「それで? 先生方がいただけで真相はわからずじまいか。だと思ったんだよなぁ」
昨日調べた弓道場の結果、出てきたのは霊界の入り口などではなくタイガーこと藤村先生とダメットさんことバゼット姉さんだった。それを蒔寺に報告したが、反応はあまり芳しくない。まぁいい反応されたらそれはそれで困るが。
「ま、弓道部の部長にちゃんと後片付けぐらいはするように言っておくか」
「あれ、知り合い何ですか?」
「まぁな。これで先生の負担は減るだろうよ」
蒔寺はその明るさと新聞部の部長という役職から人望が広く、それなりにも権力がある。そんな彼女がお願いすれば弓道部の部長も聞き入れて指導してくれるはずだ。
「……いい先生ですよね、あの人たち。それとですね部長」
「ん?」
昨日感じた疑問をぶつけてみる。
「なんで俺はテスト期間中にも活動しないといけないんですかね?」
別に不満に思っているわけではない。ただ、理由があるなら訊いてみたい。
「意味を考えるな、感じるんだ」
「特に意味はないんですね?」
…………
「か・ん・が・え・る・な!」
「はい」
案の定答えてはくれなかった。だが流石にそれだけであしらうのはかわいそうだと思ったのか申し訳なさそうに言う。
「……それにね、お前だけじゃないよ? 活動しているの。■■■や由紀っちにだって声かけてるし」
――ノイズが走る。
「さて、次の怪奇スポットだ! 『屋上に立つ赤い女の幽霊』というやつだ。なんでも赤い服を着た女が屋上から恨めしそうに校庭を見ているというものなんだけど」
何か言いにくそうな顔をしている。何か問題があるのだろうか?
「どうかしたんですか?」
「いや、別の怪奇スポットに『プロレスをする青い女の幽霊』というのがあるんだけど」
「何それ怖い」
物理攻撃してくる怪奇現象って聞いたことないぞ? しかもプロレスって、もろ肉体あるじゃん。幽霊じゃないじゃん。
「その青い女がこの赤い女と争っているのを見たって噂があるんだ。だからお前にはその青い女の方の調査を頼むよ」
「幽霊じゃなかったとしても関わりたくないんですがそれ……」
幽霊だったら普通に嫌だが、幽霊じゃなくても不審者確定だよ、それ。
「とにかくいけ! 黒豹のごとく!」
そんなことを叫んで俺の意見を無視し、早くいけと促す部長。相変わらず横暴だが、彼女のいいところはその元気さだろう。ただその元気が強すぎて人の話を聞かないことがあるが仕方ない。そう思うことにして、向かおうとすると後ろから呼びかけられる。
「教会付近で見かけているのが最後の目撃情報だからそこらへんを探すといいぜ?」
その情報はありがたい。下手をすればしらみつぶしで探すことになってしまったかもしれないからな。
片手を振り、礼を言いながら教会方面に向かった。
◆
月見原学園には大きな庭園と教会がある。光が反射し綺麗な噴水、手前には色とりどりの花が咲き誇る花壇。そんな庭園の後ろに白い色をした大きめの協会がたたずんでいる。神々しさが溢れてくる場所でもあり、とても心が安らぐ場所でもある、あるのだがそもそもなぜこの学園に教会があるのだろうか? あとで部長にでも聞いてみよう。どうせ噂好きの彼女なら何か知っているだろう。
そんなことを考えながら庭園に続く扉を開けるとそこは先ほど思い描いていた光景が広がっていた――一部を除いて。
それは一人の女性、なぜか軍用のヘルメットをかぶった一人の女性が花に如雨露で水をあげていた。
焦げ茶色のヘルメットからはみ出る銀色の髪の毛が光に反射して煌めく様子は妙に神秘的で、初対面なのになぜか彼女に似合っていると思った。
「あら」
彼女は俺の視線に気づいたらしく、笑みを浮かべる。その優しげな笑みについドキリとしてしまう。
「珍しい。貴方がここに来るなんて。神に祈る資格など自分にはない、なんて言っていたのに」
彼女は水やりを止め、こちらに歩いてくる。
「……流石に無視は傷つくわ」
どう反応すればいいか考えていると無視されたと思われたらしく拗ねたように口をすぼめる目の前の女性。そんな彼女に俺は
「――えと、どちら様ですか?」
残念ながら俺は目の前の女性とは初対面だ。誰かと間違えているのではないか? そういう意味を込めて申し訳なさと共に素直に尋ねたが……
「はい?」
彼女はキョトンというような呆けた表情をし、数秒後鬼気迫る表情に変わった。
「まさか……貴方! 私の名前は!?」
如雨露が乱暴に投げ捨てられ大きな金音をたてる。それに驚いていると胸ぐらをつかまれる。
その掴む力は女性にしては強く、体が少し浮いてしまう。
「いや、わからないって!」
焦るようにそう告げると彼女は泣きそうになりながら顔を歪める。
ストン、と浮かせられていた体が地面に落ちる。
「あの、大丈夫? なにか俺がしたんなら謝りますけど」
なにが引き金になったのかわからないが水やりをしていた頃の雰囲気は霧散し、先程まで俺を掴み上げていた拳は血が出るほど力がこめられて握りしめられている。
……原因はわからないが俺が彼女を知らないと告げた辺りから様子がおかしくなったので自分が関係しているのではないかと思う。なら謝罪をするべきだろう。
「……ごめん」
だが、彼女はどこか疲れたような笑みを浮かべる。
「……いえ、こちらこそごめんなさい。わ気のせいだったみたい、私の名前は
彼女――鏡音優香は名前を伝えてフラフラと教会から離れていく、そして扉を開けて出ていこうとしたときこちらに振り返る。
「黒野。必ず、思い出しなさいよ。それと、貴方が探している
彼女は苛立ちそうにそう告げて出ていった。
庭園に残されたのは自分一人、不思議なことに他に人はいない。
「何だったんだ?」
扉に手をかけた時一つ、疑問が浮かんだ。
「俺、名乗ったっけ?」
そんな疑問をかき消すようにただ噴水の音がしつこいほどに響いていた。
◆
「失礼しまーす……」
年代ものだろう古い見た目の扉を開く。重い扉を開けた先には異様な光景が広がっていた。
椅子は乱雑に置かれ、壁には亀裂が入り、ステンドガラスは砕かれている。
そして、なによりも目立つのが中心で倒れている青い服をきた女性だ。
「だ、だいじょうぶか!?」
急いで駆け寄り、うつぶせになって倒れている彼女を抱き起す。とりあえず脈はあるが意識はないみたいだ。
「と、とにかく保健室まで連れていかないと!ああ、でも先に連絡か?」
こんな事態に遭遇したことがないからかなり焦っている。意識がない場合ってどうすればいいんだ?むやみに動かしていいのか?
「先輩‼」
焦り、悩んでいると背後から少し慌て気味の声が聞こえ、振り返るとそこには腰にかかりそうなほどの紫色の髪を揺らしながら一人の女性が小走りでこちらに向かってきていた。
「桜! ちょうどいいところに」
保健委員の
桜は息を切らしながら倒れている彼女の前に膝をつき容態を見る。
「額を、強く打った、と鏡音先輩から聞いています。えっと、すいませんが運ぶの手伝っていただけませんか?」
つまり先ほどのヘルメットの女性、鏡音はこの女性が倒れていることを知っていたのか。いや、原因も分かっているからその場にいたのだろうか? どちらにしろ知っていてスルーしておくのはどうかと思うが……
とにかく今はこの女性のことだ。知識のある桜の指示に従おう。
「ああ、任せろ」
言われた通りに背中に彼女を背負う。
「んっ」
小さな喘ぎ声にも似た呻き声をあげる背中の女性、少し変な気持ちになる。さらに、そのなんと言うか……緊急事態にこういうことを考えるのはどうかと思うのだが、えと、柔らかいです。具体的に言うと背中にあたる二つの球体が。
「先輩? 急ぎましょう?」
「あ、ああ」
黒い笑みを浮かべた桜をみて急いで保健室に向かった。
……言い訳のつもりじゃないが仕方ないじゃん、男だもん。
勿論、そんなことを言い出せる勇気は俺にはなく、ただただ足を早めた。
◆
保健室に彼女を運びベットに寝かせる。ひとまず気絶、というより眠っているだけのようだ。大事がなく、安堵の息をこぼす。
「あ、すいません。少しの間保健室にいてくれませんか? 生徒会長に呼ばれていまして」
「ああ、わかった。そんなに時間はかからないんだろう?」
「ええ、数分で戻ってきますから……変なことしてはいけませんよ? 先輩」
「するか!」
つい大きな声を出してしまい慌てて口を押さえる。幸いにも起こしてしまってはいないようだ。桜はジト目でこちらを睨む。お前が原因だというのに。
音を立てないように桜が出ていき残されたのは椅子に座っている自分と、すぐ隣で ベッドでスヤスヤと眠っている名前も知らない彼女だけ。 他に利用者はいないようだ。
保健室で女子と二人きりになるなんて初めてのことだ当然緊張している。
「んっ」
寝返りをうち、整えられた顔がこちらに向けられる。
……部長の言っていた怪奇スポットの女性はこの子なのか?
青い服を着ているし金髪だ。噂と同じ外見の人物。しかし、見た目からはどう考えてもプロレスなどとはかけ離れた存在だ。違ったらだいぶ失礼だろうが目が覚めたら確認してみるか。
改めて彼女の顔をじっと見てみる。 人形のような染み一つない綺麗な顔。纏う雰囲気は眠っていても上流貴族を思わせる
縦ロールの髪は少し乱れているが荒れてはいないことから毎日手入れをしっかり施していることがわかる。
素肌をみだりに見せることを防ぐためか白い手袋をつけている。その手袋もシンプルながらもきれいな刺繍が施されていた。
そしてなにより――胸はでかい。
「って、何考えてるんだよっ! 俺! 」
ガンガンガンと頭を壁にたたきつける。これでは桜になんていわれるか! 「やっぱり先輩も男の子なんですね」というセリフと共に冷たい目で見られることはかk。下手をすれば姉さんにまで伝わって鉄拳制裁が待つことになるだろう。
「……うるさいですわね」
しまった。ついつい隣で眠っていることを忘れてしまっていた。
意識がまだ微睡のなかにいる彼女は辺りを二度三度見渡し、まぶたを擦りそしてこれでもかというほどに目を見開いた。
「はっ! あの殺し屋はいったいどこに!」
……なんだか物騒な言葉が聞こえたが、起きたばかりなので意識が混乱しているのだろう。夢でも見ていたのかもしれない、うん、そう思うことにしよう。そう思いたい。
「そこの貴方? ここはどこでしょうか?」
現実逃避をしていると自分以外にも人がいることに気づいたのか尋ねられた。
「保健室です、倒れていたんですよ貴方」
「ということは……逃げられましたわね」
どこから取り出したかわからないがハンカチを噛んで悔しがる様子を見て確定した。この人はきっと見た目と中身が一致しない、多分中身は山賊の大将みたいな野蛮さの塊でできているに違いない。
失礼なことを考えているとコホンと咳ばらいをした彼女がこちらに向き直る。
「貴方? 名前は?」
「えっと、岸波黒野です」
「私の名はルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトと申します。ここまで運んでいただき感謝します。この借りは必ず返しますので。ではキシナミ、
――ノイズが走る。
気が付くとそこには誰もおらず、いた痕跡も残っていない。いや、そもそも自分はなぜここにいるのだろう?
「先輩、なにを惚けているんですか?」
後ろからかけられた声に反応し振り返るとそこには一人の少女がいた。
怪訝そうな顔でこちらを見つめる金色の二つの瞳に後ろで一括りにまとめられた長めの白髪、そしてシミ一つとしてない白衣を身に纏った少女――カレン・オルテンシアはため息を吐いていた。
ああ、そうだった。桜が生徒会長に呼ばれているからカレンと留守番を頼まれていたんだ。しかし、一人いれば留守番は大丈夫だろうに。
「いや、何でもない。それじゃ、俺はそろそろ行くかな」
「……もう、いくのですか?」
そう言うカレンの瞳には珍しくうっすらと悲しみの色が浮かんでいた。それを見て俺はからかいがてらまだ居座ることを決めた。
「なんだ? 居てほしいのか?」
「何を勘違いしているのですかこの早漏の駄犬は」
椅子に座りなおした俺を見て一瞬、本当に一瞬だけ頬をゆるめたが次の瞬間には氷のような冷めた表情と共に少女が口にしてはいけないような罵倒を吐き出した。でも残念、出会った当初なら驚いていたが今ではもう慣れたもので軽く笑って流す。
「それにしても、お前もだいぶ変わったな」
「そうですか?」
「いや、お前思い出してみ? 俺と出会った時のこと」
あれは――そう入学式の時のことだったはず、教会に立ち寄った際に彼女と初めて出会ったのだ。立ち寄った理由は……そうだ、演奏だ。教会の外にまで漏れていたオルガンの音が気になって訪れたのだ。
そして静かに覗くと演奏していたのはこの少女、カレンだ。てっきり先生の誰かが演奏していると思ったが、後輩とは思わなかった。
あの素晴らしい旋律を彼女が作りだしたこと、そのことに驚きを覚え、同時に関心を持った。なので話しかけたのだが…………まぁ、何がどうなったせいなのかわからないが、どこぞのトラブってる主人公のような目に遭ったのだ。具体的に言うとーー
「先輩にスカートの中に顔を突っ込まれましたね」
不可抗力だがそういうわけだ。詳しくは話したくはないな。
「一切動揺しなかったけどな」
「動揺していないからといって反省の色がないのはどうかと思うのですが」
「いや、反省はした。土下座もしたし、大勢にみられながら」
そんな不幸な事故があったが彼女は顔色を変えなかったのを覚えている。そもそも悪かったのは俺ではなくカレンだ。しかし、こちらは先輩で相手は後輩。しかも一番恥をかいたのは俺でもなく、彼女だったから悪いのは自分だということにした。
「ああ、そうでしたね。先輩のあの無様さを忘れていたなんてやはり疲れているんでしょうか私」
そういって額に手をやり私疲れてますよーというアピールをするカレン。
正直、似合ってないぞ? そのポーズ。そのことをからかおうとしたらあるものが目に入った。
「カレン、お前そのネックレス俺があげたやつ?」
「ええ、そうですが。それがなにか?」
胸元にあるロザリオ付きのネックレス。以前バイトで金が貯まったときについでながら買ったのだ。姉さんには似合わないだろうし、氷室もあまりイメージが合わない。なので最終的に彼女に渡すことにしたのだ。
「似合ってるぜ」
正直な感想をのべる。事実、彼女にそのネックレスは体の一部のように思えるほどに、奇妙なほどに似合っていた。しっかりと身に付けているその様子を見ると渡した俺も嬉しい。
「――そうですか」
大事そうにネックレスを触る彼女の顔はうっすらと赤くなっていた。
「お、照れた?」
俺の言葉に赤く染まっていた頬は一瞬にして元の白い肌に戻り、視線は絶対零度に戻る。
「なぜそんなことをほざくのでしょうか?」
「オーケーオーケ、そんな目で見るなよ。俺が悪かったからさ」
「当たり前です。貴方がすべて悪いのですから」
そんなやり取りは桜が保健室に戻ってくるまでの間続いていた。
―――――――――――――残された期日はあと一日。烏は今だ目覚めず。
誤字、キャラの口調の違和感がありましたらご連絡お願いいたします。すぐに直させていただきますので。また、質問感想はどんどんお待ちしておりますので。