黒鴉と親殺しの神 (更新停止中)   作:ウィキッド

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夢は覚めて

 ライダーが地に伏せた瞬間にその巨体が大きな音を立てる。動くようすはない。

「終わった、んだよな?」

確認するようキャスターに尋ねる。

「ええ。その証拠に」

 

 彼女が顎で促す先には赤いカーテンのような透明な障壁が現れ竜太たちと俺達を分断する。まるで勝者と敗者を分けるように。

 ――勝者は生き残り、敗者は死ぬ。その言葉の意味が今明らかになるのだ。

 

 障壁の向こうでは竜太とライダーの体がゆっくりと黒色に侵食されていく。腕が、足が、そして頭が塵のようにボロボロと消えていく様子がはっきりと見える。これがムーンセル内での、死。データ化された体がデリートされているのだろう電子音がノイズとなって耳に入る。

「……流石に、いい気分ではないのぉ」

 

 その声に驚き、目を見開く。声の主はライダー。まさかまだ戦う気なのだろうか?身をこわばらせ警戒する。

「安心せい、もう勝負はついた。だからこの障壁もでてきたのだ」

 そう言うライダーは流石に立ち上がる力は残っていないらしく胡坐で自らの消えゆく手足を感慨深そうに眺めている。確かに戦意は感じられない。それに腹に残る痛々しい傷跡からもう戦闘の続行は不可能だと考えられる。

「そうですよ黒野君。私たちは勝者なんですから堂々としましょう」

 キャスターの同意も後押しし、わずかながらに緊張を解く。だがもしこれでライダーが障壁を突き破ってこちらに攻撃をしないとも限らないので完全に警戒は解かない。

 

「うむ、それでよいのだ。余は貴様らに全力を出して挑みそして貴様らは完膚なきまでにそれを打ち破った。誇ることこそあれど恥じることも縮こまる必要など微塵もないぞ!」

「無理ですよ、黒野君は意外と小心者ですから」

 

 ぺシリ、と余計なことをこぼすキャスターの頭を軽くはたく。

 

「マスター自身がサーヴァントの手助けを危険を顧みずに行い宝具を破る。うむ、面白い策であった」

 

 感心するように唸るライダーの言葉には皮肉の意味は込められていない。単純に感心しているのだろう。自らが死ぬ原因となった作戦をほめたたえるとは……英霊というものはみんなこんな者なのだろうか? 変わり者というか、どこか達観しているというか。

 

「む、時間があまりないな余の体ももう半分は消えかかっている」

 

 ゴホン、と声を整え今までとは違い空気も張り詰めたものに変わる。

 

「よいか未熟な戦士よこれから先必ず足を止めてしまうことがあるだろう。だが――」

 

 視線は厳つく獲物を刈るような獅子のそれだがその声色には悪意がみじんにも感じられずそれこそ幼子を諭すように、柔らかい。

 

「――忘れるな。止まるということは倒した、殺した者に対する侮辱になるのだ。何かがあったらそのことを思い出せ」

 脅迫にも近い彼の言葉は重く、だからこそこちらを本当に案じているのが伝わった。俺は黙ってうなずくことで応えた。

 

「さすれば歩みが止まった際に進める糧となるだろうよ」

 

 俺の様子を見て満足したのか真剣な目つきは今までと同じく人懐っこいものに変わりさわやかに笑う。

 

「さて、余からはこれで伝えたいことはすべて伝えた。後は貴様だけだぞ小僧」

 ライダーが視線を竜太に向ける

「え、僕ですか」

 今まで会話に参加せずに自らの消え行く手足を黙って眺めていた彼は突然話を振られ目を白黒させる。

「たわけ、他に誰がいる。どうせ話足りないこともあるのだろう?」

 そのセリフは図星なのかより一層驚きを隠せないでいた。ライダーは見抜いたことを得意げに笑う。

「では部外者は退場すると――」

「ライダー!」

 

 引き留めるように竜太が叫んだ。不思議そうにライダーは竜太を見つめる。竜太自身もとっさに出てしまった言葉らしく続きがなかなか出てこない。だが話を止めずにたどたどしくも言葉を紡ぐ。

 

「その、なんとなくだけどお前がよくお前の姿をみろって言い続けてきた意味、ほんとに何となくだけど……わかった気がする」

 

 たどたどしさは霧散し、確信を持った声で告げる。

 

「お前は僕に目的を、戦いに意味としっかりとした目的を持ってほしかったんだな」

「――遅すぎるわい……だがよくぞたどり着いた」

 

 満足そうに笑う。それにつられ竜太も笑みをこぼす。

 

「うむ、ではさらばだ! お主らの旅路が良きものであることを! やはりこの世界は面白かったぞ!!」

 

 最後に勝者(俺たち)をたたえる言葉と、征服王らしいセリフと共にかの王は消え去った。そこには微塵の公開も感じられない。いや、実際には無念で仕方のないことだろう。だがそれを感じさせられないほどに彼の表情はすがすがしいものだったのだ。

 その最後に、なぜ彼が多くの臣下に慕われていたのかが真の意味でようやく理解できた気がした。

 竜太は先ほどまでライダーが居た場所を眺めている。その瞳は寂しさからか潤んでいるように見えた。だが俺たちの視線に気づくとかぶりを振り落ち着いた表情になる。

 

「黒野さん、キャスター。貴方たちが勝つことを願っています。死者の世界があるなら兄ともども見守っています」

「もうシンジが負けているのは確定なんだな」

 

「ええ、兄の性格から慢心の限りをつくした後無惨に敗北するでしょう」

 

 言い過ぎ、とは思わない。確かにシンジは情報を話し過ぎていた。対戦相手がどんなやつなのかはわからないがあそこまで油断しているのをみれば竜太の言う通り敗北は免れない。もし勝ち抜いたとしてもこれから先生き残るのは難しいだろう。

 

 

「ライダーには伝えていませんでしたが僕の優勝したいという願いは少し違います」

 無言で先を促す。

「僕は兄に勝ちたかったんです。それも名を残す形で」

「それだったら別に優勝しなくてもいいんじゃないか?」

「いや、優勝しなくちゃ死んじゃいますでしょう」

 

 キャスターの突っ込みに納得する。確かに生き残らなければ名を残しても伝わらないのだ。

 

「それに僕の保護者は優勝以外はすべて同じだと判断しますからね」

 別段、それは今の時代おかしくもない。地上では親が子を子とは思わない、まさに弱肉強食といえる風潮なのだ。そうしないと生き残れないような世界になりつつあるのだ。ただ、それを酷いとも思わずにただ当たり前のように行えるような人間にはなりたくない。そう思った。

 

「お前は兄が嫌いだったのか?」

「いえ、むしろ好きな部類ですよ。ほかの兄たちに比べればという言葉がつきますが」

 

 兄に対する話題から触発されたのか竜太は機嫌を悪くし舌打ちをする。

 

「それにしても腹が立ちますよね。僕の家では人権なんてないもんなんですよ。そもそもデザインベイビーが多い時点で人格がどうとかは意味ないですがね」

 

 デザインベイビー、その名の通り人工的に作られた子供だ。どこからか優良な遺伝子を購入し作ることが貴族の間で流行っているということを聞いた気がする。竜太も、そしてシンジもそうなのだろう。倫理的に問題とされていたのは何年前のことだろうか? 今では皆気にしていないようになっている。

 顔を真っ赤にしていうっぷんを吐き出している竜太を見て気づいたことが一つあった。

「興奮してももう一つの人格は出ないんだな」

「あ、そうですね。実はそこまで興奮していないのかも」

 

 それは敗北した虚脱感が興奮よりも大きいからかもしれない。実際彼がどうして二重人格になったのか興味はあるがどうせ碌なことが原因ではないのだろう。別れ際にそんな話はしたくない。

 竜太は伸びをする。もうその体は黒ずんでしまいほとんど見えなくなっている。

 

「ああ隠してきた秘密、いや愚痴かな? どちらにしても吐き出すと案外すっきりしますね――まるで嫌な夢から覚めたようなすがすがしさだ」

 夢から覚める。面白いたとえだが的外れというわけでもないのだろう。彼は兄、間桐シンジに対して劣等感を抱き、文字通り自らの命を捨てる覚悟でこのムーンセルに参加したのだ。

 たかが劣等感という人もいるかもしれない、だがそれを”たかが”ととるのかは人によって異なるのだ。竜太にとってはそれをたかがと思えないほどに重要なものだったのだろう。

 その重要なものを俺は戦いに勝つことで打ち砕いたのだ、責められても文句はないのだが。

「黒野さん、感謝します。貴方のおかげで僕は今、解放された」

 責める様子はなく今の竜太は憑き物が落ちたように年相応の笑みを浮かべている。そう彼の言葉を借りるならば、兄に対する劣等感の悪夢から覚めたのだ、俺たちが彼の命を奪うことで。

 正直、あまりいい気分ではない。命を奪うことで彼を救えたなど。まだ責められていた方がましだ。

 

「おや」

 体の八割が見えなくなってきたころ、もう限界だと悟ったのか竜太が惜しみながらも別れの挨拶をしてきた。

 

「では、この未熟者に時間を割いてしまい申し訳ありません」

 最後まで笑みを浮かべたまま彼の体は消え去った。

 残ったのは俺とキャスターのみつまり俺は、俺たちは生き残ったのだ。自らの欲望(願い)のために年端もいかない相手を殺して。

「うーん、疲れましたねぇ」

「無事勝ち抜くことができたな」

 これでまずは一回目。優勝するまであと六回、まだまだ始まったばかりだ。

「早いところ休みましょう」

 彼女も疲れているのだろう声に張りが感じられない。まぁ、早く休むという意見には賛成なのでマイルームに向かおうとする。

「ちょちょちょちょ! ちょいとお待ちを!」

 

 その歩みを止めるように遠くから声が聞こえた。振り返ると中庭に続く扉からこちらに一人の女生徒が走ってきているのが見えた。

 彼女は全力で走ってきたからか息も絶えた絶えで俺たちの目の前にたどり着いてもなかなか話せそうになかった。少ししてようやく落ち着いたのか顔を上げる。

 大きめの赤い瞳、ふんわりとボリュームがある金髪は背中にかかるかどうかの長さだ。

「いや~お疲れのところすいませんね。あ、飴舐めます?元気が出ますよ」

 疲れているのをわかっているならば早く解放してほしい、とはさすがに口には出さなかった。

 彼女は乱れた髪を整えている。それを見ていると俺の視線に気づいたのか目の前の少女は微笑みで返す。浮かべたその笑みはどこか人懐っこさを感じさせる。だがその笑みはライダーのようなものとは違いテープで無理やり張り付けられたような作られた(・・・・)笑みだ。正直不快だが彼女はその見た目から判断するに俺よりも年下、邪険にするのもかわいそうだろう。それにしても……

「……どちら様?」

 記憶の中を熱心に探るが……うん、どう見ても見覚えがない人物だ。彼女もうっかりしていたというように自らの頭を叩いた。

 

「あ、申し訳ありませんボクとしたことが自己紹介を忘れていました」

 

 肩にかけたポーチから名刺を取り出しこちらに手渡す。

 

「ムーンセルの記録NPC月乃栗柄(つきのくりえ)?」

「気軽にリエと呼んでくださいっす! 一応設定としては黒野先輩の一つ下の学年という設定になっています!」

「それで?」

 

 背筋を伸ばして敬礼をする彼女に対して要件を早く伝えろという意味でにらみを付ける。だがひるむ様子もなく彼女は話を続けた。

 

「ああ、実はっすね一回戦を終えて何か要望、異変がございましたら教えて欲しいと上からの依頼でして」

「今のところ特にないな」

 

 そう言いのけるとリエは手を合わせてお願いしてくる。

 

「頼むっす! 何でもいいので! 一つは出していただかないとこちらも困ると言いますか……」

 

 確かに何一つ意見を出さなければ彼女の顔もたたないだろう。仕方なく考えてみる。とはいってもないものはないのだが……。

 

「強いていうならエレベーターを降りてから決戦までの距離が長い」

「あーそれは確かにおもいました」

 

 キャスターも同意する。戦いに何の影響も出ないが不満というならばこれぐらいだろう。

「あと、アリーナのアイテムボックス、トリガーが入っているやつは色変えるなりなんなりして区別できるようにしてほしいな」

 

 決戦場での要望ではないが物のついでに頼み込んでみる。リエは俺たちの意見を手帳にメモし熱心に頷いている。

 

「ふむふむ、ではご協力ありがとうございましたっす。殺生院……今は岸波でしたっけ」

「――」

 

 

 

 

 冷水を浴びせられたような感覚が全身を襲う。――なぜこいつがそのこと(・・・・)を知っているのか? 

 驚きと怒りが顔に出ていたらしく彼女も申し訳なさそうに眉を下げて謝罪する。

 

「おっと、地雷を踏み抜いちゃったすか? すいませんっす」

「謝るなら誠意を込めろよ」

「では誠意替わりでこれを」

 

 無理やり手を取られ何かを握りしめられる。開いてみるとそこには購買の無料券2000PP分だった。

 

「期限は無期限なのでいつでも使ってくださいっす! それでは!」

 

 そう言い残すと彼女は風のように走り去っていった。その後ろ姿をにらんでいるとキャスターから戸惑い交じりに名を呼ばれた。

「く、黒野君?」

「いや、何でもない」

 キャスターは訝し気にこちらを見るが踏み込むべきではなことだと判断したのかそれ以上は何も言わずに口をつぐんだ。

 

 

 マイルームに入るとキャスターが畳の上に飛びのる。

「いやーやっぱり落ち着きますねぇ畳って。もしも致すなら畳の上でヤリたいですねぇ」

 

 ……それにしてもなんでリエは知っていたんだ? あの情報は俺とガトー、そして優香のみだ。

「黒野君?」

 ……ムーンセルがわざわざ調べたのか? だがそれを俺に伝えてどうするつもりだ? 

「ちょいさ!」

「へぶっ!!」

 

 突如目の前に緑色が広がり、井草の匂いと共に激痛が走る。どうやら畳を剥いで投げつけてきたらしい。広義の視線を向けるが逆に彼女ににらまれ委縮してしまう。

 

「全く、どうしたんですか? 私の下ネタにも反応しないばかりか無視するなんて」

「また言っていたのか」

 

 考え事をしていて全く気付かなかった。

 

「……全く、ほらそこに座ってください」

 

 そんな様子を見てか彼女はため息を吐きながら座布団の上を指さす。胡坐をかきながらその上に座ると中身が空の猪口が目の前に置かれた。どういう意味かと彼女の方を見ると徳利を揺らし持つ彼女がおり、その目が告げていた。飲め、と。

 

「まぁ成人しているし」

 しぶしぶ盃を彼女に向ける。注がれた酒は麦焼酎らしく麦特有の香ばしく美味しそうな香りが鼻腔を通り抜ける。ゆっくりと傾け口の中に流すとキリッとした味わいの中にもほんの少しのやさしく豊かな味が感じられる。飲みやすい。

 

「ほら、つまみもありますよ」

 

 いつの間にかつまみが乗った大皿も目の前に出された。盛り付けられているのは胡瓜とゆかりの和え物だ。緑色の胡瓜に紫色のゆかりがまばらにまぶされ緑色を引き立てている。

 箸でつまみ、口に運ぶ。胡瓜がよく冷えていておいしいく僅かに漬けられているのがなおさら酒がすすむ。

 美味しさに頬を緩ませていると目の前の彼女も大皿に箸を伸ばす。一つの皿を二人がつつくというのはいささか行儀が悪いが今は二人しかいないのだ気にしても意味がない。

 

「少し、見直しました」

「なにがだ?」

時が過ぎ、つまみもなくなったころ彼女がポツリとつぶやいた。彼女の空いた盃に酒を注いでやる、小さく礼を告げ彼女は傾け飲む。

「一回戦ですよ。貴方は私だけが体を張ることを良しとせず、自らも進んで動いた」

 

 照れくさそうに頬をかきなかなか続きを口にしようとしなかったが彼女は意を決したかのように口を開く。

 

「正直嬉しかったですよ。私生前はあそこまで思われたことなんてありませんから」

 

 やはり恥ずかしかったのか彼女は盃に残った酒を一気に飲みほして照れを隠す。

 

――どんな生き方をしていたんだ? 思わずそう口に出しそうになった。

 これは彼女の願いの大元にかかわることだ、気軽に好奇心で聞いてしまっていいものではないだろう。それにやはり怖いのだ、以前彼女が瞳に宿していた闇を知るのに。

 そして不安でもある。彼女の抱えているものが自分の手に負えるものではないものならばこれからの関係はどうなってしまうのか、俺は彼女をこれからもまともに見れるのかが。

 

「……そうかい」

 なので俺はただそうつぶやき、半ば逃げるように聞きたくなる好奇心を酒で流し込んだ。そして酒がなくなり、もう体を休めようとしたころ唐突にキャスターは叫んだ。

「あなたは、うん、マスターとしてはまだ認めないけど気が置ける存在……弟子みたいなものですかね。よし、黒野君を私の弟子にします!」

「お断りします」

「な、何故ですか!」

「いや、お前が師匠ってなんか嫌だ」

「なにおう!? とっても名誉なことなんですよ! ちょっと! 聞いてます!?」

 布団に潜り込もうとする俺とそれを遮り文句を言おうとする彼女。そこには最初のしんみりとしていた空気も、悩みもどこにもない。

 結局ギャーギャー騒ぎながら一回戦の夜が過ぎていった。




今回で一章は終了します。次回マトリクスと幕間を二話挟み二章を投稿したいと思いますのでよろしくお願いします。
誤字アドバイスがあれば気軽にどうぞ。感想もお待ちしております。
ありがとうございました。

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