黒に覆い隠された異なる時代。灰に覆い包まれた知られざる歴史。
 異常発達した蒸気文明はその恩恵の代償として、そこから漏れ出す黒き排煙が人々から青い大虚と光を奪い去った。
 だが、それでも人々は幸福に生きていた。空の青さを知らず、灰色の空を仰ぎ見て。

─────西亨かまたは惑星カダスか、それさえ定かではない空白の場所があった。
 《大洞窟》と人は呼ぶ。
 かつて大型機関が幾つも岩盤に埋め込まれ、その恩恵を独占していた5つの地区から成る洞穴型の大機関工業地下都市。

 70万もの人々が住まい、幸福が形を成したその都市はけれどそのあるべき姿を永遠に失ってしまった。

─────いつからだろうか。その幸せをもたらしてくれていた機関群が、蒸気の代わりに青い霧を排出するようになったのは。

─────いつからだろうか。外に通ずる5つの《横穴》全てが崩落し、70万の人々が青空どころか空そのものを失ってしまったのは。

 七つの地区を繋ぐ通路は岩壁で塞がれ、流通のなくなった街々。
 食糧が尽き、水も尽きたこの都市はいつしか一転して飢餓と腐敗に塗れたこの世の地獄と化していた。

─────現在の生存者、僅か5万弱。

 そう、ここの人々は見てしまった。
 天国が地獄へと変わる瞬間を。
 幸福が絶望へと変わる瞬間を。
 だから、人々は涙を流しながら瞳を閉ざす……閉ざされた横穴と共に。


─────極端地区ユノコス。

 この《大洞窟》の果てにして、かつて随一の賑わいを見せたこの地区は、最も人口が多い都市であり……最も人が消えた都市でもあった。
 崩落の日、その地区の中心には《大洞窟》唯一の縦穴である《抜け穴》が突如その口を開け、その穴に吸い込まれるように、自らの体を投げ打って実に10万もの人が死を携えて穴に消えた。その数、およそこの地区の人口の98%────

─────その死を、その諦めを、その嘆きを見てきた少女が、1人。

 ユノコスに住む少女、フィリアはそれでも笑顔を浮かべていた。《大洞窟》に生きる者達が浮かべる貼り付けたものではなく、本物の笑みを。
 誰が諦めても、彼女だけは幸福を諦めない。

 突然現れた、死を臭わせる男と共に少女は掘進する。

─────誰もが夢見た救済の幻想。



─────すなわち《出口》へ、と。




第1章 愛、揺るぎなきもの
  《大洞窟》2015年11月14日(土) 16:02()
  ひとりぼっちの少女2015年11月18日(水) 18:00()
  霧と雨 2015年11月27日(金) 17:00()
  唄う導管2015年12月16日(水) 23:00()
  白い女2017年05月22日(月) 13:20()
  《鋭角時間世界 ティンダロス》2017年05月23日(火) 18:00