英雄伝説 斬の軌跡(凍結)   作:玄武Σ

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遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。
今年最初の投稿ですが、展開が賛否分かれそうになってますのでご了承ください。


第5話 タツミの覚悟と選択

リィン達がナイトレイドのボス・ナジェンダと接触したのと同時刻。

この時はエリィが当直でサヨの様子を見ている。すると……

 

「……ん?」

「あ、気が付いたのね」

 

とうとうサヨが目を覚ましたのだ。その様子に、見守っていた身としてはうれしくなってしまう。

 

「あの……あなたは?」

「私はエリィ。エリィ・マクダエルよ」

「エリィ、さんですか?」

「まず率直に言うけど、あなたは助かったの。もう、後は体力さえ戻れば普段通りの生活に戻れるから、心配しないで」

「そう、ですか……あの、タツミとイエヤス、私の仲間はどうしたんですか?」

「……それが」

 

サヨに彼女の仲間について聞かれて、答えづらそうにしてしまうエリィ。仕方なく、本当のことを打ち明けようとした矢先

 

「イエヤス君は、残念ながらもう亡くなった。そしてタツミ君は、ナイトレイドっつう殺し屋集団にスカウトされて答えを待ってる状況だ」

 

いつの間にかレクターが病室に来ており、真実を包み隠さず明かした。

 

「イエヤス、やっぱり……けど、タツミの状況って? それに、あなたは?」

「俺はレクター・アランドール。お前さん達を庇ってくれたらしい、バックスとミーナの上司だ」

「バックスさん達の……」

 

やはりサヨにも思うところはあったらしく、表情を暗くしてしまう。

 

「……タツミのことも聞きたいですけど、まずはこっちを優先します。ありがとうございます。あなたの部下だったお二人がいなかったら、今頃私は……」

「いいって、いいって。あいつらも良かれと思ってやったことだしな。で、タツミ君の事なんだが……」

 

その後、レクターはタツミが置かれている状況について、包み隠さず話した。

 

「アリアを殺そうとした時に素質が……」

「肝心のアリアだが、俺らの目的のために生け捕りにしてる。尋問したんだが、ロクな情報知ってない上にこっちに噛みついて来やがんだ。同じ貴族が向こうでスタンバってるんだが、それでもだめだった」

 

レクターから話を聞いた後、サヨは再びレクターに話しかける。

 

「レクターさん、タツミに会いたいんですけど、そのナイトレイドのアジトって」

「残念ながら、場所の特定が出来ていない。連中、流石は一流の殺し屋だけあって追跡なんかに敏感だった」

 

レクターの言葉を聞い、サヨは一瞬落胆する。

 

「生憎だけど、私がナイトレイドの居場所、見つけてあげたわよ」

「それと、よろしければ連れて行って差し上げましょうか?」

 

更に聞き覚えのない二つの、女性の声が部屋に響く。そして新たに部屋に入ってきたのは……

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

三日目にしてようやく帰還した、ナイトレイドのボス・ナジェンダと接触したリィン達。

そして、そのままタツミ共々ナジェンダに会議室に集まるように言われ、そこで自分達の目的について打ち明ける。

 

 

「帝国の東を超えた先にある、ゼムリア大陸か……」

「で、お前達はそこから帝具使いと思われる犯罪者の手掛かりを求めてきたと」

「ええ。聞けば、帝国の東は未開発地帯として扱われているそうですから、信じがたい話だとは思いますが……」

 

ナジェンダが到着したことで、ようやくナイトレイドの面々に自分達の目的を打ち明けるリィン達。曰く、帝国の東は例の超級危険種が跋扈しているため、海を越えられずに未開発地帯として扱われていた。なので、その先の大陸に高度な科学技術を有する国がいくつも存在している、と言われてもピンと来ないだろうとは思われた。

 

「いや。未開の地を帝国の重鎮たちが勝手にそう言っているだけだから、別に何があろうと驚きはしないさ」

「しかし、犯人が帝具持ちかもしれないってだけで、わざわざ乗り込んでくるなんて御苦労なこった」

 

しかし、意外にもナジェンダはそれを受け入れている。理由も至極真っ当な物だった。そしてラバックも話を聞いて、素直な反応を漏らす。

そして、ナジェンダはリィン達に例の犯人たちの情報について、打ち明ける。

 

「残念だが、お前達が目星をつけた帝具は我々の上層部にも無い物だ。帝国側が所有者の存在を秘匿しているか、完全に独自で動いている賊か、このどちらかだろう」

「……まあ、俺達もすぐにわかるとは思ってないので、問題無いです」

 

ナジェンダは確かに上層部と言ったが、つまりナイトレイドは何か大きな勢力に属する組織ということを表している。

 

「それで、情報料なんかは……」

「問題ない。我々は使命と信念のもとで、依頼を受けての殺しを仕事としているから業務外だ。それでいて目当ての情報も提供できていないからな。だが、代わりに聞きたいことがある」

 

そして、ナジェンダは少し間を置いて告げた。

 

「タツミ、それとリィン達。お前達の目的や立場を踏まえた上で聞くが…ナイトレイドに入る気はないか?」

「断ったらあの世行きなんだろ?」

 

ナジェンダの誘いに、タツミはそう返す。シェーレに同じことを言われたらしい。

 

「いや、それはない。…だが、帰す訳にもいかないからな。我々の工房の作業員として働いてもらうことになる」

 

どの道、帰してくれそうにないためリィン達は強行突破に入れるよう、それぞれの得物に手を伸ばす。武器の持ち込みを許していたナイトレイドの面々だったが、それはこちらを捕えるも殺すも余裕という、自信の表れでもあった。

 

「お前達、よせ。まあ、とにかく断っても死にはせん。それを踏まえた上で…どうだ?」

 

そして、再度ナジェンダは問いかけてきた。そして、そんな中でタツミが言葉を漏らす。その際、悔しそうに拳を握りしめていた。

 

「俺は……帝都に出て出世して、村を貧困から救うつもりだったんだ。ところが帝都は腐りきってるじゃねえか!」

 

そう言うタツミ、そしてリィン達の脳裏にアリアの一件と、先日サヨの安否を確かめに行った時に見たある光景を浮かべていた。

 

~回想~

 

「なるほど。ロイドみたいに真っ当な警察官なら、これは度し難いな」

「とは言っても、僕らだって許容しがたい話ではあるけどね」

「……こんな、こんなヒデェ話があんのかよ」

 

買い出しを終えたリィン達はロイドが見たような、理不尽すぎる罪状で処刑された人々の姿を目の当たりにしていた。処刑されたのは帝都の繁華街にあるパン屋を営む一家で、罪状は内政官への値引きをしなかったという物だった。

 

「……さっきそこで聞いたんだけど、一家の一人息子が結婚して、今年の夏にその奥さんが出産予定だったらしいんだって」

「じゃあ、あの人がその……」

 

ヨシュアの言葉を聞き、リィンが先程から見つめていた人物がそうだと確信する。女性は裸に穿かれた上に腹を裂かれていたのだ。そして胸には身ごもっていた赤子と思われる、ミイラ化した未熟児が縛り付けられている。これから生まれてくる命にまで及ぶ暴虐、度し難いことこの上ない事実であった。

そんな中、傍にいたシェーレが一向に声をかけてくる。

 

「タツミ、それにリィン達も聞いてください。これが、この国の現状です。昨日のような弱者に一方的な暴虐の限りを尽くすことを快楽とする外道が跋扈し、それを容認する腐敗政治と私欲のためにそれを維持する大臣、もう取り返しがつかない事態になっているんです。ナイトレイドは、そんな外道たちを民の依頼の元に裁く事を生業としています。今朝に私が言ったことはともかく、これを許せないあなたたちに仲間になって欲しいのは事実だって言うこと、理解してください」

 

~回想了~

 

「中央が腐ってるから地方が貧困で辛いんだよ」

 

そんな情景を思い出していたタツミに対してブラートが、間髪入れずに口を挟んできた。

 

「その腐ってる根源を取っ払いたくねえか、男として!」

「ブラートは元々、有能な帝国軍人だったが、帝都の腐敗を知って我々の仲間になったんだ」

 

ブラートがジンに語った、正道を歩むことを許されない今の帝国。それに反発するためにナイトレイドに入ったブラートは、人一倍この国を愛していると言ってもいい。

 

「俺達の仕事は、そんな帝都の悪人を始末することだからな。これでも前よりはずっと良くなったさ」

「でも……」

 

しかし、タツミはそんなブラートの言葉を聞いてもなお表情を暗くしたままだった。

 

「悪い奴ボチボチ殺していったって、世の中大きく変わらないだろ…。それじゃあ辺境にある俺の村みたいなところは結局救われねえよ…」

 

至極当然の理由だった。仮に重税を敷く領主を始末しても、新しく送られた領主が善良になるとも限らない。送り込んでくる上の人間が、自分に都合が良くなるよう企んでいるなら当然だ。

しかし、タツミのその言葉を聞いたと同時にナジェンダは告げる。

 

「なるほど。ならば、余計にナイトレイドがピッタリだ」

「…なんでそうなるんだよ?」

「……まさか、あんた達の上層部っていうのは」

 

それを聞き、リィン達が予想していたナイトレイドの正体についレ語られた。

 

「帝都の遥か南に、反帝国勢力である革命軍のアジトがある」

「革命軍?」

「初めは小さかった革命軍も、今では一大組織となった。そうなれば必然的に、日の当たらない仕事…暗殺や偵察をこなす部隊が作られる」

「それが、ナイトレイドの正体…」

「今は帝都のダニ掃除をしているが、決起の際にはその混乱に乗じて………大臣を討つ!」

 

単なる復讐代行人だと思っていたナイトレイドだったが、ボスと言う指揮官の存在が明確、そのボスであるナジェンダが語った上層部の存在、これらの材料からもっと層の厚い組織だと思われていたが、その実態は反政府組織の裏工作部隊というものであった。

リィンはうすうす考えていたその存在に、あの帝国解放戦線をつい重ねてしまう。腐敗を増長しているというオネスト大臣を討つのが目的。オズボーンによる影の支配を打倒する帝国解放戦線のそれを彷彿とさせていた。

 

「それが我々の目標だ。他にもあるが、今は置いておく」

「…勝算は?」

「ある。少なくとも、その策は。そして、それが成功すれば…確実にこの国は変わる」

「…その新しい国は、ちゃんと民にも優しいんだろうな?」

「無論だ」

 

ナジェンダとのやり取りを終えてその答えを聞いた瞬間、タツミの顔に活気が宿る。そして何かを言おうとした瞬間

 

 

「ちょっと待ってください」

 

ヨシュアが待ったをかけた。

 

「あなた達は復讐代行人として資金を得つつ、政治と軍事の両方で戦力を削ぐことを目的としている。そして弱ったところを革命軍の総出で叩き潰して、残った帝国を今も国を憂いている政治家たちに立て直してもらう。要約したらそう言うことですね?」

「ああ。そう言ったつもりだが……」

「じゃあ、結局は戦争をするってことね」

「だな。つまり……」

 

ヨシュアの問いかけに肯定するナジェンダを見て、アリサもリィンもその意味を知る。

 

「あんた達ナイトレイド、ひいては革命軍はゴミ掃除と称した殺しとやがて始める国崩しで悪を一掃する……自分達を正義の使者と勘違いしているのか?」

「もしそうなら、ハッキリ言っておくわ。殺し屋も戦争もやめなさい! 血で汚れた手で革命を成しても誇れないし、戦争でも何十何百、下手したら何千何万と無実の人が死ぬわよ! そんな物で正義なんて、名乗るだけおこがましいわ!!」

 

リィンの言葉の直後、エステルが大々的に宣言すると同時に、辺りに沈黙が走る。事実、オズボーンの影の支配を打破すべく帝国解放戦線が彼を狙撃し、それをきっかけに勃発した帝国内乱は多くの血を流した。しかもオズボーンは周辺諸国や貴族勢力からの恨みを買っていたがエレボニア帝国に益をもたらしていたのに対し、オネスト大臣は国を自らの食い物にして周辺諸国からだけでなく国全体からも恨みを買っていた。ともなればその憎悪はすさまじく、革命軍が戦いを起こせば、しかも生身で戦車の撃破も可能な帝具を大量に使えば、内乱やかつてエレボニアがリベールに仕掛けた戦争以上に人が死ぬことは確実だった。そして……

 

 

 

「プッ…」

「「「「「「アハハハハハ――――ッ!」」」」」」

 

アカメとナジェンダ以外の、ナイトレイドの全員が爆笑し始める。

 

「な、何が可笑しいんだ?」

「何って、いきなり当たり前のことをそんな熱弁されたら、笑うしかないだろ……」

 

リィンの疑問にラバックが答えると、レオーネがこちらを見ながら口を開く。しかしその目は、普段の彼女からは想像できない冷たい物だった。

 

「そりゃそうだ。どんなお題目を付けても、殺しも戦争も変わんないんだよ」

「そこに、正義なんて存在していないのは百も承知です」

「俺達全員、いつ報いを受けてもおかしくはないんだ。それに俺だって大のために小を切り捨てるのは嫌だが、そうでもしないと国を変えられない状況になっちまったんだよ」

 

先程のナジェンダの語りを聞いた限り、リィン達は腐敗政治に乗じて自分達革命軍を美化している物だと思っていた。しかし、ナイトレイド全員がかつてのクロウ達同様に己の業と向き合っていたのである。

 

「……返事はすぐにとは言わないが、お前達は戦そのものに反対のようだな。さっき聞いたところ、お前達のいたリベールもエレボニアも帝国のようなな圧政を敷かれているわけではないようだが、何か戦そのものに感じたことがあるのか?」

「ええ。俺とアリサはつい3年前に経験し、エステルとヨシュアも被害者だそうです」

 

そして、リィンは自身の体験した3年前のエレボニア内乱について、エステルとヨシュアもある戦争とその発端となった事件の被害者だと明かす。

 

百日戦役

かつてエレボニア帝国がリベール王国へ侵略するために勃発した戦争。リベールは山々に囲まれた小国だが、豊富な鉱山資源とそれを用いた高い水準の導力技術を有しており、国力ではエレボニアだけでなくその宿敵カルバード共和国にも引けを取らない。そんなリベールへの侵略を、エレボニア帝国はある事件を口実に行った。純粋な軍事力はエレボニアが上回っていたため王都が包囲されるまでに追いつめられるが、当時軍属だったエステルの父カシウスの考案した作戦でエレボニアを出し抜き、休戦にまで持ち込んだのだった。しかし、エステルは戦役時に母レナが自身を庇って先立ってしまった。

そして、ヨシュアに関わりがあるのは百日戦役の切っ掛けとなった事件である。「ハーメルの悲劇」と呼ばれるその事件は、表向きは土砂崩れで滅んだとされるヨシュアの故郷「ハーメル村」で起こった、大量虐殺である。この際、虐殺をおこなった集団はリベール製の銃器で武装していたためにリベールが先に侵略してきたという口実で百日戦役が起こった。実はこれは結社の最高幹部の一人がエレボニア帝国の主戦派を唆し、口実を偽装したということが判明、休戦もこれをクローゼの祖母である先代女王アリシアが言及しないことを条件に飲まれたという。

 

その事実を聞き、ナイトレイドの面々もつい黙り込んでしまう。リィン達も軽々しく自分たちの活動を否定したわけではないと、痛感してしまったためだ。

 

「……圧政の有無に関係なく、何処の国にも問題があってそれによる戦いが起こる。当たり前のことだが、帝国が腐りすぎて気づくのが遅れたな。視野の狭さとそれによる偏見、すまなかった」

「それだけ貴方達がこの国を憂いている証拠ですから、大丈夫です。そういうわけで、俺達は革命軍には参加できませんし、帰せないなら強硬手段も取らせてもらいます」

「仕方がないが、お前達については諦めよう。それで、タツミはどうする?」

 

ナジェンダ達の話を聞いた直後、タツミはナイトレイドに入ろうと思った。しかし、リィン達の話を聞いて再び悩む。

腐敗していない政治でも、戦争は起こる。その事実を聞かされ、タツミは民に優しい国が出来ても、異民族や他国の恨みは消えない。そして、それによる戦いが始まる可能性があった。タツミの村は辺境で山奥にあり、山を越えた先の異国から攻撃を受ける可能性もゼロではない。

タツミは再び決意が揺れてしまい、どうすればいいのかわからなくなってしまった。

 

 

 

 

「大事なお話の最中ですが、お邪魔いたします」

 

すると、いきなり聞き覚えのない声が部屋に響いた。いや、リィン達はこの声に聞き覚えがあった。

会議室の入り口の方を見ると、エマと病衣姿のサヨ、そして縛られたアリアを連れた薄紫の髪をしたメイドがいたのだ。ちなみに、アリアは口まで縛られている。

 

「シャ、シャ、シャ……」

 

そして、真っ先に反応したのはアリサだった。何故なら、彼女はアリサが一番身近な人物だからである。

 

「シャロン!? なんで、こんなところに……」

「うふふ。ラインフォルト家以外の仕事でこの大陸に来させてもらっていたのですが、お嬢様が来られたということで抜けさせていただきました」

 

シャロンのラインフォルト家以外の仕事、それに縁があったのがヨシュアであった。そのため、シャロンはヨシュアにも声をかける。

 

「ヨシュアさんもお久しぶりですね」

「まさか、貴女とこんな形で会うとは……執行者No.Ⅸ」

「あんた、何者よ!? このアジトには結界が張ってあったはずよ!」

「ええ。潜り抜けるのには苦労しましたわ」

 

ナイトレイドのアジトには、マインが言うようにラバックがクローステールで結界を張り巡らせており、触れたことで侵入者の存在を探知するという物だ。暗殺者が張り巡らせた結界ならかなり気づかれにくいものだが、それを苦労したといった割に余裕そうに潜り抜けたため、相当の使い手だと見て取れた。

 

「はじめまして。アリサお嬢様のご実家であるラインフォルト家に仕えさせてもらっている、メイドのシャロン・クルーガーと申します。本日はお嬢様のお迎えと彼女の引き渡し、そしてこちらにいるサヨ様をご友人のタツミ様に会わせるために伺わせていただきました。ちなみに、もう一人生き残っていた護衛の方は自首して警備隊詰所に留置されています」

 

スカートの裾を摘まんでお辞儀するシャロンは、周囲の反応を他所に目的を告げる。余談だが、後日調査したら本当に護衛の一人が警備隊の留置所にいた。ちなみに、終身刑らしい。

そんな中、シェーレがあることを疑問に感じる。

 

「不思議ですね。先日は誰にもつけられていた様子もなかったのに……」

「それだったら、アタシが魔術で認識されないようにしてつけたからよ」

 

そんな中、またも聞き覚えのない女性の声が聞こえる。声の主を探して室内を見回すが、他に誰もいない。

 

「足元を見なさい。そこに私はいるから」

 

そんな中、シェーレの足元に視線を移すと、尻尾にリボンを付けた上品そうな黒猫がいた。

 

「ま、まさか猫が喋ったの?」

「その通り。はじめまして、エマの使い魔のセリーヌよ」

 

マインの疑問に答える形で、先程の女性の声で猫が人語を喋ったのだ。魔女の眷属は使い魔として動物を従えており、このセリーヌがエマの使い魔ということになる。

そんな中、タツミは周りの様子に眼もくれずにサヨに駆け寄る。

 

「サヨ、目を覚ましたんだな! でも、病み上がりなんだから無茶は……」

「ねえ、タツミ」

 

サヨの目覚めを喜びつつも彼女を気遣おうとするタツミだが、サヨはそれを遮ってタツミに声をかける。

 

「私、タツミに伝えたいことがあって、シャロンさんに連れてきてもらったの。それで、ナイトレイドの皆さんには悪いけど、二人っきりで話させてもらえませんか」

「代わりに、彼女のお引渡しとお茶の用意をさせていただきます」

「ま、まあ彼女が問題の標的だからいいが……お茶?」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「タツミ、イエヤスから聞いたそうね。バックスさんって人達が庇ってくれたおかげで生き残れたって」

「ああ……けど、イエヤスは病気の感染だったから庇い様がなくって……」

「ううん、いいの。もう、受け入れたから」

 

その後、タツミに宛がわれていた寝室でサヨから話を聞くタツミ。

 

「アリアの奴と一緒にここに来たみたいだけど、イエヤスとその人たちを殺したあいつが憎くなかったのか? それに、アリアみたいな外道が帝都には何十何百もいるらしくて」

「それなんだけど……アリアがしたことは人として許せないけど、私個人は恨んでいないの」

 

その言葉を聞いた瞬間、タツミは驚愕した。

 

「なんでだよ!? あいつの所為で、イエヤスとお前を庇ってくれた二人が死んだってのに……」

「私は、ただ三人が死んだことが悲しいとしか思っていないわ。アリアを恨もうと殺そうと、三人が生き返るわけじゃないし」

 

サヨの中に憎しみが無いというのはわからなかったが、目を見たら深い悲しみが感じられた。仮に憎しみがあっても、悲しみの方が圧倒的に強いのだけは本当のようだ。

 

「一緒に捕らわれていた、バックスさん達から話を聞いてね」

 

そして、サヨはアリアの屋敷に捕らわれていた時の事を話す。

 

~回想~

 

「ほら、叫びなさいよ! 鞭で打たれた馬みたいにさぁ!!」

「うぐっ!?」

 

サヨはアリアにひたすら鞭で打たれていた。サヨは前日に全身をナイフで切り付けられ、浅い物の体中に傷を作っており、アリアはその体を鞭で打って痛がる反応を見て楽しもうとしていた。

しかし、サヨはひたすらに耐えた。叫べば、それをきっかけに心が折れそうな気がしたためだ。その甲斐あってか、アリアは段々と不機嫌になっていく。

 

「……はぁ。折角危険種でも痛みで悶絶しそうな状況にしてやったのに、全然叫ばないじゃない。こうなったら、あれを使うわ」

 

アリアはうんざりした様子でそう言うと、拷問の手伝いをしていた護衛の一人に何かを持ってこさせる。

 

「もう、これでじわじわと片足を落としてあげるわ。死んでからバラすのにとっておこうと思ってたけど、仕方ないわね」

 

取ってこさせたのは、巨大な刃物だった。片刃のそれは剣や包丁、ナイフと違って薄くしなり、刃には無数の凹凸がついている。つまり、鋸だった。ギザギザの刃を何度も前後に動かして切るそれは、人間の体に使えば生傷に何度も何度も痛みを与える、まさに体と心を同時に痛めつけるのには、最適なものだった。

流石にそうなると、サヨも背筋が凍り付く。しかし、それがサヨの体に傷をつけることはなかった。

 

 

「「ぺっ」」

 

直後、アリアのスカートの裾に何かがかかった。二つかかったようで一つは染みを、もう一つはやや黄色い粘り気の物がこびりついていた。直前に何かを吐き付ける音がしたので見てみると、茶髪でセミロングの女性と同じく茶髪で筋肉質の男性が口元に少量のつばを垂らしている。

この二人が、生前のバックスとミーナその人だった。

 

「へへ。お前みたいなクソガキには、痰のかかった服がお似合いだぜ」

「私はせめてもの温情で唾にしてあげたけど、お礼ならいいわよ」

 

二人はそのままアリアを罵倒し、アリアもそれにブチギレる。

 

「貴方達、これ買ったばかりのスカートよ! よくも汚してくれたわね!!」

 

 

そのままアリアの怒りの矛先は二人に向けられ、サヨの足を切るのに使おうとした鋸をまずはミーナの乳房に突き刺す。そして、そのまま腕をピストンして乳房をそぎ落としてしまった。

そして次にバッカスだが、彼には両足の間、つまり股間に鋸を向け………

 

 

 

 

「ぜぇ、ぜぇ……今日は疲れたからこのくらいにしてあげるわ。けど、明日こそはあなたを泣き叫ばせてあげるから」

 

そのままアリアは倉庫を去っていった。そして、その一部始終を見ていたイエヤスが二人に声をかける。

 

「二人とも、大丈夫、ですか…!?」

「へへ、なんとかな……けど仮に生きて帰れても、俺の子供は作れそうにねえな」

「子供なんていなくても、バックスと一緒ならそれでいいわよ」

 

バックスとミーナは股間と乳房痕から血を流し続けていたにも拘らず、余裕を含んだ笑みを浮かべている。

 

「二人とも、どうして私をそんなになってまで庇うんですか?」

「だってよぉ。あいつ、俺らがまだ生きてんのに飽きたとか言ってんだぜ」

「そんな理由で年下が先に死ぬなんて、生き残っても気持ち悪いしね」

 

サヨの問いかけに答える二人は、痛みが少しは引いてきたのか余裕が見えている。

そして、今度はバックス達の方から二人に話しかける。

 

「サヨちゃんにイエヤス君、一言言っておく。人を恨んでも、悲劇しか生まれねえんだよ」

「私達も、恨みが切っ掛けで起こった戦争で大事なものを無くしたんだ」

 

そして、二人は語り始めた。

 

「俺らの故郷はケルディックっていう町でな。でっかい穀倉地帯に設けられた商人の町で、色んな地方から行商人が集まる大市が名物の、結構いい町だったんだ」

「けど、今から三年前に私達の国で戦争があってね。国の偉い人の中に、アリアほどじゃないけど悪い人がいてその人への恨みがもとで起こった戦いなの」

 

三年前の帝国内乱、ケルディックはそこで深い傷跡を残した。二人はそんなケルディックの出身だったのだ。

 

「その町を統治していた領主が、そのお偉いさんを恨んでいた一人でな。戦争中に自分の領土だったケルディックを奪われて、それでやけになってケルディックに焼き討ちをし掛けやがったんだ」

「しかもその所為で、大市の元締めをやってたオットーさんが亡くなってしまったの」

 

オットー元締めはリィン達も実習時のサポートや、内乱時にリィンの仲間の保護を買って出たり、

 

「ここの一家はとんだ糞外道だからな。そのお偉いさん、オズボーン宰相よりも恨みを買っている筈だ」

「けど、それが爆発したらまた何か悲劇が起きるかもしれないわ。だから、完全に受け入れられなくても頭の隅にでも置いといて」

 

~回想了~

 

「……リィンさん、恨みで行動しても、悲劇しか生まないって言ってた。大切な誰かをその戦で亡くしたんだろうな」

 

サヨからバックスとミーナの話を聞き、タツミはあの時のリィンを思い出す。

 

「俺らの故郷も、辺境だけど革命軍に関わる可能性は充分にあるんだ。村で決起でもおこしちまったら、誰かが確実に死ぬ。それに、それよりも前に例の大臣に食いつぶされちまう可能性もある」

「うん。それで、シャロンさんから道すがら聞いた話なんだけど……」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

そして、タツミはサヨを連れて再び会議室に戻ってきた。

 

「戻ってきたか。話している間に、アリアの始末もお茶も済ませたぞ」

「それにしても、茶も菓子も美味かったな。普段甘いものは食わないんだが、相当の物だったぞ」

「ラインフォルト家のメイドとして、当然の嗜みです」

 

ブラートの言うようにシャロンのお茶もケーキも相当美味だったようで、心なしかナイトレイドの面々がほっこりしているような気がした。完全な余談だが、アリアはアカメとブラートの二人がかりで細切れにして川に捨てたらしい。

 

「それで、返事はどうだ?」

 

尋ねるナジェンダに対し、意を決したタツミは静かに、それでいて力強く答えを出す。

 

 

 

 

「ごめんなさい。俺、やりたいことが出来たからナイトレイドどころか革命軍には入れません」

「はぁ!? あんた、自分の立場わかってんの!?」

 

答えを出してすぐにタツミは大きく頭を下げるが、マインがすぐに噛みつく。

しかし直後、ナジェンダが威圧感を放ち始めたために黙り込む。

 

「それで、我々の勧誘を拒んでまでやりたいこととは、何だ?」

 

先程までの雰囲気から一転、会議室全体にプレッシャーがかかる。顔が割れているナイトレイドの手配書にナジェンダの物があったのだが、それによると彼女は帝国軍の元将軍だったらしく、これもかつてのベテラン軍人故の物と思われた。

しかし、そんな威圧感にも臆さずにタツミは語った。

 

「俺、帝都の現状を何も知らないまま触れてしまったんで、色々混乱してました。加えて、故郷の村からも最近になって出てきたばっかなんで、完全な世間知らず状態なんです。だから俺、見聞を広める意味合いを含めて、サヨと二人でゼムリア大陸に行こうと思うんです。それで……」

 

そして、間を置いてタツミは言った。

 

 

 

 

 

 

 

「エステルさんと同じ遊撃士になります」

 

遊撃士

支える籠手の紋章の元、国家権力に干渉しないことを条件に民間人保護と地域の平和維持を生業とする民間の戦闘集団。国家に干渉しないため、あくまでも中立の立場として活動する。しかし、保護すべき民間人が危機にさらされればそれは別となり、遊撃士も軍事や権力が絡む事件に介入することが可能となる。その資格は16歳から取得可能だが、タツミもサヨも揃って十代後半なので、その基準は達している。遊撃士になってリィン達に協力すれば、正道を歩みつつ帝国の腐敗を取り除けると、思えたのだった。

タツミの答えを聞き、ナジェンダは国を憂いつつもこちらの仲間にならないことにいら立ちを感じる。しかし、タツミの決意に染まった眼を見て観念した。

 

「あくまでも、正道を歩むことを決めるのか……だが、それまで無職になるが故郷への仕送りはどうするんだ?」

「ああ。それなら心配いりませんわ」

 

ナジェンダの問いに代わりに答えたのは、シャロンだった。

 

「アランドール大尉が悪質なカジノから巻き上げた……もとい、荒稼ぎしたお金を送らせていただくので、当面は大丈夫でしょう。彼も一時帰国するので、こちらでの通貨は使いようも無くなりますしね」

「……我々が目を付けていた、奴隷の命で賭けをするカジノが次々に潰されるのが確認されたが、ソイツがやったのか」

「レクッち、ただものじゃないとは思ってたけどまさかな……」

 

レクターがリィン達に語った、カジノで荒稼ぎの詳細がここで判明し、ナイトレイド共々驚愕する。

 

「……どこまでもこちらの望み通りにいかないか。お前達、引き留めてすまなかったな。せめてもの詫びに送らせて……」

「それには及びません。そのために私達が来ましたから」

 

そう言ったのはエマだった。彼女の同行も、リィン達の帰還の為である。

 

「それじゃあ、早速転移しますね」

「委員長、頼む」

 

そしてエマが転移術を発動しようとしたその直後

 

 

「ナジェンダさん、侵入者だ! 数はおそらく十人、全員アジト付近まで近づいている!!」

「……この面倒な時に。仕方ない」

 

ラバックからの報告を聞いたと同時に、ナジェンダが指示を出そうとする。しかし

 

「ちょっと待ってください。俺達が対処します」

 

それに対し、リィンが待ったをかけた。

 

「仲間にはなれませんが、その代わりにアジトを守らせてもらいます。俺達のやり方で」

「……まあ、しかたないか。二人ほど監視を付けさせてもらうが、構わないか?」

「別に問題は無いです。それじゃあ、行くか」

 

そして、リィン達のアジトでの最後の仕事が始まった。




タツミがナイトレイド入りしない展開ですが、FF7とアカメのクロス兼両作の再構成をした「クラウドが斬る」という作品にハマり、他にこの展開無いかな?と思った結果になります。理由づけにてこずりましたが、前々から考えていたアイデアだったりします。

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