黒鴉と親殺しの神 (更新停止中)   作:ウィキッド

8 / 16
DIDの片鱗

 現在俺とキャスターは学園内にある図書室に来ている。理由は簡単、情報収集だ。

 先日の戦闘から更なる情報を得る必要があることがわかったが、マスターである竜太の情報は本人、ないし肉親に聞くしかない。だが竜太は答えてくれないだろうし、兄であるシンジにはこの間尋ねたばかりだ。同じく答えてくれないだろう。

 ならば真名がわかっているであろうライダー、つまりアレキサンドロス大王ことイスカンダルについて調べるしかないのだ。マイルームでパソコンなどを使って調べれば確かに情報を集めることはできるだろうが、それより情報の海と呼ばれるムーンセル内にあり、情報のたまり場である図書室にて探す方が効率がいいだろうと思ってきたのだが……

 

「意外と多いな」

「そりゃ全世界の情報がありますからねぇ」

 

 図書室の扉を開けた瞬間に抱いた感想は”広大”だった。左右、正面どこを見ても本棚ばかり。しかもその本棚のスケールは通常の物よりも数倍の大きさのものが用意されている。

 ――いくらなんでも欲張りすぎだろ、ムーンセル。

 そう心の中で文句を吐き出しながら無数の本棚に足を進める。

 

「偉人だけでもこんなにあるのかよ」

俺が足を止めたのは伝記コーナー。だがそこも大量の本が詰められていた。

 偉人の伝記コーナーのさらに国も絞ったのに何十冊も本が詰め込まれている。この中から探さなければいけないのかとうんざりしていると背後から声がかけられた。

 

「何かお探しかな? 図書室の管理は間目と私の二人が担当しているから手助けできるぞ?」

 

 振り返るとそこには眼鏡をかけた見知った少女がいた。

 

「氷室、でいいのか?」

 

 氷室鐘、予選の際に仮初の学校生活での仮初の友人の一人だ。

 自分と同じく予選の最後付近でも違和感に気づいていなかった様子から消滅してしまったのかと思っていたがどうやら彼女は参加者ではなくムーンセル側、つまりNPCだったようだ。

 

「うむ。NPCでも名前は変わらないのでな汝もそう呼んでくれて構わない」

 

 役割も変わってはおらず友人のままでなおかつ俺と友人だった時の記憶も残っているらしい。彼女とは仲が良かったからそのことがうれしく感じる。

 

「さて、先ほども言ったが何かお探しなら手助けしよう」

「いいのか?」

 

 そう意気ごむ彼女に対して確認をとる。個人に肩入れをしてしまったりしたら公平さが失われるのでは? そういう意味を込めての確認だ。

 

 「いや、黒野君。猶予期間で殺し合いをしているんだから公平さも何もないですが?」

 

 ……確かにキャスターの言う通りだがそれを公式側で行うのもどうかと思う。

 ムーンセルが定めたルールのひとつとして本選まで対戦者同士が戦うのは基本的に禁止されている。罰則こそないが長時間戦闘を続けると強制的に戦闘停止をさせられる。それ以降アリーナ内で対戦者同士が戦闘を行おうとすると何らかのペナルティが下されるだろう。

 前回のライダー戦で起きたように助けられる場合もあるが、逆に仕留められそうな相手を仕留められない場合が出てくるのだ。決して良いことばかりとは言えないかもしれない。

 

 まぁ、どちらにしても俺の能力を制限している可能性があるムーンセルだ。公式側といっても公平さを当てにすることはできないかもしれない。

 

「で?結局大丈夫なのか?」

「安心したまえ。予選では君に仕事を押し付けてしまったからな。それのお返しというやつだ。無論、ムーンセルからの許可も得ている」

 

 彼女が言っている仕事とはおそらく蒔寺の新聞部としての活動の手伝いだろう。だが新聞部としての仕事をしていなければ俺は違和感に気づけず、記憶を取り戻して予選を勝ち残ることすらできなかっただろう。

 むしろ恩があるのはこちらだ。これではお返しとは言えない。

 

「……不服そうだな。では、私が君に貸しを作るということにしてくれ」

「まぁ、それなら」

「それで? 何の資料について探しているのだ?」

「マケドニアの歴史について、あとイスカンダルという英雄についての伝記辺りを」

 

 氷室は意外そうに目を見開き俺をみる。

 

「対戦相手の真明はわかっているのか。意外と汝は優秀だな」

「意外と、は余計だ。それで、手伝いお願いできるか?」

「無論だ」

 

 不敵そうな笑みを浮かべる氷室に対して俺は妙な安心感を覚えた。これは友人だった時の経験からだろうか、こんな顔をする彼女は頼りになるのだ。

 

 

 

 とはいっても。そう簡単に解決はできずにいる。

 

「ムーンセルの力でこう、パパっと探せないんですか?」

「そんじょそこらの図書室と比べてくれるな。先ほど君が口にした通りムーンセルは情報の海なのだ。探すのに手間がかかるのは必然だ」

「だけどなぁ……」

 

 文句を言いながらも本棚から大量の本を運び出す俺とキャスターに、椅子に座りながら俺たちが持ってきた本に目を通す氷室。

 俺とキャスターが資料を粗く持ってきて、氷室が細かく厳選してくれているのだ。

 

「まぁ、なぜか今回の聖杯戦争では探知機能がうまく作動していない理由もあるがそれには私も同意見だ」

「探知機能?」

 

 聞きなれない言葉に疑問の声を上げると氷室が本に視線を落としたまま答えてくれた。

 

「私たちNPCにはいくつか役割があってな。その中でも上位NPCにはその役割を効率よくこなすために様々な能力が与えられている」

 

 つまりそれぞれの役割に関する能力の有無。それがNPCと上位NPCの区別なのだろう。

 

「私や間目は図書室の管理、有理嬢のアリーナ管理、カレンや桜達は保健室の管理及び支給品の提供、言峰神父や藤村はNPCたちに対する命令権限を有している。その図書室の管理の一つである書物の検索がなぜか、うまく機能していないのだ。おかげで参加者に対して十分に資料を提供することもままならなんよ」

 

 苛立ちを込めたように少し雑に本を閉じる彼女。どうやら満足のいく本ではなかったらしい。

 

「ムーンセルに報告はしたのか?」

「もちろん、そのムーンセルが原因不明という結論を出したから現状維持だ」

 

 ムーンセルにも原因が解明できないのか、それはもしかして深刻な問題なのではないか?

 

「いくら万能の願望機と言われようともできないことはあるだろうよ。だが安心したまえ。ある程度の時間があれば解決するだろうさ」

 

 俺の心を読んだように心配する必要はないと告げられる。

 

「それより次の本をくれないか」

「おお、悪い……ん?」

 

 一冊の本、たまたま手に取ってみたその本から一枚の銀色のしおりがはみ出ていた。たまに本を返す際に抜き忘れることもあるのでこれもそうかと思った。

 気にせずに元の棚に戻そうとした瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――愛している。

 

 

 

「っ!」

 

 ―――――震えた。栞から声が聞こえてきたことに対する恐怖に。正体不明の存在に。

 そしてなにより舌で身体中を舐められたような気色の悪い、そう感知させる声に。声だけでそう感じられる不気味さに。

 

「黒野くん?どうしたんですか、固まって。お好みのエロ本でもありましたか?」

 

 横からこちらの顔をのぞきこむようにキャスターが現れる。その瞬間、

 

「うぐっ!?」

 

 頭痛が響く。脳みそが沸騰するような感覚に膝をつく。立ってられない。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 キャスターが心配する。だが答える余裕はない。

 

「っあ」 

 

 目の前には闇が渦巻く。先ほどまであった図書室の風景はすべて黒に染められていく。

床についた手のひらも黒色に染まっていく。まるで錆びていくようだ。

「黒――――くん! ――!」

 

 誰かの声が聞こえる。だが、構ってられない。余裕がない。このままこの黒にのまれていきそうな感覚に陥る。

 だが、

 

――――――愛しています。

 

 

「っはぁ!! 」

 

 水面から顔を出したような感覚と共に周囲の風景が元に戻る。

 

「黒野君!? 今意識飛んでましたよ!? ほんとに大丈夫なんですか?」

「あ、ああなんとか」

 

 今のはいったい何だったんだ? 声と共に変な感覚に襲われ、変な声と共に解放された。近いうちに保健室に行ってみるか。正直、キャスターに相談してこれ以上負担を増やしたくはない。できるだけ自分一人で解決したい。

 

「……すごい汗ですよ。少し休みましょうか? 貧弱な黒野君には資料探しは重労働だったかもしれません」

「だれが貧弱だ。こんにゃろ」 

 

 冗談めいた彼女に反論する。声もいつもの状態に戻ったようだ。

 

「それ、なんです?」

 

 指さされた先は俺の手の中、そこには先ほどの栞が入っていた。

 

 礼装、だな。しかも強力な。

 

 そもそも礼装とは基本的には3つに性質がわけられる。

 一つは回復用の礼装。これはその名の通りサーヴァントの体力や傷を回復させる力を持つ。中ではマスターを回復させるものがあるらしいが……いまだ俺は見たことがない。

 キャスターはただでさえ紙装甲、つまり脆い。だからこの系統の礼装は必要不可欠だ。

 二つ目に強化系。基本的な作用はサーヴァントのステータスを補うものだ。その強化幅は礼装によってまちまちで使ってみなければわからない。また、礼装によって強化される部分も変わってくる。では筋力、耐久を上げる性質を持っている。強化の幅はいまいち把握できていないがキャスターの力をあのライダーの筋力と渡り合えるぐらいには底上げできた。

 

 最後に特殊系。その名の通り残りの二つに当てはまらない特殊な礼装がこれに属する。移動用、相手のデバフ効果など様々なものがある。強力なものが多いらしいが癖が強く、使いこなすには一筋縄では行かない。

 

 手元に視線を向ける。そこには今だ劣らずに光続けている栞がある。よくみてみると幾何学模様が彫られている。

 この栞はいったいどれに属するかわからない。彫ってある模様をなぞりながら考えてみるがやはり起動しない限りわからない。得たいの知れないものだから発動させたくないが。

 だが触れた瞬間に感じる強い力、これは少なくとも素人が作ったものではない。名のある魔術師によって作られたものだ。

 ムーンセル側の人物に聞けばわかるだろう。丁度そこに氷室が一人いるし、聞いてみよう。

 

「氷室、これなんだ?」

「……ん? なんだって?」

「これ、本に挟まっていた礼装なんだが」

 

 俺がヒラヒラと振って見せる栞を少しの間凝視する。

 眼鏡をクイッと持ち上げながら考え数秒、すると思いだしたかのように手を叩いた。

 

「これは、ああ試験用の奴か」

「試験用?この礼装が?」

 

「ああ、お試し用の礼装だ。効力は保証できないので没になったがどこかに行ってしまってな。こんなところに入っていたのか」

「どんなものだ?」

「まぁ、簡単に言うとミニ聖杯だな」

「せっ!?」

「まじですか!」

 

 氷室がつぶやいた単語に二人して驚く。何でそんなものがこんな場所にあるんだ!?

 

「少し前の聖杯戦争で作られたものだ。作った人物が使わずに敗北し、アリーナ内に残っていたデータを構築してできたものだな」

「いいのか、それ」

 

  聖杯、それがあればこの戦いに意味がなくなる。なぜならば優勝賞品である聖杯がこんなところにあるのだから。わざわざ命の危険を顧みずに優勝する必要なんてないだろう。

 だが氷室は首を振る。

 

「あくまでもミニ、だ。デカすぎる願いはかなえられない。それに先も申した通り効力は保証できん、望みのものが望んだ形で手に入るかもわからない不良品といったものだ。せいぜい礼装や服、はした金程度なら望めば問題なく手に入るだろうが……使わんだろう。どれ、デリートしよう」

 

 手をこちらに向け、渡すよう促す。

 だが、少し待ってほしい。もしかしてこれは使えるかもしれない。

 

「これくれないか?」

 

「汝も変わった奴だな。まぁ元々ジャンク行きだから問題はないが」

 

「ちょっと使ってみたくてな。そこまで大きな願いじゃなければいいんだろ?」

 

「まぁ、一応そのようにはなっているが……いったい何をするつもりなんだ?」

「礼装の作成」

 

 戦闘を助ける礼装、只でさえ弱体化しているのだ。礼装ぐらい強力なものがほしい。

 正直、この栞が使えそうな礼装だったらもらおうと思ったが簡単な願いしかかなわないなら役には立たなそうだった。のでこれを使って礼装を得ることを思いついたのだ。

 だが俺の答えに氷室は呆れたような表情をする。

 

「そんなことをしなくても購買で売ってるはずだが?」

「え、まじ?俺が行くと全部売り切れなんだが」

 

 地下にある食堂には購買もある。そこの購買で売られているものは食料、サーヴァントの回復用アイテムのエーテル、礼装など様々な範囲で品ぞろえがいい。

 だが、礼装に関しては俺が前に行ったときには売り切れで店員に訊ねてみても「在庫がありませんから」の一言のみ。流石におかしいと思っていたが運がなかっただけだとも思っていた。

 

「運営側のエラーですか?」

「恐らくはな。だが悪いが私にはなにもできない。そもそも修正できるような権利は私にはない。さらに上位のNPCにでも頼めば……そうだな言峰神父あたりに申請すれば修正されることだろう」

 

「まじか、あのひと苦手なんだよなぁ」

 

 何というか油断すると背後からやられそうな、信用ができないような人物というか。しかしこのままでいるわけにもいかない。後で探して申請してみよう。

 

「それで、作成できるよな?」

 

「汝が何を作るのかはわからないが……まぁやるならここではない場所やってくれよ? ここには貴重な資料も多いからな」

 

 確かにこんなところで礼装を作るなんてことしたら迷惑千万だろう。マイルーム辺りでやることにしよう

 

「それと、見つかったぞ」

 

 

 彼女がこちらに手渡してきたのは一冊の古びた書物だ。表紙にはかすれている英字でアレクサンダー大王と記されている。

 

「おそらくこれがこの図書室にあるアレキサンダーについての書物の中で私が勧める最高の本だ」

「サンキューな」

 

 素直にお礼を言うことにする。下手をすればここで一日時間を使っていたかもしれないし、あまり役に立たない情報を得ていたかかもしれないから本当に彼女には感謝している。

 

 すると珍しく頬を染めた彼女が咳ばらいを一つする。

 

「そ、それより君たちはトリガー習得はしっかりとやっているのか?」

「一つ目はもうとってるけどまだ第二アリーナが開いていないんだよ」

 

 だが二つ目はまだとっていない。正確に言うと取れないでいる、といったところだ。

 アリーナには開放条件があり、それが満たされないと次のトリガーを探しにアリーナに入ることができないのだ。開放の条件はたいてい”一つ目のアリーナ取得”らしいが俺たちはまだ第二アリーナに入れないでいる。

 

「ならば改めてアリーナに行ってみるといい。二つ目のアリーナが解放されているはずだ」

「なんで開かなかったんですか?」

「おそらくラグだろう。今いけば普通に入れると思うぞ」

 

「そうか、なら行ってみるよ」

「ああ、汝たちには個人的に期待しているから頑張ってくれよ?」

 

 氷室に言われ、図書室を後にし第二のトリガーを取るために昇降口、アリーナの入り口前に向かう。そしてそこでそれに出会った。

 

 一人はピンク色の髪色をし、狐耳と大きな狐のしっぽを持つの女性で藍色の露出度多めの服を着ている。だがそれは正直言ってどうでもいい。英霊なのだからそんな奇抜な者もいるだろう。問題はもう一人の方だ。

 もう一人は――――――

「■■■■■■■■■」

 

 ノイズが走る。何か話しているようだが聞き取ることができない。

 

「キャス、ター。あれが何かわかるか?」

 

 乾いた声で彼女に訊ねてみる。

 

 ”いたって普通の人間ですが? いや、NPCかも。特徴ない殿方ですね。見た目は。魂はイケタマですが”

 

「お前にはそう見えるのか?」

 

 俺には黒い靄が渦を巻いて、なんとか不安定ながらも人の形を保っているような異物にしか見えないのだ。

 しかも彼女が言うにはNPCのような特徴が少ない人で魂がイケメンときた。どこからどう見ても特徴がないなんて要素がない。魂がイケメン? 冗談じゃない。あれは呪いの塊、厄の塊だ。目を合わせないよう視線を床に向ける。

 

 あれはいったい何なんだ? 

 異物、例外。

 とにかく存在してはならないものだ。

 俺の様子にキャスターが霊体化をとき、心配そうにこちらをのぞいてくる。

 

「黒野くん? やっぱり帰りましょうか?」

 

 図書室の件もあってキャスターはまじめに俺の体調を心配する。返答しようと顔を上げるといつの間にか二人組は消えていた。

 恐らくアリーナに入ったのだろう。幸いにもアリーナは対戦者以外は基本的に同じ階層に飛ばされることはない。

 なら安心して進める。

 

「……いや、なんでもない。早くいこう」

 

 手のひらには今の感情を表すように無数の汗が浮き出ていた。

 

 ◻

 

 アリーナに入る。辺りは一階層と同じように砂漠に包まれている。ぶっちゃけた話使いまわしに近い。違うところといえばデカいオアシスがあるといったところだろうか。

 そのオアシスに近づき、手を水の中に入れてみる。

 予想よりも冷たい感触を感じ、驚く。どうやら周りの温度にこのオアシスは影響されないようだ。

 

「ん、飲める」

 

 勇気を出して手のひらですくった水を飲む。普通の水だ。冷たくて美味しい。

 

「データでも美味しく感じられるんですよね。煎餅食べていたときも思いましたが」

 

 おそらく旨みをデータ化しているんだろう。詳しいことはわからないが。それより

 

「キャスター、ライダーたちは?」

「残念ながらいませんね。でも今のうちにトリガーだけは取っておきましょう」

 

 そんなのんきな感想を述べている間にすでにキャスターはアリーナ内に敵サーヴァントがいるかどうかについて調べていたようだ。今回はいなかったらしいが。

 

「なぁ、キャスター。お前の願いってなんだ?」

「なんです、藪からスティックに」

 

 どこぞの芸人の物真似をする彼女に呆れつつも突っ込んではキリがないと言い聞かせスルーする。

 

「いや、単純に気になったからだよ。あまり変な願いだと嫌だから」

 

 全世界猫耳化計画とかそんなんだったら契約を打ち切ることも考える必要がある。できるだけまともな願いを持っていることを期待しながら返答を待つ。

 

「……まぁ、大したものではないですよ」

 

 そう言う彼女の顔はどこか憂いを帯び、声もどこか沈んでいるようだった。

 

「ただ、そうですねぇ簡単に言うならば」

 

 彼女は空を仰ぐように上空を、はるか遠くを眺めながら、昔を思い出すように

 

「――誰かに愛されたい、ですかね」

 

 ポツリと寂しそうにこぼす。まるでその願いが叶うことはないと知っている、無駄な行いだとわかっていてもあきらめきれないことを自虐しているように。

 そう、俺は感じた。

 

「それは、えっと、恋愛的に?」

 

 かろうじて出した声はかれていたような気がする。彼女もそれを聞いて笑いながら答える。

 

「にはは。恋愛や親愛だろうが、性愛でも私愛だろうがなんでもいいですよ。なんなら博愛でも。ただ、愛されたいだけです」

 

 彼女は照れ臭そうに笑う。だが俺には見えてしまった。瞳のなかに黒く、そして深い闇が無数の虫のように蠢いているのを。

 

 そして俺は本能的に感じ取ることができた――――これ以上踏み込めば戻ってこれないと。

 

 恐怖、しているのかもしれない。陽気な彼女から想像もできないほどの闇に。

 

「これ以上の話は黒野くんがマスターとして認められる存在になってから致しましょう。願いといえば黒野君、貴方の願いは何なんですか? わざわざこんな殺し合いに出るのだから結構なものでしょう?」

 

 それを悟られたからか、はたまた本人があまり話したくないのか話は打ち切られ俺の方が逆に聞かれる。

 

「ああ、弟の病気を治すんだよ」

「弟さんの? 難病なんですか?」

 

「”アムネジアシンドローム”脳の機能が麻痺し、突然記憶を失ってしまう病気だ。治療法は今、現在も見つかっていない」

 何度も恨んだその病気の名前を口に出す。

 

 健忘症のひとつであり、とある時期から急に流行りだした。感染は粘膜による感染。つまり水を飲んだりするだけで感染するものだ。

 

「ワクチンを作りだそうとした人間もいたようだが……完成前にテロで死んでしまったらしい」

 

 名前は何と言ったかな、確か”トワイスなんとか”だった気がするが正直覚えていない。なぜかその人物に対する資料がほとんど残っていなかったからだ。研究内容もそのバックアップもすべて燃えカスとなっていた。

 ありとあらゆる手を使って探したがかすりもしなかった。おそらく意図的に処分されたのだろう。テロに巻き込まれたと言ったがそれも怪しいものだ。

 

「そうですか。黒野君も大変なんですねぇ」

「そうだな、大変だ」

 

 他人事のように言う彼女に苦笑いする。

 大抵の人はこの話をすると同情の目で見てくるがあまり好きではない。なんとうか見下されているというか、どこか違う人物を見ているような。例えるならば漫画の悲劇の主人公を見ているような感じがひしひしと伝わってくるのだ。なので正直彼女のぞんざいな扱い方のほうが俺にとっては嬉しい。

 

「また今度弟さんの話でも聞かせてくださいね」

「なんだ?弟の嫁でも狙っているのか?」

 

 その言葉に彼女は苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

「嫌ですよ。どうせ弟さんも黒野君に似て目付きが殺人鬼みたいな人だとわかりきってますから」

「な、なにおう! 俺の弟はイケメンだぞ! 俺とは似ずにな!!」

 

 弟は俺とは見た目はほとんど似ず、性格も全然違う。

 例えば俺の髪の毛の色は黒だが弟は茶色だ。勿論染めてはいない。小さい頃からそうだったのだ。目つきだって俺は爬虫類のようなだと言われるのに対し弟は子犬のような愛護欲を促すような目をしている。

 性格に関しては弟は無茶ばかりするが、俺はおとなしかったりと正反対だ。

 

「自分で言ってて悲しくありません?」

「悲しいです」

 

 なにが好きこのんで自分を乏しめなければいけないのだ畜生。

 

 

 そんなことを言い合っている間に前回よりは早く、二個目のトリガーを習得した。

 

「もっと分かりやすくして欲しいですねぇ。ボックスの色変えるとか」

「まぁそうだよな」

 

 どうせ時間がかかると思ってエネミーとの戦闘を極力避けてきたのだ。こんなに早く見つかるならばそんな苦労はしなかったのに。

 

「ダメもとで申請を」

「キャスター?」

 

 しよう、と続けようとしたキャスターの表情が険しくなる。この場面をどこかで見たことがある。

 

「余り疲れていないのが幸いとでも言えば良いでしょうか」

「ってことは」

 

 俺の予想通り、奥の方。ちょうど自分たちがここまで来た道からライダーと竜太が見えた。

 

「おおキャスターとそのマスター出はないかっ!!」

 

「……戦闘か?」

 

 身構える。だが竜太は笑顔で首を横に振る。

 

「いえいえ、ただ僕たちもトリガーをとりに来ただけですよ。戦う気はありません。」

 

 

 

「……なぁ、お前の兄さん。間桐シンジのことなんだが――」

 

 いったいどうしてあんな性格なのか、から始めて世間話でもしようとしたのだが。

 

「黙れ」

 

 

 最初、その言葉は誰が発言したものかわからなかった。いや、信じられなかっただけなのかもしれない。あんな礼儀正しい竜太が発するなど想像できるはずがない。あんな優しそうな少年がこんなにもドスの効いた声を発するなど

 

 

「黙れ、黙れ黙れ黙れぇ!!」

 

 

 竜太はまるで人が変わったように体中をかきむしりながら叫ぶ。

 

「なんでどの人も僕と兄さんを比べる!? なんで僕を見ない!? どいつもこいつもなぜわからない! 僕は僕であいつはあいつだろうが!! なぜ理解しない? 理解しようとしない! 兄弟だから似ているぅ!? ふざけんじゃねぇよ! なんでそんなくだらない戯言で俺を評価する!? それは侮辱だ。それは俺に対しても僕に対してもあいつに対しても豚の糞を食わされることにも匹敵する屈辱的行いだ!俺に対する権利を、主張を無視する冒涜的行いだ!死刑に値する許されざる行いだっ!」

「いや、えっと……誰もお前と慎二を比べてなんてないぞ?」

 あまりの豹変ぶりに絶句したが、ひとまず落ち着かせようとしたが無視され、さらに竜太の目が血走り怒りが高まった。どうやっても話を聞いてもらえなさそうだ。

 

「どうした!?なんで黙る?なぜ口を閉じる?只でさえ恵まれた勝者であるお前らがなぜ只でさえ劣っている俺を無視する?運動ができるのがそんなにいいか?頭がいいのがそんなにいいのか?コードキャストなんてくだらない小細工が使用できるのがそんなにも偉く、貴い存在なのかっ?おい、答えろよ。なぜ答えない? 自らが優れているから愚劣な俺にの問いに答える義務はないとでもいうのか?ふざけるなっ!! 与えられた義務を放棄し、傲慢に生きる存在なんて存在する必要がない!」

 

 唾を撒き散らし、ただひたすら叫ぶ。その姿は見た目からは想像できないほど、巨大な殺意がにじみ出てくる。例えるならば嵐だ。

 

「こんなに言っているのにまだ無視するのか! いいぜ、思い知らせてやる。 ライダー! 令呪を持って――」

「落ち着かんか」

 

 今にもこちらを襲いそうだった嵐を止めたのは意外にも彼のサーヴァント、ライダーだった。

 俺の倍はありそうな手で拳を作り騒ぎ立てる竜太の頭に落とす。いわゆるげんこつというやつだ。鈍い音とともに竜太が倒れる。あまりの強さからか、はたまた自らのサーヴァントが手を出してくるとは予想だにしていなかったからか竜太は声を上げることすらできず気絶した。

 

「すまんの。ちと事情があってな」

「見逃しますよ。感謝しなさい」

「うむ。いずれ借りは返そう」

 

 竜太を小脇に抱え込みながらライダーはアリーナから退出した。

 

「なんだったんだ」

「……彼の兄が言うにはあの子供は二重人格でしたよね」

 

 穏やかな人格であった竜太、だが兄についての話題を出した際には目が血走り暴言を吐くようになった。つまりこれはもう一つの人格だ。

 凛たちとの会話でも兆候は見えていたが今回ほどではなかった。つまりあの人格になってもキレる場所は判断できる理性は残っているということだ。

 

「あの状態では戦闘の指示の精度は下がるでしょうが……そもそも指示を出していませんでしたからねそれと、あの子供気になることをこぼしていましたね」

「コードキャストを使えるくらいでみたいなこと言っていたな。やっぱり使えないのか」

 

 わからない、だが今のところでは使えないと判断してもいいかもしれない。

 俺がそう考えているとキャスターが伸びをし始めた。ピンっと張られた翼についびっくりとする。意外と彼女の翼は大きいのだから気を付けてほしい。

 

「ま、今回は目標のトリガーを無事習得できましたし、黒野君もあまり体調がすぐれなさそうなので帰って休みましょう」

「ん、そうか? 俺は大丈夫だぞ?」

「無茶はいけません! ささ、早く出口に!」

「あ、ああ?」

 

 珍しく早くマイルームに戻るようにするキャスターに違和感を覚えながらもアリーナを後にした。

 




体調を崩してました。
誤字脱字が多いかもしれませんのでもしございましたらご報告お願いします。

ちなみにタイトルの”DID”はDissociative Identity Disorder の意味です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。