赭石のイアーティス  ───What a beautiful dawn───   作:6mol

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少し改稿しました。ですが携帯での改稿ですので行始めが空いていなかったりと非常に読みにくくなってしまいました。申し訳ありません。

追記:改稿を開始しました。


第1章 愛、揺るぎなきもの
《大洞窟》


 

 

 

 

 

 

 

 時計が回る。───チク・タク

 運命が回る。───チク・タク

 

『時間だよ。───物語を紡ぐ時間だよ』

 

 此処は誰も居ないはずの部屋。その部屋に響く、存在しない筈の声が、一つ。

 

 ───その声、およそ女ではない。……男でも、ない。

 それは人ですらない物から発せられた声。

 そう、無数の(パイプ)がまるで編み込まれているかの様に絡み合った、未だ稼働し続けているこの異形都市唯一の大機関(メガ・エンジン)。その機関から吹き出す蒸気に呼応するように、または溶け込むように異形の声は発せられていた。

 

 ─────この声が聞こえる者はここにはいない。……この都市にはどこにもいない。

 この声が聞こえるとするならば、かつて穴を掘り続けた狂人か、あるいは碩学詩人と称えられた無二の狂人か。

 どちらにせよこの声が聞き届けられたなら、それはまごう事なく気が狂っている証だろう。聞こえるはずのない声が聞こえるなど、道外れた狂人に他ならないのだから。

 

 だから─────どうか、誰にも聞こえないでいて。

 

 ───目を閉じて。

 

 ───耳を塞いで。

 

 この声を───できる限り遠ざけて。

 

 この、狂った幻聴(ファンタズマゴリア)を。大切なあなた達(・・・・)が狂っているなんて、狂人達に嗤わせないで。

 

「───わかっているとも。あぁ……あぁ、わかっているとも」

 

 そしてここにその声を聞くものが、1人。

 誰もいない筈の部屋に存在する、それは奇矯な男であった。

 

 ───いや、その男は真に奇人であり奇矯であり、そして奇怪ではあったがそれは自らが狂っている事を自覚していた。自らが取り返しのつかない所まで来ているという、漠然とした絶望をも携えて。

 

 《3月のウサギのように気の狂った》その男は、この都市にて物語を紡ぐもの。

 そしてこの都市の中枢機関室(セントラルエンジンルーム)のただ1人の主人。

 

「物語、それは人によって紡がれるもの。形なきもの。無形の愛。────そして、この都市を《》に染め上げるもの」

 

 低い低音が部屋の中に響く。

 それは男の声だった。

 静かな、けれど不気味な程に響く声。

 その身、すでに異形であるというのに、皮肉なまでにその声は人間味に溢れていて。

 

「─────物語は永遠だ。人の心の中にて顕現する永遠の幻想。────私は待とう。狂った王子が孤高の魔女(ラプンツェル)に物語を届けるその時を」

 

 語る、語る。

 聞くものなどいなくとも男は語る。

 なぜならば、そう……男はまさしく3月のウサギのように気が狂っているのだから。

 

  男は眠りついている姫……否、孤高の魔女に寝物語を歌い上げる。

 

『時間だよ……よいこの寝る時間だよ』

 

 男に呼応するかのように声が重なった。

 先程と同じ、奇怪の声。

 菅から漏れ出す蒸気の音。

 男の言霊をうけて、あるいはその気の狂いを見てか───機関は歓喜の声をあげるのだ。

 

 蒸気を吹き出す無数の管は、反響と相まってまるで美しい旋律のようで。

  響いてくる声は、無機質で心も凍る呪いのようで。

 

 ───ここで、この部屋で大機関は都市でただ一つの歓喜の歌を唄いあげる。

 

 だが……それは祝福ではない。

 

 ─────祝福はこの都市にはない。

 ならば、それは嘲弄の唄か。

 常人ならば、その唄を聞いただけで確実に発狂しただろう。

 

 ─────それほどまでに美しく、そして不快な唄声だった。

 

「そうとも。そしてそれが全て。……この都市の夜は明けない」

 

 

 ─────言葉を一つ、頷いて─────

 

 

『─────どうか誰も、気づきませんように……』

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 ─────青い霧の漂う死んだ街。

 外界から遮断された(あか)い牢獄。

 かつては幾つもの大機関(メガ・エンジン)が列挙し、人間も種族も関係なしに蔓延る活気のある都市だったという。

 

 輝き溢れる工業地下都市。若い碩学の卵達の憧れ。蒸気文明の先端を担う科学実験都市。

 噂では気象式画像表示版(エア・モニター)初期段階(プロトタイプ)を開発したのはこの都市の研究機関だともいわれている。

 

 ……その都市に敵はいなかった。あるいはもしいたとしても、地下に掘られたこの都市に攻め込むのは決して容易ではないだろう。

 なぜならば、外界からその都市に至るためには5つしかない横穴(ビンガー)を通らなければならず、他の進入路は一切存在しないからだ。

 だが、それは同時に外との交流(アクセス)

 が困難である事を示している。

 研究の持ち出しを防ぐため、外に出るときは例え一般人だとしても2週間前から申請が必要であり、無論荷物検査どころか過去の履歴まで機関(エンジン)カードで覗かれる。

 

 交流がなかったため都市に敵こそいなかったが、それと同時に味方もいなかったのだ。

 

 ─────そして、それこそが目を覆いたくなる悲劇を招いてしまったと、都市の人間は誰も気付かない。

 

 ─────運命の都市の《崩落》の日。

 

 その日はこの灰色の時代において比較的雲の薄い快晴の日であったという。

 

 ─────詳しい日付は、わからない。崩落の起きた、その時刻も。

 誰も知らない。誰もが知り得ない。

 

 西亨にもカダスにもその詳細を知る者はいない。いるとするならば、それは彼の大碩学に他ならないが、彼の姿はもはやこの世のどこにもない。

 

 報道の規制すらない─────

 

 そう、文字通りその《崩落》には誰も気付かなかったのである。

 人の知らぬうちにこの工業地下都市は世界からその姿を消したのだ。

 

 インガノックを襲った《復活》のように。

 

 ニューヨークで起きた《大消失》のように。

 

 《崩落》は理不尽に人々に襲いかかった。

 

 それは人の理性を容易に砕き、たちまちにして都市を混沌に陥れた。

 故に、その《崩落》を《陥落》と揶揄する者もいる。

 

 最早、その都市の《真の名》を言葉にする者はいなくなった。いや、それは正しくない。

 正しくいうならば、その都市の名は誰も知らない……誰もが、その名を忘れてしまった。

 そう、人はその忘れられた都市を、ただこう呼ぶ─────

 

 

 

 ─────《大洞窟(クシニーア)》、と。

 

 

 

 はたして《崩落》からどれ程の年月が経ったのか。

 70万いた都市の住民は、いつの間にかその数を激減させていた。

 生存者、およそ1万7千人。

 いや、《青い霧》がなければその数は更に減っていただろう。

 停止した筈の機関から排出される《青い霧》……それは未知なるものにして異質なもの。

 

 奇妙にして奇怪なもの。

 機関の恩恵、その果て。

 

 その霧は────朽ちた人の身体の腐敗を防ぎ、蔓延するはずの疫病さえをも飲み込む奇跡の霧。

 

 時に人の脳さえをも麻痺させ、身体を制御しあらゆる欲求を抑制させる。

 

 その《青い霧》の奇跡があったからこそ、2万の人々はこの地獄でも生き残ることが出来たのだ。

 

 ─────だが、人はそれを祝福だとは思わない。

 倦んだ瞳は何をも映さない。

 目前に迫る絶望も。手が届く希望ですら。

 ただ、ただ誰かが口にした救済の幻想─────

 

 ─────《出口》のお伽話を夢に見て。

 

 

 都市の住民は、埋もれた街で静かに眠りについていた。

 

 




不定期更新シリーズ、はじめました。
オリジナルスチパンシリーズ。
一応完全オリジナルを目指していますが、少し……というよりかなりソナーニルの影響を受けています。
亀更新ですが、よろしくお願いします。

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