★1 入学式
IS学園の校則をくまなく探しても女子校という文字はない。そうかといって共学という文字もなかった。ISが女性にしか扱うことができないという事実から、世間では我が校は女子校という認識で一致している。
先日オリムライチカなる健全な青少年が何を血迷ったか、IS学園の試験会場に迷い込むという離れ業をやってのけ、挙げ句の果てにISを動かしてしまうという前代未聞の荒業をやってのけた。
全世界を揺るがす一大事と話題になったが、無事IS学園に合格した私は事前課題をこなすことに精一杯で新聞記事を流し読みするぐらいの興味でしかなかった。
まさか男の
あれがうわさの、といったささやきが聞こえる。
隣に並んでいた女子などは、私を見て、
「タイプじゃなかった?」
と声を潜めて話しかけてきたので、あいまいな笑みを浮かべて小さく首肯した。
渦中の人であるオリムライチカは見ていて気の毒になるほど緊張していて、視線のやり場に困っているのか落ち着きがない様子だった。
もし私が、男子校に入学することになって他に女子がいない、という異常な光景を目の当たりにしたらそれはもう怖いに違いない。彼の気苦労が分かるというものだろう。
さて、入学式が終わって引率の先生の後にくっついて教室へ向かっているのだけれど、このIS学園とやらは私がいた中学校とは違って設備からして豪華なので、物見遊山のつもりで先生の説明を話半分に聞きながらじろじろ見回していた。老朽化でくすんだ灰色の塗装がひびわれしていて、さらに卒業生がいたずらのつもりでスプレーで落書きをするので、用務員がクリーム色の塗料を使って消して回っていたら校舎が砂漠仕様の迷彩模様みたくなってしまった母校とはあまりにも異なった。
教室の引き戸が自動ドアという時点で、もはや何も言うまい。
「皆さん、早く席に着いてくださいね」
と先生が急かす。
黒板代わりに設置された投影型モニターなど、多額の予算が投じられたと分かる設備の前にぼうぜんと立ち尽くしていたらしく、入学式で声をかけてきた生徒に、
「ほら、いくよ」
と手をひかれて一歩を踏み出していた。
生徒机に置かれた三角柱型の表札に氏名が表示されていたので、自分の名前を探してそのまま席に着く。
私の席は廊下側で、さきほど手を引いた生徒は偶然にも隣の席だった。
「よろしくねー」
と言うその生徒はとてもノリが軽かった。四方八方に屈託のない笑みを振り向けるので、幸先が良いなと考えながら、よろしく、と返事をしたら、彼女は突然顔を赤らめてはにかみながらもじもじとしたしぐさから、初日だから緊張しているのかな、と独りごちた。
一息ついて、正面を見ると、そそくさと中央の一番前の席について小さく背中を丸めたオリムライチカの姿があった。
彼の席は、わざと配置したのではないか、と疑いたくなるような絶好の配置だった。教壇の前なので居眠りは不可能だろう。しかも私を含む好奇の視線が彼に集中しているのだから、さぞかし居心地が悪いことだろう。
引率の先生は全員が席についた事を確認してから自己紹介を始めた。
「皆さん、入学おめでとう。
私は副担任の
沈黙が教室を支配した。先生は童顔で大きなフレームの眼鏡をかけていて、背丈の割に大きな胸を強調した服装に、大層抱き心地が良さそうな、しかも優しそうな雰囲気の女性だったが、教壇の手前を注視する生徒たちのあまりの反応のなさに困惑の表情を浮かべた。副担任という事は別に担任がいると思い、辺りを見回したが、壇上の山田先生以外に大人の気配はなかった。
「あ、えーっと……あ。
今日から皆さんはこのIS学園の生徒です。
この学園は全寮制、学校でも放課後も一緒です。仲良く助け合って楽しい三年間にしましょうね」
やはり周囲の反応がなかったので、さすがにかわいそうな気持ちになってきたものの、山田先生を視野の裾に留め置きながら、己の場違いさに小さくなった少年の背中に焦点を合わせ続けた。
「じゃ、じゃあ、自己紹介をお願いします。
えっと出席番号順で」
山田先生は、とりあえず乗り切った、みたいな表情を浮かべ、なんだか扱いの難しいクラスを受け持ったのではないか、という一抹の不安を隠しきれない様子だった。
あいうえお順で進む自己紹介に、さすが全国津々浦々から学生を集めているのだなと感心しつつ、おとなしそうな顔をしてエリートだらけじゃないか、どうしよう、と心臓の鼓動が早まる。話題の彼がどんな自己紹介をするのか期待しつつ、私は緊張で余裕がなくなって膝が笑い出すのを止めることができずにいた。
「オリムラ、イチカくん」
教壇の手前に配されたタワー型の表札のてっぺんが赤くなり、回答者という文字が表示される。彼はというと山田先生に呼ばれて返事をしたが、虚を突かれたと言った風情で間抜けな表情をしている。
緊張で頭がいっぱいになった私が気がついたときには、既に彼の出番になっていた。
オドオドとした様子で自己紹介を促す先生の猫なで声に、大人のあざとさを感じずにいられなくて、両腕で挟むようにして強調された胸部を後ろからわしづかみしたらどんな声で鳴くのか、と考えた私の下衆加減につかの間自己嫌悪に陥っていたところ、
「
以上です」
と世界唯一の男性IS操縦者は、期待していたよりもずっと簡素な自己紹介を終えていた。
いつの間にか現れたのか、そっけない織斑の態度に憤って鉄拳制裁する、生の
IS学園の新入生は彼女にあこがれて厳しい試験を突破した者がほとんどで、私のように動機があいまいなまま合格してしまった生徒もいるにはいたけれど、少数だと信じたい。
私はクラスメイトが我先にとあげる十代女子の声の洪水に飲み込まれるものかと両耳を手でおおった。
女性から見て男前な顔立ちなのだけれど、黄色い声を上げるほどなのか、と我ながらクラスメイトの熱狂振りに驚いた。耳を慣れさせつつ、ゆっくり手を下ろした私は隣席の生徒を見やったところ、お互いに目があって、同級生の元気の良さに引きつった笑みを浮かべていることを確認し合った。
親しげに、
それにしても千冬様。騒がしい中で誰にも聞こえないようにしてつぶやくと、これがどうしてしっくりくるのだ。お姉様、と軽々しく口にするのは良くないと己の不純な考えを振り払おうとしたが、周囲の騒ぎように小さな頭を悩ませる事が愚かではないか、とも考えが浮かぶ。
その考えを打ち消そうと山田先生に視線を移せば、彼女が織斑千冬を見る目は信頼の二文字だと言って良いだろう。織斑先生が君付けで呼んだことから、先生が今の外見のまま男性だったらなあ、と考えるに至って妄想が止まらなくなった。
しかし現実は無情なので、再び大きなため息をついてしまう。
「やっぱりタイプじゃない?」
隣の生徒が話しかけてきたけれど、その言葉が誰を指しているのかほとんどを聞き取ることができず、条件反射で首肯してしまった。
そうこうしているうちに私の番が回ってきた。
隣の生徒――彼女は自己紹介で
「がんばれ」
と緊張で顔が強ばらせた親指を立てて応援する。
「××××」
ついに私の名前が呼ばれ、勢いよく席を立ったけれど、気負いすぎて頭の中が真っ白になって、クラスメイトの視線が気になるあまり慌てて自己紹介の第一声を放った。
「ひゃ、ひゃい!」
声が裏返った――。