シェーレが死んでから二日が経過。ナイトレイドのアジトで一時過ごしていた、リィンやエステルは焦燥していた。抜けているところはあるが、優しく人当たりの良い女性だった。殺し屋になるきっかけとなった事件で両親は殺されたらしいが、それでもナイトレイドの仲間を含めて彼女に傍にいて欲しい人はいるはずなので、それらの人々もいたたまれない気持ちだろう。
「みなさん、緊急事態です!」
そんな中、サリア達異民族の協力者が慌てた様子でメルカバのミーティングルームに入ってきた。何事かと思いきや、最近になって危惧していた事態が訪れてしまったらしい。
「例のエスデス将軍が、戻ってきた訳か」
「はい。北方異民族が強いから、もうしばらくかかるとは思ってたんですが……」
「いや。彼女のありえない強さを、この間確認させてもらったから予感はしていた」
ロイドの言葉に首を傾げるサリアだったが、早速用意されたエスデスの戦闘の様子を撮った映像を見せられて納得する。
「こ、こんなの……人間も危険種もあっけなく負けて……勝てるんですか、これ?」
「正直、今の戦力じゃ厳しいな。聞いたように、ノエルが武装の準備、ミリアムがアガートラムの修理に一回戻ることになった。しかもジンさんが療養に入ることになったから、本格的に動けるのは最低でも一か月は先だろうな」
明らかな戦力ダウンが確定した今、それが大きな問題となっていた。
『西ゼムリア連合調査隊に報告! 繰り返す、西ゼムリア連合調査隊に報告!!』
直後にメルカバ艦内にアナウンスが流れ、あることを告げた。
『エレボニア帝国所属、高速巡洋艦カレイジャスを確認! 補給及び人員交換のため、関係者は艦の外で待機を!』
「……どうやら、助っ人が来てくれたらしい。とりあえず、表に出て迎えるか」
そして、迎えようと外に出ると、レクターがカレイジャスから降りてきた。
「よう、出迎えご苦労さん」
「アランドール大尉、増援が来てくれたらしいですけど誰が?」
「残念だが、他の支援課メンバーはクロスベルで仕事があるからもう少し後になるぜ。けど、かなり頼れるお前さんの知り合いが来てくれた」
レクターのその言葉の直後、彼の背後から一人の人物が現れた。
「ロイドさん、お久しぶりです」
「リーシャ!? 君が交換の人員なのか!」
現れたのは、紫の髪と同じく紫の東洋風装束をまとった女性だった。装束は腰回りを中心に、何故か露出度が高く扇情的な印象を与える。
彼女の名はリーシャ・マオ。カルバード共和国の東方人街出身で、クロスベルを拠点とする劇団アルカンシェルの三大スターが一人だ。しかし彼女の家は代々暗殺者を生業としており、東方人街の魔人と伝えられる技の継承者"銀"の名を継いだ人物でもあった。
「アルカンシェルが新作の構想のためにしばらく休業するとのことで、今回のミッションで補充要員として来させてもらいました。ミッションの特性上、わたしの力はきっと役に立つはずです」
「……そうか。ありがとう、リーシャ。君がいてくれて、心強いよ」
予想以上に強力な助っ人に、ロイドも俄然やる気が満ちる。クロスベル解放時にリィンと交戦したことがあるロイドだが、その時のひたすらなまっすぐさはリィンも羨むほどのものだった。
「それじゃあロイドさん、少しの間お別れです。近いうちにランディ先輩やティオちゃんも来れるはずなので、その時にまた」
「ああ。それじゃあ、またな」
そして補給物資を降ろした後、カレイジャスはノエルを乗せて再びゼムリア大陸へと飛び去って行った。
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北方異民族の制圧を完了したエスデスが、ついに帝都へと帰還した。そして宮殿を訪れたエスデスは、謁見の間に玉座に座る工程を前に、普段被っている帽子を取り、膝をついて首を垂れている。
流石に君主への礼儀は持ち合わせているようだ。
「エスデス将軍、此度の北異民族の掃討、見事であった。褒美として金一万を用意してあるぞ」
「ありがとうございます、陛下。北に備えとして残して来た兵達に送ります。喜びましょう」
皇帝からの褒賞に対し、礼を言いながら使い方も語る。残虐非道ではあるが、部下のケアも出来るなどある程度の良識や矜持は持ち合わせているようだ。
「戻って来たばかりですまないが、仕事がある。帝都周辺にナイトレイドなどの凶悪な輩が蔓延っていて、さらに警備隊長のオーガや有力な貴族が逮捕される事件が多いのだ。後者を促した者を含めた賊達を、将軍の武力で一掃してほしいのだ」
「わかりました……ですが一つお願いがあります」
「うむ、兵か?なるべく多く用意するぞ」
「いえ、敵には多くの帝具使いがいると聞きます。そのような相手に大兵力を投入しても、いたずらに被害を増やすばかりです」
エスデスは早速皇帝からナイトレイドを筆頭に、敵対勢力の討伐を指示する。戦力の要請はエスデスもするつもりだったらしいが、帝具使いを相手に普通の戦力をぶつける気は無いようだ。しかし、そのための代わりの戦力は、中々にすさまじい物だった。
「6人の帝具使いを用意してください。帝具使いのみの治安維持部隊を結成するので、兵はそれで充分です」
流石にこの要請は、皇帝と大臣も二人揃って目を丸くする。それもそうだ、帝具は数が限られている上に適性のない人間には使えない。軍の関係者全員を調べても揃えるのは難しいだろう。
「将軍には三獣士と呼ばれる帝具使いの部下がいたな。そこに、更に6人もか……」
「陛下。エスデス将軍になら、安心して兵を預けられます」
しかしエスデスは武力も知力も、帝具適性も他を圧倒する者を持っているために最強を名乗れている。そんな彼女の軍は練度も高く、指揮系統も優秀だった。ゆえに、大臣もそれを材料に皇帝を了承させることは容易だと思ったようだ。
「うむ、お前が言うなら安心だ。用意できそうか?」
「勿論でございます。早速、手配いたしましょう」
皇帝も大臣を信用し切っている上にエスデスの武勲も知っている。そのため、すぐに了承してしまった。より強大な敵が誕生するのも時間の問題だ。
そんな中、皇帝はエスデスにあることを告げる。
「苦労を掛ける将軍には、黄金だけでなく別の褒美も与えたいな。何か望む物はあるか? 爵位とか、領地とか、何でもいいぞ」
エスデスは先の北方異民族の制圧時にサディスティックな笑みを浮かべていたため、本性は戦闘と虐殺を好む危険思想である可能性が高い。しかし、皇帝は純粋に国に尽くしてくれていると思ったのか、個人的な褒美を取らせようとしていた。このあたりは、年相応の純粋さが垣間見えていた。
「……そうですね。あえて言えば」
「言えば?」
そんな中、エスデスは何か欲しい物があるようで、皇帝の言葉に乗るようだ。しかし、その欲しい物は……
「恋をしたい、と思っております」
その後、エスデスからの以外すぎる褒美の申し出に、皇帝と大臣は恋人にしたい男の条件を描いたリストを渡して謁見の間を後にした。
「お前達に新しい命令をやろう。今までとは、ちと趣向が異なるが」
そしてエスデスは中庭に出ると同時に声をかけると、三人の男が現れた。異民族制圧時にいた、三獣士であった。
それぞれ、初老の男性がリヴァ、小柄な少年がニャウ、白目の大男がダイダラである。三人ともエスデスの側近で、特にリヴァは元将軍という経歴から圧倒的な強さを秘めていた。
「何なりとお申し付けください、エスデス様」
「僕達3人は、エスデス様の忠実な僕」
「如何なる時、如何なる命令にも従います」
リヴァはかつてオネスト大臣へ賄賂を贈らなかったために更迭されたところ、エスデスが周囲の文官たちを黙らせて配下したため、その武で他を黙らせる存在感に魅せられた。ニャウは美しい女性の顔の皮を剥いでコレクションするという残虐さから、自分以上に残虐であろうエスデスに憧れた。そしてダイダラは最強を目指して武者修行していたところ、挑んだエスデスに返り討ちにされて純粋な武力に惹かれた。
三人とも、経緯や理由は様々だがエスデスに心酔する忠臣だったのである。
そして、エスデスから与えられたある任務を遂行するため、その場を去っていった。
”良識文官を暗殺し、ナイトレイドの仕業に偽装する任務”を
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エスデスの一件の翌日、とある辺境の村
「蒼き炎よ、我が剣に集え……」
リィンはその村を襲撃する、という危険種の大群と戦っていた。そして、その太刀に真っ青な炎をともして構えを取る。そして群れに突撃し、斜め袈裟斬りと横一線を放つ。炎を伴った斬撃は、広範囲にマーグドンたちを切り裂く。
「はぁああ……でやぁあ!!」
そしてとどめの縦一閃をすれ違い際に放つと、群れは中央から大爆発を起こしたのだ。爆炎が収まると、辺りには切り裂かれた上に焼け焦げたマーグドンの死骸が転がっている。
「これで、もう全滅したでしょう」
「ありがとうございます。マーグドンは食用にもなりますから、暫くは生活まで安泰ですわ」
「それじゃあ、私達はこれで」
リィンはそのままアリサを連れて、バイクで村を離れていった。
「リィン、少しは気が紛れたかした?」
「思ったより、紛れないものだったよ。正直、ここ最近嫌なものを見すぎたからな」
リィンがこうして辺境まで遠出していたのは、ここ最近に見聞きした出来事の連続によるものだった。自分達が交戦した物を含めた、人を人と見ずに残虐な仕打ちを繰り返す貴族と、保身や小金欲しさ、又は同じような性癖に味を占めて配下になった者達。
フィーが交戦した首切りザンクのような、歪んだ環境に居続けた所為で心を壊してしまった人々。先程の貴族の中には、このような者もいたのかもしれない。
そして、最後に先日ノエル達が交戦したセリュー・ユビキタス。間違った正義を抱いてしまい、それを誰からも咎められずに大人になった所為で悪=即死刑を正しいと判断してしまった。
あまりにも歪みが大きすぎたせいで、様々な経験をしたリィンやエステルも流石に心が折れそうになっていた。
リィンはこうして、自分を奮い立たせようと拙しい村で危険種討伐や食料の寄付といった慈善活動乗り出していた。
そしてバイクを走らせてメルカバの停泊ポイントに戻る最中、何処かから轟音が鳴り響く。
「何、今の音!?」
「アリサ、行くぞ!」
そしてバイクの進路を音のした方に向け、一気に疾走する。そして、バイクを林の中に停めて音のする現場に足を踏み入れた。
「せ、戦闘中なの?」
「戦力差が圧倒的だ。これは最早、蹂躙だ……」
リィン達の視線の先に現れたのは、ほぼ蹂躙と言っていい激戦だった。銃や槍で武装した何十人もの兵達が、わずか三人の男に次々と屠られたのだ。それは、エスデスの忠臣である三獣士によるものだった。
そして、ダイダラが兵が守っていた馬車に向け、斧を分割して投擲しようとする。
「やめ……」
リィンが静止しようとするも、間に合わずに斧は馬車を粉砕する。リィン達がそれを見てつい動きを止めてしまうが、その時に三獣士に気づかれてしまう。
「ん? おいリヴァ、なんか変な奴らが紛れ込んできちまったぞ」
「目撃されたようだ、始末するぞ」
「あんまり経験値持ってなさそうなガキだが、仕事なら仕方ねぇな」
リヴァに促されたダイダラは、そのままリィンに向かって飛び掛かる。そして斧を直接叩き付けてきた。咄嗟に二人は回避するが、ダイダラの攻撃は大きく地面を粉砕してしまった。
「ほぉ……防御じゃなく回避に回ったか。前言撤回、思ったより経験値はありそうだな」
「まさか、その経験値とやらの為に今の人達を殺したのか?」
「まあそれもあるが、仕事が本文だな。けど、それは流石に明かさないぜ」
リィンはダイダラの思惑と彼を含めた三獣士の任務に、警戒心を強める。そして、刀を抜いて臨戦態勢に入った。
「アリサ、高位アーツで制圧を頼む。俺は駆動時間を稼ぐ」
「わかったわ。それじゃあ、一気に行くわよ」
そして、そのままリィンがダイダラに飛び掛かり剣戟が始まった。ダイダラは斧を分割し、二刀流で打ちあう。大柄な体の彼だが、リィンの素早い攻撃に対応している辺り、筋肉バカではないらしい。
「ほぉ。俺のベルヴァークと打ちあっても欠けないとは、その刀は帝具なのか?」
「生憎、俺のは帝具じゃないさ。特殊な素材を信頼できる人に加工してもらった、特注の刀だ」
リィンの刀の銘は”利剣「緋皇」”。マナと呼ばれるエネルギーが結晶化したレアメタル・ゼムリアストーンを加工した、超硬度と切れ味を誇る名刀だ。リィン達は最低限武装は万全の物にしておこうと、武装を全ゼムリアストーン製に揃えていた。
「ダイダラばかりを相手にしても、攻撃は止まんぞ小僧!」
さらにリヴァが上着の下に仕込んだ瓶から、水を操作して撃ちだす。それに気づいたリィンだったが、咄嗟に気づいて体を回転、飛んできた水塊を叩き切る。そして直後にダイダラの一撃が迫るも、どうにかバックステップで回避した。
「さらに、追撃だ! 濁流葬!!」
しかしリヴァがさらに攻撃の仕草に入ったかと思うと、何と地面から凄まじい水柱が噴き出し、それが別れてリィンとアリサにそれぞれ向かって行った。
「きゃああ!?」
「アリサ! ぐっ!?」」
そのままリヴァが操る水流に、二人して飲まれてしまった。しばらく水に飲まれたかと思うと、二人とも衣服に無数の切り傷を付けられ、いくらか出血している。
「私の帝具ブラックマリンは、振れたことのある液体を自在に操る力がある。故に、水流の中で部分的に硬化させて刃にしてお前達をズタボロにしてやったわけだ。そしてこの辺りは地下水が多いのでな、攻撃手段には事欠かないのだよ」
想像だにしなかった攻撃と、ブラックマリンの予想以上の性能に思わぬ致命傷を受けてしまう。
「か、完全に油断した。まさか、こんな……」
「リィン、今セラフィムリングで回復を」
そしてアリサが咄嗟に、回復用のアーツを使おうと再びARCUSを駆動させようとする。しかし……
「あ、あれ?」
「な、なんだこれは……」
急に何処からか笛の音色が奏でられたかと思うと、リィン達は謎の脱力感に飲まれてしまう。その直後、最初に見て以降姿のなかった最後の三獣士、ニャウが現れた。
「僕の帝具スクリームの演奏、これで二人の精神に干渉させてもらったよ。帝具なしで僕達に挑むだけ上等だけど、まあやるだけ無駄だったね」
そしてニャウは演奏をやめたかと思うと、いきなりアリサに近寄りながら懐からナイフを取り出す。
「お姉さんいい顔してるね。その顔の皮、頂戴」
「え、な、何?」
「僕の趣味は綺麗なお姉さんの顔の皮を剥いでコレクションすることなんだ。君はその中でも、最上級だと思ったんだ」
ニャウが自身の以上性癖を語り、アリサの表情が恐怖に染まる。逃げようにも、リヴァの攻撃によるダメージとニャウの精神干渉で身動きも取れない。
「おまえ、アリサに近づくな……ぐわぁあ!」
「手間を取らせた罰だ。お前は連れが目の前で殺される絶望を味わってから、あの世に行くんだな」
ニャウを止めようと無理やりに動こうとするリィンだが、リヴァに踏みつけられて動きを封じられた。
「あ、アリサ……」
「その様子からして、恋人のようだな。お前も彼女も、我々の仕事を目撃したのが運の尽きだったようだな」
(正直、今の俺があれを使ったら暴走するかもしれない。けど、アリサが死ぬくらいなら……)
リィンがそう思った直後、彼の体から禍々しい黒いオーラが立ち上る。しかも、徐々に髪が白く染まっていくのまで確認された。
「コイツ、いきなりなんだ!?」
「リヴァ、なんかやべぇぞ!」
リィンの得体のしれないソレに、ダイダラまでが警戒モードに入る。しかし、リィンがそれを発動することは無かった。
「爆雷符!」
「うわぁあ!?」
ニャウがアリサに近寄るより前に、ニャウの足元に札のついた苦無が刺さった。かと思いきや、それが爆発したのだ。
「こ、これはまさか」
「ブレイブスマッシュ!!」
「「ぐわぁあ!?」」
リィンが何かに気づいた直後、更に誰かが闘気を纏いながら高速回転して突貫、リヴァとダイダラを吹き飛ばした。
「二人とも、大丈夫か!?」
「帰りが遅いと思ったら、まさかこんなことになっていたなんて」
駆けつけたのは、ロイドとリーシャだった。ここに来て最高の助っ人が駆けつけたのだった。
「ほぉ、仲間がいたか。柄にもなく油断してしまったな」
「いてて……けど、もっと経験値持ってそうなのが来たな。我慢した甲斐があったぜ」
立ち上がるリヴァとダイダラだったが、まだそろって戦闘意欲があった。
しかし、こちらにその気があるかと言えば違った。
「あんた達は止めるべきなのかもしれないが、今は仲間の安全を優先させてもらう」
そう言って、ロイドは懐から何かを取り出してそれを思い切り投げつけた。
「うわぁあ!?」
「まぶしい!」
「閃光弾か、忌々しい…!」
ロイドが投げたのは、フィーから借りた閃光弾だった。もしもに備えて万全の準備をしてきたのだろう。
光が晴れると、リィン達の姿は何処にもなかった。
「逃げたみたいだな。今の連中、なんだったんだろうな?」
「そういえば、皇帝や大臣が官僚が次々に逮捕される事件が良く起こるようになったって言ってたっけ。帝国じゃみない恰好だったし、それを促した連中かな?」
「いずれにしても警戒に値する人物だろう。エスデス様に報告するぞ」
そして三獣士たちはある一文の書かれた紙をばらまいて、その場を去っていった。
『ナイトレイドによる天誅』と書かれた紙を。
次回はいよいよ作中屈指のトラウマと名高い(?)チョウリ親子のイベントに入ります。当初はそちらを投稿しようと思ったんですが、先の展開的にリィンを敗走させたかったんで急遽この話を作りました。心に傷を負い、敗北までしたリィンに明日はあるのか?