シートでいいじゃないですか。私なんてまだ月のものが来てないから、やんなくてもいいじゃないですかあ」

 

 と抵抗を試みたのだけれど、有無を言わさず姉崎の毒牙(どくが)にかかってしまった。

 話を聞いてくれそうな茶道部部長に抗議を続けたのだけれど、彼女は邪悪な笑顔を浮かべたまま耳を貸そうとしなかった。あの笑顔はもはや外道の類であり、私の心に消えないトラウマを植え付けていた。

 しのぎんと二人でとぼとぼと歩いているうちに格納庫に戻ってきた。

 膝を折った黒い巨体を見上げながら、私はパイプ椅子に腰掛けた。

 

「よし。全員そろったな。今からISの試乗を行う」

 

 姉崎が手をたたいて全員の視線を集中させた。既に姉崎への憧れといった視線は消えており、ほとんどの者が精神力を削り取られているのがわかった。私がここまでついて来られたのはISに乗れるという一心だけだった。

 

「さて、これからISの試乗を行ってもらう事になるのだが、まず最初に上級生による実演をしてみせよう。操作の手順が見やすいよう前面装甲を開放して執り行う」

 

 ISの隣に立った雷同と三年生が、付近に自分たち以外が立っていないことを確認した。

 

「安全確認良し」

「おっけーです。装甲開きます」

 

 前面装甲が上開き扉になっていて、長い黒髪を後ろ一つに縛った霧島先輩が装甲に手をひっかけながら腰掛けるように体を入れていた。両手両脚が胴体の中に埋まり、人間で言う鎖骨の位置に霧島先輩の頭があり、三面カメラの中に頭を突っ込まなくて良いと分かって安心した。

 雷同や茶道部部員たちがモニターを数台用意して、ISの背部から引っ張り出したケーブルとつなげていた。

 霧島先輩の眼前に投影されているものと同じ映像が表示され、それらとは別に彼女の頭上から見下す視線とお腹の辺りから見上げる視線、そして横顔も表示されていた。スイッチ類やフットペダルのチェック、タッチパネルの周囲に投影モニターが所狭しと並んでいた。

 

「今から霧島に起動を行ってもらう」

 

 モニターには待機状態を示すメッセージが表示されていた。

 

「霧島、準備おっけーです。いつでもいけます」

「よし。始めてくれ」

 

 霧島先輩は慣れた手つきでモニター上の「起動」と描かれたボタンを押下した。

 起動シーケンスを示す無数の文字が表示され、私たちの視線は釘付けになった。なぜなら打鉄のユーザーインターフェースは倉持技研と打鉄のロゴが表示されるだけで、各部モジュールの初期化や状態については隠蔽(いんぺい)されていた。

 主機関始動という文字が表示された瞬間、格納庫に足下から何か大きな重たいものが回り出すような、低い響きが伝わってきた。響きは徐々に大きくなっていき、空気が振動しているのがわかった。

 重く、鈍く、不気味な音だった。他のISとは決定的に異なった不協和音が鼓膜を打った。

 

「主機関始動しました。これからシステムチェックが走ります」

 

 霧島先輩が淡々として声で告げた。

 両肩に据え付けられた重機関銃の可動式砲座がわずかに前方へ指向するべく位置を調整していた。

 カメラが起動したのか、モニターに私たちの姿が映し出されていたので、顔を上げると目があった。私がカメラレンズを凝視していると向こうもこちらの顔を拡大表示してきた。霧島先輩の横顔を見やると、この人遊んでるな、というのが分かった。

 モニターに関節全ロック解除のメッセージが表示された。

 いつも転輪付きデッキを牽引(けんいん)しているのだけれど、今回は試乗が主だったから取り除かれていた。

 起動完了ということで、投影モニターの中心に「()つ騎士を(たた)えよ」とメッセージが表示されて巨体が膝を立てた。

 それにしても音がうるさい。打鉄はもっと静かだった。静粛(せいしゅく)性が考慮されていないだけなのか、それともあり余るエネルギーの証拠なのか。岩崎あたりなら発動機とはそう言うものだ。音で機嫌が分かるからむしろ音がしない方が嫌だ、と独善的な発言をするに違いない。

 アリーナへの出口、つまり目前の隔壁が上下に分かれて開いていき、時間が経つにつれ格納庫の光量も増えていった。そして完全に開放された。

 雷同たちが手早くモニターからケーブルを抜き取り、近くの机に置いていたノート型端末を開いて、今度は無線でISの状態をモニターするらしく、キーボードをたたいてツールを起動させていった。

 

「行こう」

 

 しのぎんと一緒にノート型端末の側に歩み寄った。画面上に所狭しと並べられた窓には霧島先輩とモニター上の操作の様子が映し出されていた。

 

「狭いって」

「しのぎんこそほっぺが当たってる」

 

 私としのぎんはお互いに体を密着させながら、ノート型端末に表示された映像を食い入るように見つめた。

 霧島先輩は隔壁から外へ出ようとISを歩行させていたけれど、小さな画面とはいえ、彼女が制御している情報量が膨大なことが分かる。しきりに指や足を動かしていて、機体の状態に合わせてスイッチ類の微調整をしていた。両足のフットペダルを踏み込み、指でタッチパネルで操作モードを設定した。IS従来の操作ではなく、もう一つの操作系を使っているのは明らかだった。

 端末から視線を外し、巨体を重そうに歩く姿は何とも間抜けな雰囲気があった。

 するとしのぎんがつぶやいた。

 

「うまい……」

 

 再び端末に目を戻す。

 見た目はただ歩いているだけなのだけれど、霧島先輩は歩行のプロセスを体で覚えているのか操作に無駄がなかった。慣れるにしても考慮すべき項目が多すぎてげんなりしそうだったので、次は自分が乗るのだと思って気を引き締めた。

 

 

「なんだコレ」

 

 アリーナの真ん中で、起動状態のまま霧島先輩に替わってもらい前面装甲を閉じて、試しに歩いてみようと思ったら、打鉄と比べて制御項目が多岐にわたっていて何をしてよいものなのか呆然としてしまった。視野の裾に歩幅や接地圧、重心の位置やアクチュエータの状態など無数の情報が表示されているのが分かった。

 一歩足を踏み出そうとしてみたが情報が氾濫(はんらん)して頭が混乱した。地面の材質や状態まで考慮しなければならず、一挙一足の動作をすべて意識していなければ転んでしまいそうだった。

 とりあえず右足を一歩踏み出すため、左足に重心を乗せようと慎重に体を傾けた。膝関節とくるぶしが線上にある感覚を抱いていると、接地圧のパラメータが増大し、重心の位置を示すアイコンの位置が変化し、転倒の危険を知らせるアラートが消えたのが分かった。ひとまずため息をつきながら右足の膝を上げる。一本立ちとなったせいか、再び転倒アラートが鳴り響いたので、私は唾を飲み込んで腹筋に力を込め、重心の位置を傾注しながら膝を腹へと引きつけた。そこで一旦静止する。

 しかし安心するのはまだ早かった。今度は左足への荷重を維持しながら右足をゆっくりと下ろしていきつま先を地面に触れさせる。体がやや前傾し、正中線がまだ左に寄っていることを確認する。そしてつま先から第一関節まで接地させる。次に土踏まずを地面に押しつけるイメージを抱いていると一瞬転倒アラートが聞こえたので、すぐに右の膝関節をゆっくりと曲げ、左足は伸ばしたままであることを確かめる。足首が曲がり、踵が接地するのに合わせて右膝を突き出すようにして角度を取り、右足が完全に接地すると、ゆっくり重心を中央に直した。

 そこで私は一生分の運気を吐き出すように大きなため息をついた。タッチパネルで無線を呼び出して、

 

「先輩」

 

 ノート型端末を片手にISの状態をモニターしていた雷同に声をかけた。

 

「ISってこんなに操縦するの難しいんでしたっけ」

 

 雷同がしばらく小首をかしげていたが、ノート型端末を脇に挟んで大きな声を上げた。

 

「いっけね。試乗者用の統合オートバランサを動かしてなかったわ。ごめーん」

 

 私が前部装甲のハッチを開けると、雷同が膝を足場にして器用によじ登ってきた。

 お互いの顔が触れあう位置まで寄ると、投影キーボードの位置を手元に移動させた。

 

「えーちゃんごめんよ。普段はフルマニュアルだったから設定を変えるのを忘れてた」

 

 思わず私は息を呑んだ。霧島先輩はこんなものを平然と動かしていたのか、と。たまに訓練風景を見かけていたけれど打鉄と同等の機敏な動きさえ見せていた。跳躍後の着地などとても気を遣うに違いない。

 

「これでよしっと。少し説明するねー」

「はい」

「姿勢は統合オートバランサが勝手に制御してくれるから、目標までの距離と速度とコース取りだけ気にすればいいよ。タッチパネルで行きたい場所を指定して、速度は手元のスイッチで調整できるから」

「雷同さん。これってIS従来の操作じゃないですよね」

「そりゃね」

「ISって……これじゃないんですが」

「従来の基礎データはハンニバルで一通り取っちゃったから。こっちの操作系で使ってくれと言うのが再設計者の意向なのよ」

「でも従来のも使ってますよね」

「私はそっちの方が使いやすいからね。霧島はこの方が相性いいの。それに再設計者がいろいろ優遇してくれるし……学生じゃ滑腔砲の砲弾買えないし」

 

 雷同が小声でつぶやいた。

 

「……本音、聞こえましたよ。ちなみに砲弾一発いくらなんですか」

「百万円」

 

 そう言って雷同は呆気にとられている私をよそに投影キーボードの位置を元に戻し、体を離して身軽にISから飛び降りて元の場所へ走って戻っていった。ノート型端末を開いて、ISの状態を確認し、

 

「おっけー。前部装甲を閉じていーよー」

 

 と無線で言ってきた。私は彼女の指示に従って前部装甲を閉じ、トラック一周を達成すべくタッチパネルに指を滑らせた。位置を指定してやると自動化プログラムが走ったのか、普段の歩行とは多少の違和感があったけれど、先ほどとは段違いに操作が楽だった。衝撃も分散されてむしろ快適な位だった。そしていとも簡単に目標までたどり着いてしまった。

 しかし、その動き方がまた不気味だった。

 通常人間の歩行というのは重心を左右に傾けながら前に進む。当然頭や肩が上下左右に揺れるのだけれど、このISの場合は全く揺れない。腰から下が別の生き物のように動いた。しかも右手と右足、左手と左足というように片方の手足が同時に動くような感触であり、曲がるのが苦手に思えた。。

 私はISを降りて次の人に交替するとすぐ、霧島先輩をつかまえて話しかけた。

 

「……動きが重いんですが、もっときびきび動けないんですか?」

「現行の統合オートバランサだとあれが限界。開発元(菱井インダストリー)に相談して改良してもらってるんだけど、この前新バージョンにバグ出ちゃって差し戻したのよ」

「先輩方の動きを見るともっとなめらかなのは?」

「統合オートバランサが制御している各モジュールを切り離してマニュアル制御してる。次に何をすればいいのかは体で覚えたな。弱電に頼み込んで歩行モデル作ってもらったりいろいろ。統合オートバランサは自動車と同等の運転感覚をもたらしてくれるんだけど、残念なことに動きまで自動車なのよ。そのままだと人間でいう膝の靱帯(じんたい)に相当する部分に負担がかかるから新バージョンではその辺を改良してたんだけどね」

「自動車……道理で上下の動きがないんだ」

 

 確かに歩くというよりは平行移動している感じだった。

 

「快適性を追求したら、人間の動きとかけ離れちゃって気持ち悪いのよ」

「だからあんな気持ち悪い動き方になっちゃうのか」

「そういうこと。動かす方は楽なんだけど」

 

 他の人に交替しているが、みんな気持ち悪そうな顔をしている。これじゃない、と心の中で思っているのがはっきり見て取れた。

 

「性能は申し分がないんだよね。馬力も整備性も信頼性も高いんだけど……操作性がね。ISコア貸与してもらってるし、菱井はやる気があるし対応早いんだけどね」

 

 話を聞いていると、菱井インダストリーはリカバリーをISコアを使った車両という認識でいるのではないかという考えが思い浮かんだ。戦車回収車の一つとなっていることから、もしかして技術の民間転用で利益を出そうという目論みがあるのではないだろうか。

 霧島先輩は一人で嘆息した。

 

「生身で弾丸が飛び交う状況にいる人たちの方がもっと怖いから、そんなこと言ってらんないんだけど」

 

 奥を見ると、しのぎんの番になったのか前部装甲を開けて顔を出した。

 

「すみませーん」

 

 すぐ側にいた雷同が気付いて顔を上げた。

 

「どうしたー?」

「試乗者用の統合オートバランサを切断してマニュアル制御に切り替えたいんですが」

「正気かい……一年生」

小柄(こづか)です」

「フルマニュアル操縦になるから操作性がものすごく悪化するけど、いいの?」

「大丈夫です。先輩が動かすのを見て覚えました」

 

 白い歯を見せてにっこり笑うしのぎんに毒気を抜かれたのか、雷同が無線を使って姉崎に連絡を入れた。何度も無線に手を当てながらしのぎんに目配せしつつ、何度か首を縦横に振っていた。

 

「本人は大丈夫って言ってますけどー」

 

 どうやら姉崎がついに折れたらしい。

 

「今から試乗者用統合オートバランサ……姿勢制御統合モジュールを切断します」

 

 そして私や霧島先輩も含めた全員に格納庫まで待避するように指示が出た。

 私が駆け足で隔壁をくぐり格納庫に脚を踏み入れ、機体の状態をモニターしていたノート型端末の側に陣取った。

 

「おーい、霧島。あの子が動かすの指示を出してやれ」

 

 すると姉崎が霧島先輩に大声で言った。しのぎんの無茶に付き合わされる形だったけれど、霧島先輩は文句の一つも垂れなかった。

 

「了解です、先輩」

 

 無線用のレシーバをセットして話し始めた。

 

「小柄さん。霧島です。今からISの歩行について説明します。歩行とは両脚を使った運動による移動方法です。体重がかかる軸脚と振り上げている遊脚があり、二本の脚を交互に軸足にして重心を任意の方向に動かしながら移動します。小柄さんは歩行の種類が二種類あることを知っていますか?」

「いえ」

「ではそこから説明します。歩行には静歩行と動歩行の二種類が存在します。

まず静歩行について説明します。静歩行とは体の重心位置が常に足の裏にある歩き方です。よちよち歩きや忍び足と言った方がわかりやすいかな。動歩行というのは重心位置が軸足の外にあって、体の勢いとバランスを使う歩行法です。つまり普段私たちが行っている歩き方です」

「だいたい分かりました。いきなり普段通りの歩き方をするってのはだめですよね?」

「いきなり動歩行をすると転倒します。よちよち歩きの赤ん坊が早く体を動かそうとすると、転倒してしまうのと一緒の状態になります」

「やっぱりかー」

 

 しのぎんは歩くどころか走ろうと思っていたに違いない。霧島先輩に言われて慣れるまで我慢するつもりに見えた。

 

「それでは静歩行。つまりよちよち歩きから始めましょう」

 

 

「この子、すごい……」

 

 井村先輩が呆然としてノート型端末を見ている。

 最初は乳児のようによたよたと歩いていた。トラックの四分の一くらいまではそうだった。

 トラックを半周する頃には普通に歩いていた。トラックを四分の三過ぎた頃にはスキップしていた。

 残り四分の一は走ってゴールした。

 それが三〇分に満たない間に行われた出来事だった。

 

「お騒がせしました」

 

 ISを格納庫への入り口付近まで歩かせて、片膝を立てると前部装甲を開けて降りてきたしのぎんに向かって私は駆け寄っていた。

 しのぎんは姉崎や雷同たちの側に早足で歩み寄って深く礼をしたので、みんな呆気にとられていた。

 

「いや、謝らなくともいいよ」

「私がわがまま言って迷惑を掛けましたから、頭を下げさせてください」

 

 しのぎんは律義だった。安全を考えての措置をあえて無効にしたこと回収班やそのほかの参加者に迷惑をかけたことに対して筋を通したかったのだろう。

 姉崎が顔を上げるように言ったので、私はすかさず駆け寄った。

 

「人間の動きみたいだった!」

「えーちゃん。人間が動かしてるんだって」

 

 大したことはしていない、と言った風情のしのぎんだったけれど、私には決して無理な所業だった。霧島先輩が各モジュールを手動制御することできめ細やかな動きを再現するのだと言った。私は足を踏み出すだけでこれ以上ないほど神経を使った。霧島先輩の指示があったとはいえ、しのぎんのやったことは簡単にまねできるものではなかった。もちろんISスーツの性能だけで覆せる物ではなかった。

 才能、そして実力の差。スポンジが水を吸収するがごとく成長を見せつけたしのぎんの姿にみんなは賞賛と畏怖、そして嫉妬の視線を彼女に向けていた。そう。この場にいる一年生のしのぎんを見る目が変わっていた。

 

「そういえば。しのぎんって入試の時のIS適性っていくつだったの」

 

 今まで特に気にしたことがなかったので、せっかくだからと言うこともあって聞いてみた。

 

「Aだけど」

 

 しのぎん本人は特別なことでもなんでもない、と言わんばかりの表情だった。

 それなら納得、とささやき声が聞こえてくる。私も内心驚いたけれど、以前姉崎がIS適性はクラス分けの材料でしかないから気にするな、と言っていたから動揺を表に出すほどではなかった。

 

「でもさー。クラス対抗戦の練習やってるからさ。それでうまくいったんだって」

「床運動やってたもんね」

「げげっ。えーちゃん見てたのか」

「あの後、変な三年生に絡まれなかった?」

「えーちゃんはエスパーなのか! そうなのか?」

 

 しのぎんはダリルさんにバカ呼ばわりされるだけあって、いちいちリアクションが面白かった。

 目を見開いて私の両肩をつかみ、前後に振ってくる。

 

「私が名前教えた」

「なんてこった。えーちゃんの()()()()かー」

 

 顔に唾が掛かったので手の甲でぬぐっていると、大げさな素振りで頭を抱えたしのぎんが誤解を生むような発言をした。私はチラと周囲の様子をうかがった。誰も気付いた素振りはなかった。

 最近クラスメイトが私を見る目つきがおかしかった。どうやら鷹月などは私がストレートであることに疑念を抱いているようで、予想もつかないタイミングでカマをかけてくるので困っていた。私は篠ノ之さんの顔が好きなだけで恋でも愛でもない。アイドルに向かって「可愛い」と言うのと全く同じ感情を抱いているにすぎなかった。

 

「お手つきとか、そういう言い方は……」

「ダリル・ケイシーと言ったらオーストラリアの代表候補生じゃん。てっきり私有名なのかもって、ぬか喜びしちゃったじゃんか……」

ダリルさん(あの人)って代表候補生だったんだ」

「……えーちゃんってさ。そういうの全然知らないよね」

「普通そんなもんじゃないの?」

「いやいやいや。もう少し情報収集した方がいいって」

「……そうする」

 

 しのぎんに強く言われて反射的に答えていた。特に性癖の部分を重点的に情報収集しようと思った。姉崎が篠ノ之さんの写真を同好の士にばらまいているので、ダリルさんの時みたいな貞操の危機は避けたかった。

 私が神妙にしていると、しのぎんが不気味がっていたのがとても失礼に感じたので言い返そうとする途中で口を閉じた。姉崎がしのぎんに話しかけてきた。二年生も一緒にいた。

 

「小柄君。あんなじゃじゃ馬をよく調教したな」

 

 どうやらマニュアル操縦の事を言っているらしい。

 

「……難しかったんですがコツさえつかめば素直な操作性だったので、何とかゴールまで行けました」

「ほお……」

 

 しのぎんの答えに姉崎が嘆息すると、二年生の表情が驚きに包まれた。

 私は二年生たちに共感を覚えた。姉崎が言うように出力がバカ高いじゃじゃ馬という表現がぴったりで、まかりまちがっても素直だとは思えなかった。

 

「そうか」

 

 姉崎は片眼鏡の位置を直し、

 

「小柄君は物事の勘所をつかむのが上手いんだな」

 

 と褒めたけれど、しのぎんは素直に喜びを示すのではなく、霧島先輩に向き直って一礼した。そして顔を上げるなり、

 

「いえ。霧島先輩のサポートがなかったらすぐ転んでました。きちんと段階を踏んで基本動作をわかりやすく正確に教えてくれました。だから、安心して動作に集中できたんです」

 

 と言った。雷同は霧島先輩を見やるなり肘で小突きながらにやにやと笑った。

 

「霧島。良かったな」

「小柄さんがすごいんですよ。私の言ったとおりに動いてくれたから……」

「先輩のおかげですよ。ありがとうございます」

 

 しのぎんの丁寧口調に慣れておらず、どこか別人を前にしているような気分に陥ったけれど姉崎たちはしのぎんをべた褒めしていた。そしてしのぎんは霧島先輩を絶賛していた。

 霧島先輩は調子に乗るどころか肩を震わせて泣き出しそうな顔つきだった。他人に褒められるのに慣れていないように思えた。そして感極まったのか、

 

「ちょっと外に出てます」

 

 と言って飛び出していった。

 そして姉崎だけが残り、雷同と井村先輩はISを格納するべく隔壁へ歩いていってしまった。

 私はしのぎんが姉崎に捕まったままだったので霧島先輩の後を追った。アリーナの廊下をうろうろしながら、少し離れた水飲み場にたどり着くと、霧島先輩は蛇口をひねって水を流していた。声をかけようと近づこうとしたけれど、

 

「……うらやましくなんか……」

 

 と霧島先輩の押し殺した声が聞こえてきた。様子が変だったので耳を澄ませた。

 

「うらやましくなんかないんだ……」

 

 そして声にならない嗚咽(おえつ)が聞こえた。

 

「え? 霧島先輩……泣いてる?」

 

 声に気付いた霧島先輩がとっさに振り返ったので、私はその場で立ち尽くしてしまった。目が合った。私は彼女の姿から目を逸らすことができなかった。

 

「このことは誰にも言わないで」

 

 強い声ではっきりと言った。私は雰囲気にのまれて後ずさりながら小さな声で答えた。

 

「構いませんけど……」

 

 顔を洗って涙を誤魔化そうとしていたのだけれど、目元の赤さまでは消えなかった。私には霧島先輩がどうして泣いているのか理解できなかった。

 

 

 




今回は許可を取れば戦車や新幹線も公道を走行可能なことから思いついたネタが含まれています。

オリジナルISのため恐縮ですが、書類上は車両扱いです。ナンバープレートを取得しているので公道も走れます。牽引物もあります。但し車検があります。
ドリフトができます。脚があるので峠を縦にショートカットできます。PICで慣性制御すればありえないコーナリングが可能です。ハイパーセンサーをオンにすればブラインドアタックもへっちゃらです。でも車高があったりクレーンが邪魔するのでトンネル走行に気を遣います。

実際ISって公道を走れるの? どうなんでしょう。

2013/4/3 指摘事項反映並びに文言修正

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